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作者: 桜音 琴香 (総ページ数: 40ページ)
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風呂に浸かっても、涙の跡は消えなかった。
それどころか跡は深まるばかりで、まるで
僕のことを嘲笑っているかのようだった。
今日は絵を描けそうにない。僕は部室に淡々と
シャワーを浴び、浴室を出た。髪からかすかに
香るシャンプーの匂いは、かをりの石鹸の匂いと
錯覚した。唇の内でそっと吐息をついた。
これが男女の関係になるということだ。好きに
なっていなくて良かった。偽りだらけの言葉を
並べて、僕は自室に入った。
化学式を暗唱していると、インターホンが鳴った。
同時に母親が廊下を歩く音が聞こえ、
しばらくすると母親がお客さんよ、と言った。
僕は化学式を忘れないように頭に記憶した後、
玄関へ向かった。鍵を開け扉を開くと、
そこには川上凛がいた。
「いきなり押し掛けちゃってごめんね。
あの、お邪魔してもいいかな」僕は
面食らいながらも頷き、自室へ招いた。
「水沢くんって几帳面なんだね。お部屋、
凄く整ってる」川上凛は部屋を見渡すと、
嬉し気に笑った。僕は川上凛にお茶を
準備するから、と告げた。すると、川上凛は
首を振った。「いいよ、そんなの。
そんな長居しないから」そう言われ、僕は
腰を下ろした。僕は時計を見た。既に
9時を回っていた。
「こんな時間に外を歩いて、親御さん
心配しているんじゃない?」そう問うと、
川上凛は寂しげに俯いた。
「家出してきちゃった」川上凛は
気まずそうに笑った。
「あ、水沢くんと水沢くんのご両親には
迷惑かからないようにするから」僕は
気を遣わなくていいよ、と笑った。
家出のことには触れない方が良さそうだ。
川上凛は今にも泣きそうな顔をしている。
僕は両親と仲良くないんだろうな、と唇の内で
呟いた。「そういえば、なんで僕の家を
知っているの?」その問いに、川上凛は
「わたし、水沢くんの欠席した日のプリント
届けに行ったことあるんだよ」と答えた。
その後に、「今夜、どこで寝ればいいんだろう」と
静かに呟いた。その声は本当に小さく、
聞こうとしても絶対に聞こえないような声だった。
その呟きに触れない方が良いのかしばし
悩んだ後、僕は川上凛に提案をした。
「うちに泊まってく?よかったらだけど」
出来るだけ誤解を招かないように言った。
恋仲ではないといえ、一応は男と女だ。
別に変な意味があって言ったわけではないが、
言葉としてはそういう風に聞こえてしまう。
「本当?でも、迷惑かかっちゃうし」川上凛は
顎に指を当て思考を巡らせているようだ。
「別にいいよ。うちの親は恋人とか
勘違いしちゃうかもしれないけどさ」
僕はそう言って笑った。すると、川上凛は
頬を朱に染めた。そして、自分に酔うように
言った。「恋人って思われてもいいけどな」
星が僕らに光を放った気がした。