コメディ・ライト小説(新)

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ぱぴLove〜私の幼なじみはちょっと変〜
日時: 2024/09/24 01:29
名前: ねこ助 (ID: tOcod3bA)

★あらすじ★

見た目は完璧な王子様。
だけど、中身はちょっと変な残念イケメン。
そんな幼なじみに溺愛される美少女の物語——。


お隣りさん同士で、小さな頃から幼なじみの花音と響。
昔からちょっと変わっている響の思考は、長年の付き合いでも理解が不能!?
そんな響に溺愛される花音は、今日もやっぱり振り回される……!
嫌よ嫌よも好きのうち!?
基本甘くて、たまに笑える。そんな二人の恋模様。



◆目次◆

♡第一章♡
1)私の幼なじみはちょっと変>>01
2)私のお兄ちゃんは過保護なんです>>02
3)君はやっぱり変でした①>>03
4)君はやっぱり変でした②>>04
5)君はやっぱりヒーローでした>>05
6)そんな君が気になります①>>06
7)そんな君が気になります②>>07
8)君はやっぱり凄く変①>>08
9)君はやっぱり凄く変②>>09
10)君は私の彼氏でした!?①>>10
11)君は私の彼氏でした!?②>>11
12)そんな君が大好きです①>>12
13)そんな君が大好きです②>>13
14)そんな君が大好きです③>>14
15)そんな君が大好きです④>>15

♡第二章♡
16)君は変な王子様①>>16
17)君は変な王子様②>>17
18)君とハッピーバースディ>>18
19)君ととんでもナイト>>19
20)君と私とロバと……①>>20
21)君と私とロバと……②>>21
22)恋人はサンタクロース①>>22
23)恋人はサンタクロース②>>23
24)恋人はサンタクロース③>>24
25)煩悩はつまり子煩悩!?①>>25
26)煩悩はつまり子煩悩!?②>>26
27)煩悩はつまり子煩悩!?③>>27
28)君とハッピーバレンタイン①>>28

君はやっぱり変でした② ( No.4 )
日時: 2024/08/19 20:17
名前: ねこ助 (ID: gh05Z88y)





「わぁ……! 凄いね、彩奈!」


 隣にいる彩奈の腕を引っ張って、興奮気味にそう話す。
 目の前に広がるのは巨大な温水プール。奥には、ウォータースライダーなんかもある。

 ──そう。
 私は今、スパに来ている。勿論、お兄ちゃんとひぃくんには内緒で。
 斗真くんに誘われた私は、彩奈を誘って遊びにやって来たのだ。


「花音ちゃーん! 彩奈ちゃーん!」


 呼び声に振り返ると、着替え終えた斗真くん達が遠くで手を振っている姿が見える。そんな斗真くん達に向けて、軽く手を振り返す私と彩奈。
 斗真くん達の近くにいる女の子達が、チラチラと斗真くん達を見ては頬を赤く染めている。


(やっぱりモテるんだなぁ……)


 確かにイケメンだもんね、と感心する。


「──ねぇ、ねぇ!」


 突然目の前にドアップの顔が現れ、驚いた私は後ろによろめいた。
 そんな私の腕をガシッと掴んだお兄さんは、ニッコリと笑うと口を開いた。


「君達、二人で来たの? 可愛いね。お兄さん達と一緒に遊ばない?」

「すみません。私達、彼氏と一緒に来てるので」


 隣から聞こえてきた彩奈の言葉に驚いて、思わず彩奈を凝視する。
 そんな私を、シレッと横目にした彩奈。


(あ……、そっか。追い払う為に嘘付いたんだ)


「またまたぁー。さっきから、君達ずっと二人でいるじゃん。嘘付いちゃダメだよー?」


 中々鋭いお兄さん。


(どうしよう、彩奈……)


 掴まれた腕と彩奈を交互に見る。


「嘘じゃありません。その子達、俺達の連れです」


 一人その場でオロオロと困っていると、突然現れた斗真くんが私の腕を掴んでいるお兄さんの手に触れた。
 それに反応したお兄さんは、「なんだ、本当に男連れかー。ごめんねー」と言って去ってゆく。


「ごめんね。俺達が遅くなっちゃったから……」


 腰を屈めて私の顔を覗き込む斗真くんは、とても申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。


「ううん、大丈夫。ちょっと……、ビックリしただけだから」


 そう言ってニッコリと笑って見せれば、安心したように微笑みを返してくれる斗真くん。


「……水着、可愛いね。似合ってる」

「あっ、ありがとう」


 私の水着姿をジッと眺める斗真くん。
 なんだか急に恥ずかしくなって、少しだけ顔を俯かせるとその視線から逃れる。


(そんなに見つめないで頂きたい……)


 チラリと視線を上げると、私と目の合った斗真くんがニッコリと微笑む。


「花音ちゃん、行こう?」


 私の手を取った斗真くんは、そう告げると流れるプールへと向かった。
 浮き輪に入ってプカプカと流れるのは、なんだかとっても気持ちがいい。


「花音ちゃん。楽しい?」

「うんっ」


 浮き輪に掴まって一緒に流れている斗真くんは、私を見つめて優しく微笑む。


「良かった。俺も凄く楽しい」


 浮き輪に両腕を乗せ、小首を傾げてニッコリと微笑む斗真くん。


(なんだろう、凄く癒される……。斗真くんて癒し系なんだね)


 普段私の周りには存在しない、この何とも癒される独特の雰囲気。


(とっても心地がいい……)


 いつもひぃくんに振り回されてばかりいるせいで、たぶん凄く疲れているのかもしれない。


(ヒーリング効果でもあるのかな、斗真くんて。あぁ……、ひぃくんの事考えたせいかな……。ひぃくんの幻が見えてきちゃったよ)


 そう思いながら、ひぃくんの幻を眺める。

 幻を……まぼ──



 ────!?



 私は思わず目を見開いた。


(幻じゃない……っ!)


 女の人達に囲まれて、逆ナンされているイケメン──。あれは、間違いなくひぃくんだ。


(っ……何で!? 何で、ここにいるのっ!?)


「花音ちゃん、どうかした?」


 私の異変に気付いた斗真くんは、心配そうな顔をしてそう訊ねる。


「えっ!? っ……な、何でもないよ!?」


 思わず笑顔が引きつってしまった。


(絶対に見つからないようにしなきゃ……っ。だっ、大丈夫……こんなに広いんだもん。見つかりっこないよね)


 自分は簡単にひぃくんを見つけたというのに、どこからくる自信なのか……。
 私は見つかりっこない、大丈夫だと高をくくった。
 そして浅はかだった私は、この後すぐにひぃくんに見つかってしまうのだ。




──────


────





 流れるプールから出た私は、飲み物を買おうと斗真くんと一緒に歩いていた。


「花音ちゃん。あれって……榎本先輩だよね?」


 斗真くんが指差す方向に見えるのは、女の人達に囲まれたイケメン。
 そう──あれは、間違いなくひぃくん。


「っ……ちっ、違うと思うよ!? 行こう、斗真くん!」


 見つかっては困る。そう思った私は、この場から離れようとクルリと背を向けた。


「えっ、でも……。こっちに向かって来るよ?」


 斗真くんの言葉にギョッとして、思わず目を見開くと後ろを振り返る。
 周りにいる女の人達を軽く手で振り払いながらも、こちらに向かって歩いて来るひぃくん。その顔は、何だかとても焦っているように見える。


(……嫌な予感しかしない)


 思わず一歩、後ずさる。

 心配そうな顔をして、私とひぃくんを交互に見ている斗真くん。


(お願い……っ。こっちに来ないで、ひぃくん)


 私の願いも虚しく、気が付けば目の前に現れたひぃくん。
 私の肩をガッチリと掴むと、焦った顔のまま口を開いた。


「花音っ! どうして裸なの!? っ……ダメだよ、裸で人前になんて出たらっ!」


 大きな声でそう言ったひぃくんに、周りが一瞬でシーンと静まり返る。


(っ……目眩がする。ひぃくん……私、水着着てるよ。裸な訳ないじゃん……)


 私に集まる、好奇の視線。
 斗真くんの濡れた髪からはポタリと水滴が垂れて、まるで汗の様に額を流れる。


「花音の裸なら、後でいっぱい見てあげるから! ……っ、だからお願い! 人前ではダメだよ!」


 焦った顔をして、大きな声でそう告げたひぃくん。


(……それではまるで、私が痴女のよう。なんて最悪なんだ……っ)


 目眩に足元がフラつく。
 自分の着ていたパーカーを私に羽織わせると、フラつく私を支えたひぃくん。心配そうな顔をして、「大丈夫?」と聞いてくる。


(いや……。あなたのせいだから……っ。どうしてくれるの、この状況……)


 呆然とした顔で見上げると、その視線に気付いたひぃくんが「可愛いー」と言って私を抱きしめる。
 ダラリと力の抜けた腕を垂らしたまま、大人しくひぃくんの腕の中に抱きしめられている私。


(あぁ……。これなら、顔は隠せるかも……)


 放心状態の頭で、ただ、ボンヤリとそんなことを思ったのだった。






◆◆◆






「楽しいねー。花音っ」


 私の背中にピタリとくっついているひぃくんは、嬉しそうな声でそう言った。


 ──あの後。
 ひぃくんに強引に連れられてやってきたのは、またしても流れるプールだった。


(さっきまでいたのに……)


 また私は、プールへ逆戻りだ。


『さっき遊んだから、嫌』


 そう告げると、ずるい狡いと駄々をこね出したひぃくん。
 それを見ていた斗真くんが、困ったような笑顔で『花音ちゃん、行ってきてあげたら?』と言った。


 それで、今のこの状況。
 二人で密着したまま浮き輪に入り、プカプカと浮かんでゆっくりと流れている。


(何なのよ、これ……っ)


 思わず顔が引きつる。

 一人用の浮き輪に無理矢理入ってきたひぃくん。二人で入ると、身動きすら取れない。
 ミッチミチに浮き輪に入ったまま、私達は今、プールに浮かんでいるのだ。


「ママ見て〜。ラブラブだね〜」

「そうねぇ。ラブラブね〜」


 小さな男の子を連れた親子連れが、クスクスと笑いながら私達の横を流れてゆく。


「ラブラブだねー、花音っ」


 身動きが取れないのをいい事に、そう告げると私の頬にキスをしたひぃくん。


(これは……っ、新手の拷問だろうか……?)


 まだまだ半分以上もあるプールの先を眺める。
 後ろで楽しそうに話すひぃくんの声を聞きながら、私は最後まで顔を引きつらせたまま、ただ、黙って浮かんでいたのだった。






◆◆◆






「わーっ! 結構、高いね」

「え、めっちゃ楽しそう」


 斗真くん達がキラキラと瞳を輝かせる中、私は少しだけ足を震えさせた。

 私達は今、ウォータースライダーへ来ている。何故かひぃくんも一緒に。
 一人で来たと言うひぃくんに、『じゃあ、一緒に遊びますか?』なんて言ってしまった斗真くん。


(ひぃくんに甘すぎだよ……)


 結構な高さのあるウォータースライダーに、やっぱり辞めとけばよかったと後悔する私。
 実は、高所恐怖症だったりする。


「花音、大丈夫?」

「だから辞めときなって言ったのに……」


 心配そうに私の顔を覗き込むひぃくんと、その横で呆れたような顔を見せている彩奈。
 それは勿論、ごもっともな意見なのだけれど。でも……。
 せっかく皆で遊びに来ているのに、ひぃくんと二人で待っているなんて嫌だったのだ。


(でも、こうして来てみると……)


 下から見るよりも遥かに高い高さに、やっぱり辞めようかと気持ちが揺らいでくる。


(どうしよう……。どうしよう……っ)


「花音ちゃん、大丈夫……? やっぱり辞める?」


 どうしようかと悩んでいる内に、いつの間にか私達の順番まで来てしまったようだ。
 目の前には、心配そうに私の顔を覗き込んでいる斗真くんがいる。

「うん。やっぱり辞める」そう言おうと口を開いた瞬間、グイッと横から腕を引かれてよろめいた。


「花音、二人用があるよ? これなら怖くないよ」


 そう言ってニッコリと微笑んだひぃくんは、そのまま私を抱え上げるとゴムボートへと乗せた。
 その背後に、ピタリと身を寄せて座ったひぃくん。


「っ、……ひぃくん。私、やっぱり辞め──」

「大丈夫だよ。ギュッてしててあげるからね?」


 チラリと後ろを振り返ると、ニッコリと微笑んだひぃくんが私の身体に腕を回してギュッと抱きしめた。


「え……?」


 その違和感に、自分の胸元へと視線を向けてみると──。


(ひぃくんの手が、私の胸を……。胸を……掴んで……、る)


 そう認識した、次の瞬間──。
グラリと身体が傾き、そのまま私達を乗せたゴムボートが勢いよく滑り出した。


「っ、いやぁぁああーーっっ!!!」


 私の大絶叫を響かせながら、グングンと加速してゆくスピード。それはもう、もちろん怖い。本当に凄く怖い。
 でも──私の胸元にあるひぃくんの手の方が、そんな事よりもよっぽど気になる。
 

(何で……っ、胸なんか掴むの……っ! ひぃくんのバカっ!!)


「キャァァアアーーッ!!!」


 文句を言いたいのは山々だけど、それどころではない私は悲鳴をあげながらスライダーを滑ってゆく。
 何度も何度も絶叫し続けた私は、下へ到着した時には魂の抜け殻のようになっていた。


「楽しかったねー」


 目の前で呑気に笑っているひぃくん。
 きっと、私の胸を掴んだ事なんて気付いていないのだ。


(なんて失礼なやつ……)


「おいで、花音」


 先にプールから上がったひぃくんは、私に手を差し伸べるとニッコリと微笑んだ。
 沈黙したままその手を掴むと、プールから引っ張り上げてもらう。


「楽しかったねー。もう一回乗る?」

「絶対に嫌。ひぃくん一人で行けば」

「花音が乗らないなら、行かないよ?」


 ニコニコと笑顔で話すひぃくんの横を、力の抜けた身体でトボトボと歩く。


(何だか凄く疲れた……。絶対にひぃくんのせいだ。だいたい、何でひぃくんがここにいるの?)


 隣にいるひぃくんをチラリと見上げると、ニッコリと微笑んだひぃくんが口を開いた。


「さっきはごめんね。わざとじゃないよ?」


 そう告げると、小首を傾げてフニャっと微笑んだひぃくん。


(え……っ。気付いて……、た……? 気付いてたんだ……っ!)


 さっきは失礼なやつ。とか思ってしまったけど、できれば気付かないで欲しかった。


(もう、最悪……っ)


 泣きそうになってその場で俯くと、そんな私の顔を覗き込んだひぃくん。


「大丈夫だよ? 柔らかくて凄く気持ちよかったから」


 そう言ってニッコリと微笑むひぃくん。


(意味がわからない……。何が大丈夫なのよ……っ)


 私が気にしているのは、柔らかさではない。


「っ、……ひぃくんのバカッ!!」


 もう、恥ずかしさやら怒りやらで何だかわからなくなってしまった私は、ひぃくんに暴言を吐くとそのまま泣き出した。


「泣かないで、花音。大丈夫だよ?」


 困ったような顔をさせながら、私の頭を撫でて涙を拭ってくれるひぃくん。


(何が大丈夫なのよ……。私が気にしてるのは柔らかさじゃないんだから……っ。凄く……っ、恥ずかしかったんだからっ)


 きっと、ひぃくんには伝わらないんだろうな……。
 そう思った私は、泣いている自分がなんだかとても虚しく思えたのだった。

君はやっぱりヒーローでした ( No.5 )
日時: 2024/08/20 01:35
名前: ねこ助 (ID: jkVz8myT)






 ──お昼休み。

 屋上でお弁当を食べていると、隣にいるひぃくんが口を開いた。


「昨日は楽しかったねー。また一緒にスパ行こうね、花音」


 ニコニコと笑顔で話すひぃくん。


(そ、それは今言って欲しくなかった……)


 昨日私は、彩奈と二人で映画に行くと嘘を付いて家を出たのだ。
 チラリとお兄ちゃんの様子を伺った私は、握っていたお箸をポロリと落とした。

 私の目の前には、お兄ちゃんではなく鬼がいた。


「花音……。昨日、スパに行ったのか?」


 固まったまま何も答えない私を見ていたお兄ちゃんは、私の隣にいるひぃくんへと視線を移す。
 すると、その視線に気付いたひぃくんが話し出した。


「そうだよ。花音たら裸で歩いてたから……ビックリしちゃったよ」



 ────!?



 ひぃくんの発した言葉に、ギシリとその場で身を固めた私とお兄ちゃん。


(ひぃくん……っ、ビックリなのは私の方だよ。私、ちゃんと水着着てたし。裸でなんて歩いてないから……)


「はだ……、か……っ?」


 両目を丸く見開いたお兄ちゃんは、ゆっくりと頭を動かすと驚きに見開かれた瞳で私を捉えた。


「ちっ……違うよっ、お兄ちゃん! 私ちゃんと水着着てたよ!?」

「じゃあ……スパには行ったんだな?」


(あぁ、何て事だ……)


 私はスパに行った事を認めてしまったらしい。
 せっかく色々と考えて上手く嘘が付けたと思っていたのに……。全部、ひぃくんのせいだ。


(何でよりにもよってお兄ちゃんの前で言うのよ!)


 キッとひぃくんを睨みつけると、私の視線に気付いたひぃくんは、「また行こうねー」なんてニコニコとしている。


(なんて呑気な人なんだろう……。今の状況、わかってる? 私今、お兄ちゃんに追い詰められてるんだよ?)


 相変わらずニコニコとしているひぃくんを見て、諦めた私はお兄ちゃんの顔を見ると口を開いた。


「嘘付いてごめんなさい……」


 今にも消えてしまいそうな程に小さな声で謝る。だって、お兄ちゃん怖いんだもん。
 味方につければこれ以上にないくらい心強い。だけど、敵ともなれば話は別。
 とんでもなく恐ろしい鬼だ。


(お願い……、鬼にならないで)


 顔を俯かせてビクビクとしていると、大きく溜息を吐いたお兄ちゃんが口を開いた。


「響が一緒だったんならまぁ、いいよ。もう嘘は付くなよ?」


(……え? いいの? だってひぃくんだよ? 私は全然よくないけどね!?)


 何だかんだ、お兄ちゃんはひぃくんを信頼しているらしい。昔からそう。
 最終的には、ひぃくんが一緒ならいいと言ってくれる。


(何で……?)


 何でかはわからないけど、とりあえずこの場は助かった。


(ひぃくん、たまには役に立つね)


 チラリとひぃくんを見る。


「わかったのか? 花音」

「はっ……、はい! わかりました」


 ひぃくんを見ていた私は、お兄ちゃんの声に驚いてピシッと背筋を伸ばすとそう答える。
 その返事を聞いて、満足気にニコリと微笑んだお兄ちゃん。


(良かった……)


 安心した私は、再びお弁当を食べようと視線を下げる。


(あっ、お箸落としたんだった……。どうしよう、食べれない)


 地面に転がるお箸を見つめていると、私のすぐ横からお箸の握られた腕が伸びてきた。
 その腕を辿って横を見ると、ニッコリと笑ったひぃくんが口を開く。


「食べ終わったから、使っていいよ」

「……ありがとう」


 素直にひぃくんからお箸を受け取ると、食べかけだったお弁当を食べ始める。
 すると、やけに隣から視線を感じる。


(……何だろう? そんなに見られると食べにくいんだけど)


「美味しそうだねー」


 隣から聞こえる声に、小さく溜息を吐く。


(もう……。まだ食べ足りないからって、そんなに見つめないでよ。言ってくれれば分けてあげるのに)


「食べる?」

「えっ! いいの!?」


 嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせるひぃくん。
 子供みたいなその姿に、思わずクスリと笑みが溢れる。


「いいよ」


 私は笑顔でそう答えると、ひぃくんが好きな玉子焼きをお箸で掴んだ。
 そしてそのお箸をひぃくんの方へと差し出す。


「いただきま〜すっ」


 嬉しそうな声を上げながら、ゆっくりと私に向かって近付いてくるひぃくんの顔。


「えっ……?」

「……響っ!」


 耳に響くのは、お兄ちゃんの焦ったような声。ポロリと地面に落下してゆく玉子焼き──。

 ひぃくんは私の頬を……パクリと食べた。
 呆然と固まったままの私は、ひぃくんを引き剥がしたお兄ちゃんにゴシゴシと頬をこすられる。


(お兄ちゃん……。ひぃくん、こんなだよ? 本当にひぃくんでいいの……? ……何で?)


 そんな事を思いながら、こすられ過ぎてヒリヒリと赤くなった頬をそっと手で抑えたのだった。






◆◆◆






「──ねぇ、花音ちゃん」


 目の前にフッと影が差し、帰り支度をしていた私は手元から視線を上げると声の主を見た。
 私の目の前で、ニコリと微笑むクラスメイトの志帆しほちゃん。


「今日って、これから暇かな?」

「……うん。どうしたの?」

「今日ね、これから合コンがあるんだけど……。花音ちゃん、一緒に行かない? 前に彼氏欲しいって言ってたよね?」


 私の様子を伺うように、小首を傾げて訊ねる志帆ちゃん。


「い、行きたいっ! 彼氏欲しい!」


 勢いよく立ち上がった私を見て、クスクスと笑い声を漏らす志帆ちゃん。


「良かった。南高の人なんだけどね、可愛い子呼べって煩くて……」

「えっ……。わ、私で大丈夫なのかなぁ……?」


(行きたい。けど……可愛い子しかダメなら、私なんてお呼びではないんじゃ……)


「大歓迎だよ! 花音ちゃんが一番可愛いもん!」


 そうお世辞を言ってくれる志帆ちゃん。なんて優しいんだろう……。


「駅前のカラオケで集合だから、一緒に行こう?」

「うんっ!」


 合コンなんて初めてな私は、ワクワクとした気持ちで笑顔で答える。
 問題なのは、ひぃくんとお兄ちゃん。もうそろそろ教室に迎えに来る頃だ。


(何て言い訳をしよう……)


 素直に言ったところで、絶対に許してくれるはずはない。かと言って、嘘も付けない。
 ついこの間、お兄ちゃんに約束してしまったから……。

 ──残る手段は、一つしかない。


「彩奈! 先に帰ったってお兄ちゃんに言っておいて! 志帆ちゃん、ダッシュで行こっ!」


 近くにいた彩奈にそう告げると、私は志帆ちゃんの手を取って急いで教室を出ていこうとする。
 そんな私の背後から、「えっ!? ちょっと花音!」と言っている彩奈の声が聞こえる。


(ごめんね、彩奈! 後はまかせたっ!)


 心の中で謝罪をした私は、そのまま志帆ちゃんを連れて教室を後にしたのだった。






◆◆◆






「っ……何この子!? めちゃくちゃ可愛いじゃん!」

「でしょ〜?」


 両目を大きく見開いている男の子の前で、得意げな表情をさせている志帆ちゃん。

 私は今、合コン会場である駅前のカラオケ店に来ている。
 見開いた瞳で私を見つめているのは、少しチャラそうなイケメンさん。その横には、何だか男性とは思えないほどの色気を放つイケメンさんがいる。


(ど、どうしよう……)


 あまり深く考えずに来てしまった私は、よくよく考えてみたら合コンとは何をする場なのか……。全くわからなかった。


(とりあえず、座ってもいいのかな?)


 チラリと空いているソファに視線を送る。


「こっちにおいで」


 声のする方を見てみると、色気の凄いイケメンさんが自分の座っている隣をポンポンと叩いている。


(隣に座れって事……、だよね? いいのかな?)


「うわぁー! 先越された。れんが相手じゃ敵わねーよ」


 ガックリと肩を落としたチャラそうなイケメンさんは、そう言うと「はい、こっちに座ってね〜」と私をソファへと座らせる。
 チラリと横を見ると、色気の凄いイケメンさんがニッコリと微笑む。


「お名前は?」

「結城……花音です」

「俺は蓮。よろしくね、花音ちゃん」

「あ、はい。……よろしくお願いします」


(こんな感じでいいのかな……? 次は何を話せばいいの?)


 そんな事を思っていると、蓮さんが話を振ってくれた。


「花音ちゃんは一年生?」

「はい、そうです」

「可愛いね。俺は三年」

「…………」


(な、なんて返せばいいのかわからない。どうしよう……)


 チラリと志帆ちゃん達の方を見てみると、すっかりと馴染んで会話が弾んでいる。


(一度しか会った事がない人だって言ってたのに、志帆ちゃんてコミュ力高いんだなぁ……)


 そんな志帆ちゃんに関心していると、またもや蓮さんが話を振ってくれた。


「合コン、初めて?」

「はい……」

「そっか。それじゃあ緊張しちゃうね」


(はい、そうなんです……。今、とっても緊張しています。……どうしたらいいのかわかりません)


 ヘタレな私は心の中で溜息を吐いた。


(ダメだ……。私、合コン無理かも)


 カラオケ店に入って十分弱。来るんじゃなかったと、さっそく後悔をする。
 その後も、次々と話題を振ってくれた蓮さん。私はというと、ただ黙って話を聞いているか、時折「はい」とか「そうなんですね」と返事を返すだけだった。


(ダメだ……っ。会話が続けられない)


「あ、あの……。トイレに行ってきます」


 そう伝えると、私はトイレへ逃げ込んだ。


(どうしよう……)


 もう帰りたいとは流石に言えない。
 カラオケがあるなら大丈夫かな? なんて思っていたけど、さっきから誰も歌など歌っていない。


(……合コンて、そういうものなの?)


 これでは場がもたない。
 小さく溜息を吐くと、目の前にある鏡を見る。


「もう、戻らないとね……」


 情けない顔をした自分に向けて小さく呟く。

 いつまでもトイレにいるわけにもいかず、私はすっかりと気落ちしてしまった心のまま部屋の扉を開いた。


「え……?」


 部屋へと一歩入ったところで、小さく声を漏らすとピタリと足を止めた私。  
 それもそのはず。先程までいた志帆ちゃんの姿が見当たらないのだ。

 室内を見渡してみると、あのチャラそうなイケメンさんの姿もない。
 それどころか、志帆ちゃんの荷物までないのだ。


「あの、志帆ちゃん達は……?」

「あの二人なら先に帰ったよ?」

「えっ……!?」


(さ、先に帰った!? 志帆ちゃん、私を置いて先に帰っちゃったの……?)


 呆然と扉の前で固まる私。


「ここからは二人で楽しもうね」


 立ち尽くしている私の腕を掴んだ蓮さんは、そう言うと私をソファへと座らせる。
 肩にまわされた腕にガッチリと掴まれ、全く身動きが取れない。


(あ、あれ……? 何か……っ怖い……、かも)


「あの……。私も……か、帰ります」


 小さな声で縮こまってそう伝える。


「なんで?」


 そう言ってニッコリと微笑む蓮さん。
 確かに微笑んではいるのだけど……。私の肩を掴む蓮さんの力が強くて、何だかとても怖い。


(どうしよう……、帰りたい)


「わ、私……っ、あの……」



 ────!?



 蓮さんの手が突然私の太腿に触れ、驚いた私はビクリと肩を揺らした。


(な、何!? やだ……っ!)


 太腿に触れている蓮さんの手を掴むと、その手を退けようと力を込める。
 両手で掴んでいるというのに、蓮さんの手はビクともしない。

 スカートの中に少しだけ入ったその指先に、気付けば恐怖で私の瞳には涙が溢れていた。


「やめっ……。やめ、てくださ……っ」


 ガタガタと震える身体で、涙を流しながら小さな声で懇願する。
 それで辞めてくれると思っていた──。

 初対面でよくわからない人とはいえ、私は泣いているのだ。
「ごめんね」と言って、手を離してくれる。そう期待していた私は、頭上から聞こえてきた声に思考が追いつかなかった。


「大丈夫だよ。大人しくしててね」


 そう言って私をソファへと押し倒した蓮さんは、私に跨ると片手で私の口を塞いだ。



 ────!!?



 突然の出来事に、全く状況が理解できない。


(何、これ……? 何……!? いや……怖い……っ!!)


 ガタガタと震えながら、次々と溢れてくる涙。


(怖い……っ、怖い! 助けて……! 助けて、ひぃくん……っ!!)


 何故か私の頭に浮かんできたのは、笑顔のひぃくんだった。


(ごめんなさい……っ。黙って合コンになんて来るんじゃなかった。もうしない……絶対にしないから……っ。だからお願い……、ひぃくん助けて!!!)


 ギュッと固く瞼を閉じた、その時──。
 


 ────バンッ!!



 突然、部屋の扉が乱暴に開かれ、その音に反応して全開になった私の瞳。
 目の前に見えるのは、私の上にまたがっている蓮さん。その蓮さんがグンッと一瞬上へと持ち上がったかと思うと、そのまま視界の端へと吹き飛んだ。


「……花音っ!!」


(──!! 来てくれた……っ。助けに、来てくれた……っ!)


 視界に入ってきたひぃくんの姿を見て、安堵からボロボロと涙を流す。


「ひぃ……っぐっ、ん……っ」

「っ……大丈夫。もう大丈夫だよ、花音。怖かったね……もう大丈夫だから」


 そっと私を抱き起こしてくれたひぃくんは、そのまま私を抱きしめると優しく頭を撫でてくれる。
 何度も何度も「大丈夫だよ」と言ってくれるひぃくんのその声は、とても優しく私の耳に響いて、何だかとても安心する。

 その後、ひぃくんからの連絡で駆け付けてくれたお兄ちゃん。
 凄く怒られる。そう覚悟していたのに、私を見たお兄ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をして優しく抱きしめてくれた。

 そんなお兄ちゃんを見た私は、鼻水を垂らしながらも「ごめんなさい」と謝り続けた。
 彩奈から事情を聞いた二人は、ずっと手分けして駅前のカラオケ店を探し回ってくれていたらしい。そんな二人に、私はなんて馬鹿なんだろうと心から反省した。

 私をおぶって帰るひぃくんの横顔を見つめながら、小さく「ありがとう」と呟く。
 そんな私を横目に確認したひぃくんは、フワリと優しく微笑んでくれる。


 ──昔から、いつだって私を助けてくれたひぃくん。
 男の子に意地悪された時も、痴漢に遭った時も……しつこいナンパに遭った時も。いつも必ず、ひぃくんが助けてくれた。


(何でそんな事も忘れてたんだろう……。昔から、ひぃくんは私のヒーローだったのに)


 目の前のひぃくんキュッと抱きつくと、私はその優しい温もりに涙を流した。


(ひぃくん……っ、ごめんね。……いつもありがとう)


 心地よく揺れる背中の上でそっと瞼を閉じると、私はそのまま黙って自宅へと帰って行った。






◆◆◆






 ──その日の夜。
 自室のベットの中で中々寝付けないでいた私は、少し震える自分の手をキュッと握った。
 今日あった出来事が頭の中で何度も再生され、その度に恐怖が蘇ってくる。


(あの時、ひぃくんが来てくれなかったら……今頃私はどうなってたんだろう)


 そう考えると、とても恐ろしかった。
 考えちゃダメ。そう思うのに、今日の出来事を嫌でも思い出してしまう。


(眠れないよ……)


 そう思いながら、ギュッと固く瞼を閉じた──その時。
 フワリと背後から夜風が吹き込み、ギシリとベッドを軋ませたひぃくんがキュッと優しく私を抱きしめた。


「……花音」


 私の耳元で、優しく囁くひぃくん。
 いつもは私が寝ている間に、いつの間にか忍び込んで来るひぃくん。まだ午後十時だというのに、今日は私が起きている時間に来たようだ。

 クルリと後ろに向きを変えると、優しく微笑むひぃくんと視線がぶつかる。


「ずっと花音のこと守ってあげるからね」


 そう告げながら私を見つめるひぃくんの瞳は、とても優しかった。
 たまらずひぃくんにギュッとしがみつくと、その胸元に顔をうずめる。そんな私の頭を優しく撫でてくれるひぃくんは、そっと私の髪にキスをすると、「おやすみ、花音」と優しく囁く。


(今日だけは、ひぃくんに甘えさせて貰おう。今日だけ……っ、今だけだから……)


 そう心の中で何度も呟いた私は、ひぃくんの心地良いぬくもりに包まれながら、ゆっくりと意識を手放していったのだった。

そんな君が気になります① ( No.6 )
日時: 2024/08/20 02:36
名前: ねこ助 (ID: n8TUCoBB)






 膝を抱えて小さく座った私は、目の前の光景を眺めて大きく溜息を吐いた。
 気付けばあっという間にもう六月で、今私の目の前では体育祭が開催されている。運動が苦手な私は、この日が来るのが嫌でたまらなかった。


(ついにこの日が来てしまった……)


 避けて通れる道があるわけでもなく、ガックリと肩を落とすと再び溜息を吐く。


(何の為に体育祭なんてあるんだろう。どうして風邪ひかなかったのよ……、私のバカ)


 自分の健康すぎる身体を呪った私は、目の前で繰り広げられている競技を見た。
 今行われているのは、三年生による借り物競走。確か、ひぃくんも出場すると言っていた。


(何処にいるのかな?)


 キョロキョロと軽く見渡してみると、クラスメイトらしき男の子と談笑しているひぃくんが目に留まる。
 どうやら次に出場するらしいひぃくんは、スタート地点で軽くストレッチをしている。

 合コンで助けられて以来、何だかひぃくんのことが気になっている私。
 そのままひぃくんを眺めていると、隣にいる彩奈が話し掛けてきた。


「どうしたの? 響さんの事ジッと見つめちゃって」


 クスクスと笑う彩奈に、急いでひぃくんから視線を外して俯く。


「み、見てないよ……。ひぃくんなんか」


 相変わらずクスクスと笑いながら、「そう? 私の勘違いかー」と言った彩奈。本当は気付いているくせに、私をからかっているのだ。
 事実、勘違いなどではなく私はひぃくんを見つめていた。徐々に早くなってきた心拍数に、何だろうこれ……? と思いながらそっと胸に手を当ててみる。

 ──最近の私はおかしい。
 ひぃくんを見ると、何だか胸が苦しくなるのだ。


(変な病気だったらどうしよう……)


 そんな事を考えながらも顔を上げると、再びひぃくんを見つめる。
 すると、スタートラインに立つひぃくんと目が合い、一瞬ドキリと鼓動が跳ねる。


(き、気のせいだよね?)


 ひぃくんはともかく、私は大勢いる中で座っているのだ。そんなに一瞬で私を見つけられるわけがない。
 そう思うと、小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 すると、突然ひぃくんがヒラヒラと手を振り始めた。


(……えっ? わ、私に手を振ってるの?)


 キョロキョロと左右を見渡してみる。


「振り返してあげないの?」


 隣で私を見ていた彩奈が、そう言ってクスリと笑い声を漏らす。


(本当に私に振ってるのかな……?)


 そう思いながらも、ひぃくんに向けて小さく手を振ってみる。
 すると、それに応えるようにして笑顔のひぃくんが大きく手を振った。


(あ、本当に私に振ってたんだ……)


 よく見つけたな、と感心をする。

 未だにブンブンと大きく手を振り続けているひぃくん。


(先生に注意されてるし……)


 再びスタートラインに整列したひぃくんは、相変わらずニコニコとしている。
 そんな姿を見て、大丈夫かな……。とちょっと心配になる。

 ドンッ。というピストルの音と共に、一斉に走り出したひぃくん達。その中でも、群を抜いて早いひぃくん。あんなに余裕そうに走っているのに。
 昔から、スポーツも勉強も何でもそつなくこなしてしまうひぃくん。どこか余裕そうなその表情に、心配して損をしたと小さく息を吐く。

 会場のあちこちからは、ひぃくんを応援する女の子達の声が聞こえてくる。


(相変わらず凄い人気だなぁ……)


 そう思うと、なんだか少し気持ちが沈む。


(なんだろう……、これ)


 目の前で走っているひぃくんの姿を眺めながら、膝を抱えた腕にキュッと力を込める。


(こうして見ると、やっぱりカッコイイなぁ……。中身はちょっと変だけど。やっぱりカッコイイんだよね、ひぃくんは。だから、周りが騒ぐのもわかるよ)


 そんな事を思っていると、バチッとひぃくんと視線がぶつかった。


(え……?)


 そのまま私の方へと向かって走ってくるひぃくん。


(え、何? どうしたの?)


 あっという間に私の目の前まで来たひぃくんは、フニャッと笑うと口を開いた。


「花音。一緒に来て」

「へっ……?」


 ひぃくんを見上げて間抜けな声を出した私。
 視線を下へと移してその手元を見てみると、そこには白いカードが握られている。


(あ、借り物競走……。私を借りに来たの? ……走るの苦手なんだけどなぁ)


 そんな事を思いながらも、わざわざ借りに来たひぃくんを無下にする事もできず、渋々ながらに重い腰を上げる。


「ひぃくん、私走るの苦手……」

「うん、知ってる」


 私の言葉に、ニコリと微笑んで答えるひぃくん。


(知ってるなら何で私のとこ来たのよ……。ただでさえ体育祭になんて参加したくないのに)


 プクッと頬を膨らませると、ひぃくんを見上げてキッと睨みつける。


「可愛いー、花音っ。大丈夫だよ?」


 私の頬をツンッとつついたひぃくんは、そう言うと突然私を抱え上げた。



 ────!?



(こ、これは……っ! 世に言う、お姫様抱っこというやつでは!?)


「しっかり掴まっててね?」


 そう告げると、一気に走り出したひぃくん。


(こ、怖いっ! 落ちるっ、落ちるよひぃくんっ!)


 慌ててひぃくんの首にしがみつく。

 私を抱えているというのに、グングンとスピードを上げて走ってゆくひぃくん。その光景を見て、周りでは女の子達が悲鳴を上げている。
 そんな流れる景色の中、私はひぃくんの背中越しにグラウンドを眺めた。


(……あ。校長先生が走ってる……。歳なのに……借りられたんだ、可哀想)


 必死に走る校長先生の姿を眺めて、そんな事を思う。

 そのまま、あっという間に一着でゴールしてしまったひぃくん。


(凄いよ……、ひぃくん)


 私はただただ感心した。

 全員がゴールしたところで、マイク越しにお題と借りて来た物の発表が始まる。
 チラリと一番奥を見てみると、ゼェゼェと肩で息をする校長先生がいる。私の視線に気付くと、ニコリと優しく微笑んでくれる校長先生。
 どうやら、五着でビリだったらしい。


(仕方ないよね、歳だもん)


 そんな事を考えながらも、司会進行役の人の言葉に耳を傾ける。


「えー。では、お題の発表と確認をします! まずは、五着!」


 五着の人からカードを貰うと、再びマイク越しに口を開く。


「お題は……ハゲ!」


(!!? な、なんて恐ろしいお題……)


 チラリと校長先生を見てみると、その頭は確かに輝いていた。途端に、会場中から笑いの渦が聞こえてくる。
 なんだか急に怖くなってきた私は、隣にいるひぃくんを見上げた。その視線に気付くと、私を捉えて優しく微笑んだひぃくん。


(お題、何なんだろう……。不安しかない)


「続きましてー、四着! お題は……パンツ!」



 ────!?



(パ、パンツ!!?)


 四着の人を見てみると、右手を高々と上げている。
 その手には、男物のパンツが……。


(あのパンツの持ち主は今、ノーパンなのだろうか……)


 借り物競走のお題は、三年生が自ら考えたとお兄ちゃんが言っていた。


(怖すぎる……。何なの、このお題)


 競技に参加するまでちゃんと見ていなかった私は、借り物競走がこんなに恐ろしいとは思ってもいなかった。


(ひぃくん、やだよ私……。変なお題じゃないよね?)


 青ざめる私は、その後のお題も必死になって聞いた。
 中には普通の物もあって、全部が変なお題ではないようだ。


「えー。では、一着のお題は……」


 いよいよ来てしまった自分の番に、ドキドキとしながらひぃくんを見つめる。
 ひぃくんからカードを受け取った司会進行役が、手元のカードを見ると口を開いた。


「えー、お題は……気持ちの良いもの!」


(……?)


 意味不明なお題に、私の頭上にはクエッションマークが浮かぶ。


「んー……。これは中々難しいお題ですね。では、ご本人に聞いてみましょう!」


 そう言って、ひぃくんにマイクを向けた司会進行役の人。


(どういう意味だろ……?)


 意味のわからない私は、隣にいるひぃくんを黙って見守った。


「毎日ベッドの上で優しく抱いてます。凄く気持ちいいよ?」



 ────!!!?



 ニッコリと満面の笑みで微笑んだひぃくん。
 一瞬にして静まり返った会場。固まる司会者に、青ざめる私。視界の端に、私と同じくらい青ざめた校長先生の顔が見える。


「ね? 気持ちいいよねー、花音っ」


 青ざめる私を抱きしめ、そう言ったひぃくん。
 途端に、会場中から女の子達の悲鳴が上がる。


(ひぃくん……、その言い方は……っ)


 ──人生終わった。
 そう思った私は、もうそれ以上何も考えられなかった。その場で突っ立ったまま、魂が抜けてしまったのだ。
 思考の停止してしまった私は、女の子達の悲鳴が聞こえる中、ずっと無言のままひぃくんに抱きしめられる。

 青白い顔をした私の頬に、スリスリと頬を寄せるひぃくん。
 固まったまま、ピクリとも動かない私。ボンヤリと見えるのは、私達の元へと走ってくるお兄ちゃんの姿。


 そのお兄ちゃんの顔も、私と同じくらい青ざめていたのだった。

そんや君が気になります② ( No.7 )
日時: 2024/08/20 18:30
名前: ねこ助 (ID: n8TUCoBB)





「お兄ちゃん……。私、もう学校辞める」

「は……?」

「だって……っ。もうっ……、もう学校行けないよぉぉおおーー!!」


 突然泣き出した私に、焦り始めたお兄ちゃん。

 ──私達は今、誰もいない中庭に来ている。晒し者になっていた私を、お兄ちゃんが連れ出してくれたのだ。
 あの後、マイクを借りて訂正してくれたお兄ちゃん。


『今のは嘘です!』


 そう宣言するお兄ちゃんに、『嘘じゃないよー』と言い出したひぃくん。物の言い方ってものを、もう少し考えてもらいたい。
 結局、おやすみのハグをしてるって事で話しは落ち着いた。さすがに、毎日一緒に寝ているとは言えない。


『昔からハグしてるんです。俺も響と毎日してます』


 そう言って、身体を張って実演までしてくれたお兄ちゃん。その光景に、周りの女の子達からは歓喜の悲鳴が上がった。
 それでもやっぱり、一部の女の子達からは私に対しての反感の声が上がっていた。訂正してくれたお兄ちゃんの言葉も、皆がどれだけ信じてくれたかはわからない。


(もしかしたら、誰も信じていないかも……)


 そう考えると、もう学校は辞めるしかないと思った。
 反感を買い白い目を向けられ、好奇の視線を浴びる……。そんな四面楚歌な状況を想像すると、恐ろしくて耐えられそうもない。


「大丈夫だって、花音。……絶対に大丈夫だから」


 身体を張ってくれたお兄ちゃんには申し訳ないけど、全然大丈夫なんかではない。


「無理ぃ……っ」


 中々泣き止まない私を見て、困り果てたお兄ちゃんは小さく溜息を吐いた。


「花音……。学校辞めたら後悔するぞ。大体、学校辞めてどうする気なんだ? 編入するのか? 就職でもするのか?」


 急に現実的な話をしだしたお兄ちゃんに、何も答えられない私は口をつぐんだ。


「何も考えてないんだろ? 学校を辞めるって事は、そうゆう事なんだぞ?」


(そんな正論言われたら何も言えないじゃん……っ)


「絶対に大丈夫だから。どうしても駄目だったら、その時にもう一度考えればいいだろ? ……な?」


 お兄ちゃんに説得され、渋々ながらに小さく頷く。


「俺も響もいるし、絶対に守ってやるから。大丈夫だよ」


 そう言って優しく頭を撫でてくれるお兄ちゃん。


(……大体、私をこんな目に合わせた張本人は今何処にいるの?)


「お兄ちゃん……っ。ひぃくんは今、どこにいるの?」


 グズグズと涙を拭きながらも、目の前のお兄ちゃんを見上げてそう訊ねてみる。


「ああ……たぶん、告白されてるんだろ。さっき女子に呼ばれてどっかに行ったよ」


(告白……。告白されてるんだ……ひぃくん)


 そんなの今に始まった事ではない。昔からモテるひぃくんは、よく女の子に告白をされていた。


(だけど──何だろう、この胸のモヤモヤは)


 今まで考えた事もなかったけど、いつかひぃくんにも彼女ができてしまうのだろうか? 
 そう思うと、何だか悲しくなってくる。


(幼なじみを取られる気がして寂しい……のかな?)


 何だかよく分からない。もしかしたら、今会っている人と付き合ってしまうのかもしれない。そう思うと、気になって気になって仕方がなかった。
 何だかよくわからない胸のモヤモヤに、私は少しだけ後悔をした。


(お兄ちゃんに聞くんじゃなかった……。もう忘れよう)


 そう思うと、涙を拭いてパッと笑顔を見せる。


「……私、戻るね。お兄ちゃん、さっきはありがとう」

「ん。……じゃあ、お昼にまたな」

「うん。あとでね」


 そう答えると私は中庭を後にしたのだった。






◆◆◆






 黙ってモグモグとお弁当を食べている私は、チラリと隣にいるひぃくんを盗み見た。
 お昼休憩になり、今、私はお兄ちゃん達と一緒に中庭に来ているのだけど……。


(さっきの告白……、どうなったんだろう?)


 それが気になって仕方がなかった。

 相変わらず隣でニコニコとしているひぃくんからは、いつもと変わった様子は全く感じられない。


(聞いて……、みようかな)


「ひぃくん……。さっきのって……、どうなったの?」

「んー? さっきのって何?」


 お弁当を食べ進めていた手を止めると、私を見て小首を傾げるひぃくん。


「さっき……告白されたんでしょ?」


 少しだけ顔を俯かせると、チラリとひぃくんの様子を伺う。
 すると、ピタリと固まったひぃくんが両目を大きく見開いた。


(え……っな、何? 聞いちゃマズかったのかな)


「か……っ、花音……花音……っ」


 瞳を小さく揺らしながら、プルプルと震える手を私に向けて伸ばしたひぃくん。そのままガバッと私に抱きついたかと思うと、突然大きな声を上げた。


「っ……可愛すぎるよ、花音っ! お嫁に来てくれるの!? ありがとう!! 大切にするからね!!」


(どういうこと……っ? 私の質問はどこにいったの……?)


「──おい、響」


 ギロリとひぃくんを睨みつけるお兄ちゃん。その声に反応したひぃくんは、嬉しそうな顔をして口を開く。


「翔っ! 聞いた!? 花音がお嫁に来てくれるって!!」


 そう言ってニコニコと微笑むひぃくん。
 お兄ちゃんは私の腕を引っ張ってひぃくんから離すと、小さく溜息を吐いた。


「……聞いてないし、言ってない」


 シレッとした顔をするお兄ちゃんは、自分の隣に私を座らせると再びお弁当を食べ始める。


「言ったよー! 確かに言った!!」


(いや……言ってないです、ひぃくん。私そんな事一言も言ってないよ……。そんな事より、私の質問はスルーですか? 結構勇気出して聞いたのにな……)


 そう思うと、ガックリと肩を落とす。


「告白が気になったって事は、俺の事が好きだって事でしょ?」



 ────!!?



 ひぃくんの発した言葉で、私の顔に一気に熱が集中し始める。そして、見る見る内に真っ赤に染まってしまった私の顔。
 まるで茹でダコのように真っ赤になってしまった私は、ひぃくんに向けて勢いよく声を上げた。


「っ……ちっ、違う! 違うもんっ!!」


(なんて事だ……っ! ひ……っ、ひぃくんを好きだなんて……! そんな事あるわけない! 違う、絶対に違う……っ!)


 カーッと熱くなってゆく顔に、自分でも動揺が隠せない。
 確かにひぃくんの事は好きだ。だけど、恋とかではなくて……幼なじみとして好きなだけ。大体、さっきだってひぃくんのせいで酷い目に合ったのだ。そんな人を好きになる訳がない。
 ──そう、自分に言い聞かせる。


「かの〜んっ!」



 ────!?



 嬉しそうな声を上げながら、いきなり飛び付いてきたひぃくん。そんなひぃくんを支えきれなかった私の身体は、ゆっくりと後ろへ向かって傾いてゆく。


(えっ……ここ、ベンチ──落ちる!)


 ギュッと固く瞼を閉じると、その衝撃に備える。


(…………。あ、あれ……? 痛く……、ない?)


 恐る恐る瞼を開くと、目の前にはひぃくんらしき胸板が見える。


「……っ。おい、ふざけんな響!」


 背後から聞こえるお兄ちゃんの声。どうやら、私はお兄ちゃんを下敷きにして倒れているらしい。
 きっと、私を庇ってくれたのであろうお兄ちゃん。上にはひぃくん、下にはお兄ちゃん。


(笑えない……。何このサンドイッチ)


「早く退け、重い」


(ごめんなさい……、お兄ちゃん。私、動けません。苦しくて声すら出せません……っ)


 全く退く気のないひぃくんは、私の上で「かの〜ん。かの〜ん」と嬉しそうな声を出している。


(く……、苦し……っ)


 苦しさから少しだけ顔を横へと動かしてみると、中庭にいる生徒達が視界に入ってくる。
 三人で抱き合ったまま、地面に転がっている私達。そんな私達を見て、驚きに目を見開いている人達や、クスクスと笑っている人達。
 どうやら、また私は皆の前で醜態を晒してしまったらしい。


(もう嫌……っ。なんでいつもひぃくんてこうなのよ……。絶対にひぃくんを好きだなんて有り得ないから……っ)


 私の上で嬉しそうな声を出しながら揺れているひぃくん。
 そんなひぃくんに抱きしめられながら、私は苦しさに顔を歪める。


(っ……お願い、揺れないで……。苦しいし、恥ずかしい……っ)


 ──その後。お兄ちゃんが無理矢理ひぃくんを退けるまでの間、私はずっと潰れた蛙のような呻き声を上げていたのだった。

君はやっぱり凄く変① ( No.8 )
日時: 2024/08/20 18:33
名前: ねこ助 (ID: n8TUCoBB)





「遊びに行きたぁーーいっ!!」


 リビングで大声を出してジタバタとする私。学校も夏休みに入ったことだし、これからは毎日遊べるから嬉しい。そう思っていたのに……。
 今、私はお兄ちゃんに監禁されているのだ。その監禁生活も、今日で七日目になる。夏休みを一週間も無駄にしてしまった。



 ────ポコンッ



「痛っ!」

「遊びたいなら、さっさと宿題やって」


 丸めたノートで頭を殴られて、口を尖らせながら頭をさする。


「……鬼」


 チラリとお兄ちゃんを見ると、ポツリと小さく呟く。


(本当は大声で叫びたいけど……お兄ちゃん怖いから)


「あっそ。じゃあ一人でやりな」


 そう告げると、椅子から立ち上がって歩き始めたお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの腕を慌てて掴むと、私は顔を見上げてヘラリと引きつった笑顔を浮かべた。


「嘘です、お兄様……手伝って下さい。私を一人にしないで……っ」


 そんな私を見てプッと笑ったお兄ちゃんは、再び私の横に座ると宿題を見てくれる。
 毎年、夏休み最終日にひぃくんに泣き付いている私。今回はそんな事にならない様にと、最初に終わらせるように言われてしまったのだ。


(ひぃくんだったら全部代わりにやってくれるのになぁ……)


 今回も、実はひぃくんに期待していた私。


『響は甘やかすからダメ!』


 とお兄ちゃんに言われてしまった。


(なんて不幸な私……)


 お兄ちゃんはスパルタなのだ。

 幸い、何だかんだでお兄ちゃんも手伝ってくれているから、何とか今日で終わりそうだ。スパルタだけど、優しいお兄ちゃん。
 そんなお兄ちゃんは、自分の宿題を二日で終わらせてしまった。なんて羨ましい頭脳……。同じ血を分けているとは思えない。


(ポンコツすぎるよ……私)


 高校受験だって、お兄ちゃんとひぃくんがいなかったら絶対に受かっていなかったと思う。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 隣にいるお兄ちゃんをチラリと見ると、私と目が合ったお兄ちゃんは優しく微笑んだ。


「あと少しだから頑張ろうな」


 そう言ってポンポンと頭を撫でてくれる。
 私はお兄ちゃんに向かって「うんっ」と返事をすると、その後もの凄い集中力で宿題をこなしていった。






◆◆◆






「終わったぁー!」


 全ての宿題を終えた私は、解放感からその場で大きく伸びをした。
 視界に入ってきた掛け時計をチラリと見てみれば、もう午後三時を周っている。


(朝十時からやってたのに……)


 どうやら、お昼も忘れて宿題をしていたらしい。


「お疲れ様ー」


 突然の声に振り向くと、そこにはひぃくんの姿が。ソファに座ったまま背もたれに両腕を乗せ、私達のいるダイニングを見ているのだ。


「え!? ひぃくん、いつ来たの?」

「んー……お昼くらい?」


 小首を傾げてフニャッと微笑むひぃくん。


(え……全然気付かなかった)


「二人共もの凄く集中してたから、邪魔しちゃ悪いと思って……。ずっと見てた」

「えっ!? ずっと見てたの!? 全然気付かなかったよ……」


(三時間も見ていたなんて……。なんて暇な人なんだろう)


 そんな風に思っていると、ダイニングへと近付いて来たひぃくんが口を開いた。


「お土産があるんだー」


 ニコリと微笑んだひぃくんは、そう告げるとキッチンへと入って行く。その数秒後、再び戻ってきたひぃくんの手元には──。


「……シュクレッ!」


 途端に瞳を輝かせた私は、思わずひぃくんに飛びついた。
 そんな私を、クスクスと笑いながら優しく見つめるひぃくん。その手には、私の大好きなケーキ屋さん『シュクレ』の箱が握られていた。


「頑張った子には、ご褒美あげなきゃねー」


 そう言って私の頭を優しく撫でてくれるひぃくん。


「やったー! ありがとう、ひぃくん!」


 ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ私。
 そんな私の腕を掴んだお兄ちゃんは、私を椅子に座らせると「お皿持ってくるから座ってな」と言ってキッチンへと消えてゆく。


「いっぱい買ったんだー。花音、どれ食べたい?」


 ニコニコと微笑むひぃくんに箱の中身を見せられ、私はキラキラと瞳を輝かせた。


(どれも美味しそう……。んー迷うなぁ)


 あーでもないこーでもないと悩む私を見て、ひぃくんはクスリと笑う。


「半分コにして色々食べてみる?」

「うんっ!」


 ひぃくんの提案に即決する私。
 今日は何ていい日なんだろう。宿題は終わったし、シュクレのケーキは食べれるし……。


(……幸せだなぁ)


 思わず顔がニヤけてしまう。

 お兄ちゃんが持ってきてくれたお皿にケーキを取り分けると、私達はそれぞれにケーキを食べ始める。半分コな私は、ひぃくんから「あーん」なんてされているけど、今の私は幸せだから気にしない。
 素直に食べさせてもらっている私を見て、ひぃくんは随分とご機嫌の様だ。


「可愛いねー、花音」


 そんな事を言われながらケーキを口に運ばれる私は……さながら餌付け中の犬だ。
 お兄ちゃんの視線がちょっと痛い。


「宿題も終わった事だし、今度花音の行きたいとこ連れて行ってあげるね」

「本当!?」

「うん。どこに行きたいか考えといてね」

 ニッコリと笑ったひぃくんは、そう告げると私に向かって顔を近付けてくる。


(……えっ?)


 と思った時には遅かった。ひぃくんは私の唇に付いたクリームをペロリと舐め取ると、フニャッと笑って「美味しー」と言った。


「……響っ!?」


 慌てて椅子から立ち上がるお兄ちゃん。


(えっ……? ……え!? えぇぇええーー!!?)


 握っていたフォークを落とした私は、口元を抑えると呆然とした。


(私……の……ファーストキス……、が……)


 呆然としたまま隣を見ると、そこには幸せそうにニコニコと微笑むひぃくんがいる。


(な、なかった事にしよう……。なかった事にすれば……きっと大丈夫。……うん、これはキスじゃない。犬に舐められただけ。大丈夫……ひぃくんは犬)


 訳のわからない暗示を自分にかけた私は、思いっきり痙攣った笑顔でひぃくんを見つめ返すことしかできなかった。







◆◆◆







「海に行きたい!」

「海はダメ! 絶対ダメ!」

「ひぃくんの嘘つきっ! この前行きたいとこ連れてってくれるって言ったのにっ!」


 私は今、自宅のリビングでひぃくんと口論をしている。
 海に行きたいと言う私に、ひぃくんは首を縦に振ってくれないのだ。


(ひぃくんの嘘つき……! 行きたいとこ連れてってあげるって言ったのに!)


「ひぃくんなんて嫌いっ!」


 プイッと顔を背けると、ひぃくんは焦った様に私の顔を覗き込んだ。


「ごめんね、花音。でも……裸で海に行くなんてダメだよ」


 悲しそうな顔でそんなことを言うひぃくん。


(もうっ! 何なの!? この前の時といい、裸裸って人を変質者みたいに……!)


「裸でなんて行かないよっ! ちゃんと水着着るもん!」

「っ……、あんなの裸と一緒だよーー!!」


 私の肩を掴んでガクガクと揺らすひぃくんは、大きな声でそう叫んだ。


(み……耳が痛い……っ)


 至近距離で叫ばれた私の耳は、鼓膜が破れるんじゃないかってくらいにキーンとしている。


「……もういい。ひぃくんとは行かない」


 私の言葉にショックを受けたのか、ひぃくんは目を見開いたまま固まってしまった。


(もういいもん……。ひぃくんとなんて行かないんだから。彩奈と一緒に行くもん。ひぃくんなんて知らない!)


 そう思って立ち上がると、突然ひぃくんが私の腕をガシッと掴んだ。
 驚いた私が振り返ると、ニコッと微笑んだひぃくん。


「プールならいいよ?」


(えっ? ……プール? プールならいいの……?)


 本当は海に行きたかったけど、この際プールでもいい。


「本当!?」

「うん。じゃあ、今からプールに行こうね。着替えておいで、俺も準備してくるから」


 そう言ってニコニコ微笑むひぃくん。
 何で突然いいと言い出したのかはわからない。だけど、プールに行けるならそんなことどうだっていい。


「うんっ! わかった!」


 笑顔でそう答えた私は、ルンルン気分で二階へと上がって行く。
 この時の私は、まさかあんな地獄のプールが待ち受けているとは……これっぽっちも思ってはいなかったのだ。


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