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憑きもん!~こんな日常疲れます~【更新停止】
作者: むう  (総ページ数: 78ページ)
関連タグ: コメディ ラブコメ 妖怪幽霊 学園 未完結作品 現代ファンタジー 
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*59*

 〈コマリの登校日の翌日、美祢side〉

 ヴ―ッヴ―ッというスマホのアラーム音で目が覚めた。
 携帯の画面を開く。ホーム画面には、〈6:30〉の文字。朝だ。
 俺はまぶたをこすりながら、もぞもぞと布団から這い上がった。

「ふわぁぁぁ」
とあくびをかます。
 
 高校を中退し、バイトも習い事もしていない俺。日中にやることといえば、家事や読書やゲーム。たまに外出もするが、モールに行って貯めていた小遣いを崩して服を買う程度。
 しかし今日は珍しく朝に用事があった。外出の用事だ。早めに朝食を作り置きしなければ。

 俺は自分の布団・シーツ・枕をまとめて腕に抱え、奥にある脱衣所にそれらを運ぼうとし。
 ふと足を止めた。

 左横の布団で、同居人であるコマリが寝ている。すうすうと穏やかな寝息を立てていた。本来ならばもう起きる時間だけど、残念ながら俺は優しい人間ではない。

 夢でも見ているのか、時々「うみゃぁ、おかーさん、お団子そんなに食べるとパンダになるよお」と訳の分からない呟きが耳に飛び込んでくる。なぜ団子を食べるとパンダになるのか全く分からない。生地の中に特殊な薬が混合されているんだろうか。怖いな。

「……幸せそうな顔しやがって。つーか寝相ヤバすぎだろ」

 コマリは両手をダラーッと上に持ち上げ、股を開くと言った誠におかしな体制をとっている。
 世間一般の女子の寝相がどうなのかは知らないが、流石にこれはダメだ。流石の俺でも擁護できん。こいつは、女子が本来持っている何かをお腹の中に落としてきたのかもしれない。

 脱衣所に向かった俺は、ドラム式洗濯機の中に洗濯物を放り込んだ。そして、外に誰もいないことを確認してから扉を閉め、そそくさと着替えを始める。

 うちのアパートは、ひとつの階に五つの部屋がある。部屋は全て1LⅮK。リビング・ダイニング・キッチンがキュッと、一つの部屋に詰め込まれている。子供部屋などない。当たり前だが脱衣所はワンルームに一つだ。

 すると何が起こるか。注意を怠ると、同居人に着替えを見られる可能性がある。

 しかもアイツの寝起きはひどい。脳が上手く働いていない状態で朝の準備を始める。「いただきます」すら満足に言えず、一昨日は「食うべからず頬張ります」と食べるのか食べないのかどっちなんだよ、という謎の言語を発していた。後にこの言語はコマリ語と名付けられる。

『トキ兄ー? トキ兄はお醤油、ご飯にふりかけたほうが好きだっけ』
『ふりかけは30回降ってから箸でまぜるとおいしいよ』
『今日の7時間目は放課後だよー』

 なので時常美祢は毎朝、同居人が起きるまでの約三十分の間に準備をすます。
 なんで忙しい朝にタイムアタックしないといけないんだよ。

 脱衣所の床に設置している籠の中からTシャツとズボンを出して大急ぎで着替え、寝間着は洗濯機へin。洗剤を入れて、洗濯機のスイッチオン。そのあとすぐに台所へ向かい、冷蔵庫の中から冷凍ご飯と味噌玉(みそ汁の具をラップで丸めたもの)を取り出す。ご飯は電子レンジであっためてから茶碗に盛る。味噌汁も同様。ふりかけをかけて納豆を添えてお盆にのせて。

 ここまでに使った時間はおよそ十五分。はぁ、はぁ。今日も何とかなった。
 後はメモ帳に出かける趣旨を書いて、机の上に置いとけばいかな。

「ふわああ、あ、おはようございまふ美祢さん」

 声のしたほうを見やると、同居人ナンバー2である浮遊霊の少女・桃根こいとが宙に浮いていた。 
 抱き枕として使っているのだろうか。大きなクマの人形をもっている。服装は桃色の可愛らしいルームウェア。頭にはナイトキャップ。トレードマークである二つ結びの髪は降ろされて、肩口に垂れている。

「おはよ。お前、いつもどこで寝てるの? てか、いつ入ってきた」
「ふふーん。美祢さん、幽霊に扉を開けるという概念はありませんよ。壁も窓も床も、するするーってすり抜けるんですから。……私こいとちゃん、今あなたの後ろにいるの……」

 怖い顔で凄んで来たところ悪いけど、早朝なので全く怖く感じないぞ。

「驚かすんだったら服装から整えるんだな」
「ちぇっ。少しは乗ってくださいよお」

 こいとは最近、アパートに来なくなった。来るとしても一週間に一、二回といったペースだ。話し相手がいなくなったコマリは毎日のように俺に彼女の居場所を尋ねてくるが、こちらも何も知らされていない。だから答えられない。

 こいとはブスッとむくれながらも、素直に質問に答えてくれた。
「どこで寝てるか? 知り合いのところです。仲いい人がいて、その人に身の回りのお世話をしてもらってるんですよ。ご飯作ってもらったり、寝る場所与えてもらったりね」

「そいつ、男?」

 なんとなく気になって聞くと、幽霊の女の子は「だったらなんだって言うんですか」と不服そうにくちびるを尖らせる。
 肯定した。へえ、コイツ男と一緒に寝てるんだ、と内心驚く。

 そうだ。この調子で更に情報を引き出してみるか。
 隠し事されるの嫌いだし。経験上こういうのを放っておくとろくな目に合わない。アパートに来れない理由を教えてもらえれば、コマリも安心するだろうし。
 幸い出かけるまでの時間も、たっぷりある。

 俺は寝癖でくしゃくしゃになった髪を手櫛でとかしながら、冷静に聞こえるように出来るだけ意識して口火を切った。
 
 
「つまり年上か。年の近い子―例えば前に言っていた幽霊友達なら、知り合いではなく『あの子』とか『友達』って言葉を使うのが普通だ。それなのにお前は敢えて『知り合い』といった」

「なっ」

 こいとは、痛いところを突かれたような顔になり、口元を手で覆った。
 なるほど図星か。俺の推理は的外れじゃなかったってことだな。よしよし。
 さて、年上の男で幽霊友達じゃないとすると、人物はかなり絞られてくる。

「ここで仮説その一。つまりお前と相手の心の距離はあまり近くない。だが、知り合いと呼ぶくらいなら何かしら接点がある人物だ」
「……」

「仮説その二。そいつは俺とコマリがよく知っている人物だ。なぜか。こいと、お前は俺らに行き先を公表していない。『知り合いの○○さん』と伝えることもできるのに、それをしなかった。つまり名前を明かす行為はお前にとってハードルが高いということ。俺らに『なぜアイツとつるむのか』と問い詰められるのが怖いから」

 俺が左手の指を一本ずつ立てる度、こいとの表情は暗く沈んでいく。

「仮説その三。相手は霊感がある人物。浮遊霊に飯をやったり家の場所を教えたりできる人間は、霊が視えなきゃいけない。そして、この三つの情報を照らし合わせると、条件の合うやつは一人しかいない」

 初対面で俺とコマリに術をかけ、疑似恋愛をさせて反応を楽しんでいた薄汚い人間。
 プライドが高くて気取ってて、飄々としていて、つかみどころがない猫みたいな人間。
 昔から顔を突き合わせるたびに喧嘩ばっかりしていた人間。
 才能があって傲慢で、俺がずっと憧れていた大っ嫌いな人間。

 なんでお前、あんなやつと協力してるんだ。
 なんで今まで黙ってたんだ。
 お前らは俺たちに隠れて、何をやろうとしてる?


「お前の協力者は宇月だ。お前は幽霊友達に会いに行くって嘘ついて、隠れて宇月と会っていた」
 こいとは反論しなかった。ただ忌々し気に俺を見上げ、軽くうなずいた。

「いずればれるだろうなとは思ってたけど、まさかあなたに暴かれるとはね」
 幽霊の少女は、悲しいような嬉しいような、複雑な顔で笑ったのだった。

(次回に続く!)
 
 


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