二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

As Story〜過去分ちょっと修正
日時: 2012/11/12 00:39
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)

初めまして!
書き述べると申します。


 この作品は以前、シリアスのカテゴリーだったのですが、第七話からはこのサイトに投稿されている他の方の作品の内容を混ぜ込ませていただくことになりましたので、このジャンルに引っ越してきました!

カキコ内二次(合作じゃないですよ)……結構珍しい様な気もします。

混ぜ込む作品は——
『Enjoy Club』(作:友桃様)
です!


1点注意していただきたい事が……。
冒頭でも触れておりますが、もともとシリアス・ダークの作品なので、そのカテゴリー特有の表現があるかも知れません。できるだけグロい表現は使わないつもりであはりますが……。


更新の間隔が2か月空いたりすることがよくありますが、寛大な御心で受け入れてくださいますと大変有り難いです!


【最新話直前の状況】
 犯罪組織の先手を打つべく、警察が技術の粋を尽くして開発した時空間走査システム。システムは無事起動したが、早速時空間を移動したと思われる人間の反応を示した。一時、フロアは騒然とするが、反応の正体は、本稼働前に引き揚げ損ねたテスト用人員だった。そして初回の走査処理を終える直前、2012年1月の期間に、42件にも及ぶ正体不明の反応。正真正銘の時空間犯罪者の可能性が限りなく高かった。




【お客様(引っ越し前の方含みます)】
  アメイジング・グレイス様
  アサムス様
  友桃様
  通りすがりの者です。様



【目次】

 1話 >>1

 2話 >>2-3

 3話 >>4-5

 4話 >>6-11

 5話 >>12-13

 6話 >>14-19

 7話 >>21-25

 8(1)話 >>29-31

 8(2)話 >>38 >>41 >>44 >>46 >>48 >>51 >>53 >>58 >>60-61 >>63-64 >>70-75

 9話 >>81-82 >>87-88

 9(2)話 >>90-91

 9(3)話 >>95-96

 9(4)話 >>98-100

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21



As Story 〜6〜 ( No.14 )
日時: 2011/06/24 18:33
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)

 身じろぎひとつ許されなかった。全ての光明を飲み込む漆黒の瞳孔に向けた目線を外そうとしたが、金縛りにあったかのように体が言うことをきかない。通行人は何事も無いかのよう張り付いた顔をピクリともさせず、二人を避けて足早に通り過ぎていく。
「ア、アビ……」
 殆ど息の掠れる音しか聞こえない声を辛うじて絞り出した。だが、自分の耳に予想以上に大きく響き、己の声で右手がビクついた。
 出し抜けに現れた薄汚い死神に光曳は動揺の色を隠せなかった。何故再び光曳の前に姿を現したのか。一度殺したのには飽き足らずまた俺を殺りに来たのか。それも日の昇った明るい時に。よりによって通勤・通学の人間が大勢いる朝のこの時間にだ。そんなことはあいつの仕事には関係ないのか。何気無い素振りで周囲を見回してみたがパートナーだった痩せの姿が見えない。ビルの陰にでも隠れているのか、それとも正面の大男に……。それともう一つ、あの時俺が締め上げられた時に吐き出した唾液の断片が乾いてできたとみられる白いシミが黒いマスクの所々にこびり付いているが、あいつはあの時のバラクラバを被りつづけているのか?
 自分の置かれている状況を把握しようと光曳の頭の中で自身の声が一斉に騒ぎ出し、それが一層光曳の動揺を助長した。
 底の固い革靴を履いたアビーの右足がじりじりと半歩前に突きだされ、光曳との間合いをさらに詰める。
 巨漢の殺人鬼から烈々たる殺気が熱を帯び、その巨体の周囲に陽炎が見え隠れしている。そして極めてゆっくりとではあるが範囲を広げ、光曳を飲み込もうしている。
 立ちすくむ光曳の右の指先に陽炎が触れた。生暖かい感触が指の末梢神経から即座に伝達される。それを感じ取った男の脳が肉体に怒号をあげた。——逃げろ!早く!
 目を皿にしてアビーに見入っていた光曳が更に目を丸くすると刹那、大玉のような体躯を翻し右足で地面を蹴った。白ブタ野郎の咄嗟の行動が既に予定通りであったのか後ろから殆ど同時に反応したアビーの腕が伸びる。一瞬、光曳の肩に岩から削りだしたような硬く図太い指先が引っ掛かった。光曳が歯を食いしばり海老反りになりながら肩を振って辛うじてかわした。体勢を戻し数歩目の右足を踏み込もうとした時、意に反する方向に引力が働いた。総毛立つ寒気が全身にほとばしる。ただ一箇所、右足を踏み込んだ際に後ろへ振り上げた右腕だけは寒気の代わりに関節が千切れそうな激痛に襲われた。
 光曳はここ数時間のうちに幾度となく心の臓が止まる思いをさせられてきたが、その貴重な経験をまた一つ積むことになった。走り去ろうとした勢いのまま恐怖にゆがんだ顔を後ろに向けると、視界の下方をかすかな煌きが横に流れるのが見えたのと同時に熊の手のように大きく薄汚い手に締め上げられ、うっ血して膨れ上がっている己の右手首が目に映った。更に目線をずらすと、先程の煌めくモノが見える。数秒後の自分の運命を悟った男は束の間、心臓が縮み上がり、氷の張った湖に突き落とされたような震えと苦痛に襲われた。
 光曳の予想通りアビーは左手におさめられている脇差を握りなおした。持ち主に不釣合いな精緻さで鍛錬を施されたやいばは朝日に負けることなく冷酷な光を放っている。その光を浴び、恍惚として目を細める大男の表情が覆面越しに窺えた。
 突然右腕が圧倒的な力によってアビーに引き寄せられた。
 しまった——。腰を落とし力に抗しようとしたが既に手遅れだった。100kgをゆうに超える光曳の巨体が一瞬宙に浮き、212cmの高さを誇る肉の要塞に顔面を強かにぶつけた。ボディーアーマーを装着しているとはいえ、凡そ人間とは思えない固い衝撃が前頭葉の頭蓋骨を縦横無尽に響き渡った。目に映るすべてのものが二重三重の分身をつくり、自分の周りをぐるぐるとまわっている。視線が左右に大きくぶれ、駅に吸い込まれていく無数の通勤客が映った。誰も彼も命の危機に瀕している光曳を全く気にかける素振りはおろか、眉のひとつも動かさない。皆、ロボットのように同じ角度で斜め下を向き一定の歩調で歩みを進めている。
強烈な脳しんとうを起こし混濁した意識の中で周囲の異常な状況を沈着冷静に把握しようとしている自分がいた。自分自身をを外から見ているような、至極奇妙な気持ちが光曳の中で膨張していった。次第にそれは絶望の深遠へと続く未来の想像に様相を変えていった
——ここは恐らく、いや間違いなく死後の世界。俺は……死んだんだ。
 腫れぼったい光曳の双眸がとらえた光景が否定しようのない現実であることを自らに言い聞かせるように、胸の中でゆっくりと低い声を発した。
——とするとアイツも死んだってことか?
 それは違うか。光曳は即座に否定した。理由は無い。ただ、平和ボケと世界からしばしば揶揄されるここ日本においては、あの大男が自殺でも図らない限り斃れるような事は無いように思えたのだ。アイツが自殺?そんなことは更に考えられない。あの殺し屋と運び屋のどっちが本業なのかわからない奴のことは殆ど知らないが、自殺どころか人から八つ裂きにされたってうごめいていそうな生命力を感じる。光曳が自問自答した。だが、それなら何故、アイツがここに現れたんだ?
 俄然、光曳の全身が戦慄した。ある単語——文明化社会、殊日本おいてはリアリティを全く失ってしまった概念——が疑問符と共に眼前に浮かび上がった。






As Story 〜6〜 ( No.15 )
日時: 2011/06/24 21:08
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)





地獄?

我知らず口の端が引きつった。
生前の世界における地獄と言えば戦争や災害、そして死後のそれは歴史の講義で紹介されるような地獄絵図を想像していた。だが今はそれらとは似ても似つかない通勤・通学で人々が歩き去る光景が光曳の視野を覆い尽くしている。だが、正面1メートル先の空間だけは光曳の想像した通りの、或いはそれ以上の凄惨な光景がこれから見られることを確信していた。
——アイツが地獄そのものなのか。まさかアイツに殺されても覆面の酸鼻を極む戯れから解放されないのでは?殺されも再び目を醒まし、よりエスカレートした苦痛を与えられて再び死んでいくのだろうか……。
器の小さい人間は悪い出来事が続くとすぐに自分はついていないだとか、不幸の星の下にに生まれたなどと被害妄想を抱き、それが新たな凶事を招くという負のスパイラルに陥ってしまう。昨夜から今に至るまでの光曳と言えば、運び屋のコスプレをした殺し屋との乱闘の末意識不明になり、いつの間にかここに佇んでいた。そして突如男を襲った肉体の異常に苛まれている真っ最中に長尺のナイフを手にした覆面との再度の遭遇と、泣きっ面に蜂とはこのことと言わんばかりの不憫さである。生来、あまり前向きとは言えない性格の光曳は、己の惨憺たる状況を目の当たりにし、自らの意思でどす黒い紅の底なし沼に変容させてしまった将来に向かって、周りを顧みることもせず真っ直ぐに突き進むような愚行を行おうとしていた。
——地獄?それならまだマシかもしれない。自分の犯してきた業を償うために受ける罰であるのだから。
もしかするとこれが神のいたずらというものなのかも知れない——。
ふと、突拍子もない考えが光曳の脳裏をかすめた。
あまりに平和で変化に乏しい下界の生活を見るのに辟易としていた神が、衝動的な思い付きで光曳という肉付きのよい羊を天上の享楽のための生贄として選んだのだろうか。
これが神の意思ならば今度こそアイツから逃れることは無理か——光曳はそう考えていたのだろうか。刻々と死の迫る己の運命と正対しているこの瞬間において、抗うこともなく諦念をたっぷりと込めたため息を一度深くついただけであった。
光曳の所作が終わるのを待たずして、光曳のすぐ前で破壊的な力によて締め上げられたナイフの柄の悲鳴と共に、耳を聾するしゃがれた罵声が攻撃ヘリの重機関銃掃射の如く降りかかってきた。
「なにがふぅ、だぁ!霜降りぃ!てめぇの状況わかってんのかぁ!!」
アビーのばかでかい声によって、思索にふけっていた光曳の意識が首根を掴まれて引きずられるように現実に戻された。逃げようとした際に右手を掴まれ半身のままであった体を反射的に右に旋回させ、罵声の方へ体を向けた。光曳の右腕がテニスのバックハンドのように自身の体を横切る形になった。
目線を整える間もなく右手首をつかんでいたアビーの左手が光曳の右肩を鷲掴みにし、次の瞬間アビーの同じ側の腕が甲高い風切音をあげながら光曳の鳩尾に伸びた。
 光曳が身に着けていたジャケット、シャツ、肌着の左脇腹に当たる部位に一文字の裂け目がくっきりと刻まれ、それは最奥の皮膚にまで達していた。裂け目からは生暖かい紅の流体が光曳の白い肌に一条の軌跡を描いている。今し方までの悟りを開いたかのような光曳の精神がたった一撃の——それも皮一枚切れた程度の——痛みを与えられただけで恐怖と驚愕を露わにし、二本足で立っていられるのが奇跡的と思えるほどに狼狽していた。
 光曳が驚愕したのはアビーが出し抜けに脇差で突き刺そうとしたことだけではなかった。そして同じ理由でアビーも光曳の方を向いたままキツネザルのように目を真円に開き、暫し立ち尽くしていた。唾をのむ音が沈黙を破り、アビーがやっとの思いで声を出した。最初の一言二言は本人にしかわからないようなか細いものであった。
 「よ、避けたのか?あの白ブタ……」言われた本人も返す言葉を失っていた。深刻な腹痛は今でも続いていたが、自分の体がいつもより軽いように感じていた。そしてあの大男の動きも異様にゆっくりと見えたので、特別なことをするでもなくただ体を左に反らしのだ。
 アビーは驚いた拍子に光曳の左肩の自由を奪っていた右手を離してしまっていた。物心ついた時からヤバい「お遣い」をこなしてきた手練れのアビーが滅多にしない浅はかなミスであった。
——ナマケモノみてぇな奴がぶっ殺されそうな時にゴキブリ並に器用に駆けずり回ってたことだってあったじゃねぇか。ブタに一度ナイフをかわされたくらいで動揺するんじゃねぇ!
 動揺を鎮めようと必死に自らに言い聞かせていた。幸いにも光曳との間合いは1歩強。アビーの長いリーチを以てすれば、光曳に声をあげる間も与えずにその男の体を貫くことができる距離である。露骨にこの二人との関わりを断とうとする通勤客たちは、中州に流れを分けられた川のようにルートを曲げ、滞りなく歩みを進めていた。
 突然の——光曳が隙だらけであったのが原因ではあるが——ナイフの襲撃をかわし、呼吸が整いつつある光曳は、精神の静寂と共に減少するアドレナリンとは対照的に、再び脇腹の激痛が鎌首をもたげはじめた。腹を抱え込んでしゃがみこみたかったが、すぐ前には死神の権化が虎視眈々と自分の隙を狙っている。
——隙など狙わなくとも自分の体を刃渡り40センチの脇差で貫通させるくらい造作もないのだろう。最初の一撃をかわせたのは全くの偶然かそれこそ神のいたずらに他ならない。
 奥歯が軋む程に食いしばり、片時も巨躯の運び屋——いや、やはり殺し屋か?——の血走ったどす黒い瞳から目線を外さないよう、分厚い瞼にうずもれた小さな瞳で睨み返していた。
 一回……二回……三回……。
 光曳が相手の呼吸のリズムとタイミングを合わせて不意打ちを避けようと、非常にゆっくりと上下動しているアビーの上半身の動作の回数を胸の中で密かにカウントていた。
 五……。声の無いカウントが途絶えた。斜め下に伸びる大男の足が地面を擦る音を刹那発した。聴覚が極端に高ぶっていた光曳は、いささか大げさな動作でアビーに近い方にある右足を引いた。
——アビーの足が単に足がぶれたのか?……何か、仕掛けてくるのか?
 再び光曳の交感神経が活性化の度合いを急速に高め、運動とは縁の無い肉体と精神が臨戦態勢に入り、聴覚もバックグラウンド・ノイズを取り除きつつあった。目の前の大男の呼吸のリズムが心なしか早くなっている。
——来る。……来る!







As Story 〜6〜 ( No.16 )
日時: 2011/06/25 00:17
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)





 アビーから殺気がほとばしり、その圧倒的な気迫に怖気ついた光曳が回避の体勢を整えていた体を無意識のうちにこわばらせた。愚劣な餌食が理想的な反応を示した瞬間を百戦錬磨の運び屋が見逃すはずがなかった。アビーの真一文字に閉じられた口に行く手を阻まれた自身の呼気が鼻腔を伝って鬨の声ならぬ鬨の鼻息を鳴らすのと同時に、光を湛える脇差がアビーの右側面から光曳の左脇腹へ一毛の迷いもなく虚空を切り裂きながら一直線に移動した。光曳も日ごろは絶対に出せるはずの無い動体視力と爬虫類的な瞬発力で真ん丸い体躯を左に捻り、薬物で狂ったように襲い掛かる猛牛を鮮やかに料理する闘牛士の如く、シャツ一枚切らせて凶刃をかわした。
 しかし、今度のアビーはすぐさま光曳の体格、性格からは到底想像することが不可能な俊敏な動きに反応し、先程の脇差の突きで鋭く踏み込んだ勢いを殺すことなくターゲットに向かって巨躯を転回させた。
 光曳の眼球は老後の分まで前借しても足りないくらいの運動能力を要求されていた。目の前で脇差の突きが不発に終わり、前方につんのめるはずであった覆面がネコ科最速の猛獣さながらに減速無しに90度左に転回、しけた口笛に似た音を発しながら覆面の右手おさまっているひかりものは光曳の大玉ころがしのような体躯の鳩尾を一条の白い閃光で結ばれようとしていた。
 今の光曳の肉体は——原因不明ではあるものの——数値として測定可能な能力はなべて平時の数百パーセントに及ぶ上昇を見せていた。が、しかしアビーに2度斬りつけられて以降この男の体の動作が1撃目をかわした時に比べ目に見えて鈍重になっていた。光曳自身もこの忌々しい肉体の異変に気づいており、時間とともに悪化する一方の状況に男の心臓はマシンピストルのとして世界中に名を馳せたH&K社MP5のフルオート射撃顔負けの早鐘がけたたましく鳴りはじめていた。その間にも血に飢えた覆面の死神が第3撃。4撃と淀みなく脇差による斬撃を繰り出し、前の一撃は右前腕の皮一枚を切り裂き、後の一撃は光曳の左わき腹をより深く抉った。
 覆面の最初の一撃を喰らう前の達観するような諦念の観は完全に雲散霧消となり、その身にじっとりとまとわりつく恐怖と焦燥に覚えず四肢を震わせていた。
 女性の肉体を髣髴とさせる曲線の造形美を備えた鋼の刀身に毒が塗布されているのか。それともあの刃が冷徹な意志を以て喰らってきた幾多の人間どもの血肉が怨念と化し、一介の武器に対象物の力を奪い去る能力を与えたのか。光曳の脳は溢れ出るアドレナリンによってかつてない能力を発揮し、死線を股にかける攻防の中に放り込まれ、体が怖気ついていうことをきかない現在の状況においても自分をこのような苦境に陥れた元凶を探っていた。
 だが才気あふれる小説作家でもなければバロック派音楽に感銘を受ける気品豊かな中世の貴族でもなく、決して触れることのできない虚構の住人を漫然と眺めて鼻の下を延々と伸ばし続けるしか能のない光曳が如何に想像力を巡らせてみたところで、その瞳孔に映る光景の裏に潜む災厄の根源を看破することなど、この男が改心して世のため人のために自衛隊に入隊してPKO部隊に配置されることを希望することと同じくらい難しい話であった。
 ある二つの特別な手続きを執り行った場合を除いては……。
 それは、光曳のような凡庸はもとより野卑で淫靡な人間でも永劫に続くような試行錯誤や冒険を飛び越して最短距離でその答え——光曳が突如爬虫類的な身体能力を発揮したり、すぐその能力が急速に失われつつある原因——に辿り着くことができるという、極めて有用なものである。手続きをする際に伴う行為自体も特段肉体的、精神的苦痛が伴うものでは無い。だが、目を覆いたくなるような残酷さで満たされているこの世界で、——現世にはいないので適切な表現ではないかもしれないが——生死を分かつ熾烈な攻防を繰り広げている男は文字通り八つ裂きにされる危険を孕みながら、悠長に2つの手続きを行う余裕など無い事は火を見るよりも明らかであった。そして、発射した方向へ単細胞な猪の如く突進するRPGよりも撃ちっ放しで自動追尾するジャベリンミサイルの方が桁違いにコストがかかり、綺麗なバラ若しくは女には棘があるように、もし成功すれば万能なこの手続きも相応の対価とも言うべき、実行の際の前提条件が存在した。しかしこの前提条件を満たそうとすれば、あまりに肉体的、精神的苦痛を伴うため、自ら望んでしようとするものは皆無であった。過去この手続きが成立した全てのケースにおいても、手続きを執ったきっかけは前提条件が偶発的に満たされたためであった。



As Story 〜6〜 ( No.17 )
日時: 2011/08/06 00:09
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)

 光曳の表情が苦痛に歪んでいくさまを楽しんでいるかのような覆面の攻撃が束の間止んだ。襲撃を受ける前から続いていた腹部の激痛に加え先の第4撃の深刻なダメージを受け、身体的な主な感覚の五感、平衡感覚が機能停止しつつあった光曳に、死神がまだお楽しみは終わらせないとばかりに猶予を与えたのかと、二組の瞼を開くことすら労を強いられるように感じられる手負いを受けながら、男の脳裏にそんな考えがよぎった。
 だが、生涯味わったことの無い激痛に朦朧とする太めの男の網膜に眼前の光景がピンボケした形で結像された瞬間、高い保温性を誇る男の肉体と軟弱な精神が数多の銃火器を鉄の塊として葬り去ってきたロシアの冬将軍に晒されたかのように凍りつき、絶望の淵に突き落とされようとしていた。
 ちょうど力士の又割りと似たような姿勢で両足が地面にめり込む程に踏ん張り、バラクラバから露出している死神の血走るまなこは眼前で蛇に睨まれた蛙のように身じろぎひとつできずにいる青年の胸骨の裏で脈打つ真紅の塊を捉えていた。
 殺人鬼の二つの双眸が狭まり口許がさも楽しそうににやけついた。ようやくそれに気づき我に返った光曳が持ちうる全ての身体能力と日常では絶対にあるはずの無い全身のばねを駆使し、覆面の向かって右に飛び退いた。殺人鬼の渾身の突撃から逃げおおせようとする若者がアスファルトの道路を蹴りあげる時の衝撃も常軌を逸脱したもので、突進する覆面の正面には既に目標がいなくなっており、代わりに手りゅう弾の炸裂時に匹敵する規模の砂煙が覆面の前方を覆い尽くした。
 あれほど派手な演出の回避行動をとっていながら、光曳は大股で3歩程度横に移動しただけであった。だが、身体能力が平時の愚鈍な状態に戻りつつあるにも拘わらず、120kgの大台に手が届くその巨躯は軽くなる気配を微塵も見せない状況において、先程の3歩は光曳の持ちうる最大の筋パワーを発揮した結果であった。
 ほんのわずかの疾走で光曳の全身は玉の汗が浮かび、酸素を欲する脳やら筋肉やらが日ごろは怠けてばかりの心臓に鬼軍曹のように鞭をいれて苛烈な動悸を起こし、そのせわしない鼓動に合わせて肉の鎧をたっぷりと身にまとった左右の肩もひっきりなしに上下に動いいていた。
 幸い覆面の突撃は既に軌道修正不可能な速度に達しており、進行方向からわずかに逸れたすばしこい白ブタにとどめを刺すのは到底無理であった。しかし覆面が光曳に最接近したとき、光曳は目を疑うような光景を目の当たりにした。漆黒のバラクラバに覆われた顔面で唯一露出している、迫りくる危機——場合によっては殲滅すべき目標——の状態を最も正確に母体に伝達する感覚器が無邪気に笑っていた。更にその時のアビーは光曳には殆ど注意を払っておらず、光曳が目線の先を追った限りではそこには二人を避けて中州で分けられた川のような流れをつくっている一般人——全く普通ではないが——のまばらな行列があった。
 アビーは周囲の敵味方を問わずすくみ上がりそうな殺気と生暖かい熱気を辺りにまきちらしながら光曳の傍を掠めていき、そのままレーザー光線さながらに真っ直ぐすっ飛んで行った。アビーがこのまま突き進んでいけば何が起きるか、浅薄でうだつの上がらない日々を過ごしている光曳でも強い確信をもって予測することができた。が、絶対起きてほしくないし仮にそれが起きても目にしたくもない事であった。

「ま……マジ……カヨ」

 光曳がわずかな逃走を図った際に起こした砂煙の向こうで、声を発せぬ者どもであるため、空気を切り裂く悲鳴こそ聞こえなかったが、激しく肉と肉が激しく衝突し骨がひしゃげたような、耳にいつまでも残る気持ちの悪い音がした。覆面と光曳を隔てる砂煙が、あの音の発生源を見せるのをもったいぶるかのようにゆっくりと前後に左右にとそよ風に揺られながら散開していった。その間にも、小動物がトレーラーに引かれた時のような凄惨な光景を想像してしまった光曳は体中の活力が肉体から蒸発してしまい、眼鏡越しにも焦点の定まらない瞳孔を砂煙の蒙昧としたシルエットに向けていた。
 次第にシルエットの輪郭がくっきりとしてきて細部の色の区別もつくようになると、光曳は更に愕然とした。見慣れた巨躯からのびる腕の先には使い古されて関節部分から綿が漏れているテディベアのようにだらんと力なく腕を垂らしている人影が引っ付いている。そして覆面の腕の延長線上、ちょうど腕を垂らした人影の背中の後ろに暖かい太陽光を冷え切った白い輝きに変えて反射する鋼の塊が突き出ていた。想像を絶する激烈な突きだったのだろう、その光沢を穢す肉片や血糊などは微塵もついていなかった。
 しばし悦に入っていた覆面であったがすぐさまいつもの強面に戻り、先程光曳が退いた方向を一瞥した後、首より上が先にその方向を向きはじめ、厳めしい素振りで巨大な体躯が後に続いた。アビーは相手を威嚇するために故意に動作を溜め込むようにゆっくりとする時があるが、この時の光曳にはその効果はてき面であった。死に直面した恐怖から体が過度の緊張をきたし、動きの鈍くなった体が母体を更に冥界への扉に近づかせようとする負のスパイラル。そこにあの覆面の歌舞伎の睨みのように威嚇してくる。
 光曳は21年間の人生の中で一度だけトラックに轢かれたことがあった。当然一命を取り留めているのだが、あの時のトラックが自分の体に接するまでの僅かな時間、己の全ての運動能力、感覚神経の感度が絶頂に達し、時間の流れる速さが数百分の一に感じられたことがあった。その間は自分が死ぬという考えはどこかに影を潜めてしまい、己の網膜に映る光景に魂を奪われたように見入っていたような気がする。今まさにその時と同じように時間の流れが極端に遅くなり、瞬きはおろか男の瞳孔を覆面から露出した双眸から背けようとする意志をうち捨てられてしまったような感覚が大脳から脊髄を経て全身に張り巡らされた末梢神経に伝達していった。
 あの時と違う点を挙げるならば、今は己の絶命の恐怖を絶えず感じており、男の足は今一度殺人鬼の突撃を回避すべく乳酸で満たされた筋肉を奮い立たせ、その跳躍にも似た疾走の準備を整えつつあるということであった。
 今度はアビーの並はずれた踏力に耐え切れずに木端微塵になったアスファルトの破片がその足元から噴き上がった。そして呼吸をぴったりと合わせてきた光曳も数分の遅れもなく歩道の上っ面を駆り、真左に飛び出した。が、すぐに何か柔らかい物体に接触し一歩も移動しないうちに回避行動は完結した。
「なにぃぃ!」
 とっさに覆面の方に顔を向けたが既にその距離は2メートルを割っていた。
 光曳は猛牛の如き雄叫びをあげ肩が外れるほどに腕を振り、巨躯を捩じり、今度こそ最後の回避行動をとった。光曳の衣服の背中の部分の繊維と自身の表皮がアビーの脇差が擦過する際の熱によって焼け焦げ、大気の藻屑となって吹き飛んだ。光曳は再三にわたり絶叫したが、それはまだ我が命が絶たれていない何よりの証明であった。



As Story 〜6〜 ( No.18 )
日時: 2011/06/25 00:19
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)


 倒れ込む光曳のすぐ脇で、ついさっき光曳がぶつかったもの——恐らく通行人なのだろうが——に覆面とその脇差が突っ込む様が視界の隅に映っていた。
「……すまないっ」光曳は一言つぶやいた。どのような言葉を使っても済まされることではない。そんな光曳の思いが、今の自分の回避行動で犠牲になった人間に聞こえるはずの無い、声を押し殺した償いの文言となって漏れ出た。そして、せめて犠牲になった人間の顔を卑怯な脳みそに刻んでおこうとアビーと共に倒れ込んでいく者の顔面に視線をやった。十数秒間、地上で人が生きるために最低限必要な行為——呼吸——を忘れた。腫れぼったい上下の瞼が今までの限界を超えて大きく見開かれ、全身の血流がぴたりと止まる感覚が全身を貫いた。そのつぶらな瞳の奥の網膜はよく見た顔を捉えていた。
「ね、ねえさん!」全く声にならなかった。男の眼が熱いもので満たされ、視界は滅茶苦茶に崩れ、気道は唾液と呼気で入り乱れ、心臓は収縮し、全身は脱力し、刹那身体の全ての機能が停止したかのように思われた。
 地響きをあげながら100kgをゆうに超える巨体が2体とか細い人間の体が地面に衝突した。いつものこととばかりにあっさりと立ち上がったのはアビー、そして次に肘をつき、顔を伏せたまま上半身を起こし、対戦車榴弾の炸裂を押さえこむかのごとく口を真一文字に結び全身をうちふるわせながら体を起こしたのは光曳だった。3人目の人間——光曳のかけがえのない姉弟——は両腕を投げだし、容姿端麗な顔に並んだ双眸は驚愕と苦痛に見開かれたままであった。脇差が抜き去られた鳩尾からあまりに鮮やか過ぎて気味悪ささえ感じる紅の動脈血が溢れ出ており、躯の周囲のアスファルトをどす黒く染め上げていた。
 相手は凶器を携えているのに対し、自分は丸腰。だがそんなことにかまっている余裕をしたたかさや駆け引きを知らないこの若者は全く持ち合わせていなかった。ただ激情に任せて相手に突進する信号のみが男の大脳から全身に発信されていた。
 我を失い、浮き出た毛細血管で真っ赤に充血した二つのまなこが顔の中ほどに居座り、平時の倍の心拍と血圧で拍動し続ける心臓によって全身の毛細血管が押し広げられ、光曳が纏う皮膚が見事なまでに紅潮する様は、さながら赤き鬼神であった。
 アビーも口許は余裕の笑みを浮かべつつも、脇差の構えは稽古の手本のように理想的な構えをとり、覆面に浮かぶ漆黒の瞳孔は若き白ブタの筋肉の動きをモーションキャプチャのように緻密に捉え、家畜を1頭狩る準備にゴキブリの入る隙もなかった。
 二人の睨み合いが続いた。2分、3分、4分……光曳はこのまま正面から突っ込んでも見す見す自殺しに行くようなものだと気付き始めていた。そして正気を取り戻し、打開策が浮かぶのを待とうとしていた。しかし、時間と共に記憶の中の姉の姿、非業の死を遂げた姉の苦痛に歪んだ顔が絶え間なく浮かび上がってきて光曳の内奥のマントルが沸き立ち、目から滴るしずくを味わうばかりであった。
 沈黙の記憶が5分を記録しようとした時、遂に耐えられなくなった光曳が薬物に侵された闘牛上の闘牛の如く鬨の声をあげながら無策に正面から突っ込んでいった。己の命などどうでも良くなっていた。どうせ勝ち目などない。せめて自分の全敵愾心を向ける奴の鼻っ柱をへし折ってやりたかった。だがそれも叶わないだろう。最後に定年をひたすら属服し続けるというこの男の最悪の性癖がぶり返してしまった。
 覆面のリーチに差し掛かっても光曳は全く変化を見せず、沈着かつ怜悧に成り行きを読んでいた覆面にことごとく利き腕側の肩を掴まれた。もう一方の腕が光曳の腹部を縦に貫く大動脈を断ち切らんと脇差を後ろに目いっぱい振りかぶった。
——くそぅ……———弱弱しい、語尾がフェードアウトする声が漏れた。



Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21



この掲示板は過去ログ化されています。