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【完結】「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜
作者: すずの  (総ページ数: 39ページ)
関連タグ: 推理 恋愛 生徒会 
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「彼女が小さい頃、スポーツジムの中で育ったようなものらしい。家が喫茶店だと、両親は常に働いて橘涼の相手をする人が誰もいないから、引き取ってお守りをしていたんだそうだ。今じゃあ、上半身を見ただけでどこの筋肉をつければボディバランスがよくなるとか、ある程度目測してしまうらしい。そういう環境で育ったから、自然と選手の強化や、食事のバランス能力を鍛えられていったんだと思う。簡単なスポーツテストで、どんな筋肉がどのくらい足りていないかどうか、選手一人一人の膨大なデータをとっていったんだ。選手に合ったトレーニングや、食事の取り方を丁寧に考える。それを伯父が修正して、一人一人にきちんとトレーニングをさせる。弱小と言われなくなった源は彼らの努力の賜物だった」
 惣志郎は水の入ったグラスを持ち上げ、一杯あおる。
「だから、警察や家族に協力を要請し、彼女が同性愛者だということがばれて、学校に居づらくさせたくなかった。きっとこれからなんだよ。この結果を見るに、今の三年生はまだ最終段階に入っていないまま総体を迎え惜敗してしまった。しかし、彼らはこの方法で確かな手ごたえを感じたはずだ。それが開花するのは今の二年生だ。サッカー部だって、きっとわかっているはずなんだ。彼女が居ない限り勝利はありえない」
 河岸は空になったグラスにまた水を並々淹れる。
「だけど、今ここで警察や学校に事情を話してしまうと彼女が女性愛者だということがばれる。なぜ失踪したのか、何の事情も知らない大人達は根掘り葉掘り聞くに決まっているだろうな。そうなれば無事、橘が帰ってきたとしても学校中によからぬ噂が広がり、白い目で見られるのはわかっている。サッカー部をやめて、学校を立ち去る、厳しい選択をしなくちゃいけなくなる。サッカー部全員は、それだけは避けたかった」
 河岸は手を顎に当て、目を瞑る。惣志郎は指で氷をカランと回す。
「彼女は天宮にとって必要な存在。サッカー部三年生は、彼女を守るために、警察や学校に牙を剥いている。ずっと弱小だと言われ続けた彼らは――三年生は、下の世代に頑張って欲しいという思いも込めて、将来の芽を摘まないように、必死に彼女を探している。もう、負け組なんて言われたくないだろう。それに、ずっと三年間一緒に頑張って来た仲間でもあるから、彼女を守ろうとする結束はより一層強くなる。確かに勝つために彼女は必要だ。だけどそれ以上に、彼女を周りから迫害されずに守りたかったに違いない」
 惣志郎は一気に言葉を吐き出すと、またもや水を一気飲みした。
 彼らの秘密は暗黙の了解であり、絶対に守り通さなければならなかった――彼女のために。
 今になって疑っていた自分が恥ずかしくなってくる。惣志郎は全て考えていたのだ。彼らのためにも、自分たちのためにも。
 これで全て解決かと思いきや、惣志郎の口が動き言おうかどうか逡巡している様子だった。
 何かまだ隠し持っているのではないか、と訝しげな目線で惣志郎を見つめる。案の定、彼はまた、私達に爆弾を投下した。
「実は僕は若井が部室に突然乱入してくるより以前に、違和感はあったんだ」
 はやく言えよ、と河岸と私の目が無言で訴える。
「僕が今からいうことは愛華ちゃんにしかわからない。河岸には言ってないことだし、河岸にどう説明したらいいかわからなかったから言ってない。あの場にいた愛華ちゃんにしかわからないことだ。まあ、全て自分の想像なんだけど、それでも聞くかい?」
ここまで話を引っ張っておいて、聞かないなんていう選択肢はないでしょ。
思った通りの答えに満足そうに頷く惣志郎。
「それじゃあ言うよ。僕がマンゴスチンの詳細を語った時、瀬戸美桜は何て言った?」
 私の頭の中にある記憶の箱を引っ繰り返す。確か――。
――選手記録ばっかりつけてると思ったら、そんなこと考えてるんだから、困ったものよね。
「それってつまり、橘涼が僕にマンゴスチンのことを話したと思っているってことだろう? だけど実際は僕が元々知っていた知識であり、橘涼から聞いたなんて一言も喋っていない。それじゃあどうして瀬戸美桜はそんな誤解をしたのか。たぶん、僕が言った同じようなことを橘涼から聞いたんだよ。それもごく最近」
「惣志郎が元々知っていたっていう可能性は考えられなかったっていうこと? それって、あんまりじゃない? 早とちりじゃない」
「そう、まさに早とちり。彼女はマンゴスチンという希少な果物故に、橘涼以外に知っている人物なんていないだろうと、早合点した。たぶん彼女は今もそう思っていて自分の間違いに気付いていないんじゃないかな。それに彼女が勘違いをした理由はきっと他にもあると思う。マンゴスチンは東南アジアのフルーツで、花粉を持たない花を咲かせて実を付け、雌だけで(、、、、)繁殖することが出来る単為生殖。この話題を橘涼と瀬戸美桜が話していたというところが重要だ。僕が思うに自分達の境遇と生物の多種多様な性のあり方を重ね、心の中で励ましていたんじゃないかと思う。さっきも言ったように、性的少数派(セクシャルマイノリティ)は社会の中で認知されにくい。彼女達にとってマンゴスチンはただのフルーツじゃない。自分達の性のあり方を重ねることができる大切な果物だった。こう考えると、僕が元々知っていたなんて考えずに、思わず咄嗟に言ってしまった――こう考えられないかい?」

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