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*28*
・ F.O.E・‘狂える角鹿’ ・
《フレドリカ》
「ところで、ツバサってさ――」
ラクーナがツバサに話しかける声が聞こえる。みんながうしろに振り向いた。
「好きな人っているの?」
なに、その話題。なに、唐突すぎない。
ツバサが顔を伏せ黙る。
アーサーが「おお!?」と叫んだ。……興味あるんだ。
「へえ、誰なんだい?」
サイモンが平然とした口調で質問した。
ツバサは黙っている。うつむいている。よっぽど恥ずかしいのだろうか。
――それは、ちがった。
実は――。
「ふれどりか」
「「「ええ!?」」」 「はい!?」
「んにゃ……またたび、ちょうだいにゃ」
「「「……は?」」」 「アイルーじゃあねえだろーな?」
――混乱していた。
目はなぜか、茶色ではなく淡い紫色。きれいだけど危険なこの色を見て、サイモンが叫んだ。
「まさか」と。
――そう、その、まさかだった。
……混乱、だ。
ツバサは混乱状態にされてしまったのだ!
アーサーの目がツバサのそれに変わる。もしかして、と思う暇もない。
本当に暇がなくなってしまった。
みんながうしろを向く。
考えられるとしたら――うしろにいたとしか考えられないだろうから。
「F.O.E!?」
ラクーナが叫ぶ。そして、槍を構えた。
槍が好きらしく、パラディンには似つかない槍を装備しているそうだが。
――F.O.E。
フィールド・オン・エネミーと呼ばれている魔物。
――つまりは、超危険性魔物。
それがいた。
「アーサー、だいじょ――」 「うるせえっ」
混乱した少年が、“火の術式”を発動させる。
サイモンがとっさに‘フリーズオイル’をかけた。氷属性を付与させる道具だが、これで大丈夫だと判断したのだろう。
「くっ――うわああああっ!」
ええ!? と驚いてしまった。サイモンも混乱したのだ。
急に叫んでラクーナがすくむ。どうしよう、手がない――。
「フーッ!」
ツバサはまだ猫になりきっている。猫だと思ってる。
このままじゃ、混乱の地獄絵図だわ――どうしよう!?
「“大爆炎の術式”ィッ!!」
待ってよ――攻撃、しないで!
「こ――こないでえッ!」
うそ――。
「ラクーナも――!?」
ブツッ
――なにかが切れた気がした。
その直前、鹿の魔物のステップが聞こえた気がした――。
・ 「ねらいをぉ〜つけてぇ〜!」dy混乱フレドリカ ・
「……あのときのように、なぜか記憶がないんだけど」
ツバサが考え込んだ。当然だよ、だって記憶がないんだもん。
あれ(番外編参照)のときのような三人だけじゃなくて、みんな記憶がないんだもん。
――なぜかF.O.Eは倒れていた。
みんな記憶をなくしてる間になにがあったというのだろう……考えられるのなら、一つ。
みんな混乱したということ。
――もしかしたら、それかも。
……ブルルッと体全体が震える。だとしたら、怖い。私はなにをいってたのだろう。
「そういえば……」
ラクーナが思い出したかのようにいう。
「今、何時?」
サイモンが時刻を確認する。見ると、夜の六時だ。
「……帰ろう」
そうだね。
――そのとおり、だね。
・ ローザ登場 ・
「すみません――フィカルナの方々でしょうか?」
街に帰ると、メイド服を着た女の人が立っていた。
髪はぱっつんと切った紫のセミロング、瞳は少し濃い紫だ。
「ああ、そうだけど」とアーサーが答える。……フィカルナなんて名前にしたのね、私のギルド。
――ギルドというのは、知ってるかな? パーティを組んだ冒険者たちの総称っていえばいいわね。
「よかった……では、こちらのギルドにシェルドン家のお嬢様が同行されているのですね?」
「うわ……また、お父様かあ……」とラクーナがためいきまじりにいった。それを見て、女の人が笑顔を作る。
「お初にお目にかかります。私はローザ、旦那様に命じられて、ラクーナお嬢様のお世話に参りました」
「やっぱりね……」とラクーナ。
「お父様の親馬鹿が炸裂したんだわ」
「そのようですよ」
ローザは微笑む。可憐で華やかな笑顔だ。女の人といったら、こんな感じなんだろうな。
「『ラクーナは平気か、ラクーナが好きすぎてもうたまらん! メイドやら執事でもつかわせろ、ほら早く!』とおっしゃってました」
声真似が似てる。
「――お嬢様を心配なされているのです」
それはいいけど、すごいなあ。
「ハア……」とためいきを吐くラクーナが見えた。困惑しているのだろう。
「その旦那様から手紙を預かっています。調査隊のリーダーはどなたでしょうか?」
リーダーは、ツバサよね――って、ええ!?
私は驚いた。ツバサは私をまっさきに指差したからだ。
私じゃないのに。
「フレ――」
「……違うから。リーダーはツバサよ」
内心胸がバクバクしつつも、対応だけはクールにした。ツバサがにやにや見てる。もう、調子にのって。
「……ツバサ様ですか。では、旦那様の手紙を読ませていただきます」
娘、ラクーナが調査隊として働くと聞いた。だがラクーナは名門シェルドン家の一人娘。万が一のことがあっては困る。
そこで、調査隊の一行をバックアップし、娘の身の安全を守るために援助をしたい。
具体的には、シェルドン家が用意した館を拠点として提供しよう。
そして、ローザという、若いが腕の立つメイドも用意した。館で振舞われる彼女の料理は、必ず調査隊のメンバーの力になるだろう。
また、そこを拠点とすれば、娘の安否がローザを通じて私に伝わる。以上の理由から快く援助を受けてもらえると嬉しく思う。
追伸・ラクーナへ
ガンバレラクーナ! 父は応援しているぞ! アイラブユーラクーナちゃーん♪♪
「……だそうです」
みんなげっそりしてる。それは分かる。最後の文章がとてつもなく――すごい。
「お父様……ラブアピールを文章にしないでっていってるのに……」
「すげえ……な……うん、すげえよ……」
「……す、少しめまいが……」
「うわ〜……ラクーナの父さんってすごいのな……ハイランダーもびっくりするよ」
最初から、ラクーナ、アーサー、サイモン、ツバサの順で感想を漏らした。それは、すべて手紙の最後の文章の感想。私も、すごすぎるとしかいいようがないと思える。
「どうでしょうか、お受け――」
「受けます」
リーダーツバサの決断は早かった。
ラクーナのパパからブーイングされたくないもんね。
……ちなみに、館の名前は‘カフェテリア’になったらしい。