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*30*
アイビーは、最初とても驚いたような表情になった。そして、頬を少し赤らめ、とても嬉しそうな色を浮かべた。
その笑顔はとても綺麗で、どうしようもなく切ない気持ちに襲われた。
と。ふっ、と一瞬意識が飛ぶような眠気が襲ってきた。……こんな時に、何で。次眠ったら最期だ。そう思ったから、私は必死に眠気と闘った。
「アイビー?」
「はい」
「……ずっと思っていたんだけれど、貴方、自分の名前が嫌いよね?それって____」
そう、それが少し気になっていた。出会った時だってそうだ。名乗るのをすごく嫌そうにしていた。それってもしかして、アネモネのせい、なんじゃないだろうか。
そう私が思ったのを察したのか、「ええ」とアイビーは頷く。
「アネモネの散り際の言葉が頭から離れないのです。『死んでも離さない。アイビーの花言葉さ。それがきみの名前の由来だよ、アイビー』という言葉が。
____馬鹿馬鹿しいことなのですが、いつか、アネモネが生まれ変わって僕の元へ現れるのではないか、そうふと思うのです。それが怖くてたまらない」
もし、彼女が生まれ変わって現れたら、それはきっと悪夢の再来だろう。その懸念と過去がきっと、鎖のように何重にもぐるぐるとアイビーを締め付けて、呪っているんだろう。
私はもう永くない。多分もうすぐ眠ってしまう。だから、せめてアイビーのその『呪い』を解いてあげたい。
____そこで私はあることを思いついた。とても馬鹿馬鹿しくてこじ付けで、でも呪いを解けるかもしれないあることを。
「……ねえ、アイビー。アイビーの花言葉は『死んでも離さない』、よね?こんな名前をつけられたから、いつかアネモネが生まれ変わって現れるんじゃないかと、そう思っているのよね?」
アイビーは少し恐怖の色を浮かべて「はい」と肯定する。
「少しこじ付けなんだけどね?……花言葉って、主語がないじゃない?だから、誰がアイビーを『死んでも離さない』のかは実際分からないでしょう?アネモネじゃないかもしれない。
だからね____、アイビーは『私が』死んでも離さないわ。アネモネじゃなくて、私が。私は多分今日中に死んでしまうわ。私、今すごく眠いから。でも、でもね?私は貴方を『死んでも離さない』。だから、必ず生まれ変わって貴方の元へ現れてみせる」
こじ付け過ぎたかもしれない。でも、これで少しでもアイビーの呪いを弱めることができるならば。
アイビーは呆然と私を見上げた。やがて、俯いて口元を抑えた。前髪で隠れて表情は伺えない。だけど、もしかしてアイビー、……泣いてる、んだろうか。
「……アイビー?」
少し心配して声をかけると、アイビーは頬を拭って私に笑顔を向けた。
「ありがとう、ごさいます。……お嬢様、僕を『死んでも離さない』でいて下さい。……貴女が灰になられた後も、貴女のことを、僕は探し続けますから。ずっと、貴女のことを待ち続けます」
……アイビーもきっと分かってる。私がもうすぐ死んでしまうだろうことを。だからこういうことを言うんだろう。私もそれを分かっているから、私はなおも続ける。
「一つだけ、頼みがあるの。……私、海が見てみたかったの。それと、窓から見える小さな空じゃなく、大きな大きな空も。だから、私が灰になった後、ほんの一握りでいいからそれを、海と空の見える場所に埋めてくれないかしら。私は……、『エリカ・ルルディ』はそこで眠りたい。
でも、『私』は必ず貴方の元へ生まれ変わってみせる。だから、だから……っ」
さっきから、何度も何度も意識が一瞬飛ぶような眠気が襲ってきている。早く早く、と何かが私を引っ張っているようだ。ああでも待って、後少しだけ。
不思議と恐怖はない。後悔もない。逆に嬉しさもない。ただ、眠る前のひと時のような、安心できて心地良い感じがする。
でも、アイビーに伝えたい。哀しまないで、
と。だって____。
「私は消えていなくなる訳じゃないわ。また会う日まで、待っていてくれない?」
アイビーは笑った。泣きながら、それでも笑っていた。
「勿論で、ごさいます」
そうやって笑うアイビーは今までで一番綺麗だった。
もしも、もしもどういう人に生まれ変わるか選ぶことができるのならば____、アイビーと、旅をできるような、そんなところに生まれたい、かな。それで、広い海や空を見たい。行商人もいいかもしれない。
ああ、もう眠気が限界だ。寝てしまおう。
私は笑って目を閉じた。
____アイビー。貴方のおかげで、何の代わり映えもない毎日が幸せでした。ありがとう。