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*122*
「……ティアラ、ティアラ、起きて」
声と共に肩をがくがくと揺らされて億劫ながらも薄く瞼を開ける。視界には鮮明な赤髪が飛び込んできた。
「もう朝よ。そろそろ起きないと朝食を食べ損なうわ」
深刻そうな顔でアリアがティアラに呼びかける。「朝食を食べそこなう」の一言でティアラは勢いよくベットから身を跳ね起こした。
「嘘っ!? もうそんな時間なの? どうしよう、今日はスクランブルエッグとオレンジジャムの乗ったマフィンが朝食なのに……」
毎日の寮の献立を暗記しているティアラは慌てるように洋服を着替えだした。朝食が配布される時間帯は決まっていて遅れるともう貰えないのだ。
焦るあまりシャツのボタンを掛け間違えるティアラをアリアは見つめながら穏やかに笑った。
「あら、今日の朝食はおいしそうね。わたくし先に行くわ。ティアラと一緒に食べそこなうのは嫌だし」
「この薄情者ー!」
涙目になりながら靴を履くアリアに叫ぶが彼女は面白そうに笑うだけだった。
「ええ、わたくしは自分が一番大切ですもの。美味しい物はちゃんと食べたいわ。それにわたくしが起こさなければ貴方はずっと寝たままで遅刻していたでしょうね」
「ま、まあ、そうだけど」
何も言い返せずにいると、それじゃあとアリアは優雅に部屋を出て行った。扉が閉まると同時にドアプレートが揺れる。そこにはアリアとティアラの二人の名前が明記されていた。
(同じ部屋に戻ったんだ……)
改めて実感し、懐かしさに口元を緩める。試験が終わってから数日後、アリアとも打ち解け元通りに同じ部屋のルームメイトとなったのだ。もう部屋の中には一人ぼっちの時の寂しさは微塵もない。アリアが好む可愛らしいファンシーグッズが所狭しと並んでいた。
「おっと、和んでる場合じゃなかった」
急がなければならないことを思い出してリボンを付ける。着替えを終えると簡単に身なりを整えてティアラも小走りで部屋を飛び出した。
*
「ギリギリセーフでよかったー」
今朝の事を思い出しティアラは満足げにつぶやいた。周りにはジャスパーやミラ、ブラッドにラトがいる。昼休みの時間帯に気づいたら自然と中庭へ集まっていたのだ。
降り注ぐ暖かな日差しがとても心地良く、目を細めて光合成するように草の上に座っていると隣から笑い声が聞こえた。
「お姉さん、見事な阿呆面」
ひねくれた言葉にきゅっと口元を結ぶ。そう言っているジャスパーも気持ちよさそうに草の上で寝転んでいるではないか。
「いいですね、こういう時間」
ミラの言葉にティアラはうなづいた。大切な人たちと穏やかに過ごす時間はとても貴重に思える。おやつのビスケットを頬張っていたラトが不意に遠い目をした。
「いつまでも、続けば、いい」
その一言に誰もがうなづいた。卒業までまだ何年もある。ティアラはこのまま皆一緒にいられるだろうと当然のことのように考えていた。けれどそのとき、ティアラを呼ぶ声が聞こえた。声の方向へ振り向くと学園長の秘書であるリアーナが速足で歩いてくる。ティアラが入学当時に学園を案内してくれた美人な女性だ。
「グレイスさん、あなたのお客様がお越しです」
綺麗な発音のまま息も乱さずにリアーナは眼鏡を押し上げた。直々に学園長の秘書が知らせに来るとは一体誰が来たのだろうか。そもそもティアラには知人が少ないため、思い当たる節がなかった。
(いや、待って。もしかしたら……)
嫌な予感ぴりっと脳内を駆け巡る。そのとき強引に眼を奪うような派手な金髪がティアラめがけて駆け寄ってきた。
「ずっと逢いたかったよ、小さな可愛らしいレディ。僕がいない日々はまるで永遠の事のように感じただろう? さあ、おいで!」
腕を広げて長い金髪をなびかせながらどんどん近づいてくる。ティアラは強張る足と共に頬を引きつらせた。
「フ、フレッドさん!」
それはまさにこの学園へ入学させてくれた星硝子職人最高の位を持つフレッドだった。彼は外見がとても整っていて貴婦人からの誘いが絶えない貴公子だが、中身は残念な変態気質なのだ。
久しぶりに会った彼の雰囲気はとても強烈だった。初めて出会った時のようにフレッドだけが、この世界から浮いて見える。周りにはいくつもの薔薇が咲き乱れているようだった。
「ああ、少し見ない間に綺麗になったね、ティアラ嬢」
指の長い手がティアラの手を恭しく握りしめた。周りの生徒たちがざわめいているのが感じられる。この学園にとって職人の頂点に立つフレッドは神に等しい存在だった。
「聞いたよ、試験で星五つを取ったんだって? すごいじゃないか! さすが私が選んだ子」
ティアラの胸ポケットについている星のバッチを嬉しそうに眺めてぎゅっとティアラを抱きしめた。ふわっと薔薇の香りがティアラを包み込む。不覚にもドキっと鼓動が高鳴った。
「あ、ありがとうございます。でも、どうしてここに?」
「君にとっておきの情報を伝えに来たんだよ。君の運命を左右する情報さ」
「私の運命を……?」
重要な話だということに気づき、ティアラは緊張感を走らせた。けれど次の瞬間、フレッドが何かに思いっきり殴られその場で倒れ込む。ティアラは悲鳴を上げて気絶しているような様子のフレッドを見た。
「すいません、グレイス様。このド変態があなたに不埒な真似をしでかした様で。いきなり学園長にも会わず貴殿の元へ走り出すので焦りました」
剣の柄を握りしめたままフレッドの護衛であるエリオットが頭を下げる。エリオットが護衛相手であるはずのフレッドを殴ったのは明確で、また主をド変態扱いしたのにティアラは言葉が出なかった。なんとか無難な台詞を見つける
「その、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。本日は急な訪問ですいません。グレイス様に伝えたいことがあってここに来たのですが……」
ちらりとエリオットは倒れたままのフレッドを見やった。
「主はしばらく使い物にならなそうですね。まったく」
(あなたが殴ったんだよね!?)
ティアラは心の中でつっこんだ。冷ややかな視線を送るエリオットと気絶したままのフレッドとの間に主従関係があるようには全く思えない。
エリオットは一度、いつの間にか集まってきた生徒たちを見渡して剣を収めた。
「ここでの立ち話はなんですので、一度移動しましょうか。これもこのまま放置しておく訳にはいきませんし」
主をさり気なくこれ扱いしつつ、エリオットはフレッドを米俵のように担いで来た道を戻っていく。
「ちょっと行ってくるね、皆は先に戻ってて」
何が起こったのか把握しきれていないようなミラ達に声をかけると、ティアラも慌てて後を追った。