コメディ・ライト小説(新)

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ぱぴLove〜私の幼なじみはちょっと変〜
日時: 2024/09/24 01:29
名前: ねこ助 (ID: tOcod3bA)

★あらすじ★

見た目は完璧な王子様。
だけど、中身はちょっと変な残念イケメン。
そんな幼なじみに溺愛される美少女の物語——。


お隣りさん同士で、小さな頃から幼なじみの花音と響。
昔からちょっと変わっている響の思考は、長年の付き合いでも理解が不能!?
そんな響に溺愛される花音は、今日もやっぱり振り回される……!
嫌よ嫌よも好きのうち!?
基本甘くて、たまに笑える。そんな二人の恋模様。



◆目次◆

♡第一章♡
1)私の幼なじみはちょっと変>>01
2)私のお兄ちゃんは過保護なんです>>02
3)君はやっぱり変でした①>>03
4)君はやっぱり変でした②>>04
5)君はやっぱりヒーローでした>>05
6)そんな君が気になります①>>06
7)そんな君が気になります②>>07
8)君はやっぱり凄く変①>>08
9)君はやっぱり凄く変②>>09
10)君は私の彼氏でした!?①>>10
11)君は私の彼氏でした!?②>>11
12)そんな君が大好きです①>>12
13)そんな君が大好きです②>>13
14)そんな君が大好きです③>>14
15)そんな君が大好きです④>>15

♡第二章♡
16)君は変な王子様①>>16
17)君は変な王子様②>>17
18)君とハッピーバースディ>>18
19)君ととんでもナイト>>19
20)君と私とロバと……①>>20
21)君と私とロバと……②>>21
22)恋人はサンタクロース①>>22
23)恋人はサンタクロース②>>23
24)恋人はサンタクロース③>>24
25)煩悩はつまり子煩悩!?①>>25
26)煩悩はつまり子煩悩!?②>>26
27)煩悩はつまり子煩悩!?③>>27
28)君とハッピーバレンタイン①>>28

君ととんでもナイト ( No.19 )
日時: 2024/08/25 21:16
名前: ねこ助 (ID: Ql2tRr6x)





「全然分からない……」


 そう小さく呟いた私は、机の上に広げた教科書に顔を突っ伏した。
 来週に迫った期末テストへ向けて、珍しく勉強をしている私。でも、全くもって分からない。


(......なんで数学なんてやらなきゃいけないの?)


 足し算引き算、掛け算割り算ができれば充分だと思う。
 私は顏を上げて教科書を眺めると、盛大な溜息を吐いた。


(お兄ちゃんに聞くしかないかなぁ……)


 できればスパルタなお兄ちゃんには頼りたくない。
 でも、先程から一向に埋まる気配のない真っ白なノートを見ると、このままやっていても一人では解決できそうにもない。このままでは、確実に数学のテストは赤点だ。

 諦めた私は、小さく溜息を吐くと椅子から立ち上がった。



 ────カラッ



 教科書を持って歩き出そうとしたその時、鍵の開いている窓からひぃくんが入ってきた。


「花音、まだ起きてるの?」


 その言葉に時計を見てみると、もう午後十一時を過ぎている。
 いつも必ず午後十時までにはベッドに入っている私。きっと、こんな時間まで明かりの付いている私の部屋を不思議に思い、様子を見に来たのだろう。


「うん、勉強してたの。でも全然分からなくて……」


 しょんぼりとした顔でそう告げると、そんな私を見てクスリと笑ったひぃくん。


「じゃあ、教えてあげるよ?」


 そう言って、フニャッと笑いながら小首を傾げたひぃくん。
 何の前触れもなく、突然私の目の前に現れた救世主。なんて幸運なのだろう。

 私はキラキラと瞳を輝かせると、ひぃくんを見て口を開いた。


「本当!?」

「うん。何が分からないの?」


 ニコニコと優しく微笑むひぃくん。
 なんて優しい救世主様なんだろう。お陰で、スパルタから逃れることができた。


「数学がね、全然分からないの……」

「どの問題?」


 床に転がるクッションの上へと腰を下ろすと、私はテーブルに広げた教科書を指差した。


「……ここ」

「うん。ここの何が分からないの?」


 私の隣に腰を下ろしたひぃくんは、一度教科書に目を通すと私を見て優しく微笑む。


「何が分からないのか、分からない」


 小さな声でそう答えると、私はそのまま顔を俯かせた。


(何が分からないのかが分からないなんて、私ってなんてバカなんだろう……。これじゃ、ひぃくんだって教えられないよね)


「大丈夫だよー、花音。ちゃんと教えてあげるからね」


 そう言って、優しく頭を撫でてくれるひぃくん。


「……うん。ありがとう」


 俯いていた顔を上げると、私と視線を合わせたひぃくんが優しく微笑んでくれる。
 その顔にホッと安堵した私は、気持ちを切り替えて再び教科書に視線を移すと、隣で優しく説明してくれるひぃくんの話しを真剣に聞いた。






──────


────






「凄ぉーい! できたよっ、ひぃくん!」

「うん。凄いねー、花音」


 ノートを掲げて喜ぶ私を見て、ニッコリと微笑むひぃくん。
 ひぃくんのお陰で次々と問題を解いていった私は、数分前までの自分からは予想もできない程の上達ぶりに感激した。


「ありがとう! ひぃくんっ!」

「良かったねー。じゃあ、次はこれね?」


 ひぃくんは嬉しそうな顔でそう告げると、ニコニコと微笑みながらテーブルの上に紙を置いた。


(今の私なら何でも解ける気がするっ!)


 たったの数問で謎の自信が付いた私は、この勢いでどんどん解いてみせると、もはや暴走気味に張り切っていた。


「はい、花音」


 ひぃくんに差し出されたペンを受け取ると、私は満面の笑みで頷く。


「うんっ!」


 そのまま勢いよくペンを走らせようとした、その時。目の前に置かれた紙を見て、瞬時にその動きを止めた私の指。


(……え……っ? これ、は……)


 思わず笑顔が引きつる。
 私の握っているペン先の、僅か数センチ先に置かれた一枚の紙。それは、ひぃくんの署名入りの婚姻届けだった。
 手元を見てみると、いつの間にかシャーペンからボールペンへと変えられている。


(……なんて巧妙な手口。浮かれてて全然見てなかったよ……)


「ひぃくん。何度も言うけど……私、まだ結婚はできないよ」


 引きつった顔でひぃくんを見ると、私の言葉にショックを受けたひぃくんが大きく瞳を見開いた。
 私の誕生日が来てからというもの、事あるごとにこうして婚姻届を出してくるひぃくん。


(私、何度も断ってるのに……)


「じゃあ……、いつならいいの? 明日?」

「明日でも無理だよ、ひぃくん」


(どう説明すれば分かってくれるのかな……)


「私、まだ高校生だし……ね?」


 引きつる顔で懸命に笑顔を向ける。


「なんで……? 高校生だから何? 花音は俺のお嫁さんでしょ?」

「いやぁ……」


(お願い、そんな目で見ないで……)


 今にも泣き出してしまいそうなひぃくんを前にして、思わず目を逸らすとどうしたものかと思案する。

 ひぃくんの言っているお嫁さんとは、ずっと彼女という意味だと解釈していた私。それが、どうやら本気でお嫁さんだと言っているみたいなのだ。
 勿論、嬉しくないわけではない。でも、まだ高校生の私に結婚だなんて、そんな話はあまりに非現実的すぎる。


「……嫌……っ、なの? 今……嫌って……っ、言った……の?」


 小さく呟く様なその声にチラリと視線を向けてみると、真っ青な顔をしたひぃくんがガタガタと震えている。


(え……。私……嫌だなんて言った? いつ?)


「花音は……俺と一緒にいたくないの?」

「えっ? いっ、一緒にいたいよ、もちろん」

「じゃあ……っ、どうして結婚してくれないの?」


 真っ青な顔をして見つめてくるひぃくんに、思わず口元がピクリと引きつる。


「いやぁ……だって私、まだ高校生だもん……」


 さっきと同じ答えしか返せない私。これ以上、どう伝えろと? 私のポンコツな頭ではこれが限界なのだ。
 顔を引きつらせて小さく笑い声を漏らすと、更に真っ青になったひぃくんが口を開いた。


「また……っ! また嫌って……、言った……!」

「えっ!? い、言ってないよ!」

「言ったよーっ!!」


 突然大きな声を上げたかと思うと、ついにメソメソと泣き始めてしまったひぃくん。


(嫌なんて言ってないよ、ひぃくん……)


 私は小さく溜息を吐くと、ひぃくんの手をキュッと握った。


「ひぃくん……。私ね、ひぃくんの事が大好きだよ? でもね、まだ結婚はできないの。お願いだから分かって?」


 私の言葉にピクリと肩を揺らしたひぃくんは、勢いよく顔を上げると私の肩をガッチリと掴んだ。



 ────!?



「本当っ!?」


 先程まで流していた涙は一体どこへ消えたのか、ひぃくんは瞳を輝かせると嬉しそうに微笑んだ。


(一体、何がどうなったの……?)


 驚きに固まったまま見つめていると、私を見てニッコリと笑ったひぃくん。


「花音は俺のこと大好き?」

「えっ? う、うん。大好きだよ?」

「じゃあ、花音からキスして?」



 ────!?



 小首を傾げてフニャッと微笑むひぃくん。
 私の顔は一気に熱が集中し、見る見る内に真っ赤に染まった。きっと、今の私は茹でダコだ。


「……えっ!!? ムリムリムリムリっ!!!」


 全力で首をブンブンと横に振る。


(ひぃくんからされるのだって恥ずかしいのに……っ。自分からだなんて、そんなの絶対に無理!)


「じゃあサインして?」


 ニッコリと笑って婚姻届を差し出すひぃくん。


「ひぃくん、だから結婚はまだ……」

「じゃあキスして?」


(え……。その二択なんですか?)


 婚姻届から視線を上げた私は、目の前でニコニコと微笑むひぃくんを見つめて顔を引きつらせる。


(……本当に? その二択しか私に残された道はないの……っ?)


「むっ、無理っ! どっちもできないよ!」

「どうして? だって花音は俺のこと大好きでしょ?」

「そういう問題じゃないのっ!!」


 真っ赤な顔で大きな声を上げた私は、ニコニコと微笑むひぃくんを見て拳をプルプルと震わせた。


「花音は我儘だねー。でも、そんな花音も可愛いよ」

「…………」


(これは私の我儘なの? ひぃくんの我儘じゃなくて……?)


「じゃあ、わかった。これは俺が代わりにサインしとくね?」


 そう言って、小首を傾げてフニャッと笑ったひぃくん。


「……えっ!? ちょ、ちょっと待って、ひぃくん! 私まだ結婚なんてしないよ!?」


 焦ってひぃくんの腕を掴むと、私を見たひぃくんがニッコリと微笑む。


「じゃあキスして?」


(あ、悪魔だ……。目の前で天使の微笑みを見せるひぃくんが……っ、悪魔に見える。これはもう、立派な脅しでは……?)


「キッ、キス……したら……。結婚の話はもうしないでくれる?」

「えー? なんの事?」


(……やっぱり悪魔だ)


 ニコニコと嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、私は思いっきり顔を引きつらせた。
 そんな私を見てクスリと笑ったひぃくんは、優しく微笑むと口を開いた。


「ちゃんと約束するよ? 高校卒業するまではね」


 そう言って私の手をキュッと握ると、優しく微笑んだひぃくんはそっと目を閉じた。
 瞼を閉じていても充分すぎる程に綺麗なその顔に、思わず見惚れてしまった私は目の前のひぃくんをジッと見つめた。


(なんて綺麗なんだろう……。まるで彫刻みたい)


「花音。まだー?」

「……へっ!? な、何が!?」


 瞼を閉じたままのひぃくんが突然口を開き、驚いた私は間抜けな声を上げた。


「キスだよー。早くちょうだい?」


 瞼を閉じたまま優しく微笑むひぃくんに、なんだかキュンッとしてしまった私。


(恥ずかしいけど……。でも、それ以上に大好きだから……)


 私はゆっくりとひぃくんへと近づくと、そっと優しく自分の唇を重ねた。



 ────バンッ!



「さっきから煩いぞ! 今何時だと思っ……!!!?」



 ────!!!?



(おっ……! お兄ちゃん……っっ!!?)


 突然現れたお兄ちゃんは、私達を見るとそのまま固まってしまった。
 それもそのはず。お兄ちゃんが目撃したのは、私がひぃくんにキスをしている姿だったのだから──。

 私の顔は赤から青へと変わると、お兄ちゃんを見上げて冷や汗を垂らす。


「……お前ら、今……何してた……?」

「キスだよー? 花音からしてくれたんだー」



 ────!!!?



(ヒィッ……!? や、やめてっ! お願いだから黙っててひぃくんっ!!)


 ニコニコと嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、その呑気さに思わず仰け反る。


(なんてマイペースなの……っ。ひぃくん、今の状況分かってる!? お兄ちゃんにバレちゃったんだよ!? ……もう、私達に明日はない。きっと殺される……っ、私はこの鬼に殺されちゃうんだ……っ!)


 扉の前で未だ呆然と立ち尽くしているお兄ちゃんは、驚きに見開かれた瞳で私を捉える。その顔は真っ青に染め上がり、ビクリと震えた私は額に大量の冷や汗を垂らした。
 笑ったところで何の解決にもならないと分かってはいるものの、私は懸命に作った笑顔でお兄ちゃんを見つめ返すと、ハハッと力なく笑い声を漏らすことしかできなかった。



君と私とロバと……① ( No.20 )
日時: 2024/08/26 05:57
名前: ねこ助 (ID: CioJXA.1)





「はい、花音っ。あーん」


 弾むような軽快な声音にチラリと隣を見てみると、嬉しそうにニコニコと微笑んでいるひぃくんがいる。

 なんとか全科目赤点を免れた私は、今、期末テストお疲れ会と称してネズミーランドへと遊びに来ている。“期末テストお疲れ会”なんて言っているけど、実際にはひぃくんとのデートだったりする。
 普段ならお行儀が悪いと怒られてしまう食べ歩きも、ネズミーランドでは当たり前。なんて素晴らしい場所なのだろう。

 私はニッコリと微笑むと、ひぃくんから差し出された棒状のドーナツにカプリと食いついた。


「ん〜っ! 美味しぃ〜っ!」

「良かったねー。花音可愛いー」


 ニコニコと微笑む私を見て、フニャッと笑うひぃくん。


(あぁ……何だかとっても幸せぇ)


「──おい」


 そんな声と共に、いきなり背後から割り込んできたお兄ちゃん。


「くっつきすぎだろ」


 そう言って、ギロリとひぃくんを睨みつける。


(何でお兄ちゃんがいるのよ……)


 何故か勝手に付いてきたお兄ちゃん。先程からずっとこの調子で、正直とても面倒臭い。


「もうっ! 何でお兄ちゃん付いて来たの!? さっきから煩いよっ!」


 頬を膨らませて文句を伝えると、ギロリと私を流し見たお兄ちゃん。


(……ひっ! い、言いすぎた!?)


「お前を狼から守る為だよ」


(……? 狼なんて一体何処にいるのよ)


「狼なんていないし……。何言ってるの?」


 私はそう言うと呆れた顔でお兄ちゃんを見た。


(狼なんているわけないじゃん。ここはネズミーランドだよ?)


「お前がそんなんだから心配なんだよ」

「心配しすぎだよ。ネズミーランドに狼なんていないから」


(お兄ちゃん、頭いいくせにそんなのも知らないの?)


 私は呆れて小さく溜息を吐く。
 チラリとお兄ちゃんの横に視線を移すと、そこにはお兄ちゃんに付き合わされて来た彩奈がいる。


(何か本当にごめん……彩奈)


「狼は響だよ……」


 その声に視線を向けると、呆れた様な眼差しで私を見つめるお兄ちゃんが小さく溜息を吐いた。


「……ひぃくんは王子様だもん」


(まぁ……中身はちょっと変だけど。狼になんて全然似てないし)


「お前、そんなんじゃすぐ響に食われるぞ」

「は……?」


(いくらひぃくんが変わってるからって、人なんか食べないよ。失礼しちゃうっ! 人喰いは鬼の方でしょ!?)


「それはお兄ちゃんでしょ!」

「はっ!?」

「人喰い鬼っ!」


 お兄ちゃんに向けて悪態を吐くと、素早くひぃくんの後ろへ隠れる。そんな私を見て、クスクスと笑っているひぃくん。


(どこが狼に見えるって言うのよ……。こんなに優しい顔してるのに)


「お前は全然分かってないよ……」


 そう言って呆れた顔をするお兄ちゃん。


(……あれ? 怒らないの?)


 実はビクビクしていた私。
 ホッと安堵すると、ひぃくんが握っているドーナツに視線が向く。


「食べる?」


 私の視線に気付いたひぃくんは、ニッコリと微笑むとドーナツを差し出した。


「うんっ!」


 途端に瞳を輝かせると、目の前に差し出されたドーナツにパクリと食いつく。


「…………。お前が呑気すぎて心配だよ、俺は」


 そんな私を見て、溜息混じりにそう呟いたお兄ちゃん。


(呑気なのは私じゃなくてひぃくんだもん。お兄ちゃんてホント失礼だよね)


 失礼だと怒りながらも、ひぃくんに対して失礼な事を思う私。
 差し出されたドーナツをパクパクと食べ続ける私の横で、お兄ちゃんはずっと呆れたような顔をして私を見ていた。






◆◆◆






 今にもスキップでも始めそうなほどに浮かれて歩く私は、手元の携帯画面を眺めてニコニコと微笑んだ。
 そこには、プリンセスの隣で満面の笑顔を咲かせる自分の姿が映し出されている。


「良かったねー、花音」

「うんっ!」


 ひぃくんに向けて笑顔で頷くと、その視線を再び携帯へと戻す。


(さっきはプリンセスに会えて本当にラッキーだったなぁ。……あっ! 待ち受けにしよ〜とっ)


 そう思った私は、ニコニコとしながら携帯を操作する。


「……あっ」


 小さな声が漏れ聞こえた瞬間、私のすぐ隣を歩いていたひぃくんがピタリと足を止めた。
 何処かを見つめたまま、微動だにせず全く動こうとしないひぃくん。そんな姿を不思議に思いながら見つめていると、私に向けて視線を移したひぃくんがニッコリと微笑んだ。


「花音。お姫様になれるよ?」

「……えっ? 本当!?」


(お姫様になれるって何? どういう事!?)


 ひぃくんが放った言葉の意味は分からなかったものの、私は期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせた。


「うんっ。こっちだよー」


 フニャッと笑ったひぃくんは、私の手を取るとそのまま歩き始める。


(……? 何処に行くのかな?)


 ニコニコと微笑むひぃくんの横顔を見つめながら、期待に胸を膨らませつつ黙って付いて行く。


「ほら、あれだよ?」


 目の前を指差したひぃくんは、私を見てニッコリと微笑んだ。
 ひぃくんの指差す方向を辿って見てみても、そこにはキッズコーナーしか見当たらない。


「……ひぃくん。ここ、キッズコーナーだよ?」


(本当にここでお姫様になれるの?)


 不思議に思いながらひぃくんを見上げると、そんな私を見てニッコリと微笑んだひぃくん。


「うんっ。花音はお姫様で、俺は白馬に乗った王子様だよ?」

「え?」


 ニコニコと微笑みながら、再び目の前を指差したひぃくん。


(ひぃくんが白馬に乗った王子様……?)


 それは勿論とても嬉しいけど、目の前のキッズコーナーにはそれらしきアトラクションは見当たらない。


(何を言ってるの?)


「ひぃくん、何の事を言ってるの?」

「んー? あれだよ、ほら。馬がいるでしょ?」


 そう言ってニッコリと微笑むひぃくんの指先を辿ってみても、そこには馬なんて見当たらない。


「馬なんかいないよ?」

「いるよー。ほら、こっち」


 ひぃくんはフニャッと笑ってそう告げると、私を引き寄せて自分の目の前へと立たせる。


「ね? ほらあそこ。……見えた?」


 腰を屈めて、私の耳元でそう告げたひぃくん。
 ひぃくんの指差す方向に見えるのは、ゆっくりと進むパンダの上に乗った小さな男の子の姿。あれは確か……。電動で動く、メロディペットとかいう乗り物だ。


「パンダ……?」

「違うよー。その隣」


 ひぃくんの言葉に視線を少し横に移してみると、そこにはもう一台のメロディペットが止まっている。


(え……? まさか……っ)


 嫌な予感に、思わず顔が引きつる。


「あれに乗れば、花音もお姫様になれるよ?」

「…………」


(…………やっぱり。ひぃくん……私、あんなの乗れないよ)


 私は顔を引きつらせたまま後ろを振り返ると、ひぃくんに向けて口を開いた。


「ひぃくん……私、あれには乗れないよ」

「どうして? お姫様になれるよ?」

「だって……あれ、子供用だし」


 大体、あれはどう見たって馬ではない。


(ロバだよ、ひぃくん……)


「大丈夫だよ? 花音は可愛いから」


 私を見てニッコリと微笑んだひぃくん。


(……いや、その理論は何? 意味が分からないから)


「お馬さんに乗って、一緒に写真撮ろうねー?」


 そう言って嬉しそうに微笑むと、私の手を握って歩き始めたひぃくん。



 ────!?



 慌ててその歩みを止めると、真っ青な顔をしてひぃくんを見上げる。


「ひ……っ、ひぃくんっ! あれは子供用だからっ! ……そもそも、あれはどう見たって馬じゃないからねっ!?」

「……えっ? 馬だよ?」

「ロバだよっ!!」


 思わず瞳を全開にして大声を上げてしまった私。


(一体どんな視力してるのよ……。どう見たってあれはロバだから。あんなの……っ、絶対に乗りたくない)


「え? 馬だよ? ……ねぇ?」


 私の言葉に不思議そうな顔をしたひぃくんは、そう告げるとお兄ちゃん達に視線を向けた。



君と私とロバと……② ( No.21 )
日時: 2024/08/26 10:38
名前: ねこ助 (ID: CioJXA.1)






「いや、ロバだろ」

「ロバだと思うけど……」


 シラけた顔をして答える、お兄ちゃんと彩奈。


(……ほらっ! ねっ!? ひぃくん、あれはロバだよ!?)


 お兄ちゃん達の言葉にニッコリと微笑んだひぃくんは、私に視線を移すとフニャッと笑った。


「ほらね? 馬だって」



 ────!?



 満面の笑みで、堂々とそう言い放ったひぃくん。


(ひぃくん……。私、今ちゃんと聞こえてたからね? お兄ちゃん達ロバって言ってたじゃん。よくもそんなに堂々と嘘が付けたね……ビックリだよ)


 ひぃくんのその態度に、一瞬にして全員がドン引く。


「楽しみだねー」


 ニコニコと微笑むひぃくんは、再び私の手を掴むとキッズコーナーへと向かって歩みを進める。


「えっ!? ま、待って! 私乗りたくないっ!」

「……えっ!? どうして!?」


 私の言葉に、さも驚いたような顔を見せるひぃくん。


(何故そこでひぃくんが驚くの?)


 思わず顔が引きつる。


「あれは子供用だからっ! 乗れないよっ! ……絶対に無理っ!」


(お願いだからよく見て! 小さな子供しか乗ってないんだよ? それを私に乗れって言うの!?)


「大丈夫だよ? 花音は可愛いから」


(いや……だから、その理論は全くもって意味が分からないから!)


 嫌だ嫌だと叫ぶ私を無視して、ニコニコと微笑むひぃくんはキッズコーナーへと近付いてゆく。


「照れなくても大丈夫だよー」


(照れてるんじゃなくて恥ずかしいんだよ! っ……本当にわからないの!?)


 ニコニコと微笑むひぃくんを見上げながら、私の顔は真っ青に染まった。
 チラリとお兄ちゃん達の方を見てみると、ドン引いた顔で私達を見てはいるものの、どうやら助けてくれる気はないらしい。


(あぁ……っもう、無理……っ。お願い、誰か助けて……っ!)


 そのままズルズルとキッズコーナーまで連れて行かれると、気付けば私のすぐ目の前にはメロディペット の姿が。
 その顔はなんとも絶妙な不細工加減で、妙な味わいを演出している。


(嫌だ……っ。こんなの乗りたくないよ……)


 泣きそうな顔をしてお兄ちゃんを見ると、プッと笑って私から視線を逸らす。


(酷い……っ、助けてくれないの?)


「花音っ。おいでー」


 そんな軽快な声が背後から聞こえた瞬間、フワリと宙を浮いた私の身体。


(……えっ?)


 一瞬の隙にロバに乗せられてしまった私は、後ろにまたがったひぃくんにそのままガッチリと抱きしめられた。
 私の顔からは一気に血の気が失せ、青白く染まった顔面はヒクヒクと痙攣し始める。


かける。写真撮ってー?」


 そう告げると、お兄ちゃんに携帯を渡したひぃくん。


(え……っ。ま、待って……嘘でしょ……っ?)


「しゅっぱーつ!」


 嬉しそうな声を上げたひぃくんは、ロバの首元にお金を投入すると、「花音、良かったねー。お姫様だよ」と言って私をキュッと抱きしめる。
 軽快な音楽と共に、ゆっくりと動き始めた不細工な顔のロバ。


(っ、何これ……歩いた方が全然早いじゃん)


 ノロノロと歩くロバの背にまたがり、私の背後で嬉しそうにハシャいでいるひぃくん。軽快な音楽のせいもあってか、何だか凄くバカっぽい。
 すれ違う子供達は、私達を見て不審そうな顔をする。


「ママー。見て、大人が乗ってるよ」


 私達を見ながら指を差す女の子に、まるでパレードでもしているかのように笑顔でヒラヒラと手を振るひぃくん。


「白馬に乗った王子様とお姫様だよー」

「……それ、ロバって言うんだよ」


(ひぃくん……。あんなに小さな子でも、ロバだって分かってるじゃん……)


「お馬さんだよ?」


 そう言ってニッコリと微笑むひぃくんに、不審そうな顔を見せる女の子。


「っ……里香ちゃん、ダメよ」


 近くにいた母親らしき人が、引きつった顔をして女の子を私達から遠去ける。それではまるで、私達が不審者のようだ。
 軽快な音楽と共に、ノロノロと動く不細工な顔のロバ。その背にまたがり、ニコニコと微笑んで白馬に乗った王子様だと言い張るひぃくん。


(……うん。確かにヤバイ奴かもしれない。一緒に乗ってる私も同じなの……?)


 周りから向けられる白い目に耐え切れなかった私は、思考を手放すとその視線から逃れるようにして上を向いた。


(お願い……っ。何でもいいから早く終わって……)


 ニコニコと微笑むひぃくんに抱きしめられながら、ノロノロと動くロバの背に乗った白目の私。その姿は周りがドン引くには充分な程に異様で、気付けばあっという間に私達の周りから人がいなくなっていた。
 私達を乗せてノロノロと動くロバは、それから五分程すると静かに動きを止めた。


(地獄のように長い五分間だった……。なんで私がこんな目に……っ?)


 一刻も早くこの場から立ち去りたかった私は、ロバから降りるとフラフラとおぼつかない足取りでお兄ちゃん達の元へと向かった。


「お、お兄ちゃん……っ」

「…………。お疲れ。お前、顔ヤバかったぞ」


 引きつった顔をして私を見つめるお兄ちゃん。


(……顔? 私の顔なんかより、あの状況の方がよっぽどヤバかったと思うけど)


「翔。写真、ちゃんと撮ってくれたー?」

「あ……まぁ、一応は撮ったけど……。花音の顔がヤバイ」


(え……? 私、そんなにヤバイの?)


 引きつるお兄ちゃんの顔を見て、ニコニコと嬉しそうに携帯を見ているひぃくんへと視線を移してみる。


「花音、可愛いー」


 今しがた撮ったばかりの写真を見ているのであろうひぃくんは、嬉しそうな声を上げるとニコニコと微笑んだ。
 その写真の出来が気になった私は、ひぃくんの手元の携帯をチラリと覗き見る。


(え……っ、どこが可愛いの? とんでもなくブサイクじゃん……っ)


 携帯に映し出されていたのは、真っ青な顔をして白目を剥く、とんでもなくブサイクな私の姿だった。その後ろには、ちゃっかりとカメラ目線で笑顔を向けるひぃくんの姿がある。


「え……、凄くブサイク……」

「えー。そんなことないよ? いつも通り可愛いよっ」

「……えっ……いつも、通り……?」

「うんっ。いつも通りー」


 フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。


(私……っ、いつもこんなにブサイクなの……?)


 画面に映し出された自分の顔を見つめながら、その絶望感に顔を歪める。


「待ち受けにしちゃおーっと」


 嬉しそうにニコニコと微笑むと、そう言って携帯を操作し始めたひぃくん。


「できたーっ! ほら見て、花音可愛いー」


(っ……どこが……? それのどこが可愛いの……?)


 ニコニコと微笑みながら、携帯を見せびらかしているひぃくん。
 そこに映し出されているのは、白目を剥いた私の顔のドアップ写真。


(何故ドアップにした……。これが可愛いって……、本気?)


 ニコニコと嬉しそうに携帯を掲げるひぃくん。
 お兄ちゃん達をチラリと見てみると、とてもドン引いた顔で画面を見ている。


(ひぃくん……お願い、やめて。みんな引いてるよ……っ。どうかしてるよ、そのセンス)


 絶対に待ち受けは解除してもらおう。そう堅く心の中で思いながらも、目の前に映し出されたブサイクな自分の顔を見つめる。


(これが……っ、私のいつも通りの顔……? 本当に? 私……、こんなにブサイクなの……?)


 顔面蒼白で引きつった私は、小さく笑い声を漏らすと薄く笑みを浮かべた。


(死にたい……。私、めちゃくちゃブサイクじゃん……っ。ひぃくん、こんな私のどこが好きなの? なんか……っホントありがとう)


 ニコニコと微笑むひぃくんに視線を移すと、私は笑顔を引きつらせながらも心の中で感謝した。



恋人ふサンタクロース① ( No.22 )
日時: 2024/08/27 16:14
名前: ねこ助 (ID: BbFmo06P)





 明日はいよいよクリスマス。といっても、自宅でのホームパーティーしか予定の入っていない私。
 ひぃくんと付き合っている事はもう知っているのに、二人きりでのデートは許してくれなかったお兄ちゃん。


(せっかくのクリスマスなのに……。恋人同士になってから、初めて迎えるクリスマスなんだよ? イヴの日くらい、ひぃくんと二人きりで過ごしたかったなぁ。お兄ちゃん酷いよ……っ)


 不貞腐れた顔でひよこをギュッと抱きしめると、そのままベッドへ倒れ込む。


「一緒にツリー見に行きたかったなぁ……」


 ポツリと小さな声で呟くと、そのままひよこへ顔をうずめる。



 ────カラッ



 突然の冷気にブルリと身体を震わせると、その数秒後、私の頭にフワリと優しく触れた暖かい手。


「花音」


 頭上から聞こえてきた心地よい声に顔を上げると、優しく微笑むひぃくんと視線がぶつかる。


「えっ……。ひぃくん、どうしたの?」


 確かさっき携帯を見た時には、まだ十九時を過ぎたばかりだったはず。そんな時間にひぃくんが窓をつたって来るなんて、とても珍しいのだ。
 不思議に思って見つめていると、小首を傾げてフニャッと微笑んだひぃくん。


「もうご飯食べた? 」

「……えっ? あ、うん。食べたけど」


(そんな事を一々聞きに来たの?)


 質問の意図が解らずに困惑する。
 そんな私を見たひぃくんは、クスリと小さく微笑むと私の身体を優しく抱き起こした。


「じゃあ、今から出掛けよっか」

「えっ? 手掛けるって……どこに? 」


 驚いた顔をみせると、私の頭を優しく撫でたひぃくんはフニャッと笑って小首を傾げた。


「ツリー見に行くんだよ?」

「……えっ?」

「外は寒いからちゃんと暖かい格好してね?」

「えっ!? ツリー!? ツリー見に行くの!?」

「うん。そうだよー」


 そう言ってニッコリと微笑んだひぃくん。


「ホント!? やったぁー! 急いで支度するねっ!!」


 勢いよく立ち上がった私は、抱えていたひよこをベッドに放り投げるとクローゼットへと走り寄る。
 そんな私を見て、ひぃくんはクスクスと笑い声を漏らす。


「そんなに大きな声出したらかけるにバレちゃうよ? 」


 そんなことを言いながら、私の放り投げたひよこを掴み上げてフニャフニャと掌で揉み始めたひぃくん。


「大丈夫! お兄ちゃんね、さっき用があるからって出掛けたの」

「翔いないの? 」

「うん。酷いよね、 私には出掛けちゃダメって言ってたくせに」


 ブツブツと文句を言いながらも、クローゼットの中を物色する。



 ────!?



 不意に後ろから抱きしめられ、驚いた私はピタリと動きを止めた。


「じゃあ、ゆっくりデートできるね」


 耳元で甘く囁かれたその声に、ドキリと跳ね上がった心臓が急激に心拍数を上げてゆく。


「ゆっくり支度していいよ。また後で迎えに来るから」


 私の髪に優しくキスを落とすと、顔を覗き込んで優しく微笑んだひぃくん。


「……っ、うん」

「ちゃんと暖かい格好してね?」


 フニャッと笑ったひぃくんは、私の頭を優しく撫でるとヒラヒラと手を振って自室へと戻ってゆく。
 一人部屋に残された私は、未だ早鐘を打ち続ける胸にそっと手を当ててみた。

 最近のひぃくんは、なんだか少しおかしい。まぁ……元々ちょっと変ではあるのだけど。なんというか、時々もの凄く甘い声を出すような気がする。


(単なる私の思い過ごしかな?)


 静まってきた胸からゆっくりと手を離すと、私は一度小さく息を吐いてから再びクローゼットの中を物色し始める。
 その中から一枚のワンピースを選ぶと、目線の高さでパッと広げて確認してみる。


「……うん。これにしよう」


 以前、ひぃくんが可愛いと褒めてくれたピンク色のワンピース。それに合わせて真っ白なコートも取り出すと、私はウキウキと胸を躍らせながらも素早く支度を済ませた。






◆◆◆






「ひぃくんっ! ツリー綺麗だったね!」

「うん。綺麗だったねー」


 先程撮ったばかりの写真を眺めて、ニコニコと微笑んで帰り道を歩いてゆく。


「私ね……ひぃくんと一緒にツリーが見たかったの。だからね、今日は一緒に見れて本当に嬉しかった! ありがとう、ひぃくんっ 」

「どういたしまして。俺も花音と一緒に見れて凄く嬉しかったー」


 繋いだ手をユラユラと揺らしながら、肩を並べて歩いてゆく。そんな私達は、お互いの顔を見てクスクスと笑い合った。
 今年は、一緒にツリーを見に行けないものだと諦めていた私。だから、こうして一緒に見れた事が本当に嬉しかった。

 左手に持った携帯に視線を戻すと、今しがた撮ったばかりの写真をスライドさせてゆく。


「これ、待ち受けにしようかなー。ねぇねぇ、ひぃくん。 これどうかな? 」


 ツリーをバックに二人並んで撮った写真を見せると、それを見てフニャッと微笑んだひぃくん。


「うん。花音可愛いー」

「本当? じゃあ、ひぃくんもこれ待ち受けにしたら?」

「うーん……。でも、これお気に入りだからなー」


 そう言って、コートのポケットから携帯を取り出したひぃくん。 
 画面を眺めて、何やら嬉しそうに微笑んでいる。


「そっちの写真より、この写真の方が良くない?」

「んー。こっちの方が良いっ」


 手元の写真を見せて懸命にアピールしてみるも、あえなく却下されてしまった私のお勧め写真。


「そんなにそれが良いの……?」

「うんっ。花音可愛いー」


 私は自分の携帯へと視線を戻すと、今回もダメだったかとガックリと肩を落とす。


(絶対にこっちの方が良いのに……。何でアレが良いの?)


 待ち受けを変更してもらいたくて、新しく写真が増える度に色々と勧めている私。だけど、どうやらひぃくんは待ち受けを変える気はないらしい。
 手元の携帯を眺めて、それはとても嬉しそうな笑顔で「可愛いー、可愛いー」と連呼している。


(それのどこが……っ?)


 白目の私が待ち受けになっている携帯を見つめて、嬉しそうな笑顔を咲かせるひぃくん。
 そんな姿を横目に、私は思いっきり顔をヒクつかせた。




恋人はサンタクロース② ( No.23 )
日時: 2024/08/29 17:31
名前: ねこ助 (ID: TxQNEWMH)





 帰宅途中でXmasケーキを買ってきた私達は、家の前まで着くと足を止めた。


かける、まだみたいだね」

「本当だね。良かったぁ」


 灯りひとつともっていない真っ暗な家を眺めて、私はホッと安堵の息を吐く。
 お兄ちゃんが居たとしても、コッソリと家の中へ入ればきっとバレはしないと思う。だけど、居ないに越したことはないのだ。

 そのまま門に手を掛けて中へ入ろうとすると、繋いだままだった右手がクイッと軽く後ろへ引かれた。


「ひぃくん……? 」


 振り返った私は、ひぃくんの謎の行動に首を傾げた。


「今日はこっちだよ?」


 ニッコリと微笑んだひぃくんは、私を連れてそのまま自分の家に向かうと玄関扉を開いた。
 いつもひぃくんが我が家に入り浸っているせいか、私がひぃくんの家を訪ねるのは随分と久しぶりな気がする。


(最後に来たのって、いつだろう? 何だか少し緊張するなぁ)


「お邪魔します……」

「いらっしゃーい」


 私の気持ちを知ってか知らずか、呑気な声を出してニコニコと微笑むひぃくん。
 そのまま自室へと案内されると、ベッドの上に腰を下ろしてキョロキョロと室内を見渡す。


「……全然変わってないなぁ」


 そう小さく呟くと、昔の記憶とさほど変わらない室内に緊張がほぐれてゆく。


「お待たせー」


 軽快な声を響かせながら、開かれたままだった扉から顔を覗かせたひぃくん。ニコニコと微笑むひぃくんの手元を見てみると、ジュースの入ったグラスと食器を持っている。
 そのままテーブルの方へと向かうひぃくんを見て、それにつられた私はテーブルの前へと座り直した。


「おばさんとおじさんは?」

「デートしてるよー」

「相変わらず仲良しだね」


 ケーキをお皿に移し替えるひぃくんの姿を眺めながら、おばさん達を想像してクスクスと笑い声を漏らす。


「俺達も今日デートしたから仲良しだね」

「うん」


 フニャッと微笑むひぃくんにつられて、とろけた笑みを浮かべる私。
 思えば、付き合ってから二人きりで外出したのは今日が初めてかもしれない。


(いつも何故かお兄ちゃんが付いて来るし……。今日はお兄ちゃんが居なくて本当に良かった)


 そう思うと、なんだか余計にニヤケ顔が止まらない。


「じゃあ、食べよっかー」


 隣に座ったひぃくんが私を見てフワリと微笑むと、グラスを持ち上げて私の方へと近づける。
 それにならってグラスを持ち上げた私は、隣に座るひぃくんへ向けてグラスを近付けた。



 ────カンッ



「「メリークリスマス」」


 重なった声に、自然と笑い声を漏らす二人。


(なんて幸せなクリスマスなんだろう……)


 さっきからニヤケ顔が止まらない。緩みっぱなしの頬を押さえた私は、目の前で幸せそうに微笑んでいるひぃくんを見つめた。
 好きな人と二人きりで過ごす、初めてのクリスマス。そんな特別な夜に、改めて感謝をすると幸せを噛み締める。

 そんな幸福感に一人酔いしれる私は、緩んだ顔のまま目の前のケーキへと視線を移すと、とろけるような満面の笑みでケーキを頬張った。






◆◆◆






「花音。左手出して?」


 ケーキを食べ終わった後、唐突にそう告げたひぃくん。


(……左手? 何で?)


 不思議に思いながらも左の掌を差し出すと、クスリと笑い声を漏らしたひぃくん。


「違うよー、こっち」


 私の手を取ったひぃくんは、優しくその手をひっくり返す。


「いつかホンモノ買ってあげるからね」


 そう告げたひぃくんは、フワリと微笑むと私の左手薬指に指輪をめた。


「……え?」

「クリスマスプレゼント。毎日必ずつけてね?」


 フニャっと笑って小首を傾げるひぃくん。


「嘘……っ。私、何もプレゼント用意してないよ……」


 毎年お兄ちゃん達としているクリスマスパーティーでは、皆んなで豪華な食事をして美味しいケーキを頬張る。ただそれだけだった。
 プレゼントなんて一度も用意した事などない。

 それでも、ひぃくんは毎年何かしらのプレゼントをくれていた。今思い返せば、そうだった気がする。
 毎年くれていたのに、今まで一度も用意した事のない私。


(最低だ……)


 習慣とは怖いもので、今年も皆んなでクリスマスパーティーだとばかり思っていた私は、プレゼントのプの字も思い浮かばなかったのだ。


「大丈夫だよー、花音。ちゃんと用意してあるから」


 自分の失態に打ちひしがれていると、私の頭を優しく撫でたひぃくんがニッコリと微笑んだ。
 そのまま立ち上がって、クローゼットの方へと歩き出したひぃくん。


(……? ひぃくんへのプレゼントを、ひぃくんが用意した? そんな事ってできるの? それって、私からのプレゼントって言えないんじゃ……)


 ゴソゴソとクローゼットを漁るひぃくんの背中を眺めながら、ボンヤリとそんな事を思う。
 プレゼント? らしき袋を抱えて、ニコニコと戻って来たひぃくん。


「はい。これだよー」


 私の隣に座ると、ひぃくんは抱えていた袋を差し出した。


(……何だろう?)


 差し出された袋を受け取ると、綺麗に結ばれた紐を解いてゆく。


「これって……サンタクロース?」


 袋の中を覗いてみると、そこに入っていたのは、この時期定番の真っ赤なサンタクロースの衣装だった。


「うんっ。花音はサンタさんだよ」

「え……? 」


 嬉しそうにニコニコと微笑むひぃくんを見て、改めて手元の衣装へと視線を向けてみる。


(これを着ろって事……、なのかな? それがプレゼントになるの?)


「これを着ればいいの?」

「うん」


 私の問いに、嬉しそうにフニャッと笑って答えたひぃくん。


(そんな事でいいの?)


 一体何が入っているのかと、実は不安に思っていた私。見たところ、よくある普通のサンタクロースの衣装のようだ。
 ひぃくんからの提案には驚きはしたものの、意外にもまともな衣装でホッとする。


(これがひぃくんへのプレゼントになるなら……特に断る理由もないよね)


 期待に瞳を輝かせているひぃくんを見て、思わずクスリと笑みが漏れる。


「うん。わかった」

「本当っ!? やったー」


 一瞬、瞳を大きく見開いて驚いた顔をみせると、とても嬉しそうにニコニコと微笑むひぃくん。


「じゃあ、廊下にいるから。着替え終わったら教えてね?」


 それだけ告げると、ウキウキとした軽やかな足取りで扉へと向かって歩き始めたひぃくん。
 私はそんな嬉しそうな背中を黙って見送ると、ひぃくんが出て行った扉を眺めてクスクスと笑い声を漏らした。


(まるで小さな子供みたい。そんなに着て欲しかったんだ……)


 そんな事を思いながらも、私は手元の衣装へと着替えを始めた。




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