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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
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*6*

            † 三の罪 “訪問者” (後)


「黙れェッ!!」
 凄まじい気迫と共に、青年剣士は間合いを強引に詰めた。
「ははーん。本気じゃないとはいえルシファーに囚われて動ける人間がいるなんてねえ」
 アモンが感嘆する。かの者は怒り任せの勢いとはいえど、拘束魔術を振り切り、突進した。
「いい加減にせんか!」
 長老の怒声と共に大地が抉れる。
「なっ……!?」
 存在していた筈の空間が、咄嗟に現出した壁によって閉ざされた。往く手を阻まれ、流石に立ち止まるツェーザル。
「長老殿、申し訳無い。危うく若き芽を刈り取ってしまい兼ねなかった。訪れて早々に此の地を血で汚すのは忍びない」
「まあ今日のところはこの辺で勘弁願いませんかな。うちの若造は腕こそ立つが、どうも気が早くてねえ……ツェーザル、お主も一介の武人であるなら分を弁えよ。出過ぎた真似をするでない。このお方たちも用があって来たのじゃろう」
 長老は、先程の怒声とは別人の如き笑顔で応じると、奥歯を噛み締めたままの剣客に言い聞かせた。
「申し遅れた。此の身は旅の者。其れ以上でも以下でもない。此度は人捜しをしていて辿り着いた」
「……フン、白々しい」
 剣を収めながらも、ツェーザルの目元は嫌悪感を残している。
「色々あるご時勢だからさ、まあ戦う術は持ってた方が安心ってわけよ。ほら、ここんとこ悪魔の噂が多いし道中で遭ったら大変だ」
「苦難の少なくない旅路であったことでしょう。ささ、長旅でお疲れでしょうし、ごゆるりと休まれてくだされ。喜んでご案内いたしましょう」
 胡散臭いアモンの言葉を庇うかのように、場を取り纏める長老。
「痛み入る。ご厚意に甘えさせて頂くとしよう」
「ほんと遠慮を知らないのね。まったく、ふてぶてしい…………」
「ここからは谷の者であるわしらにお任せを。イヴ殿、デアフリンガーを稽古にゆかせるので、良かったら見てやってくれんかのう。兄に似てなかなかに良い剣をしておる」
 イヴは腑に落ちないという面持ちでルシファーを垣間見ると、長老に会釈をして立ち去った。
「興は冷めちまったが、まあたまにはのんびりすんのも悪かないねえ」
 長老の背を追いながら、アモンがルシファーの顔を覗き込む。
「然り。其の平穏、何れ我等自身により仮初のものと成る日が訪れずに済むことを…………」

 長老の後を着いて歩く二人。中庭では、若き戦士たちが鍛錬に励んでいた。その中で、一際激しく躍動する二つの影。片方は十代前半であろう子供、もう一人はイヴであった。
「一番強いのが彼の弟です。我が里期待の星、かな」
 長老は脇に控えるツェーザルの肩を軽く叩くと、上機嫌そうに説明する。一行が通るのに気付くと、黒づくめの痩身に苦い視線を送るイヴ。ルシファーは年若き剣客たちの姿を横目で見遣ったが、何も述べずに間も無く廊下の先へと目線を戻した。
「…………」
 突き当りに、小柄な少女が無言で立っている。乏しい表情ではあるが、その数珠の如き瞳は此方を直視していた。
「おやおやアザミか。お散歩するのは明るい内だぞー」
 微笑みかける長老。
「デアフリンガーが、外の様子を見てくるっていなくなって……」
「彼なら鍛錬にゆかせとる。その件も解決した。いい人たちじゃ」
「そういう訳だ、戻りなさい」
 ツェーザルが割り込み、彼女を軽く押す。
「甘やかしてはいけません。 困りますよ、彼女の身にもし何かあった……」
「あー遥々やって来られたばかりなのに、また歩かせてしまって申し訳ない! お茶ぐらい出すんで奥の部屋へささっ」
 遮るかのように、長老が声を大きくして呼びかける。ルシファーはあくまで口を閉ざしてはいるが、眉を僅かに動かした。
「――お主はあの子と先に行っておれ」
 不審がられていると悟ったのか、事情があるのか、和やかさの消えた声色で命じる長老。
「承知」
 不満気ながら長老の眼差しに押されるようにして、ツェーザルは立ち尽くしたままのアザミを先導する。
「ああ、すみませんね。根はいい子なんですが、どうにも人見知りの気が」
「あー。ま、そんなもんでしょ。こいつもいい年して心を開くまで時間かかっちゃうヤツでして」
 砕けた態度の盟友に対し、愛想笑いもしないルシファー。
「そのようじゃ、ワハハハハ。大人の付き合いはどうでしょう。どれ、お二方……酒はいける口ですかな?」
「茶ではなかったのか」
「ったく、やっと喋ったと思ったら……」
 アモンは大袈裟に顔を顰めてみせる。
「いやいや、わしも年のせいかしゃべった傍から忘れてしまうものでハハハ」
「……ワインなら飲む」


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