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*45*
スターグラァース学園へ来てから三日の月日が経った。
ヒューの的確で分かりやすい学校案内のお陰で、ティアラの頭の中にはしっかりと校内の地図が刻み込まれている。基本的な校内の移動ならもう、問題はないだろう。そしてまた一つ大きな事実に気づいた。
それは校舎が細工師希望と狩り人希望の生徒で分けられていることだ。
細工師を目指すものたちが属しているのが第一校舎で狩り人たちは第二校舎に集められるという。
気づかなかったが、ティアラのいた第一校舎の後ろには第二校舎があったらしい。第二校舎の形は第一校舎とまったく同じで、中庭から行き来できるのだという。
この学校はどれだけの広さなのだろうかとティアラは改めて思い知らされた。ただでさえでかい校舎が二つあるというのだから。
(こうなると、どこかにお城があっても驚かない気がする……)
ティアラの心は知らぬうちに鍛えられていった。
日差しが柔らかく、まどろみを運ぶ午後の昼食後。ティアラはスカートが広がるのも気にせず、教室を躍るように飛び出た。
「ヒュー、早く講堂へ行こう! 今日は星硝子の育ち方を勉強するんだから、しっかり講師の声が届くいい席をゲットしなきゃ」
今にもダッシュしそうなティアラの勢いに、ヒューもちょっと苦笑しながら分厚い教科書を抱えて後を追っかける。ティアラの心は高揚感で埋め尽くされていた。
学園の星硝子の授業はとにかく、ティアラの知らない驚きに満ちたもので一杯だった。
たくさんの事を知るたび、世界は果てしなく広いんだと感じる。自分は星硝子について知識がある方だと思っていたが、まだまだ微力だった。
もっと、知りたい!
それだけが今のティアラの活力だった。
「そういえばティアラ、もうすぐ例の試験がやってくる時期だね」
講堂へ一番乗りし、特等席と言える場所へすばやく座ると、世間話をするようにヒューが口を開いた。しかしティアラは首をかしげて眉を寄せる。
「例の試験って?」
「あれ、知らないのかい……?」
二人同時に頭の中へクエッションマークが浮いた。学力を測《はか》る定期テストならまだ先だし、星硝子細工師の級をあげる国家試験も、もっと先だ。学園の年間予定表にも近日で試験の予定なんて入っていなかったはずだ。
「そっか、知らなかったのか……。まあ、この試練自体、もう暗黙の了解みたいになっちゃってるしね。ティアラは入学して間もないから知らないのも当然か。ごめん、なんだかあたりまえになっているものだったから」
それほど根強く学園に住み着いている試験とは一体どういうものなのだろうか。
しかしその試験の正体が知りたくても、ヒューは一人でそっか、と納得したような顔をして一人心地ついてる。説明してほしくてヒューの袖を引っ張ると、ティアラがそこにいたのを思い出したように顔を上げた。
「ああ、ごめんごめん。えっと例の試験っていうのはね、『スター獲得試験』なんだ」
「スター獲得試験……?」
聞きなれない言葉をかみ砕くように繰り返す。
「そう。簡単に言うと星硝子細工に関する腕前を試す試験みたいなものかな。二か月に一回行われて、その人の能力によってスターが与えられるんだ。スターのレベルは六段階あって、最上級はスター五つ。最下位は星なしって呼ばれるんだ。試験内容はその時によって筆記だったり実際に星硝子細工を作ったりと予測不能に変わるんだけど、学園の生徒はより多くのスターを集めるために努力してるんだ」
そんなものがあっただなんて知りもしなかった。
ヒューに校内を案内してもらったし、アリアにも生活の基本的なことは全て教わったが、まだ知らないものはたくさんあるらしい。
ぽかんとしているティアラに、ヒューはほら、と自分のブレザーの胸ポケットについている物を見せた。
「これがスターのバッチだよ」
ヒューの胸ポケットには五つのスターが自分の存在を示すように輝いていた。一度意識を向けると、なぜ今まで気づかなかったのだろうと思うほど眼に飛び込んでくる。
(うーん、スターグラァース学園の制服は装飾品が多いから、バッチなんて全然意識したりしなかったな……ってか)
「ヒュー、バッチ五つだよね!?」
今更ながらがしっとヒューのブレザーを掴む。いきなり胸倉をつかまれてヒューは面を食らっていたが、さすが貴公子。無理やり押しのけてはがすのではなく、あくまでもそっとティアラの肩を持って距離を置いた。
「まあ、そんなに大したものじゃないけどね。バッチが多い分、邪魔になるし」
「なに謙遜《けんそん》してらっしゃるのですか」
いきなり頭上から声が降ってきた。振り返ると、寮以外ではあまり合わないアリアが立っている。彼女の制服はとにかくフリルやレースがつけられていて目立っていた。けれどセンスがいいので悪目立ちはしない。より一層彼女の持っている美貌を引き出している。
そういえば今日の授業は学年全体で行われるから、同学年のアリアがいてもおかしくはないのだ。
ふいにぐにゃりと視界が歪んだ。なんだかわからないまだら模様の空気が体にまとわりつく。しかしティアラの変化にアリアは気づかず、ぐいっと人差し指を突き出した。
「その年でスター五つ持ちなんて滅多にいるものじゃありませんわ! スター五つなんて学園の卒業レベルですもの」
「そ、そんなにすごかったの!?」
ティアラもつい驚愕であんぐりと口を開ける。どれだけスター獲得試験とやらは難しいのだろうか。
心配になって辺りを見渡すとやっぱりスターのバッチが眼に飛び込んできた。大抵の生徒はバッチが二つだ。しかしアリアを見てみると四つもついていた。
(アリアも結構すごい人だったんだ……。確かに二人とも頭いいよな)
共に生活をしていて、時々感じる能力の差。自分は一体、いくつスターをゲットできるのだろうか。
「大丈夫かな……」
「大丈夫ですわよ、ティアラさん。なんたってあなたはフレッド様が推薦された方。きっとスター五つですわ」
さも当たり前のように言うアリアに少しだけ励まされる。
しかしまた、息がつまるような屏息感が襲ってきた。それはまるで、アリアが言葉を発するたびに重くなっていくようである。前にも一度、寮で出会ったときに感じたものと同じだ。何かに隠されてもやもやするような気持ち。そして訳のわからない小さな恐怖。
ティアラは頭を振って不快感を追い出すように大きな声で宣言した。
「わたし、やれるだけのことはやってみる!」
闘志を燃やすティアラには、ヒューの何か言いたげな顔には気づかなかった。