コメディ・ライト小説(新)
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- 玉響が揺蕩うので泡沫にお砂糖ご利用ですかまた会えますか?
- 日時: 2024/08/30 22:33
- 名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)
セーラー服の女の子、歌方海月(うたかたみつく)が誰なのかはわからないけれど、ギターは弾けるし歌えるし踊れるから、バンド組もうぜ。
#文披31題 参加作品。
◆回答欄満た寿司排水口
day1夕涼み>>1
day2喫茶店>>2
day3飛ぶ>>3
day4アクアリウム>>4
day5琥珀糖>>5
◆問うたら淘汰ラヴァーと泡沫
day6呼吸>>6
day7ラブレター>>7
day8雷雨>>8
day9ぱちぱち>>9
day10散った>>10
◆シュガーレスノンシュガー
day11錬金術>>11
day12チョコミント>>12
day13定規>>13
day14さやかな>>14
day15岬>>15
◆スイカスイカロストワンダー
day16窓越しの>>16
day17半年>>17
day18蚊取り線香>>18
day19トマト>>19
day20摩天楼>>20
◆鰹節目潰し
day21自由研究>>21
day22雨女>>22
day23ストロー>>23
day24朝凪>>24
day25カラカラ>>25
◆イマジナリティオールマイティ
day26深夜二時>>26
day27鉱石>>27
day28ヘッドフォン>>28
day29焦がす>>
day30色相>>
◆
day31またね>>
- day20 摩天楼 ( No.20 )
- 日時: 2024/08/21 19:02
- 名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)
夢の埼玉には、東京のスカイツリーを超える塔があると言う。その名も埼玉タワー。高さなんと八三五メートル。正真正銘、スカイツリー超えの塔である。
スカイツリー以上の高発色な電灯で七色に輝き、そのきらびやかさはスカイツリーを超える。流石埼玉。現実の世界の埼玉には叶えられない東京超えをこうも安安と。
私達はその埼玉タワーの頂上から世界を見下ろしている。足場の下の方は七色に発光しているらしいが、登ってしまうと残念ながらその光は見えない。代わりに摩天楼からの景色と言えば、と言った見事な夜景が見渡せる。星とネオンが入り混じってキラキラした世界。米粒のように小さな車が道路を流れていく。ランプがゆっくり動くのが連なっていて、光る蛇みたいだ。
見上げる空には星と月。いつもより空が近くにあるから、それらの輝きを掴めそうにすら感じた。手を伸ばす。掌に触れる虚空を掴んだところでなんて虚しさ。
イカロスだっけ。神話に登場する、太陽を目指して蝋で固めた翼を羽ばたかせたのは。夜じゃ太陽は見えない。しかし、月になら。私達の翼を溶かしてしまう灼熱はなりを潜めた。今の私達になら、月だって掴めるかもしれなかった。
「ま、肝心の翼が無いんだけどね」
ぼやく。隣で景色を楽しんでいたセーラー服の女の子は、私の声に反応して、こっちを見た。夜風が彼女の髪を攫う。それを煩わしそうに手で押さえつつ、彼女こと海月(みつく)が口を開いた。
「翼なんかなくたって、私達は飛べるよ」
言いながら、海月はフェンスに脚をかける。八百メートルもあるここから落ちることを想像してゾッとした。私は咄嗟に海月の手を掴む。
「馬鹿、死ぬよ」
「じゃあ死のうよ」
面食らって、言葉を失った。海月は微笑んでいる。
「空も地上もキラキラしてて、光の海に挟まれているみたい。ふふ、こんな景色、見覚えあるね?」
「夜空と溶けた夜空に挟まれた日のこと?」
「そうそう。あれは綺麗だったね。周り全部がキラキラしていた。沢山の光に包まれて、私もお星様になれたみたいだったな」
嬉しそうな横顔に、同じ気持ちになれないことが罪悪感。こんなんだから、私はひとりなんだ。自覚して、痛みを覚える。
「糖子。世界はこんなに綺麗だよ。一緒に飛び込んでみよう?」
「私、は」
死ぬのが怖い? 生きていたい? 嗚呼違う。死ぬのは怖い。だけど、同じくらい生きることも怖いこと。
死んでしまいたい? 生きていたくない? それは。半分違って、半分違わない。
私は死にたくなかったし、生きていたくなかった。だから。
世界を見渡した。キラキラ。キラキラ。星と月の優しい輝き。ネオンのギラついた激しい輝き。別々の光の海はただ、美しかった。
犬吠埼を思い出す。崖から見る波の激しさ。海の青さ。見事な絶景で、そこは自殺の名所だという。人は、死ぬ前に美しいものを見ていたい。どうせ死ぬなら、美しいものに包まれて死んでしまいたい。そういうものらしい。
摩天楼の景色は申し分無いほど美しい。園に見を投じてしまえたら。
フェンスに脚をかける。二人、手を繋ぎながらそこに立った。
海月の顔を見る。彼女は薄く微笑んでいた。悲しそうだった。どうして最期に、そんな顔をするのだろう。
「海月」
「なあに?」
「いこう」
「うん」
私達はキラキラの中へ飛び込んだ。浮遊感に臓器が揺れて、強い風の中私達は落ちていく。それでも海月の手を離さなかった。
イカロスのように飛べはしなかったけれど、蝋の翼がなくたって私達は飛んでいける。それを証明している気がした。
おちて、おちて、おちていく中、海月の笑顔だけが側にあった。ずっと悲しそうに笑っている。その哀切の正体を知らないまま、私達は光の海に消える。
- day21 自由研究 ( No.21 )
- 日時: 2024/08/26 20:46
- 名前: 今際 夜喪 (ID: QeRJ9Rzx)
「おわー!」
嫌な浮遊感ののち、ベッドから跳ね起きた。心臓がバクバクと胸を叩いている。冷や汗で背中がじっとりし、寝間着に使っていた高校の体操着が張り付いて気持ち悪い。
高いところから落ちる夢を見ると、本当に落ちたかのように錯覚して起きる。目覚めは最悪だが、こういう夢って、夢占い的には吉兆だとか言うからよくわからない。
ベッドの足元には海月(みつく)が腰掛けていて、私の顔を観察していた。
「うーむ、また夢の中で夢を見ている」
摩天楼の景色は夢。今も夢。もはや自分が何処にいるのかわからないぞ。
「わからないから寝ます!」
二度寝! 考えるのに疲れたときは二度寝に限る。
「寝ちゃうの? 糖子。ね、そういえばさ、そろそろ夏休みだよ。夏の予定でも立てようよ。八月はどっか旅行とか行こうよ、北海道とかさ」
暇そうな海月が、布団の上から私の腹を突く。煩わしくて、私は芋虫みたいにモソモソと動いた。
「ね、そういえばさ、夏休みの宿題も沢山出るよ。数学の問題沢山解かなきゃ。読書感想文も書かなきゃ。そのための読書をしなくちゃ。あと自由研究もあったよね。何を研究しようか?」
海月は相変わらず私の腹を指先で突いている。くすぐったいのでやめてほしい。布団から腕だけ出して、海月にしっしと追い払うジャスチャーを送る。
「私の自由研究、これにする。糖子のお腹の肉を突き続けて、何時間経ったら起きるのか」
「何時間も突くつもりなん? 多分、数時間後に起きるときは、突かれたから起きるんじゃなくて、眠くなくなったから起きるんだと思うけどね。てか、そろそろ突くのをやめろ」
結局根負けして私は上体を起こす。海月は嬉しそうだった。よかったね。眠い目を擦りながら、ぼんやりした頭のまま喋る。
「八月の予定? 海月、北海道行きたいとか言った? 八月の北海道、内地と変わらないくらい暑いよ」
「いいの。私、美味しい海鮮が食べたいの。海のある県に行こう。埼玉には海がないから」
「無いの? 夢の中には埼玉タワーがあったんだから、埼玉湾くらいあるのかと」
「糖子。埼玉湾の魚は美味しくないよ」
「埼玉湾はあるんだ……じゃあ自由研究は埼玉湾の魚とかにしようか?」
「糖子本気? 埼玉湾にはパルデモパルデモニョポポが出るよ」
「ぱる……なんだってえ?」
まだ夏休みに入ってないのに夏休みの宿題について考える。私達はなんとも真面目な学生だ。
- day22 雨女 ( No.22 )
- 日時: 2024/08/26 20:48
- 名前: 今際 夜喪 (ID: QeRJ9Rzx)
雨を防げればデザインなんてどうだっていい。否、雨の日だからこそデザインに拘りたい。ほら、この憂鬱な天気を晴れやかに変えてくれる、可愛くて心躍るデザインがいいでしょう? 意見は様々だ。
傘は高確率で誰かに持ち去られるじゃないか。学校で、コンビニで、職場で、電車で。短時間自分の元を離れれば最後、盗まれて失ってお別れ。その存在を忘れて置いてけぼりにしてしまうこともままある。
「私、自分の名前嫌いなの」
セーラー服の少女がぽつり言った。学校の帰路、鈍色の空が今にも落ちてきそうだった。住宅路の広くない道で、つまらなそうな顔をした彼女は、それでも手にした傘を大切そうに持っていた。
「なんで? 歌方(うたかた)海月(みつく)なんて可愛い名前じゃん。海月(くらげ)って書いてみつくなんて、きれいだし。海も月もきれいな字だし、泡沫(うたかた)だってきれい」
「糖子、今きれいって何回言った? そういうところが嫌いなの」
面倒くさそうに顔をしかめて、海月は言う。
「きれいすぎて、消えちゃいそうな名前だから、嫌い」
嫌い。口にする瞬間の海月の表情は穏やかで、そこに本心からの嫌悪感が込められているようには見えなかった。じゃあどうして嫌いなんて言うのだろう。海月のことはいつもわからない。
「私は好きだけどな」
「だろうね」
慰め程度に伝えた好意を、あたかも知っていたみたいに返されて驚く。私の何を知ってるというのだ、この女は。
怪訝な顔で海月を見ていたら、頬に冷たいものが当たる。ぽつり、ぽつり。段々とそれは勢いを増して行き、腕に、服に、点々と冷たさを残す。重たい雲が遂に落ちてきたのだ。
海月もそれに気付いたようで、手にしていた傘をばさりと開いた。雲の隙間の少ない陽光が、その青さを透かす。海月の傘は水海月(みずくらげ)を模したデザインをしている。青く透ける様は、海を揺蕩うくらげそのものだ。
それが住宅路のつまらない道に咲く。透けた向こう側に青味がかったセーラー服姿がある。
海月は、嫌いと言いながら自分の名前を表すくらげの傘を使っている。好きだけど嫌いとか、嫌いだけど好きとか、複雑な感情がそこにあるのだろう。私にはわからないけれど。
早足に近寄って、海月の傘の下に潜り込んだ。
「あ。糖子、傘忘れたからって」
「ケチくさいこと言わないで入れてよ、濡れちゃう」
「まー、私優しいからいいけど」
傘のデザインなんてどうでもいいのだ。何なら持っていなくたってどうでもいいのだ。海月がいれば、同じ傘に入って帰ればいいのだから。
- day23 ストロー ( No.23 )
- 日時: 2024/08/28 19:27
- 名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)
店員のお姉さんが、グラス一杯の氷を注ぎ込むところから、じっと観察した。冷蔵庫から炭酸水とメロンシロップが取り出される。軽量カップに注がれるポップなグリーンが眩しい。お姉さんは手慣れた動作で軽量カップをグラスの中へ傾けた。途端、氷が緑に染まる。そこへ今度は並々と炭酸水。次にバニラアイス。最後にチョンと添えられるさくらんぼは、宝石のように艶々していた。
「お待たせしました、お会計失礼します。ポイントカードありますか?」
「あ、無いです」
「失礼しました。レシートのお返しになります。良く混ぜてお召し上がり下さい」
小銭がレジに投下され、出てきたレシートが差し出されて、直ぐにおぼんに載せられたメロンクリームソーダも渡される。ベテラン店員さんなのか、動きが早くてしどろもどろしてしまう。軽く会釈しながら受け取ると、「ごゆっくりどうぞ」ときっとマニュアル通りの台詞を投げかけられる。
店内をウロウロしていると、海月(みつく)が腰掛けている二人がけの席を発見したので、彼女の向かい側に着いた。
深い茶色で統一された内装に、セピア色のランプやアンティーク調のシャンデリアが落ち着く。お客さんも少なく、静かでこじんまりしたカフェである。
海月が食べているプリンは、レトロプリンという名前のメニューだった。普通のものより少し固めに作られているらしい。それとブラックコーヒーを交互に口に運び、美味しそうに食べている。
「良かったね、糖子」
「ん?」
「クリームソーダ。一人で飲んだって美味しくないんでしょ? 私と一緒なら美味しい?」
「……まだ飲んでないからわかんない」
添えられていた銀の長いスプーンを手に取る。メロンソーダの染み込んだバニラアイスを掬い取ってぱくり。思わず目を見開く。普通のアイスよりずっと甘くて美味しかった。
緑に透けるグラスの中、ストローを差し込んで上下に動かした。カラカラ音が鳴ってしゅわしゅわ、炭酸が爆ぜる。よくかき混ぜて、ストローの先端を咥えた。
「……おお」
バニラアイスの溶けたメロンソーダ。僅かに白く濁った緑は、仄かに酸味を孕んでいるように感じる。甘いから、炭酸特有の酸味が強く感じるのだろうか。この塩梅が、なんとも言えず。
「美味しい、かも」
「ふふふ、良かったねえ」
海月が頬杖を突きながら笑いかけてくる。嗚呼、正面に人がいて、笑っていて、それがなんともくすぐったい。
「えっと、海月も一口飲む?」
「お、いいの? 頂きまーす」
席から身を乗り出した海月が、顔だけ近づけてストローに口をつける。ジュ、と勢い良く吸って、おいお前一口がデカくないか。まあいいか。
「うん、うまし。じゃあ糖子ちゃんにはお返しにプリンをあげましょーね。はいっ」
海月はスプーンで一口分──やはりちょいとデカくはないか……? を差し出してくる。「あーん」と言うやつだ。高校生にもなってこれを受け入れるのはなんか気恥ずかしかった。おずおずと躊躇いながら口を開けると、とろん、と甘味が舌に落とされる。
「ん! おいひい!」
「でしょ? 私、こういう喫茶店のレトロプリン好きなの」
確かに少し固めに作られていて、歯ごたえがしっかりしているのが面白い。口の中に広がるカスタード系の甘味とカラメルの焦げた甘味が絶妙に絡んで、超美味い。
「そしてそこにこの珈琲をね、クイッと行くの、今!」
言われるままに差し出されたカップを口に傾けた。暖かい。強い苦味が、甘味で満たされた口内を洗い流して、広がって、美味い! テーレッテレー!
「良すぎる!」
「でしょ? アイスコーヒーじゃ駄目なんよ、ホットの珈琲がいいの。わかる?」
「わかる。プリンが冷えてるから、暖かいもの飲むと落ち着く」
「でしょでしょー?」
自分のお気に入りの食べ方なのか、布教できて満足なようだ。
「糖子。友達と一緒に飲むクリームソーダに憧れてたんでしょ? どうだった」
「……うん。ありがと。良かったよ」
「ふふ、そっかあ」
海月は何か、思いつめるみたいに薄く微笑むと、珈琲を一口飲んだ。
「こういう時間がずっと続けば幸せだね」
「うん、そうだね」
「あ、ところでさあ」
「なに?」
「オールマイティって、全部俺のお茶って意味だよね!」
「え? あー、うん。その通りだね……?」
「でしょ? ウケる」
なんの話してんだこれ。
- day24 朝凪 ( No.24 )
- 日時: 2024/08/28 19:29
- 名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)
「糖子ちゃん、夏休みだからっていつまでもゴロゴロゴロゴロ、ゴロゴロと! 朝です! お散歩に行きましょーっ」
と、夏休みにも関わらずセーラー服の女に叩き起こされた午前四時。四時起きはゴロゴロの内に入らないよ。私が十時くらいまで起きて来なかったらそうやって起こしてくれ。
眠い目を擦りながらやってきたのは海岸だった。家、埼玉の住宅街にあるから、近くに海なんか無いはずなのだけど。ああそっか、埼玉湾か、これ。
誰もいない浜辺を二人、下駄で散歩する。いつの間にか私達は浴衣に着替えていた。ずっとセーラー服だった海月(みつく)も、金魚柄の浴衣に赤い帯。髪は浴衣に似合うようにしっかりとヘアアレンジをして結われている。私自身も青と紫を基調とした花柄の浴衣になっていた。帯の黄色がよく映える。
「折角夏なのに浴衣を着ないなんて勿体無い。だけど涼しい時間に着ないと熱くて仕方ない。というわけで、早朝に浴衣で散歩。理にかなってるでしょ」
「まあ、夏らしくていいかもね」
砂浜を下駄で歩くと、偶に下駄の隙間に砂が入ってきて煩わしかったが。それも風情と思うことにしよう。
四時。早朝の群青に染まった空を薄明と呼ぶらしい。それを海月に教えると、物知りだと感心された。
「逆に夕方のことは暮れた空だから、薄暮と言うんだよ」
「へえ。糖子と居ると知らない言葉を知れて面白い」
浴衣の袖を揺らして、海月が笑いかけてくる。その笑顔がむず痒かった。
「でも海月。あまり興味のなさそうな人の前でこういう知識を披露しないほうがいいよ。こういう知識はオタク臭いって馬鹿にされるだけなんだ」
「そ? 私は知るの楽しいけどなあ」
「海月みたいな人ばっかじゃないの」
「ふうん」
海月はふと立ち止まって、波打ち際に視線を落とした。彼女の視線を追うと、青く透き通った、リボンのようなものが落ちている。波に運ばれて、打ち上げられたのだろう。海月がそこに屈んで、じっくり観察しようとしている。
「触っちゃ駄目だからね、それ。カツオノエボシ。猛毒のくらげだよ」
「げ! 怖い怖い!」
私の注意を聞いて、海月は慌てて逃げ出した。その後ろ姿を笑って、私も彼女のあとを駆ける。浴衣は走りづらい。二人してちまちまと小さな歩幅で海岸を走った。
薄明の空が、いつの間にか昇り始めた朝陽で色付いている。水平線の雲が鮮やかな紫に染まる。朝焼けだ。
「起こしてくれてありがとうね、海月」
「え?」
「私、この時間の景色好きだ。空気と何処か透き通っていて、透明で、肺の中すら透けるみたい」
「なにそれ? 肺が透けたら糖子、そのまま透明になって消えちゃいそう」
「あは、朝焼けに溶けて消えちゃえたら……最高だね」
ぴたり。海月が足を止める。私の方を見る。神妙な眼差しが私を射抜いた。
「そんなこと言わないでよ、糖子」
海月がちょっと泣きそうな顔をしていた。そんな顔されるなんて思ってなかったから、私はおどおどしてしまう。
「じょ、冗談」
「…………」
「海月。ごめんってば」
海月は私に近寄ってきて、浴衣の裾を摘む。私を見つめる目が、潤んでいる。嗚呼、私、こんなに大切に思われているんだ。自覚して、胸の内が何か温かいもので満たされていくのを感じる。
でも卑怯だな、と思う。海月はまるで死にたいみたいに振る舞うのに。私の浴衣を摘む指に巻かれた絆創膏も、その先の手首を覆う包帯も。生きていたくないを形にした証明なのに。海月は私には消えてほしくないなんて思うんだ。
私だって、海月に消えてほしくないって思ってるのに。ずるいよ。
言わなかったけど、言いたかった。そんな言葉を静かに飲み込んで。慰めようと海月の頭を撫でた。
ふと、今の時間、なんの風も吹いていないってことに気がついた。
「朝凪」
「え? なに?」
「朝方に海風と陸風が交差して、一時無風になる時間がある。そういう現象を朝凪と言うの。夕方に同じ現象が起こったら夕凪」
「…………」
「私、根暗で、陰キャで、オタクだから、そういう知識結構あるの。そんなことで良ければ、これからも海月に教えていくよ。だから海月もずっと、側にいてよね」
「…………」
「ずっと同じ夢を見続けようね」