コメディ・ライト小説(新)

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ぱぴLove〜私の幼なじみはちょっと変〜
日時: 2024/09/24 01:29
名前: ねこ助 (ID: tOcod3bA)

★あらすじ★

見た目は完璧な王子様。
だけど、中身はちょっと変な残念イケメン。
そんな幼なじみに溺愛される美少女の物語——。


お隣りさん同士で、小さな頃から幼なじみの花音と響。
昔からちょっと変わっている響の思考は、長年の付き合いでも理解が不能!?
そんな響に溺愛される花音は、今日もやっぱり振り回される……!
嫌よ嫌よも好きのうち!?
基本甘くて、たまに笑える。そんな二人の恋模様。



◆目次◆

♡第一章♡
1)私の幼なじみはちょっと変>>01
2)私のお兄ちゃんは過保護なんです>>02
3)君はやっぱり変でした①>>03
4)君はやっぱり変でした②>>04
5)君はやっぱりヒーローでした>>05
6)そんな君が気になります①>>06
7)そんな君が気になります②>>07
8)君はやっぱり凄く変①>>08
9)君はやっぱり凄く変②>>09
10)君は私の彼氏でした!?①>>10
11)君は私の彼氏でした!?②>>11
12)そんな君が大好きです①>>12
13)そんな君が大好きです②>>13
14)そんな君が大好きです③>>14
15)そんな君が大好きです④>>15

♡第二章♡
16)君は変な王子様①>>16
17)君は変な王子様②>>17
18)君とハッピーバースディ>>18
19)君ととんでもナイト>>19
20)君と私とロバと……①>>20
21)君と私とロバと……②>>21
22)恋人はサンタクロース①>>22
23)恋人はサンタクロース②>>23
24)恋人はサンタクロース③>>24
25)煩悩はつまり子煩悩!?①>>25
26)煩悩はつまり子煩悩!?②>>26
27)煩悩はつまり子煩悩!?③>>27
28)君とハッピーバレンタイン①>>28

君はやっぱり凄く変② ( No.9 )
日時: 2024/08/21 05:53
名前: ねこ助 (ID: PsjPnYL4)





 支度のできた私がリビングへと戻ると、そこには既にひぃくんが待っていた。
 ヒラヒラと手を振るひぃくんは、私に近付くと口を開いた。


「じゃあ行こっかー」


 ニコニコと微笑むひぃくんは、私の手を取るとそう言って歩き始める。


(あれ……?)


「ひぃくん、玄関あっちだよ? 」


 私の声に振り返ったひぃくんは、フニャッと笑うとそのままリビングを歩いて行く。


(……?)


 玄関とは反対方向へと向かって歩いて行くひぃくん。訳のわからない私は、とりあえず黙って付いて行く。
 ひぃくんに連れられて何故か庭へと出た私は、目の前の光景を見て絶句した。


(え……っ)


 ジョボジョボと流れる水の音。


(こっ、これは……まさ……か……っ)


 まさかとは思いながらも、ひぃくんへ向けてゆっくりと視線を動かす。


「ひぃくん……これは、一体何……?」

「え? プールだよー?」


 ニッコリと笑って平然と答えるひぃくん。


(……え、嘘でしょ? 冗談キツイよひぃくん)


 思わず顔を引きつらせた私は、小さく声を漏らして笑ってしまった。
 庭に置かれた子供用のビニールプール。ホースからは水が流れ、ビニールプールへと注がれている。


(ああ、これまだあったんだ。昔お兄ちゃん達と一緒に遊んだなぁ……)


 一瞬、そんな昔を思い出す。


「花音、早くおいでー」


 ホースを持ったひぃくんが、ニコニコと微笑みながら手招きをする。


「ひぃくん……まさか、これに入れと?」


(冗談、だよね……?)


 私は顔を引きつらせながらも、ひぃくんを見てぎこちなく笑う。
 冗談だと言ってください。そんな願いを込めて。


「そうだよー? 花音の為のプールだからねー」


(何でだよ……っ!)


 思わず心の中でツッコんでしまった……。

 目の前には、幸せそうに微笑むひぃくん。私は立ち尽くしたままその場を動けないでいた。
 そんな私を見兼ねたのか、ひぃくんは勝手に私の手を取るとそのままプールへと連れて行く。その瞬間、ハッと意識の戻った私は足にブレーキをかけると口を開いた。


「はっ、入らないよ!? こんなのプールじゃないし!」


 青ざめた顔で必死に主張する。


「え? プールだよ? はい、バンザーイ」


 笑顔でそう告げると、私の着ている服を脱がそうとするひぃくん。


「いやぁーー! やめてーー!」


 いくら下に水着を着ているとはいえ、ひぃくんに脱がされるなんて恥ずかしい。それもそうだけど、なによりこんな子供用プールになんて絶対に入りたくない。
 庭でジタバタと揉み合う私達。


「──何やってるんだよ」


 突然の声に振り向くと、そこにはコンビニから帰ってきたのであろうお兄ちゃんの姿が。その手にはビニール袋を持っている。
 ひぃくんに脱がされかけている私と、庭に置かれた子供用プールを交互に見たお兄ちゃん。瞬時に状況を理解したのか、一瞬でドン引いた顔を見せる。


「おっ、お兄ちゃん! ……助けてっ!」


 ドン引いたままその場に立ち尽くしているお兄ちゃんに助けを求める。


「私、本当は海に行きたいのにっ!」

「海はダメだよ、花音。裸で人前に出ちゃダメ」

「裸じゃないもんっ! 海に行きたい!」


 私達のやり取りを、黙って見つめているお兄ちゃん。


(黙ってないで何とか言ってよ! お願い、私を助けてっ!)


「だからプールならいいよって言ったでしょ?」


 ニッコリと微笑むひぃくん。
 私は青ざめた顔でひぃくんを見ると、これでもかってぐらいに大きく瞳を見開いた。


「……っこんなのプールじゃないからっ!」


(本気でこれがプールだと主張するの? ドン引きだよ、ひぃくん……)


「プールだよ。……ね?」


 ひぃくんはそう言ってお兄ちゃんの方へと視線を向ける。
 その視線にビクリと肩を揺らしたお兄ちゃんは、一瞬小さく目を泳がせると口を開いた。


「……花音。これは立派なプールだよ」



 ────!?



(嘘だっ! 今お兄ちゃんの目、泳いでたし! 何でひぃくんの味方するの……!?)


「お兄ちゃんの嘘つきーーっ!!!」


 絶望に顔を歪めた私は、引きつった顔をするお兄ちゃんに向けて大声でそう叫んだのだった。






◆◆◆







「…………」


 足を外に投げ出して水に浸かる私は、呆然としながら小さな子供用プールに座っていた。
 小さな子供用プールでは、私の腰上までしか水がない。


(これで本当にプールと言えるのだろうか……?)


 私はゆっくりと首を動かすと、開け放たれた窓からリビングを覗き見る。
 すると、ソファでくつろいでいたお兄ちゃんは、私と目を合わせると引きつったような顔を見せてから視線を逸らした。


(お兄ちゃん……何で目を逸らすの……? お兄ちゃんのせいで私、今こんな事になってるのに……。酷い)


 呆然としたまま、黙ってお兄ちゃんの姿を見つめる。

 お兄ちゃんがプールだなんて言うから、ニッコリと微笑んだひぃくんは「ほらね? プールだよー」と言って無理矢理私の服を脱がせた。
 そしてそのまま、子供用プールに入れられてしまった私。


(何で……? 私はただ……海に行きたかっただけなのに……。何でこんな事になったの……?)


「楽しいねー、花音」


 声のする方に視線を向けると、幸せそうに微笑むひぃくんが携帯のシャッターを押した。


「花音可愛いー」


 そんなことを言いながら、嬉しそうに携帯を覗いているひぃくん。


(何なのこれ……。放心しすぎて言葉が出ない)


「肩まで水かけようねー」


 そう言ったひぃくんは、アヒルの玩具を片手にホースで私に水をかけ始める。


「ひ……、ひぃくん?」

「んー? なぁにー?」


 小さく震える声を出した私に、ニコニコと微笑みながら小首を傾げるひぃくん。


「私……っもう、出たいな……?」


 引きつる顔で懸命に笑顔を作った私は、隣にいるひぃくんを見つめてそう伝えてみる。
 とりあえず一度は入ったことだし、もう解放されたい。お兄ちゃんとひぃくんにしか見られていないとはいえ、もうこれ以上の屈辱には耐えられなかった。

 ひぃくんだってもう満足したはず。そう思った。


「まだ入ったばかりだからダメだよ? 遠慮しないでもっと楽しんでねー」


 ひぃくんはそう言うとニッコリと微笑んだ。


(遠慮なんてしてないし……。こんなの楽しめないよ……、ひぃくん。いつまで続くの、これ……)


 そう思った私は、相変わらず助けてくれないお兄ちゃんへ向けて視線を移してみる。
 すると、気まずそうな顔をしながら私達を眺めていたお兄ちゃんは、私の視線に気付くと目を泳がせながら視線を逸らした。


(酷い……。あんなにドン引いてたくせに)


「──あら、花音ちゃん楽しそうね」



 ────!?



 突然聞こえてきた声に驚いて振り向くと、いつの間に来たのか玄関前にご近所の田中さんが立っている。
 私達を見てクスクスと笑うと、そのまま庭へと入ってくる田中さん。その腕にはスイカを抱えている。

 田中さんに気付いたお兄ちゃんが、リビングから出ると口を開いた。


「あ、こんにちは」

「こんにちは、翔くん。今朝ね、田舎からスイカが届いたの。良かったら皆で食べてね」


 そう言った田中さんは、私とひぃくんに視線を移すと口を開いた。


「可愛いわねー」


 そう言ってクスクスと笑い声を漏らす。


(っなんて事だ……。庭なら誰にも見られないと思ってたのに……)


 田中さんのすぐ横に視線を移すと、小学三年生のりくくんが私を見ていた。
 それはもう、とてもドン引いた顔で……。


「可愛いねー、花音」


 ひぃくんはそう言うと、手に持ったアヒルの玩具のクチバシで私の頬をつついた。


(こんなに小さな子供にドン引かれる私って、一体……)


 放心状態のままお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんはあわれむような目で私を見ている。


(ああ……お兄ちゃん。今日から私は、ご近所中の笑い者なんだね……? そんなに憐まないで。余計に辛いよ……)


 未だ私の頬をツンツンとアヒルの玩具でつついているひぃくんは、私の隣で「楽しいねー」と嬉しそうな声を上げる。


(何で海に行きたいなんて言ってしまったんだろう……)


 ツンツンと頬をつつかれる私は、今朝の自分の言葉を後悔しながら、ただ呆然とお兄ちゃんを見つめ返したのだった。

君は私の彼氏でした!?① ( No.10 )
日時: 2024/08/21 19:06
名前: ねこ助 (ID: PsjPnYL4)





「わぁー凄いっ! 人がいっぱいだね!」


 沢山の人で埋め尽くされた海岸を見て、私は驚きの声を上げた。
 八月に入って夏休みのピークを迎えた今、目の前の海岸は家族連れや若者達で溢れかえっている。


「花音。目の届くとこにいろよ」

「うんっ!」


 心配そうに私を見るお兄ちゃんに返事を返すと、彩奈に視線を移して口を開く。


「彩奈、行こっ!」


 私は笑顔でそう告げると、彩奈の手を取って海岸へと続く階段を降りて行く。


「よく海なんて許してもらえたね」


 相変わらずクールな彩奈は、私の顔をチラリと見ながら普段と変わらない表情でそう言った。


「うん。ちょっと……色々あってね」


 そう言って苦笑すると、彩奈は「ふーん」と言いながら海岸へと視線を移す。
 子供用プール事件の後、私をあわれんだお兄ちゃんは海に行く事を許してくれたのだ。


『絶対に俺の目の届くところにいる事』


 そう条件を付けたお兄ちゃん。


(本当は学校の友達と来たかったけど……。仕方ない。海に行けるなら良しとしよう)


 そう納得した私は、勝手に付いて来たひぃくんと私が誘った彩奈とで、四人で近くの海へと遊びに来たのだ。

 浜辺へと着いた私は、早速彩奈と二人で服を脱ぎ始める。水着は着て来たので、あとは洋服を脱げばいいだけ。
 着替えを始める私達の横では、お兄ちゃんとひぃくんがパラソルの準備をしている。


「……なんなの、それ」


 先に着替え終えた彩奈が、私を見て口を開いた。


「だって、お兄ちゃん達が……」


 太腿まであるダボダボのTシャツを着た私。勿論、下には水着を着ている。でも脱げないのだ。
 人前で絶対に水着になってはダメだと、昨日ひぃくんが自分のTシャツを渡してきた。それにはお兄ちゃんも賛成だった様で、今朝、嫌がる私に無理矢理着せたのだ。

 最初はTシャツを着ていなかった私。そのまま出掛けて、海に着いた時に家に忘れたと言おう。そんな風に考えていた。
 出掛ける直前に服を脱がされた私は、お兄ちゃんに無理矢理Tシャツを着せられてしまった。


(妹の服を無理矢理脱がすなんて最低よね……。それにしても、何でバレたんだろう?)


 お兄ちゃんには、私の考えは全てお見通しの様だ。


(……本当に、恐ろしい鬼)


「ダサッ」


 私を見つめる彩奈が、真顔でそう告げた。


(……酷い。確かに今の私の姿は凄くダサイ。でも、そんなにハッキリと言わなくても……)


「……ごめんね」


(一緒にいるの、恥ずかしいよね……?)


 少しだけ顔を俯かせると、チラリと彩奈の様子を伺う。
 そんな私を見て呆れたような顔をした彩奈は、小さく溜息を吐いた。


「私は別に平気だけど。真夏にカーディガンなんて着てるから、おかしいと思ってたのよね。……花音も大変ね」


 そう──Tシャツが大きすぎて袖が服からはみ出てしまうので、私はカーディガンを着てここまで来たのだ。


(地獄のように暑かった……。その苦労を彩奈はわかってくれるのね? なんて素敵な友よ……!)


「一生ついていきます!」

「は?」


 ガバッと抱きつくと、彩奈に塩対応をされる。
 でも、決して嫌がらない。そんな優しい彩奈。


「──花音」


 彩奈に抱きついたまま声のする方を見てみると、笑顔のひぃくんが両手を広げて立っている。
 小首を傾げて、ニコニコとしながら私を見つめているひぃくん。


「行ってあげたら? 待ってるよ」

「えっ……、やだよ」


 何故か、私が抱きつくのを待っているひぃくん。


(するわけないのに)


「海に入ろ?」


 私はそう言うと、ひぃくんを無視して彩奈と一緒に歩き始める。


「見えるところにいろよ」


 後ろからお兄ちゃんに声を掛けられ、「はーい」と返事をしながら海岸を歩く。周りは勿論水着だらけで、Tシャツを着た私は結構目立っている気がする。
 私は手に持った浮き輪を頭から被ると、Tシャツの上から腰に装着した。


(……うん。何となくマシな気がする)


 そう思った私は、隣で冷めた顔をする彩奈に気付かないまま、海へ向かって歩みを進めた。


「花音可愛いねー。陸で浮き輪つけてるよ」

「目立ってるな……」


 お兄ちゃん達が、そんな事を言っていたとも知らずに。





◆◆◆





「二人とも、凄く可愛いねー」

「二人で来たの?」


 彩奈と二人で海に入っていると、いつの間に来たのかチャラそうなお兄さん達。
 勝手に私の浮き輪に掴まっている。


「おに……」

「鬼……?」


 お兄ちゃんと来てると言おうとした私は、途中でその言葉を止めた。


(お兄ちゃんと来てるって言うより、彼氏って言った方がいいのかな?)


 以前、彩奈が言っていた嘘を思い出したのだ。
 チラリと彩奈を見ると、嫌そうな顔をしながらもう一人のお兄さんと会話をしている。


「ねぇねぇ。何でTシャツ着たまま海に入ってるの?」


 私の浮き輪に掴まるお兄さんに視線を戻すと、私と目線の合ったお兄さんはニコリと微笑んだ。


(ですよね……変ですよね。私だって聞きたい。何でTシャツ着なきゃいけないの?)


 私は小さく溜息を吐くと、お兄ちゃん達の方を見た。



 ────!?



 海岸にできた人集ひとだかりを見て、驚愕する。
 一点に集中してできた、沢山の女の人達の群れ。その中心には、なんとお兄ちゃんとひぃくんがいるではないか。


(最悪だ……)


 お兄ちゃんに何とかしてもらおうと考えていた私。どうやら、自分で対処しなければならないらしい。


(目の届くところにいろって言ってたくせに……全然見てないじゃんっ!)


「水着、忘れちゃったの?」

「……えっ!?」


 お兄ちゃん達から視線を戻すと、ニッコリと微笑むお兄さんと視線を合わせる。


「あっ……。水着は、ちゃんと着てます」

「そうなの? じゃあ脱いだら?」


(脱げるものなら脱ぎたいです……。でも脱げないんです……お兄さん)


 私は黙ったまま目の前のお兄さんを見つめた。


「見たいなー? 水着。見せてよ」



 ────!?



 そう言いながら、私の足に片手を滑らせたお兄さん。


「え……っ!?」


 そのまま私の着ているTシャツを脱がそうと、足元からTシャツを捲り上げてくる。


(手……っ、手が……っ!)


 ツーッと腰をなぞられる様に触れられ、私の身体から一気に血の気が引いてゆく。


「やっ……やめて下さいっ!」

「大丈夫、大丈夫ー」


 そう言ってニコニコと微笑むお兄さん。
 慌てて片手でお兄さんの手を抑えると、カナヅチな私は片手でしっかりと浮き輪に掴まりながらジタバタと暴れ出す。


(ヤダヤダヤダヤダ! 全然大丈夫じゃないよっ! 触らないでっ!)


「ごめんごめん。そんなに暴れないでよ」


 アハハッと笑うと、すんなりと手を離してくれたお兄さん。そんなに悪い人ではないらしい。
 解放されてホッとした私は、再び両手でしっかりと浮き輪に掴まった──その時。グンッと身体が動いたかと思うと、浮き輪ごと身体が後ろへ持っていかれた。

 目の前のお兄さんは、一瞬驚いた顔を見せると私の背後を見て口を開いた。


「この人が……鬼? 鬼ってゆーより、王子様かな?」


 ニッコリと微笑むお兄さん。

 その言葉に後ろを振り返ってみると、私のすぐ後ろにはひぃくんがいた。
 私の浮き輪を片手で掴んだまま、目の前のお兄さんを鋭く睨みつけるひぃくん。


(ちょっと……怖い、かも)


 普段は見せない表情をするひぃくんに、何だか少し萎縮してしまう。


(さっきまで海岸にいたのに……来てくれたんだ)


 私の視線に気付いたひぃくんは、直ぐに優しい瞳になるとニコリと微笑んだ。


「花音、大丈夫?」

「……うん」


 いつも通りの優しい声と表情に安堵すると、硬くなっていた身体から力が抜けてゆく。
 彩奈の方を見てみると、そこにはお兄ちゃんの姿がある。どうやら、お兄ちゃんは彩奈を助けてくれたらしい。


(二人とも、ちゃんと来てくれたんだ……)


 お兄ちゃんに肩を抱かれた彩奈を見ると、何だか少し顔が赤い気がする。


(……? どうしたんだろう?)


「君は……この子の彼氏くんかな?」


 私達を見ていたお兄さんが、ひぃくんに向けてそう質問をする。
 その声に反応したひぃくんは、後ろから私を抱きしめると口を開いた。


「そうだよ。だからイジメないで」

「ごめんごめん。イジメたつもりはなかったんだけどなー」


 困った様に笑ったお兄さんは、そのまま私に向けて視線を移した。


「そのTシャツは彼氏くんのせいかな? 随分と愛されてるね」


 そう言ってニッコリと微笑むお兄さん。


(……っ愛!? いやいや、まさかっ! そもそも彼氏だなんて嘘ですから! この場を切り抜ける為の嘘ですよ!? お兄さん!)


 せっかくの嘘を否定するわけにもいかず、私はただ黙って小さく笑った。
 たぶん引きつっていたと思う、私の顔。

 その後、すんなりと退散してくれたお兄さん達。
 相変わらず顔の赤い彩奈に近付くと、私は彩奈の顔を覗き込んで口を開いた。


「彩奈? どうかした?」

「えっ!? 別に……どうもしてない」


 一瞬、動揺したような仕草を見せた彩奈を不思議に思いながらも、無事なようなのでホッとする。


「やっぱり二人だけで遊ぶの禁止な」


 私達を見て小さく溜息を吐いたお兄ちゃんは、そう言うと私の浮き輪を引っ張った。
「わかったのか?」と言って私を鋭い目で見てくるお兄ちゃん。


(そんなに怖い顔しなくても……。私、嫌だなんて一言も言っていないじゃん。……まぁ、言おうとしてたけど)


 今、こうしてお兄ちゃんに先手を打たれてしまったのだ。


(……なんて恐ろしい鬼)


「わかりました……お兄様」


 私は隣にいるお兄ちゃんを見上げると、引きつった笑顔でそう返事を返したのだった。


君は私の彼氏でした!?② ( No.11 )
日時: 2024/08/22 01:57
名前: ねこ助 (ID: Ue57yV0/)





 遊び疲れた私達は、数軒ある海の家から適当に近場を選ぶと、四人で昼食を取る為に店内へと入った。


「私、いちご練乳かき氷ー!」

「ご飯は?」

「いらなーい」

「後で腹減ったとか言うなよ」


 ジロリと私を見たお兄ちゃんは、そう告げるとひぃくんと一緒にレジへと向かう。皆が焼きそばだのカレーだのと言っている中、私だけかき氷を頼むとお兄ちゃんは呆れたような顔をしていた。


(だって暑くて食べる気しないんだもん。皆よく食べれるよね)


 適当に空いている席に腰を下ろすと、お兄ちゃん達の後ろ姿を眺める。


(あ……。また女の人に逆ナンされてるし)


「声、掛けられすぎ」


 私は小さく溜息を吐くと、ポツリと愚痴を零した。
 男二人になった途端にこれだ。本当に二人はよくモテる。


「二人ともイケメンだからね」


 目の前に座った彩奈は小さくそう呟くと、お兄ちゃん達の後ろ姿を見つめながら目を細めた。


(何だか、さっきから彩奈の様子がおかしい気がする……)


 そう思いながらも、再びお兄ちゃん達へと視線を戻す。
 何やら、女の人達と話しているお兄ちゃん達。よく見てみると、お兄ちゃんの腕に自分の腕を絡ませて胸を押し付けている。


(随分と積極的なお姉さんだなぁ……凄い)


 唖然として眺めていると、突然ひぃくんがこちらを振り返ってヒラヒラと手を振り始めた。


(え? ……な、何?)


 そう思いながらも、小さく手を振り返してみる。すると、私達の方を見た女の人達が残念そうな顔をして去って行く。


(あ……ナンパ避け? 取り敢えず役に立てたんなら良かった)


 ホッとしたのと同時に、早くかき氷が食べたくなる。


「お兄ちゃーん! かき氷ぃー!」


 お兄ちゃんへ向けてそう催促をする。


(暑いから早くかき氷が食べたいのに……。さっさと買ってきてよ)


 そんな自己中な事を考えていた私。
 お兄ちゃんは呆れた様な顔をすると、クルリと背を向けて今度こそレジへと向かって歩き出した。


「兄使いが荒いわね」


 チラリと私を見た彩奈は、そう言うと呆れたように溜息を吐く。


「だって、暑くて」


 私は彩奈に向けてそう答えると、エヘヘッと笑ってごまかした。





◆◆◆





「んーっ! 冷たくて美味しぃー!」


 お兄ちゃんが買ってきてくれたかき氷を頬張りながら、両頬を包んで身悶える。
 火照った身体に冷えた氷が染み込むようで、予想以上にかき氷が美味しく思えた。


「良かったねー」


 私の隣で、ひぃくんが嬉しそうに微笑む。
 そんなひぃくんの目の前に置かれているのは、美味しそうな湯気を上げるカレーライス。……なんだか私も食べたくなってきた。


(やっぱりご飯も買ってきてもらえば良かったかも。……美味しそうだなぁ)


「カレー、食べる?」


 ジッと見ていた私に気付いたのか、ひぃくんはそう言うとクスリと笑った。


「えっ! いいの!?」

「だから言っただろ……」


 喜びにキラキラと瞳を輝かせる私に向けて、呆れ顔のお兄ちゃんは溜息混じりにそう告げる。


(だって……あの時は食べたいと思わなかったんだもん)


「いいよー。はい、あーん」


 ひぃくんから差し出されたスプーンにパクッと食いつくと、辛すぎないカレーが口の中いっぱいに広がる。


(あー……っ、なんて幸せなんだろう! 海で食べるカレーって、こんなに美味しかったんだぁ……頬っぺた落ちそう)


 思わず顔がニヤける。


「幸せぇ〜」

「花音可愛いー。もう一口食べる?」

「うんっ!」

「はい、あーん」


 あまりの美味しさに、お兄ちゃんと彩奈が目の前にいる事も忘れてしまう。
 私はひぃくんから差し出されたスプーンにパクリと食いつくと、美味しいカレーを頬張った。
 そんな私達の様子を静かに見ていた彩奈は、おもむろに口を開くと首を捻った。


「響さん……。なんだか、いつにも増して花音にベッタリな気が……」


 突然の彩奈の発言に、ハッと我に返った私は口元を抑えた。


(つい素直に食べちゃった……。何やってるの、私。これじゃただのバカップルみたいじゃない)


「んー? だって、花音は俺のお嫁さんだからねー」


 彩奈を見て、ニッコリと微笑むひぃくん。


「え……? それって、付き合ってるって事?」

「そうだよー」


 彩奈からの質問に、笑顔でそう答えるひぃくん。


(えっ!? まだその設定続いてたの!?)


「ひ、ひぃくん。もうその設定はいらないよ?」


 困った様に笑いながらそう告げると、途端に悲しそうな顔をみせるひぃくん。
 それを見て、思わずギョッとする私。


(えっ……。私、何か悪い事言った?)


「花音……っ、離婚だなんて言わないでよー!」


 ウルウルと瞳を潤わせたひぃくんは、そう言うと私を抱きしめた。


(え……? 何それ)


「……お前ら、いつから付き合ってたわけ?」


 その声に視線を向けると、何だかドス黒いオーラを漂わせたお兄ちゃんが……私をジロリと見ている。


「つ、つっ、付き合ってなんかないよっ!」

「付き合ってるよーー!!」


(や、やめてひぃくん! お兄ちゃんが誤解するからぁー!)


 付き合っていないと言う私の横で、私を抱きしめながら付き合っていると宣言するひぃくん。
 本当にやめて欲しい。


(お兄ちゃんの顔がどんどん鬼になってきてることに気付いてよ……っ!)


 抱きつくひぃくんを退けようとするも、ひぃくんの力が強すぎて退けられない。


(鬼が……っ、鬼がぁー!!)


「え……。で、どっちなの? 付き合ってるの? 付き合ってないの?」


 少し呆れた様な顔で質問をする彩奈。


「付き合ってないよー!」

「付き合ってるよー!」

「もう、やめてよひぃくん! 嘘付かないでっ!」

「嘘じゃないよー!! 花音酷いよー!!」


 大きな声でそう言ったひぃくんは、私に抱きついたままメソメソと泣き始める。


(えー……。何か、私が悪者……なの? 何で泣くのよ……)


 そんな私達に呆れたのか、小さく溜息を吐いた彩奈が口を開いた。


「うん、わかった。じゃあ……響さん。花音とはいつから付き合ってるの?」


(……え!? 付き合ってないよ! 彩奈!)


 そう思いながら彩奈を見ると、いいからお前は黙っとけって顔をされる。


(そんなに怖い顔しなくても……)


 仕方がないので、素直に黙って見守る私。


「……体育祭の時。花音がお嫁に来てくれるって言ってた」


(え……。えっ!? あ、あの時の!?)


 私は数ヶ月前の出来事を思い返してみた。
 確か、ひぃくんが告白されたと聞いて、私がどうなったのか尋ねたやつ。気になるって事は、俺の事が好きだって事だと言われて──。
 そこまで思い出すと、一気に顔が熱くなってくる。


(いっ、いやいやいや! 私、別にひぃくんの事好きじゃないし! ……うん、断じて違う! えっ、待って……あれで付き合う事になっちゃうものなの……? それが普通なの?)


 一度も交際経験のない私には、さっぱり分からなかった。
 チラリとお兄ちゃんの方を見てみると、興味がなくなったのか平然と焼きそばを食べている。


(え……。わからない……誰か教えて)


 チラリと彩奈の方に目をやると、真っ赤になっているのであろう私の顔を見て、フッと笑うと自分の焼きそばを食べ始めてしまった。


(……え? え!? その笑いはどういう意味!?)


 一人、その場でパニックになる私。


「花音。体育祭の事、覚えてないの?」


 未だメソメソと涙を流し続けるひぃくんは、悲し気な顔をさせながら私の顔を覗き込んだ。


「覚えてる……、けど」


(あれで彼女になっちゃうものなの……?)


 ……私にはよく分からない。


「花音は俺のお嫁さんだからね? 絶対に離婚なんてしないっ!」


 ひぃくんはそれだけ告げると、私に抱きついたまま更にメソメソと涙を流し始めた。


(え……。やっぱり……私、ひぃくんの彼女なの? そうなの?)


 最近、やたらとスキンシップの激しくなったひぃくん。確か、ケーキを食べていた時は口を舐められた。
 さっきだって、「あーん」なんてされて普通に喜んで食べてしまっていた。

 私は呆然としたまま、ゆっくりとテーブルへと視線を落とした。
 左手に握られたかき氷の器が汗をかき、冷んやりとした水滴が指先を伝ってポタリとテーブルの上へ落ちる。


(そっか……私、彼女だったんだ……。あれで彼女になっちゃうなんて、知らなかったよ……)


 メソメソと泣きながら抱きついてくるひぃくんをそのままに。私はテーブルにできたいくつもの水滴を見つめながら、ただ、呆然とそんな事を考えていた。






そんな君が大好きです① ( No.12 )
日時: 2024/08/22 19:49
名前: ねこ助 (ID: Ue57yV0/)





「ねぇ、お兄ちゃん。付き合うって……具体的に何をすればいいのかな?」


 夕食を食べ進めていたお箸を止めると、私はお兄ちゃんの様子を伺う様にしてチラリと視線を上げた。
 海へ遊びに行った日から三日間、私がずっと悩んでいる事。


 ”付き合うって何?”


 彩奈に聞いてみると、「いつも通りでいいんじゃない」と言われてしまった。
 本当にそれでいいのだろうか?


「……はっ!?」


 目の前のお兄ちゃんは、驚いた顔をすると口を開けたまま私を凝視する。


(はっ? て何よ……。ちゃんと答えて欲しい。これでも一応、お兄ちゃんに聞くのは凄く恥ずかしかったんだから)


「花音……お前、誰かと付き合うのか?」

「え?」


 急に真剣な顔をするお兄ちゃん。


(何言ってるの? 私、もうひぃくんと付き合ってるのに。……変なお兄ちゃん)


「誰って……私、ひぃくんと付き合ってるでしょ?」

「はっ!?」


 私の言葉に、再び驚いた顔をするお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんがちょっぴり面白くて、私は思わずクスクスと声を漏らした。
 そんな私を見たお兄ちゃんは、顔を元に戻すとギロリと私を見る。


(……あ、あれ? ちょっと鬼が……)


 鬼の片鱗をうかがわせるお兄ちゃんに、瞬時に顔が引きつる。


「あ……っき、今日の海老フライ美味しいねー! お兄ちゃん、本当に料理が上手! す、すごーい!」


 ご機嫌を取るために言った台詞がもの凄く棒読み状態になってしまい、焦った私は笑顔を引きつらせた。


(お兄ちゃんの視線が痛い……。ヤッ……ヤバイ、どうすればいいの……ピンチッ!)


 堪らず俯いて目をつぶると、お兄ちゃんの盛大な溜息が聞こえてきた。


「……花音。お前、響の言った事本気で信じてるのか?」

「……へっ?」


 俯いていた顔を上げると、素っ頓狂な声を出してお兄ちゃんを見る。


「え……、違うの?」


 そう尋ねてみれば、再び盛大な溜息を吐いたお兄ちゃん。


「あの時、嫁に行くなんて言ったか? 第一、付き合うとも言ってないだろ?」

「あ……うん、言ってない。じゃあ付き合ってないの?」


 私の言葉に呆れた様な顔をみせたお兄ちゃんは、小さく溜息を吐くと再び口を開いた。


「当たり前だろ。そんなんじゃ他の男に騙されるぞ? 俺はお前が怖いよ。何でそんなのも分からないんだよ」


 お兄ちゃんはそう言うと片手で額を抑えながら私を見た。


(お兄ちゃんの方が怖いもん。鬼のくせに)


 口には出せないので心の中で呟く。


(どうせ私はバカですよ……)


 不貞腐れて顔を俯かせると、そんな私を見たお兄ちゃんが口を開いた。


「花音。頼むから俺から離れるなよ?」

「……はい」

「男と二人きりで会うなよ?」

「……はい」

「優しそうに見えてもダメだからな?」

「はい……っ」


(何だか悲しくなってきた……。私ってそんなにバカなの? まるで子供扱い……)


 そう思った時、ポタリと涙が頬を伝った。


「泣くなよ……」

「だって……っ、お兄ちゃんが……」

「キツイ言い方して悪かったよ。ごめんな」


 お兄ちゃんはそう言ってポンポンと優しく頭を撫でてくれるけど、その優しい手の温もりに益々涙が出てきてしまう。


「私っ……バカじゃないもん」

「花音はバカじゃないよ。ちょっと天然なだけだよ」

「……」


 慰められているのかよく分からない言葉に、思わず何も返せなくなる。
 それでも、頭を撫でてくれるお兄ちゃんの手はとても優しくて。私はボロボロと涙を流しながら、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と何度も繰り返し口にしたのだった。






◆◆◆






「どうしてひぃくんがいるの……」


 私の目の前で、ニコニコと微笑むひぃくん。

 今日は地元で花火大会がある為、私は彩奈の家で彩奈のお母さんに浴衣を着付けてもらった。
 そこへ迎えに来たのが、お兄ちゃん。と、何故かひぃくん。ちゃっかり浴衣まで着ている。


「花音。浴衣可愛いー」

「何でひぃくんまでいるのよ」


 ジロリと目の前のひぃくんを見る。私は彩奈の家に行くとはひぃくんに一言も言っていない。


(何で知ってるのよ……)


「デートは1人じゃできないよー? 花音」


 そう言って小首を傾げてニッコリと微笑むひぃくん。


「デートじゃないしっ! だいたい、私達付き合ってないんだからね!?」


(お兄ちゃんに聞いたんだから……っ。もう騙されないもん。騙すなんて酷いよ、ひぃくん。私怒ってるんだからね!)


 キッとひぃくんを睨みつける。


「……っ離婚はダメ……ダメだよ花音っ! 離婚だなんて言わないでっ!!」


 真っ青な顔をしたひぃくんは、ガタガタと震えながら私を見つめる。
 まるで捨てられた仔犬のような瞳のひぃくん。今にも泣き出してしまいそうなその顔に、私は小さく溜息を吐くとお兄ちゃんを見た。


(なんで連れて来たのよ……お兄ちゃんのバカ)


 怨めしい気持ちで見つめると、私の視線に気付いたお兄ちゃんが口を開いた。


「仕方ないだろ……勝手に付いて来たんだよ」


 お兄ちゃんはそう言うと、ウンザリしたように溜息を吐く。
 今にも泣き出してしまいそうなひぃくんを見ると、なんだか自分が悪者になった気分になってくる。


「……もういいよ。来ちゃったものはしょうがないから……ほら、ひぃくん行くよ」


 私はそう言うとひぃくんの手を取って歩き出した。
 チラリと隣の様子を伺うと、ニコニコと幸せそうに微笑むひぃくんがいる。


(とりあえず泣き出さなくて良かった。私も大概ひぃくんには甘いよね……)


 そんな事を思いながら小さく溜息を吐く。


「ひぃくん……浴衣、似合ってるね」


 ポツリと小さな声で呟くと、私を見たひぃくんが優しく微笑んだ。


「ありがとう。花音も似合ってるよ、凄く可愛いー」


 そう言ってフニャッと笑ったひぃくん。
 私が言った言葉は嘘ではない。あまりにもカッコイイひぃくんに、思わず出てしまった本音だった。

 浴衣を着たひぃくんはいつも以上にカッコ良く、何だかもの凄い色気すら感じる。
 私はドキドキと心拍数の上がってきた胸を抑えると、ひぃくんから視線を外して地面を見た。


(何これ……っ。違う、違うよ絶対。そんな事あるわけないし)


 気付き始めた自分の気持ちに蓋を閉じると、繋がれた手の温もりに集中しない様ギュッと固く目を閉じる。
 それでも、意識は繋がれた右手に集中してしまい、ドキドキと煩く鳴り続ける胸の音に一人戸惑う。


(何これ……、何なの……? 早く静まってよ、お願い……っ)


「花音とデートなんて嬉しいなー。綿菓子あるかなー? 一緒に食べようねー」


 私の隣で、楽しそうに話し続けるひぃくん。
 そんなひぃくんの声を聞きながら、私はただずっと、繋がれた右手に意識を集中させていたのだった。


そんな君が大好きです② ( No.13 )
日時: 2024/08/23 00:40
名前: ねこ助 (ID: j1QX106.)



「ひぃくん、ひぃくん! あれ取ってー!」


 私はひぃくんの腕をグイグイと引っ張ると、射的の出店を指差した。コロンと丸い小さなひよこのクッション。凄く可愛くて一目惚れしてしまった。
 さっきまでひぃくんに怒ったりドキドキしていたくせに、会場についた途端にはしゃぎまくる私。自分でもどうかと思う。


「どれが欲しいの?」

「あの丸いひよこっ!」

「うん。わかった」


 そう言ってニッコリと微笑むひぃくん。
 銃を構える姿はなんだかとても新鮮で、不覚にも胸がときめいてしまう。



 ────パンッ!



 銃声が聞こえた次の瞬間、ひぃくんは私を見てフニャッと笑った。


「取れたよー?」

「……えっ?」


 ひぃくんに見惚れていた私は、その声に慌てて景品棚の方を見てみる。するとそこには、棚の下にコロンと転がるひよこの姿が。
 ひぃくんは一発で取ってしまったのだ。


「はい、お嬢ちゃん」


 ニッコリと微笑むおじさんからひよこを受け取ると、ひぃくんを見上げて口を開く。


「ありがとう、ひぃくん!」


 満面の笑みでお礼を告げると、ニッコリと微笑んだひぃくんが「可愛いー」と言って優しく頭を撫でてくれる。


「──花音」


 突然呼ばれた声に振り返ると、そこには彩奈とお兄ちゃんの姿が。手には焼きそばとりんご飴が握られている。
 実は、私のパシリでりんご飴を買いに行っていたお兄ちゃん。


「りんご飴っ!」


 途端に瞳を輝かせた私は、そのままお兄ちゃんに向かって走り出した。


(わーい! りんご飴っ!)


 もはや、りんご飴しか目に入っていない私。目の前の石に気付かず、そのまま石につまづいてしまった。



 ────!!



(……うわっ! 倒れるっ!)


 そう思った瞬間、ガシッと肩を掴まれた。


「急に走るなよ……、危ないだろ」


 私を見て呆れた顔をするお兄ちゃん。どうやら、お兄ちゃんに助けられたらしい。


「……まるで子供ね」


 お兄ちゃんの横で、彩奈が呆れた様な顔をする。


「おい、聞いてるのか? 花音」

「えっ……!?」


 実は、肩に置かれたお兄ちゃんの手をジッと見ていた私。
 だってその手にはりんご飴が握られていたから……。


「お前、今りんご飴見てただろ」


 ギロリと私を睨むお兄ちゃん。


「みっ、見てない! 見てないよー。お兄ちゃんてば、嫌だなぁ!」


 引きつる顔でアハハと笑って誤魔化すと、そんな私を見たお兄ちゃんは大きく溜息を吐いた。


「……子供かよ」

「子供ね」


 彩奈と二人で呆れた顔をするお兄ちゃん。


(何も返す言葉がありません……)


「花音っ! 急に走っちゃダメだよー! どこも怪我してない?」


 そう言いながら、焦った顔をして駆け寄るひぃくん。


(あ……。ひぃくん置いてきちゃってた)


 ひよこを取ってもらっておいて、そのままひぃくんを置いてきた私。


(なんて最低なんだろう……)


「ひぃくん……、ごめんなさい」


 申し訳なく思い謝る。
 シュンとして俯いていると、ひぃくんは私の頭を優しく撫でてくれた。


「花音が無事ならいいよ。りんご飴食べたかったんだもんね?」


(そうなの……食べたかったの、りんご飴。でも、だからって最低だよ私)


 優しく微笑むひぃくんにチクリと胸が痛む。


「私のりんご飴……半分コする?」


 ひぃくんへの謝罪に、そんな事しか思い浮かばない私。
 そんな私の言葉に、ひぃくんは瞳を大きく見開くと固まってしまった。


(やっぱり、りんご飴なんていらないよね)


「ひぃく──」


 やっぱり辞めようと口を開いた瞬間。私の肩を掴んだひぃくんが、瞳をキラキラと輝かせた。


「ホントに!? いいの!?」

「えっ……? あ、うん」


(ひぃくん、そんなにりんご飴好きだったっけ?)


 異常に喜ぶひぃくんを見て、少し呆気に取られる。


「じゃあ、全部半分コにしようねっ?」

「全部って……?」


 私の目の前でニコニコと微笑むひぃくん。


(全部って……もしかして食べ物全部ってこと?)


「全部だよー? 食べる物全部。その方が色々食べられるよ?」


 小首を傾げたひぃくんは「ね?」と言って私を見てくる。


(んー……確かにそうかも。色々食べたい物があるし、ちょうどいいかもっ!)


 そう思った私は、途端に瞳を輝かせる。


「うんっ! そうだね、ひぃくん天才!」


 ひぃくんを見上げて笑顔でそう答えると、ひぃくんはフニャッと笑って私を抱きしめた。



 ────!?



「……おい。何でそこで抱きつくんだよ」


 それまで黙って傍観していたお兄ちゃんは、そう言うと私からひぃくんを引き離した。


(ビックリした……っ)


 不覚にもドキッとしてしまった。相手はひぃくんなのに……。ドキドキと高鳴る胸元を抑えると、目の前のお兄ちゃん達をチラリと見る。
 すると、お兄ちゃんに腕を掴まれたままのひぃくんが、ニコニコと嬉しそうな顔で口を開いた。


「だって花音が俺の事好きって言うから……可愛くてー」

「いや、言ってないだろ。お前の耳はどーなってんだよ」


 ニコニコと微笑むひぃくんを見て、お兄ちゃんは呆れた顔をしながら溜息を吐いた。


(お兄ちゃん……。ひぃくんがおかしいのは、耳じゃなくて頭だよ)


 私はひっそりとそんな事を思った。

 勉強はできるくせに、どこか頭のネジが一つも二つも緩んでいるひぃくん。これは一生、治らないんだと思う。
 落ち着きを取り戻した胸からそっと手を離すと、私はお兄ちゃんに向けて口を開いた。


「……お兄ちゃん。りんご飴食べたい」


 私の言葉に何故か溜息を吐いたお兄ちゃんは、「わかったよ」と言って私にりんご飴を渡してくれる。

 座れる場所を探して歩く間、私はずっとりんご飴を見つめていた。
 食べるととっても美味しいりんご飴。その見た目は、キラキラと輝いてとても綺麗だった。
 クルクルと回しながら眺めていると、隣を歩くひぃくんが口を開いた。


「良かったねー、花音」

「うんっ」


 クルクルと回るりんご飴を眺めながら、にっこりと微笑んでそう答える。
 そんな私を見てクスリと笑い声を漏らしたひぃくんは、私の左手を握ると「転ばないでね」と言って握った手にキュッと力を込めた。

 暫くそのまま歩いていると、すぐ目の前を歩いていた彩奈が口を開いた。


「……あ。あそこ空いてるよ」


 彩奈の指差す方へと視線を移すと、ちょうど四人分の椅子とテーブルが空いている。
 私達はその席まで移動すると、買ってきた食べ物をテーブルに広げた。どうやら、イカの丸焼きなんかも買ってきたらしい。

 自分の右手に握られたりんご飴を見つめながら、そこで私はようやく気が付いた。


(あれ……? りんご飴って、どうやって半分にするの?)


 そう思って固まっていると、隣に座ったひぃくんが私の手からりんご飴を取り上げた。


「はい、あーん」


 そう言って、私にりんご飴を差し出すひぃくん。


(わざわざ取り上げる必要ってあったの……?)


 そう思いながらも、食べたくて仕方がなかった私は差し出されたりんご飴にカプリと食いついた。


「美味ひぃ~」


 思わず顔がとろける。


「良かったねー」


 ニッコリと微笑むひぃくんは、そう言うと私の食べかけのりんご飴にカプッと食いついた。そして再び、私の目の前に差し出されるりんご飴。


(あ、あれ……? これってどうなの?)


「食べないの?」


 不思議そうに私を見つめるひぃくん。なんだか、意識しているのは私だけのようだ。


「た、食べるっ!」


 そう言って勢いよくかぶりつくと、クスクスと声を漏らすひぃくん。


(なんだか悔しい……。もう気にしないもんっ)


 何故かひぃくんと交互に食べる羽目になったりんご飴。
 私から言い出した事なので何も言えず、そのまま完食するまで私は黙って食べ続けるしかなかった。






◆◆◆






「花音。お前、お菓子ばっかりだな……。ご飯もちゃんと食べろよ?」


 私の目の前で呆れた顔をするお兄ちゃん。
 綿菓子にあんず飴にかき氷と、さっきからご飯類を一切口にしていない私。勿論、全てひぃくんと半分コだ。
 そんな私の隣では、ひぃくんがニコニコと微笑んでいる。


(だって食べたいんだもん。しょうがないじゃん)


 口を尖らせた私は、お兄ちゃんに抗議の意思表示を見せる。


「花音、あーん」


 お兄ちゃんの言葉を無視したひぃくんが、私に向けてチョコバナナを差し出す。
 途端にパッと笑顔を咲かせた私は、口を開けてガブリと食いついた──と思ったら、突然ヒョイっと目の前から消えてしまったバナナ。
 その行方を追って辿ると、お兄ちゃんがひぃくんの腕を掴んでいる。


「……それはやめろ」


 何だか少し、顔を引きつらせているお兄ちゃん。


(チョコバナナ食べたかったのに……。食べちゃダメなの?)


「ご飯も食べるから……お願い、お兄ちゃん。ちょうだい」

「やめろ……、そんな言い方するな」


 引きつった顔で私を見るお兄ちゃん。


(ご飯もちゃんと食べるのに……。お兄ちゃんの意地悪)


「欲しいよね?」

「うん、欲しい」


 ニコニコと微笑みながら私を見るひぃくん。


「っお前……、わざとか?」

「えー、何の事? ……ああ!」


 お兄ちゃんの言葉に、何か閃いた顔をするひぃくん。


(一体何だって言うのよ)


「これは自分で食べろ」


 そう言ってバナナを渡してくれるお兄ちゃん。


(え? 食べていいの? だったら初めからちょうだいよ……)


 そう思いながら、目の前にあるバナナに食いつく。


(美味しぃーっ!)


 不貞腐れていた顔が一気に笑顔になる。


「美味しー?」


 横で私を見ていたひぃくんが、ニコニコと微笑みながらそう聞いてくる。


「うんっ! 美味しい!」

「花音はエッチだねー」


 そう言って私の頬をツンッとつついたひぃくん。


(…………えっ!?)


「おい……っ、響」


 お兄ちゃんを見ると、鬼の形相でひぃくんを睨んでいる。
 そして、私の手からバナナを取り上げてしまったお兄ちゃん。


「もうこれは食べるな。これにしろ」


 そう言って、私の目の前に広島焼きを置く。


(私って……、エッチなの……?)


 今しがた言われた言葉にショックを受けながらも、私は目の前に置かれた広島焼きを呆然と見つめた。




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