完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

10~ 20~ 30~ 40~

*16*

                     † 八の罪 “悲愴” (後)


「竜と相性の良い娘がおる」
 次期ソロモン王選定に際し、世界と契約した左眼によって真実を見抜くとの触れ込みで、先代の息子達の中でも特に賛否を呼んでいた青年が、支持層の教会勢力に語った。鵜呑みにした彼らは、その力を誇示する為に“お告げ”の生きた証拠を連れて来るべきと提案。
(本人を目の当たりにすれば疑う者もいなくなる、さすれば余が王権者だ……!)
 たちまちに彼女達の村に圧力がかけられ始めた。武装した男たちに脅された村人は、幼い少女を差し出す。大勢に詰め寄られようと、母は断固として抵抗を続け、終いには娘を強奪されてしまった。鬼気迫る見幕で立ち向かった彼女であったが、暴行を受けて力尽きたようだ。
 唯一の肉親も失った“被験体”は、名前ではなく暗号で呼ばれて“管理”されることとなる。

 ――竜族の血を飲ませよ。
 かつての大天使長ルシファー率いる軍勢が竜族を悉く打ち倒した折、生け捕りにした幼体は、続いて大天使長の座を獲得したミカエルの管理下に置かれていた。これにより、天使は竜より上位の存在であると印象づけると同時に、比類無き武力を手中にしていることで抑止力の獲得にも成功する。
 代々、悪魔を使役するソロモン王権者と、天使方は付かず離れずの間柄を維持してきた。次なる王を狙うかの者が、先行して天使より後ろ盾を得る絶好の機会を見逃す筈が無い。男は竜族の血を飲ませ続け、さらに天使の魔力を以て件の少女が半人半竜化に成功すれば、いまだに地獄を滅ぼせていない天使方にとって大いなる力と成り得る、と力説。戴冠と共に継承される“王権者の指環”で使役可能な七十二の悪魔を自分たちに不都合な運用はしないことと、有事に際しては被験体を戦力として差し出す、という誓約と引き換えに、ミカエルは彼を次期ソロモン王とする支援と、手元の竜族より血を提供すると認めた。

「これ以上は精神が持ちません!」
「心など壊れてしまえばいい! 一度白紙にすることで此の小娘は完全なる器に生まれ変わるのだ」
 大天使長との盟約を取り付け、新たな王となり若くして名実共に現世を席巻する青年は、一層強気に半人半竜計画を推し進めてゆく。
(苦しい思いをして人の心までも奪われてしまうのならば……いっそもう、何も感じなくなってしまえばいいのに……!)
 血を飲まされ続け、魔術をかけられ続け……いつしか天真爛漫であった少女は、心を冷たい闇の底に封じ込めてしまった。辛い現実は変わることがないと幼くして悟った彼女は、それを辛いと思わなくなることで、人間らしい気持を捨ててしまったのだ。
(これでいいんだ……期待しなければ裏切られることもない…………)

 数年が経過し、ミカエルは唯一“屠竜戰役”を生き延びた “覇者(フューラー)”こと竜王が、辺境の地で人間を集めていることに目を付ける。再起を黙認していた訳ではなく、あえて泳がせ、ある程度の力を持たせた上で利用する算段でいた。奇しくも、栄華を極め、いよいよ怖いもの無しの高飛車王ソロモンとの力関係を再構築したい頃合いであった為、大胆な駆け引きに出る。二枚舌天使は、被験体が十分に成長したゆえ、討ち漏らしていた竜王への内通者とし、共通の敵となるであろう彼らに備える、と言葉巧みにソロモンを説得。目的の身柄を手中に収めた上で、曖昧になり気味であった同盟関係を再確認した。フューラーには近年の活動再開を不問とし、一帯は領地として実質与える代わりに竜族と相性の良い最終兵器の隠れ蓑とする旨を呑ませる。こうして“被験体”は、天使方を経由して竜の棲む谷に移った。
「おお、遠路よう来たのう! こんな小さいのに大変じゃったろ」
 眼前で目尻を緩めている老人が、ルシファーを筆頭とする征討軍でも仕留められなかった竜の王者であることを知る由も無い半人半竜娘は、目も合わせようとしない。
「別に……いっぱい付きそいの人もいたし大変じゃありませんでした。みなさん“道具”になんかあったら困りますもんね」
 かの者は死んだ瞳で皮肉を口にする少女に困り笑いを返すと、腰を落として優しく喋りかける。
「まだ若いのにそんな悲しいことを言わんでおくれ。わしはあやつらみたいな荒事はせん。そちを村の仲間として歓迎しておるよ」
 彼女は一瞬その皺だらけの顔に視線を移したが、程無く再び顔を伏せた。
「……どうせ奪われるんだもん、仲間なんて…………」
「ほっほっほ、わしはこう見えて意外と強いんじゃよ。そちも村のみんなも谷もこの長老が守ってやる。そうじゃ、まだ名前を聞いていなかったな」
「ぼくの名前……なんだっけ…………」
 次の瞬間、長老は思わず小さなその躰を抱き締めていた。
(この子は、自分が誰であったかもわからないほどに…………)
 少女は虚を突かれたように一段と双眸を丸くしたが、間も無く憂いを帯びた面持ちへと戻ると、自嘲気味に溜息を吐く。
「まあ別に今さらだれでもいっか……ぼくがどんな人間だったからってもう人間には戻れない。家族もいない一人ぼっちの化け物なんだから」
「奇遇じゃな、わしも家族はずっとおらん。じゃがそちはもう一人ぼっちじゃないぞ。そうじゃ、この谷のかけがえのない一員になるんじゃから新たな出発に名乗ったらどうかのう」
「……別になんでもいいです、ご自由に呼んでどうぞ。今までもそうでした」
 素っ気無く応じる彼女とは逆に、腕を組んで考え込む長老。
「おお、アザミはどうじゃ?」
「あざみ……?」
「アザミの花言葉は独立、安心、私に触れないで。……誰でも良いわけなどない、そちはこの世に二人といないそちなんじゃ」
 今度は前より強く抱き締め、それでいて心優しく言い聞かせた。
「恐い者たちに指一本も触れさせはしない。もう何にも怯えることもないんじゃ、わしがアザミを守ってゆこう」
 頬を雫が伝ってゆくが、アザミはそれに対しどう反応すれば良いのか理解らない。
「なんだろう、これ……涙かな。涙って人間じゃなくなっても流れるんだ」
 長老は少女の頭を愛おしそうに撫でる。
「泣きたい時は泣けばいいんじゃ。そして一緒にもっと笑おう」
 耳元の穏やかな声に、はにかみ笑いを浮かべるアザミ。
「泣くときって、どういう顔をするんだったかな。ぼくは名前だけじゃなくてそんなことも忘れちゃったんだ…………」
「これから思い出してゆこう。今までがどんなことがあったってアザミはアザミじゃ。誰がなんと言おうが、わしにとっては小さくてかわいい一人の女の子だ」
 長きに渡り凍て付いた胸の氷は、少しずつではあったが柔らかくなっていった。


15 < 16 > 17