完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

10~ 20~ 30~ 40~

*18*

                † 九の罪 “幻影の処刑人” (後)


(……もはや打つ手無し、か…………)
 一方のドゥーベは満身創痍で独り、魔王と相対していた。相手は距離に応じて剣、槍、弓と自在に得物を生み出す上、速さの絶望的な開きも相まって、守勢を強いられ続けている。下がればそれこそ、圧倒的な魔力の差に完封されるのみ。
「ふふ、分かってはいたさ。端から死に場所を与えられただけだとな」
「然れば滅せよ」
 姿を眩ましたと思うや否や、ルシファーが距離を詰め、受けようとする長斧の柄を両断。叩き込まれた鉾は、振り抜かれるままに主ごと一回転すると、後方へと仰け反ったドゥーベの胸元に、柄の先端で一突きを見舞った。彼が血反吐を噴いて崩れるよりも先んじて、駆け寄ったアリオトが抱き留める。
「――オブスクリアス・メテオ」
 自身より悠に大柄な主将を背負い、懸命に飛び去ろうとする彼女へ、無慈悲な斉射を浴びせるルシファー。アリオトは殺到する七連の魔力弾を認めると、命中の寸前にドゥーベを手離した。直撃を示す閃光が迸る。一同が視界を取り戻した時には、既に二人の姿は無かった。
「少なくとも女の方は死んだな。逃げる相手にも容赦ないねえ」
 着地するアモン。
「女であろうと余計な慈悲等はかけぬ」
 ルシファーはアリオトが墜ちていった方を遠望し、毅然として告げる。
「そういうことだ、此の身に刃を向……」
「オエーッ!」
 嘔吐によって掻き消される魔王の言葉。可憐な外見に反して想像を上回る音に、デアフリンガーは飛び退いた。
「ゲロでキャパ超えとはこれだから童貞は…………」
 冷ややかに呟くベルゼブブ。
「別にひいてなんかないし、ビックリしただけだし……ってか、なんで付いてきてんだよー!」
「吾輩はご主人様が心配で来ただけだ。ほら、僕はアザミの全てを受け入れられる、だろ? じゃあ食えよ、それ」
「そういう性癖ないからな」
 嘲る彼女を不愉快そうに見遣る。
「なーに童貞の分際で性癖なんか語っちゃってんだ。童貞じゃなくてイケてる男ならカッコ良くキャッチできて彼女も吐かずに済んだぞ」
「いや、その……急にアザミが来たので……っていうかアザミ、大丈夫? あんな勢いで投げられるなんて」
「うん……怪我はしてないけど…………」
 気分が優れないのか、恥ずかしさゆえか、目を伏せるアザミ。
「薬草を取って帰ろう。戻ったら飲むのじゃよ」
「ごめんなさい、言いつけを破って……」
「待て。勾引かしたのは俺だ」
 両人を交互に見比べると、長老は笑った。
「いやいや、どこにも連れてってやらなかったわしが悪い。長らく泣くことを忘れていた彼女が涙を流すとは……そちといると感情を取り戻すようじゃ」
「そういう涙じゃないと思うがね」
 傍らで腕組みをしてアモンが一言。
「危険な目にあったのは事実だろ。アザミがどんな気持ちで今まで我慢してきたか知りもしないで……!」
「慄いて身を潜めていた分際で口先は達者であるな、青二才」
 声を荒げる少年を横目で一瞥した。
「あ、あんな奴らから僕だってアザミを守れるよ……! そもそも勝負はついてたじゃないか! 逃げる相手に情けのかけらもないのか」
「かけるに及ばなかった迄のこと。甘さと優しさを思い違えるな。貴様、戰場に出たことはあるか?」
「まだ、ない……けど」
 鋭い目つきに気圧されるデアフリンガー。
「知らぬであろうな、戰と云うものが如何に残酷かを」
 戸惑う彼を見下ろすと、ルシファーは言い放つ。
「――殺るか殺られるか、其れが命の奪い合いだ」
「まあまあ、まだ子どもゆえ、そこいらで勘弁してやってくれんかのう」
 半笑いで歩み寄る長老。
「たいしたお手並みじゃったぞ。よくぞアザミを守り抜いてくれた」
「俺と共にいたが故に巻き込まれた災禍、貴様に代わって責務を果たしたに過ぎない」
「わかっておる。横暴なようで意味と責任の伴わない行動はしない……そちも王じゃもんな。そうじゃ、この近くに良い釣り場がある、ちと寄っていかんか?」
 冷淡な態度を崩そうとしないルシファーにも、温かく接する。
「貴様の力であれば魚等訳無く揃うであろう」
「ホッホッホ、そこを一匹ずつ釣るのがいいんじゃろう。魔法を使っても意味がないからのう。どうじゃ、そちも?」
「フン、低俗な」
 一向に馴れ合う気配を見せない。
「おやおや、わしに負けるのは誇りが許さないか」
「……貸せ」
 泣く子も黙る地獄の支配者は、外方を向いたまま無愛想に手を差し延べた。
「楽しんできな。アタシぁコイツら途中まで送ってくわ」
 竿を手に川へと下ってゆく両雄に呼びかけるアモン。
「ついてくるなよ。僕がいれば十分だか……」
「頼りないから言ってくれてんだろ、察しろよ小童が。アモン、しりとりしよう。お題はー、童貞にありがちなことー!」


 渓流に並んで糸を垂れる二人組の正体がよもや竜王フューラーと魔王ルシファーであるとは、誰も思いも寄らないであろう。
「――憎んでいるか、俺を」
 揺蕩う浮きを眺めながら、問いかけるルシファー。長老は微笑すると、徐に口を開いた。
「本来あの日竜族ごと滅んだ筈のわしが、こうして人間と手を携えて生きることが出来た。なんと素晴らしい一生だったことか」
 一向に獲物のかかる様子は無い。
「――“Vulnerant omnes,ultima necat(時間は、すべて傷つける。最後のものは殺す)”形ある存在かはいざ知らず、誰しも護るものが有る。貴様が護りたいのは村か、あの童か、或いは……」
「谷ごとすべて、と言ったら傲慢かのう」
 ルシファーの横顔を見定めて問い返す。
「如何にも傲慢であるな。然れど、一切合切に至る迄を負って立たずして王者の器に非ず。あらゆるものを背負うが王たる者の宿命よ」
 静寂が訪れるのを制するように拍手が響き渡った。
「いやー、参った参った! 世に数知れぬ王ある中で、これほどにあっぱれな王がいただろうか、いやいない。惜しいのう、敵であることが実に惜しい。そちとは違う出会いをしたかった」
「……我が盟友はベルゼブブとアモンの二人より増えも減りもしない。残るは我が眷属か敵、ないしは討つに値せぬ雑魚のみ」
「そうじゃろうな。あの頃からいつかは片方が死なねばならん運命だった、戦いを通してでしか語り合えぬ間柄ゆえのう」
「世に覇者は一人のみで足りる。遠からず雌雄を決する日が訪れるであろう」
 立ち上がると、宿敵に向き直るルシファー。
「時空を超えた、決闘。我が生涯の最後にこんなにも華々しい舞台が待っとるとは誉れ高い」
長老を正視して釣竿を手渡す。
「我等程の者が再び覇を競う上は、相応しき場にて」
 宣言すると魔王は溶けるかの如く消えた。残された竿に見入りながら、覇者(フューラー)と呼ばれし男は独り言を口にする。
「まったく、たいした悪魔じゃな……まあ釣りの腕は芳しくないようだが」


 自室に戻った長老は、古びた巨大な鏡の前を横切ろうとして立ち止まった。
「……なんじゃ、そちか」
 鏡面が陽炎の如く揺らめき、眼鏡姿の金髪美青年が浮き上がる。
「ごぎげんよう、竜王殿……失礼、今は長老さんでしたか」
「ご機嫌なものか。おかげで悪魔がいると村は大騒ぎじゃ」
「それはそれは失礼いたしました。直属の部下でないゆえ、悪魔だけを狙えと言っても分からなかったようですね。帰って来たら始末しようと思っていましたが、どうやらお蔭様で手間が省けたようだ」
「……なぜ今更になって悪魔を狙う?」
 怪訝な顔で尋ねる長老。
「おや、あなたも憎くはないのですか? 悪魔、いや一族を滅ぼした元天使の彼らが」
 何も言わずに投影された優男を睨む。
「ご機嫌を損ねちゃったかな。まあまあ、敵の敵は味方っていうじゃないですかー」
「わしとあやつは敵などと一言で表せるようなものではない。それに、そちを味方だと思ったことなどもない」
「それは残念だー。では取引相手として単刀直入に。例の彼女をお返しください」
「あの子を……?」
 長老の様相が一際けわしさを増す。
「ご名答ー。世界を守るためにも何卒お願いしたいんですよねー」
「……断ると、言ったら?」

17 < 18 > 19