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*23*
「なんだあいつ。さっきまでうじうじしてたくせに」
草むらに生えている木の上から面白くなさそうな声が漏れる。
会ったばかりの男に頬を染めながらついていくティアラに心底、「馬鹿野郎、知らない奴についていくな」と説教したい気分だ。
この前、ティアラに手紙を預けたまま別れてしまい、後から野生育ちのティアラがパーティーなんて高貴なものに顔を出して大丈夫なのかと心配になった。だがティアラの心配性な部分が顔を覗かせ、味方もできたようで大人しく城内へ入って行った。
だからこれで心配ごとは去ったはずなのにどうにも後ろ髪を引かれるような思いになる。。
「せいぜい派手に転んで鼻でも地面にぶつければいんだ。……よし、ただ飯でも食うとするか」
ぶつくさ言いながらキースはさっと木を下りて、静かな暗闇に溶け込んだ。
そして空気の流れのようにするりと誰にも気づかれず城へ入って行くのだった。
ティアラはそわそわと首をすくまして辺りを見渡す。先ほどから妙に視線がこちらへ集まっているような気がするのだ。
「大丈夫? ティアラ」
緊張している面持ちのティアラにヒューはカラフルな色のフルーツが乗ったパンケーキのお皿を渡して訊ねる。
甘いもので元気を出させようとしてくれてるのだろうか。
「うん、大丈夫」
ティアラはしっかりとうなづいた。けれどやっぱり視線は気になって仕方ない。
意識するほどに体が強張って行った。
「ねえ、ヒュー。さっきからみんな、こっちを見てない?」
小声でヒューへ囁くと、彼は何てことないような顔をしてうなづいた。
「そうだね。きっと皆美しい人物が現れると、どうしても見入っちゃうんだろう」
ぱくりとパンケーキを口にいれながら、ああっとティアラもうなづいた。
「これは全部ヒューへの視線なのね。まあヒューってこの中でかなりの美少年だと思うし、やけに熱い女の子の視線もあったわけだ……」
うんうんとうなづいてまたもう一口パンケーキを口に放り込む。
自分が悪目立ちしていて庶民育ちだと見抜かれているのかと思ったが、ヒューへの好意の印だと思うと少しだけ緊張感がほぐれた。
女子の「誰よ、となりの子」という嫉妬の目は少し怖いが……。
しかし緊張がほぐれたのは、つかの間だった。
「いや、半分くらいは君への視線じゃないのかな?」
首をかしげてヒューも辺りを見渡す。ティアラは口へ進んでいたフォークを止めた。
「やっぱ、わたし何かおかしいかな……? みんなと違って、全然優雅じゃないよねっ!? やっぱ場違いじゃっ……」
「違う違う、君が綺麗だから若い男性陣が見とれてるんだ。きっと君をダンスに誘いたくてうずうずしてるよ」
ティアラは耳を疑った。お世辞にもほどがあるだろう。
「ヒュー、そんなにわたしを美化してくれなくていいんだよ……。わたしが残念だっていうのは昔からわかってるから」
キースの「阿呆鳥」やら「こんなぺったんこを誰が彼女にしたがる」という生意気な声が頭の中に響いてくる。
遠い方を見つめる視線にヒューは少しだけ眉をひそめた。
「君は気づいていないのかい?」
ヒューが言った言葉は決してお世辞などではないのだ。
ティアラの一番目を惹く点は珍しい銀の髪だ。なめらかで腰まで届く髪が動くたびにさらさらと揺れる。
身にまとう、細い腰を強調とさせる流れるようなパレオのドレスは、真珠のような澄み切った青が全体的に彩られ、肩が大胆に開かれているが、薄いカーディガンが隠すように重ねられ爽やかな印象を与えた。
そしてティアラのコンプレックスに思っている童顔は逆に、彼女をきしゃに見せるのだ。
しかしティアラはコンプレックスさえいい方向に変えてしまう自分の外見に一切気づいていないのだろう。
不安げな顔で派手なほど聞かざる他の令嬢たちに気おくれを感じてる様子だ。
お世辞ではなく思ったことをティアラへ伝えようとしたとき、聞き覚えのある声がヒューを呼んだ。
「――やあ、ニューマントのご子息さんじゃないか」
振り返るとフレッドがこちらへ向かって足を進めてくる。
フレッドも印象的な金髪が嫌というほどに眼を惹きつけた。
「これはこれはフレッドさん、お久しぶりです。今回は父の代わりに在籍していますが、ご招待いただきありがとうございます」
「いや、そんなにかしこまらなくていいんだよ。それに君もかなり優秀なご子息だと聞くよ? ニューマンとさんもすごい人だけど、実は個人的には君の方が興味があるんだ」
「それは光栄です」
ヒューはふんわりと微笑んでお辞儀をした。
フレッドも笑い返すとヒューの横にいる人物を見て「おおっ」と声を上げた。
「そちらは酒場のお嬢さんだね。久しぶり」
フレッドと目があってティアラはぺこりと頭を下げた。そしてあることを思い出して焦るように早口で口を開いた。
「あのっ、キース来てないんです! ごめんなさいっ。フレッドさんが誘ったのはキースなのに、私一人だけ来てしまって……」
罪悪感でうつむきながら視線を下げると、フレッドは暗い空気を吹き飛ばす様に笑った。
「まあ、あいつが素直に来るとは思ってなかったし別にいいんだ。それに妖精のごとく麗しい姿も拝見できたしね。ごちそうさま」
相変わらず変態寄りの発言に呆れたような目を向ける。だが向き合ってみると人懐っこそうな瞳が自然と優しげに見えた。
「ゆっくりしてってね。あっちのフロアに僕の硝子細工もあるから」
フレッドは手を振りながらまた違う招待客たちへ話しかけに行く。
一方フレッドの言葉にティアラは大きく目を輝かせていた。もともとここに来た目的は<一級星硝子細工師>であるフレッドの硝子細工を見ることだ。
「ヒュー、わたし星硝子細工見てくるね!」
今にも走っていきそうな様子のティアラに、ヒューは先ほどの話の続きをしようと思ったが、今話しても頭の中が星硝子でいっぱいのティアラの耳には入らないだろうと思い直す。
ヒューは苦笑しながらうなづいた。
「うん、じゃあ僕も他の方々に挨拶してくるよ。また会おう」
そう言ってヒューはゆるくむすんでいた髪にドレスと同じ青い花を一輪を挿した。そしてそのまま去ってしまう。
(ヒューって童話の中の王子様みたい……)
ぼーっとヒューの背中を見つめながら、ティアラも硝子細工を見るべく身をひるがえして大広間を横断した。
「わあ……! すごい素敵……」
ほぼ広間のど真ん中に透明のケースで保管されながら配置されているフレッドの硝子細工につい、ため息をこぼす。
水を題材として造られた硝子細工は中心に渦を巻くような水の流れがあり、その周りを魚や蝶が躍っている。そして渦の中に天へと手を伸ばす人魚がいて、周りにはキラキラと光る銀がばらまかれていた。
細部までこだわられている硝子細工にティアラは圧倒された。
人の手でここまで細かく芸術的なものが作れるというのだろうか。
ティアラはパーティーの中央であることを忘れて食い入るようにケースへ張り付いた。少しでも技を盗みたかったのだ。
その時、軽く肩を誰かが叩いた。現実へと引き戻され眼を向けると、見知らぬ青年が緊張した面持ちで立っている。
「あの、よければ僕と一曲踊りませんか?」
ティアラの膨れ上がる高揚心はたちまちしぼんでいった。額に汗が浮かぶ。
(わたし、ダンスなんて踊れないよっ!?)
ステップを踏むぐらいなら昔、両親から教わったことがあるが、優雅や気品も必要なこの場でいろんな所に気を遣いながら踊れるわけがない。さらに見ず知らずの相手では呼吸やタイミングさえかみ違ってしまうだろう。
「すいません、ちょっと用事が……また次の機会にでも……」
愛想笑いを浮かべながら後ずさる腕を、また知らない誰かが引っ張った。
「それでは僕と踊りましょう。先ほどからずっとダンスに誘いたいと思っていました」
ティアラは愛想笑いをひきつらせた。だがその言葉が合図のように次から次に同世代のような青年たちが「俺も!」「僕だって誘いたかったんだ」と名乗り出てくる。
あっというまに周りを囲まれたティアラはここから逃げ出したくてたまらなかった。
ティアラをの意見は置いといて誰が最初に踊るか青年たちは言い合う。その輪を気づかれないように抜け出そうとティアラは後ろへ下がった。
もう少しで抜けられる、そう思ったのもつかの間肩を引き寄せられた。
(今度は誰なのよー!)
いっそ足でも思いっきりふんずけてやろうかと思った時、聞き覚えのある声が降ってきた。
「悪いがこいつは俺がもらってく」
いきなりの侵入者に抗議の声を上げようとする青年を横目に、肩を抱いたままの人物は奪い去るようにダンス広間へとティアラを招いた。
(もしかして、この人……)
胸がトクンっと音をたてる。
まさか……だがそんなはずはないのだ。