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*12*
〈チカside〉
僕が近くに来たのが分かると、体育座りをしていた紗明がフッと顔を上げた。
その表情にはいつもの元気がなく、目はとろんとしたいた。
え、っと……。これは一体どういう………。
「あ、おはようございます! チカさん」
「ブ――――――ッッッッッ!」
キョトンとしていた僕に、紗明が超絶爽やかスマイルを向けて来た。
八雲から渡されたカフェオレが、数メートルの記録更新。
待て待て待て待て待て待て。一言突っ込ませろ。
キミはあの紗明だろ?
ドMでパリピで、口調の端々にやたらと英語が入る独特の喋り方をするロリコン死神の。
そんな、学校の生徒会長みたいな敬語で、それもあの死神がっ!?
「本日は、お日柄もいいですが、チカさんは何をなさるおつもりで?」
「…………ワンモアプリーズ」
「本日は、お日柄もいいですが、チカさんは何をなさるおつもりで?」
一言一句間違えることなく、紗明が言葉を繰り返し伝える。
なんだこりゃあ……。
開いた口が塞がらない僕は助けを求めようと、横にいるクコたちに視線を移した。
「言ったやろ。コイツ、二重人格者やから、朝は大体こんな感じ」
「そうそう。コケコッコーでもうこの人格なん。『夕焼け小焼け』の曲流れたら、あっちの人格」
………君、結構めんどくさい性格してるんだな。
褒めてるのか、けなしているのかと聞かれたら、間違えなくけなしてるよ。
だって、はっきり言って………かなり迷惑。
「あ、でもコイツのことが好きな子は、おるねんで」
「マジっ!??」
コソッと耳打ちしてきたクコの言葉に、驚きを隠しきれない。
こんな、うざい・うるさい・胡散臭いの3U死神のことが好きな人なんているの?
だ、だ、誰?
「ユルミスっちゅう、うちの後輩。悪魔族の可愛い子やった」
「へぇ。悪魔って、実在するんですね」
「どーゆーわけか、あの子めっちゃ紗明のこと好いてんで。もうわけわからん」
そうは言いましても、恋愛は人それぞれだし、恋は盲目って言うし。
まぁ、彼のどこに惹かれたのか、尋ねてみたい気持ちもなくはないけれど。
でも、朝夜変わるたびに性格チェンジされちゃ、こっちがかなりしんどい。
朝目覚めるたびに飲み物を吹き出さなきゃいけないとか、地獄だ。
生きている時、受験が人生の地獄だと思ってたけど、それとはシャレにならないね。
と、その時。
ガラッッと八雲の部屋の扉が外側から開き、ドアの隙間から猫の模様の可愛いスリッパが見えた。
「八雲ォ。今日は叶愛(かのん)迎えに行った方がいいな?」
「あ、あんちゃん! こっちこっち、今日お客さんが来とるん」
「ほぉ。お前のお客っつーと、いっつも人間じゃねえが今回はちゃんとヒトの形してんだろーな?」
入ってきたのは、大学生くらいの男の人だった。
その容姿に、僕はポケーッとだらしない表情のまま固まってしまう。
服装も百均の安いTシャツだし、着飾ったところもなにもない。
だけれど彼の仕草からは妙に艶っ気があって、なんというかキラキラしてて……。
でも。
なんですか、その奇妙な会話のやり取りは。
八雲、キミお兄さんにどんな子を紹介してんの?
いっつも人間じゃないって……。しかもそのヒト(?)たちお兄さんにバッチリ見えるって……。
あなたの家族、霊感ありすぎじゃないですか?
「こっち、おモチくんこと百木周くん。幽霊なんやけど、私と一緒に札狩しとる」
「………あ、どうも。百木です」
話の速い展開に脳が追い付かない僕は、紹介されるがままにお兄さんの前でペコリと頭を下げる。
八雲のお兄さん―翔(かける)くんは、ふうんと鼻を鳴らすと、そっと手を差し出して来た。
「翔です。よろしくね、チカくん☆」
そう言って、手をピストルの形にすると、僕に向けてバキューンと鉄砲を撃つポーズを取った。
その瞬間から僕の頭の中には、『翔くん』という単語が『バキュン先輩』と変換されてインプットされる。この先、多分絶対翔くんではなく、バキュン先輩と呼ぶだろう。
「紗明もおはよう」
「おはようございますお兄様。本日は大学へは行かれないのですか?」
「うん。今日は午後から受講すんだ。だから百木くん!!」
バッッ! そう効果音がついてもおかしくない。
バキュン先輩はくるりと振り返ると、僕の両手を取る―ふりをして(僕が幽霊だからだ。握ろうとしたら多分すり抜けるだろうからエアで)、イケメンスマイル。歯も見間違いじゃなければ光った。
「今からお兄さんと一緒に、オカルトトーク(大人の世界)を勉強しよう!!」
拝啓、最愛なる弟・朔へ。
いきなり死んじゃってごめん。元気にしている?
そっちの用事がなければ、今すぐヘッドホンとスマートフォンを持って、こっちに来てほしい。
大音量で、デスメタルを流してほしい。
だから。
誰か僕をこの世界から連れ出してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!