コメディ・ライト小説(新)
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- Lunatic Mellow Mellow
- 日時: 2021/04/21 23:44
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: vQ7cfuks)
あの美しい月は、人の心を狂わすのです。
* * *
半年以上小説を書いてなかったのでリハビリを兼ねて。
最初から >>001-
ぷろろーぐ「 愛を殺したい 」>>001
mellow001「 夏は君の匂いがする 」>>004 >>005 >>006 >>007 >>008
mellow002「 優しく騙して、甘い嘘で 」>>012 >>013 >>014
mellow003「 忘れないで、夏の嘘 」>>015 >>016 >>017 >>018 >>019
mellow004「」
mellow005「」
mellow006「」
mellow007「」
登場人物
□篠宮藍
■香坂飛鷹
■茅野咲良
□三原あんず
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.19 )
- 日時: 2020/07/31 23:29
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
嘘の記憶を植え付けた。丁寧に、絶対にばれないように。
もう二度と君を失わないために。
■
すべてうまくいっているはずだった。彼が芸能界を引退するまでは。
ネットニュースの大きな見出しに私は唖然とした。思わず手に持ったスマホを落としてしまうくらいには動揺していたのだろう。連絡をとろうにも私は彼の連絡先を知らないし、そもそもどう話しかければいいのかもわからなかった。
藍は香坂さんのことをまだ思い出さないし、このほうが都合がいいのかもしれない。私は全力でかぶりを振って、決心する。私はこの嘘をつきとおさなければいけない。
二年後、咲良くんが自殺するまでは。
「咲良、が死んじゃったよ」
震える藍の声を電話越しで聞いて、嫌な予感が、背筋が凍り付くような感覚が、あの日のことがフラッシュバックした。
駆けつけた時にはもう遅かった。彼女はまたあの日のように死のうとしていたのだ。ずっと茅野咲良の訃報が流れるニュースが流れている部屋。窓一つ空いてない、室内の温度は三十五度を軽く超えていた。彼女は死んだように眠っていた。
幸いまだ軽度の熱中症のような症状だったから良かったものの、そこからはまた地獄だった。彼女はほんのちょっと放っておくとすぐに腕を切ろうとしたり階段から飛び降りようとする。何度注意しても聞いてくれなかった。
「咲良のいない世界で生きてる意味なんてないじゃん」
知ってた。彼女は誰かに依存しないと生きていけない人間なのだと。だから、二年前のあの日、香坂飛鷹に捨てられるかもしれないと思って死のうとしたんだ。その原因さえ切り離してしまえば、またいつもの藍に戻ってくれると思っていた。でも、それは私の願望だった。
「お願い、死なないで」
「私はなんのために、嘘をついたの」
「助けてよ。藍を誰か止めてよ」
自業自得だ、そんなの分かってる。
私は歪んでる藍自信をどうにか変えなきゃいけない場面で、ずるをして周りの環境を変えてしまったから。だから、こうなった。
いつかこうなっちゃうこと、わかっていたのに。
芸能界の関係者で行われた茅野咲良のお別れ会で、私は一人の男と再会した。二年ぶりの再会だった。
気づいたのは向こうから。肩をとんとんと叩かれて、彼はにこりと微笑んで「お久しぶりです」と、一言。私の全身がざわざわと騒めき立った。
「……お、ひさし、ぶりです」
「すみません、藍にはもう会うつもりはなかったんですけど、咲良と最後に会えるのがもうここしかなくて。でも、藍は、いないみたいですね」
「あの子、咲良が死んだショックですぐに死のうとするから、今は病院で隔離してもらってるんです」
「……そうなんですね」
相変わらず香坂さんの表情は読めなくて、少し怖かった。私のことを恨んでいてもおかしくないのに、彼の表情は穏やかで優しかった。
「……ひとつ、聞きたいことがあるんですけど」
「何ですか」
「どうしてlunaticを脱退したんですか。私が藍に近づくなって言ったからですか?」
私の質問に、香坂さんはぱちくりと目を見開いた後、何が可笑しいのか軽く口角をあげて笑った。
「そんなこと気にしてたんですね」香坂さんの声は、やっぱり優しい声だった。
「藍のこと、好きですよ。あなたが前に俺に質問したときと、俺の気持ちは何一つ変わらない。あの子を愛してます。だけど、俺はあのとき、藍の気持ちを蔑ろにしてしまったから。なんて答えればよかったんですかね、あのとき、俺は」
あの日、藍が私に電話をかけてきた日。
それより前に彼女は香坂さんと連絡を取っていて、
忙しくて会えない香坂さんにこう聞いた。
私よりも、やっぱりお仕事のほうが大事ですか?
自分自身でも言っていた「面倒くさい女」の典型的な台詞。
でも、あの日香坂さんは、こう答えていた。
「そんなの、藍のほうが大事だよ。今日仕事終わったら必ず連絡するから。会おう」
藍はその言葉に「ありがとう」と返したらしい。何一つ、彼女が死を選ぶはずのない返答だった。それなのに、
「どうすればよかったんでしょう」
「そんなの俺もわからないよ。藍は俺たちとはちょっとだけ考え方が違うから」
「私はあの子が死のうとするたび、怖くて怖くて仕方ないんです」
「それは、あなたがそれだけ藍のことを大事に思っている証ですよ」
「でも、藍を救えるのは私じゃないから」
最低な私は、また最低な提案をした。
この時にはもう私はしばらくの海外出張が決まっていたため、彼に藍の見張りを頼んだ。どうか、彼女が死なないように。
記憶が戻ってもいいから、だから。
藍を助けてください。
弱くて情けなくて恥ずかしかった。香坂さんは「俺でよければ」と涙でぐしゃぐしゃになった私の頭を撫でて笑った。
地面を踏みしめる足が、ぐわんぐわんと揺れる。ずっと私は、間違っていたことに気づいていたのに。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.20 )
- 日時: 2020/08/04 22:19
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
mellow004「 君が本当に大嫌いなんだ 」
あんずが額を地面にこすりつけて謝る。
壊れた玩具みたいだった。繰り返し「ごめんなさい」と口から毒素を漏らし続ける。もう一生綺麗にはなれないのに。
花瓶の花が枯れていた。水分を吸いきって、喉がカラカラになって死んでいったのだ。
過呼吸みたいに、息を吸うのも苦しくなったのか、あんずは涙でぐちゃぐちゃの顔でじっとこちらを見た。私はどんな表情をすればいいのか、わからなかった。
「何が正解なんだろうね」
部屋に夏の匂いを閉じ込めて、吐き出したかった過去を全部ぶちまけて、それが許されることでハッピーエンドなのでしょうか。
汚い感情を誰にも知られたくなくて、必死に隠したんだ。どこに隠せばいい。誰にもばれないように、簡単には見つけられない場所。
私は、本心を誰にも気づかれたくなかった。
「私はあんずが思う通りの人間なんだと思うよ。きっと」
依存しなきゃ生きていけない。誰かのために、そう思わないと自分に生きる価値を見いだせなかった。
「私はその当時のことを何一つとしてちゃんと覚えてないから、だからそのときの私が何を考えていたのか分からないけれど、きっと、私が飛鷹さんに求めてた答えは」
■
呼び出し音が三回なって、ぷつっと音がしたと思うと、聞きなじみのある優しい声が私の耳を擽った。
「久しぶり」と、一言。何もなかったかのように。ここ一週間で二、三十回も電話をかけてきていたのに、心配なんてしてなかったよというニュアンスで彼は電話越しで笑った。
「……私たち、本当に付き合ってたんですね」
「三原さんが吐いちゃった?」
「覚えてないって残酷ですよね」
「さあ、俺はもう仕方ないなって割り切っちゃってるから。藍ちゃんがそう思うなら、それでいいんじゃないかな」
「じゃあ、飛鷹さんは私が求めていた答え、もう分かってるんですか」
捲ったカレンダーを裸足で踏みつぶす。もう、この時間は戻ってこないから。
飛鷹さんは少しの沈黙の後、そうだね、と軽く相槌をうって言葉を連ねた。
「藍はハッピーエンドが必ずしも最高の結末だとは思っていなかった。結婚イコール幸せとも絶対に思わない。そういう子だったよ」
「質問にちゃんと答えてください」
「ははっ、ごめんね。でも君は何も答えを求めてなかったから」
断片的な記憶が、少しずつ彼の笑顔を見て蘇っていく。
パズルのピースが、綺麗にはまる。
それはたぶん、思い出したくない私の過去のお話。
「篠宮藍は死ぬほど俺のことがきらいだったからね」
飛鷹さんが私の顔を見て悲しそうにくしゃりと笑う。
私は彼の表情が直視できなくて、思わず顔を伏せた。
記憶が戻っても、私はあの日の篠宮藍の気持ちが何一つわからない。もう、あの人は他人だから。私じゃない。あんな、最低なことを言う人間、私じゃない。あんな、酷い、
「思い通りに物事が進んで藍はきっと喜んでると思ってた。君のそれも「忘れたふり」だと、ちょっとだけ思っちゃったよ」
私は何も言えなかった。
思い出す。まるで草を歯で磨り潰してごくんと飲み込むみたいに、不味くて不味くて今にも吐き出しそう。
私は、答えを見つけられずにいる。
篠宮藍という人間の、本当の真意に。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.21 )
- 日時: 2020/08/07 00:23
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
好きだよ、それはあの子にとって呪いの言葉。
□
「死ねばいいのに」
第一印象は、綺麗な子。
そして、吐き捨てられたその言葉に、蔑むように見下ろされたその瞳に、俺はぞくぞくした。整った顔が引きつるように笑みを浮かべ、俺の頭を掴んだ。
「私から咲良を奪う奴はみんな死んじゃえばいい」
その日、すべてがクラッシュした。
他の人間から聞いていた篠宮藍という人間が、いま目の前にいるこの女性と同一人物だとは思えない。誰も教えてくれなかった。いや、誰も知らなかったのだろう。
篠宮藍の異常な本質を。
***
俺が小学生の時に母親が知らない間に某アイドル事務所に履歴書を送ったらしい。それが俺がアイドルになったきっかけ。
それが事務所の社長の目に留まったみたいで、半年もしないうちに俺は当時入所していた別の男の子とユニットを組まされた。そして、高校生になるときにはメジャーデビュー。CDの売れ行きも良かったみたいで、バラエティや音楽番組に引っ張りだこになり、俺はいつの間にか大人に操られるがままに動いている人形になっていた。
笑ってと言われれば笑う、泣いてと言われれば泣く。それが求められていることならば、正解はそう。二十歳になるころには感情というものが少し欠落しているのか、すべてのことに対して「どうでもいい」と思うようになっていた。
「お前さ、それでいいのか」
一つ年上の俺の相方はいつも俺のことを心配してくれていた。
鬱陶しいくらいに何度も俺に話しかけてきて、気持ちが悪いくらいに俺に気を遣う。そこまでされる理由もわからないし、わかろうともしなかった。
「俺さ、このままじゃ良くねえ気がするんだ」
二十一になるほんの少し前に、相方は大事な話があると俺を呼び出した。そこは彼の行きつけの居酒屋で、慣れたように彼は生ビールを注文した。お前は、と聞かれ俺は無言で首を振った。
「良くないって何が。なんかした、俺」
「そうじゃないよ。だってさ、このままお前アイドル続けてても幸せになれない気がするじゃん」
「別に俺は楽しいけど。お前は俺とやってて楽しくないわけ?」
「いや、そういう話じゃねえんだよ」
口ごもる相方はため息を一つついて、ジョッキを勢いよく口元にもっていった。喉がごくんと音を立てて、彼はビールを飲み干した。
「いや、まあそうなのかもしれねえな」
飲み干したあとの彼の言動は少しおかしかった。
さっきまでの強気な態度が豹変して、しおらしくなったというか弱気になったというか。
「俺さ、怖いんだよ。いつかお前に捨てられるのが」
彼は笑ってそういった。今にも泣きそうなそんな笑顔で。
俺は「そんなこと言わないよ」と言ったけど、彼は嘘だと言ってきかなかった。
「お前の幸せはたぶんこのまま俺と続けていっても手に入らない。だってお前が求めているものは、」
彼が解散の話を切り出すのは、その言葉を聞く前から薄々気づいていた。そして、俺はずっとそれをどうやって濁すかこの時間ずっと考えていたけれど、やっぱり上手くいかなかった。
「お前が幸せになれねえのは、よくねえや」もう酔っぱらっているのか彼はヘナヘナと笑って、そのあと泣き上戸の上に絡み酒になって、飲みが終わるころには深い眠りについていた。
「どうしたらよかったんすかね。俺」
彼の言葉は間違ってなかった。だから、俺は「嫌」と言えなかった。
言われたことを言われた通りにやるマニュアル人間、大人たちの操り人形、このままで俺は幸せになれるのだろうか、そう考えたこともあった。それでも俺はこの人の隣で頑張っていきたかったのに。
言わなかった。自分の本当の気持ちを。
だって、それが正解なのか誰も教えてくれないから。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.22 )
- 日時: 2020/08/22 23:26
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: d6rzi/Ua)
二十歳まで組んでいた相方とのユニットが解散したあと、俺は事務所の手伝いをちょこちょこやりながら生活をしていた。相方は事務所をやめることになったらしく、芸能活動自体も終了すると事務所の社長に教えられた。詳しく理由を聞こうとして、退所する日に引き留めると彼は笑って言った。「俺さ、実はパン屋になりたいんだよね」半分くらいは冗談だと思う。彼は笑って「見せできたら教えるから、買いに来いよ。常連になってもいいぜ」とそう言い残して去っていった。
今までの人生で出会った人の中でダントツにすごい人だったんだなと、そのとき俺は納得した。
二十一歳の夏、シングルマザーだった母親に結婚を考えているという恋人ができたらしい。何回か一緒に食事をしたけれど、あまり良い印象を抱かなかった。根っからの女たらし、というか女性が喜びそうなことを言うことが得意な人だな、と。最初は新手の結婚詐欺かと思って疑ったけれど、彼に息子がいることを知って、その考えは捨てた。
高校生になったばかりの息子。是非次に機会があったら会ってほしいと彼に言われて、俺は母さんの顔色を窺いながら頷いた。
「初めまして、茅野咲良です」
綺麗な顔立ちの当時高校一年生の茅野咲良に出会ったのは、それがきっかけ。
□
「俺、アストラがめちゃくちゃ好きだったんです」
「え、ああ、ありがとう。嬉しいよ」
「今は一緒に暮らしてないんですけど、俺ひとり姉がいて、昔一緒にいった夏祭りでアストラが歌ってたのを見てすげえファンになって、一緒にライブとか行ったりしてたんです」
「へえ、そうなんだ」
母親も咲良の父親も俺たちが少しでも話せるようにと席を外したのだろう。すぐ戻る、と言ったっきり戻ってくる気配がない。
アストラ、というのはアイドルとして活動していた時のユニット名で、彼はいわゆるファンの中でも古参みたいだった。
「飛鷹さんは、反対ですか」
「……え、何が」
「再婚です。俺の父親と飛鷹さんのお母さんの」
「……あ、えっと、まだ実感なくて」
話している途中に割と本題をぶっこまれて俺は少し言葉を失ってしまった。高校生の少年とは思えないほど、咲良は落ち着いていて冷静で、とても大人びていた。
「俺、あんまり父親のことをお勧めできないんですよね。うちの親が離婚した原因も原因なんで」
乾いた笑い声が小さく響く。気まずくなったのか、咲良は大きくため息をついて、ぎゅっと唇を噛んだ。
「それでも、飛鷹さんのお母さんはあの人がいいって言ってくれてるので。俺はもう、何も言えないです。はは」
咲良の視線を追うと、窓の外の母親と咲良の父親の姿が見えた。仲睦まじそうなその様子に、俺は自分の気持ちが良くわからなくなった。
別に再婚に反対することはないと思う。自分ももう大人だし、母親がようやく幸せになれると思うとそりゃ嬉しい。だけど、
「浮気とか、するタイプの人なんですか?」
「そうですね。一人の女性とずっと続くとは思えないです」
「俺の母さんは幸せにはなれないのかな」
「幸せにはなると思いますよ。でも、それが永遠じゃないだけ」
咲良が俺の瞳をじいと見る。
冷たい、初めて見る彼の深い闇だったのかもしれない。
「ひと時の幸せに甘んじるなら、それが夢だと思い込んで、永遠に「嘘」を見破っちゃだめなんです」
あの日の咲良の言葉の意味が良くわからなくて、聞き返しても彼は笑うだけだった。
そこから一年もしないうちに俺たちの両親が再婚し、咲良は俺の弟になった。でも、もう俺は成人して家も出ているからほとんど関係のない話だったし、結婚と言っても事実婚みたいなもので籍を入れたわけじゃないため、大きく何かが変わるということはなかった。
lunaticの結成はそれから暫くして。
前に会った時よりまた身長の伸びた咲良に、お久しぶりですと声をかけられて、何か胸の奥がぞわっとしたことだけ覚えている。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.23 )
- 日時: 2020/08/30 01:32
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: d6rzi/Ua)
「なんで、いるの?」
最後に会ったのはちょうど両親が再婚すると決まったときにどうしても四人で食事がしたいと母親にせがまれた三か月前。たった三か月の間にもぱっと見で伸びたとわかるぐらいの成長に俺は驚きと戸惑いを隠せなかった。
「あれ、お義父さんから聞いてませんか? 俺もずっとアイドルになりたくて高校生になるタイミングで事務所に所属できるようになって」
「へえ、何も聞いてないや」
「そういや、俺も言ってませんでしたね。すみません」
へらっと咲良は笑って謝る。
彼の話からすると俺と初めて会ったときからもうすでに事務所に入っていて、彼とはもしかしたら。
「……あの日、もしかして初対面じゃなかった?」
「ああ、まあそうですね。一回入りたての頃ぐらいにご挨拶させていただきましたね」
「ごめん、覚えたなかった。俺、初めましてって言ったよなあの時」
「いえ、俺も何も言いませんでしたし」
敢えてなのか、偶然なのか、咲良と再会を果たしたタイミングで俺は事務所の新しいプロジェクトの一員に無理やり入れ込まれることが決定していた。アストラが解散してからずっと逃げ回っていたのに痺れを切らした社長が俺の足をとうとう掴んだ。
「お前をリーダーに新しくユニットをデビューさせようと思ってる」
呼び出された社長室。俺のうしろに三人の少年たちがいて、すぐに俺は察した。俺が任された仕事は「お守り」未来のある若者を伸ばすための話題作りに過ぎない。
だけど、俺は文句を言える立場ではなかったし、その場では「はい」と頷くことしかできなかった。
新しいユニットの名前は「lunatic」
美しい月ほど、人の心を惑わせる。
■
「何見てんですか、飛鷹さん」
スマホにイヤホンをさして動画を見ていると、覗くように隣から咲良が覗いてくる。右耳のイヤホンを外して彼の顔を見ると、冷ややかなじめっとした視線が送られていた。
「はあ、またその評判みてるんですか。エゴサ大好き人間ですか」
「お前は意外と辛辣だな」
「飛鷹さんはそれ見てどう思ってるんですか。悔しいーとか、そんな感情あるんですか」
はあ、と咲良が溜息をつく。ダンスレッスンの休憩中に、俺は一人でlunaticのライブの映像を見ていた。それも違法にアップロードされたライブ映像。視聴回数は五十万回を超えていて、事務所にばれているのかは分からないが一か月を過ぎようとしていたがまだ削除されていなかった。ぽつぽつとついたコメント欄に書かれた文字列に俺は一喜一憂してしまう。アストラで活動していたときは、こんなこと一切しなかったのに。
「思うよ。悔しい、とかさ。俺はお前らがもっと評価されてほしいってずっと思ってる」
「これなんてグループ? 飛鷹くんいるじゃん」
「なにこれアストラ? あれでも四人いるし違うか」
「飛鷹くんが飛びぬけてカッコいいし歌もダンスもうまい」
「ひーくん久々に見れて嬉しみ。だけど他三人ちょっとな、知らない」
「アストラ解散したのにまだいんだ、こいつ」
コメント欄は基本俺の話かアストラの話。
結局俺はアストラの香坂飛鷹以外の何物にもなれない。
「お前らボイトレもダンスレッスンも頑張って上手くなったのにな。なんでこんなしょうもないことばっか言われてんだろ」
「……」
動画の停止ボタンを押して、俺はかぶりを振った。
もうすぐレッスン再開の時間が近づいていて、近くに置いていたスポーツドリンクを一気飲みしてゆっくり立ち上がる。隣で座ったままの咲良に行かないのか、と聞くと無言で立ち上がった。
「飛鷹さんって意外に馬鹿ですよね」
「……お前、ほんと辛辣だな」
咲良がにこりと笑う。目はやっぱり笑っていなかった。
彼の笑みは少し歪で、ほんの少し怖い。
何を考えているか分からないから。
咲良は靴紐を結びなおして、俺の背中をぐいぐいと押した。
「じゃあ、レッスン行きましょう」
「……わかったから押すな」
茅野咲良に何かコンプレックスがあるのは、最初から分かっていた。だけど、その正体がなになのか最後まで分からなかった。だから、俺は彼を助けられなかったのだと思う。
でも一つだけ、わかることがある。歪んでるのがそっくりだ。
あの姉と。