完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

銀の星細工師【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 135ページ)
関連タグ: オリジナル 恋愛 ファンタジー 学園 学生 
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~ 70~ 80~ 90~ 100~ 110~ 120~ 130~

*13*

「わあっ……――!」
 感動と共に感嘆の声が漏れた。
 目の前に広がる星硝子の木の大群は、山の頂上で気高く咲き誇っているのだ。
「わたし、はじめてみたわ……。こんなに綺麗なのね、星硝子の木って……」
 小さい頃、図鑑で見たことはあるが本物は輝きが違う。図鑑でも素敵だと思ったものが今は目の前にあり、たくさん言葉が頭の中で出てくるのに結局言葉にならなかった。
「まあ、確かに星硝子の木は綺麗だな。俺も今まで幾度となく見てきてはいるが、そのたびに惹きつけられる」
「うん……まるでクリスマスツリーのイルミネーションみたい」
 近づいて下から木を眺めるとかなりの高さがあることに気づいた。上を見上げるとてっぺんが霞んで見えず首が痛い。
 さて、これからが本番だ。
 星硝子を採取しようかと腕まくりを始めるとキースがそれを止めた。
「まさかと思うがお前もやる気か……?」
「ええ、もちろん。そのためにここへ来たんだから。えっと、何か間違ってる……?」
 しかめ面になったキースに訳が分からず、ティアラは首をかしげる。
 キースはぺしっと軽くティアラのおでこを押すように叩いた。
「俺が行ってくるからお前はここで待機してろ。じゃなきゃここまで俺が来た意味ないだろう……報酬をもらうのに仕事をなまけるつもりはない」
 そう言い置くと、持っていたバックからかなり大きめな袋を肩にかけ、狩り人用のナイフを片手に木を登り始めた。
 するすると器用に登っていき、かなりの高さまで進んでいく。
「え、でもここまで来たのだから私だって……ていうか、わざわざ上に登らなくても下にいっぱいあるじゃない。ほら」
 ティアラは手の届く高さに実る星硝子を手に取って見せようとしたが、触れた瞬間星硝子の実が砕けた。
「……えっ」
 粉々になって風に流されていく星硝子の実だったものを呆然と見つめる。地面へと吸い込まれていくキラキラした銀の粉を目で追う。
 言葉もなくティアラは上げたままだった手をそっと降ろした。その手は微かに震えている。
 押し黙っているティアラに向かって上から声が降ってきた。
「馬鹿野郎、触るな。それは人肌に触れたら壊れちまう。手袋をつけて採取しなきゃな駄目なんだよ」
「人肌に触れたら壊れちゃう……? じゃあ、もう元に戻らないの……」
「当たり前だ。それに地面より、より高い位置に星硝子の実はおおぶりな実をつける習性がある。だから高いところへ取りに行くんだ。狩りに関して素人なお前は手を出すな」
 もう一度下で大人しく待つように念を押され、星硝子の木から数歩離れる。星硝子の実が砕けたときの感覚が手に残っていてじんじんした。
(わたし……壊しちゃった。どうしよう……っ)
 星硝子は貴重なものだ。いくらこの場にたくさんあるからと言え、昔から親が細工師で星硝子一つ一つの大切さを教えられてきたティアラには強烈な罪悪感が生まれた。
 自分はもう星硝子に近づかない方がいいと思い、その場から離れる。何十メートルか離れると星硝子を採取するキースの姿が見て取れた。
 すばしっこく動き回っては革の手袋を付けた手で星硝子をつかみ無言で品定めをする。実が小さかったり固すぎたりやらかすぎたりすると、いい星硝子は出てこないので慎重に時間を費やしながらベストなものを探して木を登り進めた。
 それから半時がながれた頃、キースは大きく膨らんだ袋を抱えて木を下りてきた。袋の中をのぞくと大きな星硝子の実がごろごろと入っている。
「ありがとう、キース」
 まだ重い気を変えるように走り寄って礼を言うが、キースは無表情で首を横に振った。
「まだだ。まだ終わっていない。
 
 ――本当に難しいのはここからだ」

 緊張の糸がぴんと引っ張られる。ティアラは無言の圧力を発するキースにつばを飲み込んだ。
(あのキースが緊張してる……)
 傲慢で余裕そうな彼が険しい顔つきをしているのが信じられなかった。
「いいか、今から俺がいいと言うまで話しかけるな」
 そう言うなり狩り人用のナイフ、布、とんかちを地面に並べる。
 星硝子の実を一つ取り出すと、石の上に置いてトンカチで思いっきり叩いた。
「えっ――そんなことしたら壊れちゃうっ!!」
 先ほど触れようとしただけで粉々になった星硝子だ。それに星硝子の本質はガラス。トンカチで叩いたりしたら割れたしまうだろう。粉々になった星硝子を思い出してティアラは叫んだ。
 しかしそんな心配をよそに、星硝子の実はぱっかりと二つに割れ、中央の丸い部分だけ割れずに残った。
「静かにしてろって言っただろう。気が散る」
 するどい声で怒られるがティアラは疑問が頭を埋め尽くして星硝子の実の事を聞かずにはいられなかった。
「なぜ砕けないの? 星硝子ってとても脆いものではないの?」
 身を乗り出すティアラにキースはため息をつく。ナイフを手に持ち替えながら口を開いた。
「あくまで目の前にあるのは『実』だ。さっきはお前が素で触ったから壊れたがもとは固いものなんだ。それを割って削って中に限られた量しか入っていない星硝子を取り出す。まあ、取り出すのはそう簡単じゃないんだが……」
 二つに割れた実の中から出てきた透明の硝子をナイフで削っていく。するとさらに輝きのました硝子が出てきた。
 次に削るのをやめて布で磨いていく。その作業を続けていくうちに最初よりも輝きを放った星硝子が出てきていた。
 大きさは二分の一ほどになってしまったがこれが本当の『星硝子』なのだろう。
(すごい……)
 それを何個も繰り返し行っていく。器用なナイフの削り具合と念入りな布の磨きを見ていると、自分には到底できない職人技だと思えた。
「なぜそんなに少しずつ削るの? 始めからもっと深く削ればいいのに」
 削っては磨いて、また削る。同じ動作の繰り返しに手っ取り場合手を思いつくと、目の前で「ああっ」と落胆の声が上がった。
「だから話しかけるなって言ったろ! 星硝子は風や音にも敏感なんだ。お前の声の波長と息遣いがかかって崩れた」
 手の上でまた粉々になった星硝子を見せつけるようにティアラの方に押しやる。
「一気に削らないのは強化しているからだ。こんなにもろい星硝子だが磨けば鋼のように強くなる。だから作業工程でも磨いてそれを芯に伝えているんだ。削り終わった後の星硝子はちょっとやそっとのことじゃ壊れない」
 気を抜いたら簡単に星硝子は壊れてしまう。だからあんなに緊張した顔をしていたのか。
「ごめんなさい。わたし二つも星硝子を壊してしまったわ……」
 今度は後ろを向きながら声が星硝子に向かないように話す。キースがティアラの軽くごついた。
「何言ってんだ、素人が星硝子を一つも壊さずに持って帰れるなんてありえねえんだよ」
 口は悪いが「別に気にする必要はない」と解釈することが今のティアラにはできる。
 なんだかそういってくれているような気がするのだ。キースが聞いたら「おめでたい頭でよかったな」とか言われそうだが。
 少しだけ心が軽くなり、キースの方を見き直って大きな声で「うん、ありがとう!」とうなづいた。

 その衝撃で星硝子の実が砕け、次は本気で殴られたのは言うまでもない。

12 < 13 > 14