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*11*
「なんだ、結局生徒会も一緒に食べるんだ」
マンゴスチンの果肉を頬張る橘さんと、ゆっくり視線があう。
あれがマンゴスチンかあ……確かに、甘い香りが部屋中に広がり、食欲をそそられる。果実の女王。しかし、その異名通りなのか、味を確かめてみないことにはわからない。
サッカー部の部室は、男子特有のむさ苦しい汗の匂いなどはなく、数十個あるロッカーと、テーブルの椅子、壁にはカレンダーや、プロのサッカー選手等のポスターが一面に飾られており、清潔感があった。部屋の面積としては、それほど広くはないが、向こうのほうにある窓から吹き込んでくる風が、とても気持ちいい。
お客さんをここに呼んだとしても、全く嫌な感じがしない。私はてっきり、男くさくて、汚い部室を想像していたのだが、イメージを一新されたようだ。
「こら、涼! マンゴスチンを実ごと頬張らないでって何回も言ってるじゃない! しみになっちゃうんだから!」
瀬戸さんがお母さんのように橘さんを叱咤し、スマートフォンを私達が座るソファの前のテーブルに荒々しく置いた。
怒られた当の本人は、知らん顔でまたマンゴスチンにかぶりつく。
「いつもああなんだ。気にすんな」と、押田さんが私達の耳元で囁き肩をすくめた。
惣志郎と私は、橘さんと押田さんの向かい側のソファに座り、瀬戸さんが小さい台所でせっせと剥いてくれているマンゴスチンを待つ。
甘い匂いが肺の中に充満し、涎が垂れそうになる。これは本当においしそうだ。
赤紫の皮から見える乳白色の実が、橘さんの手に握られ、口に運ばれる度に、赤い汁が滴っている。
その時、テーブルの上に乱暴に置かれた瀬戸さんの携帯電話のバイブ音が鳴った。画面には「ゆかり」と映ってあった。
「美桜、ママさんからメールだ」
「なんて書いてある? ちょっと読み上げてよ」
すると、橘さんは何の迷いもなくマンゴスチンの赤い汁がついていない左手の親指でパスコードを解除し、メールを読み上げた。
「えーっと、『今日の晩御飯に使う豚肉がないから、買ってきて』だって」
「もう無理よー特売セールの時間、終わっちゃったじゃないーい。あそこ、早朝しかやってないんだからーそういうことはもう少し早く言ってよねー」
「いや、そんなこと今ここで言われても」
橘さんはあきれ顔で、またマンゴスチンを頬張る。
「さあ、あなた達の分と俊の分が剥けたよー涼はフォークをちゃんと使って頂戴。これで部室がマンゴスチンだらけにならなくてすんだわーありがとう」
甘い匂いを纏ったマンゴスチンが目の前に出されたら、これはもう食べるしか方法はない。ここで我慢出来るなど、人間の三大欲である食欲がきっと欠如しているに違いないのだ。
「いただきまーす!」と橘さん以外の私達三人は元気に一口サイズに切られたそれを食べる。
食べた瞬間、今まで食べてきたフルーツの格の違いに衝撃を受けた。
「……こんなおいしい果実あるんだ」