ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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月下の犠牲-サクリファイス-
日時: 2011/12/31 11:27
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: vjv6vqMW)
参照: http://m-pe.tv/u/?farfalla632

こんにちは。霧月 蓮(ムヅキ レン)と申します。名前は変わっておりますが前にここで書いていたことがあります。
今回は前に書いていて、挫折したしまったものを一から書き直してみようと思います。
誤字、脱字が多い思いますので、気づいた方は教えて下さい。
下手ですが自分なりに頑張っていこうと思いますので宜しくお願いします。また、一話一話の長さがバラバラですがお気にせずに

目次

序章:出会いは始まり>>1
第一話:サクリファイス>>2
第二話:謎のサクリファイス>>3
第三話:リミット>>4
第四話:バトル開始>>5
第五話:圧倒的な差>>6
第六話:特殊>>7
第七話:悪夢幕開け>>8
第八話:時を見る者>>9
第九話:穏やかな過去>>10
第十話:消せない過去>>11
第十一話:動き始める時、ジャッジメントの目覚め>>13
第十二話:崩れる絆>>14
第十三話:レジェンド>>15
第十四話:始まる物語、最初の判断>>16
第十五話:加速する運命>>17
第十六話:二人の傀儡使いの出会い>>18
第十七話:強さと意志と>>19
第十八話:無力とレジェンド>>20
第十九話:無力の最強>>21
第二十話:記憶と力と>>22
第二十一話:一人の少年の苦しみの歌>>24
第二十二話:白と黒>>25
第二十三話:お見舞い>>26
第二十四話:天使型サクリファイス>>27
第二十五話:天乃、紅蓮>>28
第二十六話:傀儡使いの力>>29
第二十七話:衝撃の事実>>30
第二十八話:犠牲と審判者>>31
第二十九話:見え始める終焉に>>32
第三十話:ディバイス>>33
第三十一話:判断者が見る行方>>34

キャラ絵>>12

参照のHPにもまったく同じものが載せてあります。

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Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.30 )
日時: 2011/03/29 19:51
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第二十七話 衝撃の事実

 部屋には來斗が床にうつ伏せになり、顔を隠したまま嗚咽する声が響いていた。蒐はどこか悲しげな表情で、葵は黙って來斗から目を逸らしている。そんな中流架だけが不思議そうな顔をも、困ったような顔をせず、ただただ黙っていた。その表情は何も無い、全くの無。違和感だらけの流架と來斗の行動に対し蒐は黙って首を捻る。なぜ二人がそんな行動をとったか分からなかったからだ。
 來斗については、知り合ったばかりの蒐でも、流架とは十年以上の付き合いだ。そんなに長い間一緒にいれば少しの異変にでも気づくようになってしまうもの。しかし“流架は過去と今とじゃ全然違う”。性格もそうではあるが、髪型、好んで着る服の色、まるで過去との自分と決別を図ろうとするかのように、次々に幼い頃の面影が流架から消えていく。
 戸惑いながらも“人は変わるものだ”と受け止めてきた蒐だが、今の流架は受け入れきれないものがあった。それは流架が幼い頃と全く同じ表情を浮かべていたからだ。時々流架の言葉に棘を感じたり、幼い頃の面影を感じるような気がすることが、今まで無かったわけではない。だが、今回のはあまりにもハッキリとしすぎていた。
 (なんと言うか、ここ最近可笑しいことばかりじゃな)
 蒐はそう考えてため息をつく。気が重くて仕方が無いのは蒐が幼い頃の流架に対し、苦手意識を通り越した何かを持っているからであろう。可笑しいことと言えば、紅零が桜梨にさらわれたり、その桜梨が蒐を助けたり、ジャッジメントを名乗る、水色の石から表れた少年と少女に出会ったり……。流石の蒐もショート寸前である。

 しばらくして來斗もやっと落ち着きを取り戻して、蒐達三人と向き合う形で座りなおす。そのときには流架もいつものように笑みを浮かべていて、先ほどの無表情はまるで嘘だったかのようにも感じた。対照的に來斗の顔からは普段浮かべている“偽りの笑顔”は消え失せ代わりに後悔の表情が浮かんでいた。
 静かに來斗は口を開く。自らは最低な人間だと。葵は訳が分からないと言うような表情をして「何を言ってますのよ?」と小首を傾げながら問いかける。蒐の表情は一瞬にして厳しくなり、黙って來斗の表情を窺っていた。來斗は声にもならない声を上げて、再び取り乱す。両の手で頭を押さえて「僕が殺した……僕が壊した……僕が……僕がッ!!」と言葉を吐き出す。それは伝えようとする言葉ではなく“ただの悲鳴”だった。
 「だから、どうしたと言うんや?」
 ピシャリ、と流架が言い放つ。それでもその言葉には突き放すような冷たさは無く、むしろ全てを受け止めると言っているようにも感じられるようなものだった。葵は黙って蒐、流架、來斗の顔を窺っている。相当この場の雰囲気に居心地の悪さを感じているのだろう。チラッと蒐の表情を窺って低く舌打ちをすれば、ゆっくりと流架が立ち上がる。
 「俺は來斗が何やったなんか知らん。正直なところどうでもええ。俺だって双子の兄貴を壊しとるんよ」
 静かな流架の声。來斗は嘘だと言うように流架を睨み付けていた。流架は悲しみの宿った笑みを浮かべ「嘘やない。こんなん嘘ついても意味無いやんけ。俺のせいで可笑しくなったのなんて、沢山おる」と言った。フッと來斗の頭に伸ばした手が弱弱しく、來斗の頭を撫でていた。
 (……震えてる、じゃないですか……)
 來斗は長い息を吐きジッと流架を見つめながら、静かに「強いん、ですね」と呟いた。流架は静かに來斗の頭を撫でるのをやめて、首を傾げた。しばらくの沈黙の後「俺が強いちゅー訳やない。ずっと俺についてきてくれている兄貴が強いんよ。だから俺も強くなれる。偽者の強さやけどな」そう言っていつものように明るい笑みを浮かべて笑う。
 「でも、流架さん? 双子の兄とはどちらに……?」
 黙って話を聞いていた葵が、少々申し訳なさそうに流架に問いかける。流架はニィッと笑って蒐を指差した。蒐はやれやれといった様な表情で「本名、月城零(ツキシロ レイ)じゃ。色々あって、名前は変えておる。まぁ蒐は偽名じゃから、戸籍上は存在しないな。学校側も把握しておる。天魔は母方の姓じゃよ」と、告げる。
 來斗はキョトンとしたような表情で「蒐さんと、流架さんが双子? でも、似てないですよ?」と呟いている。それに対し追い討ちをかけるように流架が「二卵性双生児やからね俺ら」と言った。葵はすでに小さく口を開けてポカンとしている。來斗は小さく笑い通りで仲が良いわけだと言った。
 その後しばらくは、來斗の部屋から談笑の声が響いていたことは言うまでもないであろう。

Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.31 )
日時: 2011/03/29 19:53
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第二十八話 犠牲と審判者

 桜梨は一人で桜の木に登って太い枝に座っている。しかしそれは屋外ではなく、広い部屋の中だ。真ん中に満開の桜の木がそびえている。風も特に無いため、桜の枝が揺れることが無いのが少し寂しい気がするが、それでも天窓から降り注ぐ夕日との組み合わせは美しいものだった。そんな光景に包まれているのに桜梨は心底つまらなそうな顔で、近くの桜の花弁を千切っては投げていた。
 突然、淡い水色の光が桜梨の正面に現れる。僅かに強い光が走ったかと思えば、そこに流斗が現れた。桜梨は黙って顔を挙げ「ああ、負の審判者か」と言って、再び桜の花弁を千切り始める。その様子を見て苦笑いを浮かべながら「……僕が見えるということは、記憶が戻ったようですね。……絶対のレジェンドよ」と静かに桜梨に向かって話しかける流斗。桜梨は流斗に制されて桜の花弁を千切るのをやめて、黙って足を組む。
 「……久しいですね。まさか貴方がサクリファイスになっているなんて思いませんでしたよ」
 流斗は静かに、桜梨を見ながら言う。といっても流斗がいる位置からじゃ桜の花や、枝に隠れて桜梨の姿なんて殆ど見えないに近いのだが。桜梨の方は木から飛び降りて無表情で流斗を見た後「まぁな。こんなことが出来るようになるなんてまず思わないだろうさ」と吐き捨てるかのように言い放つ。全くだと言うように頷きながら、流斗は苦笑いを浮かべた。
 「で? 負の審判者様が何の様だ」
 面倒だなと言うような感じで、桜梨は流斗に問いかける。流斗の方も本題を忘れていたと言うかのような表情をして頷いた。すっと杖を抱き寄せるような形になりながら流斗は幾分か真面目な表情になり、頬を掻く。そして静かな声で「……さて、本題に入りましょうかね」と咳をしながらメモ帳をめくった。

 「創作のレジェンド以外、全レジェンドが決定いたしましたのでお知らせに伺いました。それだけではないんですけどね」
 メモ帳を見ながらそういった後、桜梨に促されて苦笑いを浮かべながらも静かに「絶対のレジェンド、天乃桜梨。無効化のレジェンド、竜宮葵。傀儡使いのレジェンド月城流架。時渡りのレジェンド天魔蒐、本名月城零。夢幻のレジェンド、月城桜弥、以上です」と、告げた。桜梨は黙って聞いた後「月城か……あの家系の奴ら結構、能力者が多いんだっけか」と呟く。流斗はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべ「ええ。しかし全ての能力の始まりは天乃家の先祖、黒斗家になります。カウントしていけば、明らかに天乃の血筋の方が能力者は多いでしょう」と答えた。
 そんなことは分かっていると言うように流斗を睨みつける桜梨。そして静かに「絶対の能力者は天乃、と決まっているからな」と言った。取り合えず,
よく出来ましたと言うかのように、小さく手を叩く流斗に冷たい視線を送っておくことにするらしい。
 そんな桜梨の反応に対し苦笑いを浮かべ「……おー怖い怖い」なんて風に言って流斗は笑う。桜梨は不愉快そうに舌打ちをして「用は済んだろ。ならさっさと帰れ。審判を下さないといけないことが溜まってるんじゃないのか?」と皮肉めいた言葉を言った。流斗は静かに首を振り、まだ言わなければいけないことが残っていることを示した。桜梨もそれを見れば、早くしろと言うように舌打ちをする。
 「絶対のマテリアルの命が危ないこと、その状態で審判の日の扉を開けようとしている者が居ること」
 それを聞いた桜梨は思わずため息をつく。流斗はそんなことにはもう慣れてしまっているのか、特に変わった反応を示したりはしなかった。桜梨の方も想像通りだというような表情で黙って桜の木に寄りかかった。双方何を言ってよいのか分からないらしく、黙り込んでしまう。
 実際のところ桜梨は能力を使えば情報なんて容易く得ることが出来る。それにサクリファイスとしても情報収集能力は高い方だ。だから、いちいち報告を受けなくても、大抵の情報は持っている。情報を持っていながらも何もしないのである。面倒臭いからやらない、もしくは出来ないというよりは“出来るからそこやらない”と言う感じ。桜梨は自分の力の大きさ、危険さを良く理解していた。言葉一つで運命さえも、未来さえも捻じ曲げる絶対の能力。
 使い方を間違えれば、己の身や世界さえ滅ぼしてしまうほどの力だ。一応直接人の命を左右するような、能力の使用はタブーとされているが、ようは直接でなければいいのだ。たとえば“君は今から降ってくる鉄骨によって死ぬ”ならばアウトだが“今から君の上に鉄骨が降ってくる。どうなるか、生死は不明”なんて具合に、君が死ぬと言う決定が無ければいいのだ。まぁ実際のところ上空から降ってきた鉄骨に潰されれば死んでしまうのだが。
 そんな、定義が曖昧なタブーがある能力ではあるが、明確に決められているものもある。それは能力者になるべきではないものに能力を使って力を持たせてはならないというものだ。これは直接的だろうが間接的だろうがきっかけを与えることさえ禁止されている。能力者はある決められた年齢になると勝手に能力が覚醒するので、余計なことをするなということだ。まぁ当然のことだろう。しかし、悲しいことにそれを当然のことだと思わない奴もいるのが、事実だった。
 「まぁ想像はしていたがな。どうすることも出来ないさ」
 桜梨の言葉を聞けば、流斗は小さく笑い「そうですか、真っ先に動き出すと思ったのですがね」と言った。

Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.32 )
日時: 2011/03/29 19:53
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第二十九話 見え始める終焉に

 ギリッと歯軋りとして「じゃあ問うけど……僕に何ができるよ? 壊す意外に何ができるよ?」と震えながら桜梨は流斗に答えを求める。流斗は小さく首を振って「その力の使い方……あなたが一番理解しているはずですよ。天乃桜梨」とだけ告げる。桜梨はふっと流斗の顔を見つめた後「役立たず」と言い捨てた。流斗はその後は何も言わなかった。言う必要がないというように静かに目を閉じている。
 桜梨がふっと流斗の横をすり抜けてドアの方へと歩き始める。小さな声で「何処へ?」と問いかける流斗に対し桜梨は強い意思の宿った目で流斗を真っ直ぐ見て「明日の夜、来るであろう侵入者の歓迎の用意さ」と答えた。納得したというようにふっと笑い、小さく頷いた後流斗は姿を消す。
 「そう……僕の力は……のために」
 ポツリと呟いたその声は勢いよくドアが開く音にかき消されてしまう。ドアを開けたところに経っていたのはリーシャとミーシャだった。二人とも肩で息をしていて、表情は必死そのもの。この部屋のある建物中を走り回ってやっと桜梨を見つけることが出来たようだった。
 「ああ、ミーシャとリーシャか。どうした、そんなに慌てて」
 少し驚いたような表情をした後、浮かべていた表情を全て消し、そう問いかける。普通なら少し怖い反応かもしれないが、ここにいる人間にとっては桜梨のこの反応は冷静であることを示していて、安心できるものだった。パクパクと口を動かして必死に何かを伝えようとしている、ミーシャに近づいて「ゆっくり、落ち着け」と言い放つ。
 「梨兎、ぶっ倒れたとさ。で、空のサクリファイスちゃんがあのイカレた奴に連れて行かれた」
 何の前触れもなく、雨竜が現れる。しかし、その姿は今までとは違って少しも透けていない実体だ。桜梨は驚いたような表情を浮かべた後、深く息を吸う。
 「梨兎様が? いや、優先は空のサクリファイスの方だな。リーシャとリーシャは梨兎様を見ていてくれ。僕と実体が戻ってきた雨竜兄様は僕と空のサクリファイスの保護に。行動開始だ」
 桜梨は淡々と指示を告げた後、全員が頷くのを確認してから早く動くように促し、自分も走り出す。梨兎の方はしょっちゅうだからいいとして、問題は空のサクリファイス……ようは紅零だ。紅零を保護しているのは桜蘭研究施設、特殊チームエージェントと言う研究チームである。保護した理由は雨竜が言っていたイカレた奴、こいつは桜蘭研究施設、第一研究室リーダーのことだ。
 殆ど顔は知られていないが、人間をサクリファイスに変えるなど人として間違っていることに手を出したりしているという噂が絶えない人物で、進化シフト実験でサクリファイスの能力を強制的に上げることに成功している人物である。今の桜梨の力もこの人物の進化実験を受けたからあるようなものだった。
 その人物が最近人間型トリプルSのサクリファイスを狙っていることが分かったため、エージェントが紅零を保護したのだ。勿論その人物には知られないように行動していた。何をするのかが分かっていれば問題ないのだが、何をしようとしているのか、それが全く分からないのだ。
 「……満月の時の扉の言い伝え。トリプルSのサクリファイス……繋がりが見えないな」
 ポツリと桜梨が呟く。雨竜も同意するように頷いて「あいつは何考えているのか、全く分からないな」と言った。桜梨のいた部屋から紅零のいる牢屋まで、更にそこからイカレた奴の研究室までは一時間近く。牢屋までは十分程度、イカレた奴の研究室は離れにあるために五十分近くかかってしまうのだった。

 そんな頃流架たちは、のんびりと家へと歩いていた。しばらく來斗と談笑をした後、窓際から空を見上げる來斗が見せた儚げな表情が少し気になったが、あまり長時間居ては迷惑になる、と言う蒐の言葉によって帰宅が決定した。流架は思いつめたような表情をしながら「ありゃ、でっけー悩みがあるで。一瞬笑ったから大丈夫だと思ったが……あれは作り笑いやな」と呟いた。
 葵も黙って腕を組んで頷いていた。蒐はフーガの頭を撫でて「まぁ多分、梨兎という名が引き金になったな。その名前を聞いた途端顔色が変わりおった」と言う。流架は唸り声を上げて、どうしたものかと、考えを巡らせ始めている。勿論根本となる部分を絶たないといけないのは理解していて、どうやったら根本となる部分を絶てるかが思考の中心におかれていた。
 「で、流架話は変わるが紅零はどうするのじゃ? あの場では何となく大丈夫だと思ったのじゃが、どうも心配でのう」
 突然だった。まるで流架の思考をさえぎるように蒐が言った。一瞬間抜な声を上げた後「ああ……そう言えばそうやな。嫌な予感もするし。桜梨は明日家から出るなといっていた。明らかにその時間に何かがあるのは確かやな」と答えた。來斗の方も考えたいが、やはり一番心配なのはパートナーである紅零のことだった。桜梨は保護だといったが保護ならばもう少し穏便な方法があっただろうと流架は考える。蒐は紅零がさらわれた現場は流架の話ぐらいでしか知らないが、結局は流架と同じ結論に至ったらしい。
 「なら、明日動いてみてはいかがかしら? 紅零さんの居場所はちょっと分かりませんけど……」
 恐る恐るといった感じで葵が言う。それに対し流架は小さく首を振り「分かっていないのに動くのは避けたいな。それこそ時間の無駄になるかもしれん」と答える。蒐も同意だというように頷いて、深く、ため息をついた。結局紅零に関しては桜梨の言葉を信じるしかないのだろうか? 流架は小さく首を振って頭を働かせる。チラッと様子を見て危ないようだったら助ければいいのだ、場所さえ分かれば……。
 「蒐ちゃん、かなり前に天才だって騒がれた奴いたよな? 桜蘭研究施設でサクリファイス見つけた奴」
 流架の問いかけに小さく頷き「ああ、十代でサクリファイスを見つけて、二十代で説明して見せた二人組みじゃな、よう覚えとるよ。片方は桜弥兄で、片方は……梨兎じゃったな」と答えて、僅かに顔を顰めた。流架はニヤリと笑い「桜梨の奴、梨兎様っていっとったな。関係ありそうやし調べる価値は、ありそうや」と呟いた。
 今は殆どの人が契約を交わしいて当然の存在になっているサクリファイスであるが、実はサクリファイス、というものが現れたのは十年前の出来事なのだ。当時十八歳の二人組みが研修でやってきていた桜蘭研究施設で偶然見つけて、研究を始めたものだった。元々サクリファイスは自然のエネルギーの塊であり、それが動物に宿ったり、妖精のような形になったりしたもので、気付かないだけで何処にでもいる存在だった。
 妖精型はただの自然エネルギーの塊であるから、感情もない。動物型は自然エネルギーがただの動物に乗り移っただけのもの。元々は不安定で、消えやすかったものを研究して調節することによって、今のように安定した存在になった。人間型なんていうのは元々存在していなく、四年ぐらい前に現れたものが最初だとされている。
 「調べてみる価値はあるな。今も桜蘭研究施設にいる可能性はあるやろ。兄貴に聞いてみる」
 面白くなってきた、というように流架は笑い、蒐はどこか厳しい表情をしたまま何かを考えているのだった。

Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.33 )
日時: 2011/03/29 19:56
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: 0iVKUEqP)

第三十話 ディバイス

 バタバタと走る音が響いている。走り回っているのは紅零を抱えたその銀髪に真っ白な白衣を着ていて、平均的な体つきをしている青年と、それを追いかける桜梨と雨龍。なにやらゲームや絵本のような展開にも見えるが本人達はいたって真剣でお互いに引こうとしない。いや、絵本とかゲームでもあっさりとは引いてくれないのだが。不意に銀髪の青年が大声で「止まりなさい、桜梨!!」と叫ぶ。
 桜梨はその言葉を聞けばフンっと短く鼻で笑って「製造コード104001、天使型サクリファイス固体名称、桜梨のマスターは貴方様では御座いませんゆえ、命令に従う義務はありません」と淡々と業務的な口調でそう告げた。普通に嫌だといわれるより数倍は腹が立つだろう。
 ギリッと銀髪の少年が歯軋りをするのを見れば、雨龍は非常に満足そうに頷いて笑った。桜梨の方もどこか勝ち誇った笑みを浮かべてガッツポーズ。そんなことしている間に紅零を助けてしまえば早いのに……。走るスピードを上げられないのか、上げる気すらないのか、その辺は不明ではあるが、桜梨が本気を出してしまえば楽に相手を捕まえることが出来るのだ。まぁその本気を出した時点で紅零まで吹き飛ばしてしまうそうな勢いで力を放つからほぼ意味が無いというか、手間が増えるだけなのだが。
 「つかそのお嬢さん返せよ。預かりもんだから」
 さてと、というような感じで軽く頭を描きながら言う雨龍。その動作はなんと言うかおっさん臭くて、隙をつけば一瞬でダウンしてしまいそうにも見えた。まぁその横で銀髪の青年を睨んでいる桜梨のほうは経っているだけでも計り知れない力を感じるため雨龍とは正反対に隙を突きにいったら逆に叩きのめされてしまいそうな錯覚を受けた。
 「返すわけないでしょうに。上手くいけば第二の天使型ですからね」
 天使型のサクリファイスは現在桜梨一人しか居ない。それは天使型が元々いるものではなく、人為的に“作られたもの”であるためだ。人間型もそうなのではあるが、その成功率が非常に低い人間型の作成に加え、さらに負荷を加える。そのため多くの場合は意識が戻る前に体や心のほうをやられてしまい、殆ど動かないまま処分されていった。
 事実、桜梨も処分される予定だった。それを彼が慕っている科学者“天乃梨兎”の特殊組成実験によって今の状態まで回復させられている。
 しかし絶大なる力と引き換えに、人間型サクリファイスとして一番大切な“人間としての感情”が非常に欠落してしまっている。この辺は梨兎と一緒にいることで大分何とかなりつつもあるのだが、いまだに“罪悪感”と言うものを持っておらず、何をしても無表情のままだ。多くの人間型サクリファイスは主人を守るためとはいえ人殺しなどは当たり前に躊躇う。そして殺してしまった後は罪悪感で泣き崩れたり、その後は一切戦えなくなってしまったりする。しかし桜梨は必要とあれば人殺しだろうが躊躇わないし、後悔もしない、何も感じない……桜梨が異端などと称されるのは力よりも何よりもその辺が一番影響されているのかもしれない。

 「トチ狂ってやがる」
 ポツリ、と桜梨が呟いた。経験者からしての言葉だろうか、その声には確かなる怒りと、銀髪の少年に向けられた哀れみの感情があった。どうどう、と桜梨が力を本気ではなってしまわないように撫でて落ち着かせようとする雨龍の姿は非常に場違いにも見える。だが先ほども言ったように桜梨が本気になってしまうと紅零も危ないのだ。雨龍がいてよかったのかもしれない。
 「貴方には言われたくありませんよ」
 いたって冷静な口調で銀髪の青年が言った。しかし明らかに引きつった笑みを浮かべていて、爆発寸前、と言ったところか。もう駄目だ、本気出さないと終わんないよって感じでため息をついた後「特殊ディバイス、韋駄天」とチョーカーに触れながらそう呟く。そうすると服装が一瞬にして腰に布を引っ掛け若干スカートに見えるようなものに、膝の辺りまでの黒いスパッツを穿いている。上は黒に胸元に天使の片翼と金色の輪がデザインされた、右袖がスパンと切り抜かれた長袖のものになった。
 桜梨の周りには薄い水色の帯のようなものが浮かんでいた。帯びのようなものは不規則に光を発していた。
 ディバイスというのはサクリファイスが扱う武器のことで、普段は形を持っていない。それがサクリファイスが武器の名称を告げることによって形を作り上げるのだ。しかし何でも形に出来るというわけではなく、人間型であればランクと属性、妖精型、動物型であれば属性があわなければ形にすることは出来ない。
 さらに特殊ディバイスというのは二つ名を持ち、役目を与えられたサクリファイスのみが使える。桜梨の二つ名はSacrifice under the moon……月の下の犠牲であり、役目は破壊と修復。そのため特殊ディバイスにはすばやく破壊し、完璧に修復するためのものが揃えられている。韋駄天はすばやく動くことで破壊対象を追い詰めるためのものだった。
 「さてと、必死に逃げろよ“獲物”クン」
 歪んだ笑みだった。負けることなど知らない、捕らえられないものなどないと言うような絶対的な自信から来る笑み……。銀髪の少年はそんな桜梨の笑みの恐ろしさからか、ひぃっと声を漏らした。……刹那、桜梨がダンッと地面を蹴って走り出す。
 全く縮まらなかった距離はぐんぐんと縮まってもう手が届く距離まで近づいていた。銀髪の少年は拳銃を取り出して紅零の頭に当て叫ぶ。「それ以上動くと撃つぞ」と……。それでも桜梨が浮かべる笑みは余裕そのもので、全く揺らぐことはない。
 「なら、撃つ前に取り返すだけだ」
 ヒュンッと風斬り音がしたかと思えば、いつの間にか銀髪の少年の体は宙を舞っていた。落とした視線の先の桜梨は紅零を抱えて余裕そうな笑みを浮かべている。ため息をついた瞬間に服装も元の白いTシャツにケープを羽織った格好に戻っていた。
 「任務完了……戻るぞ」
 コツコツと歩き出す桜梨。銀髪の少年は静かに桜梨の頭に拳銃を向けて「死ね……糞餓鬼」と呟いた。雨龍はその様子を見ても慌てやしないし、桜梨も警戒などせずに歩いていく。パンッと人を殺す道具しては軽い音が響いた。
 「羽の守り(フェザー・ガード)」
 そして、あまりにも呆気なく、簡単にその銃弾も弾かれてしまった……。

——ちょっとしたぼやき——

ちょっと桜梨がチートすぎる気がする……。
にしてもまさかの衣装チェンジ。こんな話を書くとは思ってなかった((

Re: 月下の犠牲-サクリファイス- ( No.34 )
日時: 2011/04/05 18:53
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: APpkXS4D)

第三十一話 判断者が見る行方

 ユラリ、と光が揺らぐのが見えた。その光を宿していたのは流斗の杖についている薄水色の石。いつの間にか夜は明けて空は明るくなり始めている。閉じていた目を静かに開いて「……今日が運命の分岐点、ですね」と呟くのは流斗である。その横にいる黒奈はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。全く呑気なものだ、なんて言う風に考えてもこれから起こるであろう事を考えるとゆっくりと眠らせてあげようなんて言う風に起す気にはならない自分は可笑しいのだろうか、と流斗は苦笑いを浮べる。
 流斗は眠る気になれなかった。いや、眠る気になれなかったというよりは、眠りたいのに、眠ることができないと言うのが正しいのだろうか? とにかく桜梨のところに行ってか言ってきたあとはずっと杖を抱きかかえて、とりとめもなく自分が“人間”だったときのことを考えていた。全く未練がましいな、自分と自嘲を浮べて、スッと立ち上がる。どんどん明るさを取り戻していく空は流斗にとって眩しすぎるだけで、僅かに目を細めた。
 「さぁ、待ち受ける終焉は悪夢か……それとも平和か?」
 ポツリ、と呟く。こんな事態に陥ったとき流斗が見てきた傾向から言えば、高確率で悪夢に向かう。ああ、そもそも天乃に残っている言い伝えが不十分だから悪いんだ、そう悪態をついて、杖で地面を突く。桜梨や梨兎がつぶやいていたものは不十分で、実は大切なものが一つ欠けている。それは扉を開いた後、判断者が破壊を認めたとき、善か悪かを確かめることなく全てが無へ帰るだろうの後、だ。判断者が破壊を認めなければどうなるか、そもそも簡単に判断者が破壊を認めると思っているのだろうか? だとしたら笑ってしまう。
 判断者は世界を調和させるために存在している。生者の数と死者の数をつりあわせたり、能力者が無能力者の命に手を出せないように掟をつけ、監視したり……。そもそもその言い伝えで扉とは元々判断者だけが開けるものであり、能力者が開けるようになったのはごく最近の話である。さらに言えば、能力者が扉を開けるのは十年に一度、三月の満月の日、決められた時間だけである。別に開く必要もないものを開けるようになってしまっている、ちょっと迷惑な話である。
 破壊を認めなければそれ相応の見返りを……。それが死であるか、能力を失うだけであるかはそのものの運次第ではあるが、正直言って死というのはやりすぎな気がすると流斗は思う。まぁ流斗より上層部にいる者達が決めたことなので流斗にはどうにも出来ないのではあるが。それでもそのものが何故扉を開いたかによって見返りの大きさが変わるのはいいと思う。単純にどうしようもできないぐらいにバランスが崩れてしまったことに気付いて扉を開こうとしたものもいた。そのものは見返り無しで、単純に歪みを正すだけ。
 逆に私欲のために扉を開けようとしたものがいた。他の能力者に対する仕返しのためのものもいたし、単純に世界を自分のものにしたいためにドアを開いたものもいた。そのようなものは良くても能力剥奪、記憶の除去……悪ければ命の剥奪。実際流斗もその判断を下したことは何度もあるし、違反をしてお役御免になった流斗の前の判断者も何度もその判断を下したことがある。
 それでも天乃の言い伝えが不十分なのはやはり多くの場合破壊を認められなかった場合、扉の記憶さえも失わされてしまうためであろう。流斗はそう考え一度だけ見せしめを用意して言い伝えを正した方がいいかもしれないな、そう考えた。

 そんなころ流架と蒐は書類と睨めっこをしていた。桜弥の弟である流架はやろうと思えばいくらでも資料を持ってこれる。まぁバレた場合は酷い目にあうが、その辺は流架の能力を使って逃げよう、そういう話になった。
 「……サクリファイスストーンを埋め込んだ人造サクリファイス……? どういうことじゃ」
 書類の一つに蒐が視線を落として呟く。その書類には人間の体内にサクリファイスストーン、と言うサクリファイスのエネルギーを注入し、人間を強制的にサクリファイスに変える、と書いてあった。その書類の会った束に目を通していけば、見知った名前を二つほど見つけた。それを指差して流架に見せる。
 指差した名前は……紅零。その横にカッコで月夜 紅零(ツキヨ クレイ)と書かれている。声を失って書類を睨みつける流架。さらに蒐が指を滑らせると、そこには桜梨の名前、やはりその横にもカッコで天乃 桜梨(アマノ オウリ)と苗字つきで名前が書かれていた。
 「……なるほどな。本人の意思を無視した改造……というところやな。桜梨の名前の横にさらに進化実験成功、天使型へと書かれとる。恐らくあいつも初めは普通の人間型だったんやろう」
 本当は梨兎の情報を得ようとしていたものだったはずだが、どんどんと人間型サクリファイスについてに調べるものが変化していっている。蒐は顔を顰めて「外道やな」とそれだけを呟いた。流架は小さく頷きながら次々と書類に目を通していく。細かく実験の状況等が書かれているものでそれを読んでいるだけで精神が行かれてしまいそうな、そんな気がした。
 「梨兎はまだ桜蘭研究施設におる。特殊チームエージェントでサクリファイスの調整、リミットの開発をやってるみたいやな」
 書類の片隅にあった情報を蒐に伝えれば。蒐は小さく頷いた。それを見た後流架はごく自然に「でも梨兎はどっちかって言うとグレー、やな。書類を見る限り梨兎が関わっているのは桜梨の進化実験だけや」と呟く。それを聞いた蒐は、じゃあ一体誰が黒なんだと言いげな表情をする。
 「わからへんな……桜梨もグレーにみえるし……あー!! 何で桜梨を信用したんや俺ぇぇぇ!!」
 頭を抱えてバタバタと暴れる流架を宥めながら蒐は資料に目を通している。最悪実力行使かもな、そう考えて深く、ため息をついた。


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