二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
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- As Story〜過去分ちょっと修正
- 日時: 2012/11/12 00:39
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
初めまして!
書き述べると申します。
この作品は以前、シリアスのカテゴリーだったのですが、第七話からはこのサイトに投稿されている他の方の作品の内容を混ぜ込ませていただくことになりましたので、このジャンルに引っ越してきました!
カキコ内二次(合作じゃないですよ)……結構珍しい様な気もします。
混ぜ込む作品は——
『Enjoy Club』(作:友桃様)
です!
1点注意していただきたい事が……。
冒頭でも触れておりますが、もともとシリアス・ダークの作品なので、そのカテゴリー特有の表現があるかも知れません。できるだけグロい表現は使わないつもりであはりますが……。
更新の間隔が2か月空いたりすることがよくありますが、寛大な御心で受け入れてくださいますと大変有り難いです!
【最新話直前の状況】
犯罪組織の先手を打つべく、警察が技術の粋を尽くして開発した時空間走査システム。システムは無事起動したが、早速時空間を移動したと思われる人間の反応を示した。一時、フロアは騒然とするが、反応の正体は、本稼働前に引き揚げ損ねたテスト用人員だった。そして初回の走査処理を終える直前、2012年1月の期間に、42件にも及ぶ正体不明の反応。正真正銘の時空間犯罪者の可能性が限りなく高かった。
【お客様(引っ越し前の方含みます)】
アメイジング・グレイス様
アサムス様
友桃様
通りすがりの者です。様
【目次】
1話 >>1
2話 >>2-3
3話 >>4-5
4話 >>6-11
5話 >>12-13
6話 >>14-19
7話 >>21-25
8(1)話 >>29-31
8(2)話 >>38 >>41 >>44 >>46 >>48 >>51 >>53 >>58 >>60-61 >>63-64 >>70-75
9話 >>81-82 >>87-88
9(2)話 >>90-91
9(3)話 >>95-96
9(4)話 >>98-100
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- As Story 〜4〜 ( No.9 )
- 日時: 2011/06/24 18:27
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)
「マネージャの岩倉から、今回の件のブリーフィング(概要説明のためのミーティング)で、お前は運び屋の経験は確か——」
「2年目だ」 コードが何の躊躇もなく返す。「あぁ、そうだったな、俺も覚えている。それでだ、運び屋ってのは依頼主も送り先も、そして運ぶ奴もワケありな奴らが多い。いや、そういうのしかいねぇ。だから運ぶものがスーパーの豆腐より軽くても一回の仕事で大手企業の役員の月収みてえな金が手に入るんだ。今回だってそうだ。無事こいつを届ければ、現金でこんだけもらえる」そう言ってブイの字を指で作った。コードの表情が僅かに固まった。
覆面はそれを見逃さなかった。
——カネの話は岩倉から聞いてるから今さら驚かねぇよな。じゃああいつ、なんで動揺してんだよ。—— 動揺していたのはコードだけではなかった。バラクラバの奥で滝のように冷や汗をかきながら、平静を装ってさらに続ける。
「だから、俺たちの経歴ってのは滅多に表にでるこたぁない。知っているのは運び屋ブローカー(あそこ)の情報管理部門とボスだけだ。しかもその内容は自己申告だ。た内容の真偽は仕事の成果を見れば自ずとわかる。根暗の岩倉はただ依頼内容をロボットみてぇに連絡するだけだ」緊張のあまり口が乾き切っていたのに気づき、一息唾を飲み込む。アビーに見入っていたコードがつられた。
「それでだ、本来ならしちゃいけねえことなんだが……今までの依頼主のこともばれちまうからな。だが、今だけはどうしても確認しておきてぇんだ」アビーが語気を強める。思わずコードが数ミリ体をのけ反らせた。
「お前さんがやってきた運び屋の仕事って何なんだ?」
コードが呆気にとられ、驚きの声を出しそびれた口を閉じそびれていた。だが、すぐに面相を正し、いつもの調子でそっけなく言い放った。
「郵便配達——」
「んだとお!き、貴様っ……」アビーが激昂のあまり呼吸亢進を起こし、自身の胸を掴んでかがみこんだ。コードが必死の反駁を見せた。
「か、金が欲しかったんだよぉ。いつまでたっても給料上がんないし。運び屋なら今までの経験生かせると思ってさあ!」
中途採用の面接試験でも受けているかのような回答だった。
「こんにゃろう!運び屋なめんじゃねええ!!」
コードの胸ぐらをひっつかみ、ギリシャ神話を今に伝える星座をいつもより3mほど近くで拝ませてやった。……修羅場が始まった。
二人が乱闘を始める少し前——覆面が突然静かになった時——、男たちの背後で蠢動するものがいた。勿論該当するものは一人しかいない。
アビーが光曳を締め上げている最中にコードが不意に現れた時に下に叩き落され、そのまま放置されていたのだが、アビーは光曳の脈が無い事 を確認したつもりであった。
人を絞殺したことは数知れない手練れの運び屋のアビーである。光曳の首が太いとはいえ、間違えるはずが無かった。だが、光曳の脂身の厚さはアビーの予想をはるかに上回るものであった。
アビーが自分の脈を把握しきれていないことを察した光曳は機転を利かせ、古来から使われている相手の攻撃を制止させる欺瞞の手法——要は死んだふり——を実行した。
熊にはこの手の欺瞞は通用しないことは周知の事実であるが、覆面を被った熊のような人間には功を奏したようであった。
「たし……か、……携帯」
現在仲間割れ真っ最中の二人組に悟られないようにジャケットの左胸ポケットを探る。ズボンのポケットに入れる方が使い勝手が良いのだが、ズボンのサイズがぎりぎりで携帯を入れられるスペースが無いのである。体の右側を上に向けて横たわる姿勢になっているため、右腕を動かすのは賢明ではない。つまり、左手で左胸ポケットの携帯を取り出さなくてはならないのだ。体が特に柔らかいわけでもない光曳にとってそれは非常に難しい注文であった。
背中の向こうでアビーがコードを激しく罵倒する声が聞こえる。時々飛び跳ねたり走り回る音がアスファルトをつたって極めて鮮明に聞こえてくる。がたいの大きいアビーが派手に動き回ると全身に振動が伝わってくる。物音からの推測ではあるが、まだ光曳が生きているうえに携帯電話を取り出そうとしていることに気づいていないようだ。
——もう少しだ!
ポケットに手を入れるのに手こずっているうちに体の下敷きになっている腕がうっ血し、左手の感覚が定かでなくなりかけていた。これ以上時間をかけていられないと腹をくくった光曳は、音をたてないように細心の注意を払いながら上半身をわずかに丸める。
後ろの喧騒に変化はない。
——よし。
ようやく携帯に手が届き、人差し指と中指で挟み込んで危なっかしくふらつかせながら取り出した。安堵の息を我慢し、静寂を保ったまま通報の準備をしようとした。その時……。
ブーン、ブーン、ブーン……。
突然であった。携帯がメールを受信し、バイブレーション機能が作動したのだ。
光曳の体が凍りつく。同時に後ろの物音も静まり返った。体が動いたのではないため、今は怪しまれることは無いはずだった。携帯電話は約10秒間振動し続けた。その間、二人組はついさっきまで仲間割れをしていたとは思えないほど同一の目標を監視していた。
携帯の振動が止まった。それを見計らい細身の「郵便屋さん」が、光曳の希望的推測を粉砕するような一言で沈黙を破った。
「あいつ、生きてるな」 光曳の心臓が一回突き上げるように拍動した。
- As Story 〜4〜 ( No.10 )
- 日時: 2011/06/24 18:28
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)
アビーがマスク越しに頭を掻きながら軽く言い放った。「へっ、すまねぇ。殺ったと思ったんだがなぁ」おもむろにSIG P220をホルスターから取り出す。大男がここに現れた時に最初に持っていた、サプレッサーとの相性のいい拳銃である。
最早光曳には選択の余地はなかった。後ろで何か取り出す音と共にガチャ、カチッ、と短く固い音が続く。それが何の音なのか、深く考える必要もなかった。
自殺する勇気のない人間が自殺志願しているのではない限り、それこそ白豚の如く地べたに横たわっているのは明らかに得策ではない。
アビーが少し足を開き、体勢の安定を確保する。そして1mほど前方に横たわっている光曳の後頭部にP220の銃口を向けた。ゴリラにも勝るとも劣らない巨大な手に収まっているP220が廉価なエアガンに見えてしまう。
「ぼちぼち逝くか……。お!」
大男が腑抜けた声を立てた。アビーがP220を握りなおしている隙に光曳が飛び起き、マンションの方——アビーから見て右方向である——へ駈け出したのだ。だが動揺も束の間、アビーは落ち着き払って移動目標に照準を定めた。光曳が全くもって走るのが苦手なため、アビーとの距離もまだ10メートルと離れていない。拳銃でも正確に狙える距離である。
コードが先の修羅場で痣のできた目で人間が命を絶たれる瞬間を見ようと瞳を全開にし、狂気の興奮をあらわにしていた。
アビーがトリガーにかけた人差し指に力を込める。
「畜生!ちくしょう!ちくしょう!」
あまりに唐突で理不尽な己の最期に絶叫しながら駆け抜けた。一瞬、拳銃を自分に向ける大男の姿が視野の右隅に映ったが、顔を向けることはなかった。
光曳の声がやんだ瞬間、一条の赤い光芒が男の視野を真横に貫いた。
——死ぬのか……。—— そう思った途端、足の力が抜けその場に崩れ落ちた。
「何ぃ?!サツだ、アビー!PC(パトカー)が来やがった!」
「るせえ!んなこたぁお前よりわかってらぁ」
余りにの喧騒に、付近の住民が通報したのだろう。サイレンは鳴らさないが赤色灯を明滅させながら1台のパトカーが2人の運び屋に接近してくる。
唾を吐き捨てながら大男は逃走を図ろうと体を翻したが刹那の逡巡の後、踵を返した。
「どうしたんだよぉ。おい!逃げなきゃ!」
無造作に伸びた髪を逆立てながらコードが叫んだ。しかし大男は動こうとしない。それどころか、相棒の右手にはFN Five-seveNが握られている。Five-seveNは口径が5.7mmと、一般的な拳銃の口径9mmと比べて小さいが、小銃並みの初速と弾丸の材質の改良で、貫通力はあの悪名高きトカレフTT-33を上回ることさえある。アビーのようなものが所持すると極めて厄介な代物だ。
「パトロールのポリ公なんざぁ丸腰みたいなもんよ」大男はにやけつきながら左手を腰に当て、Five-seveNを掌で回しながら言い放った。男の右手にあるマンションの明かりがチラホラと点きはじめた。
「おめぇら俺に目が合ったやつからぶっ殺す!」
アビーがただでさえ馬鹿でかい声を更にはりあげた。幾つかの部屋でサッシの開けられる音が止まり、ピシャリと音を立てて閉じられた。更にもういくつかの部屋は再び蛍光灯が消され、暗闇の中で一部始終を見届けるようだった。
アビーの目測で約150m。大凡の状況を把握しているのか二人の不審者からかなり離れたところにPCが止められ、二人の警官が車を降りた。
「そこで何をしている!」二人の警官が距離を詰めながら大男に叫びかけた。
「お互い拳銃もって、なにしてるんですかぁは、ねえよなあ!」
アビーは嘲笑混じりの声で警官に返した。街灯に照らし出された警官の手に拳銃が握られているのが見えた。警察の場合は恐らくSIG P230かニューナンブM60系のものだろう。いずれにしても、火力・使い手ともにこちらが有利と確信していた。
何回か警察官とのやり取りがあった。アビーたちを動揺させないように極めて慎重な内容の会話であった。アビーとの距離の詰め方もそれに輪をかけて遅々としたものであった。
——あいつら完全にビビッてやがる。もっと詰めてきやがれ。さっさと終わりにしてやらぁ。
アビーはほくそ笑みながら射撃の姿勢をとった。アビーの射程は約35〜40m。今はその中に入るのを待つのみであった。
お互いの持つ銃は、有効射程が50mだが、これは相手に効果的なダメージを与えられる威力を保てる距離である。加えてメーカー公表なら更にサバが読まれている可能性がある。一般的には拳銃の場合、20m離れた静止目標に当てるのも熟練を要する。
計り知れないほどの修羅場を潜り抜けてきたアビーは、射撃に関して熟練した技能と才能を持ち合わせていた。
二人の警官が足を止めた。その距離100m。まだお互いの顔の判別すらつかない。
「ん。なぜ止まる」 アビーが怪訝な表情をした。そして自らのキャリアとインスピレーションを引きずり出し、思索を巡らせ始めた。何者かと交信しているのだろうか?だがしゃべっている様子も、何か操作している様にも見えない。
アビーの推測は直ぐに崩された。片方の警官が片膝をつき、拳銃をこちらに向けたのである。大男の表情が驚愕の色で埋め尽くされ、言葉を失った。だが、次の瞬間アビーは光曳の傍に駆け寄り、その銃口を頭部に向けた。
「てめぇら、下手な真似するとこいつの脳みそが酔っぱらいのゲロみたいに道端に散らばるぜぇ!」
「10数える間に。銃を下しなさい!10……9……」
警官たちはアビーの警告を無視したばかりか、向こうから最後通牒を言い渡し、一方的にカウントダウンを始めた。
- As Story 〜4〜 ( No.11 )
- 日時: 2011/08/07 08:20
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
——おいおい、どっちのセリフだ!制服野郎!
ベテランの運び屋が刹那、冷静さを失った。「野郎!俺の言ってることがわか……?!」
アビーの背筋に戦慄がはしった。「コード!狙撃手を探せ!どこかにもう一人隠れてやがるはずだぁ!」呆然と突っ立っているだけの相棒に、声を殺して叫んだ。
「え?え?そ、狙撃手ぅ?!」頼りなさげな相棒が泣きそうな声を立てて狼狽した。
——んにゃろう、全然使いもんになってねえ!
「4……3……2……」
万事急須。アビーは最終決断を下した。「コードぉ!ずらかるぞ!」
出し抜けに二人が後方の交差点に向かって走り出し、進行方向に何か小さいものを放り投げた。そして、眼前に信じられないことが起きた。
突如高さ1mほどの虚空に2台のフルカウルタイプのバイクが現れ、そのまま地面をバウンドしながら落下、逃走者が器用にそれに跨ると即座にスロットルを全開にして加速し始めた。
警官達が一瞬呆気にとられた。更に闇に息を潜める狙撃手が射撃する気配もない。代わりに、我に返った拳銃を構えた警官がアビーのバイクのタイヤに狙いを絞る。固より3人目の警官などいなかったのだ。逃走する目標を抑止する狙撃手は今、手のひらより少し大きい程度の拳銃を握っていた。
目標は僅かの間に280mくらいまで離れ、ご丁寧に蛇行までしている。
警官が僅かに吸気をし、息を止め、SIG P230を握り直す。
「……0」一方の警官が最後のカウントを終える。「風速ゼロ!ゼロインにい!はち!まる!カウントにい!」
ゼロイン——つまり280m先のポイントで発射地点との相対高度が0になるよう、銃身とスコープを調整しろという意味である。通常は現地に来る前に試射ができるところで数十分、人によっては数時間かけて100m単位でおこなうものである。—— と距離を言い終えるのと狙撃手の警官が調整完了の意の靴を2回鳴らす動作したのはほぼ同時であった。息をつく間もなく早いカウントが始まる。「にぃ!いち!」
全神経を左右に振れるタイヤの図形に集中する。視界がホワイトアウトし、黒い物体のみが視野の中央に映った。
パァァン……。
バイクの爆音をかき消すような音が響き渡った。マンションの壁面に跳ね返り、2,3回こだまが続いた。「諏内……」カウントを告げた警官が祈るような気持ちでかすれるような声を発した事に、拳銃を握る狙撃手は気が付かなかった。
目標までの距離280m。弾丸は、タイヤを捉えていた。タイヤが弾け飛び、大男が一気に姿勢を崩した。しかしガッツポーズをしようとした二人の警官は、再三にわたり現実離れした事態を目の当たりにすることになった。
弾け飛んだはずのタイヤが瞬時に復元したのである。そして外から力でも加えられたかのように不自然にバイクの姿勢も復帰し、アビーたちは何事も無かったかのように闇の彼方に消え入った。挑発するように手を振りながら……。
警官たちはただ立ち尽くすばかりであった。
——何だ、今のは……。
お互いの顔を見合わせることも、対象者を取り逃がしたことを連絡するのも忘れていた。
驚愕していたのは警官らだけではなかった。自分の状況が夢なのか現実なのか分別のつかない朦朧とした意識の中で、光曳も事の一部始終を否応なしに見せつけられていた。
今日はあまりに事件が有り過ぎた。夢でも勘弁である。
凸凹コンビの運び屋。——あいつら横文字で呼び合ってたけど日本人だよな?—— 何故かどうでもいいことが脳裏に浮かんだ。それにしてもあの装備やら乗り物は一体……。
向こうの警官も普通じゃない。警察が一方的に発砲って聞いたことねぇよ。逃げられてしまってるが、異常な距離で射撃——いや、あれは最早「狙撃」というべきか——を成功させてる。
最後に、そもそもの原因となった白い光……。
光曳の脳が突如発生した大量の情報でオーバーフローし、路上で眠りに就いてしまった。
「君、大丈夫か——」
満天の星と俄かに点きはじめたマンションの部屋の明かりに照らされる中、拳銃をホルスターに仕舞いながら二人の警官が横たわる巨漢の男に駆け寄っていった——。
- As Story 〜5〜 ( No.12 )
- 日時: 2012/11/12 00:27
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
二〇一二年一月二十日 場所・不明
今朝は抜けるような晴天である。上空を飛行する旅客機の輪郭がいつになく明瞭に見える。だがこういう日は放射冷却のせいで寒さが一段と厳しくなる。朝飯を掻き込んで体温が上がった体の骨の髄まで冷気が侵食してくる。
白いタイル敷きの歩道を濃灰や黒の衣服を纏った勤め人や学生が行き交っていた。皆判で押したように分厚い手袋にマフラー、そしてオーバーコートを身に着け、天気予報で今年一番と宣告された朝の冷え込みに肩をすくめながら各々の目的地へ向かっていた。
光曳も多数派に右に倣えでマフラーと手袋を身に着けた庶民の一人であった。男は今、事件のあった幹線道路と鉄道駅への道が交わる比較的大きな交差点に佇んでいた。
足元の植栽のイヌツゲは、幹線道を通る大型車の排ガスの噴射にも負けずいつも通り光沢のある肉厚な葉を茂らせ、彩の乏しい冬の街並みのささやかなアクセントになっていた。
だが、光曳はたくましく生い茂る植栽を気にもかけず、目が覚めた時から断続的に続いている頭痛のため、目線を落としたまま側頭部に手を当てていた。
「うぅぅ。イテテテ……」
つい5時間前に文字通り死に掛けるほど首を絞められ気を失っていたのが原因であることは間違いなかった。どうしても出席しておきたい講義があったので、軽い意識混濁を抱えたままいつの間にかここまでたどり着いたが、程なくして頭蓋の内部から固いものを押し付けられるような痛みが光曳を襲った。
頭痛は収まる気配を見せるどころか次第に脈打つような痛みに変化してきた。歩道のガードレールにもたれかかり、肩にかけていたカバンを下した。気持ちを落ち着ければ少しは良くなるかも知れないという淡い期待から、肩を上下させながら深呼吸を繰り返していた。すると、台風一過のごとく突然、頭痛が消えた。うつろだった目は光を取戻し、土気色をしていた頬も次第に赤みを帯びていった。だがすぐに別の部位を激痛が襲った。今度は脇腹である。何者かがわら人形で呪っているのではと勘ぐってしまう程顕著な患部の転移である。
光曳は喉の奥からうめき声を絞り出し、気休めにもならないのは百も承知の上で両手で患部を押さえる。
迷惑駐輪の取り締まりが厳しく整備の行き届いた界隈の歩道では、道の隅でうずくまる巨漢が目立たぬはずがなかった。道行く人々はみな光曳から距離を置いたところ通っていく。顔をうつぶせにしていたが、固く無機質な靴音の流れが光曳に全てを伝えていた。
この町も都会とのアクセスが大幅に改善され、都市化の兆候がチラホラとうかがえるようになってきたが、それを遥かに上回るペースで人々の心の「都市化」が進んでしまっていたらしい。
途方もなく長い時間が流れた。いや、もしかすると傍はほんのわずかな時間だったのかも知れない。五臓六腑の全てに鉛の塊を詰め込まれたようなこの鈍い痛みのせいで男の時計だけ電池が切れかけたように一進一退を繰り返していたのかも知れない。だが、それもようやく小康状態を迎えつつあった。
気が付くと纏わりつくような粘っこい脂汗に全身を覆われていた。口で必死に呼吸をしていた事が更に脱水を助長してしまい、目の周りの皮膚は落ち窪み、血走る眼球を一層際立たせていた。通勤・通学の人々は気味の悪い太った巨漢を一瞥すると、あからさまに忌避するそぶりを見せて通り過ぎていった。
——うごけ、るうち、に、ど、こか……。
意識の混濁が確実に進行していた。早くどこかに隠れたい……。光曳程の巨漢は巷であまりいないためか奇異な目で見られることが幾度となくあり、すっかり慣れていた。しかし今は違う。「めずらしい」のではなく「きみわるい」、更に端的に言えば「居ても居なくてもよい」のではなく「居てはいけない」のである。
——そうだ、コンビニがあればそこのトイレに逃げ込める。今いる交差点を右に曲がると駅前のロータリーに確か1軒あったはずだ。
寄りかかっていたガードレールから立ち上がる。前を通り過ぎようとしていたスーツの男性が当惑した顔を向けながら1,2歩巨漢から遠ざかった。
拳で内側からぐりぐりと押さえつけられるような鈍痛のある下腹部を押さえながら右足を踏み出す。重たい歩みだった。腹部の痛みがその足に転移したと思わせるような痛感が膝にかかとにはしる。呻き声を漏らしながら更にもう一歩を進めようとする間に、二人の女子中学生にそそくさと追い抜かれた。前方で片方の学生が後ろに目線を向た後片方を見ると、二人で冷ややかな笑みを浮かべていた。その間もちらちらと目だけをこちらに向けていた。
——ただちょっと腹痛が酷くて屈んでただけなのに、何でだよ!
腹部に当てていた右手で無意識のうちに拳を固め、肩を震わせる。そして表情を悟られないよう、俯き加減の姿勢のまま光の無い瞳で二人を睨みつけた。
更に3人、4人と会社員が忙しく靴音を立てながら光曳の前へ抜けた。憎悪の念を燃やしつつ4歩目を踏み出そうとした時、憤懣とは異なる、漠然とした違和感が光曳の感情に根を広げ始めていた。
何だろう。人通りが増え始めた時から何かいつもと違う空気を感じる。
違和感の原因はすぐにはわからなかった。単なる思い過ごしのようにも思えない。確実に何かが違うのである。もどかしさから唇を噛んだ。深い息をつき、亢進する感情を抑えることに意識を集中させた。光曳は完全に歩みを止めていた。
目を閉じ、徐々に気持ちが落ち着きつつあるのを確認した。右わきを人が通り過ぎる時の微かな風を感じる。時折正面からくる自然の風が光曳の頬をかすめる。
——落ち着け……何なんだ、この違和感は。
長い沈黙が続いた。単なるバックグラウンド・ノイズであった人々の足音が次第に解像度を増していき、各々の者の音に分解されて光曳の鼓膜で響きあった。
先鋭で甲高いハイヒール、時々靴の裏で地面を擦る音が混じるスニーカー、木靴のような固い音を立てる革靴、音の向かう方向も千差万別である。これらの音の中にその答えがあるという確信は無かったが、答えが無いとも言い切れなかった。
喉まで出かかっているその答えがどうしてもわからない。時間の制約があるわけでもないのにやたらと焦燥感が募る。眉間のあたりがじりじりと熱を帯びてきた。
頭の中では消えそうで消えないうっすらとした靄が違和感の正体を包んでいた。吹き払ってもまた別の場所から靄が流れ込んできて見えなくなってしまう。
「だめだ……」
- As Story 〜5〜 ( No.13 )
- 日時: 2011/06/24 18:32
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)
万策尽きてあきらめのため息と主に力なく目線をあげると、前方の電柱に止まる一羽の烏が偶然目に入った。光曳は眼鏡越しにその黒い生き物をぼんやりと眺めていた。通りの電柱で器用に鳴き声を使い分けながら仲間と交信しているのをよく見かける。ゴミ置き場を荒らして迷惑な奴だが、その知能の高さは感心させられることもしばしばあった。
目の前の奴もこれから仲間ときっと交信するのだろう。どんなことを話すのだろう、と再び歩道の隅で目を閉じ、何気なく耳をそばだててみた。
烏が胸を一瞬膨らませ、勢いよく首を前後に揺らしながら鳴き声を上げる動作をしている。
……おかしい。聞こえない。烏の声が聞こえないのである。目を皿にして眼前の烏を睨んだ。……確かに目の前の烏は鳴く動作をしている。
男の大きな体躯が凍りついた。一方、彼の脳は目の当たりにした異常現象を自己に説明するために火を噴くかのごとく限界以上の動作を求められた。
聞こえないのはカラスの声だけではなかった。自分の周囲の人間のも聞こえなかった、が、烏の場合と状況が少し異なっていた誰もが口を動かしていない。更に人々の血色が異常なまでに悪い。まるで死人のようであった。
肉付きのよい光曳の顔から徐々に血の気が引いていくのが傍目からも、そして本人にもありありとわかった。水をうったような静寂さに包まれた男の意識に、自らの声が一言問いかけをした。
——そういえば俺、どうやってここに来たんだ?
気が付くといつも使うの通学路に立っていた。意識が朦朧としていて無意識に歩みを進めていた。
光曳は今更ながらその前の記憶を辿ろうとした。家を出た覚えは?自室のベッドで目が覚めたんじゃないのか?
——最後の記憶は?
光曳の脳裏に警官の影が二つ、ゆらゆらと揺れている。一人はしゃがんでいるようだ。
——そうだ、確か警官に助けられたんだった。誰かに襲われたんだ。
意識中の警官に注意を戻し、彼らが向く先に風景をスクロールさせる。
猛スピードで蛇行するバイクが2台。一方には細身の人間が、もう一方には異様に大柄な人間が大型バイクを駆っていた。あの巨体……。
突然場面が変わり、覆面が視野の下方に映った。喉に激痛を与えられた記憶がよみがえり、歩道に佇んだまま男は激しく顔をゆがめた。
——こ、こいつにぶっ殺されかけたんだ、畜生っ!
光曳の意識の内奥からどろどろに溶けたマグマがその潮位を上昇させてくる。だが、同時に光曳はある可能性にも気づいていた。それは、あの男に殺され「かけた」のではなく、「殺された」という可能性だった。それもすぐに可能性ではなく、確信に変わろうとしていた。「後者」と仮定すると、何もかもつじつまが合ってしまうのである。
光曳の怒りは際限なく膨張していった。己の歯を押しつぶさんとばかりに食いしばり、爪の食い込んだん拳は、その内側を赤く染めていった。男の目の玉は充血し、悔恨の滴が流れ落ちようとしていた。
記憶を辿る作業はこれで十分だった。歩道で異常行動をとる光曳に、周りの歩行者から怪訝な視線を浴びせられたが、そんなことはどうでも良くなってきた。どうせ死んだ身である。周囲の人間の形をした影は自分の意識が創り出したのか、どこかのカミサマが送り込んだのかわからないが知ったことではない。
ただ一つ、自分を殺した男の名をありったけの恨みを込めて叫んでやりたかった。
男の名は、確か……。
その時背後からゆっくりとした足音が耳に入ってきた。重たい足取りであった。歩行に支障をきたしている時の重たさではなく、歩いている者の肉体の重量に起因するもののように思えた。それ以外に変わった音では無いのだが、この音だけほかのバックグラウンド・ノイズを制して男の耳に飛び込んでくる。
それは常日頃から数多の声優の声を聞いている光曳の聴覚のせいでも、相手の歩き方のせいでもなかった。人間ならだれでも有している「第六感」が光曳の中で働いたのだ。
第六感は人類の知能の高度化によって殆ど失われたかのように言われるが、それは誤った認識である。正確には第六感を使う機会が極端に減ったのである。しかし、光曳はある一つの足音を聞き分けたのだ。
殺気を察知するという人間の第六感を発動させて……。
光曳はその殺気を忘れるはずが無かった。例の足音は速度を保ったまま、一帯の空気を地面に抑え込むような圧倒的な殺気を発し、光曳に近づいてくる。一歩、また一歩と近づくたびに、先程まで爆発寸前だった光曳の激情が全く逆のものに変化しつつあった。そして、近づいてくる者が最後の一歩を今までと同じように踏み終えると、光曳は足を震わせながらゆっくりと——爆弾処理を髣髴とさせる慎重さで——後ろを振り向いた。いつか見た覆面が網膜に焼きつけられた。そいつの名前は——正確に名前ではなく、コールサインであるが——疾くの昔に思い出していたが、相手の発する重圧で声が出ない。血の気の失せた光曳の表情を気にする様子もなく、向こうから声を掛けてきた。全く笑わない目と無邪気な声で最後通牒が伝えられた。
「野郎、お前は本当に運が悪ぃぜ——」
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