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*14*
「いたたっ……まだたんこぶの部分が痛い……。ちょっと嫁入り前の娘になんてことしてくれるのよ。これでお嫁に行けなくなったらキースのせいなんだから」
「いや、それは違うな。その時はきっとお前の馬鹿さ加減が原因だ」
下山中この喧嘩のような言い争いを何度繰り返したことだろう。ふとティアラは足を止めた。
「星硝子、確かに受け取ったわ。ありがとうキース。依頼完了よ」
「なんだいきなり……気色悪い」
不信な顔をするキースに向かって深々とお辞儀をする。もうすぐ森の出口ということに気づき、お礼を言っておかなければと思ったのだ。
今回の旅でたくさんのことが学べた。
星硝子の木は美しいがとても高く、そこまでにたどり着くのが大変なこと。
星硝子を採取するのは極めて難しく技術を要すること。
そしてキースが本当は……優しいということ。
「キース、何度も言っているけれど……わたしのパートナーになってほしいの!」
ティアラは真っ直ぐにキースを見つめる。その真剣な瞳にキースも黙り込んで見つめ返す。
「あなたと旅をしてすごく楽しかった。そりゃあ危険な目にはたくさんあったけど、それより素敵なことがあふれてて。またあなたと旅をしたいの! 依頼という形じゃなくてパートナーとしてわたしの傍にいてほしいっ……!」
まるで愛の告白のようだがティアラはパートナーになってほしい思いで一杯だった。
キースは何も言わずティアラの言葉を聞いていたが、やがて眼をそらすとそっと後ろへ下がった。
「悪いが俺は誰のパートナーになる気もない。依頼も最初に言った通り一度限り、これで終わりだ」
そのままティアラが帰る道とは逆方向に駆けだす。止める間もなくキースは赤く染まった空の中へと消えて行った。太陽が沈みかけて辺りは暗くなっていく。
しかしティアラはその場を動けず、ただ静かにその場にしゃがみ込んだ。
「フラれたー、フラれたよお母さん……」
家に戻って数日。久しぶりのふかふかベットで寝て、好きな料理もたらふく食べて元気回復! のはずなのに気持ちは鬱々としていた。
「キースじゃないパートナーなんてもう見つけられる気がしないよ……」
めずらしくティアラは弱音を写真に向かって吐く。しかし写真の中の母がしゃべってくれる訳がなく、ベットに顔を伏せた。
その時、ベットから何かがコトリと音を立てて落ちる。それは母の形見の指輪だった。
「ああ、こんなところに落ちてたらなくなっちゃう」
急いで鞄の中へ詰め込む。しかしその手を途中で止めた。
(そういえば昔、お母さんが何か言っていたな……)
まだ幼い頃。細工師の腕も未熟で毎日練習を積み重ねていた日々。ある日、母がふいに行方不明になった父の話をし始めた。
「貴方のお父さんはね、おっちょこちょいで涙もろくて、でもとても優しい人だったの。彼は星硝子が大好きだった。だから狩り人になって星硝子を採取し続けたわ。彼の採った星硝子はどれも輝きが人一倍強くてかなり質がいいものばかりなのよ。きっと彼の愛が星硝子に伝わったんでしょうね」
母は懐かしそうな目でティアラに語りかける。父の記憶が薄く、あまり母からも話を聞かないので、その時の言葉は印象強く覚えていた。
「私がね、彼をパートナーにしたのは直感よ。この人しかいないって思った……不思議ね、世界にはもっとたくさん星の狩り人がいるのに、なぜか彼はほかの人と違う気がしたの」
「いい、ティアラ。もし、貴方が大人になって、そんな人がいつか見つかったら……
――絶対に手放しちゃだめよ」
「……そうだった」
ぽつりとつぶやく。とっくの昔に母は答えを教えてくれていたのだ。
「わたし……何やってんだろう…………フラれたってあきらめることしか選択肢がないわけじゃないのにっ」
鞄をつかみ急いで家の外に出ると、キースを探しに都へ出発した。
「ねえキース。あんた最近元気がないんじゃない?」
ネアはキースの顔を覗き込む。しかしそれを鬱陶しそうに払いのけると、またどこかを呆然と見つめだした。
(うーん……この症状が起こり始めたのはチェコ―タ山脈から帰ってきたあたりだから……ティアラちゃんと何かあったのか?)
ぽんっと手を打つ。ここまで物憂げなキースは稀で、ネアはティアラがキースの中でなにか引っかかるものになっているのを確信した。
(ったく、なんでこうもあいつのことを思い出すんだっ……もう、あいつとは関係なくなったんだ。あんな面倒さい奴が消えうせたんだからせいせいする! ……はずなのに…………あーちくょうっ!!)
だんっとテーブルを叩く。静かで平穏な日常に戻ったはずなのに何かが違う。
銀の髪の彼女がいきいきと走り回る姿がまぶたの裏に浮かぶ。
朝焼けみたいな明るい笑顔は、自分には眩しすぎる。自分はただ明るい道を歩いてきたまっとうな人間ではないのだ。そう、時には人にいえないこともしてきた。
だから彼女は自分の傍にいていはいけない。自分は誰のパートナーにもならないし、誰のぬくもりも受け取らない。
それが自分自身にあたえた?罰?だ。
むしゃくしゃする気持ちを抱えて、キースはコップに注がれていた酒を一気に飲み干した。
【一章 完】