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*60*
〈翌日、美祢side〉
「どういうことだよお前!」
郊外にあるビルの一階、受付の前で俺は声を荒げた。
「全部聞いたぞ! 隠そうとしても遅いからな!」
視線の先には、「は?」と目を白黒させている宇月がいる。彼の今日の服装は無地のTシャツに長ズボン。いつも長い白衣を着ているので、ラフな格好は珍しい。
何事かと目を見張るカウンターのお姉さんに頭を下げた宇月は、「あんなあ」と眉を寄せた。
「何に対して怒っとるんか知らんけど、まあ落ち着きぃや。ここロビーやぞ。あと、これから面接やぞ!?」
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俺が今いる場所は、霊能力者の教育機関である〈ACE〉の事務所だ。
こちらの建物、表向きは廃ビルとなっている。外にある看板に〈旧黒女市ダンススクール〉とあるが、これはカムフラージュ用だ。ビルの周りには強力な結界が張られている。
能力を持たない民間人の立ち入りを防止しているらしい。
何故俺がこんなところにいるのかというと。
先日、いとこである宇月に言われたのだ。「好待遇のバイトがあるんやけど、やらん?」って。
時給10000円~。半日勤務可能、シフト要相談。昼食つき。
仕事はちょっとキツイが、優しい人が多く、働くには絶好の場所とのこと。
16歳、高校中退。アパート生活。親の経営するアパートなので家賃はタダ、光熱費や水道代は親からの仕送り。同居人は中学生女子(+幽霊)。
俺は部屋主として、同居人たちの食費と生活費を自力で稼がなければならない。
バイトの文字が脳裏をチラつくことは、今までに何回かあった。
頼れる大人はいない(一人いるがウザくて無理)。家族に幽霊が、逆憑きがなんて言ったら頭の病気を疑われる(一人だけ信じてくれる奴がいるがウザくて……以下略)。
バイトしなきゃなあと思いながらも、なかなか実行に移せないでいたのだ。
実は、俺はバイト未経験者ではない。高1の初め、一か月だけ本屋のバイトをしていた。しかし、先輩—バイトリーダーと気が合わず、直ぐに辞めてしまった。
『好待遇のバイトには絶対裏がある。前バイトしてたとこも同じやり口だった。フラットな職場って書いてあったのに、陰で社員のいじめが起こってたから』
『大丈夫やって。ボクが勤めてるとこやし。知人紹介で色んな特典もつくから』
特典という特別感あふれる単語に軽く流されそうになる。
って、お前が働いているところかよ!? やっぱり裏があるじゃねえか。
俺はスマホを耳から離し、通話終了ボタンを押そうとして。
画面の向こうから聞こえてきた声に、手を止めた。
『宇月だから嫌いとか、宇月だからウザいとか。いい加減哀しくなるわ。……まあ、それだけボクが人様に迷惑かけたってことなんやけどさ』
微かだが、すすり泣きのような音も混じっている。
俺のいとこは演技が上手いが、演技にしては声量が小さいような気がした。何かを演じるとき、人は無意識に声を張り上げ、大げさな態度をとる。しかし彼の言葉は一貫して同じトーン。
『なあ美祢。少しだけで良いから、手伝いに来らん? 報酬はずむで。 コマリちゃんのボディーガードすんの、大変やろ。受け身とか、簡単な護身術くらいなら、ボクも教えられるから――』
宇月はスウッと息を吐き、さっきよりも強い口調で言う。
『償わせてほしいんや。今までやってきたこと謝る。お前に言うたこと全部撤回する。やから、ボクのこと苦手でええから、せめて嫌わんどってくれへん?』
俺は、思わず口をぽっかり開けてしまった。あまりにも突飛な発言だったから。
何だお前。苦手以上嫌い未満? なんだそりゃ。
だってお前は昔から、事あるごとに誰かを見下してた。人の失態をネタにして、自分の失態は隠して。上手く立ち回って、巧みな言葉で人をだまして、味方につけて。
夜芽宇月はそうやって生きてきたんだろ? 全部自分で決めたんだろ? なんでそんな、泣きそうな声を出すんだよ。なんで被害者気取りなんだよ。
……そこまで考えて、ハッとする。
もしかしたら、俺が宇月の首を絞めていたんじゃないか?
宇月は変わろうとしていた。変わりたいと願っていた。なのに、俺が「嫌い」とか「無理」とか言ったから。突き離してしまったから、彼は勘違いしたのではないだろうか。
――自分は、嫌われて当然の人間なんだって。
――変わる権利すらないんだって。
会うたびに指をさされる。考えを否定される。本当のことを話したのに嘘つき扱いされる。
俺はこれまで、宇月の話を真剣に聞いたことがあっただろうか。
彼に笑い返したことがあっただろうか。
『しゃーない。嫌なもんを無理やり押し付けるのはあかんしな。んじゃ切るわ。おやす――』
『面接の時間と日程は?』
いとこのセリフに被せて俺は言った。
何をするにしても、まずは自分から動かないと。
稼ぐ稼がないは置いといて、とりあえず、見学だけ行ってみよう。そこで職場の雰囲気や、作業環境を確認しよう。
そう思ってたのに。
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「なんで言ってくれなかったんだよ!」
人目を避けるべく。俺は宇月と一緒に一旦建物を出、裏へと回った。
ビルの裏にある駐輪場のトタンの壁に、いとこの身体を思いっきり押し付ける。ガシャンッと大きな音が響いた。
「なんでこいとのこと、俺に教えてくれなかったんだよ! なんでもかんでも、一人で決めようとすんなよっ、馬鹿野郎!」
俺は今朝、こいとに持っている情報を一つ残らず吐露してもらった。なぜ彼女がコマリに近づいたのか、なぜ神様の力を持っているのか、過去に何があったのか、なぜ宇月と協力しているのか。
こいとは最初淡々とした口調で話していたけど、当時のことを思い出したのか急にしゃっくり上げ、話が終わる頃には赤い顔で洟をすすっていた。
俺はその後、「助けたかっただけなんですぅぅぅぅぅ」「叱らないで……怒らないで……」と頭を下げる幽霊の少女の身体を、そっと抱きしめた。冷たかった。体温がないから、冷たかったよ。
「俺がお前を嫌いな理由、教えてやろうか。めんどくせーからだよ!」
俺は、宇月の両腕を掴む手のひらにグッと力を籠める。宇月は「ぐえッ」と呻いた。
「本当は構ってもらいたいくせに、ひとりになろうとする! 痛いときに痛いって言えない! 寂しいときに寂しいって言えない! だから自分をひたすらに強く見せようとする。平気で噓をつく。平気で愛想笑いする。全然平気じゃないのに、平気なふりをする。孤独と不安が自分を強くさせると勘違いしてる。そういうところだよ! そういうところが嫌いだ!」
「うっさいわ!」
突然、宇月が叫んだ。俺の拘束を振り払い、思いっきり右足を振り上げる。
厚底ブーツのスパイクが、俺の腹にめりこんだ。
「ボクのこと見んかったくせに! ボクのこと嫌いだったくせに! お前に何がわかるん、お前が何を知るん。頭悪い性格悪い能力汚い。そんなん、自分をだまして生きるしかないやろ! 成績優秀・真面目・素直なお前に何がわかるん! なあ!」
(次回に続く!)