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星屑の涙
日時: 2011/03/08 19:46
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 初めまして!初投稿っす!
 グダグダな感じの長編ものですが、お気軽に読んでもらえたら嬉しいっす!
 イラストも一応投稿してるんですが、小説には載せられないみたいですね……残念です。


 〜あらすじ〜

 技術革新により人々が大空へ羽ばたく手段を手に入れ、産業文明が発達した時代。
 世界には大きく分けて二つの種族が存在していた。

 人間と……そうでない者、亜人。

 相容れぬことのできなかった二つの種族間に巻き起こった戦争。
 日に日に激化し、全世界を巻き込んでいく戦争を、裏で操る者たちがあった。
 身寄りを亡くした機械技師の少女セルフィーは、戦争を煽る者たちの正体を探り、二つの種族間による戦争を終わらせようとする、『あぶれ者』たちの集団レイシスと出会う。その出会いは彼女の、そしてレイシスの運命を大きく変えることになる……。



 〜登場人物〜

○ラグナ=ハーディス
 年齢 22歳
 戦争を終結させるために結成された人間、亜人のどちらにも属さない中立集団レイシスのメンバーの一人。ある出来事がきっかけで『人』としての心を失った。非常に無口で、自分の感情を表に表すことはほとんどないが、唯一、星の話になると多弁になる。 

○セルフィー=リーザス
 年齢 17歳
 身寄りをなくし、一人工業都市ラーヴァリアにやって来た少女。機械技師として高い腕を持ちながら、自分の心の弱さゆえに人のために生かすことができず葛藤している。

○リィーガー=アクシオム
 年齢 不詳
 レイシス結成当時からのメンバー。アンドロイドでありながら、自ら積極的に人に介入していく陽気な性格の持ち主。レイシスに対する思い入れはメンバー一強い。

○ステラ=ストラーダ
 年齢 25歳 
 レイシスの一人で唯一の女性メンバー。いつも不機嫌で、レイシスの中でも協調性に欠けている。何故か厚手のコートやニット帽で全身を被い隠すようにしている。

○ガロン=グラウサー  
 年齢 35歳
 レイシスのメンバーの一人で、黒豹の出で立ちをした亜人。冷静沈着で頭の回転も速く、レイシスの参謀的な役割を果たしている。


 〜目次〜

第一章 非業の改造人間 …… 1

第二章 始動! …… 23

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Re: 星屑の涙 ( No.21 )
日時: 2011/02/04 06:34
名前: 篠原 勇 (ID: p8.Ij.U2)

 「さて……と、こいつらはどうするかな」

 やおら無防備に倒れている男に歩み寄るリィーガー。しゃがみ込み、有無を言わさず男が被っている覆面を剥ぎ取る。

 そこにあったのは人間の顔ではなかった。

 赤黒いごつごつとした肌、いびつな形の鼻、尖った耳、剥き出した牙……。どう見ても人間の顔ではなかった。 

 「亜人…… ?」

 「そうだ。こいつらがこの辺りに潜伏しているって情報を掴んだから、ここまでやって来たのさ。
 どうやら亜人内部の過激派らしいな。襲われたのはこの工場だけではないし、潜伏していたのはこいつ等だけではない。
 集団でエア・バスターやバトル・シップの生産の中心都市で破壊活動を行おうとしていたらしいが……。全く、命知らずなやつらだぜ。
 だがまぁ何にしても、軍の人間よりも先に発見できてよかったよ」

 人間と亜人が一緒に暮らしていたのは少し昔の話。戦争が起こってからは完全に住み分けが終わったはずである。もし今、人間世界で亜人が発見されれば、それこそ大騒ぎだ。

 しかし……そんなことよりも、セルフィーには気になることがあった。

 今のリィーガーのセリフ。

 彼らは人間世界に潜伏する亜人のことを知っていた。そして、どうやらそれを確保するためにやって来たらしい。本来ならばそれは軍の人間の仕事である。そして、その処刑も……。

 「そ…そうか……。貴様ら、『レイシス』だな…… ?」

 弱々しい声が背後から聞こえた。

 振り返る一同。先程ラグナに蹴りを喰らって倒された男が、膝を震わせながらも何とか立ち上がっていた。まだ覆面を被ったままだが、おそらく、彼も亜人……。

 「レイシス…… ?」

 「……………」

 亜人が突然口にした聞き慣れない言葉を耳にして眉を潜めるセルフィー。

 リィーガーたちは何も答えず、ただ押し黙っている。

 「人間からも……亜人からも見放された連中で結成された、『あぶれ者』どもの集団か……。各地で紛争が起こるたび仲介に入り、終結して回っていると聞く……。成る程、腕だけは確かなようだ。
 だが……まさかお前たち、戦争を終わらせようなんて大それたことをするつもりじゃあないだろうな ?
 くはっ……はははははは !!
 無駄だ ! 無駄なことだぜ ! 火の付けられた亜人たちの勢いはもはや止めることができん。今こそ人間どもの長きにわたる愚行が裁かれるときなのだ !
 例え紛争を終結させたとしても、俺たちの人間に対する憎しみは変わることはない ! 決して……な」

 「……かもしれないな」

 法廷で罪人の罪を暴くかのようにヒートアップする亜人の男とは対象的に、冷めた口調でリィーガーは言った。          

 「俺たちはただ真実を見極めたいだけさ。
 人間と亜人、なぜ相容れることができないのか。一体何が正しくて、何が間違っているのか。それを知ることは、お前の言う『あぶれ者』の俺たちにしかできないと思っている。
 そして……両者の間に真の掛け橋を作ることもな。
 真実を見極めることができれば、戦争はきっと終わらせられるし、両者のわだかまりも消せるはずだ。……時間は掛かるかもしれないけどな」

 「そ……そんなものは奇麗事に過ぎん ! 」

 「かもな。だが、奇麗事ってそんなに悪いことか ? 理想論かもしれんが、人間も……亜人も……種族の差異なんて関係なしに平等に暮らすことができる世界をつくることができたとしたら、素晴らしい世界になるとは思わないか ? 」」

 「うっ………」

 今度は亜人が押し黙る番であった。何も反論できない……。いや、それよりもリィーガーの迷いのない真っすぐな言葉に黙らせられたという感じであった。

 「ま、そんなことをこの場で語っても仕方ないか。
 それよりも、お前。動けるのなら仲間を連れてさっさと自分たちの領地へ戻れ。騒ぎが大きくなって人が集まって来るまえにな」

 「なっ…… ?!」

 絶句する亜人。ほとんど死ぬ覚悟でここまで来たらしい。

 「殺さないのか…… ?」

 半信半疑で問い掛ける。リィーガーは呆れたように溜め息をついた。

 「俺たちは人間、亜人のどちらかに肩入れするつもりはないよ」

 「くっ……、礼など言わんぞ」

 亜人は戸惑いながらも吐き捨てると、倒れているもう一人の亜人を担ぎ上げ、工場から去って行った。


Re: 星屑の涙 ( No.22 )
日時: 2011/02/04 06:36
名前: 篠原 勇 (ID: p8.Ij.U2)

 「すまんな、お嬢ちゃん。俺たちがもっと早く来ていれば、誰も死なせずにすんだ」

 息を引き取ったマードックを丁寧に葬った後で、リィーガーは申し訳なさそうに呟いた。

 「いえ、そんな……」

 視線を伏せ、落ち込み気味に答えるセルフィー。

 誰にも責任なんてない。むしろ彼らが来てくれなかったら自分も殺されていた。感謝しなければならない。

 「あなたたちは一体…… ?」

 「『レイシス』。さっき言った通り、ただのあぶれ者たちの集まりさ」

 抽象的な答えが返ってくる。しかし、セルフィーが知りたいのはそんなことではなかった。まだ混乱していたが、頭にかかった靄を晴らすように質問をとばす。

 「戦争を終わらせる、って言ってました。あれって本気なんですか ? 一体どうしてそんなことをしようだなんて思ったんですか ?」

 セルフィーの質問に困り顔になるリィーガー。やはり、あのアジトのときと同様、あまり多くを語るつもりはないらしい。

 「あんた、あまり私たちに関わらない方がいいわよ。さもないと命を落とすことになるわ」

 リィーガーの代わりに口を開いたのはステラであった。相変わらず不機嫌な……というよりも、敵意すらこもっている口調である。

 そこまでして彼らが他者を拒絶する理由は一体何なのだろうか。彼らが本当に戦争を終結させようとしているのなら、むしろ多くの人の協力を得た方がいいのではないか。

 セルフィーがさらに問い掛けようとしたそのとき、突然それを遮るようにラグナが持っていた小型通信機が鳴った。

 「ラグナだ」

 通話中、ラグナがそれ以外の言葉を発することはなかった。相手が一方的に喋っているのか、はたまた会話の内容を聞かれたくないのか……。

 しばらくしてラグナは通話を切った。

 「どうした ?」

 「海港都市サンタマリーで不穏な動きあり。未確認だが……『例の組織』が絡んでいる可能性もあるようだ」

 ラグナは簡潔に通話の内容を伝えた。セルフィーは完全に蚊帳の外である。

 「サンタマリーか……。ここからならクイーンズヴェール空港から直行できるはずだ。
 ラグナ、ステラ」

 無言で頷く二人。通信の内容はよく理解出来なかったが、今の一言が出発の合図であることだけはセルフィーにも分かった。

 — 行って……しまうの…… ?

 ここで別れれば、おそらくもう二度と出会うことはないだろう。



 「あ……あの……、わ……私も連れて行って下さい !」



 言葉は咄嗟に口を突いた。何故そんなことを口走ったのか、セルフィー自身にも分からない。

 一人ぼっちになるのが嫌だった……。確かにそれもあるかもしれない。

 しかし、それ以上に彼らのことを放っておけなかった。戦争を終結させようとしている彼らの行動を、他人事として終わらせたくなかった……という気持ちが強かったのだ。

 何が出来るのかは彼女にだって分からない。だが、ずっと父のように誰かの役に立つことがしたかったのだ。きっと彼女にも出来ることがあるはずだ。

 「……私も知りたいんです。人間と亜人が何故相入れることが出来ないのか……。それに、戦争を終わらせることに協力したいんです !
 だから……お願いです !」

 「ふざけたことを言わないで。あんたなんか連れて行けるわけがないでしょう ? 確かに協力者は必要だけど、足手まといは必要ないわ」

 「で…でも……」

 「しつこいわね ! さっき命を落とすかもしれないと言ったのを聞いていなかったの ? !
 私たちのやっていることは、あんたの甘っちょろい正義感なんかだけでやっていけることじゃあないのよ ! 」

 怒号を浴びせつけるステラ。もし彼女が銃でも持っていたら一気に引き金を引きそうな勢いであった。

 「まぁ待てよ、ステラ」

 すると、激昂するステラをリィーガーが制した。ゆっくりとセルフィーの方に向き直る。

 「お嬢ちゃん、機械技師なんだろ ?」

 「あ……はい !」

 リィーガーの問いにセルフィーは直ぐさま頷いた。リィーガーは顎に手を当て、何やら頭を捻りながら、

 「どうだ、ラグナ ? 俺達も長い間戦い続けてきて大分体にガタがきている。これからも戦いは激化し続けるだろう。素人整備にもそろそろ限界がある。ここらへんできちんとした整備ができるプロをメンバーに入れておきたくはないか ?」

 「ち……ちょっと !」

 焦りの声を上げるステラ。まさかリィーガーがそんなことを言い出すとは予想だにしていなかったようだ。彼女としては全員一致でセルフィーの同行を拒むと思っていたのだろう。つかつかとリィーガーの側まで歩み寄ると、

 「あんた一体何を言っているの ? 一般人が私たちと行動を共にすることが一体どれだけ危険なことかくらい、あんただって分かって……」

 「ああ、分かっている。だがな、ステラ。さっきも言ったが、これからも戦いは熾烈さを増していくだろう。今までのような素人整備で戦いに臨んでいては俺達まで命を落としかねん。だからこそ言っているのさ。心配するな。何も彼女を危険な目に合わせたりはしないさ」

 リィーガーの言っていることは正論のようにも聞こえたし、ただの屁理屈のようにも聞こえた。

 ステラはなおも食ってかかろうとするが、説得するのは無理と諦めたのか、忌ま忌ましげにそっぽを向いた。

 「フン、勝手にするといいわ。
 ……ったく、あんたのお人よし加減にはへどが出るわ」

 ステラの言葉を聞いて、満足げにニカッと白い歯を見せて笑みを浮かべるリィーガー。そのまま視線をラグナに移す。

 「ラグナはどうだ ?」

 ラグナは問いかけるリィーガーにも、そしてセルフィーにも目を向けなかった。代わりに短く、簡潔に答える。

 「ノー・プロブレム」

 「よし、決まりだな」

 そして最後にセルフィーの方に笑みを向けた。

 「……というわけだ、お嬢ちゃん。レイシスの活動は厳しいぜ。覚悟はできているか ?」

 「みなさん……」

 セルフィーの胸の中に、昔、父から大空に対する夢を聞いたときのような高揚感が込み上げてくる。

 「はい ! ありがとうございます ! 」

 「……そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。何ていうんだ ?」

 「セルフィーです。セルフィー=リーザス」

 「よし、セルフィー。聞いていたな ? 次の目的地はサンタマリーだ。行くぞ !」

 「あっ……。は、はい !」

Re: 星屑の涙 ( No.23 )
日時: 2011/02/04 20:38
名前: 篠原 勇 (ID: p8.Ij.U2)

 〜 第二章 始動 !〜



 事の発端は、五年前……亜人側の最高指導者リズ=フランドールが殺されたことであった。



 人間と、亜人。



 世界に存在する両種族の間には、古くから大きな確執があった。

 亜人の中には言葉を操ることもできない知能の低い種族も多い。そのため昔、人間は亜人たちを劣等種として位置付け、彼らを奴隷のように酷使していたのだ。

 だが、亜人たちの長きにわたる解放運動、そして人間側に理解ある指導者が現れ、時代の流れと平和主義思想の流布が両者の平等を望むようになったことにより、両種族は対等として扱われるようになった。



 人間側の政府の代表者デュオル=バスクードと、亜人側の最高指導者リズ=フランドール。



 両者が互いに手を取り合い、両種族が真に平等になれる世界をつくっていくため、人間、亜人の連立政府を結成したのだ。表面的な対等ではない、両者が真に分かり合える世界を作ることを目指して。



 しかし……多くの人間の心の中には依然として亜人に対する根強い差別感情が残っていたし、亜人の人間に対する怒りもまた然りであった。



 そして……五年前。



 リズ=フランドールは何者かにより暗殺された。連立政府内で。

 一体誰が、どうやって殺したのかは分からない。ただリズの自室に、その死体だけが残されていたのだ。

 だが、亜人たちの推測は一貫していた。



 差別感情を残す、人間たちが殺したに違いない……と。



 やっと結成にこぎつけた中立政府内でのリズの殺害。亜人たちの我慢はもう限界だった。

 皆一斉に武器を掲げた。対等だなんて生温い。今度は自分たちが人間より優位に立つ番だ、人間たちを奴隷としてこき使う番だ……と、口々に叫びながら。

 そしてそれに応じるように空軍も政府の統帥権を離れ暴走し、両者は再び真っ向から衝突することとなったのである。

Re: 星屑の涙 ( No.24 )
日時: 2011/02/04 20:39
名前: 篠原 勇 (ID: p8.Ij.U2)

 グランフォードの街は閑散としていた。

 デュオル=バスクードとリズ=フランドールが互いに手を取り合い、成立させた連立政府の本部を置くこの街。

 平和の都。理想郷。

 かつて平和の象徴としての二つ名をほしいままにしていていたはずなのに、リズ=フランドールが殺され、大戦争が巻き起こってからは、憎しみの渦巻く種族差別の中心地としての方がよっぽど有名となってしまった。

 今や政府の要人や民衆のほとんどが紛争の発祥地であるこの街から離れ去っている。

 そんな街にも、今でもごく数名の人間が残っていた。

 『そうか……。ラーヴァリアでそのようなことがあったのか……』

 小型通信機のモニターに映っている男は眉間に皺を浮かべながら呟いた。

 年齢は五十歳前後ほど、口元に蓄えたデ逞しい髭に、オールバックに纏め上げた銀髪。厳格さと凛々しさを兼ね備えた顔立ち、それに引き締まった筋肉質の肉体は年齢を感じさせない若々しさを醸し出していた。

 デュオル=バスクード。

 かつての人間政府の代表者である。

 今でも彼は部下とともに連立政府本部に残り、戦争勃発して以来ずっと寝る間を惜しんで終結に向けて尽力している。

 無人となり果てたこの街に残り続けるのは、自分たちの手で築いたこの場所を再び平和の象徴として再興させようという強い思い入れがあるようだ。

 「うむ。かなりの数の亜人が潜伏し、大規模な破壊活動を行おうとしていたようだ。残念ながら死者も出たが……被害は最小限に留められたと言っていいだろう」

 『そうか……。ともあれ、君たちが無事で何よりだ。御苦労だったな』

 「それから……メンバーが一人増えた」

 『ほう ?』

 「リィーガーたちが駆け付けた工場にいた機械技師の娘のようだ。ラグナや自分の体を整備するために必要だと判断し、加入を認めたらしい」

 『人間……か ?』

 「そうだ」

 『君たちが認めたというのなら私は何も言わないが……。君たちの活動は過酷なものだ。大丈夫なのか ?』

 「私もまだ会ってはいない。だがリィーガーが認めたのだ。私は信用している」

 『そうか。ならば私もそうしよう。これまでもそうしてきたんだからな。
 ……それよりも、今回のサンタマリーの件は、戦争の今後を左右する大きな事件になりそうだ。くれぐれも注意してほしい』

 「うむ。だが、これを乗り切れば戦争の終結に一歩でも近づくことができるかもしれぬ。任せておいてくれ」

 『ああ。頼んだぞ……レイシス。
 落ち着いたらまた連絡をくれ。そのときにまた『彼』の様子も詳しく聞かせてほしい……』

Re: 星屑の涙 ( No.25 )
日時: 2011/03/06 21:10
名前: 篠原 勇 (ID: 3hRC.vr4)

 クイーンズヴェール空港はラーヴァリアと各主要都市とを繋ぐ空の交通網である。

 技術革新で人々が大空へ羽ばたく翼を手に入れてから航空施設は劇的に発展した。しかし戦争の影響のせいか、十数機もの大型のエア・シップが並んでいるにもかかわらず空港に見える人影は疎らである。

 セント・アリエス号。

 ラーヴァリアとサンタマリーを繋ぐ船の名だ。

 セルフィーたちの姿はその中にあった。乗客二百人近く乗せることが出来る機内にも人影はほとんど見えない。機内アナウンスとエンジン音だけが寂しく響いているだけであった。

 機内の右翼側の列のほぼ真ん中、一番右側の窓際の席にラグナ、左側の通路側の席にリィーガー、真ん中の席にセルフィーが、肩を縮めて狭そうに座っている。

 ステラはというと、一人離れた少し後方の席で不機嫌そうに窓の外を眺めていた。

 「わざわざ並んで座る必要もないでしょ ?」

 チケットを買うときにそんなことを言っていた。どうやらあまりまとまって行動するのが好きではないらしい。

 空席の目立つ静かな機内で言葉を発するのは少し躊躇われたが、気になることがあったセルフィーは勇気を出して隣に座るリィーガーに問い掛けた。

 「あの……さっき電話で話してたことなんですけど……」

 「うん ?」

 「えっと……『例の組織』……って何なんですか ?」

 あのとき、マードックの工場で……。電話で誰かと喋っていたラグナが口にしていたことである。その口ぶりは相変わらず無感情で、『例の組織』がどのような存在なのかは窺い知ることはできなかったが、レイシスの今後の行動に関わってくることは間違いなさそうである。

 セルフィーの言葉を聞いた途端、リィーガーの目付きが変わった。

 「聞きたいか ?」

 何やら含みのある言い方で問い返す。

 「その話を聞いたら後には引き返せなくなっちまう。それでもいいのか ?」

 セルフィーの決意がどれほどのものか試そうとしているのか。その言葉は脅しにも聞こえた。

 しかし、元より引き返すつもりなどない。セルフィーは無言でコクリと頷いた。

 「よし、覚悟はできているみたいだな。教えてやるよ。ただし、向こうに着いてからな。ここじゃあそんな物騒な話は出来ないからな」

 人が少ないとはいえ、核心に触れるような話はできないようだ。彼らが他者を拒絶するのは、少しでも自分たちに巻き込んでしまう可能性を排除するためなのかもしれない。

 リィーガーがそういうのならばこの話はもう終わりである。

 再び機内に沈黙が流れた。

 視線のやり場に困ったセルフィーは、先程からずっと黙っているラグナの方にちらりと目をやった。ラーヴァリアのアジトでのように目を閉じているのかと思いきや、意外にもラグナは何やら熱心に窓の外を眺めている。

 無感情な彼を夢中にさせるものが気になり、セルフィーも同じ方向に視線を注いだ。

 ラグナの視線は上を向いている。満天に輝く星々を眺めていたのだ。

 雲の上を飛ぶセント・アリエス号から見上げる夜空を遮るものは何もなく、一つ一つの星が自己の存在を顕示するようにはっきりと輝いている。それにいつもよりずっと大きく見えた。

 「ラグナさん……星を見るのが好きなんですか ?」

 ラグナが初めて見せる感情の片鱗に、自然と口が開いた。

 しかし、質問をした後でハッとする。思えばまだラグナとはまともに会話をしたことがないのだ。しかも極端に無口な彼である。まともに答えを返してくれるのか、急に不安になってきた。

 「知っているか ?」

 しかし予想外にラグナはすぐに口を開いた。ただし、それは質問の答えではなかった。

 「え ?」

 「星がなぜ輝いているのかを」

 「星が……なぜ輝いているのか ?」

 いきなり聞かれてキョトンとするセルフィー。まさかラグナがそんなことを聞いてくるとは思っていなかった。

 もちろん知っている。諸元素の核融合エネルギーによって輝いているのだ。当時まだ星々の神話を信じていたセルフィーは学校でそれを学んだとき大いに落胆したものだ。

 しかし、ラグナの用意した答えは違っていた。

 「空は命尽きし者たちが召される第二の世界だ。
 星々は彼らの魂……。
 彼らはこちらの世界に遺された者達に自分の存在を示すために輝いているんだ。
 住む世界が違っても、心はいつでも繋がっている……。
 俺たちはそのことを忘れてはならないんだ。いつまでも……な」

 予想外の言葉だった。ラグナがいつも以上に多弁だったことにも驚いたが、そんなことを言うなんて思っていなかった。

 そんなの迷信だ。セルフィーは思った。

 しかしラグナの目は真剣だった。純粋であった。本当に信じているのだ。あのときの……両親を亡くして間もない幼い頃の自分のように……。

 嘘だなんて言えなかった。真実を知ったときの絶望感と悲壮感を、セルフィー自身誰よりもよく知っているから。

 「誰か……あの中に大切な人がいるんですか ?」

 セルフィーは話を合わせることにした。サンタクロースの存在を信じている子どもの夢を壊すような真似はしたくなかった。

 「リデル」

 「え ?」

 「俺の親だ」

 ラグナは星のことになるとよく喋る。

 「あそこに輝く星だ」

 ラグナは星空に向かって指指した。どれがどれか分からない。みんな同じ星に見えた。だがラグナにはどの星がリデルなのかちゃんと分かっているらしい。

 昔はセルフィーもそうだった。一つ一つの星の輝きの違いや位置なども分かっていた。どの星が父でどの星が母かちゃんと知っていた。……というよりも信じ込んでいた。

 「お前の大切な人はあの中にはいないのか ?」

 言葉に詰まるセルフィー。ラグナには自分の両親の居場所が分からないだなんて恥ずかしくて言えなかった。現実的になってしまった自分が少し悲しかった。純粋なラグナが羨ましいような気もした。

 「……いません」

 「そうか」

 ラグナは無感情に静かに目を閉じる。



 「お前は幸せ者だ」


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