完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~ 70~ 80~ 90~ 100~ 110~ 120~ 130~
*115*
■お姫様の番犬(続)
あるところに古くからの伝統を誇る大国がありました。とても豊かな国で、民は飢えに苦しむことも戦に参戦することもなく楽しく過ごしていました。けれどその国には一つだけ大きな問題がありました。
それは後継ぎがまだ若いお姫様一人しかいない事です。王様はもう年を取っていたので、そろそろ次の王を決めなければいけませんでした。
「なあ、姫よ。お前の気に入った相手はいないのか?」
王は姫に尋ねました。後継ぎに男がいない場合、彼女が結婚する相手が次の王になるからです。
「ええ、いないわ、お父様。それに結婚する気なんて起きないの。私は一生独身人生を謳歌するのよ。その方が楽しいじゃない?」
「そんなこと言うな。お前が結婚してくれないと次の王が決まらないんだ」
「ごめんなさい、まだ私は自由でいたいの」
姫はドレスをひるがえして逃げ出します。王様はため息をつきながら、そんな姫を優しく見つめていました。
けれど彼女は決して自由にはなれませんでした。毎日毎日、次の王になるため彼女のもとに多くの男性が求婚をしてくるからです。
「僕と結婚してください!」
「無理よ。わたし貴方の事まったく知らないもの」
「それなら今からでも遅くありません」
素っ気なく返しても、男性は諦めることはありませんでした。彼は姫に詰め寄るよう強引に腕をつかんできます。そのとき、二人の騎士が姫の前に立ちはだかりました。
「我らの姫様に触れないでください」
白の騎士は優雅に姫を守ります。
「触れたらお前の首が吹っ飛ぶからな」
黒の騎士は脅すように笑いながら剣に手を掛けました。
キースとヒューが出てきた途端、観客が一斉に盛り上がった。特に女子生徒の黄色い声が飛び交う。
ティアラは冷や汗をかきながら台詞を続けた。
「私と結婚したかったら彼らを倒してみせて頂戴」
そういうと決まって彼らは逃げ出していきました。二人もの剛腕な騎士に勝てるわけがないからです。二人は幼い時から姫を守る唯一無二の護衛でした。
そこから劇が展開していく。ティアラは必死にライトを浴びながら自由気ままな姫を演じた。
時には大笑いしたり、時には涙ぐんだりする。観客の視線が一身に集められているのを感じながら、なぜかとても楽しかった。
前半のシーンが終わって一度、幕が閉じる。休憩時間だ。壇上を下りて待機場所に向かうや否や、ティアラは糸が切れたようにその場へ座り込んだ。
「ちょっと、大丈夫!?」
衣装係の先輩が走ってくる。ティアラは上がりきった息で笑った。
「……はい、なんか興奮しちゃって」
「お疲れ様。後半も乗り切るわよ」
「はい!」
休憩時間あっといま間に過ぎて幕が上がる。観客の熱を持った視線が注がれる。
劇の内容はそこから恋愛がらみへと発展していった。姫を巡る国内の戦争だ。複雑で切ない恋心の連鎖に観客は何度もハンカチを手に取っていた。
「姫、ずっと前からお慕いしていたのです」
白い騎士役のヒューが跪いたままティアラの手の甲にキスを落とす。演技だと分かっていてもティアラはドキッとした。
「待て、姫は俺のもんだよ」
強引に肩を引き寄せられ黒の騎士役のキースに抱きしめられる。二人の騎士に争われる設定なのだ。
(うーん、これを役得っていうのかな……)
ティアラは胸の高鳴りを押さえる。現実にこんなことは起こらないだろうと呑気に考えるティアラには二人の騎士の目が本気なのに気付かなかった。
「ならば決闘だ」
「ああ、望むところ」
ここで舞台がラストシーンへ突入する。姫を取り合って剣を交わらせる騎士の決闘の後には衝撃的なフィナーレが待っているのだ。
見事な息の合った決闘を見ながら、ティアラは暗幕で心を落ち着かせた。
(私なら最後、きっとうまくやれる)
繰り返し言い聞かせる。最後のシーンのために自分が選ばれたのだ。ここで失敗するわけにはいかない。
そのとき、唐突に裏で劇を見ていた部長がティアラの肩に手を置いた。
「よろしく頼みます。この劇は君が主役のようなものですから」
「はい!」
ティアラは大きく深呼吸して一歩、前へ出た。壇上では二人の騎士が決着をつけられずに弱っている場面だ。
――これがラストシーン。
ティアラは静まり返った場に響くような足音を立てて歩く。壇上の中央に立って大きく手を広げた。
「もう、私を巡るのはやめて! こんなことになるなら、いっそ私が……」
誰もがティアラを見つめる。ティアラは一拍ためて大きな声で言い放った。
「――私が王になるわ!」
台詞と同時にドレスを脱ぎ捨てる。その下に着込んでいた騎士の衣装が姿を現した。
観客がどよめきで溢れた。役者たちもそれぞれ驚くように声を上げる。その中で姫役であるティアラだけが豪快に笑った。
「女が王になってはいけないんて、一体だれが決めたの? そんなのくそくらえだわ」
誰もが、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしながらどっと歓声をあげた。どうやら衝撃的なラストシーンは観客に受け入れられたらしい。たくさんの拍手に包まれながら、劇はハッピーエンドを遂げた。
*
「成功したわね、部長」
舞台の裏で衣装係の先輩が満足そうに微笑んだ。目線の先にはティアラがいる。
「それにしてもあの子、すごく騎士の服が似合ってるわ……。なんでかしら?」
「体型のせいだと思います」
部長が垂れ目で微笑んだ。彼も観客の拍手を聞いて嬉しそうだ。衣装係はよくティアラの体型を見つめて他の女性にはあまりない特徴を見つけた。
「あっ! そうか、胸が……」
騎士の衣装を見て納得する。元々騎士の衣装は男物なので胸がある女性には似合わないのだ。けれどティアラは胸がないに等しいため着こなしてしまっている。
「部長、それで彼女を……」
「ええ。グレイスさんを見たときぴったりだと思いましたよ」
衣装係はひっそりとティアラへ哀れみの眼を向けた。その横で微笑み続ける部長に背筋が強張る。
「グレイスさんはどうやら人望が厚いようで、二人の番犬がいるようですし……。これからもちょくちょく役者を頼んでみましょうかね」
垂れ目の奥には誰も気づかない思惑が渦めいていた。
もしティアラがまた役者をやれば、必然と役者をやりたがらないキースやヒューも自ら名乗り出てくるだろう。それぐらい彼ら二人からはティアラを他の者に渡さない対抗意識がある。そこをうまくす利用すれば演劇クラブもさらに人気度を増すだろうと考えていた。
黒と白の騎士役だった二人を交互に見つめる部長に衣装係は小さくため息をついた。
「演劇クラブで一番腹黒いのって、意外と部長よね」
「いや、そんなことないですよ」
黒いたくらみには気づくことなく、ティアラは爽快な気持ちで拍手を浴びていた。
その横にいる二人の騎士の、お芝居なしの恋心に気づくのは、また次の公演で。
(お姫様の番犬 おわり)