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星屑の涙
日時: 2011/03/08 19:46
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 初めまして!初投稿っす!
 グダグダな感じの長編ものですが、お気軽に読んでもらえたら嬉しいっす!
 イラストも一応投稿してるんですが、小説には載せられないみたいですね……残念です。


 〜あらすじ〜

 技術革新により人々が大空へ羽ばたく手段を手に入れ、産業文明が発達した時代。
 世界には大きく分けて二つの種族が存在していた。

 人間と……そうでない者、亜人。

 相容れぬことのできなかった二つの種族間に巻き起こった戦争。
 日に日に激化し、全世界を巻き込んでいく戦争を、裏で操る者たちがあった。
 身寄りを亡くした機械技師の少女セルフィーは、戦争を煽る者たちの正体を探り、二つの種族間による戦争を終わらせようとする、『あぶれ者』たちの集団レイシスと出会う。その出会いは彼女の、そしてレイシスの運命を大きく変えることになる……。



 〜登場人物〜

○ラグナ=ハーディス
 年齢 22歳
 戦争を終結させるために結成された人間、亜人のどちらにも属さない中立集団レイシスのメンバーの一人。ある出来事がきっかけで『人』としての心を失った。非常に無口で、自分の感情を表に表すことはほとんどないが、唯一、星の話になると多弁になる。 

○セルフィー=リーザス
 年齢 17歳
 身寄りをなくし、一人工業都市ラーヴァリアにやって来た少女。機械技師として高い腕を持ちながら、自分の心の弱さゆえに人のために生かすことができず葛藤している。

○リィーガー=アクシオム
 年齢 不詳
 レイシス結成当時からのメンバー。アンドロイドでありながら、自ら積極的に人に介入していく陽気な性格の持ち主。レイシスに対する思い入れはメンバー一強い。

○ステラ=ストラーダ
 年齢 25歳 
 レイシスの一人で唯一の女性メンバー。いつも不機嫌で、レイシスの中でも協調性に欠けている。何故か厚手のコートやニット帽で全身を被い隠すようにしている。

○ガロン=グラウサー  
 年齢 35歳
 レイシスのメンバーの一人で、黒豹の出で立ちをした亜人。冷静沈着で頭の回転も速く、レイシスの参謀的な役割を果たしている。


 〜目次〜

第一章 非業の改造人間 …… 1

第二章 始動! …… 23

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Re: 星屑の涙 ( No.26 )
日時: 2011/03/07 21:23
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 サンタマリーが『要塞都市』の二つ名で呼ばれるようになったのは最近の話である。人間世界最大の軍事力を誇る空軍本部を置くソルダート軍立州と亜人たちの国家との調度中間に位置するこの港町に、空軍は次々に軍事物資を投入し、軍備を拡張してきた。今や人間側の最重要拠点と言っても過言ではない。

 海の側にある温暖な街であるため元々観光都市としての有名だったのであるが、街のシンボルが巨大な要塞になってからは観光客の数は激減した。今ではからっぽの観光施設が寂しく軒を連ねているだけである。

 サンタマリーへ辿り着いたセルフィーたちは空港の前のサンシャイン・ロードで別の仲間たちが迎えに来るのを待っていた。

 すぐ目の前には碧い海がどこまでも広がっている。しかしビーチに人影はない。穏やかな波の音だけが静かに響いていた。

 立っているだけで汗ばむような温暖な気候であるのに、ステラは相変わらずコートにニット帽で全身を包んでいる。どこからどう見ても怪しさ全開である。

 「ステラさん……暑くないですか ?」

 「うるさいわね。好きでこんな格好してるんじゃないわよ」

 「う〜ん、空港まで迎えに来てくれると言っていたんだがなぁ……」

 サンシャイン・ロードに沿って連なるヤシの木の向こう側を眺めながらリィーガーが呟いた。

 迎えに来てくれると言ったのはおそらくラグナに通信をよこした者だろう。

 しかし、空港に着いてからもう随分時間が経っているのだが、それらしき者が現れる気配は一向にない。

 「時間を間違えているとか ?」

 「到着時間は正確に伝えた。間違えているはずない。じきに来るはずだ」

 「私ならここにいる」

 ラグナが言葉を口にした直後、低い男性の声が頭上から聞こえた。

 仰ぎ見る間もなく、すぐ側の背の高いヤシの木の上から黒い陰が降って来る。

 「?!」

 突然の出来事に驚いたのはセルフィーだけだったようだ。ラグナ、リィーガー、ステラは微動だにせず、落ち着いている。

 陰はよく見ると人の形をしていた。闇色のボロボロのマントに同色のフードを目深に被り、ステラと同じように全身を被い隠している。かなりいい体格をしているが、やや猫背気味なせいで身長は低めに見えた。

 「よう。随分待たせてくれたじゃないか、ガロン」

 「待たせたわけではない。お前たちが気付かなかっただけだ」

 リィーガーの言葉に対して、ガロンと呼ばれた男はいたずらっぽく答えた。それから機敏な動作でセルフィーの方に向き直る。

 「君のことは聞いている。セルフィー=リーザス。
 私の名はガロン=グラウサーだ。よろしく」

 名乗りながら軽く頭を垂れた。どうやら彼もセルフィーの仲間入りを認めてくれるらしい。

 しかし……このガロン=グラウサーという男を目の前にして、セルフィーはおかしなことに気付いた。

 フードの輪郭が少々いびつなのである。

 セルフィーは周囲の人影を気にしつつ小声で問い掛けた。

 「あの、もしかして……」

 「ああ、察しの通り。私は亜人だ」

 躊躇いもせずガロンはあっさりと正体を明かした。

 「場所が場所だけに姿は見せられん。拠点まで移動したらそこでお目にかけよう」

 「はぁ……」

Re: 星屑の涙 ( No.27 )
日時: 2011/03/08 19:44
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 「ひゅーっ。いい眺めだな」

 窓の外を眺めてリィーガーは上機嫌に口笛を鳴らす。

 ビーチを一望できるこのグランマリーナ・ホテルはサンタマリーでも随一の高級ホテルである。その最上階のスイートルームともなれば、もちろん値段も超一流なのだが、リィーガーの話によるとこのホテルのオーナーとは何やら知人を通して少し付き合いがあるらしく、そのため、格安で部屋を取ることができたそうだ。

 海側の壁は一面ガラス張り。何処までも碧い海、輝く太陽、白い砂浜を思う存分堪能することができる。

 まさか自分がグランマリーナ・ホテルのスイートルームに足を踏み入れることが出来るなんて夢にも思っていなかったセルフィーは半ば夢心地であった。

 できることなら観光で訪れたかったが、今はそんな贅沢なことは言っていられない。どんな形であれ自分とは一生無縁だと思っていた高級リゾートホテルに入ることができただけで満足としなければならない。

 つまらなさそうにしているのはラグナとステラだ。

 ラグナは部屋の隅の壁にもたれて目を閉じているし、ステラは広いベットに一人で腰を下ろし、気だるげに爪に朱いマニキュアを塗っている。誰もがうっとりとして溜め息さえついてしまうこの景色にも、この部屋にも、二人は全く興味がないらしい。

 「待たせたな」

 奥の部屋の扉が開き、何者かが姿を現した。

 その姿を見てセルフィーはギョッとする。

 全身を被う黒い体毛に、ピンと尖った耳。鋭い目は金色に光り、口からは獰猛そうな牙が覗いている……。

 黒豹族だ。

 初めて間近にするその迫力ある姿に、完全に気圧されてしまうセルフィー。

 しかし、その声はつい先程聞いたばかりであった。

 「お初にお目に掛かる。ガロンだ。改めてよろしく」

 セルフィーの目の前までやって来て、ガロンは丁寧に一礼した。

 「は……はい、こちらこそよろしくお願いします……」

 「……随分驚いているようだな」

 「い……いえっ、そんなことは……」

 「気にすることはない。見慣れぬ異種族を目の前にすれば最初は誰だって驚くものだ。特に私の容姿は人間たちには随分凶暴そうに映っているようだからな」

 ガロンは白い牙を剥き出してニッと笑みを浮かべた。どうやら見た目のイメージとは違い、丸っきり冗談が通用しない……というわけでもないようだ。

 セルフィーはガロンのことをもっと堅い性格だと思っていたが、どうやらそれは思い違いだったようである。見た目だけで人を判断してはいけないな……と少し反省した。

 「馴れ合いはその辺にしておいてちょうだい。私たちはただの仲良しグループなんかじゃないの」

 刺のある口調で言ったのは、ステラだ。待たされて苛々が溜まっているようである。

 仕方ないな……と言わんばかりに苦笑しながらリィーガーは溜め息をつく。

 「やれやれ……。それじゃあ早速調査の成果を聞かせてもらおうか」

Re: 星屑の涙 ( No.28 )
日時: 2011/03/10 20:15
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 時間はちょうど正午。太陽は天高く昇り、ジリジリとビーチを、サンシャイン・ロード地面を照り付け、気温はじわじわと上がりつつある。

 そんな陽射しを嫌うかのように、薄暗く、物静かで、ほかに客の姿も見えないような寂れたレストランの中でステラは一人、寂しげにウイスキーのグラスを傾けていた。

 店の主人はこんな暖かな街で厚着をして、真昼間から酒を煽るこの怪しい客に奇異の眼差しを向けているが、そんな目で見られることに慣れているステラは全く気にも止めなかった。

 — 結局私はこういう所に落ち着くのね……。

 自嘲気味に笑みを浮かべる。

 この場所には自然と足が向いた。

 明るくて大勢の人が集まる場所を嫌う傾向は幼少時から変わることはなかった。

 人間たちの輪、亜人たちの輪。

 幼い頃、どちらに身を寄せるべきなのか彼女には分からなかったが、それでもどちらかに混ざろうと努力してきた。

 だが……人間も。亜人も。どちらの種族も彼女という存在を受け入れることをしなかった。

 自分の居場所だけを求めてさまよい続けてきた。

 贅沢なんて望まない。ただ自分を偽ることなく、素直に、真っ直ぐに生きていける場所を求めていただけだった。

 だがどれだけ探しても、どれだけ彷徨えど……結局自分の居場所なんてどこにも用意されていなかった。

 彼女が小さいときから……、いや、生まれたときからか。

 ただ生きているだけで非難される。人間からも、亜人からも疎外され、弾き出された。

 自分に背を向けて生き続ける。それは苦痛以外の何物でもなかった。

 全てを呪っていた。世の中のこと、他人のこと、そして親や自分自身のことでさえ。

 いつからか、人目を避け、このレストランのように暗くて人が寄りつかないような場所に身を置くようになった。



 そして……そのうちもう死んでしまおうと思った。



 生きている意味なんてない。いっそ死んでしまった方が楽に違いなかった。

 だが、今度は死に場所を求めてさまよっていたそんなとき、『あの男』と出会った。

 彼も『あぶれ者』たちの集団レイシスの一員であった。

 彼は自分と同じ境遇を持ち合わせていた。彼だけでなく、ほかのメンバーも心に何かしらの傷を抱えている。そこになら自分の居場所があるかもしれない……。そんな淡い期待を胸に、彼女はレイシスの一員になった。

 — ……ちょっとくらい夢を見たっていいわよね。こんな私でも、夢を見ることくらい許してくれたっていいじゃない。

 戦争を終わらせるなんて絵空事にしか思えなかったが、彼らは皆、真剣だった。戦争が終わり、人間と亜人が共存することができる世界を作ることができれば、こんな自分だって堂々と世の中を歩くことができるようになるだろうか……。

 半信半疑だった。でも、どうせ一度は死のうと思った身である。この身を世界のために掛けてみるのも悪くないと思った。人のためではなく、自分のために……。

 だが、何もかもが一筋縄ではいかないことばかり。激しくいがみ合い、争う両種族。

 人間世界と亜人世界の境界線であり、最大の激戦地である『ヴァングレイド』に単身乗り込んだ彼も、死んだ。



 そのときだった。もう何もかもがどうでもよくなったのは。



 彼は死んだ。何一つ変えることができないままに。

 結局人一人の命程度では何も変えられない。それは例え残りのレイシスのメンバー全員の命を賭したところで同じことである。そう思った。

 今では夢を見ることもやめた。その先に待っているのは絶望だけであると、この数年で嫌というほど思い知らされたから。

 — これ以上レイシスに留まる必要なんてあるのかしら…。結局世界なんて変えられはしないのに…私の居場所なんてありはしないのに…

 ステラは彼とは違う。自分の運命を受け入れられようと前向きになんてなれない。

 だが……

 『ちったあ図太くならないと気が滅入っちまうぜ』

 そんなステラを見たとき彼はよく言っていた。

 そう言われたとき、ステラは必ず言い返していた。少し、苛々した眼差しを向けて。

 『どうしてあんたはそう呑気にしていられるの ? 自分の運命を呪ってはいないの ?』

 『最初は呪っていたさ。だがいくら呪ったところで何も事態は変わりはしない。それならばいっそこの身体でしか出来ないことをやるしかねぇ、って前向きに考えてるだけよ』

 彼はいつも笑っていた。それは後ろめたさなんて微塵も感じさせない、真っ直ぐな笑みだった。

 彼には呆れと同時に羨望のようなものを感じていた。彼のように自分に正直に生きていけたら、どれほど楽になれるだろう。どれほど心が解放されるだろう……。

 「私は…私はどうしたらいいのかしらね。ジュドー……」

 思い出に投げかけた問いは返ってこない。

 彼は……ジュドーはもういないのだから。

 空になったグラスの氷がカラン…と転がる小さな音がステラの耳には妙に淋しげに響いた。

Re: 星屑の涙 ( No.29 )
日時: 2011/03/11 23:45
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 「これでよし……と」

 「んん…… ? よっ、よっ、はっ……っと」

 すくっ……と立ち上がり、ぐるぐるぐる……と両腕、首を回し、足を上げたり下ろしたりと、意味不明な動きを繰り返しているのはリィーガーだ。

 端から見れば完全に挙動不審者だが、彼にとって意味のある大変重要な行動であった。

 「おぉ、こりゃあすごいぜ ! ありがとうよ、セルフィー。お陰で随分体が軽くなった気がするよ。やっぱあんたを連れて来て正解だったぜ」

 「いえ、そんな……」

 一仕事終えたセルフィーは照れ臭そうに笑いながら額の汗を拭い去った。

 ホテルから程近い場所に位置する廃工場にやって来たセルフィーは、工場内に置き去りにされた工具と資材を利用して一緒に来てもらったリィーガーの整備を始めた。

 工場は広く、最近になって放棄されたもののようで、完成間近のエア・ライドなんかも何機かそのまま置き去りにされていたし、資材も有り余っていた。

 アンドロイドの整備をするのは初めてだったが、リィーガーの様子を見るに、どうやらうまくいったようである。

 セルフィーがやりたかったのは自分の技術を誰かのために役立てること。戦争のために生かすことではない。これまで感じたことのない充実感と胸の高揚を感じていた。自分が何かしてもらったわけではないのに、こんな気持ちになるのは初めてである。言葉で何という風に表現すればよいのかは分からなかったが、とにかく嬉しかった。

 「それにしても、この調子だと俺の体も随分ガタがきてたみたいだな。このままずっと整備不良のまま旅を続けていたかと思うとぞっとするぜ。下手すりゃそのうち機能停止しちまってたかもしれないな」

 「今までちゃんとした整備をしてなかったみたいですけど……どうしてなんですか ? アンドロイド専門の製造工場は少なくないですし、それにライド・ショップの技師にも簡単な整備くらい出来る人ならたくさんいますよ ?」

 「ああ、確かにな。だが俺だけ整備してもらうわけにはいかないだろ ? ラグナだっているんだ。そりゃあ抜け駆けってもんだぜ」

 「あ……そうか」

 納得して頷くセルフィー。確かにアンドロイドのリィーガーだけならいつ、どこの工房でも整備は可能だったのだろうが、サイボーグのラグナは別である。非合の命である彼の存在を世間に知られるわけにはいかない。リィーガーのように気軽にどこかの工房に整備を頼むことはできなかったのだ。

 どうりでセルフィーをあっさりとレイシスに迎え入れてくれたはずである。

 野放しにしてサイボーグの存在を世間に言い触らされる危険を冒すより、仲間に入れてしまった方が賢明だ。セルフィーは機械技師なのだから尚更のことである。彼らにとっては二人の整備をすることができるセルフィーは大歓迎だったはずだ。

 それにしてもラグナのことを気遣かって自分まで整備を受けないとは、リィーガーも律儀である。

 「ま、この際だから、ほかにも聞きたい何でも聞いてくれよ。まだレイシスに入ってばかりで分からないこともたくさんあるだろう」

 「あの……それじゃあいろいろお聞きしますけど……。
 確かレイシスを『あぶれ者』たちの集まりって言ってましたよね ?  あれってどういうことなんですか ? リィーガーさんやラグナさん、ガロンさんが普通の人間じゃないってことは分かりますけど、ステラさんは普通の人間に見えますし……」

 「ああ、なんだ。そんなことか。
 簡単だよ。あいつも普通の人間じゃないってことさ」

 「………… ?」

 言葉の意味を理解しかねセルフィーは首を傾げる。

 「はははは、それだけじゃあ分からないか。真意は実際にその目で見て確かめるといいさ。俺が説明するよりそっちの方がいいだろうしな。
 だがな……姿、見た目がどうであれ、俺達が種族の差異なんて関係ないと思っているのは事実だ。それが俺達がレイシスである理由さ。
 レイシス……っていうのはな、全ての種族が平等で一つになれるように願を掛けて俺とガロンが考えて付けた名前なんだ」

 「あ、なるほど……」

 リィーガーの言葉を聞いてセルフィーはようやくレイシスの名前の意味を理解した。

 『種族』の意味を持つ『race』という言葉がある。これを複数の意味で表した『races』として『レイシス』というわけだ。



 全ての種族が平等になれるように……。



 この名前にはリィーガーとガロンの思いが込められている。

 レイシスの存在は世界にほとんど認知されていない。少し前までセルフィーだってレイシスのことなんて知らなかった。誰も彼らの活躍になんて期待していない。

 だが、それなのに彼らは戦い続けている。

 常に危険に身を置き、体をボロボロにしてまで。

 それほどまでに彼らの意志は強いのだ。リズ=フランドールの意志を継ぎ、人間、亜人の両種族が真に手を取り合って暮らしていける世界をつくろう……と。

 「それから……もう一ついいですか ?」

 「ああ、もちろんだ」

 「ラグナさんのことなんですけど……」

 「ああ、あいつのことか」

 矢庭にリィーガーの表情が真剣なものに変わる。この状況でラグナの名を口にしたセルフィーが一体何を聞きたいのか、ということを早くも察したようだった。

 セルフィーも、それを聞くのは少しだけ怖かった。だがこれから一緒に旅を続けていく上で、そのことは絶対に知っておかなければならないことだと思っていた。

 「ラグナさんは、一体どうして………」

 「ああ、分かってる。
 『一体どうしてサイボーグなんかになったのか』……だろ ? ま、確かにちゃんと説明しておかなきゃならなかったよな」

 非合法の下、生み出された生命……サイボーグ。

 なぜラグナが、そのような存在になってしまったのか。

 レイシスに入ってから右も左も分からず、ただバタバタしてばかりだったからすっかり聞くのを忘れていたが、セルフィーがレイシスと関わって一番最初に驚かされたのが、ラグナがサイボーグだと知った瞬間だった。

Re: 星屑の涙 ( No.30 )
日時: 2011/03/11 23:45
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)


 「あの……ラグナさんとは、ラグナさんがサイボーグになる前からお知り合いなんですか ?」

 「ああ、まあな。元々あいつの親と知り合いでな」

 「親 ?」

 「ああ……。産みの親、じゃなくて、育ての親の方だけどな。あいつは亜人に育てられたんだ。まだ人間と亜人が共存してた十年くらい前からの話だから、そんなに不思議な話でもないだろ ?  
 あいつの親……リデルは亜人の中でも優れた機械技師でな。小さな工房でエア・ライドの製造をしながら、俺も定期的に整備してもらってたんだ。
 そのときだな。ラグナとも知り合ったのは。そのときはまだ十二、三歳くらいだったかなぁ。工場の裏でいつも機銃剣の訓練をしていたのを覚えてるよ。……今と違って全然使いこなせていなかったけどな」

 リィーガーは目を閉じ、遠い昔を懐かしむように微笑を浮かべた。
 
 彼が口にしたリデルという名……。確かラグナがエア・シップの中で口にしていたのと同じ名前だ。彼は自分の育ての親のことをセルフィーに話していたのだ。それがまさか亜人だとはセルフィーは思っていなかったが……。

 「とにかくあいつは昔から生真面目というか、ひたむきというか、とにかく一途で真っ直ぐなやつだったよ。しょっちゅう工場に行くアンドロイドの俺にも興味を持ってくれてな、行く度に話し掛けてきてくれてたよ。そんなわけで俺たちは家族ぐるみで親しくしていたんだ……。
 あのときまでは……な」

 そこでリィーガーは言葉を切り、怒りにも、悲しみにも似たような表情を浮かべる。

 「全てはこんな下らない戦争のせいだよ。
 五年前……戦争が起こったばかりの頃だ。ラーヴァリアでセルフィーがいたエア・バスターの製造工場が襲われただろ ? それと同じようにリデルの工場も襲われたんだ。
 リデルは死んだ……。殺されたんだ。……人間にな。あいつは優秀な機械技師だったから、そんな亜人の工場が人間に牙を剥くような兵器を造りかねんと思われたんだろうな。
 そしてラグナも殺されかけた。亜人と一緒にいるからって……そんなくだらない理由でな。 
 瀕死だったあいつを、定期整備のためにたまたま工場を訪れた俺が助けたんだ。
 ひどい傷だった……。普通に病院に運び込んで手当てをした程度ではまず間違いなく助からなかっただろうな。助ける方法は一つしかなかった。それが……」

 「サイボーグ化……というわけですね」

 セルフィーはゴクリ、と生唾を呑んだ。

 リィーガーは小さく頷く。

 「ああ……。もちろん非合法だということは知っていた。元政府の者としてそんな技術に手を出すことも気が引けた。
 だが……どうしようもなかったんだ。他に手の施しようがなかった。リデルの倅をどうしても死なせたくなかったんだよ……。
 サイボーグ化したからかどうかは分からないが……ラグナは俺にもほとんど口を聞くことはなくなった。
 それに……記憶まで失っちまった。今では自分のことを完全に機械人形だと思っちまってやがるみたいだ。正真正銘の機械人形の俺の方が人間らしいなんて……皮肉な話だ」

 苦笑するリィーガー。

 それは二人に初めてあったときセルフィーも感じたことだ。

 なんて冷たく、無感情な人間なんだろう……と。

 だが、背後にそんなに辛く、悲しい過去があったなんて知りもしなかった。

 話を聞いている間中、セルフィーの体は小さく、小刻みに震えていた。聞いているだけで辛く、胸が締め付けられるような気持ちでいっぱいだった。つい先日、ラグナと似たような体験をしたばかりだから尚更だった。

 「……だがな、俺は思うんだ。あいつはリデルを殺されちまった悲しみを封印するために、自ら心を閉ざしちまったんじゃないか……ってな。
 その証拠に、あいつは黙って俺達に着いて来ている。ヤツに戦いなんて望んでいないのに……。
 もしかしたら自分と同じような悲劇を、ほかの誰かに繰り返してほしくないと思っているのかもしれんな」

 「そう……なんですか……」

 小さく震える唇で、何とか言葉を紡ぎ出すセルフィー。

 話を聞いたことは後悔はしていない。だが受け止めるには、あまりにも重過ぎた。

 親を殺されてしまったラグナの気持ちは何となく分かるつもりだ。彼女自身もつい先日叔父を殺されているのだから。

 だが……そんなこと軽々しく口には出せなかった。

 セルフィーには、サイボーグと化した彼が一体何を思っているのか、どれほど深い悲しみを抱えているのかなんて分かるはずがない。彼の気持ちを知っているのは彼だけ。似たような体験をしたからといっても、セルフィーは助かった。全く無傷の状態で。

 対してラグナは殺されかけ、命をつなぎ止めるためにサイボーグになったのだ。そこに二人の決定的な差がある。

 もしも自分が殺されかけていたら……助かるためにサイボーグと化していたとしたら……。

 そう思うとぞっとした。だがそんな気持ちはラグナの存在を否定することになるのではないか……。そんな複雑な思いもあった。

 複雑な表情で悩むセルフィーを見て、少しでも気持ちを晴らそうとしたのか、リィーガーはパッといつものような明るい笑みを浮かべる。

 「おっと、俺がこんなこと言っていたなんて言うなよ ? 確かにあいつに『着いて来い』だなんて言ってないが、あそこで見捨てられたら普通だったらグレちまうからなぁ。そりゃあ言わなくても着いて来るのが正解ってもんだぜ。
 次はラグナの整備をするんだろ ? そこら辺にいると思うから呼んで来てやるよ。ほかに気になることがあるんならラグナに直接聞いてみな ? もしかしたら答えてくれるかもしれないぜ」

 冗談めいたことを言ってリィーガーは笑いながら部屋を後にした。

 だがセルフィーの胸の内に落ちた一筋の暗い陰はとても晴れそうにはなかった。


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