コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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ユキノココロ【番外編更新中】
日時: 2016/11/06 23:15
名前: ゴマ猫 (ID: 4J23F72m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=33090

 初めまして、ゴマ猫です。
 
 コメディライトで3作目になりました。
 読んで下さった読者様のおかげで、本作は無事完結する事ができました。本当にありがとうございます!

 参照が10000を超えました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます!

 下の作品は過去に自分書いた作品です。
 もし興味があったら、コメントいただけると嬉しいです。

 コメントをいただいた作者様の作品は見に行くようにしています。ちゃんと作品見たいので、コメントを入れるのは遅くなる事もあります。


【日々の小さな幸せの見つけ方】1作目です。(1ページ目にリンクあります)

【俺と羊と彼女の3ヶ月】前回作品です。(リンクは上にあります)
 この作品は、2013年夏の小説大会で銀賞を頂きました。投票して下さった皆様、ありがとうございます!

【お客様】

 珠紀様 

 朔良様 

 華憐様

 八田きいち。様

 七海様

 夕衣様

 妖狐様

 由丸様

 杏月様

 オレンジ様

 いーあるりんす様

 はるた様

 アヤノ様

 蒼様

 あるま様

 てるてる522様

——あらすじ——

 高校2年生の冬、清川 準一(きよかわ じゅんいち)は、突如として深夜に自分の部屋にあらわれた不思議な女の子に出会う。彼女は準一の事を知っているようだったが、準一はまったく覚えがない。彼女の正体と目的とは……? それぞれの複雑に絡み合った運命の歯車がゆっくりと動き始めていく。

 〜お知らせ〜

 【短編集始めました】
 
 ここと同じ板で【気まぐれ短編集〜ブレイクタイム〜】というタイトルで書いています。基本的にストーリーはラブコメです。コメディが強いもの、ややシリアス要素が強いもの、色々な書き方で挑戦中です。
 タイトル通り、気まぐれに見ていただけたら嬉しいです。こちらからどうぞ。>>121




【目次】

 登場人物紹介(更新)
 >>18
 (こちらはネタバレを含みますので、ご注意下さい)

 プロローグ
 >>1

 始まりの場所
 >>8 >>13 >>14 >>15 >>21

 疑惑の幽霊
 >>26 >>27 >>28

 清川 準一【過去編】
 >>31 >>34 >>35

 ユキと渚
 >>36 >>39 >>40 >>41 >>42 >>47

 先輩
 >>51 >>52 >>59 >>63 >>67 

 揺れる心【綾瀬編】
 >>71 >>73

 疑問
 >>74 >>75 >>78 >>79 >>80 >>83
 >>84 >>85 >>88

 眠れぬ夜は
 >>89 >>90

 悪意と不思議な出来事
 >>91 >>94 >>95 >>96 >>99 >>100
 >>101 >>102 >>105

 ユキと紗織
 >>106 >>107 >>108 >>113

 それぞれの想い
 >>116 >>117 >>118 >>122 >>123
 >>124

 過去の想いと今の願い【ユキ編】
 >>130

 出せない答え
 >>131 >>134

 素直な気持ち【渚編】
 >>135

 大切な君のために今できる事
 >>140 >>141 >>144 >>147

 記憶【綾瀬編】
 >>157

 約束の時
 >>158 >>159 >>160 >>163

 すれ違う想い【渚編】
 >>164 >>165

 ユキノココロ
 >>166 >>167 >>168 >>171 >>174

 エピローグ
 >>176

 あとがき
 >>179

 【ちょっとオマケ劇場】

 〜あの日へ〜涼編
 >>184-191

 〜未来への帰り道〜ユキ編
 >>195-200 >>202-209 >>210-211

 〜彼奴と私〜芽生編
 >>212-215 >>218 >>221-222 >>223

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悪意と不思議な出来事【34】 ( No.96 )
日時: 2015/04/25 16:07
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)

 頬につたう冷たい感覚で意識が徐々に覚醒していく。体中が痛い。少し動かそうとするだけで、全身に激痛が走る。とくに右手と右足はひどい。体の内側からハンマーで勢いよく殴られるような痛みだ。
 それにしても、不思議な夢を見た。父さんが出てきて、妙にリアルだった。だがきっと、俺が心の奥底で願っているがゆえに見た夢であろう。気にする必要はない……はずだ。

「……清……くん」

 どこかで誰かの声が聞こえるが、今はそれどころではない。どれくらい眠ってしまってたのだろう? 早くバイトに行かなくてはまたマスターにどやされる。今日は誰が入ってたっけ? 忙しくなってなきゃいいけど。

「……清川くん!!」

「……せん、ぱい?」

 自分の名前を呼ばれる声に反応して重たい瞼を開くと、そこには綾瀬先輩の姿があった。俺を見下ろすようにして、瞳には大粒の涙をためていて、その雫が落ちて俺の頬をつたう。
 なんで先輩がこんな所に居るんだ? ————って! マズい!! さっきまで先輩を狙ってた奴らがいたわけで、こんな所に居たら!

「先輩! ここは危険ですから早く—— 」

「大丈夫ですよ。先ほどの方々は帰ってしまいましたから」

 先輩はその綺麗な瞳に一杯涙をためながらも、優しい笑顔でそう言う。一体何があったんだ? 

「それより、早く手当てをしましょう。清川くん、立てますか?」

「……すいません。ちょっと待って下さい」

 自ら飛び込んでいって情けない話しだが、全身が悲鳴をあげて立ち上がるには少々気合いを入れなくては無理そうだ。飛び込んだ時より今の方が痛い。きっとさっきは必死だったからそれを感じる暇がなかったのだろう。

「あぁ! 無理しないで下さい!」

 なんとか立ち上がるが、フラフラと体が右に左に揺れる。それを先輩が抱きかかえるように支えてくれた。

「……すいません」

「いいんです。清川くんは何も考えないで下さい」


 ***


 とりあえず、応急手当てをという事で、そのまま先輩の指示に従いながらやってきたのは先輩の家だった。方向音痴な先輩のはずだが、先程の神社にはよく行くらしく、迷うことはなかった。
 本当なら先輩に迷惑をかけたくなかったのだが、すでに夜遅く、病院が開いているわけもないのであそこから一番近くの先輩の家に行く事になったのだ。幸いにも骨に異常はないみたいなので、おそらく打撲と捻挫ぐらいと思われる。しかし、素人判断では危ないので明日あらためて病院に行く予定だ。

「こんな遅くに、ご家族が迷惑しませんか?」

 高層マンションのエレベーターの中で先輩に問いかける。幼なじみで、相手の親にも面識がある渚ならともかく、見ず知らずの男が夜遅く訪ねてきたらさぞかし困惑する事だろう。

「私の家に両親は居ません」

「……それは……すいません。立ち入った事を聞いてしまいました」

 俺が頭を下げると、先輩はゆっくりと首を横に振る。

「いいえ、両親は離れて暮らしているんです。私のワガママでここの部屋を借りさせてもらっているんだけで」

「そうですか」

 俺の境遇と似ている。
 俺の場合はほぼ飛び出してきたようなもので、『ワガママ』なんてかわいいものではないが。実を言うと、あそこの部屋を借りられたのには訳がある。あそこの大家さんは父さんの知り合いで、息子である俺が理由を話すと、快諾してくれた。そうでなければ、学生の俺に部屋など貸してくれるはずはない。

「……清川くん? 部屋散らかってますけど、あまり気にしないでくれると嬉しいです……」

「……はい、大丈夫ですよ」

 先輩は、俯きながら恥ずかしそうにそんな事を言う。こんな時に不謹慎かとは思うが、清楚な外見と裏腹に、たまに子どもっぽい仕草もする先輩を見ると不覚にもドキッとしてしまう。
 それはさておき、先輩に言われるまでもなく、あまり部屋をジロジロと見るのは失礼というものだろう。先輩としても本来なら俺を家にあげるのは不本意だろうしな。

「……清川くん?」

「あぁ、すいません。傷の手当てが済んだら出ていきますから安心して下さい」

「ダメです!」

 不意に強い言葉で止められる。……先輩がこんなに強く言うなんて珍しい。一体どうしたというんだ?
俺が驚いた顔をすると、先輩は申し訳なさそうな表情になる。

「……す、すいません。で、でも! 清川くんは、今日はここに泊まって……いく……べ、べき……だと」

 頬を赤くしながら最後の方になるにつれ、声がだんだんと小さくなっていく先輩。
 ——さすがにそれはマズい。確かにこの状態で動き回るのはしんどいが、これ以上先輩に迷惑をかける訳にはいかないだろう。

「いえ、これ以上先輩に迷惑をかける訳には——」

「迷惑じゃありません! ……そ、その、なんで清川くんが怪我をしたか、私知ってますから」

 ————へっ?
 今の俺の顔はおそらく相当なマヌケ面をしている事だろう。疑問が次から次へと浮かんでくる。

「……お参り、しにいったんです。そ、そしたら、清川くんの声が聞こえてきて……そ、その、私の事、あ、ああ、愛してる……とか」

「…………」

 ————死にたい。
 今すぐここで腹を切って切腹したい衝動に駆られる。相手の注意をひくためとはいえ……あんな、あんな恥ずかしいセリフを、しかも、よりによって本人に聞かれてたなんて!!

「……誤解がないように言っておきますが、あれは——」

「わかってます。清川くんが本気ではないことは 。……そ、それに、たとえ、嘘でも嬉しかったですから」

 先輩はそう言うと、柔らかで優しい笑みを浮かべる。……そんな嬉しそうに言われたら、相手を勘違いさせてしまいますよ、先輩。そう言おうとして、言葉は口から出てこなかった。


Re: ユキノココロ【お知らせ】 ( No.97 )
日時: 2014/07/03 21:05
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

 こんばんは、朔良です。

 ああもう綾瀬先輩が可愛すぎる……!
 あんな可愛い小動物みたいな女の子滅多に見かけませんよ//

 清楚で大人だけども、時に見せる子供らしい可愛い表情……準一君だけではなく、私もキュンとしてしまいます(>_<)

 本気じゃないと思いながらも「嬉しかった」だなんて、なんて可愛いのでしょうか!
 男の子の気持ちはよく分かりませんが、こんな人が学校にいたらそれは好きになってしまいますよね(^_^;)

 綾瀬先輩の部屋での展開、すごく期待しています!

 更新頑張って下さい!

Re: ユキノココロ【お知らせ】 ( No.98 )
日時: 2014/07/04 22:43
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /yMGlo86)


朔良さん

コメントありがとうございます(^^ )
キュンとしていただけたとは、嬉しいかぎりです!

実際に、こういう性格の人は貴重なんじゃないかなぁって思います。
男の子的にはどうなんですかね? でも確かに、実際に綾瀬先輩みたいな人が学校にいたら、人気は凄そうな気もしますね(^_^)
予想すると、良いなと思いながら近づけず終わっていくパターンなのかなとも思います。

おぉ! す、凄く期待されていますね∑(OωO; )
期待に応えられるような出来に仕上げられるよう、頑張ります!! 

コメントありがとうございました(^^ )


悪意と不思議な出来事【35】 ( No.99 )
日時: 2015/04/25 16:09
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)

 部屋に入った瞬間、ふわりと香る甘い匂い。だがその甘い香りが主張し過ぎず、なんとも心地いい感覚だ。

「……清川くん?」

「——と、すいません。では、お邪魔します」

 俺が玄関で止まっていたため、先輩に心配そうな目で見つめられてしまった。
 やはり、女の子の部屋に入るなんて緊張してしまう。渚は、昔からの付き合いのせいか、あまり気にならないんだけどな。それに、さっき先輩に言われた言葉が、頭の中で反芻していて、どうにも落ち着かない。さっきの先輩の言葉は、冗談……だよな?

「どうぞ、散らかっていて恥ずかしいのですが」

「…………」

 玄関から一直線に歩いていくと、リビングに着いた。俺が想像していた先輩のイメージ通り、部屋は白を基調とした落ち着いた雰囲気だった。家具なんかも、シックな木目調の家具で統一されていて、その性格が表れているようだ。——それにしても、どこが散らかっているんだ? 見た感じ、どこを見ても綺麗なんだが。あと広すぎだ。リビングだけで、軽く俺のアパートの部屋の二倍以上はある。

「散らかっているどころか、すごく綺麗ですが」

「……い、いえ、この辺とか、少し」

 そう言って、先輩は部屋の隅に数冊置かれた文庫本を指差した。……いやいや、これで部屋が散らかってますね。とか言うやつは、テレビや漫画に出てくる小姑くらいだ。部屋の隅の壁に指をなぞらせて、その指に付いた埃を、フッとかやるレベルだ。この間、俺の部屋に来た時はさぞ散らかっていると思ったに違いない。

「それは、散らかっているとは言いません。それが散らかっていると言うなら、俺の部屋は夢の島になってしまいます」

「そ、そんな! 清川くんのお部屋は、とても綺麗でした! むしろ、その……落ち着くと、言いますか……その」

 先輩は、頬を染めながらそう言う。
 最後の方は、ほぼ呟くように言っていたけど、他人の部屋は気にならないんだろうか。ってか、今日の先輩ちょっと変だ。そんな表情をしながら、そんな事を言われると、本気で勘違いしそうになる。
 ——と、やめよう。そんな万が一にも想像できない事は。我ながら虚しくなる。

「あぁ〜、と。さっそくで申し訳ないのですが、絆創膏とかありますか?」

 変な空気を変えるために、話題をチェンジ。いや、むしろこっちが本題なんだけど。

「す、すいません! 今持ってきますね」

 先輩は、慌てたように奥の部屋へと走っていった。——ふぅ、何やってんだ俺。



 ***



「……いっつつ」

「染みますか? もう少しですから」

 脱脂綿に染み込ませた消毒液が、切り傷に染みる。冬だったから、肌の露出が少なくて良かった。これが夏ならば、全身切り傷パレードだ。

「お手数かけます」

 手当てくらい自分でやると言ったのだが、先輩は頑として聞き入れてくれなかった。さっきから先輩の顔が近い。肩より少し長い綺麗なセミロングの黒髪が、動くたびに揺れる。大人びた印象なのに、幼さを残した顔立ち、透き通るように綺麗な瞳は、比喩ではなく見つめ続けていたら吸い込まれそうだ。——なんかこう、別の事考えてないと、おかしくなる。

「……清川くん? 顔が赤いですよ? ……もしかして、熱ですか!?」

「ち、違います!」

 ——俺がそう言った次の瞬間、先輩が俺の額に自分の額をくっつけてきた。な、な、なんて熱の測り方するんだ。もっと別の方法あるよね? 
 お互いの顔が至近距離にあって、少し動けば唇が触れてしまいそうで、頭の中がまっ白になる。

「……ん〜、やっぱり少し熱があるかもしれません」

「…………」

 至近距離で展開中の先輩の顔は、とてつもない破壊力で、俺の心をかき乱すには有り余るくらいの威力だ。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先輩は俺の額に自分の額をくっつけたまま、「うーん」と唸っている。
 これは、拷問なのか? それとも、神様が俺を試しているんだろうか? どっちにしても、このままじゃ俺の精神がもたない。

「せ、先輩。ち、近いです」

「へっ? …………ふぁ!?」 

 やっと自分のしてる事を理解してくれたのか、先輩は勢いよく後ろに距離取る。あ、危なかった。あのままの状態が続いたら、さすがに理性がやばい。

「……あ、あの、す、すいません」

「……い、いえ。でも、先輩、さすがに無防備すぎです。俺じゃなかったら、その……危なかったというか」

 色々と自分の魅力を自覚してほしい。でないと、俺が死ぬ。

「……大丈夫です。清川くんは、そんな事はしません。それに、清川くんをその気にさせるほどの魅力も私にはありませんから」

 先輩は少し寂しそうに、俯きながらそんな事を言う。……何を言ってるんだこの人は。大体、先輩に魅力がなかったらこんなに——

「俺を信頼してくれるのは嬉しいです。でも、先輩は充分に魅力的です。だからこそ、気をつけてほしいと——」

 つい熱が入ってしまったせいか、先輩の両肩を掴んで真剣に言ってしまう。

「……き、清川くんは、相手が、わ、私でも、その気になりますか?」

「当たり前です、俺だって男ですから。でも、気がない男にそんな事をしちゃダメです」

 俺がそう言うと、先輩は眉根を寄せて、少し不機嫌な表情に変わる。

「……心外です。私は好きでもない人にそんな事はしません」

「…………」

 待て、待て待て。
 それって、つまり——いや、考えすぎだ。感情的になるな、清川 準一。うるさいくらいに高鳴る鼓動を強引に鎮めて、今の言葉は言い間違いだと頭に言い聞かせる。

「……き、清川くん……」

 いつの間にか縮まっていた、俺と先輩の距離。
 不安げに揺れながら潤んだ瞳は、とても綺麗で、金縛りのようにそこから動く事ができない。今度こそ俺の頭は、何も考えられないくらいに、白で埋め尽くされていくのだった。

悪意と不思議な出来事【36】 ( No.100 )
日時: 2014/10/05 22:11
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 2CRfeSIt)

 この広い部屋の中に、時計が時を刻む音だけが静かに鳴り響いている。それは永遠なのではないかと感じるように、ほんの数秒のはずなのに、おそらく俺の人生の中でもっとも長い時間だった。

「……と、とにかく、少し落ち着いてください」

 既にゼロ距離になっていた先輩の肩に、手を置いてやんわりと距離を取ろうとする。

「い、嫌です……今離れてしまったら、清川くんは、もう二度と私と会ってくれないかもしれません。……そんなのは、嫌です」

 先輩は俯きながら、少し拗ねたように唇を尖らせて、俺の服の裾をギュッと掴んでくる。やっとの事で絞り出した言葉さえ、そんな表情の前では、俺の理性が簡単に崩壊させられてしまいそうになってしまう。
——でも、このまま勢いに流されるのはダメだ。

「先輩、俺は——」

 ——ガチャン

 意を決して、次の言葉を紡ぎ出そうとした瞬間、俺の右手首に違和感が走った。視線をやると、鈍く光る銀色の輪。よくテレビなどでは見るが、実際に目にするのは初めてだ。……って、手錠?

「……せ、先輩? これはなんですか?」

「……て、手錠です」

 うん、知ってました。ですよね。

「そうではなくてですね、なぜ、俺の手にかけられてるのかが、知りたいんですが」

「……き、清川くんが、逃げてしまわないようにです」

「…………はい?」

 ちょっと待て、落ち着こう俺。
 さっきまでの俺は、とても大事な事を言おうとしていた。その途中で、右手首に違和感、確認すると手錠。どうやら、もう片方の輪は先輩の手首にかけられている。なに、もしかして俺、無意識に何が起こるかわからない不思議呪文でも唱えたのか? 

「い、意味がわからないんですが?」

「そのままの意味です。清川くんに離れてほしくないから、て、手錠をかけました」

 ……なるほど。俺に手錠をかけておけば、逃げられる心配がなくなる。なかなか面白い発想だよな——って、んな訳あるか。 

「先輩、はずしてください」

「い、嫌です」

「鍵、持ってますよね? 貸してください」

 俺は、淡々とした口調のまま、先輩に詰め寄る。だが先輩は、俯いたまま俺の顔を見ようとしない。
 どうしたもんか。このまま押し問答を続けてもキリがない。どうやら手錠といっても本物ではなく、パーティーなどで使うジョークグッズのようだ。(鍵穴が付いているタイプだが)材質はプラスチックだし、少々手荒だが、叩き壊す事もできなくはない。ただ、2つほど問題がある。1つは、そんな事をして、先輩を怖がらせたり、傷つけたくないという事。2つ目は、俺の右手は負傷中であり、正直なところ破壊するほどの衝撃を与えたら、俺が悶絶するような痛みがもれなく返ってくるという事。(もちろん、ニッパーやペンチがあれば容易いが、どこにあるかわからないし、この状態では探せないだろう)以上のような事から、ここはなるべく穏便に先輩から鍵をもらうのが最善かと思う。

「先輩」

「……い、嫌です。鍵をはずしたら、清川くんは二度と私に話しかけてくれません」

 鍵を渡して下さいと、促すように視線を送るが、先輩は俯いたまま、子どものように拗ねた口調で拒否をする。どうしたものかと考えていると、ポケットに入れてある携帯が振動した。ちなみに、俺の携帯は通話とメールだけができる簡素な物で、たまに時代を逆行しているんじゃないかと言われる事もある。

「……げっ」

「どうしました?」

 着信のディスプレイを見て、大事な事をすっかり失念していたと気づく。
 ——そう、バイトの事すっかり頭から抜け落ちていた。遅れると連絡はしたものの、休むとは当然伝えてないわけで……つまり、時間になっても来ないから電話がかかってきた、と。しかも、電話の相手はマスターではなく、渚。でない訳にいかないので、通話ボタンを押して携帯を耳に近づける。

「もしもし」

『あっ、やっとでた。準一、今どこに居るの? 時間になっても来ないから、マスター心配してるよ』

「……すまん。それが、その、なんていうか、説明しにくいんだが」

 どうやって説明したもんか、手紙のあれこれはいいとして、今先輩の家に居るとか言いにくい。

『どうしたの? なんかあった?』

「いや、お店はどんな感じだ? 忙しいか?」

『ううん、今日は芽生ちゃんも手伝ってくれてるし。って、準一質問に答えてない』

 芽生ちゃんって誰だ? あそこのバイトにそんな名前のやついたっけ? とにかく、また渚に変な誤解をされたら俺が困る。ここは、なるべく丁寧な説明を心がけたい。

「あぁ、悪い。とにかく、店に行くよ。説明はそれか、ら!?」

 通話してるすぐ横で、先輩が俺の携帯に耳をくっつけて会話を聞いている。何してんだ、この人は。ってか、近い近い。

『どうしたの?』

「いや、なんでもない。とりあえず今から行くから、マスターにも伝えてもらえるとありがたい」

『うん、わかった』

 通話終了ボタンを押して、俺は先輩に向き直る。

「先輩、何してるんですか?」

「……準一くんが、お店に行くって言うから気になったんです」

 俯きながら唇を尖らせる、そんな仕草が妙に子どもっぽい。はぁ、本当にどうしたもんか。

「……先輩、俺はこれからバイト先に行かなくちゃいけなくなったので、これをはずしてもらえますか?」

「……はずして用が済んだら、また戻ってきてくれますか?」

 正直なところ、戻ってきたくはない。何が悲しくて、手錠をかけられに戻ってこなければいけないんだ。俺にはそういう趣味はない。しかし、傷の手当てをしてもらった訳だし、何より、「うん」と言わなければ、解放してくれそうにない。
 それに、今の先輩はきっと混乱しているだけだ……と信じたい。

「わかりました。戻ってきますので、はずしてください」

「……ぜ、絶対ですよ? 約束ですからね」

 先輩は、おそるおそるといった感じで、俺の手錠をはずしてくれた。痛む足を引きずりながら、俺はそのまま玄関へと向かった。



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