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作者: モンブラン博士 (総ページ数: 82ページ)
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*22*
敵は穏やかな顔で完全失神をしている。
血も噴出していなければ、血泡も吹いていない。
ただ倒れ伏しているだけだ。
会場は水を打ったかのように静まりかえり、物音ひとつしない。
ヘブン=ザ=ギロチン。意味は天国の断頭台。
これのオリジナルを以前テレビアニメで見たことがある。
これを食らった対戦相手は確実に死ぬと言われ、幼い俺の脳裏にこの必殺技の光景がオーバーラップする。
だが、あの必殺技は確か膝だったはず。どうして肘を・・・・・?
「僕は天使です。悪魔じゃありません。人殺しなんてごめんです。ですから、膝でなく肘を使い、威力を半減させ、なおかつ敵に痛みを感じさせないように高度まで敵を飛ばし、落下で失神させた上で放ちました。だから天国の断頭台なんです」
ここまで敵をいたわっていたとは・・・俺はこいつの優しさに感服してしまった。
☆
星野は3連戦目を迎えた。
対戦相手はホワイトウルフ。
「どいつもこいつもしょうもない負け方しやがって。こんなくだらねぇ必殺技など俺の敵ではない。この俺が完璧にお前の必殺技を葬りさってやる!そしてお前から全てを奪い必ずお前たち全員を全滅させてやる。覚悟するがいい」
3戦目の対戦相手ウルフは先ほどまでのシカ、カバとは迫力が違った。
他のふたりよりも筋肉隆々で高い身長。
たぶん体格的にはカイザーさんと引けをとらないだろう。
全身に熊のように剛毛を生やしたこの男は、やはり外見からして只者ではないオーラが漂っている。
「星野、気をつけろ。あいつは只者じゃない」
「分かっています。この試合、もしかすると苦戦するかもしれません」
星野は少し顔に冷や汗を浮かべている。
俺たちはリングサイドから戦いを見守り、声援を送ることしかできない。
だが、それでも星野の力になれるのであれば、声を枯らしてでも声援を送ってやる!
それが男ってやつなんだ!!
「フン」
ウルフはそんな様子を見て鼻で笑う。
こいつ、俺たちの友情をバカにしやがった。
カーン!
3連戦目のゴングが鳴る。
「食らえ、天使野郎!」
ウルフは隠し持っていた鉄のつめを両手の甲に装着し、星野に襲い掛かる。
乱れ引っかきをお見舞いし、星野の服を裂き、皮膚を裂き、彼の体を血に染める。
星野は胸板や腹、腕や肩などに切り傷を負い、立っているだけでやっとの状態という感じだ。
痛みは感じていないのだろうが、肉体的には相当なダメージがあることは一目瞭然だ。
以前カイザーさんが話していた星野の最大の弱点。それは自分の体力、肉体を省みず、無理をし続けた挙句、力尽きるということだった。
そのことを思い出した俺は星野に語りかける。
「星野。戦法を切り替えるんだ。消極的に攻めて確実にダメージを負わせるんだ」
「はい・・・・・井吹くん・・・・・」
「ガハハハハハハ!無駄、無駄!お前はもう立っているだけでやっとの状態。
それもそのはず、この試合でお前は3連戦もしているのだからな!
お前は体力的には普通の少年。ただ感覚が麻痺しているだけに過ぎない。やせ我慢はいい加減にやめたほうがいいと思うがな。
そろそろ交代したらどうだ?お前の・・・・可愛い友達によ・・・」
「いやです!!それだけは・・・・それだけはできません!!」
その強い声に星野を見ると、彼は静かに泣いていた。
半開きの瞳に大粒の涙をボロボロ流し、泣きながら敵に向かっていく。
「手ぬるいパンチだな。どうした?お前の力はこんなものなのか?
くだらねぇ。こんなパンチじゃ虫も殺せないぜ」
星野の拳を軽く振り払い、彼の顔面に鉄拳をお見舞いする。
「ぐあああっ!」
もう、星野はボロボロだ。これ以上戦ったら命が危ない。
「星野、棄権しろ!これは俺の親友としての願いなんだ!!
次の奴に代われ!あとは俺たちが引き受ける・・・・!!」
「ダメです!彼らは僕がひとりで倒さなくちゃいけないんです!」
「星野、どうしてそこまで・・・・」
「それは・・・・」
星野が言いかけたそのとき、ウルフが星野の小柄な体を掴んだ。
「万年片思いの彼女の前で死ぬがいい!!」
この瞬間、俺は全てを理解した。
星野は最愛のメープルに代わりたくない。
彼女に交代して彼女を傷つけたくない。
恐らく星野は王李が敗れることは予想外だったのかもしれない。
だが、もし敗れたときは自分が敵を全て倒し、大好きな彼女を守る。
その一心でここまで戦ってきたのだろう。
だが、あいつがずっと片思いだった彼女に、たった今好きだということを自分の口からでなく、敵の口から放たれたのだ。星野の精神はもうズタボロだろう。
「うわあああああああああああああああああああっ!!!」
星野はもう我を忘れ、がむしゃらに拳を振るう。だが、リーチが短いためウルフの顔面には届かない。
「止めだ。あばよ、天使野郎!」
ウルフは星野を空高く放り投げ、敵と背中合わせになり、敵のアゴを両腕でロック。そして両足を自分の足でロックし、そのまま落下し始めた。
「食らえ、俺の超必殺技『アルプス大山脈落とし』!!」