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【完結】「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜
作者: すずの  (総ページ数: 39ページ)
関連タグ: 推理 恋愛 生徒会 
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10~ 20~ 30~

*30*

――あなたは瀬戸美桜と、どういうご関係だったんですか。
――……付き合っていました。一時期。だけど、美桜の方から別れを切り出されて。その時に、橘涼もその場に居たんです。その時に。
――どうして瀬戸美桜とあなたの別れ話なのに、橘涼がその場にいたんでしょうか。
――それは、言えません……。
カチッと音を立てて、テープはここで切れていた。
「ここまでしかテープは録音していない。本人のプライバシーのことも考慮してね」
カランと惣志郎のコップの氷が回った音がした。
現実的ではない現実に、どう反応していいか、私も河岸もわかっていない。まさか、本当に、彼女達二人が。
惣志郎は、私達二人の唖然とした反応にお構いなく、話を続ける。きっと、予想通りなのだろう。
「そして、河岸から貰った新しい資料。実は、この学校からは彼女達二人しか来ていない。まるで中学の黒歴史を闇に葬り去るように――今までの過去を清算するようにね。可憐で頭の良い彼女が、まさか中学時代はこんな人物だったなんて、思いもよらなかったよ。そしてここまでの話の中で――」
「押田俊が一度も出てきていない」
 河岸がぽつりと口にした。
 惣志郎が満足そうに微笑む。
「そう。押田俊は違う中学校だった。二人の中学時代のことを知らない可能性は高い。こんなこと、すき好んで話す内容でもないし、若井の事件の時に、確か知らなかったと先生に言っていたはずだからね。そして、あの時現場に居た三人の中で、瀬戸美桜の過去が他人の口から無闇に語られていいものではないと知っていた人物は橘涼だけだ。だから、橘涼は若井に殴りかかった。橘涼は瀬戸を守ろうとしたんだと思う」
 惣志郎は二人の中学生時代の顔写真をカウンターに放り投げた。
 橘涼は、今をそのまま幼くしたような感じでそんなに大きく変わったところはない。瀬戸美桜は――まるで別人のようだ。明るい太陽のような人が、写真の中では枯れかけのひまわりような。私はこんな人を知らない。
「あの時のことを思い出して欲しい。押田俊は瀬戸美桜のスマホのパスコードを解いたか? 橘涼はどうだった?」
「押田俊は解けていないけど、橘涼は確か解けていた。メールの内容も読み上げていた」
「それじゃあ愛華ちゃんに質問。メールの差出人が『ゆかり』って名前だったことに気が付いていた?」
 ゆかり――? ああ! そう言えば!
「橘涼は『ママさん』ってわざわざ言い直していたね。瀬戸美桜もそれをいちいち言わなかった。それってつまり、瀬戸美桜のお母さんの名前がゆかりだということを知っていて、かつ、お母さんやママと登録しているのではなく、名前で登録していることをわかっていないとあんなことは言えない。けれど押田俊はどう? パスコードもわからなかったね。瀬戸美桜と橘涼の関係性は、『仲よしすぎる』んだ。押田俊が入る余地もないほどに。中学の時からずっと一緒だった瀬戸美桜と橘涼の関係性は恋愛関係に発展していた。きっとあの三人の狼狽ぶりから見て、橘涼は瀬戸美桜と押田俊が恋愛関係にあるということを、二人の口からではなく若井の口から聞かされてしまった。予期しない事態というのは、視線や口調にとてもよく現れる。あの二人が橘涼をチラチラ見ていたのだって、声が震えていたのだって、橘涼がマンゴスチンの欠片を落としてしまったのだって、誰の目から見ても明らかだった」
惣志郎は少し興奮した口ぶりで一気に喋り終わると、水をごくごく飲みほしてしまった。仕事終わりのビールを飲んだように、ぶはあと息を漏らすと手で口を拭う。
――俺は見たんだぜ? お前達が誰もいない時にここで抱き合っているところを。
不意に若井のこの言葉を思い出した。もし、自分の付き合っている人が目の前にいて、こんな言葉を、第三者の人間から知らされたら……想像するだけで、ぞっとした。考えたくもないが、これは現実に、私の目の前で起こったことだ。
「それから、僕は新聞部員にこんなことを調べてもらったんだ。『若井武が言っていたことは本当なのか?』ってね。新聞部員は、確かに若井武に連れられて、見たと言っていた。つまり、若井武のあの証言は本当だったということだ。それから新聞部員からこんなことも聞けたよ。瀬戸美桜は高校生に入ってから、色恋沙汰の噂は流れていない。つまり、彼女はこの高校三年間で押田俊が初めての『彼氏』ということになる。橘涼と瀬戸美桜の間に何かがあったんだろう。今までずっと男を作ってこなかった瀬戸美桜が突然、押田俊と付きあいはじめたのは、橘涼と瀬戸美桜の関係が破綻したからかもしれない。あるいは二股――でも、それを橘涼が聞かされていなかったことは事実だ」
 河岸は私と惣志郎のグラスの水を淹れながら思い出すように言う。
 惣志郎はグラスを口から離し、ゆっくりと頷く。カランと氷がぶつかる音がした。
 もう明らかだった。これだけ説明されれば、彼女達がそういう関係であったということは認めざるを得ない。
 橘涼が部室を立ち去った後、瀬戸美桜が追いかけようとしたそれを見て、押田俊は咄嗟に悟ったに違いない。まだあの二人の関係は終わっていないのではないか、瀬戸美桜の心は、まだ自分のものではないのではないか、と。これは、押田俊が彼女達二人の関係を知っていないと、行動に移すことが出来ない。三年間一緒に部活動をしてきた仲間なら、もしかしたら、サッカー部全員が、彼女達の「仲よしすぎる」行動を見て感づいていたのかもしれない。彼女達が自ら彼らに打ち明けたという線もなくはないが可能性としては低いだろう。自分の過去が他人の目にどう見られるか、彼女達もわかっているはずだ、そんな安直な行動は出ないような気がする。家族といる時より長い、運動部だ。常に練習漬けの毎日の彼らにとって、二人の関係を見抜くに、そんなに長い間かからなかったはずだ。そうじゃなければ、サッカー部全員が動くなんてありえないだろう。このことは、部外者が立ち入ってはいけない、彼らの暗黙の了解だったのだ。そして、彼らが抱える最大の秘密だった。
 惣志郎は瞼(まぶた)を伏せ、またゆっくりと語りだす。
「サッカー部が一番恐れたのは橘涼の失踪理由が押田俊と瀬戸美桜との三角関係で彼女が同性愛者だということが部外者に漏れることだ。警察や家族に相談すれば、このややこしい関係をまずは話さないといけないからね。高校生が一週間、逃げ回る範囲なんてたかが知れているから見つかるのも時間の問題。見つかって無事に保護され、また学校に戻って普通に授業を受けることが出来ると思うかい?」
「思わねえな。彼女がそういう人間だという社会的な嫌悪感を覚え、クラスで浮くのは目に見えているからだ。思春期で馬鹿な俺達だ。猫又や来部みたいに、慮ることが出来ない奴もいるだろう」
 河岸がおかわりの水を淹れてくれる。
「そういうこと。サッカー部は、彼女がたとえ無事に帰ってきたとしても居づらい環境を作りたくなかった。どうしてだと思う?」
「学校からいなくなってしまわぬように」
 惣志郎が河岸に向かって、目を細めるだけの柔らかな笑みを送る。
「でも、どうしてそこまでサッカー部は彼女を引きとめるの?」
「それはこれを見て欲しい」
 惣志郎はまた書類の中から一枚を私達に見せる。あれ、でもこれって――。
「これ、過去三年間のサッカー部の大会実績じゃない。別に河岸に用意して貰わなくても、私達は生徒会なんだから――」
「愛華ちゃん、僕が会長に言ったこと覚えているかい?」
 ――ああ、あのサッカー部員のことですか? 僕、そのこと全くわからないんですよね! もうさっぱり!
 会長にあんなこと言っちゃったから、勝手に資料室のものを持ちだせないってことか。なるほどね。
「これは別に総体だけじゃない、冬季の試合や練習試合のことも記されている。私立天宮のサッカー部は、強くないことで有名だからね。そのイメージは、一昨年まで続いていた。でも、橘涼の伯父が選手の強化を目的としたインストラクターとして本格的にやり始めたところ、徐々に大会実績を上げていった。うちは私立だから、外部コーチを雇っている部活動は少なくない」
 サッカー部の大会実績は私が書記をしたから、覚えている。確か、去年は強豪と言われているチームにいい勝負だったとか。まあ、強豪校は選手層が厚いから、二軍レベルだろうけど、それでも今までの天宮じゃないって相当噂になっていた。
「それじゃあ、橘涼の伯父がこの弱小チームを変えたっていうことなの?」
「そういうことになるね。僕が直接、橘涼の伯父が営むスポーツジムに行ってきたんだけど、姪がお願いしますって頼みこんできたから、やらざるを得なかったって仰ったんだ――」
ああ、やっぱり惣志郎がさっさと生徒会室から出て行った後、調査をしていたのか。反対方向に帰っていた理由はこれだな。

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