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- アルタン・ガディス
- 日時: 2011/01/24 21:33
- 名前: 老毛子 (ID: ViM8jUbu)
- 参照: http://mixi.jp/show_profile.pl?id=12862898&level=4
アルタン・ガディス
大草原に馬かける世界。
その北の天蓋、全天の中心たる北極星。
それを人々は「紫微星」と呼んだ。
一万年に一度の、紫微星の交替。
すなわち、歳差の満ちる、その歳に。
少年と少女は、北極に旅立つ。
次なる紫微星を、選ぶために。
悠久の伝承
この世界には、太古からの伝承がある。
北の天蓋に全天の中心たる紫微星を戴く、この世界。
天地の精霊の跳梁する、北方の大草原に馬駆ける、この世界。
東方王国と西方帝国。
そして、北方の大草原。
この世界の天の北に、一つの星がある。
全天の中心。
その呼称は、紫微星。
天の北で相互に交替する各個の星の総称。
すなわち。
悠久の歳月を以って、紫微星は交替をなす。
それは、黒龍と白龍との、一万年に一度の闘いでもあった。
次なる紫微星を決めるための、黒龍と白龍の永劫の闘い。
その現象を、地上の者は、歳差と呼ぶ。
歳差の満ちる、その歳に。
黒龍と白龍を召喚するために。
そして、次なる紫微星を天に告げるために。
天命を享けた二人の若者は、北極を目指す。
それは、旅の物語。
遥か遠い、北の果て。
北極点と紫微星とを貫く、天地の柱。
黄金の杭、アルタン・ガディスを目指す旅。
この世界に絶えることなく継承されてきた。
悠久の歳月を、永遠の未来に繋げてゆくために。
世界の、時の流れを絶やさぬために。
歴代、天体の中から選ばれた紫微星。
しかし、かつて、地上から天に昇った紫微星があったという。
この世界の伝説。
勇敢な少年も。 慈愛の少女も。
この世界の誰もが子供の頃に聞く、北方由来の伝承。
東方の少年の立つ歳。 西方の少女の旅の始まる歳。
歳差の満ちる、その歳に。
東方の怒り。 西方の涙。
いずれも、後世万年に語り継ぐべし……。
天空の運行
占星算術師。
天空の相に対する、象徴化と算術の行使。
それによる、各個の天命の導出。
天文台では、超越の智者たちが、天上の運行を観測し、以って、天下の命運を占う。
寺院の如きその建造物の構内では、礼服にも似た法衣を身に纏う占星算術師達が、その威厳に似ず、責務に忙殺されていた。
「天命は降りた。 降臨は十五年前だ」
占星算術師達の一人が、部下達に指示を降す。
その黒髪を槌型に結った、天文台の官長である。
「周知のように、天の中心である紫微星は……」
官長は、注意深く語り始める。
歳差……紫微星の交替……。
それは、一万年に一度の、黒龍と白龍の闘い。
黒き龍。 蒼い珠より来たる。 水の力。 大地の龍。
白き龍。 翠の珠より舞える。 風の力。 天空の龍。
そして、巨龍の闘いの終わるとき。
その時、次代の紫微星は選ばれる。
悠久の歳月を、永遠の未来に繋げてゆくために。
世界の、時の流れを絶やさぬために。
ただ一人の御子……真の紫微星の御子の、その意志によって。
「黒の御子は、西方帝国の公主アビア」
官長は、威厳と供に言を降す。
「そして、白の御子は……
本国の北方防備の少年兵の一人だ」
官長は断言する。
その時、占星算術師たちが、一斉に硬直した。
時刻は、天文台の日没。
天体観測の過酷な業務が始まる。
特に今冬は。
一万年に一度の、大事である……。
- Re: アルタン・ガディス ( No.6 )
- 日時: 2011/01/26 23:35
- 名前: 老毛子 (ID: ViM8jUbu)
- 参照: http://mixi.jp/show_profile.pl?id
「なあ」
テムルが、アビアに質問する。
「おまえは、帝国の公主なんだよな」
「むかし、ね」
アビアが、平然と答える。
テムルは、猶も聞く。
「聞きたい事が、山のようにあるんだがな……」
「いずれ、分かるわよ」
「……ひとつ、教えてくれ」
テムルは、アビアの眼を見て、言う。
「どうして、おまえは、俺の名前を知っていたんだ?」
アビアは、一時、沈黙した後に、言った。
「巫術による、精神探索から得た情報よ……」
「おまえ……ただの公主じゃねえな」
「公主だったのは、昔の話よ」
「公主であるか、その可否は関係ない」
ザナ・バザルが話に割り込む。
「アビア殿下は、アビア殿下……!」
「それは、そうだな……!」
アビアは、微笑して頷いた。
「ありがとう……テムル……ザナ・バザル……」
テムルが、景気を付けるように言う。
「なあ! 巫術が使えるならよ!
王国の連中の着手が何処まで進んだか分かるだろ!?」
「テムル殿」
ザナ・バザルが忠告する。
「巫術は、精神の消耗が激しい。
それに、もう陽が沈む。
今日は、休まれよ」
「はあ……! そう言えば、とっても眠いわ……!」
アビアが、続ける。
「テムルは、不良だから、夜更かし!
私は、もう寝る時刻だから、お先に失礼するわね……!」
「おい……! 俺が不良だと……!?」
テムルが、反論する。 アビアが、答える。
「あら……!? 貴方は不良よ……?」
「何を証拠に……!?」
「だって、貴方……」
アビアが、焦らすように、テムルを見詰めると、言った。
「王都からの大官を、いきなり斬ったじゃない」
「それは、おまえを護る為に……!」
アビアが、笑った。
「あははは……!
あの時の貴方、とっても素敵だったわよ……!」
テムルは、赤面した。
「な……なに言ってんだ、おまえ……!」
「私……一生、忘れないからね!
おやすみなさい……!」
アビアは、軍議用の幕営から退去した。
「なんだってんだよ、あいつ……!」
傍らでは、老将ザナ・バザルが、息を殺して、笑っていた。
「ふ……ふふふふふ……!」
「笑うな!」
「ふ……いや、すまん……ふふふ……!」
テムルは、不貞腐れて、言った。
「俺も、寝るぞ!」
「ああ……テムル殿!」
ザナ・バザルが、慌てて声を掛ける。
「就寝用の幕営は……」
「その前に、小便だよ!」
テムルが、勢いに任せて、幕営の外に出た、その時。
幕営の外で、アビアが、屹立していた。
北の方角を、眺めているようである。
「どうしたんだよ……」
テムルが、声を掛ける。
「紫微星が……あれだわ……!」
アビアが、指で示した。
大草原の、冬の星空。
頭上には、満天の、星の輝き。
そして、その北の彼方には。
全天の中心、紫微星。
心なしか、その輝きは、弱々しく、喘ぐようだ。
「紫微星の交替が、近いんだわ……」
「ふうん……」
テムルは、詰まらなさそうに、言う。
「つまんねえ星だよな」
アビアは、虚を突かれたように答える。
「……どうして……?」
テムルは、鷹揚に、言う。
「天の中心……天上に唯一の星……!」
テムルは、嘆息して、続ける。
「そんな奴、喧嘩する相手なんて居ねえんだろ」
二人の頭上で、紫微星が、喘ぐように、瞬いた。
「一万年も、お一人さまかよ」
テムルは、一拍置いて、言い放つ。
「つまんねえ!」
傍らで、アビアが、何故か俯いていた。
「ねえ……テムル……」
「なんだよ」
アビアが、自分の言葉を確かめるように、言った。
「私は…北極へ…行くわ…
それが…私の…運命だから…
だけど…一人で行くのは…
寂しくて…辛いわ…
だから…貴方に…一緒に来て欲しいの…」
アビアは、テムルに向き合い、そして、言った。
「お願い…一緒に…アルタン・ガディスまで…」
「当然だろ! その為に、来たんだぜ!」
「途中で、南に帰ったり、しない……?」
「そんなことしねえよ!」
「私の事、見限ったり、しない……?」
「そんなわけねえだろ!」
アビアは、一時の間隙を置いて、言った。
「テムル……ありがとう……」
「どうしたんだよ、おまえ……」
「……ううん……」
アビアは、首を振った。
「……なんでもないわ……」
その時。
闇夜に屹立するアビアの頭部から。
光の雫が、零れ落ちたように見えた。
暗闇で、よくは分からなかった。
しかし、テムルは、就寝のその時に気が付いた。
あれは、アビアの、涙だったのではないのか、と。
- Re: アルタン・ガディス ( No.7 )
- 日時: 2011/01/27 01:39
- 名前: 老毛子 (ID: ViM8jUbu)
- 参照: http://mixi.jp/show_profile.pl?id
「気を付けて、出発なされよ」
幕営の野外で、老将ザナ・バザルは少年少女に別れを告げた。
「ご心配には及びませんわ」
アビアが、老将に微笑み掛けた。
「私達は、貴方の期待通りになるから」
今度はテムルが、別れの挨拶を述べる。
「ご心配、感謝いたします」
アビアが、口を挟む。
「硬い答辞は必要ないわ」
アビアは、老将に、満面の笑みを向ける。
「さようなら、老将ザナ・バザル……長生きしてね」
「殿下こそ」
老将は、アビアに対して、笑顔で答える。
「背後からは、王都の軍。
前方からは、僭王の軍。
事態の大儀なことに、同情を禁じえません」
「ありがとう、ザナ・バザル」
アビアは、テムルに眼を遣り、続ける。
「それでも」
そして、大草原の北方に眼を転じて、言った。
「私達は、北へ行くの!」
草原を騎乗する、二人。
沈黙を破るのは、またもテムルだ。
「なんだか様子がおかしい……」
「そうかしら」
テムルは、周囲を見周す。
「昨日には、包囲までされたのに……
今は、周囲に誰も居ない」
「そうねえ」
テムルには、気になる事があった。
「なあ」
「なによう」
「ザナ・バザルと別れる時に、おまえは意味深な事を言ったよな」
「言ったわねえ」
「あれは、どういう事なんだ?」
「じきにわかるわよ」
北方に向けての、騎馬行。
大草原の、日没。
冬の北国の日没は、早い。
既に、前方である北方の視界が、効かなくなっていた。
草原は、依然として静寂そのものだ。
「決定的に、おかしいな」
「連中にしてみれば、予定の通りよ」
「どういうことだ」
突然、眼前に幕営の群れの灯火が浮かび上がった。
大小の、尋常でない数の幕営が、眼前に現れる。
「こういうことなのよ」
大部族ジュシェンの、南方拠点。
テムルとアビアは、そこに、言わば、誘導された。
全ては、罠だったのだ。
「あのジジイ……!」
テムルの憤りに対して、アビアが補足する。
「背後でジュシェン部と連絡していたのよ」
不意に、二人に声が掛かる。
「やあやあ! 南方よりの使節殿!」
一人の青年が、二人に接近する。
発言の印象は軽薄ではあるが、その体躯は強健。
北方の大部族の威厳を、青年の年齢から、既に備えていた。
「無論お二人の身の上は丁重に遇する故、ご心配なく」
アビアは、不敵に答える。
「北に行きたいのよ、通らせて?」
「来てもらいますとも、我等が拠点
北の大山脈サヤンの麓……!」
アビアは、悠然と答えた。
「まあ! 光栄だわ!」
テムルは、アビアの傍に居ながら、彼女の豪胆に感嘆していた。
下手をすると、軍人の自分よりも豪胆だ。
これでも公主なのか?
どういう過去を生きてきたんだ……!
草原に、北風が吹く。
視界の背後の、北の山脈からの、風。
北方大山脈サヤンからの、卸風だった。
- Re: アルタン・ガディス ( No.8 )
- 日時: 2011/01/27 09:53
- 名前: 老毛子 (ID: ViM8jUbu)
- 参照: http://mixi.jp/show_profile.pl?id
長身ではないのが、意外に感じられた。
しかし、その男は、眼光は鋭かった。
若くして眉間に刻まれた皺と、秀麗な双眸からは、独特の威厳を感じさせる。
僭王アリク・ブガ。
今、テムルとアビアは、この草原の覇者の眼前に居た。
三人供に、武具装備は一切ない。
大草原の北方部族の大天幕。
そこに、テムルとアビアは案内された。
意外な事に、大天幕には調度品等の装飾は華美ではなく、素朴であった。
内外の周囲には、幾人かの配下の者が、待機していた。
蝋燭の光が、幕営の内部を陽炎のように照らしていた。
「北に行くそうだな」
僭王の詰問に、アビアが答える。
「もちろん!」
「そこもとは、どうだ」
僭王は、テムルに振る。
「アビアに同じ」
「………」
僭王は、永い沈黙の後に、口を開いた。
「余はおまえ達には危害は加えない…しかし
北へ行くというのなら、草原の王として
伝えねばならないことがある…」
「……是非お聞きしたいわ……!」
アビアが、微笑して、答えた。
「サヤン山脈の北は……」
僭王は、注意深く語る。
「まさに世界の果て……」
北方の大山脈サヤンの、その、北の向こう側。
そこは、文字通り、世界の果てである。
そして、そこは。
武勇の誉れの高い、草原の民ですら近付かない、禁断の世界。
そこに旅し、生還した者は、過去に居らず。
伝説によると、魑魅魍魎の跳梁する世界であると言う。
草原の民は、大山脈サヤンの北を越える事を。
固く、禁じてきたのである。
「お言葉ですが、王様」
またも、アビアが口を挟む。
「私達は、紫微星の御子」
「そうだ」
僭王は、苦渋の表情を浮かべる。
「だからなのだ……
おまえ達には、どうしても北を越える必要がある」
「そうよ?」
アビアが、茶化すように答える。
「おまえ達には、これを渡さねばならぬ」
僭王は、挙手にて、配下の者達に命を降す。
幕営の奥から、杖が二本。
テムルとアビアの眼前に、差し出される。
「これは……」
テムルは、思わず、その杖に見入った。
美しい……。
二人の各自に与えられた、杖。
その頭部には、宝玉が付いている。
テムルの杖には、翠の宝玉。
アビアの杖には、蒼の宝玉。
「それらは、草洋の大地に古来より伝承される、宝だ。
テムルの杖は、風の杖。
アビアの杖は、水の杖。
存分に用い、以って、北の大地の魑魅魍魎を祓え。
そして、紫微星の御子の大命を成就するのだ」
陽が、昇った。
草原の北端の、朝。
眼前には、大山脈サヤンが、その威容を以って、聳え立っていた。
- Re: アルタン・ガディス ( No.9 )
- 日時: 2011/01/27 09:58
- 名前: 老毛子 (ID: ViM8jUbu)
- 参照: http://mixi.jp/show_profile.pl?id
山脈は、どこまでも、高かった。
それが上に、寒い。
山頂から吹き付ける風が、少年少女の全身を劈く。
登山の開始から数刻。
アビアの様子が、おかしい。
「おい! 大丈夫か!」
「テムル……!」
アビアの呼吸が乱れる。
「どうしたんだ!」
「ごめんね…本当に…ごめんなさい…」
こんな脆弱なアビアは、初めて見る。
「大丈夫だから……!
迷惑は掛けないから……
……だから……!」
アビアの全身から力が抜けた。
「アビア!」
テムルは、少女を抱き締めた。
「どうしたんだよ……!」
「……呼吸器官の、機能低下……!」
何者かが、声を掛ける。
テムルが見ると、そこには、人が居た。
それは見るからに、只の人では無かった。
峻険なる山の中であるにも関らず、悠然として、そこに、居る。
見たところ、非常な高齢である。
右手に長い杖を持ち、灰色の法衣は風に靡く。
しかし、杖を持つ必要性が感じられない程に、壮健な印象である。
「呼吸器官の……!?」
老人は、答える。
「それ以外には考えられん」
「高山病というやつだ」
高山病。
アビアは、肺が弱いのだろうか。
「なんてことだ……山脈越えなんて出来ねえ……!」
「そうはいかんな」
老人は、言う。
「おまえ達は、紫微星の御子であろう」
「あんた……誰だ……」
老人は、それには答えずに、言った。
「ひとつ、聞く」
「なんだよ」
「おまえはアビアをどう思っている」
意外な質問である。
テムルは、一瞬、答えに窮した。
「……それが……何の関係があるんだよ」
「答えよ! おまえにとって、アビアは、何だ」
テムルは、答えた。
「……一言で言えば……旅の仲間だ」
「そうか」
老人は、テムルに言う。
「ならば、大事あるまい」
老人は、踵を返した。
そして、風の吹き荒ぶ虚空に、消えた。
「なんだ、いまのジジイ……!」
それどころでは、なくなった。
テムルの両腕で、アビアの身体が、徐々に冷たくなってゆく。
「アビア……!」
テムルは、狼狽した。
……アビアを、どう思っているのか?
旅の仲間だ……一言で言えば……。
……なら、大事ない……。
どうなっても、大事ない…。
「ちがう!」
テムルは、俄かに決意した。
帰ろう。
下山しよう。
こんな高山を越えるだなんて、無理だ。
初めから、無理だったんだ。
テムルは、下山を始めた。
アビアを背負って。
しかし、何時まで経っても、麓に到着しなかった。
逆に、山を登っているような、そんな感覚さえ、覚えた。
「なんでだよ……!」
テムルは、とうとう、自分の意識が薄れるのを感じた。
ここで、終わりなのか……?
薄れ行く、テムルの意識に、あの老人が浮かぶ。
おまえにとって、アビアは、何だ。
……それは……!
テムルの意識に、アビアの記憶が甦る。
アビアは、何だ。
そんなの、言葉に出来ねえ。
それが、答えだ。
朦朧としたテムルの意識に、老人の声が響く。
その答え、決して、忘れるな。
この先、おまえの身に、どんな試練が与えられようとも。
何が、あっても。
そして、たとえ、おまえが、自分自身の手で。
アビアを殺めねばならぬということが、万一あろうとも。
ゆめゆめ、忘れるでないぞ……。
「寝すぎだよ」
アビアが、テムルに話し掛ける。
テムルは、眼を覚ました。
「ア……アビア……?」
ここは、どこだ……?
「うふふふ……!」
アビアが、微笑して、言った。
「サヤン山脈の、裏の麓よ」
思わず、テムルは、起き上がった。
そこは、常夜の世界。
頭上には、満天の、星の輝き。
足許の大地には、延々と続く、漆黒の針葉樹林。
彼方からは、歌とも唸り声とも聞こえる、幻想的な音響。
空中の各所には、白昼夢のような光の群れが、舞っていた。
そこは、世界の果て。
天地の精霊の跳梁する、伝説の大地。
すなわち、北極圏であった。
- Re: アルタン・ガディス ( No.10 )
- 日時: 2011/01/27 23:13
- 名前: 老毛子 (ID: ViM8jUbu)
- 参照: http://mixi.jp/show_profile.pl?id
巫師の墓標
大気の精霊が飛んでいる。
大地の精霊が跳ねている。
風が、遠い。
水が、淡い。
遠方より聞こえる、音。
空中に浮遊する、光。
「ここが……! 大地の果て……!」
テムルの感嘆に、アビアが続ける。
「……北極圏よ……!」
頭上に広がる、満天の星々の、遥か彼方。
天の極みのその果てに、淡い光が架かる。
「あれは……なんだ……?」
アビアは、遠い眼をして、答えた。
「……オーロラだわ」
ただならぬ、その光。
天の、その更に彼方の天幕のような、その光は。
言い知れぬ玄妙なる綾を奏しながら、少年少女を、北の最果てに導くように、光輝いていた。
時の経過を意識せず。
遠景を眺めながら、呆然と立つ、二人。
だが、時は、その経過を緩めてはいなかった。
最初に、異変に気が付いたのは、テムルであった。
「先鋒が、お出迎えだ」
続いて、アビアが頷く。
「早いわねえ……」
二人の前には、人外の幽鬼が三体。
僭王の語った、魑魅魍魎と思われた。
それらの正体は、空中に浮遊する精霊達。
北の大地の先住民。
そして、天地の意志の化身達であった。
それは半透明の霊気の具現。
三体の青白い霊であった。
「こんな世界の果てに……」
「南方の客とは珍しい……」
「我等は北の大地の精霊……」
口々に、語り続ける。
「我が名はオンゴン……」
「我が名はオンゴン……」
「我が名はオンゴン……」
「答えよ……汝らの名は……」
テムルは、嘆息する。
「なんだよ、全員、同じ名前じゃねえか」
アビアは、テムルには応じず、三体の精霊に向かって、答える。
「私の名は、アビア」
テムルは、それに続いた。
「俺の名は、テムル」
すると、三体の精霊達は、一斉に戦慄を始めた。
「……アビア……!」
「……テムル……!」
「……なんということ……!」
そして三体は、同時に叫んだ。
「精霊王ノル様に……」
「精霊王ノル様に……」
「精霊王ノル様に……」
「……ご報告申し上げねば……!」
三体のオンゴン達は、空中を旋廻すると、背後の闇に、消えた。
「なんなんだ、あいつら」
「北の大地の精霊王ノルの家来達よ……」
アビアは、平然と、答える。
「アビア……知り合いなのか……?」
「……昔ね……」
針葉樹林の奥からは、相変わらず、咆哮のような音響が聞こえて来る。
それは、徐々に大きくなり、やがてテムル達の耳を劈いた。
「なんだよ……うるせえなあ……!」
「彼等なりの歓迎なのよ……」
森の奥から、旋風が吹いて来る。
それは、遠く、淡く、そして、甘い薫りがした。
何処か懐かしい、そんな薫りだった。
不意に。
二人の胸に下げたトパーズが、黄金の光輝を放つ。
「ああ……!」
「なんなんだよ今度は……!」
「精霊王……ノルだわ……!」
「何処に居るんだ……!?」
アビアは、眼を閉じて微笑むと、テムルの質問に答えた。
「ここよ……」
金色の、トパーズ。
アビアは、その掌に宝玉を載せると、静かに眼を開ける。
そして、慈しむように、それを眺めた。
それは、大気に偏在する、天地の意志。
紫微星の御子の、胸の宝玉に降霊する、精霊の統治者。
それが、北の大地の精霊王ノルである。
トパーズの宝玉の光輝が増大する。
周囲の大気が蠢動し、二人の紫微星の御子の脳裏に、声が響く。
「よくきた…
紫微星の御子達よ…
黒の御子…アビア…
白の御子…テムル…
北の大地は…
君達を歓迎する…」
美声である。
だが、その声は、男性とも女性とも、判じ兼ねた。
「ありがとう……ノル……」
アビアが、柔らかく、答える。
柔和な表情の、アビア。
テムルは、今更ながらに、驚く。
彼女の、可憐なことに。
そういえば、アビアのこんな表情は、見たことが無い。
それはさながら、慈悲の女神のようだ。
祖国の寺院で見た、慈悲の女神。
その女神の起源は、元々は、西方の大帝国ダヤン・ウルスにあると言う。
そういえば、帝国は、アビアの生命を、皇帝の勅命の許に誅殺する目的で、暗躍を続けていた。
何故だろう。
何故、こんな慈愛に満ちた少女を、殺そうとしているのだろうか。
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