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*27*
・ 故郷 ・
《ツバサ》
「……これが世界樹の迷宮か」
ラクーナが微笑みながら呟いた。
「危険な迷宮だってサクヤさんがいってたけど……こうして眺めていると美しい森ね」
「ウツクシイ? なあにいってんだよ。木が生えてるだけじゃねーか」
ラクーナがためいきを吐く。そして、アーサーに向かって呆れた様子で言い返した。
「あんたねえ……風情(ふぜい)って言葉知ってる? 同じ森でも雰囲気がちがったりするでしょ」
「あー!」とアーサーが叫ぶ。納得したのだろう。ラクーナがそれを見やってから森をまた眺め始める。
「……うん、私の故郷とは感じがちがうわ。どこが、とは上手くいえないけれど……。ね、ツバサ、貴方はこの迷宮を見てどう感じた?」
不意にきた質問に、少し困惑した。
だが、すぐに俺は平然とした気持ちに戻す。いかんいかん、こういう不意打ちはよくあるって。ええと……俺は。
「この森の雰囲気もいいけど、自分の故郷もいいなぁ」
俺の答えに、ラクーナが微笑み返す。
「ふふっ、そうよねえ。やっぱりみんな、自分の故郷が一番よね!」
ラクーナがサイモンへと質問する。
「ハイランダーの故郷って、どこなの?」といった。
サイモンがうなる。考え始めたのだろう。
「……ハイランド地方の最北端と聞いている。今のハイ・ラガード公国領の山岳地帯だ」
「へえ、山岳地帯! そういうところにも、一度足を運んでみたいわね。寂しいところだとばかり思ってたけど、きっといいところなんでしょうね」
そうだな――いいところだよ。
俺は故郷の光景を思い浮かべ始める。
近くの小川で小魚を捕(と)ったり。
アユの赤ちゃんとか、シラウオとか。大人のアユなんかは、塩焼きにすると美味しいんだっけ。食べたなあ〜、家族と一緒にさ。遠くからもらってきたユズも添えてさ、ホントに美味しかった!
あとは、原っぱで遊んだり。
でも、よくは遊ばない。むしろ遊べないんだよなあ。だって遠いんだもん。集落には原っぱといえる原っぱがないから。
貧しくても楽しかった。嫌なことがあってもすぐに解決できた。ど田舎な集落だったけど――楽しかったな。
「ところで、ラクーナの故郷はどんなところなんだ?」
もしかしたら、雪国だったりして。
「私の故郷? 分かるかしら、オンタリオよ。北国なの。‘雪国オンタリオ’って呼ばれてたっけな。とっても寒くてさ〜――」
――あっていた!
不意に言葉を切る。その様子はまるで、故郷の光景を思い出しているかのようだ。
……というか、本当に光景を思い出しているな。まぶたを閉じて懐かしそうにしている。
「エトリアよりはるかに遠いらしい。北東の方角だと聞いている。紅葉が美しく、甘い樹液が採取できるメイプルの木が評判の街だと聞くが」
サイモンの言葉に、ラクーナが元気よくうなずき肯定した。
「さすがサイモンね、よく知ってるわ。メイプルの木からとれるシロップが名産品で、様々な料理があるのよ。例えば、鶏の照り焼きとか」
にわとり……の、てり……やき? 鶏の焼き料理だということは分かるけど、照りってなんだろう。
「照り焼きって?」
「照り焼きというのは、醤油とミリンをつかってソースを作り、それをつかって焼いたもの、かな……。私もあまり分からないけど、そんなこと聞いたことある」
なるほどっ! 醤油とミリンか。高そうだなあ。
「あと、カリカリに焼いたメイプルスペアリブ!」
スペアリブは食べたことがある。美味しかった。豚の肉なのだけど、骨がついているんだっけ。骨付きの豚肉で、俺は牛しか食べたことがないから驚いたっけな。
それにメイプルをかけているのか。いいな、ラクーナめ。
「デザートだと、メイプルアイスかな。定番中の定番ね」
「メイプルアイス!?」
フレドリカが真っ先に反応した。すごい。目がキラキラ光っている。マンガみたいだ。
……マンガって、なんだ?
・ つめたっ。あまっ。ふわっ。 ・
「うちの故郷自慢の一品よ。つめたーくて、甘くて、ふわっと溶けて……」
「ラクーナは作れるの?」
フレドリカが目をキラキラにさせながら質問した。よく見れば、両手をお祈りのポーズみたいに組んでいる。それほど好きなのだろうか。
だが、ラクーナは困り顔。
「ん〜……それがねえ、作り方は知らないの。地元では専属の職人が作っていたから」
言葉を耳にして一転、フレドリカの顔が曇る。キラキラさせていた瞳はふせられ、悲しいような表情になった。
「……そう」
なんか、かわいそうだ。あ、そうだ。作ってみようかな。
「作ろうか?」
「ホントに!?」
再び、フレドリカの目がきらりと光り始める。きらつき始める。すごい。好きという感情ってこんなにもすごいのか。
なんとなく横を見ると、サイモンが考え込むのを見た。どうしたんだろう。
「……アイスを作ろうと思うのなら、新鮮な卵と砂糖、それに生クリームが必要だったはずだ」
「…………!」
フレドリカの表情が、微笑む顔に変わった。
期待しているのだろう、サイモンをじっと見つめている。
「卵と砂糖は日用品だからともかく、生クリームを用意するのは大変だろう」
「…………」
少し曇り始めたような顔に変わる。
「しかも、それらが用意できたとしても、凍らしてアイスにすることを考えるとエトリアでは難しいはずだ」
「…………そう――」
少し怒ったような顔になる。サイモン、実はきみってウブ? ……いかん、アーサーがじと目で見てる。すごいなアーサー。
「――いたっ!?」
……つねられた。痛い。
「その後にかけるメイプルだって、オンタリオから届けてもらわないと手にいられないだろうな」
「――ね! そうね、まったくもってそうだったわね! 期待していた訳じゃあないし。ほら、さっさと歩きましょ。転移装置に行くんでしょ」
フレドリカは足早で歩き始める。そして、数歩歩いてからこちらを振り返った。
「ほら、早く! 無駄話している暇なんてないのよ!」
――ああ、完璧に怒ったなあ。
「男子三人組、ついてきなさい!」
「「……?」」
サイモンとアーサーが首をかしげる。
……アーサーもウブかい?
「……乙女心は複雑なのにねえ」
ラクーナがためいきを吐いた。