ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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シロガネ
日時: 2010/05/22 18:23
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

がんばってシリアス書きます

読んでくれたら幸いです

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Re: シロガネ ( No.19 )
日時: 2011/01/15 17:29
名前: 志麻 (ID: vVbLZcrS)

朝日が山間から離れ、徐々に日が高くなっていく。
鋼汰は足に根がはえたようにその場から動けなかった。
朝日を背に浴び悠然と崖の上に立つ人影から目が離せずにいた。陰になって顔の表情まで読み取れない。ただ、その人影が笑っているのはなんとなくわかる。
風にそよぐ長髪は、日に照らされ赤く燃える炎のように見える。
どれほどの沈黙が流れたか。
鋼汰は横に立つ九尾を見上げた。九尾の、白いその顔に浮かぶ表情に息を呑んだ。
金色の瞳が、朝日のせいかめらめらと燃えているように見えた。人影をひたと見上げて、口元は三日月型に歪められている。
九つの白い尾が九尾の気の高ぶりに呼応するように揺れている。

「おはよう。空狐」

九尾は人影を睨み据えたまま、ゆっくりと答えた。
空狐と呼ばれた人影はそばに寄ってきた子狐を掌に招くと、すっと子狐は紙に姿を変えた。
二人の間に何か壁が見えた気がした。厚く凍りついた壁が二人を隔てているような。それでいて二人が交わす言葉はどこか虚ろで、言葉を交わしているはずなのに相手の出方をうかがうような空気だった。

「空…狐」

日は昇り、徐々に空狐の輪郭、表情が見える。
鋼汰は崖にたたずむ妖狐に再び視線を戻した。赤い髪をなびかせ、目を白い布で覆い、僧都が着るような袈裟を着崩した男に目を凝らした。武将ひげを生やした口元が歪むのが遠くからでも見えた。
異様な、威厳ある雰囲気を纏う空狐を鋼汰は恐ろしいと思った。鼓動が早鐘を打つ。

「こいつが、俺を襲った…狐…で、九尾を封印した奴…」

鋼汰はそっと口の中で呟いた。

「封印は解いたものの、力は全快ではないようだな」
「誰かさんのおかげでな。あんたこそその目、回復したように見えねぇな」

相手から一度も目を逸らさずに言葉を交わす。
九尾は唐突に手を伸ばし、鋼汰を己の背中へと引き入れる。

「その目、『姐さん』にやられたらしいな」
「あぁ。だがちゃんと視えているぞ。
「なるほどな。どうりで森の中にいてもあんたの視線を感じるわけか」
「やられたのは目の霊力。霊力など時を重ねればじきに戻る。“千里眼”はすぐに使えた」

空狐は己の目を布越しに触れる。

「せんりがん…?何だよそれ」

鋼汰は聞きなれない単語に首をかしげる。
九尾は肩越しに己より小さな子供を振り返る。

「千里眼ってのは空狐がもつ力。俺の炎がそうであるように。あいつは全てを見通す力がある」
「そう、例え千里先であろうが、この目に全てが映る。人の子よ。どこへ逃げようがこの目には全てうつっている」

一陣の突風が再び起こる。木の葉が世界に散らばる。

「この目に止まった以上、逃げ切ることなど不可能!」

空狐の声が凛と森に木霊する。威厳ある言霊。人が話す言葉には魂が宿り力を持つ。空狐が放った言霊が鋼汰を縛る。4

「…!!!」

引きつった悲鳴を上げ、鋼汰は九尾の裾を握った。
放たれた言霊の重さに呼吸することも苦しいと思えた。かたかたと小刻みに震えだす指。瞳が空狐から離れない。
怖い。

「ふん、それはどうだろうな」

鋼汰を言霊の束縛から解き放ったのは九尾の一言だった。






Re: シロガネ ( No.20 )
日時: 2011/01/18 21:43
名前: 志麻 (ID: vVbLZcrS)

九尾が前へと一歩を踏み出す。
鋼汰と空狐の間に張り詰めていた空気が一気に解けたようだった。
白い裾をはらませ、九尾は口元を緩めた。

「こいつは俺が守る。あんたの好きにはさせない」
「ほう…」

九尾と空狐はどちらもお互いを見つめていた。ただじっと、お互いを探るように。一触即発の雰囲気を敏感に感じ取った鋼汰はただ成り行きを見守るしかなかった。
空狐は数ある妖怪の中でも最強と謳われる妖狐だ。
その霊力は凄まじく、どんなに修行を積んだ霊験ある人間でもその力は凌駕していた。
妖怪の中では頂点を行く大妖怪。人も妖からも恐れられている狐はうっそりと微笑んだ。

「よく言えたものだな。後に後悔するのは目に見えているだろう」

おかしくてたまらないと言った様子で空狐は喉の奥で笑いを殺していた。それが癇に障ったのか、九尾は眉をひそめて頭上にたたずむ大妖怪をおくびもせずに睨み据えた。

「どう言うことだ?」
「あぁ、そうか。お前は知らないのか」

笑みを消し、あぁ忘れていたお前は知らないのか、とはたと思い出したようだった。ざぁっと風が巻き起こる。少し冷たい風が九尾の白い裾をはためいたのを鋼汰の視界に映った。だが疾風は木の葉を巻き上げ、視界を覆い尽くす。とっさに顔の前に手を交差させ、風をやり過ごそうとした。その時、近くで低い声が聞こえた。

「遅いなぁ。九尾」

鋼汰が目を開けた瞬間、木の葉と赤い何かが舞った。
鈍い音が鋼汰の耳朶を叩いた。目を見開く鋼汰は息をすることさえ忘れた。

「っこの…!」

ついさっきまで崖の上に居た空狐がまるで風に乗って、一瞬にして九尾の前にいた。己の長い爪を深々と九尾の腹に衝きたてて。
鮮血が風に乗って舞う。
九尾は一瞬苦しげに顔を歪めたが、すぐさま掌に炎を宿らせる。
攻撃を繰り出そうとするより早く、空狐のもう片方の手で九尾の胸倉を掴んだ。腹にはまだ爪が刺さっている。地には赤いシミが散らばっていた。

「教えてやろう、九尾」

ぐいっと九尾を引き寄せ、耳元へと口を寄せる。
そしてまるで子供をあやすような口ぶりで言葉をつむいだ。

「お前の母親はな、九尾。目の前に居る子供の祖先、安倍家によって殺されたのだ」

疾風はまだやまない。
ただ風の音だけが聞こえた。


Re: シロガネ ( No.21 )
日時: 2011/02/07 18:31
名前: 志麻 (ID: /ZfshGS3)

安倍家の歴史は長い。
遡ること数百年、かの有名な安倍晴明の血族からなっている。
晴明は人と狐の子から生まれ、不思議な霊力をもってして生まれた。そのためか血筋からは凄まじい霊力を備えるものが多かった。
だが戦国の世が近づくにつれて霊力を持つものは珍しく、今の安倍家で生まれもって霊力があるのは鋼汰だけとなった。他のものは修行を積み何とか霊力に等しい力を会得するほか方法はない。

その今にも廃れゆく安倍家の天才に向かって空狐は雄叫びを上げるように叫んだ。

「安倍家によって殺されたのだ」

どくん…
心臓が誰かに握りつぶされるような感覚に陥る。冷たい汗が背中を伝う。鋼汰は乾いた唇から必死に言葉をつむいだ。

「安倍家が…なん、て……」

殺した?何を。
誰が?安倍家が?
心臓がうるさい。思考がまとまらない。鋼汰はただ目の前の白い狐を見つめた。

「…つくなら…」
「ん?」

九尾が薄い唇を動かした。

「つくなら、つくならもっとましな嘘つきやがれっ!!!」

牙をむいて叫ぶと、片手に青白い炎を宿らせそれを空狐が衝きたてる腕に向かって放つ。焦げ臭い臭いがあたりに漂ったかと思うと、瞬時に鋼汰を脇に抱えて、九尾は深くかがむと天高く跳躍する。
それを空狐はうっそりと見送った。

「お、おい九尾。腹のほうはなんともないのか?」

高速で、それもかなり高度の高い空を駆けているせいで、うまく舌が回らない。山や木が矢のごとく流れていく。耳の奥が圧迫されているようで、鋼汰は胸焼けをどうにかやりすごす。

「何ともない。喋るな。舌かむぞ」

返された返事は冴え冴えとしていて、鋼汰は急に悲しくなった。
九尾は脇に抱える子供に目もくれずに、木にいったん足を着くとまた高く跳躍する。
九尾の態度の変わりように胸が苦しくなった。ただ九尾が遠い存在に感じられた。
九尾は白い耳をそば立たせ、気配を探った。
今の一撃で空狐を一蹴できたとは思わない。必ず追いかけてくる。
九尾があたりを確認しようと視線を横に向けた刹那、赤黒い影が目の前を覆う。吊り上った口端が見えた。

「言ったであろう。我が視界からは逃れられんと———!!!」

影が大きく傾いだかと思うと、鉄で殴られたような衝撃が背中に走る。九尾は空狐に蹴りを入れられた瞬間、凄まじい速さで森の方へ叩き落された。ただ九尾は腕に力を入れた。離してはいけないと思ったから。すぐに掻き消えてしまう儚い命を守ると誓ったから。
地響きが轟く。何本もの木が乾いた音を立ててなぎ倒されて行った。鳥たちは行き場を失い飛び交う。土煙があたりを包む。
九尾はすっと目を開けた。土埃で視界は悪いが、腕の中に納まる小さな子供を見止めてほっと息をつこうとした———
ぱたぱたと白い衣に赤い鮮血が染みる。一体どこから。そう思ったとき、九尾は激しく咳き込んだ。手を押さえても血はあふれ出る。さっきの攻撃とは比べ物にならない痛みが九尾を襲う。わき腹の辺りが悲鳴を上げていることに気づき、視線を落とすと自分の目を疑った。
深々と刺さっていた。太い枝がわき腹を貫通していた。
息が苦しい。
九尾は歯を食いしばり、枝に手をかけた。腕に力をこめる。
鈍い音を立てて枝が徐々に動く。激しい痛みが全身に走る。
骨が砕かれ、五臓六腑を引き裂かれるような感覚に襲われた。
どうにか枝を引き抜くと、それを投げ捨て、荒い息を繰り返した。
いくら治癒能力が高いと言え、そうすぐに治る傷ではない。手で押さえつけて止血をする。
鋼汰はきつく閉じたまぶたを上げた。激しい衝撃を受けたはずなのに、痛みがやってこない。そろそろと上を見上げると、白い顔が目に映った。荒い息遣いに異変を感じると、鋼汰の視線はわき腹へと注がれた。

「九尾っ…」

悲鳴にも似た、ひきつった声に九尾は耳障りと言わんばかりに呟いた。

「うるせぇ…すぐに治る…」

四肢に力をこめて、立ち上がる。地面には攻撃の大きさを物語るように地割れがいくつもあった。鮮血がぼたぼたと落ちる。
目の前に赤黒い影がまた目の前に現れた————


Re: シロガネ ( No.22 )
日時: 2011/02/08 19:10
名前: 志麻 (ID: /ZfshGS3)

朦朧とする意識の中、九尾は幼い日の記憶を思い出していた。

あれはまだ幼く、母の腕に抱かれた遠い記憶。
母の温もり。優しい香りに包まれて九尾はまどろむように母を見つめていた。母は妖怪の中でも一、二を争うほど美しいと謳われ、年を重ねても変わらない美貌は九尾の自慢であった。
だが体の弱い母は床につくことが多かった。九尾は母の寝床に潜り込み、子守唄のように言われたことを思い出す。

『九尾、よくお聞き』
『なぁに?母上』

髪をすく母の手が心地良い。むずがゆそうに身じろぐと、母は細い腕を回して九尾の小さな体を抱く。

『よく覚えておいて。人間はとても弱いの。私たち妖怪よりも寿命は遥かに短く、病気や怪我が重いと死んでしまう。それは知っているわね?』
『うん』
『だから私たちは人間を守ってあげなくちゃいけないの。私たちは力もあるし、強い。けれど人には人にしかない力があるの。眩しいくて、儚い生き物。あなたもちつか、わかる時が来るでしょう。だからね、九尾。人には————』

「九尾っ!!!」

甲高い悲鳴によって九尾の意識は現世に引き戻された。重いまぶたを上げると恐怖に顔を引きつらせる鋼汰が目に映った。のろのろと視線を上げるとそこには、赤黒い長髪をなびかせ、風に袈裟を揺らす影がある。九尾は痛む体を叱咤して立ち上がる。

「その童をこちらに渡せ。貴様には守る価値もないだろう」
「…うるせぇ…」

鋭い眼光で空狐を睨むと、足に力を込め、地を蹴る。茂みへと身を翻すとものすごい速さで駆けていく。足場の悪い山道を物ともせず、九尾は速度を緩めず脇に抱える子供に声をかけた。

「ひとまずここは退く!今はこっちが不利だ。だから———」

何の反応もないことに不審に思った九尾は視線を落とす。
九尾が抱えていたのは子供ではなかった。
太い、枝にすり替わっていた。

「ああぁぁああぁぁぁああぁっ!?」


森の木に引っかかっている鋼汰は不機嫌極まりない表情で、九尾が消えていった茂みの方を睨んでいた。腕でしっかりと枝を抱き、足は地に着かずに宙ぶらりんの状態だ。

「あの野郎…また置いていきやがった…」

呪詛のように吐くが、一瞬にしてその表情が陰る。

「九尾…俺のこと邪魔っていうか、足手まといっぽかったし…うん。一人で逃げるか」

鋼汰は枝から手を離して地に着くと、駆け出そうと一歩踏み出したときだった。
一陣の風が後ろから巻き起こる。強い風だった。木の葉が世界に一瞬にして散らばる。
戦慄が走る———悪寒が背中から這い上がってくる———誰かの視線を背後に感じた————
強張る体に力を込め、後ろを振り向いた。
世界が木の葉で埋め尽くされる。その隙間から垣間見たものは———

「どうした、童。九尾に置いて行かれたか?」

低く心臓を鷲掴むような声が聞こえた———

Re: シロガネ ( No.23 )
日時: 2011/02/20 21:05
名前: 志麻 (ID: Tzn/2JVm)

深い森の中を風のように走る影がある。
誰かを探しているのか、一瞬足を止め辺りを見渡す。そうしてまた地を蹴り、疾風のごとく駆ける。
一度大きく跳躍すると、太い木の上にするすると頂上まで登る。

「ふぅ。気配を追いかけるのはどうも苦手でやんす」

木の頂上からは緑の海が眼下に広がっていた。山々が織り成す波は遥か遠くまで続いている。
木の枝に腰を落とすと、クセのある短髪から三毛猫のような耳がぴくりと動く。裾を紐でくくり上げ、あらわになった腕は太く、素足から生えた尖った爪は猫のそれだった。鳶色の着物は森に溶け込むようだった。尻には長い尻尾が二本、風に揺れている。

「さーて…“旦那”はどこに行ったんですかねぇ」

すんすんと鼻をひくつかせて、目の前に広がる山を睨む。
風が吹く。枝同士がこすれ合い、聞き心地の良い音があたりに響く。
風が運ぶ微かな臭いを、耳を生やした青年は嗅ぎ逃さなかった。

「血の臭い…嫌な予感がしますねぇ…」

印象の良い整った顔立ちに影をさす。
眉根を寄せると、青年は難しい顔をした。すると何かを振り切るように、青年は勢い良く立ち上がった。

「頼まれたお使いでやんす。嫌とは言ってられやせん」

そういって青年は後ろに体重をかける。そのまま落下するのかと思うと、くるりと宙を舞い、枝から枝へと手をかけて樹海へと消えていった。


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