ダーク・ファンタジー小説

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幻影 ~魂の業/陽と陰~
日時: 2016/11/16 00:02
名前: 忌業 禍穢 (イミカリ カイエ) (ID: 9O29kkFK)

お初に御目にかかります。
忌業 禍穢と申します。
忌みられの業、禍つ穢れと書いて『イミカリ カイエ』と読みます。
以後お見知りおき下さい。

この小説は、この世とあの世を往き来できる力を得た主人公が、あの世の魂を通して、その裏に潜む闇を見つめていくというものです。
この世の、人間の、空虚さを憂う主人公が見たものとは……?

初投稿のため、何かと至らぬ点もあると思いますが、宜しくお願い致します。

Re: 幻影 ~魂の業/陽と陰~ ( No.5 )
日時: 2016/05/19 06:16
名前: 忌業禍穢(イミカリカイエ) (ID: 9O29kkFK)

 その後、男は別棟の突き当たりにある倉庫のような部屋を訪れた。研究所の端にあり、元々人の出入りが少ない部屋。その上このような遅い時間であるため、此処に来る途中にも、勿論室内にも、人影は無かった。
『資料室』そう書かれたプレートが点灯する部屋には、資料を置くための机、収納用の棚、PCだけが並び、他は本や資料で埋め尽くされている。実に殺風景な部屋である。
「一つ一つの研究、特に資料整理などには時間をかけるべきではございません。」
男は部屋に入るなり、資料を手に取り、ボソリと呟いた。そんな愚痴にも似た独り言の最中にも、彼の手は一切の淀みなく資料をまとめ、整理し、または作成していく。だが、そのような慣れた事務作業に、荒れた呼吸が混じった。男の息は切れ、段々と早くなり、肩が上下する。仮にも研究者であるこの男が気付いていないはずなど無いのだ。しかし、『気にする必要すら無い』とでも言うのか…彼の手が止まることは無かった。
「次 は…上、ですか…」
切れ切れの声が残響する。彼は…
フラリと立ち上がり、棚の最上部に手を伸ばす─が……

 『ガタン…、─ドサッ』

彼の手が資料に届くことは無かった。
足元に積まれた資料の山がバサバサと音を立てて崩れる。

血液の流れなくなった彼の身体を、卓上の試薬トレーに載せられた薬瓶だけが映し出す。
PCディスプレイの中には平然と11:14の文字が浮かぶだけだった。

 
 何が起きたのかも、
 何が起こるのかも…

知る者など、居なかった─

Re: 幻影 ~魂の業/陽と陰~ ( No.6 )
日時: 2016/10/02 09:19
名前: 忌業 禍穢 (イミカリ カイエ) (ID: 9O29kkFK)

荒涼とした、それでいて存在しているかと訊かれたなら崩れ去ってしまいそうな脆さを孕んだ大地が、浮遊しているかのような空間が、どこまでも広がっている。一体、何が起きたのか…ここがどこか、なぜこんな所に居るのか。
そして何より、男は立っているのだ。先程までの、目にも見えた身体状態の悪さはどこへやら。平然とした様子で立っている。肌の色も、白いことは変わらなかったが、滲んでいた青さが消えていた。男も無表情の中に驚いたような色を浮かべる(もっとも、片眉を軽く潜めただけだったが)。


「まだ若いのにお気の毒だなぁ。」
突如として男の背後から声が聞こえた。
決して低いとは言えないその声は間延びしていて、気の毒がっているとは到底思えない。

「突然で信じられないかも知れないけど、君は死んでしまったんだ。今の君は魂だけの状態なんだよ。」
つかつかと男の前に歩み寄りながらそう言う。現れた男は少々あどけなさの残る顔立ちをしているが、それを拭って余りあるだけの特異な雰囲気をまとっていた。紺色の地に金糸の刺繍をあしらった着物、白銀の帯、紐草鞋という出で立ち。帯からは細い鎖で繋がれるように刀が下がっており、左手には笏のような物を持っていた。

普通の人間ならば、『あなたは死にました』と言われて受け入れられることはまず無いだろう。しかし、この男にとっては別段気にするべきことでは無いらしい。

「嗚呼、道理で身体が軽いのですね。」
至って平静にそう言うと、着物の男の真正面に立つように向き直った。
…のはいいのだが、着物の男はうつむき、前傾姿勢になって何事かぶつぶつと言っているのだ。資料室で倒れた時のままの姿である、白衣の男も無表情ながら
「どうされたので…」
案ずるように言いかけて、止まった。残りの言葉はため息として溢れていく。着物の男は笑っていたのだ。肩を小刻みに震わせ、終いには声をあげ、腹を抱えて笑い出す。
「フッ…ククッ……君、お、面白いよ…ふふッ…」


一通り爆笑し終えたところで、白衣の男が少々不快そうにたずねる。
「さて、先程あれほど御笑いになられていた理由と、この場所、状況の説明をお聞かせ願えますか?」
「いや、すまなかったね」と着物の男は笑いを収め、噺を始めた。

「ここは死後の魂が集い、罪を認め、循環していく場所なんだ。隠り世と言ってね。」

「輪廻転生、ですか?」

「少し違うね。六道に別れる訳ではないし、ここに地獄は無い。魂を浄化するために、罪を問い咎める場、罪を責め、つぐなわせる場とかはあるけど、そもそも罰を受け、つぐなわれるのは魂ではなく業そのものなんだ。それに現し世も隠り世の1つ。まぁ、あそこはいくつもの世界が混在しているから、“現し世”なんてそれらしい名前がついたんだけどね。それに魂が最も試されるのが、人間という存在だ。」


すると白衣の男は思案顔で問い返した。

「人も動物も物質・物体も循環の上にあり、全てに魂という概念が存在していると?それらは全て一度ここに集まり、いくつもの隠り世…の中の世界に振り分けられ、罪という業だけがこの場所でさばかれ、つぐなわれ、浄化される。そうおっしゃりたいのですか?」

着物の男は目を細める。
「その通りだよ。素晴らしい理解だ。面白い…
今度は僕から訊いてもいいかな?」


死者の魂らしくない、白衣の男の態度に彼は興味を示した。




「なぜ、自分が死んだというのに動揺しないんだい?そのように若くして亡くなったのに、戸惑いや悲しみ、願望や悔しさなんかは無いのかい?」

とても面白いです! ( No.7 )
日時: 2016/05/21 14:57
名前: 皇帝 (ID: g41dHign)

とても面白いです!
続き気になります!

Re: 幻影 ~魂の業/陽と陰~ ( No.8 )
日時: 2016/10/03 20:03
名前: 忌業 禍穢 (イミカリ カイエ) (ID: 9O29kkFK)

皇帝様、ありがとうございます!!
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それは、あまりに突飛で…ぶしつけな質問だった。だが、着物の男は目を逸らそうとはしない。

以外にも、沈黙が破れるのに、そう長く時間はかからなかった。白衣の男は無表情でたたずんでいたが、やがて、少しだけ重い響きを持った声で告げる。

「私が居たところで、世界は虚無で人間は空虚な存在であることに変わりは無く、むしろ自身がそれを痛感するだけです。人間は、存在そのものが罪の上に偶像を重ねて成り立っている…そのような生に何の意味があるというのですか?そのような愚かしい存在、あるいは期間に悔いや未練などございませんよ。もちろん、死を望む訳でもございませんでしたが。自ら命を絶つことも、救いになどなりません。それは、虚ろな幻想と、本質を見失った、より愚かでな罪でしかありませんから。
ですから、私には悲しみや悔しさはございません。人間はいつか死ぬものですから、困惑などもございません。宿願ならばございましたが、研究の完成のみですから。どなたかが、後継して下さるでしょうし。…私はこのような痛みのみが存在する、無為な生を終えられる事に随喜の念さえ感じているのですよ。そしてまた、そのように思わせる世界には、存在する意味や価値など無い、とも。」

今度は、着物の男が言葉を無くす番だった。その魂の思想の暗さに─では無い。
彼はこれまで、いくつもの魂と接してきた。その中には自殺した者も居たし、死に喜びを感じていた者も居た。しかし、今、白衣の男の口から出た言葉は、そのどれとも一致しなかった。彼には白衣の男がどれほど大きなものを抱えているかが分かっていた。しかし、その魂の言葉は、決して自らの重荷から逃れるためのものでは無かった。
そして…


その言葉が意味するのは、紛れも無く、
彼(もしくは彼ら、か)が抱く愁いそのものであった─

Re: 幻影 ~魂の業/陽と陰~ ( No.9 )
日時: 2016/05/28 00:18
名前: 忌業 禍穢 (イミカリ カイエ) (ID: 9O29kkFK)



「僕と同じ、か…」
ボソリと着物の男が呟く。その声は白衣の男の耳には届いていなかった。─いや、着物の男に白衣の男に聞かせる気は無かった。


「だからさっき、あんな突拍子も無いことを言ったんだね。」
君の質問に答え終わっては、いないからね。と前置きして、着物の男は話し始める。

「さっき僕が『君は死んだんだ』と言った時、君は動じもしなかっただろう?挙げ句の果てに『だから、身体が軽い』と来た。
普通、君みたいに早くに死んでしまった魂の多くは驚いて絶望するし、残りの少数は狂ったように喜悦するものなんだ。自殺者は別だけどね。でも、死んでも救いが無いなんて知らないから、絶望して業が増えていく。
だけど、君は絶望する訳でも無く、喜ぶ訳でも無く、ただ淡々と事実を受け止めた。そしてそれは、死が救いでは無いことも知った上で、疑念を持っている現し世から脱却したことに対してある一種の価値を抱いているからこそのものだ。
それをさっき君に聞くまで知らなかったからね。ずいぶん間の抜けたことを言うな、と思って笑ってしまったんだ。だが、検討違いもいいところだったようだね。すまなかった。」

そう言って、着物の男は少し頭を下げた。

「君は、それでも生きたというのにね。」
その一言には、確かな謝意とある種の畏敬の念があった。そして、『辛くは無かったのか』という疑問も。白衣の魂はそれを鋭敏に感じ取っていた。

「いえ、全ては一時的な物事に過ぎませんから。そのようなことに一々惑わされ、苦しむなど、愚かしい真似は致しませんよ。」
さらりとそう言ってのける。おそらくそれは、現実を虚無と認識しているからこそのものだろう。普通は、その一時も、苦痛なのだ。彼もまた、それは知っている。それでも彼は全てを切り離していた─。


「そうかい。
…君、名前は?」
着物の男は何かを思い付いたかのように尋ねた。
「卯月 堺理と申します。」
「では堺理くん、僕に、ついて来ないかい?手伝ってもらいたいことがあるんだ。君のような思考を持っている人に、ね。」
堺理の目に疑いの色が混じる。
「そんなに疑わしそうにしないでくれたまえ。君には生きながらにしてこちらの仕事をしてもらいたいんだ。それとも、こちら側にいながらにして、つまり自由に魂になれる状態で、現し世で生き永らえてもらう、と言った方がいいかい?もちろん、全て僕の独断だがね。」


「…君に、頼みたいんだ。」
残響が、重く耳朶を打った─。


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