コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- ユキノココロ【番外編更新中】
- 日時: 2016/11/06 23:15
- 名前: ゴマ猫 (ID: 4J23F72m)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=33090
初めまして、ゴマ猫です。
コメディライトで3作目になりました。
読んで下さった読者様のおかげで、本作は無事完結する事ができました。本当にありがとうございます!
参照が10000を超えました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます!
下の作品は過去に自分書いた作品です。
もし興味があったら、コメントいただけると嬉しいです。
コメントをいただいた作者様の作品は見に行くようにしています。ちゃんと作品見たいので、コメントを入れるのは遅くなる事もあります。
【日々の小さな幸せの見つけ方】1作目です。(1ページ目にリンクあります)
【俺と羊と彼女の3ヶ月】前回作品です。(リンクは上にあります)
この作品は、2013年夏の小説大会で銀賞を頂きました。投票して下さった皆様、ありがとうございます!
【お客様】
珠紀様
朔良様
華憐様
八田きいち。様
七海様
夕衣様
妖狐様
由丸様
杏月様
オレンジ様
いーあるりんす様
はるた様
アヤノ様
蒼様
あるま様
てるてる522様
——あらすじ——
高校2年生の冬、清川 準一(きよかわ じゅんいち)は、突如として深夜に自分の部屋にあらわれた不思議な女の子に出会う。彼女は準一の事を知っているようだったが、準一はまったく覚えがない。彼女の正体と目的とは……? それぞれの複雑に絡み合った運命の歯車がゆっくりと動き始めていく。
〜お知らせ〜
【短編集始めました】
ここと同じ板で【気まぐれ短編集〜ブレイクタイム〜】というタイトルで書いています。基本的にストーリーはラブコメです。コメディが強いもの、ややシリアス要素が強いもの、色々な書き方で挑戦中です。
タイトル通り、気まぐれに見ていただけたら嬉しいです。こちらからどうぞ。>>121
【目次】
登場人物紹介(更新)
>>18
(こちらはネタバレを含みますので、ご注意下さい)
プロローグ
>>1
始まりの場所
>>8 >>13 >>14 >>15 >>21
疑惑の幽霊
>>26 >>27 >>28
清川 準一【過去編】
>>31 >>34 >>35
ユキと渚
>>36 >>39 >>40 >>41 >>42 >>47
先輩
>>51 >>52 >>59 >>63 >>67
揺れる心【綾瀬編】
>>71 >>73
疑問
>>74 >>75 >>78 >>79 >>80 >>83
>>84 >>85 >>88
眠れぬ夜は
>>89 >>90
悪意と不思議な出来事
>>91 >>94 >>95 >>96 >>99 >>100
>>101 >>102 >>105
ユキと紗織
>>106 >>107 >>108 >>113
それぞれの想い
>>116 >>117 >>118 >>122 >>123
>>124
過去の想いと今の願い【ユキ編】
>>130
出せない答え
>>131 >>134
素直な気持ち【渚編】
>>135
大切な君のために今できる事
>>140 >>141 >>144 >>147
記憶【綾瀬編】
>>157
約束の時
>>158 >>159 >>160 >>163
すれ違う想い【渚編】
>>164 >>165
ユキノココロ
>>166 >>167 >>168 >>171 >>174
エピローグ
>>176
あとがき
>>179
【ちょっとオマケ劇場】
〜あの日へ〜涼編
>>184-191
〜未来への帰り道〜ユキ編
>>195-200 >>202-209 >>210-211
〜彼奴と私〜芽生編
>>212-215 >>218 >>221-222 >>223
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- Re: ユキノココロ【更新再開】 ( No.156 )
- 日時: 2015/02/23 21:37
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 9AGFDH0G)
はるたさん
こんばんは、お久しぶりです。いつもコメントありがとうございます。
いえいえ、なんというか書いてて誤解させるような描写になってしまい、こちらこそ申し訳ありません。はるたさんはなんて優しいお方なのか……(泣)
いよいよこの小説も大詰めという訳なんですが、現在書き溜め中です。今、2話まで書き上げましたが、全部書いてからアップするか、少しずつアップするかどうか迷い中です。
そう言っていただけると書いてて良かったなぁとしみじみ思います。次は先輩のターンです。次の回でやっと物語が動きます。
ありがとうございます。寂しいと思ってくれるなんてゴマ猫は幸せ者ですね。はい、あともう少し頑張っていきたいと思います! いつも温かいコメントありがとうございます!
- 記憶【綾瀬編】 ( No.157 )
- 日時: 2015/03/08 00:28
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: a0p/ia.h)
——清川くんが帰ったあと、私は彼が前に取ってくれた猫のぬいぐるみを抱き締めながら、まだ彼の温もりが残るソファーに顔を押し付けてまどろんでいた。ぬいぐるみを見つつ考える。……本当に誠実な人です。普通ならどこかに損得が入ってもおかしくないはずで、無意識だとしても、人間にはそういう感情がどこかに入ってしまう。
新谷さんの事を私に言う必要はありません。もっと言ってしまえば、新谷さんを選んでも私には文句の言いようがないのです。ですが、清川くんは私とちゃんと向き合いたいと言ってくれました。それは、私と新谷さん、どちらを選ぶにしても真剣に向き合いたいという事なのですが、やはり私に話す事は清川くんにとってあまりメリットはありません。新谷さんにも話したそうですが、彼女もそれで納得したようです。つまり、どちらが選ばれても恨み言は言わないという事なのでしょう。
もちろん、私がすんなり諦められるかと聞かれたら、そうではないと思います。例えどんな事をしても彼の心を繋ぎとめられるのなら、私は嫌な女にもなれるかもしれない。それくらい彼の事を好きです。他の誰にも譲りたくはない。物わかりの良いふりをして、嘘をついて、自分の想いを誤魔化したくありません。
「やっと再会できたんです。本当に……本当に、この10年間は長かったんです」
そうひとり呟き、窓から外の景色を見つめてみる。闇の中、厚い雲が空全体を覆い尽くしており空気が張りつめた様に冷たい。もしかしたら明日は雪かもしれません。
たまに思ってしまう時があります。10年前に戻って、清川くん——いえ、準一くんと出会わなければ良かったとも。そうしたら、この想いも、胸のくすぶりも、痛みさえなかった事になるのですから。でも、私は知ってしまった。出逢ってしまった。もうなかった事にはできません。
…………そう言えば、今日準一くんはおかしな事を言っていました。私に妹はいないか? と。私には妹はおろか、兄も姉も弟すらいません。でも、でしたらなぜあんな事を聞いたんでしょうか? 準一くんが意味もなく私にそんな事を尋ねてくるとも考えにくいです。
なんとなく気になった私はお母さんに連絡する事にしてみる事にした。久しぶりに電話を掛ける。月に一度メールでお母さんに連絡するくらいで、電話はめったにしません。
お父さんもお母さんも仕事が忙しいというのもありますが、電話になると何を話したらいいのかと思ってしまい、なかなか掛けられないというのが一番の理由かもしれません。携帯を操作して、アドレス帳からお母さんの番号を呼び出しボタンを押す。——コール音が二度三度と鳴ってからお母さんが出た。
「あ、お母さん、私です。……はい、元気にしています。いえ、その事ではなくて、少し聞きたい事がありまして。はい」
急に電話が掛かってきて驚いたのか、お母さんは私の体調の事を心配してくれました。「突然電話を掛けてくるなんてどうしたの?」不思議そうに問われたけど、今は仕事の休憩中で時間はあるようで話を聞いてくれるみたいです。
「あの、変な質問なのですけど、私に妹はいるんでしょうか?」
そう尋ねた私に返ってきたのは長い沈黙。お母さんは少し動揺した声音で『いきなりどうしたの?』と尋ねてくる。そのお母さんの態度が不自然で、まるで私に何かを隠しているように感じる。それまで気にしていなかったけれど、その様子で私は少し気になってしまい、いけない事だと思いながらもカマをかけてみる事にした。
「私、お母さんが隠している事がわかったんです」
嘘です。他愛のない冗談。あまりこういう冗談は言いませんが、すぐに笑い話になると思っていました。にもかかわらず、通話口の向こう側では声が聞こえなくなり、それから長い沈黙が続いて——そして、その沈黙が破られた後に告げられた返答は衝撃的な事実でした。
『……紗織、記憶が戻ったのね。……でも誤解しないで。あなたを騙していた訳ではないの。あの時は、あの子が亡くなって、あなたもその時のショックであの子の事を忘れてしまって、だから私達は黙っているのがあなたに辛い思いをさせない方法だと思ったの。あぁするのが一番だと思って——』
その後の通話口から聞こえる言葉は頭の中には入ってきませんでした。
準一くんが伝えようとした言葉、お母さんの言葉、私には妹がいた。その事実を頭が認識した瞬間、脳内に当時の記憶がフラッシュバックする。抜け落ちていた記憶の全てを思い出した。
「わ……私、わ……私、は、どうして今まで……」
そして同時に襲ってくる、どうしようもないくらいの後悔と不安。
今の今までどうして私は忘れていたんでしょう。大事な妹の事すら忘れて、私は————本当に何を……。ポロポロと自分の瞳から零れ落ちる大粒の涙。今までの想いが決壊して溢れていく。まるでそんな私の気持ちに反応したかのように、窓の外では空から真っ白な雪が降り始めていた。
- 約束の時【56】 ( No.158 )
- 日時: 2015/02/25 00:00
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: mJV9X4jr)
先輩に会いに行ったあの日、俺はユキと先輩が最後の瞬間まで傍に居られるようにユキを先輩の家に残してきた。例え先輩がユキの本当のお姉さんじゃなかったとしても、俺はユキの言った事を信じてあげたかった。そして今日——12月24日、世間では聖なる夜の前日という事で恋人達が愛を語らい、その特別な日を過ごす。本来のクリスマスの趣旨は違うが、日本ではその解釈でほぼ間違いはない。
それと、クリスマス当日より前夜であるイブの方が盛り上がるらしい。涼がそんな事をチラッと言っていた。涼は渚を誘うのだろうか? そして渚はその誘いを受けるのだろうか? 俺はどうするのが正しいなんてわからないし、知らない。だから俺なりのやり方で答えを探して出すつもりだ。だが今日、明日はそれどころじゃない。なぜなら——
冬休みに入り、カフェ風見鶏に復帰した俺は、復帰早々そのクリスマスという恩恵を受けた店で猛烈な忙しさに目を回していた。比喩ではなく、わりとマジで。
「いらっしゃいませ! 2名様ですね。お席にご案内します!」
「準一! 1番テーブルにスペシャルケーキの注文が入った。カット頼むぞ!」
「はいっ!」
「おいっ、遅刻魔! ドリンクはどうした!?」
「今日は遅刻してねぇ! ドリンクはできてるぞ!」
渚、マスター、俺、ちびっ子……もとい、芽生。
キッチンにマスターと俺、ホールには渚と芽生。風見鶏のフルメンバーで対応しても手が足りない。席数の少ない店舗だというのにてんやわんやで、まさに猫の手も借りたい状況とはこの事だろう。ほとんどはご予約のお客様で満席、席が空けば別のお客様をご案内している感じだ。嬉しい悲鳴ではあるが、おかげで息つく暇すらない。
「準一! スペシャルケーキ追加注文だよ!」
「了解——っと、マスター! まだ残りありますか?」
「あと、1ホールだ!」
クリスマス限定のマスター特製スペシャルケーキは飛ぶように売れていく。恋人同士ではなくても、このケーキ目当てで来店するお客様も少なくない。俺も試食させてもらったが、あのケーキを食べてしまったら他のどのケーキも霞んでしまうくらいの美味しさだ。
故に売り切れてしまえば、このピーク状態も少しは落ち着くはずだ、と思いたい。
「すいませーん、注文いいですか?」
「かしこまりました! 只今お伺い致します!」
そうこうしてる間に別のお客様に呼ばれて渚が注文を取りに行く。
芽生は芽生でドリンクを運んだりと小さい体で頑張っている。なんだかんだ言ってあいつが居なかったら結構ヤバかったかもな。今回ばかりは俺にいつもつっかかってくる芽生を頼もしく思ってしまう。
「おい、準一、ボーっとしてる暇ないぞ! 手を動かせ!」
「は、はいっ!」
***
「ありがとうございました!」
最後のお客様を見送って、入り口のドアに掛けられたOPENの札を裏返しCLOSEにする。時刻は21時。基本的にはカフェなので夜遅くまでの営業はしていない。それに、22時を過ぎると俺達未成年は働けないという理由もある。別の店舗だと昼はカフェ、夜はバーになるなんて店もあるようだが、マスターは仕込みも基本的にひとりだし、純粋に飲み物とスイーツを楽しんでほしいという考えからそういった事はしていない。
「おぉ、雪……か。クリスマスに雪とかすげぇな」
店内に居て気付かなかったが、いつの間にか空からは雪が降り出しており、地面がうっすらと白に染まっている。北国では珍しくもなんともないだろうが、都心ではレアなホワイトクリスマスを演出していた。なかなかある事はではないので、つい感嘆の声を上げてしまう。
「準一、クローズ作業やるよー」
「遅刻魔—、呑気に空を見上げてないで手伝え」
「おぅ、今行く。それと、今日は遅刻してねぇ」
渚と芽生に促され、降りしきる雪をもう少し見ていたいという名残惜しさを感じながらも俺は店内へと戻った。
***
明日は朝からのシフトという事で、俺も渚も芽生も今日は早めに解散。
俺と渚は帰り道が途中まで一緒だ。芽生は「雪だし帰るのが面倒だ」と言い、風見鶏に泊まるらしい。しかし、ついこの間までは渚とお隣さんだったのだが、火事のせいで俺のアパートが焼け、俺は実家に帰るため駅まで行かないといけない。芽生じゃないけど、確かにこんな天気の時に家が遠いのは面倒だよなぁと思いつつ、アスファルトに積もった新雪を踏みしめながら、しんしんと降りしきる雪を見上げていた。
「なんか、前にもこうして準一と雪が降っている時に一緒に帰ったよね」
「あぁ、もう随分懐かしい気がするけど、そんな経ってないんだよな」
渚が懐かしむように話しかけてくる。——始まりの思い出。あの日もバイト終わりに渚と他愛のない会話をして、その夜にひとりの少女と出会った。それから俺の周りにある全ての関係が動き始めた。先輩の家でユキは上手くやっているだろうか? 様子を見に行きたい気もするが、夜遅くに先輩の家に訪問というのはあまり常識的ではない。
「……ねぇ、準一。明日さ、バイト終わったら、その、どこか出かけない? ……二人で」
「明日か? 別に構わないけど、終わるころには店とか閉まってるんじゃないか?」
明日も今日と同じ21時までバイトをやり、それからさらに閉店作業もあるから遅くなってしまう。そうすると、大抵の店は閉まる訳で。どこかに出かけようと言っても、遊びに行くならカラオケとかぐらいか。それに電車の俺としては遅くなると終電がなくなる。朝まで寒空の中ひとり天体観測は避けたいところだ。
「じ、じゃあ、私の……家……とか」
「…………」
渚は耳まで真っ赤にしてそんな事を言う。
渚の気持ちを知っている俺としては密室に行くというのは控えたい。それは今までのように気軽に渚の家に出入りできない理由にもなっている。先輩の家に行ってるのはどうなんだ? と問われれば、それはユキのためであり個人的な気持ちで行っている訳ではない。二人とはあくまで純粋な向き合い方をしたいと思うから。なので、できるだけ理性が保てる場所に居たい。最近先輩に迫られるようになってから、その辺は注意するようにしている自分がいる。
「……や、やっぱり、ダメ、かな?」
「……うっ、うぅ……」
渚は恐る恐る俺にそう問いかけて、俯きがちに俺を見ながら瞳を潤ませる。普段は友達的な感覚でいるせいか、急に女の子っぽいところを見せられると弱い。というか、渚ってこんなに可愛かったっけ? 俺が知ってる渚はもっとこう…………さばさばして、その、あぁっ! 違う、そうじゃない。ちゃんと向き合うって決めたじゃないか。逃げるんじゃなくて、別の方法を考えるんだ。頭の中の余計な雑念を払い、渚をしっかりと見据える。
「……わかった。そのかわり外にしよう。大きいモールなら遅くまでやってるだろ」
「……う、うん!」
俺がそう答えると渚は弾けるような笑顔で頷いた。
この前までの渚とは違う雰囲気に俺は戸惑いながらも、渚の笑顔を見れて心の奥からじわじわと込み上げてくる温かい気持ちになっていた。
- 約束の時【57】 ( No.159 )
- 日時: 2015/02/25 22:51
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)
翌日の25日も風見鶏は盛況で、予約のお客様だけで夕方過ぎにはスペシャルケーキは売り切れてしまい、これでまた来年のクリスマスを待つ事になった。これだけ売れるのだから定番メニューにしてしまえばいいのにとも思うが、マスター曰く『一年に一回しか食べられないからこそ、ありがたみがあるんだよ。桜だって、一年に一回しか咲かねぇからあんなに皆に愛されてんだ。年中咲いてたらそこまで気にしねぇだろ』との事。
なるほどと思う反面、やはり定番にすれば少なくとも売り上げは伸びると思うのは俺だけなのだろうか。——さておき、スペシャルケーキがなくなったからなのか、クリスマス当日だからなのか、夕方以降は昨日より店内の忙しさも緩やかになっていた。
「準一、今日はもうあがってもいいぞ」
マスターは厨房の奥から出てきて、ホールに居る俺に向かって顎をしゃくりながらそう言う。
「えっ、でもまだ営業終わってないですよ?」
落ち着いてきたとは言え、今日はクリスマス当日。夜になればまた混み出す可能性がある。そうなった時に3人ではきついのではないだろうか? そんな心配をよそにマスターは渚にも同じように声をかけた。
「渚も、もうあがっていいぞ」
「へっ? 私もですか?」
マスターにそう言われ、渚は目を丸くして驚いたように問いかける。
2人も居なくなったらさらに大変じゃないか。一体何を考えているんだマスターは。
「あぁ、お前ら若いんだからこんな日くらい遊びに行ってこい。もうこれ以上は混まないだろうしな。それに、こいつも居るし」
マスターは視線だけ動かして、ツインテールの毒舌ちびっ子少女、芽生を見た。その瞬間、芽生はギョッとしたような表情になる。まさか自分ひとりだけ仕事をやる羽目になるとは思わなかったんだろう。なんだか少し可哀相な気もする。
「ちょっ、ちょっと待て! 私ひとりだけ居残りなのか? それは横暴だぞ!」
小さい体を怒らせてマスターに抗議するが、マスターは意に介さない。
「お前、昨日ここに泊まっていったろ? しかも自分の家に無断で。あの後、姉貴から俺んとこに電話がきてカンカンだったんだぞ。一応、俺が説明して謝っておいたけどな」
「……うぅっ、しまった。連絡するのをすっかり忘れてた」
マスターに反撃されてバツが悪そうに顔を伏せる芽生。マスターが言う姉貴と言うのは芽生の母親の事だろう。
うーん、普段俺には毒舌全開というか、嫌悪感全開で接するせいか気にもしてなかったけど、こいつはこいつで頑張っていたんだ。やはり芽生だけ仲間外れは可哀相だよな。どっちにしろ渚とは夜の約束だったんだし、俺が残っても問題ないだろ。
「マスター、やっぱり俺が残りますよ。その代り、渚と芽生をあがらせてあげてください」
「お前なぁ、俺がせっかく…………いや、まぁいい。じゃあ、準一が残りで渚と芽生はあがりだ。ほら、さっさと帰れ」
マスターは呆れたような表情でそう言うと、再び厨房の奥へと入っていった。多分、マスターなりの俺達への気遣いだったんだろうが、やっぱりこれで良かったんだと思う。あの場で俺達だけが帰ったとしても気になって楽しめなかったとも思うし。だから決してこれは芽生のためなんかじゃない。自分のためだ。
「渚、駅前で待ち合わせしよう。終わったらすぐ行くから。それまでゆっくりしててくれ」
「うんっ! ……えへへ、待ってるね」
渚にこの後の予定を伝えると、柔らかな笑みを浮かべてとても嬉しそうだ。俺はその笑顔に吸い込まれるように見惚れてしまう。渚の嬉しそうな表情を見ると俺の心が温かいもので満たされていく。もしかしたら俺は————
「おいっ、礼は言わないからな。お前が勝手にやったんだから」
俺の思考を遮るように、芽生が俺と渚の間に割り込んできてそんな事を言う。礼を言うつもりがないのなら、わざわざそんな事を言わなくてもいいのにな。きっとコイツの事だから俺に借りを作りたくないとか思ったんだろう。相変わらず毛嫌いされているな。
「あぁ、別にいらねぇよ。お前が言うように俺が勝手にやったんだからな」
「——くっ、なんなんだ今日のお前! そんな素直に認めるな!」
……じゃあ、一体どうしろと言うんだ? 言えば言うで何かしら言ってきたはずだし、言わなきゃ言わないで不満なのか。難儀な性格だな。とりあえず、これ以上の言い合いは不毛なので「はいはい」と適当にあしらって仕事に戻る事にした。芽生のやつはかなり不満気に口を尖らせていたが、時間が経てば機嫌も直るだろう。それに後は渚が上手くフォローしてくれるはずだしな。
***
結局、マスターの予想通り緩やかなペースのまま閉店時間を迎えた。
俺は外に出て、入り口のOPENの札を裏返しCLOSEにする。昨日も雪が降っていたが、今日も静かに降り続いている。降り続いた雪は見慣れた街を一面の白に染めて、見渡すかぎりの白銀の世界へと変えていた。自分の口から吐き出される白い息は夜空に上がって溶け込むように消える。かじかむ手を擦り温めながら店に戻ろうとすると、どこからか擦れた様な声が聞こえてきた。
「……き、清川……くん」
「ん? 誰だ? …………って、せ、先輩?」
声のする方へと視線を向けると、店の入り口のドアの横近くに寄り掛かるようにして先輩が座っていた。いつからそこに居たのだろうか? 出てきた時は気配すら感じなかった。よく見ると雪が降るぐらい寒いというのに上はブラウスに薄いカーディガンを羽織っただけという、かなりの薄着だ。そのせいか、先輩の唇は青ざめており身体は小刻みに震えている。
「何してるんですか!? そんな恰好で外に出たら風邪引きますよ!」
「き、清川くん……わ、私、私……うっ、うぅぅっ」
俺が声をかけた瞬間、ボロボロと大粒の涙を流して先輩はその場で泣き崩れた。
- 約束の時【58】 ( No.160 )
- 日時: 2015/03/04 19:30
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: G1aoRKsm)
「マスター! お先に失礼します!」
「お、おい! 何だ? 一体どうしたって——」
マスターの返事を待たずに俺は荷物を取って外へ駆けるように飛び出る。
昨日と違って今日は夕方以降落ち着いていたからクローズ作業はほとんど終わってるし、問題はないはずだ。お咎めなら後でいくらでも受けよう。それよりも先輩のあの態度、ユキに何かあったんじゃないか? そんな胸騒ぎがさっきから治まらない。先輩は妹なんて居ないって言ってたし、ユキの姿は見えないはずだけど、もしかしたら……。
「お待たせしました! 先輩、家に戻りましょう!」
うずくまる先輩の手をやや強引に引いて、立たせる。
憔悴しきっている先輩に対して申し訳ない気持ちはあるが、今はこの胸騒ぎの予感が間違いだと証明するためにも急ぎたい。だが、先輩の足は動かない。まるでそこに根が生えたかのように固まったまま、虚ろな瞳が中空を彷徨っていた。
「先輩、早く行かないと!」
「……どこに、ですか? もう……遅いんです。遅すぎました。私は……私は……最低な人間なんです」
先輩にいつものような落ち着いた雰囲気はなく、まるで何もかも諦めたような暗い表情。
泣き腫らした目が痛々しい。やっぱり先輩はユキの事で何かしらあったに違いない。どこにも根拠はないが、確信めいたものが自分自身の中にあった。
「……この間話した妹さんの事で、何かあったんじゃないんですか?」
俺がそう問いかけると、先輩の瞳に少し生気が戻った。
そして食い入るように距離を縮めて俺の両腕を掴むと、すがるように尋ねてくる。
「どうして!? どうして清川くんがユキの事を知ってるんです!?」
「信じてもらえないかもしれないんですが、俺……先輩と出会う少し前からユキと会ってたんです。色々な話もしましたし、先輩の話も聞きました。と言っても、先輩がお姉さんだって事だけで詳しい話は全然ですが」
俺がそう言うと、先輩は驚きの表情を隠せないでいた。
俺がユキの名前を知っていたのもそうだろうが、亡くなったはず(これは俺の予想だけれども)の自分の妹が知り合いの所に出てきて、会話してたというのだから当然だろう。こんな事を言って信じてもらえるかどうかは疑問だけど、今はこれしか方法はないし、説明に時間をかけている暇はない。
もし先輩がユキのお姉さんでなかったとしても、またそれに気付かなかったとしても先輩の傍に居る事がユキにとって一番の幸せだと考えていた。でも、先輩が気付いて、本当にユキのお姉さんなのだとしたら、少しの間でもいい。ユキと会話をさせてやりたい。————もうユキにはあまり時間がないのだから。
***
俺はまだ半信半疑といった先輩の手を強引に引き、先輩の部屋へとやってきた。
いつもなら躊躇う先輩の部屋だが、今日はそんな事に気を取られてる場合ではない。申し訳ないと感じながらも、先輩の私室に無遠慮に踏み込みユキの姿を捜す。そして——
「……ユキ!」
「……じ……準……く……ん」
先輩の部屋で倒れこむようにしてうずくまるユキを見つけた。
すぐさま駆け寄ってユキの傍に行く。かすかに聞こえる弱々しい息づかい、小さなユキの身体がさらに小さく見える程苦しそうにしていた。
「き、清川くんっ! そこに、ユキが……ユキが居るんですか!?」
先輩の問いかけに俺は静かに首肯する。
こんな事態も予想していたはずなのに、実際に目の当たりにすると胸が苦しくなる。俺の判断は間違っていたのかと自分自身に問いかけてしまう。それでも俺は——
「……どこ? ……どこに居るの? ユキぃ……返事を……返事をしてよぅ……」
先輩はボロボロと涙を流しながら俺の近くに駆け寄って、電灯もついていない薄暗い部屋の中、手探りでユキを掴もうとするが、その手は虚しく空を切る。すぐ傍に居るのに姿も、声すら届かない。
「……じ……準……くん、お、お姉ちゃんに……伝えてほし……いの……私……お姉ちゃんの事……恨んでなんかいないよ……って」
途切れ途切れで苦しそうに紡ぐユキの言葉は、弱々しく、今にも消えそうなくらいだ。それでも、最後まで先輩に自分の想いを伝えようとしている。
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんと伝える」
「清川……くん、どこ? どこにユキは……ユキは居るんですか……?」
先輩の悲痛な叫びと共にその綺麗な顔が歪む。
何とか、何とかユキの想いを先輩に伝える術はないのか? 例え声が聞こえなくてもいい。今ここにユキが居るんだって、それを伝える術さえあれば。——待て、あるじゃないか! ユキの声は伝える事ができなくても、ここに居るんだと伝える方法が!
「先輩! よく見ててください!」
そう言って、俺はユキが羽織っていたコートを脱がす。そして、コートの下から出てきた服は綺麗な花柄のワンピース、真冬に似つかわしくない服装だが、ユキの普段着である。
そう、ユキは姿こそ見えないが、なぜかこのユキの服だけは俺以外の人にも見える。これは以前、渚がユキと鉢合わせ(服だけ)してしまった時に気付いたのだが、今なら、ユキの事を知っている今の先輩ならこれでわかるはずだ。
「あ……あ……こ、の……服……は……」
先輩は信じられないといった表情をしながら両手で顔を覆う。
そして溢れ出す涙。それはとめどなく流れ落ちていき、白色のカーペットに小さな染みができていく。
「……お……ねぇ……ちゃ……ん」
「——ユキっ!」
息も絶え絶えだが、ユキは先輩を見上げながら優しく微笑んでいた。声は聞こえないはずだけど、そのユキの声に反応するように先輩がユキの居る場所へと手を伸ばす——しかし、その手はまたしても空を切った。服だけは見えているのに、あとほんのわずかの距離なのに触れられない。運命が嘲笑うかのように二人を阻む。ここまできて……ここまできて終わりなのか? 本当にユキは先輩と会えずに終わってしまうのか? そんな事って——
「——っ」
先輩にユキの想いが届いてほしい、そう願いを込めて俺はユキの手を握った。その瞬間、ユキの身体から淡い金色の光が溢れ出した。徐々に広がるその光はゆっくりと部屋全体を包んでいく。
「あ……あぁ」
「何ですか? ……この光は」
それはどうやら先輩にも見えているらしく、瞳に涙を溜めたままその光を見つめて不思議そうにしている。やがて光はユキが居る場所へと集束していき、視界が真っ白になってしまうほどの強い光を放った。俺はその強い光に思わず目を閉じる。
『お姉ちゃん、準くん、聞こえるかな?』
「——なっ!?」
「……この……声……は?」
再び目を開けると、そこには小さな光の塊。そしてその光の塊から聴こえてくる声。耳から聞こえてくるというより脳内に直接響いてくるような、そんな感覚。
その聴き慣れた声は、俺だけではなく、先輩にも届いているようだ。その証拠に先輩は辺りを見回して、声の主を捜している。けれど、さっきまでその場に居たユキの姿はいつの間にか消えていた。かわりに声だけがその存在を示すように脳内に響く。
『うん、聞こえているみたいだね。……あのね、そろそろ帰らなくちゃいけない時間みたいなんだ。だから、ちゃんと自分の言葉で伝えるね』
そこでユキは一旦言葉を切る。そして——
『お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの事恨んでなんかないよ。あの日も、今も。……お姉ちゃんと最後にお話しできて本当に良かった。お姉ちゃんの事だから自分を責めちゃうかもしれないけど、私が悲しくなっちゃうから禁止、ね? お姉ちゃんは私の分まで幸せにならなきゃダメなんだから』
おどけるように、先輩が気にしないように、というユキの優しい気持ちが痛いほど伝わってくる。その言葉に当人ではない俺も込み上げてくる感情で胸が熱くなってくる。
先輩はユキの言葉に頷きながら、涙腺が壊れてしまったかのように先程から涙が止まらない。
『それから……準くん。今までありがとう。私、準くんに出会えなかったら、ずっと自分が誰なのかわからないまま漂っていたと思うんだ。だから本当に数えきれないくらいのありがとうだね。——それから、準くんは準くんが思ったようにすればいいと思うよ。色々な事考えないで、素直な気持ちで、ね』
「……あぁ、わかったよ。それと、俺の方こそ、ありがとな。でも、さようならは言わないからな、絶対」
『そうだ、ね。……うん。じゃあ、またねだ。ふふっ、やっぱり準くんは素直じゃないね』
そう言って、ユキは嬉しそうに笑う。
姿こそ見えなくなっても、脳内で鮮明にその姿が浮かぶ。
『本当はもっとお話ししたいけど……ごめんね、もう限界みたい……お姉ちゃん、準くん…………またね』
静かに、ゆっくりと紡がれたユキの言葉は俺たちの胸に確かに響き、そのまま空間に溶け込むようにして、その声と共に不思議な光は消えていった。
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