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我落多少年とカタストロフ【完結】
作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s  (総ページ数: 42ページ)
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*38*

 男が膝から崩れると、奥から霧が戻ってきた。
「貴様、なんてことを……!」
 忌々しいを通り越した目つきで睨まれるが、霧はそんなことは気にしない。
 じんわりと笑って言った。
「向こうの人を従順に育ててくれて有り難う。僕の言うことは全て正だって教育して貰ったみたいだね。直ぐに言うことを聞いてくれて助かったよ」
 そのまま男に背を向けて出て行こうとする霧に、男は罵声を放った。
「お、お前は“あちら側”に住まう人々がどうなってもいいと言うのか!」
 ぴたりと止まってゆっくりと振り返った。
「僕はそんなことは知らない。僕が大切なのは僕が今まで住んでいた“こちら側”の世界で、“こちら側”に居る僕の友達なんだ」
 何の躊躇もなくそう言うと、また前を向く。
 しかし、彼は歩き出すことなく小さく呟いた。
「――ねぇ、一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「…………」
 男は地面に膝を突いたまま答えない。
「僕は、僕の大切な世界しか護れない。自分に関係ないことなんて知ったことじゃないと考える人間だ。――でも、こんな僕でも、いつか、笑える日がくるのでしょうか?」
 彼の大きな瞳がゆっくりとこちらを向く。
 蒼い眼はより一層煌きと翳りを増し、悲痛な悩みを訴えているようだ。
「……愚問だ。実に愚問だよ……」
 表情は長い髪に隠れて見えないが、微かに肩と語尾が震えているようで、感情があらわになる目前である。
 それ以上そこに留まることはなく、霧は男に背を向けて歩き出した。
 もう後ろを振り返ろうとはしなかった。
 街はたった数分の間に起きた事態に理解できず、人々は空を仰いでは困惑の表情を浮かべている。
 そんな中彼の一風変わった服に眼を向ける人など誰も居なく、何の問題も無く自宅に戻って鍵を閉めた。

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