ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- WINGS
- 日時: 2009/09/23 02:09
- 名前: SHAKUSYA ◆wHgW10l3Y2 (ID: jYd9GNP4)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2/index.php?mode=view&no=10976
こんにちはー、前の話が完結して嬉しいSHAKUSYAですー。
上の参照が私の小説です。
今回は魔法などの便利物を一切廃止し、銃と人間の小説を書いていきたいと思います。つまり、ファンタジーではなくただのヒューマンノベルになるわけで。
ここで注意。 必読!!!!!!
この小説はグロになると思います。なるべくそんなことは無いようしていきたいですが、心して閲覧を。
銃がよく出てきます。分かりにくいので細かな銃種の説明はしませんが、このあたりの事も心して閲覧願います。
荒らし、宣伝のみコメント、中傷、ギャル文字の乱用、雑談、喧嘩、その他、他の方々や主に迷惑のかかる言動はお控え願います。
この小説は時間軸や場所軸が変わった時にしか改行や空行を行っておりませんが、コレは主、基私の「面倒くさい精神」と「勿体無い精神」の表れだと思ってください。勝手で申し訳ありません。
現在試行錯誤段階ゆえ、改行、空行等の指摘はなるべく詳しくしていただけると助かります。
ただし、「ケータイでの読みやすさ重視」を目的とした、ケータイ小説のような極端な改行、空行の類は受け付けておりません。(改行する度に一行行をあける、時間軸が変わるごとに五〜六行以上の行をあける、など)
感想やアドバイス、誤字脱字報告は受け付けております。ありましたらお願いいたします。
ここではタメ口OKです。
しかし、私に対して極端な馴れ合い(「友達になろう!」発言、「○○持ってる?」発言、「どこ住み?」発言など)を求めたり、別の読者様と雑談をする事はお止め下さい。非常に迷惑です。
質問のある場合は一つずつ聞くのを繰り返すのではなく、なるべく一つにまとめ、一度にお願いします。そちらも方が此方としても楽ですので。
以上のことをよく守り、尚且つネットでのマナーなどを守れる方は、この小説をどうぞお読み下さい。
九月二十三日 注意事項を若干改正。少し詳しくしました。
同日 改行、空行に関する注意を緩和。何か改行や空行事項について言いたいことがありましたらどうぞ。
- Re: WINGS ( No.13 )
- 日時: 2009/10/01 00:20
- 名前: SHAKUSYA ◆4u6r4NXrpE (ID: jYd9GNP4)
- 参照: 第五翔
逃走、追跡、結末
「怪我人数一二五、死者数〇、器物破損件数十八、敵側の捕虜数二、無駄発射弾数丸二八○五三、破損銃数六○四二七、医療費・損害賠償費・捕虜費・軍事費の総計一五二一九三四五リバー……なあ、この死にたくなるような数字は何なんだ?」
「事実です」
冷たいミオの声に、私は机に突っ伏した。こんな財政不安定な時にこの金額、もう泣きそう。と言うか、泣きたい。私は何とか体を起こすと、再び数字の並ぶ紙を見つめる。目を回しそうになり、私は紙を机に置いた。そして、気晴らしに席を立つ。ミオが服の襟を掴んで止めてくるが、引き剥がして逃げる。
後ろのほうで「総司令官!」と凄まじい剣幕で怒るミオの声が聞こえてくるが、無視して必死に逃げる。階段を駆け下り、着いた先は一階の医務室。ノックして許可をもらい、中に滑り込む。ついでに鍵を閉め、私はとりあえず安堵の息をついた。あの紙はもう二度と見たくない。
目を正面にやると、面会謝絶の文字とカーテン。恐らくアジガヤがいるのだろう、と勝手に解釈しておく。少し歩くと、ベッドの上にイザリが、面会用の椅子にデガイが座り、何か話し込んでいた。
「ですから、復帰にはまだ時間が掛かります」
「嫌だ。左腕が動かなくても、闘いはできる!」
イザリの復帰についての議論らしい。ヴィルカの報告では、彼の傷は思ったより深刻らしく、全治に二ヶ月を費やすという。今復帰すれば、確実に彼の腕は動かなくなり、復帰することはかなわなくなるだろう。彼の軍人気質は別の軍にとって良いものだが、私の軍には必要のないものだ。ここは私が説得するに越したことは無い。
なんと言うか、軍に軍人気質が必要の無い軍と言うのも大分変な話だとは思うのだが。
「影から聞いたぞ。イザリ特殊部隊第一班班長」
「総司令官!?」
大袈裟に驚かれ、私は思わず苦笑い。口は言葉を紡ぎだす。
「ヴィルカ救急部隊第一班班長の話では、お前の左肩の傷は深刻な状況だ。イザリ班長、早く復帰したい気持ちも分からなくは無い。だが、今復帰しても戦力は半分以下、足手まといなんだ。無理して復帰するより、完璧に治して復帰してこい」
「し、しかし……」反論するイザリに、私は溜息。そして一声。「ほら」
私は肩口を人差し指で強く突く。それだけでも痛いらしい、イザリの口が止まり、顔が苦悶の表情を浮かべた。何か反論しようと口を開くが、言葉になって出てこない。私は人差し指を肩から放し、言葉を続ける。
「こうやって突くだけでも痛いんだ。実戦の時まともに動けるはずが無い。分かったか?」
「……了解しました」
不承不承ながらも、イザリが頷く。私は黙って頷き、その場を離れた。ドアの方を見る。鍵は掛かったままだ。まだ私が医務室にいることには気付いていないらしい。念の為、もう少しドアのほうへ行ってみる。居ない。辺りを見回してもいない。よかった。
「何してんです?」イザリの素っ頓狂な声。「しっ、私は今重要な任務中だ」私はわざと威厳のある口調で言ってやる。怪訝な顔をするイザリを横に、デガイが静かに声を上げた。
「ミオ補佐官から逃げてるんですか」
「正解。見つかったら連れ戻されるからな、これは今の私の中で一番重要な任務なのだ」
緊迫感を醸し出しつつ言う私に、デガイは呆れたようにため息をついた。くそ、この一番重要な任務の真っ最中に呆れるなんて……。と、冗談もここまでしておいたほうが良さそうだ。
「それじゃ、早く怪我を治せよ」
一言だけ言い残し、私は窓を開けた。敷居に足を掛ける。風が吹き込み、若干バランスが崩れるが、強引に体勢を元に戻して飛び降りた。デガイがまた溜息をついた気がする。
草地に着地……痛ッ!? 踵を、踵を何かで強打……! 右足を退けてみると、以前はもっと別のところに転がっていたはずの岩。クソッ、誰だこんな所に転がした奴は! 嗚呼ああ、痛すぎて笑いそうだ。
「どうしました、総司令官? いきなり笑い出して」
その声に、私は自分が笑っていることに気付いた。どうにもこうにも、痛いと笑う癖はどうにかしたほうがいいと思うが、どうしても堪えられない。取りあえず痛さを吹っ飛ばすために大笑いし、弁明は後。
五分笑って、やっと顔を上げると、引きつった顔ながらも声の主が残っていた。茶髪に翠眼の男、救急部隊第一班班長、ヴィルカ・オルドネスク。どうやら散歩から帰ってきた後……と言うか、物探しから帰ってきた後らしい。ジャケットを土埃で汚している。顔も手も足も、全身埃まみれだ。そして件の探し物は、赤い風船。
「ヴィルカ、その風船はなんだね?」
聞いてみる。ヴィルカは「総司令官こそ、何で笑ってたんですか?」と厳しい口調で言い返してきた。言い返しにくい。まさか、補佐官のミオから総司令官が逃げ回っているという、おかしなヒューマンチェイスの末路を暴露するわけにも行くまい。だが、言わなければ私の謎も解決しない。
「ミオ補佐官から逃げた、その末だ。もっと向こうにあったはずの岩が此処にあって、私が知らずに飛び降りて、踵をぶつけて、それで笑っていた」
「ああ、ミオ補佐官は厳しいですからね。でも、ぶつけたら普通痛がるものじゃないですか? 笑うんじゃなくて」
うっ、別の疑問を提示してきた。早く謎を解決して逃げたいのに。私は手短に説明する。体で。
「こう言うことだ」
軍用の長靴で私はヴィルカの脛を思いっきり、そう全力で蹴る。「ぐわっ!」とヴィルカが叫び、そのまま脛を押さえてうずくまった。酷いと思うやも知れないが、コレくらい痛いのだ。岩に全力で踵をぶつけると。
「いったたたたたた……」笑声混じりの声。途中からそれは音階が上がっていき、最後には涙ちょちょぎれの泣き笑いと化した。
「ひーっひっひっひ、ひぃいいいい……へっはっはっはっはっは」
……凄い笑い声だ。私だってこんな声を上げたりはしない、していないと思う。していないと思いたい。
一分笑いに笑った末、ヴィルカは立ち上がる。まだ痛いらしく、足で脛を摩っている。ちょっと強く蹴り過ぎた。
「いや、痛いですが謎は解けました。では私のほうも理由を話しましょうか。……あれです」
そう言ってヴィルカが指差したのは、まだ歳端も行かない女の子。栗色の髪をツインテールにし、海色の瞳に涙を溜めている。なるほど、あの子が空に落とした落し物を取っていたというわけか。だが、それにしても埃が付きすぎていないか?
「ああ、この風船、あの木に引っ掛かっていたんです」
心中を察したようにヴィルカが指を指す。軍の敷地内に、木登り訓練用として一本だけ植えてある背の高い——大体二十メートルの——木。アレの一番上辺りに一本だけ残してある短い枝に、風船が引っ掛かっていたらしい。なるほど、あんな子供では取れない。軍の敷地内で引っ掛かっていたことが不幸中の幸いだった。
あの木の枝に風船が引っ掛かるのも珍しいことだが。
「ねぇ、おじちゃん、早く風船返して」焦れたように女の子が声を上げてくる。ヴィルカは「おじちゃんじゃないんだけどなあ」と寂しげに言い放つと、すぐに「ごめんごめん」と陽気に言いながら女の子の方に走って行った。
仄々とした空気に、私は思わず笑みを浮かべてしまう。しかし、すぐに用事を思い出して走り出した。ミオに捕まるわけには行かない。あの紙を見たくは無い。
走っていると、「総司令官〜! 待ちなさぁぁぁい!」と言うミオの大声。一瞬だけ振り返ると、長いスズランロープの先を輪にし、ぶんぶん振り回しながら追いかけてくるミオの鬼の形相。不味い、捕まる!
元々は陸上部のキャプテンだったといっていたが、本当に足が速い。男の私でさえ、三回に一回は追いつかれる。このままじゃスズランロープの餌食! とその時、私のすぐ横をスズランロープが! 何か手は……あった!
目の前にある長い階段を駆け上がる。軍の連中がやりたいからと言ってこの上に格闘場を設けたのだ。多分、この時間なら格闘技教官のゼルドス・ヴァーレントが練習をしているはず! と言うか真っ最中!
何度も後ろを振り返りながら私は階段を駆け上がり、猛ダッシュ。やった、丁度やっていた! 私は驚く練習生を押しのけ、広い格闘場を走る。途中で何事かと思ったのか私に拳や脚が向けられるが、父から叩き込まれた格闘技の腕前で華麗に捌き、ついでに殴り飛ばし、飛び掛ってきた練習生の頭を踏んづけて飛翔し、着地してまた走る。最後に大柄のゼルドス一番弟子——弟子と言うかは私にも分からないが——、ドリィ・ラルイェットの顔を蹴り飛ばし、格闘場を右に曲がって全力疾走。途中、ゼルドスが「総司令官!?」と言う驚きの声を上げるが、完全無視! 今はそんな声に答える暇なんぞ無い!
右に続く長い階段を、半ば滑り落ちるように駆け下りる。途中で何度もバランスを崩したが、何とか持ちこたえてダッシュ! 階段を駆け下り、左に急カーブ。ここから先は影撃部隊の練習する森林地帯だが、関係ない。
落ち葉を踏みつけ、何度も転びそうになりながらとにかく走る。まだ練習中だったようだ。木の陰から突然の侵入者、つまり私に向かって発砲してきた。しかも十人くらい同時に。いくらなんでもコレを裁けるほど達人でも無いし、捌けると思えるほど幸せな性格もしていない。ここはタイムロスをする事になるが、転ぶしかない。
枯葉に向かって飛び込む。いくら枯葉が積もっているとはいえ、下には無数の石がある。手が石にぶつかり、痛い。コレは若干すりむいたかもしれない。しかし、そんな痛さより辛いのがあの紙の金額。私は落ち葉の上を滑ると同時に立ち上がり、また走る。うっ、転んだ時に右手を捻ったかもしれん。ズキズキする。
痛む右手を擦りながら、走る。影撃部隊の奴等、私を敵だと思って乱射してきやがる。必死で弾丸をかわすが、乱射してきたうちの一つは危うく脳天に直撃するところだった。何とか首を捻ってかわす。そして猛前とダッシュ! まだミオは格闘競技場、行ける、行けるぞ!
私は何度も発砲の危機に遭いながらも何とか森林地帯を抜けると、そこからきっかり右に曲がって再びダッシュ。少し後ろを見る。げげぇっ! もう格闘競技場と影撃部隊を抜けてきていやがる!?
私は本気に本気を出して全力以上の速さで逃げた。後ろからは冥府から響く、「まてぇぇぇぇぇ!」と言う鬼の声。怖い、怖すぎる。コレはもう逃げるしかない!
目の前に続く階段を駆け下り、左に曲がる。そして、ある石床の手前で止まり、思い切りその石を踏んだ。一気に私の体が降下し、私は足から暗い地面に着地。何とか中に進入できた。私はひとまず安堵の息をつき、辺りを見回す。相変わらず暗いし狭いし、何より若干じめじめしている。
この通路は私が独自に作った、秘密の通路。一年掛けて掘り、様々な場所と連結させたのだ。ミオから逃げるためだけにコレを作ったのだが、今年で使うのは十回目。重宝している。
私はその中でも落ち着かずにダッシュ。後ろを見ても勿論追跡者は居ないが、どこか落ち着かない。私は十個ほどある分岐点の中から左から二番目の道を選び、走った。次は真ん中、今度は右端、最後は左から五番目の道。まだ使ったことが無い、医務室前に直結する道だ。
穴の中を走り、コンクリートで作った階段を駆け上がり、続く扉を蹴り飛ばす。よし、出られた!
私は急いで飛び出し扉を閉める。……ん? 岩……。あ、そうか。岩を転がしたのは私自身か。何となく、出口が分かるように此処に配置した覚えがある。だが、今は気にするときではない!
私の身長より高い位置にあるその窓に私は飛びつき、窓を開ける。幸いここは開けっ放しだったようだ。後ろを一度だけ振り返り、ミオがいないことを確認してから、私は医務室の中に入り、窓を閉めて鍵を掛ける。
そして、窓敷居から飛び降りた。その時、バランスが崩れた。立て直そうとしたが、その前に不安定な状態から足着地。その瞬間、頭の中で凄絶な音が響き渡った。
しまった、足を捻挫した。私は立てなくなり、その場に両手をついた。
「いたたたたっ! ミオ補佐官ッ、いくら私に逃げられたからって、そんな乱暴なことを……!」
結局、私はミオに捕まってしまい、医務室で乱暴な治療を受ける破目になってしまった。
「総司令官は黙っていてください」
ミオに冷たく言われ、私は仕方なく黙り込む。
本日何度目かの溜息をつき、私はミオの相変わらず乱暴な治療に呻きながら、それでも溜息をもう一度ついた。
続く
シリアス・ダークなのに結構仄々した話が多いこの小説。なんだか複雑……。
- Re: WINGS ( No.14 )
- 日時: 2009/10/03 15:42
- 名前: SHAKUSYA ◆4u6r4NXrpE (ID: jYd9GNP4)
- 参照: 第六翔
嵐の中で
窓が風に煽られ、ガタガタ言っている。台風がこの近辺を直撃し、今は軍の屋外訓練も中止。他の国、主にデルト民主主義人民共和国連邦も、この国に攻め入ろうとした所を延期したという情報が入っている。そのため、今日のような嵐の日は軍の数少ない有給休暇のようなものである。
しかし、私に有給休暇と言う物体は存在しない。書類の署名は粗方済んでいるものの、まだまだ事務は山ほどある。特に、あの一五二一九三四五リバーと言うとんでもない金額の雑費。一応軍資金は政府から山ほど支給されてくるが、この予想外の支出は辛いものがある。やりくりが大変だ。特に光熱費とかが。
あああ、捻挫した右手首と足首が痛い。私は気が憂鬱になってきて、書類から目を離した。
そういえば、捕まえた捕虜はどうなっただろうか。私はミオのいないうちに席を立ち、十三階の“雑用部屋”と軍の連中から呼ばれるところへ走った。ミオは追って来なかった。多分、私が捕虜を見に行くと察したのだろう。
十三階の雑用部屋に、私は息切れ切れになりながらも辿り着いた。総司令官室は二階、ここは十三階、十一階分もの階段を上るのは大分辛い。私は呼吸が落ち着くのを待って、扉を開ける。
相変わらず蝶番は錆びており、開けると耳障りな音が響く。それと同時に、簡素なアルミ製の机に突っ伏し、寝ていたと思しき金髪碧眼の三十代の顔つきをした男——スルビオ公国国連軍二番隊隊長、フィオル・マグナスが顔を上げた。
その顔は寝不足なのか憔悴しきっており、具合が悪そうだ。だが、瞳だけはしっかりと意思を持っている。これならまだ医務室に連れて行く心配も無さそうだな。と、私は心の中で思ってみる。
そして、何となく、このコンクリート打ちっ放しの簡素で殺風景な無駄にだだっ広い部屋について考えてみる。
この雑用部屋、裏では“捕虜部屋”とも言われ、捕まえた捕虜を此処に入れている。しかし、ここでは軍によくあるような拷問の類は一切していない。拷問をすると捕虜が情報提供をしてくれなくなるので、ここではある程度の自由が許されている。何もしないということが確認されれば、軍の内部をうろついても別に構わない。もし何か不審な動きがあれば、真っ先に自己防衛システムが働いて私のほうまで連絡が回ってくるし、軍の連中が捕虜を捕まえる。
ただし、何か不審な動きをこの雑用部屋に入れる前に行った際は、厳重な管理がされる。
「……また情報提供をしろっていうのか? もう知ってることは無いぞ?」
フィオルがいらだったように声を上げる。私は困ったように肩を竦めてみせ、辺りに視線を飛ばしながら声を上げ返した。真ん中のアルミ製で何の塗装もしていない簡素な机と、やはり簡素な椅子だけが置かれた、コンクリート打ちっ放しの殺風景な部屋。暖房や冷房、その他快適に過ごせるような施設は一切無い。あるだけ金の無駄だ。だって雑用部屋だし。
「本当に知らないんだな? お前の階級はかなり上のほうだが、本当に総司令官の名前は知らないんだな?」
私の念押しにも、フィオルは首を振って返す。
「ああ、知らない! 総司令官は顔を滅多に見せないんだ。ただ、放送で作戦を伝えるだけだ」
コレは本当に知らないらしい。瞳は嘘をついている様子が無い。ならば、この男は既に用済み、国へ帰すことにする。
「これ以上の情報がなければもういい。あと一応聞いておくが、お前、家族は居るのか?」
私の質問に、フィオルは何を言い出すんだ、と言いたげな顔をした。しかし、数秒の後に答えが返ってくる。
「ああ、いるよ。妻と子供が二人。蛇足だが一応家族仲は良好だ。それがどうしたんだ?」
その答えに、若干の虚しさを覚えつつも笑みを浮かべる。仲の良い家族がいるのはいいことだ。私は家族と言うものを持ったことがないから、そんな家族をもてるものは羨ましい。そんなことを考えながら声を上げる。
「そうか。では、無事に家族のところまで戻るがよい。喧嘩するなよ」
「心遣いは嬉しいが、何故敵国の兵士にこんな情けをかけるんだ? 俺の知っている国は、皆捕虜は拷問にかけるんだが」
その一言に、私は目を閉じる。捕虜にこんな事を話してもいいのかと思いながら、私は理由を口にした。
「誰だって同じ人間だ。ただ情報を搾取するだけのために苦しみながら生かされ続け、搾取されたらゴミのように殺される、そんな“人間の使い捨て”はしたくない」
納得したようにフィオルが頷く。そして、若干ふら付きながらも立ち上がった。手を貸そうとしたが、断られる。
「大丈夫、そんなに柔な人間じゃない。これでも三日徹夜までなら問題なく耐えられるんだ」
「それならいい」
そこまでで会話は途切れる。私とフィオルは同時に部屋を出た。
フィオルは出口へ向かい、私は陸軍第四班班長のミフェリに、フィオルを最寄りの港まで連れて行くよう連絡を入れながら反対の廊下を進む。そろそろあの紙に向かわなければ、ミオの囂々とした説教を喰らう破目になる。それは嫌だ。
一応エレベータもあるが、金が勿体無いので階段で降りる。しかし、途中から階段を降りるのは面倒になってきたため、手すりに乗って一気に滑り降りることにした。こちらの方が早くていい。と言うか、何故か階段よりこの方法を使う軍の連中が多い。
ただし、この方法は上手くバランスをとらないと放り出され、廊下に体を叩きつけてしまうことになる。この方法をやって確実に成功するのは今のところ私だけだ。自慢できることではないが。
そんなことをもやもやと考えながら、私は靴の裏で突っかからないようにタオルを置き、手すりに足を掛ける。そのまま体を手すりの上に乗り上げ、左足をタオルの上に、右足を手すりの上に置き、体制を作る。……よし、準備完了。
そのまま右足で手すりを蹴る。タオルを敷いているので、滑り止めで引っ掛かる心配は無い。右足でスピードを調整し、そのまま滑る。途中で階段を上がってきたセレイが私の姿を見かけ、呆然としたような顔をしたが、無視。おそらくまだこの手すり滑りの事は知らないのだろうと頭の中で勝手に解釈しておく。そのまま最高速度でセレイの横を突っ切り、曲がり角では右足を手すりに引っ掛け、遠心力で振り落とされないようにしながら滑る。
なんと言うか、こんな事をする総司令官は馬鹿なんじゃないんだろうか。そんなことをふと頭の中で考えた。
「これなら何とか都合が付きそうだ。署名はしておいたから、取りあえず申請してくれ」
手すり滑りで一気にここまで戻ってきた後、やっとのことで調整の付いた一五二一九三四五リバーとその他諸々の雑費の申請書をミオに渡し、とりあえずのところは一息を付く。書類署名も終わったし、一番の山であったこの金問題も何とかカタがついた。これで少し余裕が出来る。そう思うと急に力が抜けてしまった。
雨が窓を叩く。そんな中で、私は自然と眠りに落ちていった。
そういえば、この嵐の中、ミフェリとフィオルは無事だろうか。この嵐じゃ、港も出航できないんじゃなかろうか。
場の悪い時に連絡を回してしまった。
イヤホンが電話の通信を傍受する低い音——電話機の時は、通信傍受音が低くなる——で、目を覚ます。急いで通信を繋げ、音を拾う。囂々たる風の音しか聞こえない。私はイヤホンの出力を最大まで上げ、その中にあるはずの人の声を探した。
微かに聞こえる、低い声。フィオルのものだ。声を張り上げているようだが、途切れ途切れにしか聞こえない。
「このままじゃ……れ……!」
このままじゃ、なんだ?
「なんだ、もうちょっと大きい声で言え!」
私の凄まじい怒声に、入りかけていた汪都が「うひゃぁあ!?」と声を上げるが、無視。フィオルの絶叫にも等しい声が私の耳に飛び込んできた。
「このままじゃ、海の中で……れ……だよ!」
海の中? と言う事は、フィオルは今海の上にいるのか!? 嫌な予感が頭を掠め、私は部屋の中で大絶叫を上げた。
「お前に一体何が起きたんだ!」
「……られずに……海の上に、放り出さ……!」
放り出されただと!? 自体はもっと危険な方向に進んでいる。私は急いで自作の周波数感知装置を使い、ポケットから引っ張り出したイヤホンの本体に専用のコードを繋げ、起動させる。高速でイヤホンの傍受している周波数の出所を探す。
十秒で出所は判明した。ここから五百メートル先の、紅埠頭ブロックD−233。海の荒れた際、最も埠頭に高い波と強風の集まる場所だ。最も危険なその海の中で、彼は携帯電話を掛けているというのか。
私は映し出された周波数の位置と周辺地図をイヤホンの本体に転送し、転送地点案内機能を作動させる。すぐに無機質な女の声が「転送地点案内機能作動。転送地点までの場所案内を始めます」と私の耳の中に声を入れてくる。
本部を出てから真っ直ぐ五百メートル。暴風が本部を出た瞬間に吹き付け、横殴りの雨が否応なしに私の体を叩く。暴風とあいまって雨は痛いほどに振り付け、私は若干バランスを崩した。しかし、すぐに持ち直して走り出す。
五百メートル先、左折。本部と港は近いところにあるため、既に海は見えている。それに、ここは既に港の一部だ。しかし、紅埠頭D−233はもっと先。本部から最も遠く離れた場所にある。
また、無機質な声が場所を告げる。「七百メートル先、右折。その先百メートル、斜めに右折」
私は右足が今更のように痛みを発していることに気付いたが、無視して走り出す。だが、無視しようと思っても一度意識してしまった事はいつまでも響き続けた。途中で凄まじい痛みが走り、転びそうになるのを何とか堪える。
雨は一層激しさを増しているような気がした。
申請が終わったことを報告しようとして、私は総司令官の姿がないことに気付いた。更に机を見ると、書類の散乱した中になにやら妙な機械が混じっているのにも気付いた。私はそれを、一度使ったことがある。
周波数感知装置。軍の皆が持っているイヤホンの本体に繋げることで、今傍受している周波数の位置を特殊な電磁波によって探査し、場所を地図で示す、というものだった。傍にはそれ専用のコードまで転がっている。
私は専用コードに自分のイヤホン本体を繋げると、装置を作動させた。先ほど総司令官が使っていったのだろう、そこには紅埠頭D−233の周辺地図が示されている。また、その地図の真ん中に、黄色い光点が光っている。周波数はここから出ているようだ。……あれ? そういえば総司令官は、捕虜を見に行ったきり……。
戦慄が頭の中を走りぬける。焦る気持ちを何とか堪え、私は装置の中の周波数の位置と周辺地図をイヤホンの中に転送し、イヤホンの転送地点案内機能を作動。そして、入り口で固まっていた汪都海軍第四班班長に問い質した。
「総司令官は!? どこ行ったかわかります!?」
「わ、わいもようとは知らへん。けど、滅茶苦茶焦っとったからなあ、恐らく、捕虜のなんちゃらのとこに走ってったんちゃうかな」
この暴風の中、何故捕虜が外へ!? でも、今はそんなこと関係ない! 私は出口に向かって走り出す。汪都班長が「わいもついてく!」と叫んで後ろからついてきた。
急がなきゃ。
暴風の中を、走る。暴風に体をとられながら、それでも全力で走る。汪都班長が「待ってや、わいはそんなに速く走れへんねん!」と息切れ切れに叫んでいるのが聞こえるが、わざわざ足を遅くする余裕は無い。 さらに速度を上げ、走る。
本部を出てから真っ直ぐ五百メートル、五百メートル先左折、七百メートル先右折、その先三百メートル斜めに右折、そこから左折、更に左折。後は崖伝いに八百メートル。そこが目的地だ。遠い。
私はとにかく走り、暴風に煽られながら一時間近くかかってそこに着いた。
「どこにいるんですか、総司令官!」
叫ぶ。だけども、返ってくるのは暴風の音と雨の音、波が激しく崖に打ち寄せられる音ばかり。生存は絶望的だ。
それでも一縷の望みを掛けて、私はイヤホンの本体を操作し、総司令官へ繋ぐ。
一瞬の砂嵐。そして、通信を繋げる小さな待機音が耳に飛び込んできた。
小さな通信傍受音が耳に飛び込んでくるが、答えている余裕が無い。荒れ狂う海の中に身一つで飛び込み、すぐ近くとはいえ半ば気を失いかけた男の体をここまで引っ張り上げたのだ。その間に何度も溺れかけ、何度も流されかけ、引っ張り上げるまでに三十分かかった。その際に海水を大量に飲んでしまった。口の中が塩辛くて堪らない!
フィオルの方も大量に海水を飲んでいたため、一応の処置は施したものの、この冷たい海に何十分も浸かっていたせいで体は冷え切っており、下手をすれば肺炎になってしまいそうだ。
今更捻挫した箇所や切った箇所が痛くなってきた。その間も通信を傍受する音が響き渡る。私は溜息をつくと、やっとの思いで通信をつなげた。流れてくる音を拾う。
「総司令官! 無事ですか!?」
「わいもおるで。今総司令官を必死で探しとるとこや。どこにおるんかー?」
……ミオ!? 何故ミオが私に通信をつなげてくるんだ? それに汪都まで! 思考は完全に混雑してしまった。しばらく私と二人の間で無言が続き、状況を整理し終わった私が声を上げる。
「今、私とフィオルはブロックD−224の波消しブロックの上にいる。救出する際に身一つで飛び込んだからな、随分と流されてしまった。一応双方共に生きてはいるが、フィオルの身は危険だ」
その声に、向こうの声が本当に安堵したような声を上げる。若干罪悪感が沸いてきてしまった。私は「心配を掛けたな。すまなかった」と軽く謝っておく。
「大丈夫ならいいんです。では、十分待っていてください」
ミオが言い、汪都が「波にさらわれるんやないで!」と陽気な声を上げる。私は「分かった」とだけ言うと、通信を切った。
暴風雨が吹き付ける中、ひたすら待つ。私のほうもかなり疲労してしまい、眠気が引っ切り無しに襲ってくる。だが、こんな所で寝てしまえば波が来たときに流されてしまう。そんな不幸なエンドは迎えたくない。
重たいまぶたを無理にこじ開け、それでも耐えられずに舟をこいでいると、隣から掠れ声がした。
「こんなところで、なんだが、暗い話をしてやろうか……?」
フィオルだ。意識を取り戻したのはいいことだが、無茶をしても大丈夫な顔色ではない。だが、止める前にフィオルは言葉を吐き出す。それは、とても暗く憂鬱になる話だった。
「よく本屋で売られてる悲しい物語……あれの隠喩はな、“私はこんな事があって、こんなに哀しんだ。皆同情してくれ”なんだよ。でも、皆それを知っている。だから、誰も同情なんかしちゃくれない。成長物語だってそう、“私は苦労したが、大人になった。この本を読んだ皆も立ち上がれ”だ。だが、皆そんな隠喩が隠されている事は知っている」
「何が、言いたい?」
「誰も本を読んで感動なんかしない。話は既に腐り果てて、誰も触れない。触れられやしない」
重たく言い放つフィオルの声には、はっきりと絶望が感じ取れた。
暴風雨はやむ気配を見せない。
続く
だんだん軍っぽくなくなってきたなあ。総司令官が馬鹿なんだろうか。
- Re: WINGS ( No.15 )
- 日時: 2009/10/18 00:58
- 名前: SHAKUSYA ◆4u6r4NXrpE (ID: XiewDVUp)
- 参照: 第七章
少しだけ、仄々としたその瞬間(とき)を
相変わらず、机には書類が山を作っている。私は熱で朦朧とする頭を何とかフル稼働させると、その書類に目を通す。
視線は文章を追うが、頭では別のことを考えていた。あの嵐のときのことだ。
「確かに、この世の書店と言う書店に並ぶ物語は、全て腐り果てて手の付けられるものではない」
私はフィオルの漏らした絶望の声に反論の声を上げていた。腐り果てた物語の尻拭いをするわけではない、ただでさえ絶望的な空間で絶望的な声を上げられては、此方の身が持たないという、個人的な事情だ。
「だが、そんな腐り果てた物だからこそ、感動と言うものを演じることが出来る。手の付けられないものだからこそ、悲哀と言うものを演じることが出来る。全ての物は腐り、手の付けられないほど崩れてはいるが、だからこそ感情と言うものを演じることが出来る。……感情を演じられなくなった人間はただの人形でしかない。そう、感情なき人間はこの世に居てはならない存在だ。感情があることを示すために、人は文と言うものを使って物語を作り出し、感情を演じる。そんなことでしか、人は感情を形にすることが出来ないんだ。隠喩だってそう、隠された意味があるからこそ、人は文章に手をつける。文の意味さえなくなってしまったら、その文は文ではない。文字と言う直線と曲線で出来た物体の連なりでしかない」
暫く無言のときが続いた。私は風で吹き飛ばされそうになった茶色の帽子を手で押さえる。口からでまかせを言ったつもりだが、それは私の確固たる理論だった。
溜息の音が微かに聞こえ、私は視線だけを隣に向ける。相変わらず死にそうな顔色で、フィオルが言った。
「感情を演じられなければ、人はただの人形である、か……。そうかもしれないな。俺達の軍の総司令官なんて、声に感情なんか一つもなかったしな。もしかしたら、総司令官は本当に人形かも——」
「フィオル」
思わず声を上げる。これ以上フィオルの気を憂鬱にさせたら、フィオルどころか此方まで危険になってくる。それはつまり、下手をすれば私達が死ぬということであり、私達を探してくれているミオや、汪都が私達の変わり果てた死体とご対面は絶対に避けたいところだ。
二人揃って大きな溜息をつく。そろそろ意識も朦朧としてきて、そんな朦朧とする意識を何とか取りとめようと首を振った。次の瞬間、「限界だ」と言う掠れ声と共に、フィオルは力なくその場に崩れた。
その時、丁度探しに来たミオと汪都、それにどこへ隠れていたのかミフェリがやってきたのだった。
今現在、私は見事に風邪を引き、フィオルは肺炎に罹って療養中。だが、ミオは私の仕事を手伝う気も余裕も無いらしく、私は上手く働かない頭をフル回転させて仕事をしているのだ。が、辛くて何度も手を休めてしまう。今日中に終わらせなきゃいけない仕事なのに。嗚呼。
異常に体が熱いので熱を測ったら、三十八度九分あった。これでは仕事がはかどるわけも無い。溜息をついた途端、今まで頭痛薬で抑えていた頭痛がぶり返し、ついでに咳も出てくる始末。はっきり言って一週間ほど休暇をとりたい。
「よっす、大丈夫かいな?」
でた。一番出てきて欲しくない時に、汪都が。私は止まらない咳を何とか堪え、それでも出てくる咳交じりの声を返す。
「こっ、これでっ、大丈夫だったらっ、苦労して、ないっ」
「はっはっは。まあ補佐官にはわいから話しとくさかい、ゆっくりせえや」
汪都はそれだけ言って足早に去って行った。私は安堵の溜息をつく。と同時に、悪寒がしてきた。いくら体を温めようと、決して去ることの無い気色の悪い寒気。そろそろ仕事をすることもきつくなってきた。と言うか、いくら意識を取りとめようとしても、意識を持つことすら出来なくなってきた。
意識が消える直前、私は誰かの声を聞いた気がした。
気付けば、私はベッドに横たえられていた。
「あー、やっと気付きました?」安堵の混じった声。視線を声のほうに向けると、安堵した表情のヴィルカ。穏やかなその顔は憔悴しており、もう何日も寝ていないような、そんな疲労感を放っている。見ている私も疲れてきた。
体を動かそうとして、手足が鉛の様に重たいことに気付いた。動かす気力すらなく、私は退屈な色をした天井を見つめる。ふと視線を横にやると、点滴がされていることに気付いた。あまり意味の無いはずだが、まあいいか。
ヴィルカが独り言の様に私の病状を言ってくる。
「見つかったときは完全に昏睡状態、その上熱が四十一度八分。汪都班長が一分遅く見つけなかったら、たぶん植物人間になっていたか最悪の末路を辿っているとこでしたよ。何で肺炎なりかけの時に無茶して仕事なんかしようとしたんです?」
聞きたくも無い。だが、自然と話は耳の中に突っ込まれ、私も自然と答えを返す。
「あの書類の署名の期限は明日までなんだ。早くしないと押しかけられる」
「……なんですか、それって」
引き攣るヴィルカの顔。私の口は勝手に書類の正体を明かしていた。
「敵国から流れてきた兵士だよ。敵国の怪我人は家族のところまで帰してやれ、と命令したら、それに感動したらしい。一気に一万人ほど流れてきた。あの署名書類は受け入れ承諾書。あと十人ほど残っている」
絶句。ふとヴィルカの方を見ると、関心と呆れとが入り混じった表情をしていた。私は視線を元に戻し、やはりつまらない色をしている天井を見つめる。……暇だ。暇なので、ヴィルカの心境を当ててみる。
「ヴィルカ、お前、私が病身をおしてまで仕事をしたことと、病身にも関わらず一万枚以上の承諾書の署名が粗方終わっていることに感心して呆然としているだろう?」
「ありゃ、見破られました? まあ、暫くは静養してもらいますよ。後の事はミオ補佐官が全部してくれるので」
つまらん。表情に感情の出やすい奴だ。私は思い切り大きな溜息をつくと、ヴィルカに「何かないのか?」と訊ねてみる。
「俺のほうこそ聞きたいです。退屈嫌いな総司令官を退屈にさせない何かなんて、この世のどこに戦いとミオ補佐官から逃げることと雑務以外にあるんですか?」
私は返す言葉がなくなり、絶句してしまった。
窓ガラスの外は既に晴天。穏やかな秋の日差しが、目に痛かった。
私は粗方終わらせられていた仕事の、残りの部分をやっている。といっても、残りの仕事と言うよりはあまり物と言う感じ。一万枚もある承諾書の、たったの十枚だけ。
総司令官の事務能力の高さは、補佐官の私でも時々呆れるくらいだ。それでいて誰よりも高い戦闘成績を持ち、今までに死者を一人も出したことのない作戦を練る頭脳もあるし、人望もある。そして、意外と容姿も良いし。何でこんなに完璧な人に、女性が寄り付かないのかがよく分からない。私は結構タイプにはまっているんですが。でも近寄らない。あれ、矛盾が。
そんなことを考えていると、あっという間に残りの雑務処理は終わってしまった。あとはこの膨大な量の承諾書を政府に申請するだけ。この承諾書が認可されれば、流れてきた人は総司令官の命令で各自別々の軍や階級に分けられ、早速任務を与えられる。何か仰々しい式などは全く開かれない。
「面倒だし、金が勿体無い」と言う総司令官の勿体無い精神ここで発動。
ぼーっと廊下を歩いていると、誰かとぶつかった。幸い総司令官室の机に置くべき書類はしっかり持っていたし、上手くバランスをとったから、特に何も無い。が、ぶつかったほうは思い切り尻餅をついていた。
「あっ、っと……! わ、すいません! 大丈夫ですか?」
新米のセレイ・ミオル。たしか、どっかから流れてきた兵士だとか何とか言う事を聞いたことがある。私は「大丈夫」とだけ言って立ち去ろうとしたが、「ちょっと待ってください」とセレイに引き止められた。
「あの、落っことしてますよ? ペン」
「え?」
思わず振り向くと、セレイはいつの間にか立ち上がり、私の万年筆を持っていた。幼い頃、母から買ってもらった蒔絵万年筆。もち手は太くて持つのが大変だが、それでも気に入って使っている。私は受け取る。手が滑った。取り落としてしまった。
「わあ!」
いちいち声を上げて、セレイが落ちる前にペンをキャッチ。そして、再び渡してきた。今度は私もしっかりと万年筆を持ち、ポケットに挿す。セレイは何故かニコニコと笑いながら、「では」と言って足早に去って行った。
よく分からなかったけど、ここで考え込んでも仕方が無い。早くしなきゃ、一万人の流れ兵士に押しかけられる。それだけは絶対にヤだ。ということで、私は少し小走りで総司令官室に向かう。
机に書類を置き、出ようとしたその瞬間。
「朗報やー、朗報やああー!」
汪都空軍第四班班長が、やけに嬉々とした声で走り回ってきた。
何事? そう思いながら部屋を出る。すぐにそれに気付き、汪都班長は私の肩をしっかと掴み、そして大声を上げる。耳元、辛いんですが。というか、肩痛いです。
「今日から総司令官の風邪が治るまでは“幸福の一週間”や! 期限は風邪が治るまでの間か、敵が攻めてくるか! 今回は一ヶ月くらい取れるかも知れへんで!」
「“幸福の一週間”……!? ってそれ、本当の話ですか!?」
私は思わず声を上げる。そして、顔をほころばせてしまった。
幸福の一週間——基、有給休暇なんて久しぶりの言葉! 一年前、デルト民主主義共和国連邦が全面攻勢を仕掛けてくる一週間前に「家族と顔を合わせておけ」と言う奇妙な理由で五日とられたっきりの有給休暇、別名と言うか愛称「幸福の一週間」。何故一週間かと言うと、ただ単にゴロがいいから。それと、大抵は敵の全面攻勢の一週間前に休暇が取られるから。
若干背中に怖気が走った。しかし、休暇が取れるのは嬉しい。あそこと何日間かはオサラバできる。
汪都班長は「よっほー!」と叫びながら、再び走っていった。私も嬉しくなって、少しスキップなんてしてしまう。しかし、一万枚の書類を見た瞬間テンションダウン。そうだ、アレを申請するのが私の役目だったんだっけ……。
溜息をついていると、後ろから肩を叩かれる。振り向くと、若干顔色が悪いものの笑みを浮かべた総司令官の姿。
「えっと……?」
「今から休暇だ。必要になったときは連絡を入れる、もう好きなところに遊びに行っていいぞ」
嘘!? といいかけて、私は何とか思いとどまる。そして、言葉を搾り出す。
「でも、この書類が」
「私が申請しておくから、心配するな。……行け」
威厳のある口調に反論できず、私は頷くと、「すいません」と言って走り出す。後にはなにも無い。
続く
久しぶりに復活です、イエイ。
相変わらず総司令官は苦労人で馬鹿です。
- Re: WINGS ( No.16 )
- 日時: 2009/10/18 13:17
- 名前: SHAKUSYA ◆4u6r4NXrpE (ID: XiewDVUp)
- 参照: 第八翔
ウィングス式喧嘩術、残留組篇
この国は一応平和な国だ。
喧嘩に対して受動的で、そこまで能動的な態度はとっていない。つまり、自衛に力を入れているのだ。軍事共和国と名が付いていながら、あまり軍事関係には興味がないのがこの国。
内部の治安も一応しっかりしているが、その治安をぶち壊す奴も時々存在する。今も私の目の前で。
医務室の窓から、私達残留組はその様子を見ていた。黒いパーカーを来た柄の悪い金髪翠眼の青年と、善良そうな茶髪碧眼の青年。二人は見られているという自覚も無く堂々と怪しげな物体の入った袋と札束を交換し、そして怪しげな笑みを交し合うと、そそくさと去って行った。
沈黙。
とりあえず輪になり、全員で顔を見合わせる。私は右隣に居たヴィルカに視線を送り、ヴィルカは正面のフィオルに、フィオルはヴィルカの右隣にいたアジガヤに、アジガヤはフィオルの左隣にいたイザリに、イザリはアジガヤの右隣にいたミフェリに。
「軍本部の目の前で薬を売る奴なんて初めてですね」
残留組紅一点のミフェリが声を上げる。全員が頷く。とりあえず、この軍は自衛と共に犯罪取締りなどもかねて行っている。こんな所で犯罪を見逃すわけには行かない。
が、こんなチンケな犯罪の取り締まりごときに作戦を立てる必要も無い。私と一応ヴィルカが突っ込めば十分だ。
「ヴィルカ班長、付いて来い。あの二人を捕まえる」
「ま、まあ仕方ありませんね。捕まえてる途中で風邪の症状悪化させないで下さいよ」
うっ、痛いところを突かれた。確かにまだ本調子とは言いがたい。まあ、それでもとりあえず返しておく。「大丈夫だ、“崖坂”の序盤でゼェゼェ言ってたお前じゃない」
余談になるが、崖坂と言うのは本部の百メートルほど先にある名無しの急な坂の愛称。別名“壁坂”とも呼ばれ、坂の角度は三十九度。とありあえず、世界一急な坂と言うことで認定証が付いている。
この坂、スイカを転がせば五秒で砕け、アスファルトにその中身をぶちまけることになる。普通の人間なら全身の骨と言う骨が砕け、生きては帰れない。
で、その崖坂は時々軍の連中が体力づくりとやらに使っているが、一度面白半分にヴィルカを上らせたことがある。すると、ヴィルカは序盤で早速息切れし、上りきったときには息絶え絶えになって帰ってきた……と言う結構面白い話がある。
「そ、それは勿論自覚していますが。一応常人より体力はあるつもりです」
「それならいい」
私は目星をつけると、少し助走をつけて高いところにある窓へ飛び上がった。敷居に手がかかり、そのまま腕を曲げて体を持ち上げる。そのまま鍵を開けて、私は飛び降りた。
今度は岩があることを頭に入れていたため、踵を岩で強打する事も無く着地。後からヴィルカも飛び降りてくる。
入り口まで走り、辺りを見回すと、また売人も買い手もそこまで遠い距離を進んではいなかった。顔を見合わせ、合図して別々の方向へ走り出す。私は売人のほうへ走った。
「おいコラ、待て! そこのヤク売人!」
私が声を張り上げると、売人の足が止まった。薬物に浸かっているのだろう、以前は澄んでいたであろう緑の目は虚ろだ。
売人は緩慢な動作でパーカーのポケットに手を突っ込むと、緩慢な動作で回転式拳銃を取り出した。私は少し足を緩める。一応十年間戦場を潜り抜けてきたため、銃の弾道などはある程度予測できる。しかし、走りながら銃弾を避けられるほど反射神経はよくないし、それについてくる体もそこまで俊敏ではない。昔は反射神経もよかったが、歳とは辛いものだ。
「死ね」
いきなり死刑宣告。怖い売人だ。
と思う間も無く、売人が私に向かって発砲。全て私の頭や足など、急所ばかりを狙ってくる。ヤク漬けになっているというのに、中々いい射撃の腕をしているなあ、なんて思いながら、私はステップと柔軟性を駆使して全銃弾をかわす。売人はそれだけでも苛々したらしく、妙に素早い動作で弾をリロードして再び撃ってくる。
今度は売人自ら近づいてきた。足の動き方は妙にフラフラしており、予測が付きにくい。が、それでも弾道予測は簡単に付く。なぜなら、売人は急所にしか撃ってこようとしないからだ。
銃器の扱いに関しては、ある特徴がある。
ずぶの素人は乱射してきて予測が付きにくいものの、全ての弾道が敵から外れている。
素人の射撃も予想が付きにくいが、それでも当たる確立は少ない。
中途半端な知識を持っている奴は、急所をよく狙ってくる。
気弱だが知識を持つ奴は、まず敵の足止めをしようと足に集中的な攻撃を浴びせる。
狩猟などをする者は、敵を弱らせようと様々な場所に打ち込んでくる。
しっかりとした知識を持つものは、まず敵の武器を使えなくするために手や銃を狙う。
軍人は乱射しつつも、それでも的確に相手の体へ打ち込んでくる。
この売人は中途半端な知識しか持ちえていない。だから、急所しか狙ってこないのだ。だから、弾道が把握しやすい。
一番把握しにくいといったら軍人が一番。だが、コイツはそんな奴でも無さそうだ。
それでも射撃の腕は中々いい。先ほどから何回か掠りそうになった。されど、ヤク漬けになると短気になりがち、だんだん射撃が雑になってきている。それでもかなり的確に急所を狙ってくる。コイツ、ヤクを抜けば何かと役に立ちそうな気がしてきた。
「クソッ、死ね! 早く死ね!」
「そう怖いことを言ってくれるな。お前は薬物法違反に一般人銃刀法違反、しかも、自らも薬物を使っているとなると、これは重罪。あと、これで私を殺したら殺人罪。懲役十年どころの騒ぎじゃなくなるな。わぁ、重罪人」
ゆるゆると銃弾をかわしながら私は徐々に後退、少しずつ本部の入り口のほうへと近づけていく。それに気付かない売人は、軽い私の挑発に乗りながらどんどん私のほうへ近づいてくる。まあ、別に本部の入り口に近づける必要はどこにあるわけでもないが。余興と言う物だ。
本部の前まで来たその瞬間が、反撃開始だ。
一体何個銃創を持っているのか、またも銃弾をリロードして撃ってくる。
私は売人の目を見据え、気障っぽく言い放ってやった。
「ウィングス式喧嘩術、残留組篇。反撃開始だ!」
「! ウィングス!?」
初めて売人が驚いたような顔を見せた。なるほど、私達の事はよく知っているらしいな。その驚く一瞬が命取りだというのに。……いや、べつに本気で命(タマ)とろうとは思ってないけど。
売人が驚き、銃を向けなくなったその一瞬。私は走りこんで売人の後ろに回りこみ、銃を持った右手を捻り上げる。そして左手もついでに引っつかみ、身動きできないように後ろに押さえつけた。一応よくやる関節技だが、常人にやると実に良く効く関節技だと専らの噂。
が、売人は意外と身体能力が高い奴だった。と言うか、柔軟性の高い奴か。
「放せ!」
叫んで強引に地面をける。どれほど馬鹿力があるのか、私の体が宙に浮いた。何とか反動をつけて空中を一回転、足から着地し、ついでに態勢がきついので手を放す。売人は私から距離をとると同時に銃を投げ捨て、飛び掛ってきた。
なんと言う奴だ、隙がない! と言うのは冗談だ。確かに隙は無いが、この位なら対処できる。
「喧嘩にも方程式があるのだよ、売人君。特に、ウィングス式の喧嘩には、な」
私は吐き捨てて、飛び掛ってき売人の顎に向けてハイキックを放った。一応手加減はしたが、確かに売人はその一撃で意識がぶっ飛んだようだ。動きが硬直し、そして後ろ向きに倒れた。
捕獲成功。少し肩を叩き、完全に意識が無いことを確認すると、私は売人の首根っこを掴んで本部内に連行。
丁度ヴィルカも買い手を捕獲したらしく、しおらしい表情をした青年を連れていた。どうやらヴィルカは力を使わず、論だけで此処に連れてきたらしい。流石に“口舌の徒”と言う中々不名誉な称号が影で囁かれているだけある、論破はお手の物だ。
ヴィルカが売人を妙な目で一瞥し、そして私に向かって言葉を投げる。
「ヴァルグス・レゼド、十五歳。本軍の士官学校で訓練を受けていたそうですが、脱走したそうです。そんで今回が初犯だということですね」
「分かった。後で話を聞くから、とりあえずお前が捕獲してきたほうは総司令官室に入れておいてくれ。私はコイツの名前を聞きだした後で警察のほうに連絡をまわしておく」
簡単に返した後で、私はずるずると売人を引っ張って十三階の雑用部屋へ連行、一応椅子に縛り付けておいた。
「そんで、名前を聞こうか?」
目を覚ました売人に聞いてみる。最初はその質問に答えようともせず、ただ私のほうを睨みつけていたが、やがて掠れた声が返ってきた。
「ニア・スペンダー」
ニア・スペンダー……って、それ、悪質な薬物取引をしていると有名な指名手配犯じゃないか! 今まで捕まっていなかったと聞いていたが、私はそんな奴を捕まえてしまったらしい。面倒な事態に陥ってしまった。
まあ、今は気にするべき事態でも無い。私は声を上げる。
「ニア、か。お前、何歳だ?」
「十九」
「ほほう、まだ成人前と言うわけか。それで薬物取引を軍の目の前でするとは、大した根性か、さもなければ馬鹿だ」
その声に、ニアと言う青年は私の方を睨みつける。その視線が鋭かった為、私は肩を竦めてその視線から外れようと試みる。が、すぐにニアは視線を外した。そして、問うてもいないのに声を上げる。
「あれでしか、生きていく道がない。好きでやってるわけじゃない」
「それにしちゃ、随分おおっぴらなことをするものだ。それに、自分も薬物を使っているんじゃないのか」
即座に声を上げ返す。ニアは暫く黙り込んだ後で、予想しなかった声を返してきた。
「使ってない」
「……マジな話か」
少し唖然。しかしまあ、少しは予想していた事でもある。ニアの精神はそこまで異常な精神になりきってはいなかったから。
だが、面倒なことになってしまった……。
続く
面倒な話になってまいりました。登場人物が多いんだよこんちくしょうめ。
ニアとヴァルグスは後々大変な任務を負うことになります。とか、ネタばらしちゃったりして。
あと、ニアをデスノートのニアとダブらせないでくださいね!!
- Re: WINGS ( No.17 )
- 日時: 2009/10/23 18:29
- 名前: SHAKUSYA ◆4u6r4NXrpE (ID: XiewDVUp)
- 参照: 第九翔
処刑所の抜け道
しばしの沈黙が続く。私もニアも言葉が見つからない。
と、なにやら場違いな雰囲気の中でヴィルカがドアを開け、声を投げてきた。ちっ、場違いなやつめ。
「えー、えーと……一応ヴァルグスとか言う奴を連れてきたんですが。あと、一応コレも渡しておきます」
「分かった、一応どこかに座らせておけ。後で話を聞く」
さっきも言ったようなことだが、まあいい。ヴィルカは茶髪碧眼の青年、ヴァルグスの腕を引っ張って中に連れ込み、私にコピー用紙を何枚か渡すと、自分だけ外に出て扉を閉めた。
紙はヴァルグスとニアの過去を調べたものだ。パラパラめくると、なにやら色々と法抵触を犯している。特にニアは。
私は二人のほうに向き直ると、静かに宣告してやった。
「ヴァルグス、ニア、お前たちのやらかした罪はかなり大きい。ヴァルグスは初犯とはいえ薬物取締法違反、他にも道路交通法違反、強盗罪、過失致死傷、窃盗罪、軍法違反を犯している。ニアにいたっては薬物取締法違反、傷害罪、強盗傷害罪、名誉毀損罪、侮辱罪、銃刀法違反、第一級謀殺罪、過失傷害罪、過失致死、遺失物横領罪、さらには一級殺人罪まで犯しているか。今まで捕まったことがないことが奇跡に近い罪の数だぞ。ここで謝っても仕方ないが、すまない。どうしようもない」
「どういうことだ……」
ニアがかすれ声で聞いてくる。ここまでいってしまったら、事実を宣告するしかない。私自身、こう言うことはとても嫌なのだが。
一時の間を置いて、私は事実を突きつけた。
「双方共に死刑だ。助かる道はどこにも無い」
その瞬間、二人の目に絶望の色が浮かんだ。
基本的に、軍で重罪人が捕まった場合は、その軍で内密に処刑が執り行われる決まりになっている。そして、処刑方法はあまりにも非情で、毒殺しかないのだ。それ以外の処刑方法を執り行った場合、処刑執行者や軍の総司令官である私はおろかほかの者まで殺されてしまう破目になる。悲しいが、それだけは避けたい。
処刑日は必ず捕まった時間から二十四時間以内。それ以上期限を引き延ばしてはならない。これもこの国の決まりだ。
ただし、この残酷な処刑方法も抜け道がないわけではない。
それは、処刑毒物の指定はされていないこと。そのため、遅効性だろうが即効性だろうが弱かろうが強かろうが毒物であれば特に咎めは来ない。それだけが、処刑者にとっても受刑者にとっても唯一の救いとなる。
それでも、罪悪感は否めない。私のやっている事は、法的に認められた殺人なのだから。
三時間考えに考え、休暇中の“毒物博士”と名高い女性軍人、ベアトリーチェに相談してまで決めた。何処かの本で見たことがある、ドクニンジンと呼ばれる有毒植物の毒だ。
「それって、アレじゃないんですか。なんたらいう人の処刑につかわれたって言う」
「ソ……なんちゃら。よくは知らんけど、ドクニンジンの毒で処刑したって奴だっけ?」
後ろからヴィルカとアジガヤの声が聞こえる。私はそれに若干に苛々しながら、毒薬の入った瓶を目の前に掲げた。そして、机の上に置かれたデジタル時計を見る。
午後三時五十五分。……もう、こんな時間になってしまった。処刑時間まであと五分しかない。
「まさか、罪人をこの手で殺すことになろうとは……。なぜ軍人なのに、ここまで人殺しに躊躇しなければならないのやら。普通軍人は人殺しをそこまで躊躇する人間でもないはずなのだが」
思わず零した独り言に、部屋が静まり返った。辺りを見回すと、医務室に集合していた全員の目が私の方を向いている。
まさか、端軍とはいえ総司令官が人殺しを躊躇する人間だとは思わなかったのだろうか。だが、誰も私に疑問を提示しようとはしていなかった。
突き刺さるような視線に、私は逃れるように医務室を出る。その瞬間、残酷にもデジタル時計の時刻が四時を指した。
「総司令官、時間です」
医務室から出てきたヴィルカが、沈痛な面持ちで事実を告げる。
ここで悩んでいても仕方ない。私は黙って頷き、十三階の雑用部屋へ向かった。
「午後五時一分十五秒、ニア・スペンダー一級犯死亡。午後五時二分三十秒、ヴァルグス・レゼド三級犯死亡、ですね」
静かなヴィルカの声に、私は目を閉じる。心の底からわきあがる感情を堪えて、私は感情的にならないよう注意しながら「あとは決まりどおりだ」と声を返した。ヴィルカが静かに頷き、処刑場と化した雑用部屋の扉を開け、中へ入っていった。
軍内部で処刑された罪人の後始末は、軍に一任され る。なので、あとは軍が罪人を切り刻もうが埋葬しようが火葬にしようがゴミに出そうが、国は一切口出しをしない。そういう決まりだ。
逆手に取れば、それは罪人が生き残れる唯一のチャンスとも言うべきものに等しい。なぜなら、国は罪人処刑記録だけでしか罪人の生死を確認できないそのシステムにある。
そう、処刑記録を偽っておけば、罪人は名目上死んだということになり、それ以上の口出しをされなくなる。つまり、処刑されたことになっている罪人は“いるけどいない”人扱いになり、無事に生還できる、と言うわけだ。
実を言うと、私もそれを実行した。実際に毒を使ったのは確かだが、ベアトリーチェから解毒する方法を聞き出し、事前に解毒処置を施しておいたのだ。そのため、処置が終わって暫くは死んだように見えるが、ちゃんと蘇ってくる。一応ニアとヴァルグスにも作戦は伝えておいたから、恐らく大丈夫だと思う。
一応軍の連中には連絡をまわしておいたが、一級殺人罪を犯した人間を中に入れていると些か落ち着かない。ぶっちゃけニアが一級殺人罪を犯しているのはマジな話だ。こんな人間を野放しにしている私も若干落ち着かない。
と、ヴィルカが出てきた。笑顔で親指を立てて「大丈夫です」とだけ声を上げる。
よかった。この歳で人殺しはしたくない。
——いや、敵国との闘いは不可抗力で見逃してもらえると嬉しいのだが。そりゃ、確かにアレも人殺しには違いないんだけど! 一応仕事だし、国に攻め入られても困るってことだ! もういい、これに関しては強制終了。
とりあえず、後の始末をヴィルカに任せてその場を離れる。毒物関係は医療関係者のヴィルカか毒物の博士号を持っているというベアトリーチェに任せないととんでもないヘマをおかしそうな気がして嫌だ。ここの辺りに関しての自信は無いし、今使っている毒物は結構な猛毒。聞いた話だと、経口六十から百五十ミリグラムであっという間に昇天してしまうとか。
小さな高い音が耳に突っ込まれ、飛び上がった。狼狽しかけたが、何とか平静を取り戻す。
冷静になって音源を捜してみると、耳に突っ込んだままのイヤホンから。普通は向こうから音声を送れることは無いため、軍事戦況報告者か、救急部隊の誰かか、若しくはもっと別の人間か。とにもかくにも繋げてみるしかない。
「なんだ?」
声を上げると、返ってくるしぶい声。イザリと常に行動しているデガイからの通信だった。何か嫌な予感が頭を過ぎる。
「総司令官、デルト連邦の軍が一週間後にこの国へ攻め込んでくるという情報を傍受したんですが。いかにしたら……」
やはりか、そう思いながら私は全員に向けて回線を繋げ、声を上げていた。心の奥底では覚悟していたことだ。
「総員緊急招集だ。家族に何かメッセージを残すなりなんなりして、今すぐ抜け出して来い」
続く
もうそろそろメインの戦闘に入ってきます。さて、頑張るか。