ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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【新に】ゆめたがい物語【移転済み】
日時: 2012/12/04 00:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 新の方に移転

 今回の交渉の話、参考図書が全くなく、いつも以上にお粗末です。今後時間をかけて探していき、第二部での西郷隆の見せ場で納得いくものにしたいと思います。

 思えば、ちょうど去年の今くらい、夏休みの後半くらい、この物語の骨組みは出来上がりました。
 去年、高校三年生。受験生でした。志望校はC判定、模試によってはD判定だったものもありました。焦るというより、本当にいろいろな事が嫌になって、それでも諦められなくて。そんな頃に自然と出来上がった物語です。
 信じてひたすら突き進めば、現実のものとして手に入れられる。この物語の主題ですが、何より自分自身にそう言い聞かせる意味もありました。
 そういう過程を経て、出来上がった物語。ですから、今回銅賞というのをいただけたのは純粋に嬉しかったです。人気投票、実力を伴わない、様々な意見があります。しかし、このサイトに来て、つまり小説を書き始めてから五年目に入ろうとしている今、こういう結果を、この小説でいただけたというのは、私に取ってとても大きな意味があります。
 至らないところは多く、まだまだ未熟な小説ですが、これからもよろしくお願いいたします。 8月31日 紫

 諸々の記念>>41
 レポートが予想より早く終わってルーズリーフに書きなぐったのを動画にしただけです
 出来心。本当にごめんなさい……

 1200記念 >>44
 第二部で、主に出番のある、憲兵隊の西郷隆。たかし、でなくて、りゅうです。一部は下手するとこの次の話しか出番がorz



 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。

 こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 一年以上ぶりの書き直しじゃない小説です。
 と言っても、この物語はファジーのほうで書かせていただいている、ノーテンス〜神に愛でられし者〜の原型となった、小学生の頃考えた話を下地にして作りました。どちらかと言うと、こちらのほうが原型寄りです。
 ノーテンスが受動的な物語なら、こちらは能動的にしよう。あの物語で書けなかったことを書こう。そう考えているうちにどんどん形成されていきました。
 
 と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん

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Re: ゆめたがい物語 ( No.21 )
日時: 2012/09/01 23:32
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: B/p47WjD)

「これはこれは、美しい方。喜んで一服お付き合いいたしましょう」

 乱入者の一人である福井中佐は、涼やかな美声でそんな軽い言葉を並べながら、美女に負けず劣らずの優雅な礼をした。隣の三笠はぎょっとして先輩を見る。ふと先程の、国防軍への非難が浮かんだ。

「竹丸先——」

 咎めようとした三笠は、そこで思わず言葉を止めた。一瞬、背筋が凍りつく。そんな彼の様子は見た事がなかった。福井中佐の目はカッと見開かれ、今にも美女に向けている銃の引き金を引かんばかりだった。

「——もしそれが貴様でなかったらな、ムイ教南道宗、“王志会”のリーダー“王”の右腕、清原紗江」

 福井中佐の言葉に、美女——清原紗江は懐の扇を開き、整った口元を隠した。目は不敵に微笑んでいる。
 
「さすが、福井中佐。良くご存知ですこと。東大“銀時計卒業”、勉強熱心でいらっしゃるわ」
「貴様らも、よくこんな末端兵士のことまで調べ上げたものだ。卒業以来、この銀時計を誰かに見せたことも、教えたこともなかったはずだがな」
 
 中佐はそう言いながら、チャックの付いたポケットに手を突っ込み、鎖のついた懐中時計を出した。ふたに彫られている桜の紋が、窓から入ってきた昼の日差しできらめく。惚れ惚れするほど見事な純銀細工を手に、福井中佐は強く唇を噛んだ。
 東大——東城大学という——銀時計卒業、それはその期において首席だったことを表している。大和国内、あるいはそれ以外の国からも、天才という天才が集められたそこは、まさにエリート集団。その厳しい競争の中で、一番という称号を獲得すると、将来への期待の象徴ともいえる、高価な銀時計を送られて卒業するのだ。
 もちろん、その道のりは並大抵のことではない。当然、将来は政治の道なり、研究の道なりで、国をリードしていくことが約束されているとも言われている。それが、福井中佐の持つ銀時計の意味であった。

「やはり、欲しいわね、あなた方二人は。東郷少尉は“王”がとても気に入っていらっしゃるし」

 どこか試すような口調で、二人に切れ長の目で微笑みかけると、紗江は視線を天井のシャンデリアに向けた。
 三笠は胡散臭い話を聞いたとでも言うように、無表情の中で眉をわずかに上げて、相変わらず美女に銃を向けている。
 福井中佐は、先程の唇を噛んだ険しい表情を、無理に無表情に戻していた。だが、銀時計はその分だけ強く握り締めている。力を込めて震える手。もう片方では冷静に拳銃を握っていた。
 彼の平常心が保たれていたのは、そこまでだった。
 紗江はおもむろに中佐に近づき、そしてその耳元で、そっとつぶやいた。

「あなたは、石川の、お気に入りだから」

 あるいは、“石川”と、その名が出た時点から、中佐の心の崩壊は始まっていたのかもしれない。
 紗江の首元に素早く手が伸びる。福井中佐だ。隣の三笠は、いつも温和で人の良い彼を見慣れているため、あまりの豹変振りに、止めることもできず、ただ後ずさりした。
 福井中佐はそのままのど元を引っ掴み、首を絞めるかのように美女を壁へと押し付ける。壁に掛かっている宗教画が、その衝撃で音を立てて揺れた。
 だが、そんなことを、今の竹丸が気にするはずがない。眉も目も、頬も鼻も口も、それぞれが紗江に向かって歪められているようだった。

「言え! 石川は、石川松五郎は、今、どこにいる!?」

 首を締め上げながら、問い質すというひどく矛盾した方法。話せるはずがない。それでも、福井中佐は手を離さなかった。
 三笠と嵐は、はっきりとそのときに気付いていた。紗江の表情に、いささかの苦悶も見られなかったことに。
 危機を察知した三笠は、絨毯を蹴って中佐の元へ走ろうとする。しかし、美女が反撃に出たほうが早かった。
 今まで全く抵抗しなかった紗江は、突然、のど元を締め付ける中佐の手に触れ、手首を掴んだかと思うと、そのまま彼を部屋の端まで投げ飛ばした。どう考えても細身の女。いったい、どこにそんな力があったのか分からない。

「竹丸先輩!」

 三笠はすぐに方向を転換して、福井中佐を助け起こした。嵐も椅子から立ち上がって傍に駆け寄る。その拍子に彼の座っていた高価な椅子が倒れ、大きな音を立てた。
 食器棚の角に頭をぶつけたため、福井中佐の額からは血が次々と流れ出ている。それにも拘らず、中佐は傷を押さえることもしない。よろよろと立ち上がる彼の手には、あの銀時計が離すことなく握られていた。

「石川は、どこだ……石川は、石川はどこにいる?」

 それは、もはやただのうわ言だった。「石川、石川」と、何度もその名を呪詛の如くつぶやき続け、そして、一度大きくふらついたかと思うと、そのまま倒れこんでしまった。
 銀時計が初めてその手から落ちる。絨毯の上で一度はねると、桜の紋が刻まれたふたが、ぱかりと開いた。三笠はそれを手に取る。時刻は三時二十五分を差していた。
 そこで、違和感に気付く。三笠の腕時計は、一時を示しているのだ。
 福井中佐の銀時計は、八年前の七月二十日、その三時二十五分でその動きを止めていた。

Re: ゆめたがい物語 ( No.22 )
日時: 2012/03/11 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

「さて、と。わたくし、これでお暇しようかしら。今日は東郷少尉と福井中佐にお会いできたから、こんな教理にそぐわない教会だけど、わざわざ来てあげた価値はあったってものね」

 紗江は倒れた福井中佐に流し目をくれると、彼を投げた際に少々崩れた着物の帯を、てきぱきと直していった。
 袖が揺れるたびに、三笠の表情に緊張が走る。分が悪すぎた。
 こちらは三笠と半人前の“チカラ”を持つ嵐、さらに意識のない福井中佐。それに対して、相手は国防軍が目の敵にしている“王志会”の大幹部。しかも、国防軍随一の兵士、福井中佐が手も足も出なかった。
 捕らえることができなくても、せめて、意識のない先輩だけでも守ろう。そう思いながら、三笠は中佐をかばうように、銃を美女に向ける。
 できれば、このまま何もせずに去っていって欲しい。そんな三笠の願いは、予想外の展開により虚しく砕かれた。

「逃がすか!」

 嵐が、手から炎を出しながら突っ込んでいったのだ。紗江の行動に意識を集中させていた三笠は、止めることができなかった。
 歴戦の国防軍人、福井竹丸ですら軽くあしらわれた相手である。実力も経験もない嵐が、勝てる相手でも、それどころか傷を負わせられる相手でもない。

「あの、馬鹿」

 三笠は悔しそうに歯軋りをするが、動けなかった。民間人を守るのは国防軍人の最優先課題であるが、三笠にとっては嵐よりも、付き合いが長く親しい福井中佐のほうが、守るべき人物であったのだ。
 案の定、嵐の炎は紗江が手を振ると消えてしまった。ろうそくの火を消すより軽い動作であった。
 美女は嵐に微笑みかけると、一瞬にしてその懐に入り、腕と胸元を掴んだ。三笠は、彼女がやろうとしていることを正確に理解した。嵐の体が宙に浮く。それは、見事な柔道の背負い投げだった。

「学習しない人間は嫌いよ。このまま何もしないのだったら、わたくしも何もせずに帰ってよかったのだけれど」

 紗江は床にたたきつけられた嵐の足元に立って、見下すような視線を送った。意識はあるが、痛みと衝撃で少年は動くことができない。

「やはり、こういう手合いはお仕置きしないと」

 不意に、紗江はそのほっそりとした右腕をまっすぐに上げた。窓から入る夏の強い日差しの中、その指先がまばゆく輝きだした。
 指先が、嵐に向く。三笠も、また当の本人である嵐も、彼女が何をしようとしているのか、おぼろげながら予測できた。だが、二人とも動けなかった。
 今まさに指先から何かが放たれんとした時、三笠の視界は白昼夢にでも襲われたかのように、突然違うものに変わった。
 様々な声や風景が、洪水のように目の前を過ぎていく。全て、三笠が今まで見てきた記憶だ。幸も不幸も、流れては目の前を去っていった。

 ——秋山嵐、十一歳、小学六年生です。

 意識が元の部屋に戻ってくると、時間は白昼夢前から全く経っていないようだった。床に倒れて、恐怖で引きつった顔をする小学六年生。それが、三笠の視界いっぱいに広がった。
 白昼夢中の、記憶が蘇る。すると、ある記憶の一場面が再び現れた。
 その時、三笠の頭の中に、福井中佐のことはなかったのだろう。
 何かを叫ぶと、三笠は地面を蹴って走り出した。嵐の目が彼のほうを向く。美女はそれを見て、またもやあの蠱惑的な微笑を浮かべたかと思うと、そのまま嵐に向かって指先から何かを放った。
 放たれた指三本分くらいの太さの光線。放たれた先には小学六年生の少年。
 だが、それは少年の腹すれすれのところで止まっていた。服こそ焼かれたが、肌には傷一つない。

「守銭、奴……」

 嵐の目の前には、金にしか執着しないはずだった、高校生国防軍人が立っていた。いつかの占領事件と同じく、背を向けたまま。
 しかし、あの時と違うことがある。あったはずの絶対的防御は役を果たしていない。彼の腹は紗江の光線で斜めに打ち抜かれ、とめどなく血が出ていた。

「何で……」

 嵐のかすれた声。それに三笠が答えることはなかった。ただ、目の前の微笑を浮かべる美女を睨む。乱れた息の中、痛みで意識が飛びそうになっても、決して膝を付けることはない。

「チカラが破られたのは初めて? 東郷少尉」

 紗江は三笠の腹部を刺したまま、ゆっくりと近づいた。芳しい香の匂いが漂う。甘い誘惑。それでも、三笠は膝を付けまいと、ほとんど残っていない気力を振り絞って体を支えていた。
 そんな様子を見て、紗江はくすりと笑った。

「わたくし、思いの強さなら、誰にも負けませんの」

 三笠の耳元で、透き通った声が囁かれた。背丈はあまり変わらない。それにも拘らず、はるかな高みから投げかけられたかのような、圧倒的な差が感じられた。
 美女はかろうじて意識を繋げている三笠、それからすでに意識のない福井中佐に対してそれぞれ深々と礼をすると、日光の入ってくる窓の前に立った。

「それでは、またお会いいたしましょう。わたくしもあなた方が好きですよ、福井中佐、東郷少尉」

 紗江は光の中に溶けて、跡形もなく消えてしまった。立っていたところは、相変わらず明るく照らされているだけである。
 三笠の意識も、そこまでしか続かなかった。足の力が抜ける。紗江が消えた瞬間、張っていた緊張が解けて、徐々にその視界は闇の中へと沈んでいった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.23 )
日時: 2012/03/16 00:13
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

 薬品の臭いが鼻をつく。
 辺りでは指示を飛ばす声やそれに答える声、また誰かのうめき声や布を裂く音など、様々な音が入り混じっている。そのため、そこがどこであるかを理解するのは難しかった。
 意識が覚醒しかけ、不意に明るい光が瞼の裏側までも突き刺す。
 作戦本部三階の救護室。
 東郷三笠は、まぶしさから目を逸らすように寝返りを打とうとした。だが、突然腹部に激痛を感じ、目を大きく開けて思わず獣のような呻き声を上げる。

「あー、もう、動くな、馬鹿野郎。ほら、せっかく塞ぎかかってたのにまた開いた」

 不機嫌そうなシベル語が降ってきた。三笠は聞きなれたその声に、現実へと引き戻される。

「イヴァン?」
「珍しく派手にやったじゃないか。急所は外してもらったとはいえ、俺がいなかったら長引いたぞ、これは」
 
 イヴァンはそう言いながら、横向きの三笠を強引に仰向けにさせて、再び傷口に人差し指と中指を置いた。光線で打ち抜かれたときとは違い、傷は貫通しておらず、出血量もだいぶ押さえられている。
 イヴァンの指先が淡い光を放ちだした。紗江と同じように指先から出ているが、彼女のものとは違い、それには温かみと柔らかさがあった。光は傷の中に入っていき、少しずつだが、三笠の傷は塞がっていく。
 これは、イヴァンの持つチカラである。
 癒しのチカラ。イヴァンの体力と、それから患者の体力や血などを利用して、傷の修復をしていく能力である。世界中を探しても、このようなチカラを持つ人間は、五人といない。それ故に、イヴァンはこの業界で神の如く崇められているのだ。

「竹丸先輩は?」
「あれはチカラを使うまでもない。もう意識は戻って、お前が庇った秋山ジュニアを慰めてる」

 イヴァンはそう言うと、周りにいたほかの軍医に、別の患者に対しての指示を飛ばし始めた。イヴァンはまだ二十一歳という若さだが、その経験、実力から、世界中の軍医から一目置かれている。国防軍の軍医達も指示通りにてきぱきと動き始めた。
 周りに手の空いている軍医がいなくなると、青年はまた三笠にシベル語で話しかけた。

「お前にしちゃ、偉かったな。分かってただろ? 清原紗江だっけか。彼女に自分のチカラは通じず、絶対の防御も、何も意味を持たないこと。それでも、命をかけてでも秋山ジュニアを庇うとは」

 三笠の能力、瞬身と絶対的防御。
 彼の願いに対しては全くの役立たずであるが、これは何より三笠が生き延びるための能力ではないか、とイヴァンは思っている。何が何でも生き抜かないといけない理由を、彼は知っているのだ。
 それなのに、三笠はこの日、身を挺して人を庇った。普段ならありえないことであった。
 その時、三笠の傷口からの出血量が少し増えた。イヴァンは表情を変えずに光を微調整する。三笠の顔は悔しそうにゆがみ、泣き出しそうであった。

「違う、違う! 俺は、俺が守りたいのは……」
「……分かってる、分かってるさ、三笠。うん、せっかくの機会だ、数日間、ゆっくり休めよ」

 イヴァン相手に、三笠の言葉は大和語に戻っていた。心が不安定になっている証拠だ。こうなってしまっては、彼を落ち着かせるのが先決だろう。
 イヴァンは自分の配慮のなさを後悔しつつ、治療の力加減を少し変えた。三笠の血などを、治療に少し多めにまわしたのだ。その分、傷は速く塞がるが、使った分だけ当然三笠の意識は遠のいていく。少なくとも二、三日はおとなしく寝ざるを得ないだろう。今の三笠には良い休息になるはずだ。

 だんだんと、作戦本部三階の救護室も、外の事後処理隊と同じように静かになっていく。夕日も沈みかけ、紺色の空が迫ってきた。
 イヴァンは三笠の治療を終えると、手近な窓の外を見つめた。畑があった場所では、寝袋のようなものがいくつも並んでいる。この戦いで死んだ教会側の人達だ。
 イヴァンは、懐から手にすっぽりと収まるくらいの玉を取り出した。木製で、一体の女神が彫られている。

「主、わが命の主宰よ、あなたを信仰し、あなたの名の下に戦い、命を落とした子らに、安寧をお与えください」

 イヴァンはシベル語でそうつぶやくと、玉をかざして複雑な印を結んだ。そして、最後に膝をつき、玉に口づけすると、立ち上がって深々と礼をした。

「さすが、シベル人。完璧な作法だな」
「弟から習っただけだよ。俺が知ってるのは葬送の礼だけだ」

 知らない間に、イヴァンの背後には福井竹丸中佐が立っていた。頭にはぐるぐると白い包帯を巻き、額のところではわずかに血がにじんでいる。

「過激組織への見せしめだか、国民に対する軍事力のパフォーマンスだか知らないが、よくもまあ、ここまでムイ教徒なり味方なりを傷つけたもんだ」

 竹丸の方を向かずに、ただ徐々に暗闇へと沈んでいくムイ教徒たちの遺体が入った黒い布袋を目に映しながら、若いエリート軍医は吐いて捨てるように言った。
 踏み荒らされた畑に一台のトラックが入ってくる。おそらく、遺体を積んで処分するためだろう。
 親友の後ろに立ったまま、名目上の責任者は一言も言葉を発しない。白い包帯ににじんだ血が少し多くなった。

「まあ、お前も上からの指示でどうしようもなかったんだろうけど、俺はな、こういう戦いが、何よりも一番嫌いなんだ! お前の頼みじゃなきゃ、絶対に参加しなかったよ」

 一度コンクリートの硬い壁を強く蹴りつけると、イヴァンは女神の彫られた玉を懐にしまう。その代わりに、次は携帯電話を取り出した。等間隔で光っている。どうやら着信があったらしいが、仕事中につき全く気付かなかった。
 メールボックスを開くと、つい先程だったらしい。シベル人の名前があった。

「ボリスが……来るってな。竹丸の家に泊めさせて……もらうことにしただ? いつそんな」
「ああ、さっき電話で。お前の弟、お前とは似ても似つかない良い子だな。めちゃくちゃ礼儀正しいし、素直だし」

 竹丸はニヤニヤ笑いながら、件の“弟とは似ても似つかない”兄の横に立った。
 イヴァンは今回の件について、別に竹丸を責めているわけではない。さらに、彼には愚痴を言うだけ言ったらすぐに吹っ切る潔さがある。
 それが分かっているからこそ、竹丸は笑って、軽くおどけることができたのだ。
 一方で、イヴァンが親友の嫌味に反論することはなかった。というより、できなかったのだ。弟については全くその通りであり、素直でない兄は面倒くさそうに顔をしかめると、大きな欠伸をした。

「……じゃ、俺はもう寝るぞ。竹丸、作戦の責任者として、俺が起きたらあのたこ焼き腹いっぱい食わせろよ。まさか、三笠まで治療する、破目になる、とは思わなかっ、た」

 イヴァンは立ったまま、突然力が抜けたように倒れこんだ。
 すかさず竹丸は意識のない親友を支える。イヴァンのチカラは、三笠や竹丸とは比べ物にならないほど体力や精神力を使うのだ。こうなっては丸一日寝たままである。
 竹丸はイヴァンを近くのベッドに寝かせると、先程の親友と同じように、窓の外を眺めた。駆け足のように、空は暗くなっていく。
 見よう見まねで親友が行っていた葬送の礼をしようとするが、うまくできずに、ただ手を宙でかき混ぜるだけになってしまった。
 どこかで、カラスの声が通り過ぎていった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.24 )
日時: 2012/09/12 00:27
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: B/p47WjD)

 第六話 ムイ教徒と異国の病院

 大和国、首都である東城。その水の区と呼ばれる場所は、『大都会に隣接していながら緑と水を楽しめるオアシス』という謳い文句の下、ベッドタウンとして着実に発展を遂げている地域だ。
 特に、ここ五年間の人口の増え方は際立っている。大型ショッピングモールもでき、また全国的にも上位に位置する進学校、国立秋込高校移転先の誘致にも数年前に成功した。
 それゆえか、首都東城以外の地方からも転居希望者が殺到している。

「次は、海岸病院、海岸病院でございます、お降りの方は、お近くの——」

 そんな水の区、強い夏の日差しにきらめく海の横を走る空いた路線バスに、この辺りでは見かけないような少年が乗っていた。
 渋い茶色のかばんを肩から掛け、服装はこの暑い中、学生服でもないのに長袖長ズボン。優先席に座っている老婦人たちは、まるで動物園のパンダを見るかのように、好奇の視線を向けている。
 年のころは、十代前半といったところだろうか。大和国で言うと、中学生くらいだ。
 そう、大和国で言うと。
 真っ青な目に、黄緑色の短髪。そして、高い鼻に、真っ白な肌。少年は、どこから見ても大和人ではなかった。
 しかも、老婦人達の知る限り、ずっと立っているのだ。乗客は十人に満たない。席はどうぞ座ってくださいとばかりに空いている。それなのに、青い目の少年は、背筋をしゃんと伸ばして、バスの前方にあるつり革につかまっていた。
 
「それでは、トメさん、カメさん、あたしはここで」

 老婦人は自分より何歳か若い友人達に声をかけると、バスがまだ止まっていないのはお構いなしに、近くの金属の手すりにつかまりながら、よろよろと立ち上がった。しかも、その手には大きなかばん。
 その時、バスが信号に差し掛かり、急ブレーキをかけた。立った老婦人はその衝撃に耐え切れず、かばんは手から離れ、自分は前のめりに倒れこむ。
 周りの友人達が何もできずに声を上げる中、彼女を救ったのは、先程の少年だった。
 急ブレーキにも拘らず、つり革を放して体勢を低くし、老婦人の倒れこむ場所に先回りすると、そのまま彼女を片手で抱きとめた。ついでに飛んできたかばんも、もう片方の手で難なくキャッチ。相当の運動能力がないとできない技だ。
 老婦人が顔を上げると、少年は青い目を細めてにっこりと笑った。先程まではものめずらしくて、誰もまともに彼の顔を見ていなかったが、よくよく眺めると将来が楽しみな端正な顔立ちをしている。

「ありがとうね、お若い人」

 老婦人は手すりにつかまりなおすと、少年にそういって頭を下げた。彼もまた、つり革につかまる。だが、今度はバスの前方ではなく、優先席の前のつり革だ。
 大きなかばんは、まだ少年が持ったままだった。

「パジャールスタ」

 少年は老婦人の言葉に、少し考えるような顔つきになってから、再び微笑むと、聞きなれない外国語を口にした。おそらく、大和語で言うと“どういたしまして”の意味なのだろう。
 バスが再び止まった。今度は信号ではなく、停留所だ。海岸病院。そう電光板には映し出されている。少年はポケットからメモ用紙を取り出し、もう一度電光板の“海岸病院”という文字を確認した。
 老婦人は少年にお辞儀をすると、かばんを彼から受け取ろうとする。だが、少年は顔の前で手を横に振り、出口を指差した。どうやら、バスを降りるまで持ってくれるらしい。

「ありがとうね」
「パジャールスタ」

 今度は、何も考えることなく、少年は笑顔で言った。
 バスから降りるときも、まず彼が先行し、老婦人に手を貸しながら、停留所の黒く光るアスファルトを踏んだ。どこまでも紳士的。外見だけではなく、内面的にも数年後にはどんな好青年に成長するかと、万人に思わせてしまう魅力を持った少年であった。
 停留所は、大きな総合病院の目の前に位置する。老婦人はこの施設に用があったのだ。そのほかには、徒歩五分圏内に商店街や、植物園、海浜公園などがあり、病院を中心として開発が進んでいる地域であった。
 少年も、きっと植物園などを見に来たのだろう。病院に用事があるとも思えない。そんな風に老婦人は思っていたが、意外な展開、彼がしきりに見直しているメモ用紙をのぞくと、そこにははっきりと漢字で“海岸病院”の文字が確認できた。

「あんた、海岸病院に行くのかい?」

 老婦人は驚いて、思わず大和語でそう聞いてしまった。少年は大和語を解さないようだが、一生懸命に今言われたことの意味を考えている。
 そこで、老婦人は病院とメモ用紙を順番に指差した。すると、何とか意味が通じたようで、「ダー」と少年は微笑みながら答えた。この言葉の意味は彼女も知っている。シベル語で“はい”という意味だ。

「あたしもだよ、奇遇だね」

 自分を指差しながら、老婦人はカッカッカと笑った。次はすぐに意味が通じたようで、少年は本当にうれしそうな顔をすると、彼女の荷物を持ったまま病院へと歩き出した。

Re: ゆめたがい物語 ( No.25 )
日時: 2012/03/22 18:50
名前: 夕暮れ宿 (ID: blFCHlg4)

実は以前から読んでいました。一人称小説も好きですが三人称小説は入りやすくて読みやすいです。これがゲーム化されたらいいなんてふと思いました。清原紗江、美女はやっぱり怖いです(笑)。


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