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*21*
まあ、河岸としては、「今年もこれぐらいの予算でお願いしますよ」とまるで悪代官のような立場になりきっているが、こちら側としては全く無視している。当り前だ、会長にいつもしごかれている私達生徒会にとって、河岸の汚い考えなど通用する筈もない。いくら河岸といえど、全ての部活動の財政の分配を握っている生徒会に頭は上がるまい。
しかし、いくら気持ち悪くて悪代官のような奴でも、彼の情報網は確実でこちらともなかなか縁を切れない相手にはなっている。きっとこれからもそれは続くだろう。なんだかやるせない気分になってきた。この気持ち、一体どうしたらよいのか、ほとほと困っている。
「それよっと。これが、お前が欲しがっていた情報だ。新聞部員と俺が汗水流してかき集めたんだぞ。大切に扱え」
河岸はA4ぐらいの封筒を惣志郎の前に滑らす。
惣志郎は器用に封を開け、一人でさっと資料に目を通し、数分後、カウンターにパサッと書類を投げ捨て、頭を抱えた。
何が起こったのかわからない河岸と私は、二人で顔を見合わせる。
きっと「欲しがっていた情報」ということだから、自分の考えていた七割が真実かどうか、これで全てわかったんじゃないか。でも、この顔色を見ると――。
「間違っていたの?」
恐る恐る聞いてみると、ゆるやかに首が横に振られた。
「そうじゃない。逆だよ」「逆?」
「僕の考えは正しかった。だから、僕はサッカー部が隠し通してきた秘密が真実であると知ってしまったんだ。部外者が介入してはいけない秘密を」
「それじゃあ、教えてくれるのね!?」
「その前に、昨日僕と約束したこと覚えてる? あ、河岸にも言っておくなくちゃいけないね」
「なんだよ、約束って」
「このことを誰にも口外しないこと」
惣志郎はグラスになみなみと注がれている水を一口だけ含む。
「はあ!? なんだそれ。俺がいつ人に言いふらしたんだよ。らしくないぞ」
いつでも言いふらしているではないか、という突っ込みはさておき。
「本当の本当に口外しないね?」
真剣な声の念押しに、ぐっと喉を詰まらせる河岸。
絶対、話すんじゃないぞと目で合図を送る。
「これは僕達部外者が、簡単に話していい問題じゃないんだ。彼らが彼らだけで解決しないと意味がない。そして僕は彼らだけでこの事件を解決出来ると思っている」
惣志郎の瞳が俯きがちになり、グラスの中で浮いている氷を指でカランと回した。
彼の横顔には、解いてしまったという自責の念と後悔が感じられた。惣志郎の言う「秘密を暴いてしまった」という罪を感じているのかもしれない。しかし、瞳に映っているのは、隠そうと思っても隠せない、惣志郎の根源的な部分だった。事件に対する好奇心みたいなものが強い光となって宿されている。今の彼は、「全然わからないですよ」とおどけていたあの彼とはかけ離れている。
「愛華ちゃんは何も感じなかったのかい?」
唐突に話を振られ、一瞬返事が遅れた。
「愛華ちゃんは、あの時現場に居て、何か感じたことはないのかい? 例えば、強烈な違和感とか――」
まるで私の心の中を探るようにじっと見つめてくる惣志郎の瞳。
ないわけじゃない。感じなかったわけじゃないのだ。
「おいおい、ちょっと待て待て。俺にもわかるように説明しろよ。一体あの時、何があったんだ?」
「あー、そうだった、そうだった。河岸くんは全然知らないんだったね。それじゃあ、まずそこから教えようか」
惣志郎は私の瞳から視線を外し河岸に向き直った。この事件の概要を惣志郎が河岸に説明している間、違和感について考えてみる。
私はあの時、若井が一歩足を踏み出し、あの場の空気を掻き乱したあの現場で、感じなかったわけじゃない。だけど、それとサッカー部全員が守り通そうとしていることとどう関係があるのか、全くわからないのだ。惣志郎は、それさえもわかっていて、あえて私に尋ねたのだろう。「何か違和感はなかったのか」と。
きっと今、話を一から聞いている河岸だって、私と同じ疑問にぶつかるに違いない。惣志郎は、そういった疑問も全て払拭してくれるのだろうか。
惣志郎の説明が終わった後、河岸は俯きがちに腕を組み、何か考え込んでいる様子だった。
「一つ考えたことを言っていいか?」