ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

そして僕は右の席へ刃を向ける
日時: 2011/05/30 17:15
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

prologue

元々は……ただ横にいた、ただの……ただの、少女だった。

あれは小学校……いや、それより前の幼稚園の頃。
確か、折り紙で鶴を折る授業。
僕はなかなか形の良い鶴を折るのに手こずっていた。

ふと、頭の上に視線を感じた。
見上げると……黒髪が腰にまで届いた一人の少女が立っていた。
目が合い、花が咲いたような笑顔を向けてくる。

「いっしょにおろう?」

少女は隣にしゃがんで自分の折りかけの赤い折り紙に目を落とした。
僕はその横顔に……完全に惚れていた。
遅れて小さく「うん」と頷く。
少し暑くなり始めていた七月の…年少の頃のことだったと思う。

そして、小学校。
その少女の家は僕の家と近隣地区だったので同じ小学校へ通うこととなった。
「おっはよー、藤原君」
オマケに同じクラス。小学生になってもあの時の笑顔は全く変わっていなかった。
「藤原」というのは僕の名字。本名は藤原拓哉(ふじわら たつや)という。
何の特徴も特技も無い普通の小学生。強いて言うなら「少し周りより頭が良い」だけか。
対してあの遠藤翠(えんどう みどり)という少女は秀才で、ピアノが得意で様々なコンクールで優勝したりしているらしく、オマケにお嬢様で美人という非の打ちどころのない存在だった。学校での人気度は言うまでもない。
「何で僕なんかに声をかけてくれたりするの?」
彼女が笑顔で話しかけてくれる度に僕は定型文のように聞いた。
そして返ってくる答えも同じ。
「え?だってあたし達、幼稚園からの付き合いじゃん」
それは嘘だ。
僕の他にも彼女の幼馴染はクラスにでも沢山いる。
なのに、僕以外の人と話しているところを見たことがない。
彼女は、いつも笑顔で。
そんな彼女を愛らしく思って。
そう。……その頃からだろうか。
僕が翠を…あの少女を、
独り占めにしたいと思ったのは。
そして僕の頭がおかしくなる程、
彼女を愛してしまったのは。
そう。……僕は。
彼女を自分のものにしたくて、そして……。
僕は彼女を……殺してしまった。

Page:1 2 3 4 5



Re: Othello9 ( No.19 )
日時: 2011/05/30 17:50
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

第八話「アウトロー」

ある倉庫内にて。

「ボス!あいつら、全員殺られました!皆殺しです!」
「ふむ……」

渡辺宏一。ジョルジョ・モッツェーレの今回の標的ターゲット
「やはり、アイツは天才なのでしょうか?バケモノなのでしょうか?」
「どちらとも言えるね。数だけでは、決して彼には勝てないという事だ」
「そろそろ、『アイツ』を出した方が良いのでは?」
「そう、慌てるな。その前に……近代技術にどこまで耐えられるかちょっとしたテストをしてもらう」


「危なかったね……」
藤原は生きている心地がまるでしないとでも言いたそうな顔つきで助手席に座っていた。
「全員、素人でした。大した相手じゃ無かったですよ?」

二人は一般道から高速道路へと乗り換えた。
「というより、君もさっき渡した警棒で応戦してくれると少しでも助かった、
というのが僕の本音ですが……?」
「素人をあんな所に出て行けと言うのかい?」
「君は素人なんかじゃないですよ。もう、一般人にも戻れません」

藤原は自分の手にある警棒を見つめる。
「……一般人に戻れない事なんか……翠を殺した時から分かりきっている事だよ」

その時、後ろからけたたましいサイレンの音が鳴った。
『前の車、直ちに止まりなさい!』

「……うわっ!?盗難車ってバレたよ!?」
「そのセンは極めて薄いでしょうね。車の方では無く、僕達の方が呼び寄せたのだと思いますよ?
さっきいたカフェで私服警官でもいたのでしょう」
「とにかく、どうするのさ!?」
「君はこの車から降りて素直に出頭するつもりですか?
僕達の目的を思い出して下さい。こんな所で立ち止まっている時間は無いと思いますが?」

その頃、ローマ市警本部。
「ふふふ……変装二人組め。やっと尻尾を掴んだわい」
パメリー警部が興奮した顔でマイクを掴んで叫ぶ。
「絶対に逃がすな!どんな手を使ってもワシの前に跪かせろ!」

「渡辺君、上!」
「……警察ヘリですか。マシンガンでも撃って来る気ですか?」
渡辺のちょっとした冗談も藤原の耳には届いていない。
「神様ぁ!どうか御助けを!」
「今さら神に救いを乞いても神は苦笑するだけですよ。
ついでに言うと僕も腹痛で死にそうです」
「もう、無理だって!」
「良いですか?天才に不可能などあり得ません。
仮にあったとしてもそれを可能にするのが僕達の仕事です」

天から与えられた能力を駆使する『天才』、渡辺宏一。
天から与えられる能力に少しでも近付こうとする『秀才』、藤原拓哉。
この二人は似て、決して交差する事の無い平行線。

「渡辺君、もう1台ヘリ来たよ!?」
「そんな事……空見れば分かりますよ……」
渡辺が、チラッと横目で空を見、

「……なるほど。この追いかけっこ、どうやら僕達の方に軍配が上がりそうです。
少なくとも、僕の頭の中では勝利しか見えていません」
渡辺が、微かにニヤリと笑う。

いきなり、渡辺が車を減速させ、追いかけて来る2台のパトカーの間に割り入った。
双方からメガホンの声が浴びせられる。
『すぐに止まれ!』
『はっ!?運転してるの、ガキかよ!?』

「ちょっと五月蠅いです。藤原君、窓閉めて下さい」
『止まれ、と言っているのが分からんか!』
「それよりも……自分たちの心配しなくて良いんですか?」
『『はっ??』』

刹那。
後から来た軍用ヘリが警察のヘリを撃ち落としたかと思うと、続けてパトカーに向かって撃ち始めた。
『な、なんだ!?アイツもお前の仲間か?』
「まさか。あの人らも、僕達を狙っているんですよ」

左側のパトカーがタイヤを撃たれ、対向車と激突。
渡辺の車の後方で派手な爆発音がした。

ゆっくりとヘリが車の方へと近づいてくる。
『我々を利用するとは……さすが、天才』
今度は、パトカーでは無く上空のヘリから。
『我々が貴様を狙う為に来た、というのが分かってパトカーを壁にし我々に撃たせる、という寸法か』
もう一度、渡辺が笑う。

「惜しいです、もう一声足りませんね。……本当に浅はかです」
渡辺が片手で運転しながら左手で銃を引き抜き、照準をヘリに合わせる。
『ハッハッハッハッハ!ただのマグナムでヘリを撃ち落とせるとでも!
こっちは4基のマシンガンだ!』
「本当に残念な方々です……銃がただの弾が出る武器、と思ってらっしゃる」

渡辺が引き金を引き抜き、車を止める。
「小型高電圧製造銃です」
『まさか……EMP!?貴様、どこまで……

ヘリが不規則な軌道を描き、高速道路へと墜落した。

「ちょっと、強引すぎましたか」
「ちょ……ちょっとどころじゃないって!?何が起きたんだよ!?」
「EMP。電磁パルスです。高圧な電流を浴びせる事によって
ヘリ内の電子機器をシステムダウンさせたんですよ。
電磁パルスが起きた事により、ヘリのシステムがダウン。操作不能で自爆、という訳です」
「本当に君は……バケモノだな」
「じゃあ、そろそろ外野が五月蠅くなる前に行きますか」

二人は2台のパトカーと2機のヘリを残して再び走り出した。
渡辺は予備の携帯を持ち出し、救急への電話を通話中のまま、車の外へ放り投げた。

Re: Othello10 ( No.20 )
日時: 2011/05/30 17:51
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

第九話「底無きトレヴィの泉」

渡辺がGPSを確認する。
「あれから地点は全く動いていませんね……あのビルでどうやら当たりのようです」
「そこが……アジト」
「誘拐された城島さんに繋がる事をただ祈るばかりです……」

藤原が少し驚いた顔をする。
「……珍しいね。君が確信めいた事以外の事にすがるなんて」
「藤原君、僕は神ではありませんよ?ただの人間の一部です。
僕だって手を怪我すれば血は出ますし、病気だってします。勿論殴られても痛みは感じます」

二人は地下駐車場に辿り着いた。
車を降り、GPS受信機を持って目標の車を探す渡辺。
藤原は渡辺から渡された特殊警棒を構え、辺りを警戒する……が、その腰は完全に引けている。

「……藤原君」
「だ、大丈夫だよ!全然怖くないからね!」

だんだんと受信機から発せられる電子音の音の間隔が狭まってくる。
『ピ……ピ……ピピピ……ピピピピ……ピピピピピピ……ピピピピピピピピピピピピ!』

渡辺が電源を切る。
「……この車です」
歩みだそうとした、その瞬間。

誰かが渡辺に飛びかかって来た。
倒れた渡辺に男の持つサバイバルナイフが牙をむく。
「く……っ!!」
それを握る相手の手を顔ギリギリの所で受け止める。
「……死ね、ワタナベ!」
「くっ……僕とした事が、少し油断しましたか……っ!!」

両手で握っている為、彼の拳銃も役目を果たす事が出来ない。
「渡辺……あなた、僕の事を知っているんですか?」
「お前は今回の私たちの暗殺目標ターゲット。組織の中ではちょっとした有名人よ」

藤原は動揺していた。
「藤原君……早く!」

「僕の友達に……手を出すな!!」
藤原に応える様に、警棒が変形し、伸びる。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そして、そのまま男の顔を横から殴りつけた。


「はぁ……はぁ……」
「藤原君……逮捕します」
「…………は?」
「ですから、傷害容疑で逮捕します」
言うと、渡辺の手がいつも手錠を収めている右ポケットへと延びる。
「いやいやいや!ちょっと待って!僕は君を助ける為にやったんだよ!?」
「……言い訳は後で聞きます」
「事実だよ!現に君が『藤原君、早く!』なんて言っちゃってたじゃないか!」
「……ついには責任転嫁ですか」
「いつから君は、そんなキャラになったんだぁぁ!!」
「冗談ですよ」

しかし、若干渡辺が恥ずかしそうに
「しかし……まぁ、ありがとうございます……」
「う……ま、まぁ、いつも渡辺君には助けて貰っているし、これくらいは良いんじゃないか?うん!」
「…………………」
渡辺らしからぬ動揺さだ。相当、一般人を巻き込んだ事を悔いているらしい。
もう、手遅れと言っちゃ手遅れなのに。

「くは……。痛いよ。……超痛ぇなぁ……はは……」
男は顔の右半分から血を流しながら……なんと、立ちあがった。
「……あなたは!?」
「どうしたの?渡辺君」
「僕がパトカーで追いかけた時に運転していた人です」

「ああ、覚えてくれていたのか。……そうですよ、私の名はジョルジョ・モッツェーレ。
『赤いトレヴィ』のメンバーです」
「何故、僕達の命を狙うんですか?」
「……例の日本人誘拐事件について調べているのでしょう?」

「やはり、先輩の事件と繋がっているんですか!?」
藤原が声を上げる。
「そうだよ……だって」

ジョルジョが近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げる。
「我々が誘拐したんですから……ワタナベコウイチ。あなたをおびき寄せる為にね」

Re: Othello11 ( No.21 )
日時: 2011/05/30 17:52
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

第十話「引けぬ引金」

「僕を……おびき寄せる為に……?」
「ああ、そうだよ。……君には一度会った事があるから、君も僕の事を知っていると思うのだがね?」

「……まさか……」

そう言ったきり、渡辺は口をつぐんでしまった。
「どう……したんだよ、渡……!!」

藤原は何となく渡辺の顔を覗き込んで

すぐに目を伏せそうになった。


強気な渡辺宏一。


優れた頭脳を持つ渡辺宏一。


文句をたまにボツリと言う渡辺宏一。


笑顔をちょっとだけ見せて、藤原のからかいに顔を真っ赤にして
真面目な話に変えようとする渡辺宏一。


全てが、


消え失せていた。


ただ


怯えていた。


目の前の男に。


そして


この今の状況に。


「あ……ああ……」


ゆっくりと、英才課としての義務が、渡辺の右手をホルスターへと向けさせる。

しかし、その使い慣れた銃をもつその手も、微かに震えていた。

「おや……君にも守るべき人が出来たのかね?非常に興味深い」
ジョルジョはただ、笑う。

「僕は……警察だ……僕は……市民を……」
「守れるのかね?君の様な『ガキ』に」

ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。
「ほらほら、市民の安全を脅かされる時間が近づいてくる。チクタク……チクタク……」

すかさずジョルジョと渡辺の間に藤原が割り込んだ。
「おっと。渡辺君に何をしたのかは現状では分かりかねますが……
これ以上、何かしたら僕黙っていませんよ?」
「ほぉ……ずいぶんと立派な一般人だな。さて……一体何をしてくれるんだい!!」
ジョルジョの鉄パイプが藤原の腹に収まる。
「ぐは……っ!!」
休ませてくれる暇も無く、二発目が右肩に当たる。
グシュ、という鈍い音が地下に響き渡った。

「ぐっああああああああああああ!!」
藤原が耐えかねて、ついに地面に警棒を落とした。
「ふふふふ……右肩が潰れたなら、武器も持てまい」
「は……はは……本当に浅はかだなぁ……」

渡辺が以前使っていた言葉を真似してみる。
それだけで渡辺と同じ力が流れ込んでくる気がしたから。

子供っぽい?笑ってくれて良いさ。
僕はあの時、それだけ勝ちたかったんだ。……そして、守りたかった。


藤原は左手でもう一度、警棒を握りしめ、構え直した。
「僕は実は……両利きなんだよ!!」

立ちあがって、ジョルジョへと突っ込んで行く。
藤原の特殊警棒とジョルジョの鉄パイプが交差する。

「……分からぬ。何故、そこまでして『あの子』を守る?」
「何でかな……一回は敵同士の、身なのに……何か今は、一つの共通した、目的を持って……
僕たちは、協力してる……はは……世の中って分からないよな。
……僕が、助けを求めている時……真っ先に、頭に思い浮かんだのが……渡辺宏一、なんだもんな」

警棒とパイプの擦れた時の、焦げた匂いが鼻を突く。
「ああ……そうだよ。僕たちは、元から……敵同士……じゃ、無かったんだ。
……友達、だったんだよ。……だって、目の前で……渡辺を、あんな目にされて……。
ああ……今、久しぶりに、不機嫌だわ。……お前だけは……。
お前だけは、最っっっっ高に、ムカつくよ!!!!!」
藤原が耐えかねて、後ろに退く。

「平常心?倫理?規範?クソッタレが。
この状況でそんな事をペラペラ呟いていられるのなら……ソイツは本当の、バカだ」

「……君は、天才こっちの世界に足を踏み入れてしまった、哀れな迷い子だな」

「僕……いや、俺がどれだけバカでも哀れな人間でも良い!
俺はただ、こいつを!渡辺宏一を守る!どんな事があっても!
昔、人を殺した身とはいえ、人一人を守れない程落ちぶれてはないつもりだ!
日本人を……日本人を、ナメんじゃねぇよ!」

藤原の目は、決意の目をしていた。

ジョルジョは悟った。今のコイツの前では、どんな相手でも「勝てない」と。

「……今回は、君達の勝ちだよ。誘拐した日本人は、解放する」
ジョルジョはゆっくりと鉄パイプを下ろし、そこらに投げ捨てた。

藤原の後から、誰かが走って来た。
「……先輩?……城島先輩!!」

城島と呼ばれた女性が泣きながら藤原に抱きついてくる。
「藤原君……怖かった……!」
「はい、もう大丈夫ですよ。もう、せっかくの美人が台無しじゃないですか」

続いて、藤原は渡辺の方へと歩み寄った。
「ごめん……なさい、藤原、君…。…僕、何も……してあげられません……でした……。
君を……最後まで……守り、きれなかった……っ!!」
渡辺の目からも涙が溢れて来る。



そんな渡辺を……目の前のか弱い少年を、



藤原は、ゆっくりと包み込むように抱きしめた。

「…………!?」
「君は、よく頑張ったよ。
渡辺君、謝らなくちゃいけないのは、僕の方だよ。
……今まで、何もしてあげられなくて、ごめん。
現に……イタリア(こっち)に僕を飛ばしたのも、
顔を見たくないなんてきつい言葉を僕にかけたのも……
僕をただ…………守りたかったんだよね?」
「……………」
「君は、僕の命の恩人で……同時に、僕の友達だよ」


渡辺はただ、藤原の腕の中で泣き続けた。
子供の様に。

藤原は、

そんな渡辺宏一の様子を見て、


今まで溜めていたものを、全て吐き出している様に感じた。












「………という事は?ワタナベコウイチは死亡した、と?」
「はい。私がこの手で始末しました」
「ふむ……」
「報告は以上です。失礼します」

ジョルジョが、『ボス』の部屋から退室する。

扉を閉めてから、近くの壁にもたれる。
「……フン。面白い子達だった。……またどっかで会いたいものだよ、ジーニアス達」

Re: Othello12 ( No.22 )
日時: 2011/05/30 17:54
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

最終話「Othello」

「……で?報告は以上か?渡辺」
「はい、以上です」

小西は足を組みながら渡辺の報告を聞いていた。
彼女の手には、1つの表裏白黒の………駒。
オセロで使われる円盤状の駒だ。

小西は短くふうっ、と息を吐くと
「まぁ、マフィア絡みで生きて帰って来られたのは不幸中の幸い、といったところか。
一番にお前を派遣したのが正解だったな、うん」

渡辺は「僕が呼ばれていたんですか……」という言葉を思いっきり飲み込んだ。

「しかし……一般人を負傷させるとは、褒められた事じゃないな?」
「すみません……僕の、完全なミスです」
「ミス……か。今後、二度と無いように。……で?その方」

「は、はいっ!」

何と、藤原は今日本にいた。
負傷した右手と右肩を支える為、左肩から右手を吊っている状態だ。
処置は、英才課の医務室でやってもらった。

「名前は確か……藤原拓哉、だったな?久しぶりだな」
「はい!ごぶさたしておりましゅ!」
完全に緊張していた。

何せここは天才達が集う英才課の巣穴、通称『ガッコウ』。
一般人は決して入る事どころか存在さえも知らない様な場所である。

「ここの存在を知られてはこちらも色々と『事情』というものがあってな。
前の事件の時はイタリアへ飛ばす、という事で決着が着いたが今回は見過ごす訳にはいかない」

一瞬にして藤原の顔が蒼白する。
「……ハハハ、何も切り刻むとかじゃない。話は簡単だ」

小西が手中の駒を指で弾く。
それを空中でキャッチし、告げた。


「ここに入れ」


「……………………はっ?」
一瞬、目の前の女性から発せられた日本語の翻訳に時間を要した。

「だから、英才課に入れと言っているんだ」
「あの………僕が、ですか?」
「他に誰がいる?」
「いえ……あの……僕全然『天才』とかじゃ無いですし……」
「天才レベルの知能と体力を兼ね備えている、と渡辺から聞いているが?」
「………分かりました。よろしくお願いします!!」
「うんうん。物分かりの良い男の子は好きだぞ」

小西がニコニコ顔で、藤原の頭を撫でる。
藤原が顔を真っ赤にし、ボーッと小西の顔を眺めていた。

「藤原君……鼻の下、伸びてますよ……」
「………ハッ!?」

「おお、そうだそうだ。渡辺、お前にもスペシャルプレゼントがあるんだ」
「?」

小西が引きだしを開け、中からIDカードを出して渡辺に手渡す。
「……これは!?」
「リーダーズカードだ。今日からお前は『英才課重犯罪捜査担当長』だ。
今回のイタリアでの件によって、教官全員一致で承認された」
「ちょっと待って下さい!……まだ、僕は……っ!!」
「何だ、教官の命令に背くのか?今日から重犯罪捜査班の全権はお前が握るんだ。
よろしく頼むぞ」
「………謹んで、お受け致します」

「うむ。で、次に藤原拓哉の配属先だが……」
「新入訓練生は初めは軽犯罪捜査班か鑑識班に配属され、そこで経験を積んでから優秀な人材を
重犯罪捜査班に配属します。ですが、僕の見解からして、彼の能力から軽犯罪捜査班でも良いと…」

「今日をもって、新入訓練生 藤原拓哉を……重犯罪捜査班へ配属する」

渡辺は、体に電流が走ったかと思った。
「重……犯罪、捜査……?」
「そうだ。……君ならいけるだろう。……期待しているぞ?」
「は、はい!頑張ります!」

「君は重犯の訓練の厳しさを知らないからそんな軽々しく返事出来るんですよ!
副部長!新入生にいきなり重犯は無茶すぎます!」
「そりゃあ……お前が何とかしたまえよ、リーダー」
「そんな……!!」
「出来ない事を何とかするのが天才、とか昔言っていた様な気がするが?宏一君♪」
「………分かりましたよ。ハァ……」

そんな二人を見て、小西は微笑む。
「大丈夫だ。重犯罪捜査班はきっと良いチームになる。
お前らの様な名コンビがいるんだからな」
「「名……コンビ………?」」
「どう見ても、名コンビだろう。
今回の事件でも、渡辺宏一がいなければ事件は解決しなかっただろうし、
           藤原拓哉がいなければお前達二人は生きて帰って来る事は出来なかった。
私から言わせてみれば、良いカップルと思うがな」

「カップ……!?」
カップル、の言葉に渡辺が過剰に反応する。
そんな様子を横で不思議そうに見る藤原。

小西はばつが悪そうな顔で、呟いた。
「……言葉の綾、ってヤツだよ、バカ共」

そう言うと、もう一度オセロの駒を空中へと弾いた。




白と黒が絶妙なコントラストを作り、空中で見事なアートとなっていた。



小西はこの何物にも変えがたい光景を



目の前の二人の様にしか見る事が出来なかった。

Re: Double 分割1 ( No.23 )
日時: 2011/05/30 18:05
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

今日の、天気は何だろう?

晴れだろうか?曇りだろうか?それとも、雨だろうか?

普通の環境なら、ちょっと窓を開けて外を見れば分かる様な愚問だ。

しかし、『ここ』ではそれらの情報は、そんな単純な方法では入って来ない。


一部を除いて完全に外部から遮断された空間。
それが、文武共に人並み外れたエキスパート、つまり「天才」が集まる
「警視庁英才課」の訓練生の巣。

通称「ガッコウ」。

そこで今日も僕、藤原拓哉は通常通りの勤務を勤めていた。
私語は一切無くても、皆頼れる優秀な仲間ばかりだ。

最初に言っておく。僕は「天才」なんかじゃない。

じゃあ、何だってこんな所にいるのか?
それはとある事情が色々重なっているのだが……それはまた今度の話という事で。

英才課が担当する事件は僕達が所属する「警視庁」が、
解決不可能と判断した難事件である。

いきなり招集を掛けられる事なんてザラだ。
この間なんか朝食中にいきなり出動して、リバースしそうになった。

出来る限り、栄養摂取中はいきなりの出動は止めて頂きたいものである。

言っていると、いきなり『ガッコウ』内に、あのアラーム音が鳴った。

全ての英才課が私事の手を止め、一番近い設置スピーカーに走り寄って来る。
『警視庁本部から英才課に緊急応援要請。
未解決事件E-0428 東京都世田区連続殺人事件の容疑者 青田修二を発見。
英才課本部は危険度レベルをBと判定。重犯罪捜査班が担当せよ。
繰り返す。警視庁本部から英才課に…………』

ビンゴ。文字通り『いきなりの招集』だ。
ちなみに僕は重犯罪捜査班だ。
普通、新人訓練生は軽犯罪捜査班に入れたりするのが一般的なんだけど、
ウチの教官 小西副部長が「お前ならいけそうな気がする!」という軽い理由で
サクッと重犯罪捜査班なる物騒な班に配属された訳だ。

重犯罪捜査班は文字通り「重犯罪」を捜査する班だ。
1年間での生存率は46.2%。
つまり、無事1年間過ごせる確立は半分も無い、という訳だ。

いつの間に日本は、こんな物騒な国になったのか……。


愚痴を言っても仕方が無い。
僕は外部へとつながる出口の巨大ドアの前へと走って行った。

そこでは担当長の渡辺宏一が説明をしていた。
一緒に捜査をした事もある「あの」渡辺君、だ。
その事を同僚の人らに言うと、物凄く羨ましがられた。

「皆も聞いての通り、今回は2番目に大きい難易度レベル Bです。
軽犯(軽犯罪捜査班)では危険すぎる、と判断し僕達重犯(重犯罪捜査班)が動く事になりました。
いつも通り、確実に拘束して下さい。万が一の場合は、殺人権の適用も頭の中に入れておくように。
それでは、各々の感情抑制リングに情報を配布します。
くれぐれも気を付けて下さい」

途中からしか聞いていないが、勝手に頭の中にリングを通じて渡辺君から送信された詳細データが
入って来る。
他の訓練生にはリングには「感情抑制」の役割があるが、僕達外部生には無い。

皆で踏みこむ足に力を入れる。
「じゃ、行きます!」
「「はい!!!」」
力を入れた足を軸にして、僕らは外の世界へと飛び出していった。




「こちら渡辺担当長。容疑者の潜伏しているマンション前です、どうぞ」
マイクに向かって話す渡辺。
Bluetooth機能で携帯と繋がっている。

『よし、突入』
聞こえて来たのは、お馴染み小西副部長の場違いな明るい声。

僕達、重犯罪捜査班が次々と足音を殺して、銃を握ったままマンションの中へと入って行く。
目的は、3階の一番奥『313』。

「ここか……」
同僚の一人の手に持つ拳銃に力が入る。

「担当長、押しますよ」
「はい……」

僕がインターホンを押した。ただ渡辺君の近くにいたという理由だけだ。

その場に合わない軽快なメロディーののち、男が一人出て来た。

「はい……」
「警察だ。青田修二だな。お前を殺人容疑で逮捕する」

渡辺担当長が男に「逮捕状」と書かれた紙を突きつける。

刹那、男が窓の方へと走って行き、下へ飛び降りようとする。
しかし、僕らにとってそんな事など想定済みだった。

「待機班、お願いします」
「了解」


青田修二は無事逮捕され、その2年後に最高裁で死刑が宣告された。

特に、特徴というかいざこざは無かった。

彼は、最期一言だけ言って死刑執行された。
「俺の、答えは見つけられなかった」と。


Page:1 2 3 4 5



この掲示板は過去ログ化されています。