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我落多少年とカタストロフ【完結】
作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s  (総ページ数: 42ページ)
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「どうして約束を反故にした」
 湧き上がる感情を押し殺し、彼は低い声で言った。
「どうして? 私には分からないね、どうしてお前は彼らの見方をするのか」
 彼は、心の中で押し殺した感情が大きく膨らむのを感じていた。
「私は、お前のためになることをしたつもりだよ?」
「ふざけ――!」
 霧が大声を張り上げようとした瞬間、男の姿は其処には無い。
 では何処へ行ったのかと見回すと、彼の斜め後ろに立っている。
「どうして怒るのかね? 私には分からない」
 心底不思議そうな顔をしているので、憤りを通り越して何故か哀れむような気持ちになった。
 そんな霧の心情を察知したのか、また彼の前から消える。
「何で? どうして? 君のその探究心は何なのだろうね。人間独自の精神、と言ってもいいのだろうか? 一度、詳しく研究してみたいものだ」
 今度は斜め上に浮かんでいる。
 もう、重力やら何やら全て地球の法則を無視している。
 でも、敢えてそれは言及しなかった。しても意味が無いからだ。
「普通、“あちら側”の者たちはそういう思考を持ち合わせないものだ。他人のことはどうでもいい、自分のことだけが重要なのだ」
「そんなだから、“あちら側”は進歩しないんだ……!」
 吐き捨てるように言うと、男の表情が変化した。
「お前にそれを言う権利は無い筈だ。“向こう”に住まわない者にとやかく言われるのは、さぞかし気分が悪かろう」
 余裕の笑みを湛えていた顔が歪む。
 そう、個人で出来る物事には限度がある。
 ならば数人で力を合わせれば良い物の、彼らには協力するという概念が存在しないのだ。
 そんな世界が崩壊を始めるのも、時間の問題だろう。
「そうか……分かったぞ……」
 何処が地面かも分からない地面に立ち、彼は確信していた。
“あちら側”が崩壊を始めているのだ。
 だから、こちらの世界も崩壊させ、あわよくば乗っ取って自分たちの世界を“こちら側”に再構築しようとしている。
「そんな身勝手なことが許されると思っているのか……!」
 すると、唯一“こちら側”にいる“あちら側”の人物は平然と答えた。
「ああ、思っているよ。いいかい、君は小さな虫の巣を見つけたとして、その上に新しい建物を作ろうとするのを戸惑うかい?」
 言ってしまえば、“こちら側”の世界は“あちら側”からしてしまえばその程度に過ぎないということだ。
 霧は自嘲気味な笑みを浮かべると、その場から一歩下がる。
「お前は……実は僕のことなどどうとも思っていなかったのだな。僕のことなぞどうでもよくて、この世界が欲しかっただけか?」
「そんな訳があるか。何のためにお前が17になるまで待ったと思っているんだ。お前が世界の頂点にいなければ意味が無いのだ」
 男は心底心外だと言う様に細い眼を丸くした。
「それで? お前は僕の血縁だということを理由にしてほとんどの統治を自分でやろうというのか?」
 するとまた男は眼を見開いて少し悲しそうな表情を作った。
「息子よ、父は悲しいぞ。可愛い我が子を利用したい親なぞどこにいる?」
 現にここにいるではないか。
 彼は、この父と名乗る人物を信用してはいなかった。
 父だというのは本当かもしれない。
 けれど、彼が言うにはその行動は自分のためになることなのだろうが、霧にはそうは思えない。
 自分を名ばかりの王に仕立て、裏で手を引こうとしているのは眼に見えている。
 霧が正面を睨み付けたまま微動だにしなくなると、白い外套の男は困ったようにため息を吐いて見えない椅子から腰を上げた。
「ねぇ、お前はこれを見ても、まだこの世界を明け渡さないと言うのかい?」

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