ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

複雑ファジーに移動しました。
日時: 2013/01/09 21:36
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

【もしも、光のために影があるというなら】

【私は今、光でも影でもない存在になろう】

【そして私は世界を見降ろし、嗤うだろう】

【空は拒み、大地は弾き、海は阻むだろう】


————白い女と黒い男の、幾重にわたる孤独。


序章 The white steal heart and umbrella
(白は傘と心を盗む)


 雨が、一寸先までも遮断するがごとく降りすさぶ。
雨靄につつまれてヴァロック・シティはいつもに増して陰鬱(いんうつ)な雰囲気だった。
 
 治安が悪いくせに非常に小さな街のここは、噂の広まりの速さもさることながら、一度に盗難や事件が起こるのが多く大規模である。
 今日に限ってこの街の者は、不思議なことに傘を持たず濡れながら走り帰る。それもそのはずで、彼らは一人一人ずつが小さな盗難に遭っているからだ。だから、トラン大通りに傘をさす人影はない、はずであった。

 だが、黒く塗られたような空間にぽつり、と一転にたたずむ—————————白い、雨傘。

 その様子は妙な異質さを持って、迫る。

周りを足早に歩く人々の「動」と白い者の「静」がやたらとはっきりしてみえた。

 口角をにやりとつり上げ、白い者は一歩前に踏みこみその傘を頭上高く投げ上げる。

 途端に雨にさらされるその優雅な白に飾られた全身。細身の、一切装飾がない白タキシード。結婚式にこれから行くような晴れ着がざんざん降りの雨の中で濡れていく。淡く揺れるプラチナブロンドは腰辺りまで長く、ひときわ輝く血の様な赤色の瞳が不気味にぼやけた。
 人形のように整った顔立ちの、妙齢の女であった。

 容貌があらわになり、周囲の人々は小さく声を上げた。

「あれは」
「あの恰好は」
「おい、まずくないか」
「ねぇ、あれ道化(ピエロ)?」
「ちがう、あれは————、」

「白き悪魔(ブラン・ディアブロ)がでたぞォ———————!!」

 その声から、怒声と阿鼻叫喚(あびきょうかん)が響く。

「————今から私の告げることを、厳守なさい」

 涼やかに、冷涼に。今降り続けている雨のような響きを持った声が、不自然に響き渡る。

「《これから、白き悪魔(ブラン・ディアブロ)はここトラン通りを占拠します》『エージィ・トラキア』にそう伝えなさい」

 聞き覚えのない人物名に、大きく戸惑う人衆に、「言い方を変えるわ」と言い彼女はさらに続けた。

 「黒の断罪(ノワール・ギルティ)に告げなさい。《私はこれからあなたの大切な物を奪う》と」

 そして、この街も消す、と。

 その言葉を聞き、群れをなして逃げていく人々を見据えて、「白き悪魔」と呼ばれた女が嗤う。

「さて、どこまで使えるやら。しかし、取って喰いやしないのにねぇ」

 そして興味を失ったかのようにきびすを返す。残ったのは、真白の傘。
 
 まるで彼女の人物の動きを聞き澄ましていたかのように、不意にひらりと風が傘を舞わせた。

 「ヴァロック・シティ」。今日もこの街は、何かと騒動が起こるところである。



目次

人物紹介  >>1

序章  >>0

第一話  >>2 >>4 >>7 >>9 >>11

間章  >>5-6

第二話  >>13 >>15 >>17 >>18 >>19

     >>20 >>21 

第三話  >>22 >>23 >>24

間章2   >>25 >>26 >>29

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.20 )
日時: 2012/12/17 21:39
名前: 名純有都 (ID: jmwU8QL1)

第四章 A sity wrapped B & W
   (街は白と黒に包まれて)



どうか神様、あの大切な人を忘れさせて。
未練なんていらない、思い出もいらないから、だから、



———捨てさせて。誰かに縋るような、私の弱さを。








「これに限らず、可能性はinfinity———つまり無限ですよ」

「でも、それならこの街の人間じゃない、ってことに……?」

 ヘイリアが、急に核心をついた。エージィはにやりと笑って言う。


「そーいうことだ。…まあ、俺が思うのは、白き悪魔(ブラン・ディアブロ)もどーせこんなことで白旗なんて揚げないだろ」


「そもそも、何がしたくてそそのかしたりなんかするんです?「ヴァロック・シティ」を混乱させるため?それとも、
——————そうか。なぜ、私はこの可能性を、疑ってなかったんだ」

ヘイリアは、既にリョウとエージィが辿りついていた答えに触れた。
だが、顔色はかんばしくない。当たり前だ、なぜならその答えは……。


「元から、白き悪魔と対になる存在の、エージィさんを狙って、催眠を解いたのか——————!!!」


 襲われたのは、『特定された』家屋。……“シュヴァルツ・クロウ”だけが、その犯行の対象。無差別ではない。


「そーだ。お前にしてはイイ答え。だが少しずれてるな。それはただ誘導しただけだ。完全に催眠は解かれていない。単に、白き悪魔の催眠は強固じゃなくて、しかも俺相手には全く掛っていない。…それは、今俺があいつの顔を覚えていられることにも、繋がっているはずだな」

「そうでしたね……。彼女、確実に面白がってエージィさんだけ妨害していないから」

「つまるところ、白き悪魔は俺の事柄に関して全部緩くしておいた。それこそ、催眠のたぐいで。たぶん、こんなことも起こるのを予測しておいた上で。
 だから、『この事を知っているか、俺と白き悪魔との干渉を避けたい人物』が、自分の手を汚さずに他人に全てを教えて誘導した。…そいつは、容量オーバーでパンクして言われた通りここまで来ただろうな。
 だが残念、俺は中枢に行って会議中」

「あの白の中毒女、どう考えてもエージィのこと余興程度にしか思ってないよね。……あの頼まれていた報告書、一応シティ管理局に送った。
間諜(スパイ)だった?それと、何回かにわたって取り付けられてた盗聴器も回収済み。
 報告書はヘイリア、盗聴器は俺。感謝して崇めたてまつれ」

語尾に星がつきそうなリョウに、あのな、とエージィは告げる。



「俺、一応上司」

「…………ざまぁ」

「ヘイリア、君人のこと言えないでしょ」



—————————————————————————————————————


「……今、「ヴァロック・シティ」は一般人が入ることを禁止されている。即刻、退去を要求する」

 がたいのひとまわり大きい男にすごまれても、プラチナブロンドの美しい髪を流す青年は笑みをたやさない。それどころか、さらに笑みを深くして見せる。

「アルフィス・ハイレン。入国パスは、「ヴァロック・シティ」の市長から免除済みだから」

 彼がちらりとその『印』をちらつかせると、警備兵は突然恐れ多いといったようにかしこまる。

「……は、はっ!失礼いたしました。法皇様のご友人でしたか!どうぞ、お通り下さい。」

「—————誰があいつの友達だよ。僕は、無理矢理お目付け役に抜擢されちゃっただけだってば」

「……は?」

「いいや、なんでも」

 また能面のような微笑みをはりつけてから、アルフィスはその門をくぐった。彼の本質は、この街にある。

 —————————やっとあえるね、ブラン・ディアブロ。

 無邪気な狂気をにじませるその無垢な眼は、やはり異様だった。











Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.21 )
日時: 2012/12/30 20:06
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

第五章 Judgement for you
(あなたに裁きを)



 『おつかれパーティー』と評されて単なるやけ酒が展開された後、ヘイリアは一人で暴れて一人で沈んだ。

「この馬鹿新入り、所々俺への不満ばっかし言いやがって……」

 リョウは嘆息して、そのまま眠りこけた彼女を抱き起こす。だらしない、というか眼のやり場に困るような姿勢で寝がえりをうちそうになるヘイリアを必死で押しとどめてソファに転がした。

「というか、こいつは図太すぎないか?普通、怯えて一晩は怖いって言って泊りに来るとかいう展開もあり得るだろ」

「待て待てエージィ、この顔を見てよ。まず、この男二人女一人って状況でここまで安心した顔で寝る女なんて、ヘイリアぐらいだから」

 革のソファに気持ちよさそうに寝ている彼女は、自覚がないのか図太いのか。

「それだけ信頼されてんだろ、俺ら」

「でもだからって、その信頼に付け込んで襲うほど俺らも女に飢えてないですよね?」

「まあ、な」

 そう言って、何杯目かのワインをあおる。疲れに、酔いはさっさとまわってゆく。そういえば、と揺れる思考の中で忘れていたことを思い出した。


「————そうだ、間諜だがな、中枢本部の嫌味なジジイ共の中にいたぜ」


「……へぇ、白の悪魔(ブラン・ディアブロ)、ずいぶん明け透けな策に出たもんだな」

 さして驚かないリョウに、エージィはさらに続ける。

「奴等は俺のことを良く思っていないのが多いからな。また白き悪魔のことで言われたときに、ソイツが、白き悪魔についての『容姿』のことをこぼしたんだ。
 おかしいだろ?俺以外、顔を知るものはヴァロックの街にいないはず。もしいたなら、それは内通者だ。あぶり出しが利くから、さっさと御用になった」


「そういうわけか、帰りが少し遅かったのは。で?結局、エージィの問題は解決してないでしょ。こっちも、話がどうやら嫌な方面に動きそうで不穏なんだよな」

「ああ。まだ、あのメッセージは解けていない」

「≪あなたの大切な物を奪う≫。よくわかんないね。それに、もうひとつの方もよくわからない」

「≪トラン通りの占拠≫——————そう言ったらしいが、一切動きがない。これから、とも言ったようだが、まさかダミーなんてことは————」

 脳裏に、白い姿だけが浮かぶ。白は黒があるから輝き、黒は白があるから引き立つ。—————宿敵、そうだと昔から言われていたような気がした。

「ああ、それとね、エージィ。———あいつ、来るよ。俺は御免こうむるけど、あいつがいなきゃもっと人が死ぬよな」


 不意に白き女の影が薄れて、浮かぶのは招かれざる客人だ。
—————————————————————アルフィス・ハイレン。

あの男は、間違いなく、躊躇わずに………あの女を、殺すだろう。



 では、こう思うのは罪かと、エージィは黒の断罪(ノワール・ギルティ)として思う。





 お前を殺すなら、俺が。俺が殺されるなら、お前に。


                   第二話 完

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.22 )
日時: 2012/12/22 18:52
名前: 名純有都 (ID: jmwU8QL1)

【最初で最後の口付けは儚い】

【決して叶う事の無い願いも】

【消えそうな泡沫に燃えゆく】



【世界が愛したのは、だれ?】





第三話 一章 Probably bitter?
(苦しいでしょう?)




「—————ッ!」


 珍しく平静を失った瞬間だった。
レインはベッドから跳ね起きて、しかしすぐに力なく膝を折る。

 痛いほどに、心臓が早鐘を打っている。


「あ、ッ」
 声さえも満足に出なくなって、鼓動は呼吸を急かしていく。
 汗が滝のように溢れだし、震えが止まらなくなる———。



「レイン様!?」

 テトラが慌てて駆けこんでくるのが、滲むレインの視界に見えた。

「平気、すこし、すれば、……おさまる、から」

「発作ですか」

 察した彼は懐の薬袋を取り出して、ベッドの傍らにある水差しをレインに飲ませた。

 そして、己の口に薬錠を放りこみ、




「………失礼します、レイン様」




 ————————くちづけた。


 レインは一瞬驚いたようにその赤眼は見開かれ、しかしその表情は嘘だったかのように取り繕われた。目を閉じる。テトラの舌が己の唇をこじ開けてくるのに任せた。
 実際、跳ねのける力も、今の彼女には無い。テトラはあくまで事務的に、レインに薬を飲ませているのだ。そう、思うことにした。
 
 だが、その口付けは長く、とても長く感じた。


 やがて、テトラが唇を離す。
 この男に女に抱く欲望は無いのだろうかと、ふと考えた。まあ、レインが相手なら理性的なブレーキがかかるのかもしれない。
 自分が男なら、確実に舌入れる、なんて馬鹿なことを考えていると酷く丁寧に、繊細な手で抱きあげられた。

 テトラを攫った———彼は、雇われたと思っている———あの日、彼は『過去などいらない』と泣いた。あのときから、5年か。あのときテトラは14で、まだ少年と言えたであろう。今はもう、背は追い越され彼を軽く見上げなければならないほどだ。
 

 私が催眠する力を持っていなければ、彼はいつかもっと深い苦しみにさいなまれただろうか?


 否、違う。レインは、恐れていた。事実を知って、しかし逃げようともしないやさしいこの青年を失うのが、怖いのだ。
 きっと、このしなやかで毅いテトラと言う青年は。苦しみにも、曲がらずに乗り越えるだろう。今の彼なら。


「……貴方は、僕が悪夢を見たときはいつも、おとぎ話をしてくれました」

 また優しく、ベッドに降ろされる。四肢を投げ出したまま話を聞くレインの肩に、テトラは自分の上着を着せた。
 彼の双眸は危うげに澄んでいる。

「貴方は、僕が何かに怯えているのを知っている」

「—————今は、言えない」

「そして、貴方も…レイン様もまた、何かを恐れている」

 一呼吸を置いて、テトラは問うた。殺伐とした瞳で、返り血を浴びたまま帰ってくる姿とは、まるで違う。
 彼女は、今ただの美しい女にすぎない。


「何に、怯えているんです?」


 その赤い眼は一瞬、炎のように揺れた。




 

 

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.23 )
日時: 2012/12/29 22:01
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

第二章 Did’nt say “I love you”,because I am afraid.
(貴方を愛していると言えなかったのは、私が恐れているから)



 みしりとベッドが悲鳴を上げる。
 それは、突然レインが布団を撥(は)ねあげテトラに接近したためだった。
 レインは、彼の襟首をその力にそぐわない細腕で掴み上げ、睥睨する。
「……テトラ。貴方が、自ら私のような者に干渉する必要性は皆無よ」
 その声は、少し前までとはあまりに違う。穏やかな碧眼で、テトラは彼女を見つめた。
 途端に、その目線が戸惑うように逸れた。「なぜ、」と至近距離で呟かれた言葉にテトラは耳を澄ませる。

「私は貴方に憎まれなくてはいけないのに」

 迷子になった少女の様な、幼い声だった。

 人知れず、彼はレインの肩を抱いた。また力なく崩れて、そして彼女は明日になれば全て忘れてしまうと、そう思ったから。


§  §  §


“レイン”


“レイン”


 自分の名前が、優しい声と口調で言い続けられるだけの、他愛もない夢だった。
 ただその声が、レインのもっとも恐れるものだったというだけで。
 ただそれだけだった、でもレインにとってその声を聞き続けるのは拷問だった。
 今は幸せと言えない状況にある。だからこその、悪夢であった。

「——過去なんて」

 そう、昔を懐かしむ必要なんて、自分には無い。
 その優しかった声が、いつか自分を口汚く罵るのなら、なにも持っていない今に縋る方が、まだましだ。
 砂の城だ。過去というものは。
 少しずつ、波にのまれて崩れて行く。
「ゆるして」
 でも、そのために憎んで。
 シーツに包まって膝を抱え、レインは夜が明けるのを待った。



 朝、二人は何事もなかったかのように顔を合わせた。
 レインはテトラにモーニングティーを頼み、ソファに腰かけた。

「テトラ、昨日貴方に『アルフィス・ハイレン』のこと聞いていなかったわね。教えてくれる?」

 言われることをあらかじめわかっていたかのように、テトラは準備よく資料を取り出し、ひとつ頷く。

「……はい。これから言うことは、黒の断罪(ノワール・ギルティ)側には知られない方がいいでしょう。恐らくリスクにもメリットにもなり得ます。
 アルフィス・ハイレン、男性。彼は、3年前にここヴァロック・シティから『追放』処分を受けたようです」

「……『追放』?権限を持つ者に、言い渡されたの?それとも、単なる個人個人での争いの中で?」

「前者です。彼は、この街から放逐(ほうちく)されました。市長と…黒の断罪、エージィ・トラキアによって」

「——ふっ、そういうことね。それで、なぜその追放された者が今更戻って来るのかという話になるけれど……、当たり前のように私のことでしょう?」

 問いかけた彼女に、テトラは頷いて肯定した。

「ハイレンは、市長たっての意思で呼びもどされたんです。ここに来るのも、時間の問題かと」

「で、あの盗聴は私に聴かせるためのものだった。ということは、向こうは結構余裕綽々(しゃくしゃく)なのね」

「兎に角、ハイレンを切り札と見るにはまだ早い。
 それから、もうひとつ。こっちが貴方にとって最も重要です、レイン様」

 つと、彼は資料から顔を上げた。そのまなざしは、はっとするほどの厳しさをおびている。


「『アルフィス・ハイレン』は——ヴァチカンの関係者です」


 すぅとレインはその光るひとみを細めた。異様に冷たいものが心の臓におりてくる。「ヴァチカン市国」……いや、「帝国」。
 黒の断罪よりもなによりも、止めなくてはいけないもの。
 一度だけ低く心音は波打ち、やがて凪いだ。

「いずれ、来るとは思っていたけれど……テトラ、彼らが本格的にこっちに来るという情報は入っていないのよね?」

「……?ええ、特にありませんが」

 緊張を吐き出すように、彼女は息をついた。今度は、レインがテトラを見つめる側になる。無垢で澄んだ、だがどこか憂いをいだく碧眼に、己の血の様な鈍い赤が映り込む。
 互いの色はあまりにも違いすぎた。

「もし、そのようなことがあったなら、貴方はこの街から出ることになる。その時は、必ず誰にも頼らずにゆきなさい。——いいえ、テトラ、貴方はこの国からさえも出なくてはいけない」

 そんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう、至極真剣に呟いたレインに、テトラは瞠目した。

「それは——どういう」

「……時が来たれば。私は、いつか貴方に言うわ」

 レインは、これ以上の問いかけは許さぬと言外に言い、おもむろに腰を上げた。
 テトラはひそかに、だか強くぐっと唇をかみしめる。レインは答えない気だろう。この場は諦めて、こうべを垂れた。

「さて……鼠がうろついているようね。私の計画がおかげで若干揺らいだわ」

 とたんに白き悪魔(ブラン・ディアブロ)の笑みを見せ、彼女は白い手袋をはめる。シュッ、と絹ずれの音がした後、もうレインの心には何の余韻も残されてはおらず。
 その銀髪をまとめ上げると、レインは凄絶にわらった。


「私を邪魔するものは、私がこの手で災厄を招いてあげる。
——私は、罪を裁くのではなく降らせる者よ」


 まるで己に言い聞かせるような最後の言葉に、テトラは躊躇いながらも見送った。

 その、白く美しい、だが悲しい女の横顔を見つめながら。







 

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.24 )
日時: 2012/12/30 19:46
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

第三章 She is far away for brilliant
   (まばゆく、それゆえに遠いひと)

 日常だった。
 日が苛々するほど照り、乾いた空気が喉を乾涸びさせる。
 スラムでは毎度のようにドラッグ交渉がなされ、それを知らないふりをして通り過ぎる。
 ただの、エルサレムの日常であった。といっても、隠れて小銃を携帯する日常があるのかと苦笑するしかないが。
 そう、何度も言うが日常、「だった」。

 たった今、その日常は一人の目の前に立つ人物に覆されている。

 突如として、異質な人物が現れた。そのひとは、本来ここにいるはずのない者だ。
 暑苦しい白の礼服、しかし汗も焼けた後も見られない肌。帽子からこぼれる銀髪。
 明らかに、自分の知る人物で言えば一人しかいない。
 その人は、ダンッと地を蹴った。
 その瞬間に、白い残像は瞬く間に目の前にあらわる。手袋をはめた手に人の命を奪う凶悪な武器が握られているのを見て、

「——ッ何の誤解だ、レイン!!」

 ……叫ぶ。その凶器は、サラディーン・アスカロン・シオンのちょうど目と鼻の先で寸止めされた。

「……なんだ、貴方じゃないの?『エルサレムの英雄』の子孫」

「何のことだよ!!やめろよ、その呼び方。てか武器を降ろせ」

 レイン・インフィータは先ほどの殺気が嘘のようにおどけて戦闘用のぎらついたナイフを降ろした。
 ぞっとする、この女は本当に人間か。というより、何の連絡もよこさずにいきなりこの地に来るのもなんだとおもう。

「あら、サラは冷たいのね。せっかく会いに来たのに」
「だとしたら、何で襲うんだ……」
 理解不能である。美しい女は、相変わらず涼やかに笑った。
「一種の愛の表現かもね?」
「白々しいわ!」
「——可能性あったと思うのだけれど」

 急に、レインが声音を低めた。周りに集まりつつある視線と、彼女にとって相手にもならない殺気を見つけたらしい。

「全く、エルサレムといえどもこんなものよね。聖地カナン……「乳と蜜の流れる土地」だなんて、それこそ白々しいと思わないこと、サラディーン」
「それ、俺の前で言うのか、悪魔さんよ」
「ふっ、でも貴方は汚く、でも聖家よりもずっと強く生きているわ。だから私に出会えたのよ。不思議なめぐり合わせね。ヴァチカンを憎む貴方と、ヴァチカンで罪を犯した私。——今話している暇は無いわね。
 邪魔、よッ!!」

 振り向きざまにレインは飛ぶようにして振りおろされた鉄パイプを避けた。
 サラディーンはいつものことながら、その素人の攻撃を防ぐ。
 レインが素早く背後に回り込んで手刀をかまし、それで終わりだった。

「お前、ヨーロッパで殺人鬼とか言われてなかったっけか」

「ここでまた話を大きくするつもりは毛頭ないわ。
——サラ、嘆きの壁まで案内を頼むわ。そこでゆっくり、話しましょうか」


§ § §


 所変わって、ユダヤ教の聖地、嘆きの壁。
 多くの祈りをささげる者たちの中で、静かにレインは呟いた。

「悪いわね、完全な誤解だったわ。どうやら、しらみつぶしで私は目的を探すしかないみたい。ここには、今日ついたばかりよ。
……テトラには内緒で来たの」

 はぁ!?とサラディーンは声を上げる。しーん、と水を打つような静寂の中で、さほど大きい声でもなかったのにはっきりと響いた。

「——テトラ少年、怒るぞ」

「致し方ないわ。……本当、ごめんなさい。いきなり押しかけて挙句殺しかけたわ。なのに貴方って人は、まだお人よしなのね」
「こんな街に居ると、荒みたくもなるがな。まぁ俺はこの性質のおかげでお前から『彼ら』の情報を貰えてる」
「はは、そうね。私が貴方に催眠をかけないのは、お互いのメリットになるからかもね。焦ってるのよ、柄じゃなく焦ってるの。珍しいでしょう」

「……何があった」

 日が、暮れ始める。黄昏が、レインの銀髪と赤眼を染め上げた。
 美しい、誰でもそう思っただろう。

「私の犯罪が、模倣された」

 苦々しい表情だ。サラディーンは何も言わなかった。

「つまりは、誰かがそそのかした。私の、この催眠というちからを知った上で、私を知る者が、誘発した」
「だからって、相当離れた距離の俺んとこまで来るかよ……」
「それもそうなのよね。テトラに黙って来ちゃった、後々面倒なのよね」
「第三者なら、お前の関わったところまで一度行ったらどうだ」

「——私またヴァチカンに行かなきゃいけないわね」


 ヴァチカン。
 すぅっと血の気が引いた。
「行く気か?」
「それしかないわ」
「では、どうする気だ。ついでに、とか言って全部の元凶でも断ち切りに行くのか」
「そうね……法皇殺したら私って、どういう人物?」
「——もはや、殺人鬼ではない。災厄そのものだ。神に仕える者を殺すってことは」

「————ねぇ、サラディーン。法皇って、過去の歴史にうずもれた犯罪者なのよ、知ってた?」

 艶やかに微笑んだ悪魔を、男は見つめる。

「彼らはね、この地を求めて何度も人を殺しているの。




そして、今も」


 ついに、サラディーンの眼は極限まで見開かれた。
 彼女は、言外に、……何を言いたいかなんて簡単に見当がつく。



「貴方の情報屋にすぎないレイン・インフィータが貴方にお願いするのは、図々しいけれど貴方にとっては目的を果たす第一歩よ。聞いてくれる?」

 彼は、沈黙で肯定した。レインは真摯な眼で、見つめる。
 初めて会った時も、こんな眼をしていた。



「——「ヴァロック・シティ」に来て。白き悪魔(ブラン・ディアブロ)の最後の殺人は、貴方に見届けられる必要がある」










 


Page:1 2 3 4 5 6



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。