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*19*
〈再び宇月side〉
「操心術:第二式、黒呪符!」
ボクは念を込めた呪符を、通称ゴキブリ妖怪に向かって投げつける。
シュッと紙切れが宙を切った。
お札は一本の有刺鉄線へと姿を変え、敵の身体を縛り上げる。
「ウ……ウウ……!」
「どうや、抜けへんやろ」
「ァァァァ……アアァァ」
「夜芽家の術は地味やけど、使い手によって威力が変わる。ハンターを怒らせたせたらどうなるか、次から覚えておかんとな!」
妖怪はジタバタと腕を動かすが、それは逆効果だ。
縄についている棘は敵の自由を奪い、体力を消耗させる。
人間の感情のうち、『呪い』は最も強力だ。古代からファンタジーで登場人物を苦しめる魔法として用いられる理由でもある。
「さあさあ、気分はどうや? まあ良くはないわな。なんたって呪いやもんなあ。そこらじゅう痛むやろ、苦しいやろ。楽に逝かせてあげたいけど、生憎ボクは肉弾戦が弱いもんで」
相手の呻き声に対して、ボクの口からは笑いが漏れた。
これは高笑いだろうか。いいや、そんなもんじゃない。
「汚い能力でごめんな。いい成績取って頭なでてもらえるような優等生が羨ましいわ」
……そうだ、これは自虐だ。
『感情を支配するなんて、なんて忌々しい』とか。
『だから、子供の性格が悪くなったんだ』とか。
母ちゃんも父ちゃんも、友達も親戚も仕事の人も。美祢でさえ。
いっつもいっつも、「なんでお前は」ばかり言うて。
自分でもうっすら感づいていることを面と向かって怒鳴られるのが一番きつかった。
空気を読む。周りと合わせる。みんなが簡単そうにやっていることが、ボクは苦手で。
かといって自分のことはちゃんとできるかって聞かれたら、全然そうでもなくて……。
「こんなチカラもう要らんって思っとるのに、このチカラでお金もらって生活しないと生きていけん。あーあ、もっと気楽ーに生きれたらええのになぁ」
両手を広げながら、怪物の周りをくるりと一周する。ボクが近づくたび、悪霊は「グ………ググ……」と苦しそうな声をあげた。
「……そんな顔せんでも、そのうち術がお前を地獄へ送るで。だからもう無駄な抵抗はやめや」
「ウ……ウウ……」
「うわ、めっちゃくちゃ頑張ってるやん。なんなん? 人様困らせたお前が命乞いなんて甚だめいわ」
そこでボクは言葉を切った。冷や汗が背筋を伝う。
なんやこの感覚。どこが根源か分からんけど、嫌ぁな殺気の気配がする。
「っ、まさかまた悪霊が増殖したんか?」
念のため、白衣のポケットから呪符をもう一枚抜き取り、右手にセット。
体制はそのままに、首だけ左右に動かす。
協力者である篠木さんはきっと今頃戦闘中や。助けは呼べん。あかん、今回来はった彼女はめちゃくちゃ強い霊能力者なのに。こっちに移ってきたばっかりで、仲いい人もそんなにおらんし。
「ああ、もうええ! く、来るなら来い!」
全身にグッと力を籠め、右足を一歩前に出して宙を睨んだ。
最悪の場合、受け身でしのげばいいか。な、なんとかなるんだろうか。
しかし予想に反して、殺気の持ち主はボクに襲い掛かってはこなかった。
道路の右側、植え込みの陰から姿を現し、その愛らしい顔を曇らせる。
セーラー服の襟が、風でひらひらと揺れた。
「なんか敵扱いされててマジ草なんですけど~」
相手は、茶色の髪を低い位置で二つ結びにした、幽霊の少女だった。
彼女は桃色のエネルギーの球のようなものを右手のひらに浮かべ、左手の人差し指をゆっくりとボクに突き付ける。
「わたしとちょっとお話しできませんか。夜芽宇月サン」