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*14*
† 七の罪 “運命(さだめ)との対峙” (後)
「確かに王はベルゼブブを配下に加えたがっていたわ」
窓枠に頭をぶつけながらも何事も無いかの如く平然と入って来て、話を続けるイヴ。
「フン、吾輩は人間ごときの軍門に下りはせんわ!」
「か、かわいい……!」
「ファッ!?」
彼女は床を滑るように疾駆すると、ベルゼブブを抱き上げる。
「何この子スゴーい! えー、この角って柔らかいの!? でもそこもかわいいー」
頬擦りをして奇声を上げる女騎士。
「や、やめんか……この身は地獄の大元帥だぞ!」
身悶えしながら必死に名乗るが、イヴはお構い無しである。
「うわー! ふてぶてしいとこもまた愛らしいー」
「……して、何か用がある故に我が元へ再び現れたのではないのか」
冷ややかな視線と共にルシファーが口を挟んだ。
「なによ、用もなくに会いたくないってこと? 魔王じゃなくて失礼王ね、ほんっと……」
「然ればお前は押しかけ王であるな」
不服そうに睨むと、一息置いて話し出す彼女。
「詳しくはわたしの立場じゃ分からないけど、彼はさらなる力を得て、何やら戦をしようと考えているみたいだわ」
ベルゼブブを解放すると、椅子に腰かけて続けた。
「で、王と戦うの? あなたは」
「話は有り難く受け取っておこう。なれど決めるのは此方である。と云う訳だ、帰れ」
「ほ、ほんとに心配してるんだからね……!」
室内に反響するイヴの喚き声。
「案ずるには及ばぬ。お前はあの者が手下であろう」
「でも、でも……!」
彼女は握り拳を震わせて詰め寄る。
「えー、そろそろ今晩はお開きにしようか。お二人の邪魔しちゃ悪いしねえ」
苦笑いを浮かべて部屋を去ってゆくアモン。ベルゼブブは安心したのか、眠ってしまっている。
「人間とは自分本位なものよ。勝手に心配した挙句、其れを主張する」
「わたしはいてもたってもいられなくて…………」
「左様か。してお前は何時迄俺の寝床にいる? 帰れ」
「……ごめん…………」
イヴは消え入りそうな小声になり、項垂れた。
「謝罪を求めてはない。俺は帰れと云ったのだ」
ルシファーは言い放つと、ベッドに身を横たえる。
「帰らない…………」
肩を落としたまま、彼女は動こうとしない。
「帰らないわよ。異端狩りを相手にあんなメチャクチャやって、今度は王と戦おうっていうんでしょ……どんな無茶するかも分かったもんじゃないあなたのことだから不安で目が離せないの!」
再び声を張り上げた。
「人間と云うものは喜怒哀楽に際限無き生き物であるな」
依然としてルシファーは、淡々と口にする。
「バカ、ほんとにほんとにバカ。メチャクチャ過ぎて救いようのないバカ。私が他人なんかを、それも悪魔を気づかうようなお人好しな訳ないでしょ! あなたに生きていてほしいって、あなたとまた会いたいって思って願ってこそに決まってるじゃない……!」
イヴは膝から泣き崩れた。
「哭き喚くな。ベルゼブブが寝ている」
上体を起こすと、彼女の唇に人差し指を当てる。
「私だって泣きたくなんかないわよ。誰のせいだか……なんでそんなにいつもメチャクチャなの!? ねえ、メチャクチャやるだけじゃなくて私にも教えてよ……あなたの見てる世界はなんなの……?」
無言でルシファーはイヴを抱き寄せた。
「もっと、もっと色んなことを私に伝えてほしい。もっと強くなれるよう私に教えてほしい、もっと……もっと近くで私を見守っていてほしい……!」
彼女も抱き締め返す。
「明日、都に帰るの。このまま……今日はこのまま一緒にいてもいい……?」
「ああ」
ルシファーは、ただ一言のみ応じた。
「斯様な時間に王を呼び出すとは、相応に重大な話だろうな?」
隻眼の男が市松模様の応接間に現れるなり、問い質す。
「――“Non mihi, non tibi, sed nobis(私のためではなく、あなたのためではなく、私たちのために)” お越しいただきありがとうございます」
微塵も気圧されること無く、大天使長は微笑して迎えた。
「ごめーんっ! やっぱ起きられなかったぁ」
走り込んで来るや否や、両手を合わせるガブリエル。
「おはようございます。朝早くからお綺麗で何よりですが、屋内は走らないでいただけますか」
「あら、楽しげな顔ぶれねぇ。何が始まるのかワクワクしちゃう」
「本日1杯目の茶を品の無い女子と共にする等、余は不愉快極まりないがな」
王権者が眉を顰める。
「まあまあ落ち着いてください、かわいいカップに淹れてさしあげますからね。あと言動には気をつけた方がいいですよー。彼女、こう見えてかなりの力を持ってますから」
ウインクする女天使にティーカップを手渡し、ミカエルも他の二人と共にテーブルを囲んだ。
「さて、早速ですが…………」
一口飲むなりミカエルが進める。
「竜の棲む谷に送り込んだ悪魔狩りの軍勢が、村の長老ならびに彼の弟子によって潰走させられました。大将は“長老”こと竜王フューラーに一騎討ちで無様に殺されたそうです」
「まあ。弱い男って嫌いだわぁ」
「異端狩りの主将と小娘はどうなった?」
「あの二人も今頃悪魔か竜王にでも倒されていることでしょう」
笑顔のようで目元は笑っていない。
「竜の谷と云えば“あれ”を管理している地だったな」
「そう、それなんですよー。さすがはソロモンさん」
ミカエルは嬉しそうな素振を見せる。
「切り札ちゃんがあちらの手の内にあるままじゃ悪魔と接触して面倒事になっても面白くないし、長老さんに返してくれるよう交渉してみようと思いまーす」
「だが彼奴(あやつ)が拒否した場合は?」
「そりゃもちろん死刑ですよー」
軽い口調で答えると、次はガブリエルに向き直った。
「その時の処刑人はー、あなたっ!」
満面の笑みで指名する大天使長。
「年とって丸くなったって話もあるし、愛着わいちゃってそうねぇ……汚れ仕事は好きじゃないんだけど素直に従ってくれないなら仕方ないかっ」
「其の暁には余も七十二柱の悪魔と共に手を貸そう」
「あらあら、あたしってそんなに頼りないかしらぁ。これでも四大天使の一角なんだからぁ……」
ソロモンの眉間一寸手前でティーカップが宙に静止している。
「――見くびるなよ」
猫撫で声とは別人のような低音。
「おやおや」
ミカエルは、顔色一つ変える様子も無しに二杯目を注ぐ。
「竜如き興味無いわ。女狐の獲物に手を出さぬ分には文句無かろう」
包帯で隠れていない右目にてガブリエルを睥睨した儘、傍らのミカエルに尋ねるソロモン。
「ええ、いいでしょう。それとガブリエルもカップを戻してくださいね、大切な私物ですので。あまり本来の用途とかけ離れた使い方をされると四大天使が三人になってしまいますよ」
丁寧な喋り方ではあるものの、眼鏡の奥より鋭い眼光が向けられている。
「あたしの邪魔にならないならご勝手にどうぞ。無駄にカッコつけた巻き方の包帯が目障りだし道中のご一緒は遠慮させていただきますねぇ」
平時の口ぶりに戻ると、開いた右手でティーカップを受け止めるガブリエル。
「フン、余のみで十分に足るわ。あの捨て駒たちの様な末路を迎えぬ為にも、天使様がご満足頂ける戦いぶりをして御覧に入れようではないか」
「これはこれは、蒸し返されても困りますよ王様ー。死んじゃってるだろうし、終わったことを言うのはなしにしましょ」
ミカエルが言い終わると同じくして扉が開いた。帰れという旨を察し、ソロモンが席を立つ。
「ではではごきげんようー。開戦の折には期待してますよー」
「ま、せいぜいがんばってねぇ。王様っ」
挨拶もすること無く、無愛想に王は立ち去った。
「――ヘグシッ! こんな何も無い地で風邪か? そもそも異端狩りの頂点に立つ我が、この様な山奥になど……そもそも此処は一体何処だというのだ……!」
山中を彷徨う大小の人影。
「ミザールめ、我々に先んじて大部隊を預けられるとは……好戦的な彼奴のこと、先に到着しようものなら独断で仕掛けるに違いない。迷っている場合ではない、手柄を取られては今度こそ我等の居場所は無くなるぞ……聞いておるのかアリオト!」
「……虫さん…………」
鼻の頭に止まった蝶に気を取られ、アリオトが躓く。
「何をしておる、大事無いか? ……まさか空腹で立てないとでも言うまいな」
沈黙を保ったまま彼女は頷いた。