ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜
- 日時: 2012/03/04 15:00
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: ksYmVYP2)
挨拶行きます、どうも初めまして狒牙と申します。
普段、ファジーとコメディのところにしかいないのですが
この度シリアスで初挑戦したいと思います。
パッと思いついたらすぐにしたくなる癖がついております。
と、言う訳でおそらくこれは更新する速度が相当に遅くなります。
もしかしたら月に二、三回になるかもしれません・・・
シリアスではまだ読んでいる作品が無いんですよ・・・
という理由があるのでできればお勧めの物や自分の物を紹介して下さい。
何度も言うように更新おそくなりますが見守ってください。
ついで言うと題名は「アルコバレーノ・ネロ」って多分読むと思います。
翻訳サイトで綴りしか出てきませんでした。
意味は「黒い虹」。なんか虹の呪いってジャンプ漫画のあれみたい・・・
では、始めたいと思います。
プロローグ
これは遠い、未来の話。
かつて無い程の大きさの壮絶な戦争が起きて、それまでの人類の文明は完全に廃れてしまった。
徐々に進んだ文明も逆光の道を辿り、中世のヨーロッパのような街並みにまでなってしまった。
そのような世の中で、最も多く生き残った民族は日本人だった。
戦争放棄、平和主義、交戦権を否認していた日本はただ自衛に努め、その結果大した犠牲は出さなかった。
それでも多少の被害者は現れた。そして残りの一億人ほどの日本人と、各国のほんの少しの生き残りが一同となり、新たに国を築き上げた。
二度と戦争なんて起こさないために、強大なたった一つの国を。
公用語はもちろん日本語だが、人々の名は西洋寄りになっていった。
それだけが唯一世界中の者が日本に頼んだこと。先祖から受け継いだ大事な名字を継ぐことに関しては日本人もあっさり許可した。
そのようなことの数百年後、世は先ほど述べたように中世のヨーロッパのような街並みになる。
恒久の平和が続くと人々は信じ、願い、維持してきた。
しかし平和も束の間、新たな脅威が生まれ出てきた。<呪い>という存在だ。
国は最初それを静観していたが、ある時急に呪いを弾圧せんと動き始めた。
その背景には底知れぬような漆黒の虹が、天空を統べるようにかかっていた。
———これは、七人の少年少女の呪いと闘う物語。
赤い髪、オレンジの髪、黄色い髪、緑色の髪、青い髪、藍色の髪、紫の髪、彼らは口々にこう告げると言う話だ・・・
———止めときな———止めておいて———ごめんなさい———待って———止めて下さい———……———どうする?———
———アタシに関わったら———オイラに近づいたら———それ以上私に関わると———僕に関わると———そうなりたいなら話は別ですが、関わった場合は———貴殿、そう成りとうなければ———これ以上関わったら軽く———
—————死んでしまいますよ—————
—————アタシの名前は、レナ・レッディ・ローズ
—————オイラの名前は、スティーク・オーレン・サンセット
—————私(わたし)の名前は、エール・イーロ・サンフラウ
—————僕の名前は、カイル・ヴェルド・フォレス
—————私(わたくし)の名前は、ハリエル・ブルエ・オーシャンズ
—————我の名前は、サムエル・インディガ・ナイトスキィ
—————俺の名前は、ディアス・ヴィオレッティ・グーフォ
黒き虹の呪いを受けし者——。
——の使用が多いのは今回ぐらいです。
普段も稀に使いますが。
Story
第一話 生い立ち
GREEN>>1RED>>2ORANGE>>3YELLOW>>4BLUE>>5INDIGO>>6VIOLET>>9RAINBOW>>10
第二話 出会い
RED>>11ORANGE>>12YELLOW>>13INDIGO>>14GREEN>>15BLUE>>16VIOLETO>>17
第三話 遭遇
RED>>18GREEN>>19>>21ORANGE>>20YELLOW>>22BLUE>>23
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.1 )
- 日時: 2011/09/30 20:05
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: ybb2RaRu)
- 参照: 第一話 生い立ち Green Side
その街は、小さいながらも活気に満ちあふれる、豊かで温かく、居心地の良さそうな街であった。街を歩く人々の顔には皆笑みが浮かんでいて、商店で売り子をしている女の人や道を駆ける子供たちも本当に楽しそうに、充実していた。
たった一人の少年だけを除いて……
その街の中で、ただ一人だけ重苦しい空気を放っている十二歳ぐらいの少年がいた。表面上は不審がられないように和やかな雰囲気を出していたが、それを薄皮一枚めくったところではそのような柔和な感情は持ち合わせていなかった。
翡翠色の瞳を持ち、緑色の髪の毛に太陽の光を反射させて、彼は歩いていた。寝癖の一切付いていない整った髪同様にその顔立ちも端正なものだった。
彼は、街の中心にある“アラウンド・バーン”と呼ばれる建物に向かっているところだった。親のいない彼にとってその施設は自分の生命を繋ぐために必要不可欠な存在であった。
アラウンド・バーン、貧しいものにとって水道や電気と同程度に生きていくために大助かりのライフライン。そこには、作り過ぎてしまった作物などが集められる。他にも買いすぎて余ってしまった食材や、スーパーなどに置かれているもので、賞味期限等が切れかけのものもある。その日中に食べ切らないと腐ってしまう物のみが並べられ、持っていくのも置いていくのも自由。
午前六時開門で九時に閉門。その間に食材の乗っている台の中心から裂けて台の上の食材は真下の焼却場に送られる。だからそこは焼却のすぐ傍、アラウンド・バーンと呼ばれている。燃やすための炎は本来火力発電用の炎で、無駄にエネルギーを消費して処理している訳では無い。最もあまりプラスにもならないが。そこで作られた電気は九割はある所に、一割は家々の電灯に使われる。
そのような良心的な建物が作られた主な要因に、資本を求めて個人が対立しないように、国全体が社会主義として変わったことが上げられる。
二十歳になった者は徴兵制の代わりに必ず働かなければならない権利が出された。確かに試験に落ちて仕事が無い場合もあるが、その場合は警察の生まれ変わりの組織に強制入団させられる。そこの者は独特な衣服を着て、武器を持つことを許された。
彼らは武士と呼ばれた。
街を一人で歩く緑色の髪の彼には武士とは関連性が無かったが。
それにしてもさっきからずっと感じていることもあった。この街に来る前から予測はしていたのだが、この街はオーレンの一族が多く住んでいるようだ。
今彼がいる街、ギュルムという街は、通称世界の台所。数百年前は最も人民が多く、最も文明の長い今の世界の模範の国の一つにもなった大きな国だった。太古からの因果からかは分からないがやはり食品系はここが最も盛んな街として有名だ。
この世には七大家と呼ばれる七つの一族がある。その中のオーレンという一族は食品に関連する仕事に関してはプロとも呼べる程だった。それだから、世界の台所と称されるこの地域では一番多く住んでいるのがオーレン家なのだ。
オーレン家の者の特徴はおおらかであること。そして髪の毛と瞳の色が地平線に沈む太陽のように、煌めくような美しいオレンジ色だということだ。
だからこそ緑色の髪を輝かせる少年、カイル・ヴェルド・フォレスはかなり浮き立った存在だった。
観光客ならばオーレンの者でなくとも至極当然のようなのだが、カイルは親がいないのかずっと一人ぼっちで歩いていた。
カイルがたった一人になってしまってから、もうかれこれ五年の月日が経っていた。この始まりの日を、彼は忘れない。ふと目を覚ました時にいきなり普段いない父がいたかと思うと、白衣でいそいそとしているように見えた。ふと窓の外に目を向けると、まるで天空を統べるかのように、底知れぬ漆黒の虹がかかっていた。
次の瞬間に父は意味深な言葉を残してまた片付けを始めた。
随分慌てているなと思いながらもう一度眠ることにした。なんだか体が重く感じられたからだった筈だ。時計を見ると、二時半ぴったりだったことを今でも覚えている。
夢の中では、顔もしらない母親と一緒に歩いているカイル自身を見た。カイルは母親に会ったことが無かった。父と二人で暮らしていた。夢の中で父親も現れて、夢の中だというのに大はしゃぎした覚えがある。でも少し時間が経つと父親は徐々に黒ずみ、ガラスが割れるようにピシピシと音を響かせながら亀裂が入り、砕け散ってしまった。
起きたのはまたしてもぴったりの、という訳ではなく、四時十三分を時計の針は示していた。
縁起でも無い夢だと、幼い子供ながらに恐ろしく感じたあの感情が、未だに心に染み付いている。
少しすると家の電話が鳴り始めた。街並みは中世でもテクノロジーは二十世紀後半並みにある。受話器の先には、知らない男性がいるのか、聞き馴れない声が耳に入ってきた。
初め、その言葉は単なる音に聞こえた。信じたくない現実を突き付けられ、悪夢を勧告するその言葉を無理矢理音楽のようなものだと納得させたがった。
「パンドラ・ネロ・リンボル……あなたのお父上が……御亡くなりに…なられました……」
受話器の向こう側にいる声も、震えていた。だからこそはっきりしたのだ、これは冗談でもどっきりでも、ましてやジョークでもなく、真実だということに。
無意識の内に、受話器は地へと向かっていた……
父が残した言葉、それに従って彼はその後の行動を始めた。
葬式の直後にそれまで家で働いてくれていたブルエ家の、身辺の世話をするのが仕事の者に辞めてもらい、旅路に出られるように準備を始めた。
「俺に何かあったら呪泉境に向かえ」
唯一残ったその言葉を信じて。
カイルは知らなかった、そのブルエ家の者が、間もなくして死んだことに。
その人も、カイルの父パンドラも遺体は黒ずんでいたという事も……
「すいません、ボール…」
ふと足元に、何かがぶつかる感覚がした。ふと見てみるとサッカーボールが転がっていた。
カイルはそれを拾い上げて無邪気に笑う幼い子に手渡した。
するとその子は、ありがとう、とにっこり笑った。
「お兄ちゃんもサッカーする?」
そう優しく訊いてくれたのだが、断ることにした。そのようなことをしたらどうなるか、今の彼は痛い程に知っていたから。
「しようよ!」
その呼び掛けに、できるだけカイルは暖かい顔色で言葉を返した。
「待って、僕に関わると死んじゃう……」
当然のことながら、これに対して幼い少年は怪訝そうな顔つきになった。それでもその直後には仕方ないかと割り切って、友達の方に戻っていった。
その姿を一通り確認した後に、これで良い、と自分に納得させていた。
〈to be continued〉
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.2 )
- 日時: 2011/10/01 22:22
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9nW7JjDH)
- 参照: 第一話 生い立ち Red Side
その街は大きく、都会と形容するのが最も適しているような光と人で生め尽くされた明るく騒々しい街だった。道を歩く人々は皆忙しそうな様子で、行動一つ一つがきびきびとしていた。世界が中世に染まっている中で数少ない二十一世紀頃の街並み、都会ぶりを残している。そこには何もせずに立ち止まっている人間はいなかった。
ただ一人だけの少女を除いて……
その都会の中でただ一人だけ忙しそうな様子を見せずにただ重苦しい雰囲気を放っている少女がいた。
深紅のサラシを腹、胸、背中、腰、言い換えるならば肩と腕以外の上半身全体に巻いて下着代わりにした上に、一枚の大きめの真っ赤なコートを羽織っていた。下には丈夫そうなジーンズを履いている。
ショートカットの、燃えるような紅色の髪の毛を夜風になびかせて、血のように真っ赤な瞳で街灯の下に立ってその街の流れをただ見ていた。
その赤い瞳を持つ眼は、何やら好戦的な光を放っていて、心なしか眼の端が吊り上がっていた。普通の人間には、そのかなりの威圧感から声をかける勇気すら湧かないだろう。
多少我が強い女として見たら、彼女は綺麗な方だった。実際彼女は十六歳という実年齢に対して、随分と大人びて見える容姿だった。ただその分、深紅の瞳は対峙する者にかなりの威圧感を与えていて、結局プラスマイナスゼロだった。
ポケットに手を突っ込み、中に入っている小銭を探る。たった三枚だけの硬貨が綺麗なチャラッとした音を奏でる。忙しい割りにはこの街は、静かだ。取り出してみると銅製の硬貨が三枚出てきた。やはり今の世の中は日本寄りでその金銭には十円と示されていた。
三日程前に違う街でカツアゲをしてきた若い男の衆を一蹴、すると金を勝手に出してこれで見逃せと言ってきた。
どこまでも無様だと思いながら、それをひったくるように取り、踵を返した。もうすでに話し掛けられてから二十分が経過していたからだ。ヴェルド家の者がレッディ家に腕力で歯向かうことが馬鹿らしく思えた。
ヴェルド家の一族、それは昔から賢い一族で、その家の者はほとんどが科学者や発明家を目指している。ヴェルド家の者は、生まれながらにして発明に関する才がある。それこそ他の七大家を圧倒するように。
それに対してレッディ家の特徴は、好戦的で実に肉体戦が得意だ。そんなことからレッディ家の者はボディーガードのような役職に就く場合が多い。
その血筋が出ているのか、彼女、レナ・レッディ・ローズも喧嘩は大の得意だった。小さい頃に護身術として習った武道であっという間に彼女は街一番にまで上り詰めた。レッディ家の集まる場所だったので、お互いに錬磨しようという者が多く、あの日までは本当に理想的な生活だった。
友達との武道の練習が終わり、昼になってお腹が空いた五年前の、十一歳のレナは走って家に帰っていた。久々に、遠くで働いている父さんが家に戻ってくると、前の日に母さんから聞いていたのだ。
そんなことを聞かされていた、お父さんっ子のレナはその日の練習に打ち込めていなかった。いつもと違う彼女に違和感を感じた友人は、そういうことなら帰ってもいい、と優しく接してくれた。
あまりにも浮かれて、鼻歌を歌ってまで帰路に着いている中で、空を見上げた時にゾッとしたのを今でも覚えている。
まるで天空を統べるかのように、底知れぬ漆黒の虹がかかっていた。それの中でも、緑色が一際強く輝いていた。
その一瞬にして心の底に巣食った恐怖を、染み付いた恐怖を彼女はまだ覚えていた。当時の彼女はそれを振り払う方法が分からず、ただがむしゃらに走り続けてそれを打ち消そうとしたが、五年経った今でも心のどこかに巣食っているようだった。
家に着いたのはそのおよそ一分後の四時十四分。しかし父さんが帰ってくるのは五時頃だと聞いていたため、ほんの少し寝ていなさいと母さんに言われた。寝過ごしたらどうしようかと考えたが、どうせ起こしてくれるだろうと確認もせずに、布団の上に横になった。
目が覚めたのは、夕方の五時半ちょっと過ぎだった。しまった、ともう少しで口からこぼれるところだった。せっかく父さんが帰ってくるというのに寝過ごしてしまった自分にも、起こしてくれなかった母さんにも苛立った。
この不満をぶつけてやろうと、居間の方に歩いていこうとする時に、ふと今度こそ確認を入れようと玄関まで駆けた。そこにはちゃんと、男物の靴が脱いで置いてあった。
多少の苛立ちや憂鬱は一気に吹き飛んで、晴れやかな気分になった。
が…
「キャアアアアアッ!!」
突然、奥の部屋から母さんの叫び声が空気をつんざくように耳に入ってきた。
何が起きたのか分からずに、ゾッとしたレナは慌てて声のした方向に向かった。悪いことは起こらないでいて欲しい、必死でそう願いながら。
皿が割れたとか、そのような類であって欲しいと心の底から願い続けた。だがそのような悲鳴では無いということはどこかしらで見当を付けていた。
一秒毎に、一歩近づくたびに母さんの懸命な叫びも切実に聞こえてくる。目を背けたいような事実が、言葉として耳を通して頭に入ってきた。
「ちょっと…これってどういうこと!…ねぇ…待って……ゴー…ドン…?ゴードン!!」
母さんがすがりつくようにして父さんの名前を呼んでいるのが聞こえる。
そしてレナは、部屋の中の様子を、地獄を見た。
そこには、母さんが蹲るようにしてしゃがみこんでいた。両の腕には人型の黒い何かがのしかかっている。服装ですぐに分かった、父さんだ——と。
レナはそれが信じられずその場に涙を流さずに、泣き崩れるようにしてへたりこんだ。なぜ?なんで父さんが?疑問は次々と現れて留まるところを知らず、レナを哀しみという感情に立ち会わせようとしなかった。
それだけではない、母さんの方にも目を向けると、その皮膚は怪しい紫色をしていた。
急いで母さんの元に駆け寄り、どういうことかと訊いた。思い返すと、かなりの剣幕だったと思う。動転していたレナはそのようなこと考えず、ただ母さんに詰め寄り、問いただした。
すると、欲しい答えは返ってこずに、妙な言葉が返ってきた。
「お父さんからの…伝言よ……呪泉境に…向かい……なさい…」
その声はさっき叫んだ時とは打って変わってとても弱々しかった。
その様子に、ただレナは母さんの名を呼び続けた。たとえその目蓋が、二度と開かなくても。
過去のことを思い浮かべると、いつでも哀しくなってくる。
かといって、忘れたくは無かった。父も母も大好きだったから。
忘れないように父さんがいつもしていたように、赤いコートを来て、母さんのようにサラシを巻いている。
視界の端に、オレンジの髪の少年が目に入った。
するといきなりガラの悪そうな二人組が襲うように取り囲んだ。
世の中には、困った者がいるな、と溜息を吐いて正義感の強い彼女は歩きだした。
〈to be continued〉
- Re: Arcobaleno Nero〜黒き虹の呪い〜 ( No.3 )
- 日時: 2011/10/02 19:24
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9nW7JjDH)
- 参照: 第一話 生い立ち Orange Side
その街は大きく、都会と形容するのが最も適しているような光と人で生め尽くされた明るく騒々しい街だった。道を歩く人々は皆忙しそうな様子で、行動一つ一つがきびきびとしていた。世界が中世に染まっている中で数少ない二十一世紀頃の街並み、都会ぶりを残している。そこには何も考えずに歩いている人間はいなかった。
ただ一人だけの少年を除いて……
その都会の中でただ一人だけおっとりとした様子を見せて、それなのに重苦しい雰囲気を放っている少年がいた。
その髪の毛と瞳の色は地平線に沈みゆく、煌めきを上げる太陽のような大層美しい色合いで、眺めるだけで落ち着くようにも思われる。その特徴に連れられるようにして、その表情も柔和なものだった。心の中には重苦しさを抱えているというのに。
そこで彼は溜息を吐いた。小学校低学年ぐらいに見える身長と、おっとりとした顔つきには似つかわしくない行動だった。実際彼は八歳で、世間一般ならばそのように疲れたような素振りを見せる年では無かった。
ならばなぜ彼、スティーク・オーレン・サンセットはこのようにしているのだろうか。
彼はふと、五年前に自分に何が起きたかの回想を始めた。
スティークは、世界の台所と呼ばれるギュルムという街で生まれた。そこには多くのオーレンの一族が住まい、その特徴である料理が得意ということもあり、食べ物が美味しいことで有名な街だった。
コックである母親に憧れて自分も将来そのようになりたいと思っていた。休日になると必ず彼は、アラウンド・バーンまで出向いて食材を調達して個人的に練習していた。
そんなある日、いきなり呪泉境という父の働いている所から、普段は家にいない父が家に帰ってきた。
当時三歳のスティークにとって父親との初めての出会いだった。自分が物心つく前に、リンボルという者にスカウトを受けたか何かで一歳にも満たない息子を置いて家を出た。
そこから二年以上経って初めての帰宅。ゆえにスティークとしては初対面だったという訳だ。
医者だったのだろうか、いきなり彼は注射器を持って左腕を見せるように強要した。
それほど注射が恐くなかったスティークは自分の勇敢さを誇示するように、堂々とその腕を差し出した。 針が皮膚を破り、肉を避けて堀り進む、鋭くて軽い痛みが走る。その刺激にほんの少しだけ顔を歪めて耐えきる。ものの数秒で細い針はスティークの二の腕から引き抜かれた。
これと言った変化は感じられなかった。だが、空を見たときに相当な緊張感を刻まれたのを覚えている。
まるで天空を統べるかのように、底知れぬような漆黒の虹がかかっていた。その中でも特に、緑色と赤色が強く強く輝いていた。
時計を見ると、大体五時を過ぎたぐらいだった。
その後のことははっきり言って覚えていない。三歳にして毎週毎週料理の練習をしたのは覚えている。
そこから三年の記憶が飛んでいる。ただ、二年前に仮面の人達からいきなり、もう一人でも生きられるだろうと、世に放り出された。
幸い、アラウンド・バーンのお陰で今まで命を繋いできた。
だが、その中で幾度地獄を見てきただろうか。自分に関わった者はことごとく死んでいくのだ。
ようやく察した、自分に虹の呪いがかかってしまったと。なぜ虹だと分かったかというと、単純な話で、あの死に様を見たら黒き虹の呪いだと思ってしまうからだ。
仮面の人たちが誰かは分からない。まがまがしいような気もするし、三年も育ててくれたのだから善い人だろうと主張する自分もいる。
そんなことは実際、どうでも良かった。両親がどうなっているのか、それが一番気になった。どうせ、死んでしまったのだろうが、事実不詳という僅かに希望に似たものをちらつかせられているようで、それが嫌だった。
そうこう考えていると人生つまらないぞ。母親の口癖をふと思い出した。
唯一覚えている言葉であり、唯一名言に近い言葉だったはずだ。この言葉からも多少察せられる通り、いい加減な人間であった覚えがある。それに関しては自分もあまり人のことは言えないのだが。
視界の端から、チャラそうな若い男の二人が歩いてくるのが見えた。自分には関係無いだろうと目を逸らしたら、いきなり前後に回り込まれて挟まれた。
なぜこのようなことになるのか分からないと慌てたくなったが、それを超える動揺が彼の身を襲った。早くしないと…早くしないとこの人達も死んでしまう。
どうしたら良いか分からずに心の中で、外側に出さぬように慌てふためいていたらいきなり二人のうちの一人が話し掛けてきた。
「そこのガキ、一人でこんなところで何してんだ?」
「お兄さんたち、お金に困ってるんだよね〜」
またこのパターンかと、彼は疲弊しきった声で溜息を洩らした。こんなことは何度もあった、そして何度も感じた。カバン一つ持っていない八歳児が金なんて持っているか、と。しかもこんなことをするのは毎度毎度、狂暴で毒々しげな紫色の髪と瞳のヴィオレッティ家の連中だ。
かといって幼いスティークに対処の手立ては無く、長いものに巻かれるしか術は無かった。
そう思っていた現状は一瞬にして消え失せた。
深い深い紅のスニーカーが後ろにいる方の男の不意を突いて後頭部に叩き込まれた。ドッという重くも軽くもなく、嫌な音でも快い音でもなく、人を蹴るという音がした。慣れているのか、絶妙の力加減で軽い脳震盪を起こさせ、意識を闇に沈めた。その女性の髪が、サラサラと流れるように空になびく。
現われたのは、十五、六のレッディ家の女性。特徴的なファッションだ。
下着の代わりに肩と腕以外の上半身にサラシを巻いて、その上に深紅のコートを来ていた。
その圧倒的で、常人離れした強さに恐れをなしたもう一人は倒れた一人を抱えて一目散に逃げ出した。
「ありがとうございます、お姉さん、でも…」
「止めときな。アタシに関わったら死んじまうぞ」
そう言い残して、颯爽とどこかに行ってしまった。
この言葉に自分を重ね合わせたスティークは迷うことなく駆け出した。彼女を追って……
なぜなら彼も言おうとしたからだ——。
『待って、オイラに関わると死んじゃうよ』と。
あの人に着いて行けば目的無い自分の放浪に意義が見つかるかもしれない。
彼は訊かされていなかった。呪泉境の存在を。
だから彼には生きる意味が無かった。いつ死んでも良いと思っているほどだった。
だがいざ死のうかと身構えると急に覚悟はガラガラと音を為して崩れ落ちる。八歳の少年に死という谷に飛び込む勇気はある訳が無かった。
そんな中で現れた希望の光が、自分と同じ境遇にいるかもしれない人間の存在だ。
ただ単に危ない生活を送っていて、巻き込まれて死んでしまうとかいう意味かもしれないなどとは片時も、微塵も考えなかった。
夜風を裂くようにして走る紅の女性、そしてそれを追う橙色の幼き少年。二つの影は、都会を走り抜けていった。
〈to be continued〉
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