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君を想い出すその時には君の事を――。
作者: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*3*

第1章第2話;「メゾン・ド・セグレート」 【昔から歩き出した今日。】


 アハハ、キャハハ。
『—ありがとうございます!』
 はっ!
夢…?
時計を見ると朝の9時を過ぎていた—。
春休みだから油断した…。食材の買い出しもしていないしスーパーの場所も調べなきゃ…。
食事はラウンジでとりあえず摂ろうかな。
昨日は本当にいろんなことがあったな…。変人に絡まれ、隣の人とは気まずい感じだし—。
 はぁ…。

 ラウンジ――。
私は、じぃ……とメニュー表を見つめる。
 「フルーツサンド、サラダ、ヨーグルト。飲み物はコーヒーにしようか、スムージーにしようか。」 
うーん…。決まらない。
  パタン…。
ラウンジのドアが開き、閉まる音が響く。
『フルーツサンドは甘いからコーヒーにしたら?』

 フルーツサンド、サラダ、ヨーグルトとコーヒー…。お膳に載せられた朝食を順に見てから
隣に立ってむしゃむしゃとスナック菓子を食べている女の子に目を向けると
ボーっとこちらを見ていたが気が付いたようで閉じていた口を開く。
「…おはようございます。誰?」
「?おはようございます、そしてさっきはありがとうございます…。君が誰だ。」
ふわふわした金髪の髪を緩く三つ編みにした女の子は困ったように首を傾げこちらを見て言う。
「私…小倉 瑠璃。2号室に住んでいます。」
「先日、7号室に入居した日高 藤花です。」
小倉さんは上を見上げ、少し考えてから言う。
「…よろしく?うかちゃん。」
う、うかちゃんっ!!?なん、何その呼び名!?
「よ、よろしくとでも言っておこう、長い付き合いにもなりそうだし…。よろしくお願いします。」
私は、平常心を装い彼女に言う。
平常心を装っている私が挨拶をし終えると、彼女はニコッと笑い同じテーブルに座る。
 なんかくすぐたったい…。うかちゃんか――。
「おー、藤花。ここにいたか、ラウンジの場所分からないかと思ってお前の部屋に行ったんだぞ。」
こいつと一緒に。と言い後ろを指さす。
 ゲッ!
「あー、男たちがジャガイモに見える…気持ちわる。あ!!藤花ちゃ~ん。」
北小路さんはそして、瑠璃ちゃんもいるの?!運がいいわぁ~と叫ぶ。
「おっ小倉じゃん。何?友達第二号?やだぁ~お兄ちゃん嬉し~。」
 あぁ、最悪だ…。
藤谷に誰が、お兄ちゃんだ。そう言ってやりたい。
そう思って唇を噛み締める。
  パタン。
「……フルーツサンド、サラダ、ヨーグルトとコーヒー。砂糖多めで。」
 あ、隣の…。
相手も気づいたようで会釈する。
「あ、おはよ~。総司。」
「いたのね、チビじゃが。」
“チビじゃが”?
「何回も言っているが、ぼ、僕をチビと呼ぶな!!大体、僕は毎日牛乳を飲んでいるし、せ、先月なんか1.5センチも伸びんだっ!!」
そうなんだ…。意外と身長の事気にしているんだ――。
「ぷっ」
「ぎゃあはは!!ひぃひぃひぃ!!はははははっ!!!」
 笑?
北小路さんと藤谷に笑われている本人は、真っ赤になって膨れている。
「すんごい、総司って素直だよね~クククっ。」
「ちょっと、藤谷あんたまだ笑ってんの?失礼よ~フフフっ。」
 素直か――。
私には、無縁の言葉だなぁ…。

 アハハ、キャハハ。
『—ありがとうございます!』
 っ…ううん。苦しい、痛い。
  パチっ!
はぁ――。今、何時だろう?
時計を見るとまだ、夜の3時だった。

 不安定な時、決まって同じ夢を見る。
いつまでも昔の事を……。
いや、これほど私自身に根を張っているという事になる。
これは、根本から解決していかなきゃ…。
 パタン。
思わずラウンジに来てしまったけども、まぁ誰もいないよね。
飲み物でも飲もう――。
 パタン。
誰かラウンジに来た?
―!隣の人。
「君も寝付けなかったのか?僕もだ。」
「ハーブティーでもいい?」
用意してくれるの?

「ありがとうございます。いただきます。」
美味しい……。
「落ち着いたか?ハーブティーの一種・ラベンダーは鎮静効果がある。」
確かに落ち着いた……。
この人は、自分が寝付けなかったのに人の事を気にする素直で優しい人なんだな……。

「……君は私を知っていると言っていたけど嫌にならないの?」
きょとんとした顔でこちらを見る。
勿論、最初はこんな喋り方もしていないし性格だったわけでもない。
 でも。
「私自身は何でもない、私についている家柄の方が価値があって本体のようなものだから。」
 日高家――。古くから栄え続けている名家。お手伝いさんがいっぱいいて、世話係もいる。
それが私の家で、学校では家柄などのせいで散々いじめられた。
『金持ちだけじゃんっ!!』
『調子乗んなよっ!!』
そんな私の事を大人たちは必ず熱心に護ってくれた。
『大丈夫か、かわいそうに。』
「大丈夫です…。」
『心配するな、先生がついているよ。』

『すみません、わざわざ…。』
『いえいえ、いいんです。それが担任の務めですから…。』
『藤花ちゃんにこんな熱心な先生がいるなんて…!先生のお名前、覚えておきますね。』
『ありがとうございますっ!』
私は、ただ寂しかった。
日高という名前だけでいじめられることも、大人に守られることも。
その大人さえ私を見ているんじゃなくて、家柄を見ていることも。
私自身は、誰の中でも家柄だけだった。
「僕は、」
ハッ!私は何を…!
「僕は、日高さんの家柄ではなく君自身を昔から見ている。」 
昔から――?会ったことあるっけ?
「あ、ちがっ!君の事は母親から聞いていたんだ。」
—そう狭くもないだろう、僕たちのコミュニティーはと言い残しラウンジを出ていく。

 彼は良い人なんだろう。
ありがたかった、こんな温かい気持ちにしてくれた。
でも、浮かれすぎては駄目だから。
何のためにここに来たのかを忘れちゃ駄目だから。
彼にとっては隣の入居人が寂しそうにしていたから慰めただけであって、
その相手が偶然に私で。
そしてそれは私がこういう家柄でなければ成り得なかったこと。
勝手に浮かれて、勝手に傷ついて、同じことの繰り返しだから――。
  パッ。
暗い――。停電?
 ザァーッゴロゴロッ!
窓を見ると激しく雨が降っていた。
雷雨か、急だな――。
さてと、いつまでもここに居るわけでもないし部屋に戻ってまた寝よう。
 ガチャ、ガチャ。
?鍵なんてないのに開かない…。
ん?待って、私の中で状況が把握が出来ていない……。
 ……まず、整理しよう。
●雷雨。
●自動ドア。
――まさか、閉じ込められた……!!?
そんな、ど、どうしよう――。
夜中=誰も起きていないしかも誰の部屋もない1階奥のラウンジ。
終わった—。
助けなんて来ない、雷雨が止んで停電が直って灯りがつくか、
朝まで待ってみんなが気付いて助けてくれるかのどっちかだな……。
……でもこの雨と雷だ、止む可能性は低い――。

……何時間ここに居るんだろう。
4月上旬だというのに寒い……。
雷雨は止まないし太陽ものぼってない。
「……。」
誰か来てくれないかな?
 
――コホ、コホッ。
寒い、暗い。冷たい。
「だ、誰か、お母さ、ま。」
手を伸ばすと誰かが握ってくれる。
 温かい……。誰だろう?
「藤花様、大丈夫ですか?」
――違う、貴方じゃない。
「――お母さんは?」
そう、聞くと困ったように眉を曲げて言う。
「そ、組織の方に――。」
…寂しい。どうして?

――どうして?涙が溢れてくるんだろう。
「……っ!!」
 ガチャ、ガタン!!バンッ!!!
誰かがこっちに来る。誰――?
「――日高、さん。無事で良かった。いくら呼んでも部屋から声が聞こえなかったから。……って!?」
息を切らして助けに来てくれた九条君は泣いている私が視界に入ってびっくりする。
「本当に日高さん、ごめん。もっと早くにここにいるって気づけば、あの時一人で帰らなければっ!ごめん、ごめん」
九条君は申し訳なさそうに何回もごめんと繰り返す。
「もう、こんなことにならないようにする。日高さんの事護るから。」
――護る?
「……そんなのいらない。」
ここには、一人でいるために来た。
なのに、そんなの受け入れたら駄目になる。
「僕が何の為に今の言葉を言ったと思う?」
 何の為?
「ただ日高さんを護りたいと思ったからだ。そしてそれは――。」
九条君は、続けて言う。
「日高さんが名家の令嬢であろうとなかろうと、どこの誰であろうと関係ないという事だ。」
――ずっと聞きたかった言葉を言ってくれる人がこんなにも近くにいる。
「僕に君を守らせてくれないか?」
 こんな、こんな事を言われたら――。
「……知らない。好きにして、どうせいくら言ったって君は聞いてくれないだから。」
「こんな僕でも、本当に傍で日高さんの事守ってもいいのか?」
信じられないように目を見開いて言う。
「私が決めることじゃないでしょ。」
彼は微かに涙を流してじっとこちらを見る。
「どんな君でも好きなところで好きなように自由に生きればいいでしょ。」
そう言うと彼は嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、日高さん。不束者だがよろしくお願いする。」

朝――。
朝起きると、九条君がいた。
「おは、おはようございます……。」
私は緊張のあまり、噛んでしまうとそれを見て、聞いた九条君はクスッと微笑み言う。
「今日は野菜ときのこのコンソメのリゾット。」
……リゾット。
「良かったな、リゾット好きなんだろう?」
恥ずかしくなり、下を向く。そして、私は横目で九条君を見ながら思う。
九条君と出会って1週間しか経っていないのによく人の事を見ている……。
   パタン。
ラウンジに入ると藤谷たちが朝ごはんを食べていた。
ここで昨日……。
「おっ、藤花おはよう。って総司も?」
意外な組み合わせと呟いた。すると隣に居た小倉さんも頷く。
「しっかしー昨日はビビったなー。」
「……雷雨。」
小倉さんと藤谷はブルっと思い出すかのように震える。
「僕にとっては認められて記念の日になったが。」
「――意外と君は仰々しいな。」
「?簡単に前言撤回なんてしないはずだ。だって日高さんは律儀で正義感が強いから。」
と満面の笑顔で私を見る。……まさか。
「九条君、君……。言質をとった……!?」
「何の事?」
彼はとぼけて、朝食を取りに行く。

 この先、何度も思い出すことになる今日は、
長い長い時間の始まりの時でした―。

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