コメディ・ライト小説(新)
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- Lunatic Mellow Mellow
- 日時: 2021/04/21 23:44
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: vQ7cfuks)
あの美しい月は、人の心を狂わすのです。
* * *
半年以上小説を書いてなかったのでリハビリを兼ねて。
最初から >>001-
ぷろろーぐ「 愛を殺したい 」>>001
mellow001「 夏は君の匂いがする 」>>004 >>005 >>006 >>007 >>008
mellow002「 優しく騙して、甘い嘘で 」>>012 >>013 >>014
mellow003「 忘れないで、夏の嘘 」>>015 >>016 >>017 >>018 >>019
mellow004「」
mellow005「」
mellow006「」
mellow007「」
登場人物
□篠宮藍
■香坂飛鷹
■茅野咲良
□三原あんず
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.14 )
- 日時: 2020/07/09 23:37
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
「久しぶり、藍」
咲良を迎えに来た父親が少し困ったような顔をしながら私に微笑みかけた。大きくなったな、と彼はへらっと笑って見せたけど、気まずそうなその表情を見るのが嫌で私は咲良にバイバイを言ってその場を離れた。
あんずが足早に私を追ってきて、どうしたの、と問いかけた。私は振り返ることなく「うしろ」とあんずに囁く。彼女はなあにと視線だけ後方に向けるとすぐに気づいたのか「そういうことか」と小さく呟いて私の手をぎゅっと握った。
「待って、なに」
「いやあ、藍ちゃんがちょっと寂しそうだったから。ほら」
「なにが、ほら、なのかわかんないんだけど。ちょっと離してよ」
握られたてを振りほどくとあんずがぷくっと頬を膨らませて拗ねた。
「あれ、新しいお母さんだったりするのかな。咲良くんの」
「さあ。まだ再婚したとかそういうの聞いてないから」
私もちらっと後ろを確認する。綺麗な若い女性が、咲良と父親と一緒に笑っている。父親の早く私に帰ってほしいと言わんばかりの表情は正直むかついたし、離婚してすぐに新しい女をつくるあたり、さすが不倫して離婚にもっていった大馬鹿親だと思った。
咲良の表情は笑顔だった。無理やり目尻を下げて口角をあげている、作られた笑顔。父親が笑うとつられて声を出して笑う。それが一番正しいと思い込んでいるから。
「気持ちが悪い」
あんずが自動販売機でジュースを買いたいと立ち止まって、カバンから財布を取り出した。小銭を入れてジュースを二本買ったあんずは、一本を私に押し付けて「元気出せ」と背中をばしんと叩く。
私はあの状況で無理に笑顔をつくる咲良を見るのが死ぬほど嫌だった。助けてあげられない私の無能さを実感するから。あんずにもらったジュースの缶を開けて一気に飲み干す。ごくんごくんと喉を鳴らして、残らず全部の飲み切って近くのごみ箱に放り投げた。宙を舞ったジュースの缶が綺麗にごみ箱にシュートされたけれど、心の中のモヤモヤが浄化されることはなかった。
「私は咲良をあのクソ男から救ってあげられないから。だから、その代わりに、できることがあるなら何でもしてあげたいの」
「……うん」
「私はお姉ちゃんなのに」
お姉ちゃんだから、と言おうとしたのに言葉がおかしくなった。
あんずがジュースを飲み干して、ごみ箱の中に丁寧に捨てる。
「早く大人になりたい」
「そうだね」
相槌を打つあんずの表情は夕日の日差しが強くて良く見えなかった。帰り道、昨日見たテレビの話とか、面白くなかった今日の英語の授業の話とか、今日出た課題の話だとか、しょうもない話をしながら帰路につく。
またね、と言うとあんずは「うん」と笑った。何も聞かずに彼女は相槌を打ってくれるから、心地がいい。鬱陶しいくらいに構ってきて、そっと私に寄り添ってくれる親友が思ったより悪くないなとこの日、ほんのちょとだけそう思った。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.15 )
- 日時: 2020/07/19 20:42
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: AdHCgzqg)
mellow003「 忘れないで、夏の嘘 」
高校生になると同時にバイトを始めた。いくつか掛け持ちして、学校以外の時間はほとんどすべて働いた。咲良のためだと思うと頑張れた。
放課後も、土日も、必死に働いてお金を貯めた。高校が別になってもあんずは時々連絡をくれて、私のシフトの入れ方を心配していたけど、大丈夫だよと私は押し切って働き続けた。だって全部咲良のためだもん。なにを犠牲にしても私は弟との約束を守りたかった。
親の扶養に入ってたから稼げる金額に制限はあったけれど、一年で百万円貯めた。
咲良が中学三年生になる頃、念願だった大手のアイドル事務所に合格した。嬉しくて涙が出るくらい喜んで、お祝いに一緒に焼き肉に行った。身長はまたぐんと伸びていて、愛らしい笑顔で私にお礼を言った。「ありがとう、姉さん」この時思った。ああ私はこの顔が見たかったんだ。咲良の、この表情が見たかった。
親の離婚が決まったとき、不安そうにこちらをじいと見ていた咲良のあの瞳が脳裏にこびりついて離れなかった。必死にかぶりを振って忘れようとしても忘れられなかった、涙をぐっとこらえたあの瞳。もうどうしようもない、分かっていても当時咲良はまだ十歳になる前だった。助けを求める彼の瞳に、私はごめんとしか言えなくて、自分の不甲斐無さを呪った。子供の立場をあの時ほど恨んだことはない。
咲良のためなら何でもできた。あの日のことを思い出せばだすほど、私は咲良への愛を拗らせていく。咲良の幸せのためなら、どうなってもいい。それはとても、歪んでいた。
□
「目、覚めた?」
頭がガンガンする。吐き気が酷くて、焦点が合わず視界がぼやける。
空腹状態なのか、ただ脳に酸素が回ってないだけなのか、身体が思ったように動かせない。聞き慣れた声ですぐにわかった。私のことを心配そうに見つめる正体があんずだと。彼女は鞄を漁って私に経口補水液を無理やり飲ませた。美味しくなかったけれど、少しだけ呼吸が楽になった。
「汗びっしょりじゃん。ってか、こんなに暑いのにどうして冷房つけてないの」
あんずの声は怒っていて、カーペットの上に落ちていたリモコンをとってすぐにエアコンをつけた。冷たい風が流れていて、ようやく私は自分の状態を理解した。
「怒ってるの、分かってる?」
「……うん」
「飛鷹さんが連絡くれたから良かったけど、このままじゃ死んでた」
震える彼女の声に、どれだけの怒りがこもっていたのか。
私の口からは自然とごめんと謝罪の言葉が出てきた。
「いいからシャワー浴びて来て」
あんずの言う通りに私はお風呂場に向かってシャワーを浴びた。気持ちの悪い汗を全部洗い流して、思い出していく歪な記憶を振り払うようにかぶりを振った。
思い出せたのは咲良は私の弟だったってことだけ。じゃあどうして私はこんな勘違いをしていたのだろう。どうして、誰も言ってくれなかったんだろう。
あんずも、そして咲良も。
私の記憶がおかしいことを分かった上で、訂正せずに嘘をつき続けていたってことだ。
何を信じればいいのか、私は余計に分からなくなった。
シャワーを浴びた後、スマホを見ると何度も飛鷹さんから着信があった。
「ねえ、飛鷹さんは一体だれ、」
思い出せないのはどうしてだろう、誰も教えてくれないのはどうしてだろう。
咲良は何で死んだの。私は何で記憶を失ったままなの。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.16 )
- 日時: 2020/07/22 01:47
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
お風呂からあがって戻ると、あんずが散らかった部屋を片付けてくれていた。エアコンの冷えた風が室内の温度を下げていて、とても気持ちがいい。あんずは私の顔をみるなり大きなため息をついて、目の前の座布団に座るように促した。
「私が悪かったのかもしれない」
あんずが開口一番、怒ったようにそう言った。意味が分からなくて私は思わず黙りこくってしまって、あんずのじっとこちらを睨むような目つきに肩が震えた。
「ずるかったんだ、きっと。全部さ、藍のためだって自分に言い聞かせてた」
「……話の流れが全く分からないんだけど」
「藍がどうして何も覚えてないのかって話だよ」
途切れ途切れの、不思議な記憶。どうして覚えてないのか、そしてどうして記憶の上塗りがされているのか。今思えばわかることだ。
嘘を吹き込んだのはきっと、
「ごめんね。ごめんね」
どこから間違ってるんだろう。どこから嘘で塗り固められたのだろう。
私の咲良への感情がどこから間違っていたんだろう。
■
「面倒くさい女だなって思っちゃった」
二年前のあの言葉が忘れられない。あのときどう返答していれば正解だったのか、いまだに出るはずのない答えを探している。
当時私は就職したばかりで忙しくて、先輩についていくことに必死で、でも人生とっても充実していて、ひたすらに楽しくて。
幸せが、きっと私の感覚を鈍らせた。
親友に彼氏ができた話を聞いたとき、私はとても嬉しかった。過去にいろいろ苦労をしていた子だったから、やっと誰かに愛される喜びを知れるんだなと感慨深くて、きっと親目線になってたんだろう。たまにしてくれる恋バナがとても可愛くて、どうか幸せになってくれと縁結びの神社に行ってお守りを買って渡したぐらいだ。
私も私で短大を卒業後にやりたかた職につくことができて、何かと忙しい日々を過ごしていた。最初のころはほぼ雑用みたいな仕事ばっかで、上手くいかなくてミスもたくさんしたけれど、少しずつ仕事を覚えて、いつかもっとすごい仕事をしてやるという野心だけはどんどん大きくなっていった。
その日は蝉のうるさい夏の日だった。休憩中に珍しく親友から電話がかかってきて、何かあったのかと思って電話を取った。
「あんず、ごめんね。いま、時間って大丈夫?」
「……ん。休憩中だからちょっとだけなら大丈夫だよ。どうかした」
「あのね、ちょっと飛鷹さんと上手くいってなくて」
「うん」
「お仕事でずっと忙しいのか連絡もなかなか返ってこないんだよね」
「そうだんだ。でも、最近テレビでちょくちょく見るよになったよね。こんどドラマとかにもちょこっと出るんだって聞いたし、それが落ち着いたら会えるんじゃない?」
「うん、そうだよね」
初めての恋でよくわかんないんだ。藍の声がいつもより低くて震えていたことに、あとになって気づいた。
しばらくの沈黙の後に彼女はぼそっと呟いた、その言葉がどうしても忘れられない。
「私って、なんだか面倒くさい女だなって思っちゃった」少し笑ってるのか歪な声で、電波が悪いのかなと思って「もしもし?」と聞き返したけれど返答はなくて、いつの間にか電話は切れていた。ツーツーと無機質な音が私の耳元で響いて、スマホを耳から離すと同時に先輩から次の仕事で呼ばれて、私は「すぐに行きます」とこの違和感に気づかないまま走り出していた。
数時間後、仕事が終わってスマホを確認すると数十件もの着信とメッセージが届いていてすぐ目に入ったのは咲良くんの「気づいたら連絡ください」という通知。
電話をかけると、呼び出し音が一回なってすぐに「あんずさんっ」と焦ったような声で咲良くんの声が聞こえた。よくわからないまま「どうしたの?」と聞くと、彼は泣きそうな声で言ったんだ。
姉さんが事故にあったんだ、って。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.17 )
- 日時: 2020/07/22 17:18
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
何が現実なのか、よくわからなくなった。二年前のちょうど今とおんなじくらい暑い夏の日。私はタクシーに乗り込んで急いで病院に向かった。
□
仕事以外でこんなに必死に走ったのは久しぶりだった。呼吸が荒くなって、息がうまく吸えなくなる。自動ドアをくぐって受付の人に病室の場所を聞くとすぐに私は階段を駆け上がっていた。
頭の中は空っぽだった。何を考えればいいのか分からなかった。
吐きそう。お昼ご飯は軽食で済ませたからか胃の中が空っぽで、なんだか気持ちが悪かった。病室の前に来て、私は一度立ち止まる。ぜーぜーと荒い呼吸を必死に整えようと大きく息を吸って、止めて、吐き出した。
篠宮藍、というネームプレートを見て、また吐きそうになる。
「咲良くん、いる?」
ドアを開けると、カーテンの外には一人の男性がいた。咲良くんじゃない、ことだけは一目見ただけでわかる。だけど、私は彼のことを「知ってはいた」けれど直接話したことがなかったから、声をかけることに躊躇いがあった。
ドアの音で私の存在に気づいたのか、彼はこちらを見て一礼した。私も思わず頭を下げる。
「すみません、咲良はこれから生放送があってあと一時間ぐらいしたら終わると思うんで、そしたら戻ってくるかなとは思うんですけど」
「……あ、そうなんですね。ありがとうございます」
スマホを確認すると、彼の言ってたことと同じような内容のメッセージが咲良くんから届いていた。
「え、と。初めまして、ですよね。ご挨拶が遅れてすみません、香坂飛鷹と申します」
「あ、知ってます。藍からよく話を聞かせてもらってて。三原です。三原あんず、あ、名刺渡しときますね」
カバンをゴソゴソと漁って名刺を取り出す。彼は「すみません、俺も名刺とか持ってたら良かったんですけど」と困ったように笑って受け取ってくれた。
すごい、有名人が、芸能人が、目の前にいる。それがその時の純粋な感想だった。仕事柄、スタジオで遠目で人気のアイドルもベテラン俳優もたくさん見てきたけれど、こんなに近くで見るのは初めてだった。やっぱりオーラが違った。整った顔が私をじっと見ている。そう思うと少しだけ緊張した。
「あの、藍はカーテンの向こうでまだ眠ってて。頭を強く打った以外に大きな怪我とかはないみたいなんですけど、記憶がちょっとだけ曖昧になってるみたいで」
「あ、そうなんですね」
どうしてカーテンをわざわざひいて、しかも外側に出ているのか、私は聞くことができなかった。
「目は覚めたんですけど、俺のこと覚えてないみたいで、たぶん頭うった衝撃で一時的なものだって医者は言ってるんですけど」
「……はあ」
香坂さんはカーテンを開けて、すやすやと眠る藍を私に見せて安心させようとしたのだろう。でも、彼の表情はとても暗くて、見るに堪えられなかった。
「今日、連絡があったんです。藍から。忙しくてあんまり話せなかったけど、珍しくあの子から電話してきて、内容はあなたとのことでした。あなたと上手くいってないってことを相談されて、私は大丈夫だよとしか言ってあげられなくて、でも最後にあの子言ったんです。自分は面倒くさい女だって。その時にちゃんと気づいてあげなきゃいけなかったんだって」
「……彼女が過去に精神的なことで今回みたいにおかしな行動に出たことは?」
「なかったです。だけど、他の人間より狂っていたのは確かだと思います。香坂さんもなんとなくわかるでしょう、咲良くんへの異常な愛情。あの子が今まで軽率に死のうとしなかったのって、全部咲良くんのためなんですよ、きっと」
自分の生きる意味とか価値とかを藍自信が持っていたのかは今になってはわからない。だけど、昔から危うい存在だということは痛いほどわかっていた。だから、側にいて支えなければいけないと、ちゃんとわかってはずなのに。
自分の人生でいっぱいいっぱいになってしまった。藍が壊れていくのを私は気づかないまま。きっと咲良くんも香坂さんも言わないけれど、彼女は自ら車の前に飛び出したのだろう。こんな偶然あってたまるか。
「藍のこと、好きですか?」
綺麗な寝顔。藍は本当に天使みたいな愛らしくてかわいい。
私が守ってあげなければいけない。次は今日みたいに遅くなっちゃいけない。誰よりも藍の幸せを願ってるのは私なんだから。どれだけ愛が香坂さんのことを好きでも、藍を傷つける人間を彼女のそばに置くことは許せない。
「……好きだよ」
香坂さんはきっといい人だ。藍とのすれ違いもきっと時間が解決してくれることだ。だけど、そんな猶予はない。だって、それよりも前に藍は死のうとしたんだから。
「じゃあ、藍から離れてください」
許せなかった。
誰を。香坂さんを?
違う。一番は、彼女のSOSに気づけなかった愚かな自分を。
藍のためだ。全部、藍のためだ。
心の中で何度も唱える。言い聞かせる。私は彼に言った、お願いだから、藍の前から消えてくれ、と。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.18 )
- 日時: 2020/07/29 16:21
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)
自分がこんなにも性格が悪いとは思っていなかった。
自分のエゴで人を傷つけることを躊躇わなかった。そうしないと自分が自分でいられなくなる気がした。これはきっと反動だ。今までずっと我慢してきたことが、一気に弾けてしまったのだと思う。
「それって、藍と別れてほしいってこと、なのかな」
「……」
香坂さんが藍の頬を優しく撫でながら、私に問いかけた。私はうんともすんとも言えずに、ぎゅっと拳を強く握りしめた。
「俺と別れたら、藍は幸せになれると思うんだね、君は」
冷たい声だった。心臓を一突き。
香坂さんの顔を見ることができなくて、私はぐっと視線を地面に向けた。
病室の独特のにおいが気持ち悪くて、言い返す言葉も見つからなくて、爪は掌にどんどん食い込んでいく。
「そうだね。そのほうがいいのかもしれない」
香坂さんがぼそっと何かを呟いたときに、病室のドアが開いた。ふと顔をあげると、そこには咲良くんがいて私を見るなりにこりと笑った。
「あ、来てくれてたんですね、あんずさんっ」
「……咲良、くん」
昔と変わらないあどけない笑顔。高校三年生になって身長もあの頃よりずっと伸びて大人っぽくなった。テレビで見る回数も増えて、もう今では人気アイドルの彼が、私の前ではただの親友の弟としての顔を見せてくれる。私も笑おうと口元に力を入れるけれどうまく笑えなかった。
「……藍の記憶っていまぐちゃぐちゃなの?」
「ああ、名前はなんとなく憶えてるみたいなんだけど、どういう関係性だったかとかが思い出せないんだって。俺もまだ直接話してないからどうかはわからないんだけど」
ピンと、何かが閃いてしまった。絶対に考えてはいけないこと。
親友に嘘をつくことになってしまうから。親友を裏切ってしまうことになるから。だけど、私にはそれしか方法がなかった。藍からこの男をどうしても引き離したかった。だって、きっと彼といると藍は普通の女の子になってしまうから。弱くて脆い、愛に一喜一憂する彼女が言った「面倒くさい女」に。
「藍の彼氏は咲良ってことにしてくれないかな」
□
記憶の上塗り。チャンスは今しかなかった。
あいにく咲良くんは藍と苗字が違うし、記憶が曖昧ないま無理やり「咲良が付き合っていた彼氏」と思い込ませればいい。
ズルだった。だけど、藍がまた死のうとしないために、私ができる最大限のことはしないといけないと思った。
「それって、飛鷹さんのことはどうなるの?」
「別れてもらうよ、そりゃ。藍をここまで悩ませたんだから、私は許さない」
「でも、これって姉さんの思い込みなんでしょ。お互いまだ相思相愛で、もう一度姉さんが記憶を戻したらうまくいくかもしれないじゃん」
「そんなのもう遅いの!!」
目を大きく見開いた咲良くんは、悲しそうな顔で香坂さんのほうを見た。「それでいいんですか?」咲良くんの問いかけに香坂さんは黙って頷く。「仕方ないよね」と、たった一言。
結局それくらいの感情だったんだ、この男は。
呆れてしまった、正直。この男には藍の恋人になる価値もない、と。
「じゃあ、俺は明日朝から仕事だから」
病室を出ていった香坂さんの表情はあまりよく見えなかった。
残された咲良くんは、どうすればいいのかわかんないという風に泣きそうな顔をして、でも腹は括ってくれたのだろう。
「姉さんが生きてくれるなら、そっちのほうがいいのかもしれない」
何が正しい選択化はわからなかった。私も、咲良くんも。
でも、また同じ道を辿れば藍が死を選ぶのはなんとなく想像がついた。あの子には百かゼロしかないから。失うときは一気に全部を失ってしまう。だから、私が助けなければいけない、私は彼女の寝顔を見ながら誓った。次はこんな風にさせないと。
うまく嘘をついてコントロールをしたつもりだった。
案の定、藍は私と咲良くんの嘘を信じてくれたし、もともとブラコンだった記憶が弟から恋人に変わっただけだったから違和感がなかったのかもしれない。
だけど、一つだけ上手くいかなかった。
そのあと、一か月もしないうちに香坂飛鷹はlunaticを脱退したのだ。