コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- ぱぴLove〜私の幼なじみはちょっと変〜
- 日時: 2024/09/24 01:29
- 名前: ねこ助 (ID: tOcod3bA)
★あらすじ★
見た目は完璧な王子様。
だけど、中身はちょっと変な残念イケメン。
そんな幼なじみに溺愛される美少女の物語——。
お隣りさん同士で、小さな頃から幼なじみの花音と響。
昔からちょっと変わっている響の思考は、長年の付き合いでも理解が不能!?
そんな響に溺愛される花音は、今日もやっぱり振り回される……!
嫌よ嫌よも好きのうち!?
基本甘くて、たまに笑える。そんな二人の恋模様。
◆目次◆
♡第一章♡
1)私の幼なじみはちょっと変>>01
2)私のお兄ちゃんは過保護なんです>>02
3)君はやっぱり変でした①>>03
4)君はやっぱり変でした②>>04
5)君はやっぱりヒーローでした>>05
6)そんな君が気になります①>>06
7)そんな君が気になります②>>07
8)君はやっぱり凄く変①>>08
9)君はやっぱり凄く変②>>09
10)君は私の彼氏でした!?①>>10
11)君は私の彼氏でした!?②>>11
12)そんな君が大好きです①>>12
13)そんな君が大好きです②>>13
14)そんな君が大好きです③>>14
15)そんな君が大好きです④>>15
♡第二章♡
16)君は変な王子様①>>16
17)君は変な王子様②>>17
18)君とハッピーバースディ>>18
19)君ととんでもナイト>>19
20)君と私とロバと……①>>20
21)君と私とロバと……②>>21
22)恋人はサンタクロース①>>22
23)恋人はサンタクロース②>>23
24)恋人はサンタクロース③>>24
25)煩悩はつまり子煩悩!?①>>25
26)煩悩はつまり子煩悩!?②>>26
27)煩悩はつまり子煩悩!?③>>27
28)君とハッピーバレンタイン①>>28
- そんな君が大好きです③ ( No.14 )
- 日時: 2024/08/23 21:27
- 名前: ねこ助 (ID: joMfcOas)
「ねぇ、ひぃくん。私って……、エッチなの?」
私の隣でニコニコとしながら歩くひぃくんに、勇気を振り絞って訊ねてみる。
実は、先程言われた言葉がずっと気になって仕方がなかった。
(私ってエッチなの……? だとしたら……、恥ずかしくてもう生きていけない)
そんな事さえ思っていたのだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ニコッと笑ったひぃくんは私に向けて小首を捻った。
「えー? 誰に言われたの? そんな事」
────!?
(……お前だよっ! 思い悩んだ数分間を返してくれ!)
ニコニコと微笑むひぃくんを見て、ガックリと肩を落とす。
(何なのよ……、ひぃくんのバカっ)
「……何でもない」
アホらしくなった私は、そう答えると前を向いた。
(ひぃくんと一緒にいると本当に疲れる……。何でこんなに振り回されなきゃいけないのよ)
小さく溜息を吐く私の横で、呑気にニコニコとしているひぃくん。
(本当、呑気な人だよね)
「──あれ? 花音ちゃん?」
────!?
突然呼ばれた声に視線を向けてみると、そこには斗真くんがいた。
「……斗真くん」
私の声にニコリと微笑んだ斗真くんは、そのまま私達の方へと近付いてくる。
どうやら何人かで一緒に来ているらしく、その中にはスパへ一緒に行った男の子の姿もある。
「花音ちゃんも来てたんだね」
私のすぐ目の前で足を止めた斗真くんは、そう言うとニッコリと微笑んだ。
「……誰? 学校の人?」
そう言ってジロリと斗真くんを見るお兄ちゃん。
(一度会った事あるのに……)
どうやら覚えていないらしい。
「あ、こんにちは。同じ学校の山崎斗真です」
お兄ちゃんの失礼な態度を気にすることもなく、笑顔で挨拶をする斗真くん。
(……出来た人だ)
お兄ちゃんと話している斗真くんの姿を眺めながら、私は一人感心する。
その後、一緒に行動する事になった私達。どうやらお兄ちゃんも一緒なので、男の子がいてもいいみたいだ。
何だか突然多人数になり、一気にお祭り気分が増した気がする。
(今日は本当に来て良かった……)
今しがたひぃくんに取ってもらったばかりのピンク色の水風船を見つめて、そんなことを思った私は小さく微笑んだ。
パシパシと掌でヨーヨー遊びを始めた私は、ふと思い立つと水風船を自分の頬に当ててみる。中に入った水が、冷んやりとしてとても気持ちがいい。
「ひぃくん。これ、凄く気持ちいいよ」
そう言いながら、隣を歩くひぃくんに向かって水風船を差し出す。
私の掌から水風船を受け取ったひぃくんは、それを自分の掌の上でコロコロと転がす。
「んー……。違うなー」
(……何が?)
チラリと私を見たひぃくんは、私の腕の中にいるひよこをヒョイッと取り上げた。
「……あっ! これだー。気持ちいいねー」
そう言って、ひよこをモミモミと手で揉み始めたひぃくん。
ビーズクッションで出来たひよこは、確かに触り心地がいい。
(でも、水風船は冷たくて気持ちいいのにな……)
私は返されてしまった水風船を見つめると、輪ゴムに指を通して再びヨーヨー遊びを始める。取られてしまったひよこをチラリと見ると、ひぃくんに揉まれてグニャグニャと形を変えている。
嬉しそうにひよこを揉むひぃくん。そんなひぃくんに向けて、私は溜息混じりに声を掛けた。
「そんなに気持ちいい?」
(私のひよこ。お気に入りなんだけどな……)
この分だと暫くは返ってこなそうだ。
「うんっ! 花音のおっぱいみたい!」
────!?
嬉しそうな顔でそう言い放ったひぃくん。
私は驚きに身を固めると、グニャグニャと形を変えるひよこを呆然と見つめた。
(今……、何て……?)
私の指にぶら下がった水風船が、力なくユラユラと揺れる。
そんな静寂も一瞬に、ハッと意識の戻った私は勢いよくひぃくんからひよこを取り上げた。
「やめてよ、 ひぃくん!」
「あー……、花音のおっぱい」
「っ、だからやめてよ! その言い方っ!」
そんなことを言いながら二人で揉めていると、私達の少し前を歩いていたお兄ちゃんがこちらを振り返った。
「何やってるんだよ。置いてくぞ」
どうやら会話までは聞こえていなかった様で、私はホッとすると小さく息を吐く。
「おっぱいが……」
私の腕に抱きしめられているひよこを見て、おっぱいおっぱいと煩いひぃくん。
(お兄ちゃんに聞こえたらどうするのよっ!)
煩いひぃくんを横目に、私は小さく溜息を吐くと口を開いた。
「後でクッション触らせてあげるから……お願いだから今は黙ってて」
「本当!?」
「うん」
別にクッションだからいい。
そんな風に思っていた私は、後で後悔する事になるとは微塵も思っていなかった。
◆◆◆
さっきから、やたらとご機嫌なひぃくん。花火会場に着いた私達は、人混みの中で花火が開始するのを待っていた。
そんな中、ニコニコと幸せそうに笑っているひぃくん。私なんて息をするのでやっとだ。
「なんか響さん、さっきから凄いご機嫌だね。何かいい事でもあったの?」
幸せそうにニコニコとしているひぃくんを見て、彩奈は不思議そうな顔をする。
(確かに……。何でそんなに笑ってられるの?)
ニッコリと笑ったひぃくんは、彩奈を見ると嬉しそうに口を開いた。
「花音がねー、後でおっぱい触らせてくれるんだって」
────!?
ひぃくんの放った言葉に、その場にいた全員が固まった。思わずふらりとよろけると、そのままひぃくんに抱きとめられる。
予想以上に大きかったその声に、近くの知らない人達まで私達を見ている。
(クッションだよ……ひぃくん。お願いだからクッションと言って……)
「……は?」
呆然とするお兄ちゃんは、小さな声を漏らすとひぃくんを見た。
「静かにしてたらね、後でご褒美に触らせてくれるんだって! さっき花音が言ってた。楽しみだな〜!」
幸せそうにニコニコと微笑むひぃくんは、「そうだよね?」と言って私を抱きしめる。
(違う……っ。何かが致命的に違うよ、ひぃくん。それじゃ私……っ、まるで変態みたいじゃん)
一気に身体から血の気が引き、一瞬で真っ青になる私の顔。私と同じくらい真っ青な顔をしたお兄ちゃんは、ゆっくりと瞳を動かすと私を捉えた。
その目は驚きに見開かれている。
(お兄ちゃん……っ、そんな目で見ないで。私、そんな変態じゃないから……っ……変態なんかじゃない……)
密集する人混みの中、もはや酸欠状態だった私。
朦朧とする意識の中、真っ青な顔をしてひぃくんに抱きしめられている私は、ただ呆然と目の前のお兄ちゃんを見つめ返す事しかできなかった。
- そんな君が大好きです④ ( No.15 )
- 日時: 2024/08/23 21:32
- 名前: ねこ助 (ID: joMfcOas)
「花音。大丈夫?」
私の顔を覗き込み、心配そうにそう訊ねる彩奈。
酸欠で具合が悪くなったのと、恥ずかしくてあの場にいられなくなった私は、斗真くん達と別れると少し離れた場所へと移動した。
花火会場からは少し離れてしまうけど、ここでも充分に花火は見えるはず。
何より、人が少なくていい。実は穴場スポットだったのかもしれない。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
「動ける?」
「うん」
ベンチに腰掛けて休んでいた私は、立ち上がるとお兄ちゃん達のいる方へと向かって足を進めた。
目の前に見えるのは、場所取りをしてくれているお兄ちゃん達の姿。何やら、見覚えのない数人の男女と談笑している。
「誰だろ?」
「さぁ……?」
私の隣を歩いている彩奈は、お兄ちゃん達の姿を眺めながら首を傾げる。
(学校の友達かな?)
そんな考えを頭の中で思い浮かべた私は、そのままお兄ちゃんの背後まで着くとピタリと足を止めた。
「お兄ちゃん」
私の声に振り返ったお兄ちゃんは、私を視界に捉えると優しく微笑む。
「具合良くなったか?」
「うん。もう大丈夫」
そんな返事を返しながら、お兄ちゃんの背後へとチラリと視線を移す。すると、それに気付いたお兄ちゃんは口を開いた。
「学校の奴ら。今さっきそこで偶然会ったんだよ」
チラリと背後に視線を送ったお兄ちゃんは、そう告げると私と彩奈を皆に紹介してくれる。
「妹の花音と、その友達の望月彩奈さん」
「あー、知ってる知ってる! 噂の妹ちゃん!」
「誰と付き合っても妹優先するからフラれるって噂の? あー……。まぁ、こりゃ確かに優先したくもなるわ」
そう言って、ジロジロと私を見てくる先輩達。
(ていうか……お兄ちゃんて彼女いたんだ。全然知らなかったよ)
「可愛いね〜。俺と付き合わない?」
私の顔を覗き込む先輩は、そう告げるとニッコリと笑った。
(えっ? 私……今、告白されたの? 生まれて初めてだよ、告白なんてされたの……)
人生初の告白に感動で小さく震えていると、突然横からグイッと肩を抱き寄せられる。
「手、出したら殺すよ?」
その声に頭上を見上げてみると、ニッコリと微笑むお兄ちゃんがいる。
笑ってはいるけど……その顔は完全に鬼だ。背後には、なにやらどす黒いオーラまで放っている。
「お友達も可愛いね〜。俺と付き合わない?」
今度は彩奈に告白する先輩。
(なんて変わり身の早い人なんだろう……。私の感動を返してもらいたい)
「この子もダメだから」
お兄ちゃんは空いていた左手で彩奈の肩を抱き寄せると、そう言って先輩から遠ざける。
お兄ちゃんの腕に抱かれて少し俯き加減の彩奈は、何だか微妙に顔が赤い気がする。
(どうしたんだろ? ……あっ。鬼が怖いのね)
チラリとお兄ちゃんを見上げると、そこにはやっぱり鬼がいた。
(怖いよね……私も怖いもん。ごめんね、彩奈)
「──花音」
突然呼ばれたその声に視線を向けてみると、そこにはニコニコと微笑むひぃくんがいる。その腕には、何故か見知らぬ女の人が絡みついている。
(……何、してるの……?)
ニコニコと微笑みながら、私達の方へと向かって来ようとするひぃくん。それを必死に引っ張って止めている女の人。
よく見てみると、とても可愛い人だ。
(……何だか……っ胸が、痛い)
チクチクとしだした胸に、思わず顔を歪める。
(何っ、これ……。私、死ぬの……?)
「お……っお兄ちゃん……。苦しっ……私、死ぬ……っ」
「えっ!?」
お兄ちゃんの胸に顔を埋めて必死にそう訴えると、頭上からお兄ちゃんの焦ったような声が聞こえた。
そして再び、ベンチへ逆戻りした私。
そんな私の隣では、彩奈が心配そうな顔をして私を見ている。
「花音……大丈夫?」
「うん。何かもう治ったみたい」
俯いていた顔を上げてお兄ちゃん達の方を見てみると、心配そうにチラチラとこっちを見ているお兄ちゃんがいる。一緒に付いてこようとしたお兄ちゃんを制すと、私は彩奈と二人でベンチへと戻って来た。
せっかく友達と楽しそうにしているのに、何だか連れ出すのは申し訳なかったから。
チラリとひぃくんに視線を移すと、相変わらずその腕には女の人がくっついている。
その光景を目にした途端、何だかまた胸が苦しくなってくる。
「あ……っまた、胸が苦しくなってきた……。どうしよう……っ私、死ぬの……?」
ひぃくんを見つめたままそう呟くと、私の視線を辿った彩奈が溜息を吐いた。
「ねぇ。それって、響さんを見ると苦しくなるんじゃない?」
(す、凄いっ。何でわかるの? その通りだよ)
「うん……。っ苦しい、助けて……っ」
苦痛に顔を歪めたまま必死に懇願すると、彩奈はそんな私を見て溜息交じりに口を開いた。
「それは響さんのことが好きって事だよ。……花音のバカ」
彩奈の言葉に、思わず顔が引きつる。
(そんな訳ないじゃん……。何言ってるの? 酷いなぁ……バカだなんて)
引きつった顔でぎこちない笑顔を作ると、小さく笑い声を漏らす。
「あの女の先輩のことが気になるんでしょ? 」
「……っ、うん」
「可愛いもんね、あの先輩」
「うん」
「響さんの事好きだよ、あの人」
「……えっ」
彩奈のその言葉に衝撃を受けた私は、ひぃくん達から視線を逸らせないままその場で固まってしまった。
(あんなに可愛い人が……ひぃくんを……好き、なの……?)
「あのまま二人が付き合ってもいいの?」
ズキズキと胸が痛む。
(お願い……っやめて、彩奈)
「付き合っちゃうかもね? あの二人」
「やっ……、やだっ!」
今にも泣き出しそうな顔をして大声を上げると、そんな私を見た彩奈はクスリと笑った。
「……好きなんだね、響さんの事」
私を見つめる彩奈は、そう告げるととても優しく微笑んだ。
(そっか……私……ひぃくんの事が好きなんだ──)
素直にそう認めてみると、何だか胸の中が少しだけ軽くなったような気がする。
「うん。……好き」
そう小さく呟くと、私を見つめる彩奈はニッコリと微笑んだ。
「やっと自覚したね」
(でも……っ、自覚したからってどうすればいいの?)
私は彩奈から視線を外すと、相変わらず女の人と一緒にいるひぃくんを見つめた。やっぱりズキズキと痛む胸に、ギュッとひよこを抱きしめる。
とその時──女の人と連れ立って、何処かへ向かって歩き始めたひぃくん。そのまま皆のいる場所から、どんどん遠ざかってゆく二人。
(え……っ? 何処に行くの?)
「告白かもね」
「え……っ」
(あの人と付き合っちゃうの……? もう、ひぃくんと一緒にいられなくなっちゃうの? っ、……そんなの嫌。絶対に嫌……っ!)
そう思った私は、気付けばその場から勢いよく走り出していた。
後ろで彩奈が私を呼んでいる声が聞こえるけど、それでも私は止まる事なく走り続けた。
(どこ……っ? どこにいったの……っ、ひぃくんっ!)
人気のない場所で、必死にキョロキョロと辺りを見回す。
「ひぃくん……、どこにいるの……っ」
中々見つけられないその姿に、心細さと悲しさで涙が出そうになる。
今にも溢れ落ちてしまいそうな涙をグッと堪えると、私は胸元に抱きしめたひよこに顔を埋めた。
「──花音っ!」
聞こえてきた声に反応して勢いよく顔を上げると、私の視界に飛び込んできたのは、必死に探し求めていたひぃくんの姿だった。
とても焦った顔をみせるひぃくんは、すぐに私の元まで駆け寄ると心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「こんなところで何してるの? 一人でいたら危ないよ?」
「ひぃくん、探してたのっ……。嫌……っ」
小さく呟くようにして声を漏らすと、そのまま目の前のひぃくんにしがみつく。
そんな私を優しく抱きとめてくれたひぃくんは、まるで私をあやすかのようにして優しく頭を撫でてくれる。
「花音、どうしたの? 嫌って何が嫌なの?」
ついにグズグズと泣き始めてしまった私に、「泣かないで」と優しく声を掛けながら涙を拭ってくれるひぃくん。
「ひぃくん、いなくなっちゃ嫌ぁ……」
「大丈夫だよ、いなくならないよ?」
「私っ……、ひぃくんが好きなの……。ずっと一緒にいたい……っ」
思いのままにそう伝えると、私の頭を撫でていたひぃくんの手がピタリと止まった。
抱きしめられていた身体をゆっくりと離されると、私と目線を合わせたひぃくんがニッコリと微笑む。
「花音。もう一回言って?」
(……どこを?)
「一緒にいたい……」
「んー。違うよ、花音。そこじゃないよ?」
小首を傾げてニコニコと微笑むひぃくん。
(もしかして……好きって……、ところ? むっ……ムリムリムリッ! 恥ずかしすぎるもんっ!)
チラリとひぃくんを見てみると、ニコニコと微笑みながら私の言葉を待っている。
(どうしてまた言わなきゃいけないの……。何でちゃんと聞いててくれないのよ……、ひぃくんのバカっ)
「…………っ、好き……」
真っ赤になりながらもポツリと小さな声を溢すと、とても嬉しそうな顔をしてフニャッと笑ったひぃくん。
「俺も花音のことが大好き〜」
幸せそうに微笑むひぃくんにつられて、思わずクスリと笑みが漏れる。
────ドンッ!
突然聞こえてきた大きな音につられるようにして、すぐ横へと視線を移してみる。
すると、ヒュルヒュルと空高く打ち上がった光が、パッと綺麗な花火を咲かせた。
「花火……」
「始まっちゃったねー」
木々の隙間から覗く花火を眺めながら、隣に並ぶひぃくんの浴衣の袖をキュッと掴む。
(花火……ひぃくんと一緒に見れて良かった)
毎年一緒に見ているはずなのに、何故か今年の花火だけは特別に思える。
「花音は俺の大切なお嫁さんだからね?」
花火から視線を移すと、とても優しい笑顔を向けるひぃくんと視線が絡まる。
「……うん」
私の返事にフワリと優しく笑ったひぃくんは、私の頬に静かに両手を添えると、そのままゆっくりと唇を重ねた。
私の腕の中にいるひよこが、地面へと向かってポトリと落ちてゆく。
(え────)
そっと触れるだけのキスをしたひぃくんは、私から離れるとニッコリと優しく微笑んだ。
(私……今、ひぃくんとキス……。キス……、しちゃった……)
そう認識した途端に、一気に熱の上がった私の顔。きっと、今の私の顔は真っ赤に違いない。
恥ずかしさから顔を俯かせると、下に落ちたひよこを拾い上げたひぃくん。パンパンと軽くその場で汚れを落とすと、ひよこを差し出してニッコリと微笑む。
「はい。おっぱい落ちたよ?」
(…………。……クッションだよ)
こんな時でさえ、いつもと変わらないひぃくん。
すっかりと“おっぱい”が名前みたいになってしまったひよこを受け取ると、私はニコニコと微笑むひぃくんを見つめた。
ちょっぴり変なひぃくん。
きっと、これからもそれは変わらない。
──だけど、そんな君が大好きです。
- 君は変な王子様① ( No.16 )
- 日時: 2024/08/24 01:45
- 名前: ねこ助 (ID: AHLqKRWO)
「おい。ひっつきすぎだろ」
お兄ちゃんはそう告げると、ひぃくんの首根っこを掴んで私から引き離す。
新学期が始まり、もう気付けば九月に入ってしまった。
(時間の流れってホント早いなぁ……)
一人しみじみとそんな事を考えていると、お兄ちゃんから逃げてきたひぃくんが再び私の後ろへと回り込む。そのまま私を抱きしめるように座ったひぃくんは、フォークで唐揚げを突き刺さすと私の目の前へと差し出した。
「はい、あーん」
まるで二人羽織状態。
花火大会の日以来、ひぃくんの愛情表現は激しさを増した。
(お兄ちゃんにはまだ言ってないのに……。こんなんじゃすぐにバレちゃうよ)
鬼の逆鱗に触れたくなかった私は、お兄ちゃんには内緒にしようと決めていた。
「……おい。何なんだよそれ。自分で食べた方が食べやすいだろ」
呆れた顔で溜息を吐くお兄ちゃん。
(……仰る通りです、お兄ちゃん。私だって自分で食べたい)
いくら言っても頑として譲らないひぃくん。勿論、ひぃくんに愛されるのは嬉しい。そんなのは当たり前だ。だって、好きな人だから。
そんなひぃくんを無下にする事もできずに、私は毎回顔を引きつらせながらこの地獄の二人羽織に付き合っている。
目の前の唐揚げにパクリと食いつくと、「ありがとう」と小さく呟く。
「可愛いー」
そう言って私を抱きしめるひぃくん。
「響……刺さってる」
「えー?」
私の頬に突き刺さるフォークを指差して、お兄ちゃんは盛大な溜息を吐いた。
「だからやめろって言ってるのに……。毎回毎回アホか、お前らは」
私の顔を覗き込んだひぃくんは、私の頬に付いた三つの穴の跡を摩りながら、悲しそうな顔をして口を開く。
「ごめんね、花音。痛かったねー」
「だ、大丈夫だよ……ひぃくん」
ひぃくんの愛情表現は激しい。……そして、たまに痛い。
私は顔を引きつらせながらも、懸命に笑顔を作ってひぃくんに答えた。
◆◆◆
私の学校では、もうすぐ二日間に及ぶ学園祭が開催される。
という事で、毎日忙しく過ごしている私。一週間後に迫った学園祭を前に、毎日の様に放課後は居残って作業をしているのだ。
それは私のクラスだけではなく、ほとんどの学年、クラスがそうだった。勿論、お兄ちゃんやひぃくんも。
ひぃくんのクラスでは、中世ヨーロッパをイメージした衣装を着る、中世喫茶というものをやるらしい。お兄ちゃんのクラスでは何をするのかと聞くと、お兄ちゃんは「教えない」と言って顔を引きつらせていた。
絶対に来るな、と一言も添えて。
私達のクラスでは、ウサギや猫耳を付けたアニマル喫茶をやるのだけれど……。勝手にウサギに決められてしまった私。本当は猫がやりたかった。
コスプレ店で借りてきた衣装は、ウサギだけやたらと露出度が高かった。
(だから嫌だったのに……)
何故か勝手に決められてしまった。
理由は簡単。小さいサイズしかなかったから、私しか着られる人がいなかったのだ。だったらいっそのこと、ウサギなんて無しにすればいいのに。
(お兄ちゃん達に見つかったらどうしよう……)
私は小さく溜息を吐くと、ペンキの付いた筆をダンボールの上にベチャッと下ろした。
「花音……雑すぎ」
彩奈が溜息を吐きながらジロリと私を見る。
(どうせ塗り潰すだけだからいいじゃん……)
「猫にはウサギの気持ちはわからないよ」
口を尖らせた私は、ベチャベチャとペンキを塗りながら小さく溜息を吐いた。
「いいじゃない、ウサギ。猫よりウサギって感じだし」
「っ……全然良くないよー! 何あの、水着みたいなやつ……っ」
泣きそうな顔で訴えると、彩奈は「確かに、アレはちょっとねぇ」と同情する顔を見せた。
◆◆◆
いよいよ迎えた学園祭本番。一日目は、なんとかお兄ちゃん達に見つからずに済んだ。
問題は、二日目の今日だった。一日目と違って、一般客にも開放される今日は、忙しくなる事を予想してシフトが細かくなっていた。その細かく組まれたシフト割りに、私はとても怯えていた。
細めに休憩はあるものの、昨日の二倍以上は働く事になる。つまり、それだけ見られる可能性も上がるという事だった。
私は鏡の前に立った自分の姿を眺めながら、大きく溜息を吐いた。
「こんなの絶対に見せられないよ……」
丸い尻尾付きのモコモコとしたショートパンツに、同じ素材で出来たチューブトップ。頭には、ウサギの耳が付いている。
こんなに露出度の高い格好だとは言えなかった私は、お兄ちゃん達には裏方担当だと嘘を付いてしまった。
嘘は付かないと、以前お兄ちゃんと約束したのだけど……。どうしても言い出せなかったのだ。
(……っ、バレたら殺される)
「花音ちゃーん! そろそろ店番出てもらえっていー?」
「……は、はーい」
カーテン越しに聞こえてきた声に返事を返すと、コクリと小さく唾を飲み込んで目の前のカーテンをチラリと捲ってみる。
その先に見えたのは、一般客や他校生の人達で少し混んできた教室。
(まだお昼前なのに……)
目の前の光景を見る限りでは、アニマル喫茶はそこそこに人気があるようだ。それは勿論嬉しい事だけど、できるだけ人目には触れたくない。
地獄の幕開けの予感に小さく身震いをした私は、覚悟を決めるとカーテンの外へと足を踏み出したのだった。
◆◆◆
「君、可愛いね〜。この後一緒に遊びに行かない?」
私の目の前で、ニッコリと微笑む他校生らしきチャラそうな男の子。
「あの……ご注文は……?」
「んー。じゃあ、君」
ニコニコと微笑む男の子を前に、思わず笑顔を引きつらせる。店番に出てからというもの、さっきからずっとこんな調子だ。
誰よりも露出度の高い衣装を着ている私は、きっと物凄く軽い女だと思われているに違いない。
「写真、撮っていい?」
そう言って携帯を取り出した男の子。
「……は〜い! 撮影は禁止で〜す!」
男の子が私の姿を撮影しようとした瞬間、携帯をガシッと掴んでそう言った志帆ちゃん。
そのままクルリと私の方へと顔を向けると、ニッコリと微笑む。
「花音ちゃんは入り口で呼び込みやってきて?」
「えっ? ……呼び込み!? ムリムリムリムリ!」
慌てて何度も横に手を振ると、私の肩に手を置いた志帆ちゃんがニコッと微笑んだ。
「花音ちゃんが立つと人が集まるから! 一位目指して頑張ろうねっ!」
気合い充分の笑顔でそう告げた志帆ちゃんは、私に看板を持たせるとさっさと教室から閉め出す。
(…………え)
突然廊下に放り出され、呆然と立ち尽くす私。
チラリと看板を見てみると、【美味しいケーキ 食べに来てね】と書かれている。
「──花音ちゃん?」
聞こえてきた声に顔を向けると、廊下を歩いている斗真くんと視線がぶつかった。
「ウサギ、可愛いね」
私のすぐ目の前までやって来ると、ニッコリと微笑んだ斗真くん。
「えっ? あー……凄く嫌なんだけどね、仕方なくて」
「何で? 凄く可愛いよ?」
ニコニコと微笑みながら、お世辞を言ってくれる斗真くん。
(なんて優しいんだろう)
「昨日行けなかったから行きたかったんだよね。今、空いてるかな?」
「あっ、うん。二人なら入れるよ」
斗真くんの横にいる友達にチラリと視線を移すと、そう言って教室の中へと案内する。
「呼び込み頑張ってね」
「うん、ありがとう」
笑顔で小さく手を振った私は、教室の扉を閉めながら掛け時計をチラリと確認する。
(……よし。まだ大丈夫)
今日はひぃくんと休憩時間が被る為、一緒にお昼を食べようと誘われている私。約束の時間まで、あと三十分。
それを確認すると、なんとか三十分だけ気合いで乗り切ろうと覚悟を決めたのだった。
——————
————
そのまま暫く廊下で呼び込みを頑張った私は、背後にある扉からチラリと中の様子を伺った。
教室内は既に満員状態で、席が空くのを待っている人までいる。
(これならもう大丈夫だよね)
時間的な事も考えて、そろそろ教室内へと戻ろうと扉に手を掛けた——その時。背後から誰かに肩をたたかれ、呼び止められた私。
「すいません。ここって今入れますか?」
その声に振り向くと、他校の制服を着た男の子が二人立っている。
「あ、えっと……。今混んでるみたいで」
申し訳なさそうにしてそう答えると、目の前の男の子は優しく微笑んだ。
「じゃあ空くまで待ちます。……ウサギ、可愛いですね」
「あっ、ありがとうございます」
ペコリと小さくお辞儀をすると、男の子はクスリと笑って看板を指差す。
「ケーキ、お勧めって何ですか?」
「モンブランが美味しいですよ。お家がケーキ屋さんの子がいて、本当にお店で売ってるケーキなんです」
ニッコリと笑顔で答えると、目の前の男の子の顔が急に赤く染まり始めた。
(……どうしたんだろう?)
「っ……本当に可愛いですね」
(……え? ケーキが……?)
確かにモンブランの見た目は可愛い。でも、まだ見てもいないのに……。
(変わった人だなぁ……)
目の前の男の子をマジマジと見つめる。
「あ、あの……そんなに見つめないで下さい」
「えっ? ……あ、ごめんなさい」
慌てて男の子から視線を逸らすと、逸らした先に見えた人物の姿に驚き、私の瞳は瞬時に全開になった。身体からは一気に血の気が引き、顔を引きつらせてその場で身を固める。
そんな私の視線の先には、真っ青な顔をして全身をプルプルと震えさせ、廊下で立ち尽くしたままジッと私を見つめている──ひぃくんがいた。
「花音……っ。そんな格好で……、そんな、格好で……っ」
(ヤ……、ヤバイ……見つかっちゃった。ど、どうしよう……っ、どうしよう……っ!?)
一人パニックになりながらも、その場で固まり続ける私。
「そんな格好でっ……! エッチしたいなんて誘うなんてーっ!!!」
———?!!?! ゴンッ!
その言葉の衝撃に思わず仰け反った私は、背後の扉に激しく頭を打ち付けた。
(っ……な、なんて? 今……なんて言ったの……、ひぃくん……?)
ジンジンと痛む後頭部をそのままに、クラクラとする頭で懸命に考える。
あんなに賑やかだった廊下は一気に静まり返り、私は仰け反ったまま硬直した。
「酷いよっ……!! 酷いよ花音っ!!!」
そう言って、メソメソと涙を流し始めたひぃくん。
廊下に集まった人達は、そんなひぃくんと私を交互に見ている。
(え……。何が、どうなってるの……っ)
「私を食べてだなんてっ……!! 俺がいるのに……っ!! 色んな男を誘うなんて酷いよー!!!!」
────!!?
ひぃくんの放った言葉で、更に真っ青になる私の顔。
(そんな事言ってないよ……っ。なんて事言うの? それじゃまるで、私が浮気女みたいじゃない……っ)
泣きながら私に飛び付いて来たひぃくん。その重さに耐えきれず、ズルズルと扉越しに床に崩れてゆく私の身体。
そのままペタリと床にお尻を着けた私は、私にしがみついてボロボロと涙を流すひぃくんのつむじを見つめた。
(泣きたいのは私だよっ……、ひぃくん)
チラリと看板に視線を移すと、そこには【美味しいケーキ 食べに来てね】と書かれている。
────ガラッ
寄りかかっていた扉が突然開かれると、私はそのままゆっくりと後ろへ向かって倒れた。仰向け状態で教室内へと倒れ込んだ私の腰には、ボロボロと涙を流すひぃくんがひっついている。
そんな私の頭上には、驚いた顔をする斗真くんが立っている。
「花音……っ、酷いよー!! どうして!? 私を食べてだなんてっ!! 酷いよーっ!!!」
(……ケーキだよ。ケーキだから……、お願いだからちゃんと読んで……っ)
静まり返ってしまった教室内と廊下で、聞こえてくるのは「酷い、酷い」と何度も告げるひぃくんの言葉と、悲しみに暮れてすすり泣く音。
私はそんなひぃくんの泣き声を聞きながら、ピクリとも動かずに放心していた。
素肌が剥き出しになっている私のお腹は、ひぃくんの涙と鼻水で随分とシットリとしている。
(何でいつもこうなの……っ)
周りから好奇の視線を集める私は、ただ真っ青な顔をしたまま、呆然と天井を見上げていたのだった。
- 君は変な王子様② ( No.17 )
- 日時: 2024/08/24 19:09
- 名前: ねこ助 (ID: /YP6agyy)
ニコニコと微笑むひぃくんの隣で、ジャージの上着を羽織わされた私はトボトボと力なく歩く。
(さっきは本当に酷い目に遭った……)
またひぃくんのせいで、とんだ晒し者になってしまった私。ぶつけた後頭部は未だにズキズキと痛み、そっと触れてみると小さなコブになっている。
誤解も解けて幸せそうに微笑むひぃくんの横で、小さくため息を吐いた私はひぃくんをマジマジと見つめた。
(さっきはパニックすぎて気付かなかったけど……)
「ひぃくん。その格好……なんだか王子様みたいだね」
青いロングジャケットには綺麗な刺繍が施され、袖にはヒラヒラとした白い布が付いている。これが、中世ヨーロッパをイメージした衣装なのだろうか。
私を見て、フニャッと微笑むひぃくん。
「カッコイイね。ひぃくん似合ってる」
「本当? 良かったー」
私の褒め言葉に、とても嬉しそうな笑顔を見せるひぃくん。何だか急に恥ずかしくなった私は、顔を俯かせるとジャージの袖で口元を抑えた。
ひぃくんから借りたジャージは、やっぱりひぃくんの香りがする。
(まるで、ひぃくんに包まれてるみたい)
そんな事を考えながら、鼻から空気を吸い込む。
(…………。私、変態みたい)
大きすぎるジャージにスッポリと隠れている両手を見つめると、私はパッと顔を上げて口を開いた。
「ひぃくん、お昼どこで食べるの?」
「翔のとこだよー」
「えっ? お兄ちゃんのところ? ……いいの?」
「うんっ」
(絶対に来るなって言ってたけど……本当に大丈夫?)
ニコニコと微笑むひぃくんの姿を見て、少しだけ不安になる。
「きっと面白いのが見れるよー?」
そう言ってクスクスと声を漏らすひぃくん。
(面白いのが見れるって何だろう?)
ニコニコと楽しそうに微笑むひぃくんの横顔を見ていると、不安よりも好奇心の方が大きくなってくる。
「楽しみだねっ」
ひぃくんを見上げながら笑顔でそう答えると、そんな私を見てニッコリと微笑んだひぃくん。そのまま私の手を取ると、ジャージの上からそっと優しく手を握る。
私は繋がれた手にキュッと力を込めると、満面の笑みと共に廊下を進んだのだった。
◆◆◆
お兄ちゃんの教室の前まで辿り着くと、扉の前に飾られた看板を見て首を傾げる。
【男女逆転縁日】
(男女逆転て……何だろ?)
首を傾げる私を見て、クスリと笑い声を漏らすひぃくん。
「楽しみだねー」
ニコニコと微笑むひぃくんは、そう言うと教室の扉を開いた。
———ガラッ
「わぁ……っ! 本当にお祭りみたいだね!」
沢山の提灯で飾られた教室は、まるで本物の縁日のようだった。
スーパーボールすくいや輪投げなど、沢山の出店が並んでいる。私のすぐ目の前には、金魚すくいまである。
(本物の金魚がいるのかなぁ……?)
近づいて覗いてみると、そこにはキラキラと光る金魚が浮いていた。
「わぁっ! 可愛いっ! ひぃくん、これ取って!」
ひぃくんの腕を引っ張って、興奮気味にそう話す。
水槽に浮いていたのは、電池でキラキラと光る玩具の金魚だった。
昼食を食べに来たというのに、すっかりと金魚に夢中になってしまった私。そんな私を見て、クスリと笑ったひぃくんは水槽の前にしゃがむと振り返った。
「何色がいいの?」
「ピンクっ! ピンクがいいっ!」
ひぃくんの隣に腰を屈めると、水槽の中の金魚を見てそう答える。
「取れるかなー?」
「絶対に取れるようにできてるから大丈夫だよ」
ひぃくんの言葉に、水槽の前に座っていた店番の人がそんな返答を告げる。
(あれ……? なんか違和感が……)
髭を生やした短髪のお兄さんは、何だかやたらと可愛らしい顔をしている。
(それに、さっきの声……女の人の声、だった様な……?)
「良かったねー、花音。絶対に取れるってよ?」
「……うんっ」
店番の人をジッと見つめていた私は、慌ててひぃくんの方を見ると笑顔で頷いた。
その後、アッサリと金魚を取ってくれたひぃくん。本当に誰でも取れるようにできていたらしい。
掌にコロンと乗った金魚を見つめながら、私はニコニコと微笑んだ。
「ひぃくん、ありがとう!」
「どういたしましてー」
フニャッと笑ったひぃくんは、そう答えると私の頭を優しく撫でてくれる。
「……あっ! ひぃくん、お兄ちゃんは?」
すっかり忘れていたお兄ちゃん。一体、何処にいるのだろうか?
「たこ焼き食べよっかー」
そう告げると、ニッコリと微笑んだひぃくん。
(え? 私の質問はドスルーですか?)
そんなことを思いながらも、ニコニコと微笑むひぃくんに手を引かれてやって来たのは、教室の奥にあるたこ焼き屋の屋台の前。
(いい匂い……)
その匂いにつられてお腹を鳴らした私は、お兄ちゃんの事はたこ焼きを食べてから探そうと、そんな風に考える。
「……なんでお前らがいるんだよ」
突然聞こえてきたお兄ちゃんの声に驚き、私は慌てて周りを見回した。
(あ、あれ……? 今、確かにお兄ちゃんの声がしたのに)
姿の見えないお兄ちゃんを不思議に思いながらも、目の前で焼かれるたこ焼きをジッと見つめる。
「美味しそうだねー」
「うん。お腹空いたぁ」
たこ焼きから目線を外すことなく答える私を見て、隣にいるひぃくんはクスクスと笑い声を漏らす。
「おい。シカトすんな」
────!?
(やっぱりお兄ちゃんの声が聞こえる……。え、どこ?)
周りを見回しても、お兄ちゃんらしき人は見当たらない。
「幻聴が聞こえる……」
その不思議な現象に、ポツリと小さく声を漏らす。
────カツンッ!
「痛っ!」
いきなり、知らない女の人にうちわの角で叩かれた私。
(酷い……っ。私が何したって言うの?)
「花音! 大丈夫!?」
涙目で頭を抑える私を見て、心配そうに顔を覗き込むひぃくん。
今日は厄日だ。いくら元からポンコツだとはいえ、こんなに頭ばかり打っていたら本当にバカになってしまう。
「翔、酷いよー! 花音痛がってる!」
(ひぃくん、違うよ。私を叩いたのはお兄ちゃんじゃないよ。私達の目の前にいる、その背の高い綺麗な女の人だよ……)
ビクビクとしながらも女の人にチラリと視線を送ると、女の人は小さく溜息を吐くと口を開いた。
「……悪い。角で叩くつもりはなかった、ごめんな」
────!?
「……えっ!? お兄ちゃん!?」
大きな声を上げると、見開いた瞳で目の前の女の人を凝視する。
「何だよ……気付いてなかったのかよ」
(……えぇぇええーー!!? めちゃくちゃ綺麗なんですけどっ! ていうか、なんで女装? お兄ちゃんて……、もしかして……)
「女装が趣味、なの……っ?」
思わず顔が引きつる。
「アホかっ。んなわけないだろ。男女逆転て書いてあったろ?」
溜息混じりにそう告げるお兄ちゃん。
「ああ、なるほど……」
(そういう意味だったんだ……。良かった。お兄ちゃん女装が趣味なのかと思っちゃった)
言われてみれば、金魚すくいのお兄さんにも違和感があった。
(やっぱり女の人だったんだ)
────カシャッ
突然のシャッター音に視線を向けてみると、ひぃくんがお兄ちゃんを撮影している。
「おい……。ふざけんな、今すぐ消せ」
ギロリとひぃくんを睨みつけるお兄ちゃん。
「花音にも送ってあげるねー」
そんなお兄ちゃんを無視して、ニコニコと微笑んでいるひぃくん。
(ひぃくん……お兄ちゃんの顔をちゃんと見て? 鬼だから。そんなにドスルーしないで……)
「無視すんな……っ、響」
おっかない顔をした鬼が、ひぃくんをギロリと睨みつける。そんな鬼に向けてニッコリと微笑むと、携帯を差し出したひぃくん。
「翔。花音と一緒に撮ってー?」
「……自由かよっ! あのな、今俺はお前らのたこ焼き作ってんだよ。んなもん撮れるか、アホ。……いいから早く写真消せよ」
イライラとしながら、溜息を吐いたお兄ちゃん。
(ひぃくんとの写真、欲しかったなぁ……。だって、今のひぃくん本物の王子様みたいなんだもん)
「お兄ちゃんのケチ……」
「ケチー」
私の言葉に、ニコニコと微笑むひぃくんも便乗する。
「お前ら……、いい加減にしろよ?」
ドス黒いオーラを放つ鬼に恐れをなし、思わずひぃくんの背後に身を隠す私。
その後、何だかんだで写真を撮ってくれたお兄ちゃん。
「あーっ! 翔の写真が消えてるー! 酷いよーっ!」
「煩い。肖像権違反だ」
お兄ちゃんから返された携帯を見て、ワーワーと騒ぎ始めるひぃくん。
そんな中、私はひっそりと自分の携帯を見た。
(……大丈夫だよ、ひぃくん。私の携帯にちゃんと届いてるから。……彩奈にも送ってみよっと)
私は後日、とんでもなく恐ろしい鬼に怒られる羽目になる。
そんな事とはつゆ知らず、私は女装姿のお兄ちゃんの写真を眺めては、クスリと小さく笑みを漏らすのだった。
- 君とハッピーバースディ ( No.18 )
- 日時: 2024/08/25 05:00
- 名前: ねこ助 (ID: Ql2tRr6x)
学園祭も無事に終わり、今日から暦も十月に入った。制服は夏服から冬服へと変わり、一気に秋っぽさが増してきた気がする。
そしてなんと、今日は私の誕生日なのだ。
未だにひぃくんとの事をお兄ちゃんに言えていない私は、当然ながら毎年恒例の自宅でのお誕生日会になる。それでも、今年は恋人としてひぃくんと一緒に過ごせるのかと思うと、私は充分に嬉しかった。
ただ、お兄ちゃんには絶対にバレない様にしないといけない。ひぃくんにも口止めはしているけど、正直あてにはならない。いつもマイペースなひぃくんは、きっと何も考えていない。行動から見てもそんな気がする。
(……私がシッカリしなきゃ)
制服から私服へと着替え終えた私は、一度自分にそう気合いを入れると、お兄ちゃん達が待つ一階へと降りて行った。
────カチャッ
「……わぁっ! 凄いっ!」
リビングの扉を開けると、開口一番に驚きの声を漏らす。
いつも見慣れている我が家のリビングは、色とりどりの可愛らしい風船で華やかに飾られていた。
(凄いっ! 私の家じゃないみたい!)
その光景に、思わず口を開けたまま呆然とする。
「花音。お誕生日おめでとー」
その声で、ハッと意識の戻った私は声のした方へと視線を向けてみた。
するとそこには、私を見つめて優しく微笑むひぃくんがいる。
「……っ。ありがとうっ!」
笑顔でそう答えると、突っ立ったままだった足を動かしてリビングへと入って行く。
そのままダイニングへと近付いてみると、そこには沢山の料理が並べられていた。
「……わぁ! 美味しそぉー!」
「誕生日おめでとう」
私を見て優しく微笑んだお兄ちゃんは、そう言ってポンポンと頭を撫でてくれる。
「っ……、ありがとう」
何だか少し照れ臭い。
そう感じた私は、ほんの少し顏を俯かせた。
「花音。お誕生日おめでとう」
私の目の前まで来た彩奈は、そう告げると私の頭にバースディティアラを乗せた。
それを確認するかのようにそっと右手でティアラに触れた私は、顏を上げると彩奈を見て微笑んだ。
「ありがとうっ!」
「本物のお姫様みたいだね」
私を見つめる彩奈は、ニッコリと微笑むとそう言った。
「凄いねっ! 風船とか……嬉しいっ!」
「花音が喜ぶと思って、三人で用意したの。気に入った?」
「うんっ! 本当にありがとうっ! みんな大好きっ!」
そう言って彩奈に飛びつく。
チラリとひぃくんを見てみると、両手を広げてニコニコと微笑んでいる。どうやら、私が抱きつくのを待っているらしい。
(それはできないよ、ひぃくん。お兄ちゃんにバレちゃうもん)
私の視線に気付いた彩奈は、チラリとひぃくんの方を見ると口を開いた。
「全員にすれば、不自然じゃないんじゃない?」
私の耳元でそう小さく囁く彩奈。
(なるほどっ! 天才だよ、彩奈!)
コクリと小さく頷いて返事を返すと、彩奈から離れて今度はお兄ちゃんに飛び付く。
「……お兄ちゃんっ! ありがとう! 大好きっ!」
いきなり飛び付いてきた私に驚きながらも、優しく抱きとめてくれると「はいはい、甘えんぼ」と言ってポンポンと頭を撫でてくれるお兄ちゃん。
(お兄ちゃん……本当に大好きだからね)
心の中でそう呟いた私は、お兄ちゃんから離れるとひぃくんの方へと視線を向けた。
相変わらずニコニコと微笑みながら、両手を広げて私を待っているひぃくん。そんなひぃくんに向けてニッコリと微笑むと、私は大好きな彼に向かって勢いよく飛び付いた。
フワリと鼻腔を掠める、ひぃくんの甘い香り。その匂いに誘われるようにしてひぃくんの背中に腕を回すと、その胸に顏を埋めて小さく微笑む。
そんな私を、優しく抱きしめ返してくれるひぃくん。
「……花音。大好き」
私の耳元で、そう甘く囁いたひぃくん。何だか少し照れ臭い。途端に上気する私の頬。
私はほんのりと赤く染まった顏をひぃくんから離すと、優しく私を抱きしめるひぃくんを見上げた。
「ひぃくん、ありがとう! 大好きっ!」
笑顔でそう告げると、突然ひぃくんはギュッと抱きしめる力を強くした。
────!?
(……ちょっ、ちょっと苦しい……っ、かも)
「花音っ! 可愛すぎるよーっ!!」
ギュウギュウと私を締め付けるひぃくん。
(うっ……本当に、苦し……っ)
苦しさに耐えきれずに目の前の身体を押し返してみるも、ひぃくんは全く離れようとはしてくれない。
「ひぃくっ……、死ぬ……っ」
これは抱擁ではなく、プロレスか何かだろうか……? 苦しさに意識が遠のきそうだ。
(お願い、ひぃくん離して……っ)
「響。長すぎ」
そう言って、アッサリとひぃくんを離してくれたお兄ちゃん。
(た、助かった……)
「……ひぃくん、苦しいよ。もっと優しくして」
「ごめんね、花音。優しくするからもう一回いい?」
フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。
「ダメ」
そう告げると、ひぃくんの首根っこをグイッと掴んだお兄ちゃん。
首根っこを掴まれたひぃくんは、そのままズルズルと引きづられてダイニングへと連行される。
「花音、始めるぞ。早く座りな」
ひぃくんを席へと座らせたお兄ちゃんは、未だ突っ立ったままの私に視線を向けると優しく微笑んだ。
「うんっ!」
満面の笑みで元気よくそう答えた私は、手招きをするひぃくんの元まで近付くと、空いていた隣の席へと腰を下ろした。
私の目の前には、優しく微笑むお兄ちゃん。その隣には、ニッコリと微笑む彩奈がいる。私は隣にいるひぃくんへと視線を移すと、ニコニコと微笑むひぃくんに向けてニッコリと笑みを返した。
そんないつもと変わらない、毎年恒例のお誕生日会。だけど、今年はやっぱり何かが違う気がする。
(……とっても幸せ)
テーブルの下で、こっそりと繋がれたひぃくんの手。私はその繋がれた手をキュッと握り返すと、皆んなに向けてニッコリと微笑んだ。
「本当にありがとう! 私……今、すっごく幸せっ! 皆んな本当に大好きっ!」
私の言葉に、優しく微笑んでくれるお兄ちゃんと彩奈。
「俺も大好きーっ!」
そう言って、満面の笑顔で私に飛び付いてくるひぃくん。
それを見て、慌てて私からひぃくんを引き離すお兄ちゃん。そんないつもと変わらない光景を前に、私は小さくクスリと笑みを漏らした。
昔から、いつも一緒だった私達。まさか、ひぃくんと恋人同士になるとは思ってもみなかった。少し前までの自分に教えてあげたい。
──私は今、こんなに幸せだよって。
お兄ちゃんとひぃくんが戯れているのを横目に、呆れたような顔を見せる彩奈。
私はそんな三人の姿を眺めながら、今日という日をこの四人で過ごせた事に心から感謝した。
◆◆◆
「……わぁー! ありがとうっ! 絶対に大切にするねっ!」
貰ったプレゼントを前に、その感激で瞳を潤ませる私。
三人が合同で送ってくれたプレゼントは、私が以前から欲しがっていたバックだった。三万近くもするバックに、私は欲しいと思いながらも諦めていた。バイトもしていない私にとって、とても手が出せる金額ではなかったから。
きっと、バイトをしているお兄ちゃんとひぃくんが、そんな私の為に奮発してくれたのだろう。
「本当にありがとうっ! 嬉しすぎるよ……っ!」
「その代わり、勉強頑張れよ?」
「うっ……」
お兄ちゃんに痛いところを突かれる。
そんなお兄ちゃんは、もう推薦で大学まで決まっている。それは勿論、ひぃくんも同じだ。
バイトに家事までして、その上勉強までできるなんて……。きっと、バケモノに違いない。
「……はい」
しょんぼりとする私にクスリと笑ったお兄ちゃんは、ポンポンと頭を撫でると「ちゃんと見てやるよ」と言って優しく笑った。
(いや……、それはちょっと……)
正直、スパルタなお兄ちゃんには見てもらいたくない。そんな事を思った私は、思わず顔を引きつらせた。
そんな私の心情を察したのか、プッと小さく笑い声を漏らした彩奈。
「花音。俺からは、もう一つプレゼントがあるんだー」
「えっ!? 何なに!?」
ひぃくんの言葉に途端に笑顔を咲かせた私は、キラキラと輝く瞳でひぃくんを見つめた。
(いつも三人合同なのに……今回はもう一つあるの!? それってやっぱり、恋人だから!? 恋人ってなんて素敵なの……っ!!)
そんなことを考えながら、すっかりと浮かれる私。
「はい、これ。ずっと楽しみだったんだー、花音の誕生日が来るの」
そう言って封筒を差し出したひぃくん。
(……? 何だろう……手紙?)
不思議に思いながらもチラリとひぃくんを見てみると、とても幸せそうに微笑んでいる。
私はひぃくんから封筒を受け取ると、中に入っている紙をおもむろに開いた。
(……え? これっ、て……)
「本当に嬉しいよ。花音、十六才おめでとー」
ニコニコと微笑むひぃくんの横で、封筒から出した紙を持ったまま固まってしまった私。封筒から取り出した紙は、テレビとかで見た事のある婚姻届だった。
しかも、ひぃくんの署名入りの。
※法改正される前の話な為、女性は十六歳で結婚ができます※
(えっと……。……え? 私、ひぃくんと結婚……、するの?)
ゆっくりとお兄ちゃんの方へと視線を向けてみると、私の手の中にある紙を見つめたまま固まっている。
「ひぃくん……、私……」
「んー? ……あっ! どこに書けばいいか分からないの? ここに署名するんだよ」
ニッコリと笑ったひぃくんは、そう告げると私にボールペンを渡した。
(いや……っ、違くて。そんな事が聞きたいんじゃなくて……ていうか、今どこからボールペン出したの? 準備がよすぎてちょっと怖い……)
思わず顏が引きつる。
「……はっ!?」
固まったままピクリとも動かなかったお兄ちゃんは、突然立ち上がると驚きに見開かれた瞳でひぃくんを凝視した。
「どうしたのー? 翔。……あっ。今日からはお兄ちゃんだね? よろしくねー、お兄ちゃん」
フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。
(え……? お兄ちゃんて、ひぃくんのお兄ちゃんに……なるの?)
そんなことを思いながら、呆然と目の前のお兄ちゃんを見つめる。
「はあ!? ふざけんなっ! 結婚なんてさせるわけないだろ!? 第一、未成年じゃできないだろ!」
「えー。できるよ? ちゃんと証人がいるし。……ほらね?」
そう言って、婚姻届を指差すひぃくん。
そこには、ひぃくんのお父さんとお母さんの名前が署名してある。
「……っふざけんなっ! 花音はまだ高一だぞ!? 大体、何でお前と結婚なんだよ!」
「だって花音は俺のお嫁さんだもん。大丈夫だよ、お兄ちゃんもちゃんと構ってあげるからー。そんなに興奮しないで?」
ニコニコと微笑むひぃくんを前に、途端に真っ青になったお兄ちゃん。プルプルと小刻みに身体を震わせると、ひぃくんに向けて勢いよく口を開いた。
「っ何だよその、構ってあげるって!? お兄ちゃんて呼ぶなっ! 俺はお前の兄貴になった覚えはないし、なる気もない!」
「でも……弟にはなれないんだよ? 翔は我儘だなぁ」
「……っ!? 誰が弟になりたいなんて言ったよっ! お前の脳内は一体どうなってんだよっ!?」
そんなお兄ちゃん達のやり取りを見つめながら、ただ呆然と固まったままの私。
(ひぃくん……私、まだ結婚なんて考えてないよ……っ。これ、いつから用意してたの……?)
見覚えのある封筒を眺めて、思わず顔を引きつらせる。
テーブルに置かれた、水色の封筒。それは、昔私がひぃくんにあげた物によく似ていた。
高校受験を控えたひぃくんに、お守りを入れて渡した封筒。それには、右下部分に小さなお花の絵が描いてあった。
テーブルの上に置かれた水色の封筒を取り上げてみると、そこにはやっぱり、見覚えのある小さなお花の絵が描いてある。
よく見てみれば、婚姻届も心なしか薄汚れているような気が……しなくもない。
(まさか……ね。……に、似てるだけ……似てるだけだよ……、ね?)
並々ならぬ、結婚への執着心を垣間見てしまった気がした私は、引きつった顏のまま未だ口論を続けるお兄ちゃん達を眺めた。
鬼の形相のお兄ちゃんとは対照的に、幸せそうな顔でニコニコとしているひぃくん。そんな二人の姿を確認した私は、手の中にある封筒と婚姻届をそっとテーブルの上へと置いた。
(見なかったことにすれば……きっと大丈夫。うん。私は何も見ていない……)
そう自分に言い聞かせると、私は引きつった顔のままハハッと小さく笑い声を漏らした。