コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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ユキノココロ【番外編更新中】
日時: 2016/11/06 23:15
名前: ゴマ猫 (ID: 4J23F72m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=33090

 初めまして、ゴマ猫です。
 
 コメディライトで3作目になりました。
 読んで下さった読者様のおかげで、本作は無事完結する事ができました。本当にありがとうございます!

 参照が10000を超えました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます!

 下の作品は過去に自分書いた作品です。
 もし興味があったら、コメントいただけると嬉しいです。

 コメントをいただいた作者様の作品は見に行くようにしています。ちゃんと作品見たいので、コメントを入れるのは遅くなる事もあります。


【日々の小さな幸せの見つけ方】1作目です。(1ページ目にリンクあります)

【俺と羊と彼女の3ヶ月】前回作品です。(リンクは上にあります)
 この作品は、2013年夏の小説大会で銀賞を頂きました。投票して下さった皆様、ありがとうございます!

【お客様】

 珠紀様 

 朔良様 

 華憐様

 八田きいち。様

 七海様

 夕衣様

 妖狐様

 由丸様

 杏月様

 オレンジ様

 いーあるりんす様

 はるた様

 アヤノ様

 蒼様

 あるま様

 てるてる522様

——あらすじ——

 高校2年生の冬、清川 準一(きよかわ じゅんいち)は、突如として深夜に自分の部屋にあらわれた不思議な女の子に出会う。彼女は準一の事を知っているようだったが、準一はまったく覚えがない。彼女の正体と目的とは……? それぞれの複雑に絡み合った運命の歯車がゆっくりと動き始めていく。

 〜お知らせ〜

 【短編集始めました】
 
 ここと同じ板で【気まぐれ短編集〜ブレイクタイム〜】というタイトルで書いています。基本的にストーリーはラブコメです。コメディが強いもの、ややシリアス要素が強いもの、色々な書き方で挑戦中です。
 タイトル通り、気まぐれに見ていただけたら嬉しいです。こちらからどうぞ。>>121




【目次】

 登場人物紹介(更新)
 >>18
 (こちらはネタバレを含みますので、ご注意下さい)

 プロローグ
 >>1

 始まりの場所
 >>8 >>13 >>14 >>15 >>21

 疑惑の幽霊
 >>26 >>27 >>28

 清川 準一【過去編】
 >>31 >>34 >>35

 ユキと渚
 >>36 >>39 >>40 >>41 >>42 >>47

 先輩
 >>51 >>52 >>59 >>63 >>67 

 揺れる心【綾瀬編】
 >>71 >>73

 疑問
 >>74 >>75 >>78 >>79 >>80 >>83
 >>84 >>85 >>88

 眠れぬ夜は
 >>89 >>90

 悪意と不思議な出来事
 >>91 >>94 >>95 >>96 >>99 >>100
 >>101 >>102 >>105

 ユキと紗織
 >>106 >>107 >>108 >>113

 それぞれの想い
 >>116 >>117 >>118 >>122 >>123
 >>124

 過去の想いと今の願い【ユキ編】
 >>130

 出せない答え
 >>131 >>134

 素直な気持ち【渚編】
 >>135

 大切な君のために今できる事
 >>140 >>141 >>144 >>147

 記憶【綾瀬編】
 >>157

 約束の時
 >>158 >>159 >>160 >>163

 すれ違う想い【渚編】
 >>164 >>165

 ユキノココロ
 >>166 >>167 >>168 >>171 >>174

 エピローグ
 >>176

 あとがき
 >>179

 【ちょっとオマケ劇場】

 〜あの日へ〜涼編
 >>184-191

 〜未来への帰り道〜ユキ編
 >>195-200 >>202-209 >>210-211

 〜彼奴と私〜芽生編
 >>212-215 >>218 >>221-222 >>223

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未来への帰り道〜ユキ編〜【10】 ( No.206 )
日時: 2016/03/24 19:20
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

「……うぅ、もう帰りたい」

「なに言ってんの。今日は夜まで居るんだからシャキッとしなさいな」

 新鮮なお刺身をサービスしてくれた『魚松』を後にして、私はがっくりと肩落としながら歩く。お刺身はとっても美味しかったし、値段も「サービスだ!」とか言って、かなり破格のお値段にしてくれた。
 新鮮なイカは白色ではなく透明なのだという事も初めて知って、満足……のはずだったんだけど。落ち込む私の背中を、渚がポンポンと優しく叩きながら励ましてくれるが、気分は晴れそうにない。

「だってさぁ、面白い人だねって言われたんだよ? 絶対変な奴だと思われたに違いないよ……」

「そんな訳ないって。それを言ったら、準一だって変な奴の部類に入ると思うけど」

「清川くんは男の子だし、別に変な人じゃないし」

「うーん、ユキも変なとこ気にするんだね。大丈夫だって。気にしない気にしない。というか、ユキってやっぱり山部くんの事——」

「わーっ、わーっ、わーっ!」

 渚がサラリと爆弾発言しようとしたので、大きく手を振り、大声を上げながら言わせないように妨害する。近くに涼くん達が居るのに、そんな誤解を招くような発言したらマズイよ。

「おぉ、綾瀬さん元気だな」

「……くす」

 はっ! 「くす」って笑われた! 「くす」って笑われた! 涼くんに「くす」って笑われた! 鼻で笑われたぁ……。やっぱり変な女だって思われてたんだ。もうダメ……お家帰る。

「…………」

「あっ、ちょっと、ユキ何処行くの? これから皆で——」

 その場から逃げ出したい衝動が脳内を支配して、私は別方向へと歩き出した。背後から渚の声が聞こえてくるけど、その声を振り切るように、少しだけ早足で。


 ***


 遥か先に見える水平線、海の青と、空の青が溶け合って、淡いグラデーションを演出している。目を閉じれば潮騒がそっと耳に響く。寄せては返す波の音が、さっきまで落ち込んでいた私の心を少しだけ癒してくれた。誰も居ない海、砂浜に座って私は考える。
 渚に何も言わないまま、ここまで来ちゃったから心配してるだろうなぁ。

「はぁ……お姉ちゃんなら上手くやるんだろうな」

 私は溜め息を吐きながら、お姉ちゃんの顔を思い浮かべる。
 何でもそつなくこなすお姉ちゃんなら、きっと私みたいに悩んだりしないはず。
 ……確か前にも思ったけど、お姉ちゃんのそういう話って聞いた事ないんだよね。あれだけモテるんだから、1つくらいあってもおかしくないのに。
 何だか余計な事まで色々と考えてしまって、私は再び溜め息を吐いた。

「こんな場所でひとりかい?」

 急に背後から低い声が聞こえてきて心臓が跳ねる。
 振り向けば、そこに立っていたのはこの間私に話しかけてきた変な人。
 この海辺に大柄で黒ずくめのスーツ姿のそれは似合わない。まるで体の中に異物が入り込んだかのような不快感さえ覚えた。ここに来る前に不安を感じてた人物に遭遇して、脳内が警鐘を鳴らす。私は身構えるようにして、立ち上がった。

「……あ、あなたは、この間の。私に何か用ですか?」

 私は、すぐにでも大声を出せるように身構えながらそう尋ねた。

「相変わらず君はつれないな。今日は君を迎えに来たんだよ。前にも話したけれど、もう時間がきてしまってね」

 男は苦笑しながらそう言った。
 私を迎えに? この人は何を言ってるの? やっぱり変質者だ。ここには人気ひとけがない。私の倍はあろうかという体躯、本気で私を襲おうとすれば簡単なはず。本能的に思考を切り替える。じりじりと後ろに下がりながら、警戒は緩めない。

「フフッ、君は賢い子だ。普通なら、その対応は間違ってないだろうね……けど」

 そう言って男が不敵に笑うと、私が瞬きをする間に消えてしまった。

「き……消えた?」

「ここだよ」

 つい先ほどまで目の前に居たのに、一瞬で私の後ろ数センチの所まで迫ってきていた。

「わぁぁっ!」

 慌てて飛び退くと、私はその場で尻餅をついてしまう。

「さてと、戯れはもういいかな? 生憎と私も忙しくてね」

 男はそう言うと、私を見下ろしながら、ゆっくりと手を伸ばす。
 逃げたいのに、腰が抜けてしまったのか、立つ事すらままならない。徐々に迫りくる恐怖で身体が小刻みに震え始める……嫌だ、嫌だよ。助けて……誰か、助けて!

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【11】 ( No.207 )
日時: 2016/03/28 23:57
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

「————このっ!」

「おっと」

 怖くて無意識に目を瞑った私に、怒声が聞こえてくる。
 恐る恐る目を開けると、涼くんが男に体当たりをする瞬間が視界に飛び込んできた。男は涼くんの体当たりを軽く躱すと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「り、涼くん」

「綾瀬さん大丈夫? 今、新谷さんが警察を呼んでるから安心して」

 涼くんは、私を庇うようにして前に出る。

「君か。因果なものだな。一度は諦めた君が、今度は彼女を救う為に私の前に出るとはね」

「何の話か知らないが、お前とお喋りするつもりはない」

「なるほど、この世界の君は私と面識が無いのだったな。これは失礼した」

 そう言って男が恭しく頭を下げると同時に、またしても目の前から消えた。

「涼くん! 危ないっ!」

 私が声を掛ける前に、涼くんの目の前に姿を現した男は、人差し指で涼くんの額を軽く弾く。涼くんは、投げ捨てられた人形のようにバウンドしながら、後方へ飛ばされてしまった。
 勢いよく飛ばされたので、もうもうと辺りに細かい砂煙が舞う。

「涼くんっ!」

「……う、くっ!」

「おっと、これは申し訳ない。だが本当に時間が無いんだ。これ以上、余計な手間は掛けさせないでくれると助かる。これでも、なるべくなら手荒な真似はしたくないんだ」

 涼くんが額を押さえて蹲っている様子も気にせずに、男はそう言った。
 幸いにも下は砂だったから衝撃を吸収してくれたみたいだけど、これがアスファルトだったらと思うとゾッとしてしまう。
 すぐにでも駆けつけたいのに身体がいう事を利かない。這うようにして、なんとか涼くんの元へと私は近付いた。本当に何なの? この人絶対おかしいよ。

「——よっし、捕まえた! これでもう逃げられないぞ、変質者め!」

 私が涼くんの近くまで来ると大きな声が耳に響く。声の方向へと視線をやると、どこから出てきたのか、清川くんが男を後ろから羽交い絞めにしていた。

「……準一、遅いぞ」

「悪い、少し手間取った」

 涼くんがそう言うと、清川くんはアイコンタクトをしながら答える。

「隠れていたのか。だが、無駄な事だよ」

「へっ……? う、うわあぁぁ!」

 男は清川くんの両腕をガッシリと掴むと、背負い投げの要領で力任せに投げ飛ばした。
 投げ飛ばされた清川くんは、空中を舞って涼くんと同じ場所へと落下する。

「あいつつつ……なんて馬鹿力だよ」

「大丈夫か準一? ……一体なんなんだ、あいつは?」

 そう言って、涼くんは目を丸くして男を見つめている。
 投げ飛ばされてしまった清川くんも、大したケガは無いようでホッと胸を撫で下ろす。
 本当にそう思う。こんな事をできる人が世の中には居るの? でも、どうして? いくら人気が無いとはいえ、外でこんなに目立つ事をしてたら誰かに見つかる可能性だってあるはずなのに。そこまでして私を狙うメリットは無い気がする……。

「なるべくなら君たちに危害を加えたくはない。大人しくしててくれないか? 私の邪魔をしても、この世界の崩壊は始まってるんだ。そして、それはもう長くはない」

「あいつ、意味の分からない事を……頭のおかしい奴かよ。けど、あの馬鹿力じゃ旗色悪いな」

 清川くんは歯噛みしながらそう呟く。

「涼、俺が時間を稼ぐから、お前は綾瀬さんを連れて逃げろ」

「バカを言うな。準一ひとりじゃどうにもならないだろ」

「見た感じ、あいつの狙いは綾瀬さんだろ? じきに渚が呼んだ警察も来る。それまで辛抱すれば俺の勝ちだ」

「き、清川くん。そんな危ない真似——」

「なーに、逃げるのは得意だから平気さ。適当に挑発して注意を引いたら、俺もすぐ逃げるから」

 軽い調子で清川くんはそう言うけど、口調とは裏腹に表情は強張ってるようにも見えた。
 清川くんの提案に私と涼くんが逡巡していると、突如ドーンッという地響きにも似た轟音が海の向こうから聞こえてきた。

「こ、今度はなんだ!?」

「どうやら始まったようだ」

「な、何あれ……?」

 空が海へと落ちていく。まるで完成していたパズルのピースが、ボトボトと落ちて欠けていくように。欠けてしまった部分は歪な形になり、その部分だけ漆黒へと色を変えていた。

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【12】 ( No.208 )
日時: 2016/03/27 23:56
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /48JlrDe)

「これ、夢じゃないよな?」

 清川くんが信じられないといった顔で、涼くんに問いかける。

「そうだといいんだけどな」

 涼くんは短くそう返すと、一度だけ深呼吸をして、欠けて色を失った空から私達に視線を移す。

「綾瀬さん、とりあえずここから逃げよう」

「う、うん。で、でもどうやって?」

「俺と準一であいつの隙を作るから、その間に逃げて。出来るだけ遠くに」

「そ、そんな事——!」

 私が言おうとした言葉は涼くんの手で軽く遮られる。

「大丈夫、後で絶対に追いつく。こっちには準一も居るし、新谷さんも、もうじき来るから安心して」

「そうそう、ここは任せてくれ」

 清川くんも、涼くんに同意するようにして自らの胸を叩く。

「それより走れる?」

 涼くんに言われて、身体をその場で少し動かしてみる。
 うん、大丈夫。抜けていた腰も元に戻ったし、これなら走れそう。私はゆっくり頷いた。

「よし、じゃあ合図したら俺達が突っ込むから、綾瀬さんは逆方向に走って逃げて」

「で、でも、本当に——」

「さて、もう良いかな? いつまでも付き合っていられないんだ」

 気だるげな表情で男がそう言うと、私達に緊張が走る。

「…………」

 さっきから無言のままの清川くんも緊張の色は隠せない。楽しかったはずの休日に、暗い影を落とす。どうしてこんな事になっちゃったんだろう? 私が何かいけない事でもしたんだろうか? ダメだ……色々考えるのは後にしなきゃ。今はここをどう乗り切るかだけ考えなくちゃ。唇を強く噛んで、次の瞬間に備える。
 一秒が永遠とも思える長さ、極限まで研ぎ澄まされた感覚で、周りの小さな息づかい、鼓動すら聞こえてくる。

「いち、にの……さん! 走れっ!」

 涼くんの合図で、私は全速力で駆け出した。


 ***


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 海沿いを走る事数分。本当だったら、人の多い街へと向かえば良かったのだろう。
 でも、それは出来なかった。海辺で見た現象が至る所で起きていて、私は追い込まれるように海沿いを走るしかなかった。極度の緊張で消耗した体力はとっくに限界がきていて、数分走っただけなのに肩で息をしながら走る。

「……はぁ、はぁ……も、もうダメ」

 膝に手を付いて、私は足を止める。
 まるで鉛が入ったかのように体が重い。呼吸を整えながら今来た道を振り返ると、昼間だというのに、かたまって抜け落ちた景色の部分が不自然な闇に包まれていて、あの男が言ったように本当に世界の崩壊が始まってるようにも思える。

「——つっ!」

 大きくかぶりを振って、嫌なイメージを思考の外へと追い出す。
 涼くんと清川くんは無事だろうか? 渚は? そんな想いがぐるぐると脳内を駆け巡る。

「苦悩しているようだね」

「……っ!」

 背後からの声に背筋に悪寒が走る。ゆっくりと視線をやれば、そこに居たのは先程の男。
 こんな状況だというのに涼しい顔で、私を見ながら佇んでいた。男がここに居るという事は涼くんと清川くんはどうなったの? 急激に込み上げてくる焦燥感と不安感で胸が支配される。

「もう無理するのは止めた方がいい。これは不幸な事故だったのだ」

「あ、あなたはっ! よくもそんな事が言えますね! 涼くん達はどうしたんですか! もし、涼くん達に何かしたんだったら私はあなたを一生許さない!」

 相手の目をしっかりと見据え、例え虚勢でも抵抗する意思は見せる。
 私の大事な友達。まだ出会って間もないけど、私に優しくしてくれた。あんなに危険な状況なのに、本気で私を心配してくれた。だから、私だって。

「……それだ、その山部涼が全てを引き起こした」

 けれど、そんな私の意気込みとは裏腹に男は襲いかかってくる訳でもなく、目を細めてそう言った。

「な、何の話ですか?」

「私はあの土地を見守る存在。本来は君たちと関わる事すらない存在だった。けれど、あの日、異変が起きた。最初は小さかったその異変が、徐々に大事になっていく異変がね」

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【13】 ( No.209 )
日時: 2016/03/28 23:15
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 男は思い返す様に話し出す。
 一体、何の話をしてるの? 脈絡の無い話をいきなりされて、私の頭の中に疑問符が浮かぶ。

「私が調べに行った時には、現在と過去を繋ぐ大きな穴が出来ていた。そして、その穴に取り込まれた人間が居た。……それが、山部涼だ」

 男は私の疑問などお構いなしに話を続ける。
 涼くんが居た? 話の意図が掴めない。現在? 過去? 本当に意味が分からない。

「私は山部涼を捜した。彼が過去に関わってしまう事で、本来なら起きえなかった事象を引き起こすかもしれないからだ。君はバタフライエフェクトという言葉を知っているかな?」

「……蝶の羽ばたきくらい些細な事でさえ、何か大きな影響を及ぼすきっかけになってしまうかもしれない、ですか?」

「もし彼が過去で何かをしてしまったら、それはもう蝶の羽ばたきどころの話ではない。現に、このありえない世界すらも創り出した」

 男がそう話している間にも、ゆっくりと空の欠片……正確には空だったものは轟音を辺りに響かせながら落ちていく。落ちた空の欠片は、いつの間にか地面に吸い込まれるように消えていった。上空に残った青と黒がチグハグに混ざり合って、何とも言えない気持ち悪さを覚える。

「この世界は君が存在していたらの世界。本来の世界とは違う、オリジナルではなくレプリカの世界。いわば紛い物だ」

「…………」

「未来というのは無数に分岐する。けれど、その1つ1つが別物であり、干渉を許さない。故にイレギュラーの事態とはいえ、間違った方向に進んだのなら、それは正さなければならない」

「……まるで神様ですね」

「その表現は言い得て妙かもしれないな。特定の地域に限定するのならば、私の能力は神にも匹敵するかもしれない。フフッ、あいつが聞いたら違うと言うのだろうがな」

 そう言って、男は何かを思い出したように微笑む。

「だが、私は神ではない。それだけに苦労したよ。彼に関わった全ての人物の記憶を消して、この紛い物の世界を崩す為に相当の年月を費やした。そして、今日やっとその日が来たのだ。私の最後の仕事は、綾瀬ユキ、君を本来の場所へと連れて行く事だ」

「おかしいです、仮にあなたの言ってる事が本当だとして、どうして私なんですかっ!」

 否定したくて声を荒げてしまう。自分でも驚くくらいに。
 男の言ってる事は嘘かもしれない。集団催眠にでも掛けられて、私は荒唐無稽な物語を見せられているのかもしれない。皆で私を驚かそうと思って大掛かりな仕掛けと演技をしているのかもしれない。
 でも、いくら言葉で否定したって、心のどこかで思い当たる節がある事を肯定している私がいる。あの時、お母さんを始め、不自然なくらいに涼くんの事を覚えてる人は居なかった。男の言っている言葉が真実だとしたら、今まで不思議に思ってきた事の全ての辻褄が合うかもしれないって。

「君は、本来なら10年前にあの場所で亡くなっていたんだ。偶然にも彼が過去へとやって来て、君を助けなければ、ね」

「……そ、そんなの!」

「事実だ。そして君の知ってる山部涼は、この世界にもう居ない。あの山部涼は似て非なる存在。彼であって彼でない。君と積み重ねた記憶も、彼の中には最初から存在していない。だから、君が話しかけた時も彼は何も言わなかっただろう?」

「う、そ……そんなのって、ないよ」

 じゃあ、本当なら10年前に事故に遭って……。涼くんが助けてくれたから、今日まで生きてこられたって事? 涼くんに会いたいって想ってた事も全てが無駄だったって事? 私は、どうしたらいいの……? 私は——

「綾瀬ユキ、私が案内しよう。君が本来帰るべき場所へ」

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【14】 ( No.210 )
日時: 2016/04/10 01:29
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 9RGzBqtH)

「……私の、帰る場所」

「心配する事はない。目が覚めた時には君の全ての記憶、悲しみや憂いは消えているよ」

「……消える」

 私が過ごした時間、思い出すら全て消えてしまう。
 優しかったお姉ちゃんとの思い出、お母さんとお父さんの温もり、涼くんへの想いも全部。考えるだけで自然と涙が溢れてくる。私は何をしたんだろう? こんな仕打ちを受けるほど、私は悪い事をしたんだろうか? ……全然心当たりなんてないや。

「さぁ、長い夢から覚める時だ」

 差し出した男の手の平から真っ白な光が溢れる。広がっていく光は辺りを包んで、意識が徐々に薄れていく。それと同時に思考能力も無くなってきた。
 ただひとつ気になったのは、涼くん達は、お姉ちゃんはどうなるんだろう? という事。涼くんには清川くんや渚が付いてるからいいとしても、お姉ちゃんは心配性だから、凄く悲しんじゃうかもしれない。私が居なくても大丈夫かな? お母さんとお父さん、ごめんね。……こんな時だっていうのに、自分より人の心配しちゃうなんて、私はバカだね。
 そんな事を考えている途中で、私は意識を手放した。


 ***


「——あの? 大丈夫ですか?」

 暗闇の中で自らの肩を掴まれて、揺すれている。
 暗闇? 違う、目を瞑っているから暗闇なんだ。瞼に少しだけ光を感じて、そう思い直す。

「……ん、ここは?」

 瞼を開けると、周囲には見知らぬ景色が広がっていた。そして私の目の前には、さっきまで一緒に居て話していたはずなのに、懐かしさえ感じる顔が視界に飛び込んでくる。

「……あ、あぁ……」

「あの、本当に大丈夫ですか? 立ったまま気を失ってたみたいでしたけど……」

「……涼、くん?」

 妙に他人行儀な話し方に私は困惑する、
 全く状況を掴めず戸惑っていると、脳内に直接話しかけるような声音が聞こえてきた。

『綾瀬ユキ、君に最後の時間をあげよう。ここは君が居ない本来の世界、目の前に居るのは、君を助けた山部涼だ』

「——っ!」

 脳内で声が響くと、同時に頭に刺すような痛みが走った。

『山部涼には、絶対に口外しないようにと約束している。君が本当の事を話しても問題ない』

 男の声が脳内で話し終わると、私は今置かれてる現状を理解できた。
 ここは本来の私が居るべき世界——ううん、居るはずだった世界。そして私の目の前に居る涼くんは、あの時私を助けてくれた涼くん、なんだ。

「どうして俺の名前を? どこかで会いましたっけ?」

 知らされた事実に理解が追い付くと、込み上げてくる想いが涙となって溢れてくる。
 本当に最後の最後で会えたんだね。この世界には私が築き上げてきた関係性も、私という存在もありはしない。ここに居る涼くんは、唯一の繋がりと言っても過言じゃないんだ。
 急に泣き出した私を見て、涼くんはさらに困惑した表情へと変わる。

「す、すいません。すぐに思い出しますから! えーっと、俺に女の子の知り合いはそうは居ないから、新谷さんか準一関係の、いや——」

 涼くんは慌てふためきながら必死に思い出そうとしている。
 どうやら、私が忘れられていると思って泣き出したと勘違いしたみたい。……違うよ、涼くん。そんな事で私は泣いたりしないよ?
フラフラと、甘い蜜に吸い寄せられる蝶のように私は涼くんの胸に顔を埋めて、その大きな背中に手を回して抱き締める。

「——わっ、ち、ちょっと?」

「……やっと、会えたね。ずっと涼くんにお礼が言いたかった」

 その一言が言えた瞬間、全ての事が報われたような気がした。
 長い長い旅路の果てに、宝物を見つけたような感覚。私はずっと何かを求めていたのかもしれない。それは、涼くんにずっと言いたくて、言える事が出来なかった感謝。その感謝が憧れへと変化して、月日が経つにつれ、恋しいという気持ちになった。

「……ま、まさか、そんな……ユキ、ちゃんなの?」

 涼くんの瞳が揺れて、みるみるうちに驚きに満ちた顔に変化していく。
 私を覚えていてくれている。あの時の私とは容姿も変わっている。それでも、何も言わなくても気付いてくれた事が嬉しくて頬が緩んだ。

「……うん、涼くん」

 頷きながら短く返す。落ち着く匂い、まるで暖かな春の陽気にあてられながら木漏れ日の下で微睡んでるようで、その心地よさに身を委ねていると、私の背中にそっと手を回される。

「……本当に、良かった」

 密着した涼くんの身体から温かな鼓動が聞こえる。どくんどくんと、一定のリズムを刻みながら。

「涼くん、泣いてるの?」

不意に頬に冷たい感触が走って私は顔を上げる。

「ごめん……ずっと、気になってた。あの時、俺がした事は間違いだったのかな? って。俺が何もしなければ、ユキちゃんは苦しむ事はなかったのかなって。……俺、ずっとずっと……」

「……涼くん」

 涼くん目から大粒の涙が頬を伝い、苦しそうにそんな事を言う。
 本当に涼くんは優しいんだね。涼くんが私を救ってくれたんだよ? もし涼くんがあそこで助けてくれなかったら、私がどうなっていたかなんて想像するだけで怖い。
 結果的に私が許されない存在だとしても、私は涼くんに救われたんだ。楽しかった事も、悲しかった事も、全部あの時から涼くんが私に与えてくれた。だから、涼くんが苦しむ必要なんてない。

「——んっ……ん」

「——!?」

 涼くんのせいじゃないと答えるかわりに、触れるようなキスをした。私の想いが伝わるように。
 上手く出来ただろうか? 顔はおかしいくらい熱くなるし、頭の中は真っ白だ。必死で取り繕った表情は上手く隠せているだろうか? きっと、私の人生で最初で最後のキス。ほんの一瞬だけど、私の唇には確かな熱さと甘さを残した。

「涼くん、私、帰らなくちゃいけない場所があるんだ……せっかく再会できたんだけど、ね」

 困惑する涼くんを置いてきぼりにしたまま、私は強引に話を切り出す。
 さっきから胸はうるさいくらいに高鳴っている。本当ならもう少しだけこの甘い雰囲気に浸っていたい。——でも、私には時間がない。だから、ちゃんと伝えたいんだ。

「でもね、必ずまた涼くんに会いにくるから。その時まで、さようならは言わないね」

 周囲の音が聞こえなくなる。その瞬間だけは時が止まったように。

「だから————ね」

 そう、だから私は————

 (続く)


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