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*21*
第七章*カンパニュラ*
何も見えない。
「________________________様」
何も聞こえない。
「______________________う様」
何も感じない。
「______________________嬢様」
まるで「無」だ。
「____________________お嬢様」
闇ではない、「無」だ。
「______________さい、お嬢様」
その「無」になってしまうような。
「________てください、お嬢様」
燃えて灰になってしまうような。
「____開けてください、お嬢様」
そんな感覚がした。
「目を開けてください、お嬢様……ッ」
ふと、アイビーの声が聞こえた。それで、意識が水底から引き揚げられる。
「________どうしたの」
私は、ゆるゆると目を開いてアイビーに尋ねた。そして、ベッドの上に横たわったまま、緩慢に首を動かしてアイビーを見た。
アイビーは、ベッドの脇に跪いたまま、心底安堵したような表情をした。心なしか、目が潤んでいるような。
「……いえ。何でもございません」
アイビーは頭を下げて言う。
「……何故そんなに慌てていたの?私、最近は眠いから、寝ていることなんて珍しくないでしょう?」
私は続けて尋ねた。
事実、最近は何故かとても眠いのだ。眠くなったと思ったら、意識がなくなっていて寝ていた、という感じだ。
体調も優れない。熱があるとかそういうことはないが、ゆるゆると、着実に日々悪くなっていく。
それにさっきのように、よく分からない感覚に囚われる。自分が消えてなくなってしまいそうな、そんな感覚に。どんな感じか、と訊かれたら、体が一気に、さあーっと灰になってしまうような、と私は答えるだろう。自分でも訳が分からないが、そんなような気がする。
「……そうですね。お嬢様が長時間お休みになられていること自体は珍しくありません。ですが……」
「……ですが?」
「一週間、一度も目を覚まされなかったのは初めてです」
アイビーはそう言った。
一週間?つまり、私が一週間ずっと寝ていたということ?そんな感じはしなかったが。
「それ、ほんとう……?」
恐る恐る私が尋ねると、アイビーは首肯した。
いくら眠いからといったって、一週間ずっと寝ているというのはさすがに異常じゃないだろうか。
少しずつ悪くなっていく体調と、異常なほどの眠気、そしてあの、奇妙な感覚。
私は一体どうなってしまったのだろう。私に何が起こっているのだろう。そして、私はこれからどうなってしまうのだろう。
それをそのままアイビーに訊くこと自体は容易い。ただ、それで何かよくない答えが返ってきたら、私はどうすればいいのだろう?
例えば、私は何か不治の病に侵されているとか、そんな答えが返ってきたら。
もし、もしも。私は何か病気に罹っていて、それによって死んでしまうだろうと、そうアイビーに言われたら、私はどうすればいい?絶望感に泣き喚く?人生を諦観する?
分からない。どうすればいいのか、分からない。死にたくないのか、それとも死んでも構わないのか、それすら分からない。
そこで私に、ふっと後ろ向きな考えが浮かぶ。
____どうせ私は何も生み出せない。ならば、このままだと死んでしまうとアイビーに言われても、なんら問題はないのではないだろうか。
「ねえアイビー、私は…………、近いうちに死んでしまうの?」
恐怖でもなく、期待でもなく、諦観でもなく、ただ知りたくて私は訊いた。
アイビーは肯定しなかった。
____ただし、否定もしなかったが。
「ねえ、無言は肯定ととるけど?」
そう言っても、アイビーは無言だった。跪いたまま俯いて、私を見ようとしない。
____ああそうか、私は近いうちに死ぬんだ。
さっきの「どうすればいい?」と悩んだのとは裏腹に、いざ知ると、衝撃はあまりなかった。
だって、どうせ生きていたって、何をしろと言うんだ。将来への希望も、夢も、期待も、何一つないのに。
「私は、病気?」
そう問うと、ようやくアイビーは反応を見せた。頷いたのだ。
ああ、やっぱり。私は病気なんだ。
「なんて言う病気?治る見込みはあるの?」
しばらく間が空いた。私は、アイビーが話し出すのを静かに待った。
アイビーは小さく言葉を紡ぎ始めた。その声は僅かに震えていた。
「申し訳ありません。言うことはできません」
「……何故?」
そう問いかけると、アイビーは一度深く深呼吸した。吸って、吐いて。そして、おもむろに口を開いた。
「____きっとお嬢様は深く後悔されるからでございます。お嬢様は、どんな深い闇でも背負う覚悟がおありですか?」
私は口ごもった。「深い闇」って、何?私の病気は、一体____。
アイビーは、私が黙ったのを見て、言わないことに決めたらしい。無理に微笑みを浮かべ、私に言った。
「お嬢様、お食事はどうなさいますか?何か口に出来そうでしたら、料理人に何か作らせますが」
正直、空腹ではないし、吐いてしまいそうなので食べ物はいらないけれど、一週間何も食べていないのだ。何か食べた方がいいだろう。
「そうね、スープでも持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
アイビーは跪いたまま一礼し、立ち上がりドアへと歩いて行った。